なのはが襲撃され、魔力を奪われ、そして甲児が管理局へと協力することを決めたその日の夜、八神家にて。
「澄んだ太刀筋だった。よい師に学んだのだろうな。武器の差がなければ、少々苦戦したかもしれん」
その日の戦闘について、シグナムとザフィーラが話している。
服を捲り上げ、そこに見えた肌には生々しい痣が。フェイトとの戦闘でついた物である。
それでもシグナムは笑顔。前話でも言ったが、まるで戦闘狂である。
「それでもシグナムさんなら負けない。そうだろう?」
予想していなかった所からの声。振り向くと、彼女らの家族の最後の一人である青年、デュークの姿があった。
彼は蒐集の事を知らないはず。それでもこう言ってきたということは……おそらくバレている。
そう思ったシグナムは捲り上げた服を戻し、そして答えた。
「……そうだな」
さて、蒐集のことがバレているとなれば、やはり話して口止めするべきだろうか?
それとも、ばれているのを承知の上で黙っているか、そこが問題である。
そう考えていると、デュークの口から予想もしない言葉が飛び出した。
「でも、剣道も程々にしてくれよ。怪我をするまでやって、それではやてちゃんを心配させないでほしい」
「……は?」
シグナムらしからぬマヌケな声。それを聞いたザフィーラも首をかしげる。
剣道? 何故今ここでその話が出てくる? 蒐集の事がバレているのではないのか?
「え? シグナムさんが働いている剣道場での事を話していたんじゃないのかい?」
デュークは心底不思議そうな顔で問い返した。彼はどうやらシグナムがアルバイトで先生をやっている剣道場での出来事を話していたと思っていたらしい。
その問いでようやくその事に気付いたシグナムが、あたふたとした様子で取り繕った。
「い、いや、剣道場での事だ」
余談だが、ザフィーラはシグナムのこのリアクションでバレそうだと肝を冷やしていたらしい。
第四話『お引っ越し、そしてグレンダイザー復活』
それから数日後、時空管理局本局の一室では、リンディをはじめとしたアースラスタッフが集まっていた。
先日の襲撃の際にシャマルが持っていた本……あれは『闇の書』と呼ばれるロストロギアであり、クロノの父の死の原因となった因縁の品。
今回集まっているのは、その闇の書及びその捜査に関する説明である。
「さて、私達アースラスタッフは今回、ロストロギア『闇の書』の捜索及び、魔導師襲撃事件の捜査を担当することになりました。
ただ、肝心のアースラがしばらく使えない都合上、事件発生地の近隣に臨時作戦本部を置くことになります」
そう前置きし、ぐるりとスタッフ一同を見回す。全員が緊張の面持ちをし、次の言葉を待っているようだ。
……もっとも、闇の書というものがいったい何なのかを理解していない甲児だけは例外だが。
リンディはそれに気付かずに次の言葉を発した。
「分轄は、観測スタッフのアレックスとランディ」
「はい!」
「ギャレットをリーダーとした、捜査スタッフ一同」
「はい!」
「司令部は、私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、フェイトさん、甲児さん、以上4組に分かれて駐屯します」
ここまで言い終えたところで、数瞬の沈黙が流れる。
その沈黙を振り払ったのはまたしてもリンディ。ここまでとは違い、一気に口調を柔らかくして。
「……ちなみに司令部は、なのはさんの保護を兼ねて、なのはさんのお家のすぐ近くになりまーす♪」
それを聞いたなのはは、一瞬驚いたような顔をし、続いて同じような顔をしていたフェイトと顔を見合わせる。
その後で言葉の意味を頭の中で反芻し……「捜査の司令部」という形だとはいえ、フェイトが近所に引っ越してくるということを理解し、満面の笑みを浮かべた。
その翌日。
この日、海鳴市のとあるマンションの一室に一組の家族が引っ越してきた。表札には「ハラオウン」と書かれている。
お気付きだろうが、ここがリンディの話していた捜査司令部である。業者は気付いてはいないようだが、捜査のための機器もしっかりと引越し荷物として運び込まれているようだ。
「凄ぉい! 凄い近所だ!」
「本当?」
「うん! ほら、あそこが私ん家」
ベランダに目を向けると、なのはとフェイトが大はしゃぎしている。そこからなのはが指差した先には、なのはの実家である喫茶店『翠屋』が。
それを近くで見ているリンディはというと、何をするでもなく笑顔でそれを見ていた。
続いてリビングへと目を向けてみよう。
こちらでは現在、業者に混じって甲児とクロノが荷物を運び込んでいる。
……もっとも、クロノは背の都合上あまり大きなものは運べないようだが。
「……ん?」
「どうかしたのか、クロノ?」
「いや、今誰かにバカにされたような気がして……」
おっと危ない、地の文に書かれた内容を無意識レベルで感じ取ったようだ。
「まあいいや。それより、これはどのへんに置いとけばいいんだ?」
「ああ、それはそこに頼むよ」
そう言われ、持っていた段ボール箱を運ぶ甲児。荷物を置いてふと目を移すと、見慣れない二匹の動物の姿があった。
片一方はオレンジ色の毛並の子犬。もう一方はフェレット(というには少々変わっているが)。
実はそれは動物形態のユーノとアルフなのだが、面識はあってもこの形態を見たことがない甲児はそれを知る由もない。
ちなみに犬の方がアルフ、フェレットの方がユーノである。
「ペットなんか飼ってたのか……」
「「ペットじゃない(よ)!!」」
「うわ、喋った!? ……って、その声……もしかしてユーノとアルフか?」
「うん。なのはやフェイトの友達の前では、こっちの姿でないと……」
何故この姿でなければならないのかという疑問が甲児の中に生まれるが、きっといろいろ事情があるのだろうと思い深くは突っ込まない。
だから甲児は一言返すだけで済ませた。
「よく分からねえけど、お前らもいろいろ大変なんだな」
「まあね……人間だって知られてなかったとはいえ、女湯に引っ張り込まれたりもしたし」
「わりぃ、前言撤回」
「えぇ!? 何でさ!」
「うっせぇ! 公然と女湯に入るなんて、なんて羨m……いやいや、ハレンチな奴だ!」
あっという間に意見がひっくり返った。
まあ、男の身でありながら、咎められずに女湯に入れるというのは甲児でなくとも羨ましいと思うだr……ゲフンゲフン。
一瞬本音が出て、それで近くにいたアルフとエイミィが白い目で見ていたのは別の話。
それから十数分後、司令部……もとい、ハラオウン家のリビングにはクロノ、甲児、エイミィの三人が集まっていた。
ちなみに他のメンバーは現在、なのはの友人が訪ねてきたのをきっかけに外出中である。
「それで、闇の書ってのは結局何なんだ?」
今の今までその詳細を聞いていなかった甲児が問う。さすがに知っておかなければまずいと思ったのだろう。
もちろんこの日まで数日という時間があったのだからその間に聞けばよかったのだろうが、時空管理局提督『ギル・グレアム』との面談や、マジンカイザーのテストなどでゴタゴタしていて結局聞けなかったらしい。
「……そうだな、知らなかったのなら、この機会に知っておいた方がいいだろう」
クロノは頷いてそう言うと、近くにあった端末を起動させる。
端末に映る映像を次々切り替え、そして目当ての映像……シャマルが小脇に抱えていた闇の書の映像を映したところで説明を始めた。
「ロストロギア『闇の書』の最大の特徴は、そのエネルギー源にある。闇の書は魔導師の魔力と、魔法資質を奪うためにリンカーコアを喰うんだ」
「なのはちゃんのリンカーコアも、その被害に……?」
「ああ、間違いない」
エイミィの問いに答えると、再び端末の映像を切り替える。
今度は闇の書の特質をイメージ映像にしたような動画が映り、それを使って説明を再開した。
「闇の書はリンカーコアを喰うと、蒐集した魔力や資質に応じてページが増えていく。そして、最終ページまで全て埋めることで闇の書は完成する」
「もし完成しちまったらどうなるんだ?」
「少なくとも、ロクな事にはならない……!」
クロノは苦虫を噛み潰したような表情で、そう締めくくった。
「はいはーい、エイミィですけどー?」
『あ、エイミィ先輩。本局メンテナンススタッフのマリーです』
その夜、ハラオウン家のリビングではエイミィとマリーが通信をしていた。
画面に映るマリーの表情からすると、何か難しい問題でも起こったのだろうか?
そう考えていると、マリーがその内容を話し始めた。
『先輩から預かってるインテリジェントデバイス二機なんですけど……なんだか変なんです。
部品交換と修理は終わったんですけど、エラーコードが消えなくって……』
「エラー? 何系の?」
『ええ、必要な部品が足りないって。今データの一覧を』
そう言うと、マリーは手元の端末からエイミィの下へとデータを送る。
しかし、修理は終わったのに部品が足りないとは一体どういうことだろうか? エイミィがそう思っている間にデータが届いた。
「あ、来た来た……えっ? 足りない部品って……これ?」
『ええ。これ、何かの間違いですよね?』
エイミィやマリーがそう思うのも無理はないだろう。
何せ必要な部品は『CVK-792』……シグナムやヴィータが使い、なのは達を窮地に追いやった『ベルカ式カートリッジシステム』だったのだから。
レイジングハートもバルディッシュも何を考えているのか。そう思っているうちに、画面には「お願いします」の文字が表示されていた。
それからさらに一週間後の夜。この日、デュークはアルバイト帰りの途中だった。
何故アルバイトをしているのかだが、「世話になりっぱなしでは悪いと思うから」だそうだ。
一仕事終え、八神家へと向かうデューク。だが、その足は一度止まった。
「ん? ヴィータちゃん、こんなところで何をしているんだ?」
彼の目が捉えたのは、今は家にいるはずの家族の姿だった。
はやてもそろそろ眠っている頃のはず。それなのに一人でどこに行くつもりなのだろうか。
気になるが、一度帰ったほうがいいか? それとも見失わないうちに追うべきだろうか?
数分後、気付かれない距離からヴィータを追うデュークの姿が確認された。
場所は変わり、市内のビル屋上。
ヴィータの目的地はここだったらしく、そこにはシグナム達三人の姿もあった。
全員揃って騎士甲冑を装備。さらにシャマルにいたっては闇の書まで持っている。まるで今から蒐集に行くかのような出で立ちだ。
そしてデュークがそこに現れたのは、シグナム達が今まさに出発しようとしていた時だった。
「デューク……何故お前がここにいる?」
「ああ、帰りにヴィータちゃんを見かけたから、こんな時間にどうしたのかと思って……」
それを聞いたシャマルはジト目でヴィータを見る。その対象のヴィータもばつが悪そうだ。まさかつけられているとは思っていなかったようだ。
だがデュークはそんな様子にも構わずに、すぐさま問いを投げかけた。
「それより、四人ともこんな時間にこんな所で一体何をしていたんだ?
それに、シャマルさんが持っているその本は……確か闇の書だろう?」
シグナム達にとってこの状況は非常にまずい。何せ闇の書を持ち出している上に騎士甲冑まで装備しているのだ。蒐集の事になどすぐに気付くだろう。
「まさか、はやてちゃんに黙って蒐集をしているんじゃないのか?」
どうやらたった今バレたようだ。
今からどうするかをすぐに頭の中で考える。取り繕うことも今となっては不可能。かといって正直に話したところで理解されるとも思えない。
ならばどうするか……すぐに算出し、そして何も言わずに飛び去ることが決定した。
そうと決まれば善は急げ。デュークが二の句を告げる前にすぐさま飛行魔法でその場を離れる。
ヴォルケンリッターの四人が飛び去った後、そこに残されたデュークは一人呟いた。
「どうしてなんだ? 何で蒐集なんか……」
答えが返ってくることなどはなから期待していなかった呟き。だがそれに対し、答える人物がいた。
「知りたいか?」
いきなりの声に驚き、凄い勢いで振り向くデューク。そこには見慣れぬ仮面の男がいた。
どこからどう見ても不審者だが、シグナム達が蒐集を始めた理由を知っているようなのであえて格好にはつっこまない。
「八神はやてという少女の事は知っているな? 病で足が動かないということも」
そう前置きする仮面の男。そう言われてデュークも頷く。
その答えに満足したのか、仮面の男が先を続けた。
「その足の病の原因は、闇の書による侵食だ。
彼女らヴォルケンリッターは、闇の書から生まれた魔導生命体。その存在を維持するための魔力は闇の書から供給されている……
だが、闇の書は八神はやてが主となってからは一切蒐集をしていない。ならばその魔力はどこから来ている?」
そう言われてデュークはしばらく考える。
蒐集をしていないとなると、当然魔力はカラだろう。ならば一体どこから……
ふと、先程の『侵食』という言葉を思い出し、そこからすぐに彼の脳内で答えが組みあがった。
「……まさか」
「そうだ。八神はやてのリンカーコア、そこから直接魔力を奪っている。
そのせいで八神はやての足は麻痺し、それが広がってついには命すら奪うだろう。
そうなる前に闇の書を完成させ、八神はやての命を救う……それが守護騎士達の目的だ」
明かされた事実に愕然とするデューク。だが、それならこれまでの事も辻褄が合う。
アルバイトから帰ってきた時にはやてしかいない事が多かったのも、蒐集に行っていたから。
先日のシグナムの怪我も、その時に蒐集対象とでも戦って受けたダメージだろう。
そして……はやての病の原因が分からなかったのも、闇の書の侵食によるものだからだ。本来魔法が無い世界では、魔法がらみの病が分かるはずが無い。
「くそっ! 俺は……無力だ……!」
事実を受け止めたデュークは、あまりの無力感に俯き、手を強く……爪が食い込み、血が流れる程に握り締める。
こうしてはやての病の原因が分かっても、自分にはどうすることも出来ない。
ヴォルケンリッター達のように力があれば別だっただろうが、今の自分には無い。
せめて、故郷であるフリード星から乗ってきたロボット『グレンダイザー』さえあれば……
「無力? 本当にそうかな?」
「何だって?」
デュークが顔を上げると、仮面の男が何かを投げつけてきた。
それをキャッチし、手を開くと……デュークにとって今最も必要なものと同じ形のキーチェーンがあった。
「デューク・フリード、お前のことはすでに調べ上げている。
お前が次元漂流者だという事も、グレンダイザーというロボットに乗っていた事も、それがこの世界に来た時には無くなっていた事も……
今渡したそれは、グレンダイザーがこの世界に来てデバイスへと変質したものだ」
そう、そのキーチェーンの形はグレンダイザー用の飛行ユニット『スペイザー』と同じ形をしていたのだ。
そのことを聞いたデュークは、はやてを救うための力が手に入ったことを喜ぶと同時に、仮面の男への不信感が芽生えていた。
何故ここまで詳しく状況を知っているのか。何故無くなったはずのグレンダイザーを持っていたのか。そして何故自分にそれを返したのか。
「一体君は何者なんだ?」
「そんな事は今はどうでもいいだろう? しいて言うならば……そうだな、闇の書の完成を望む者だ。
それと、行くのならば急いだ方がいい。あの方向には管理局の魔導師がいる。鉢合わせすれば間違いなく戦いになるだろうからな」
そう言うと、仮面の男は姿を消した。
再び後に残されたデュークは意を決し、グレンダイザーを掲げて叫んだ。
「グレンダイザー、ゴー!」
その叫びとともに、デュークの体を光が包む。そして光が晴れた所にいたデュークは、グレンダイザーの姿になっていた。
但し、デュークが知っているグレンダイザーとは違う点が一つだけ存在する。それは、背中についている翼だ。
これは本来彼がいた世界での戦いで作られる翼『ダブルスペイザー』と同じものなのだが、今の彼にはそれを知る由も無い。
そしてデュークは先程仮面の男が言った方向へと飛び去っていった。
最終更新:2008年02月08日 10:19