魔法少女リリカルなのはSTS OF HUNTER

第十四話「挑戦」


あのときは雪で、吹雪で。
あのときは寒くて、忙しくて。
あのときは何かを狩りに行ったのか、何かを採りに行ったのか。
あのときの少女は……。

思い出すのは四年前の出来事。視界いっぱいに広がる白銀の世界。
変わらない仕事を終わらせに行っていた。珍しく一人で。本当に些細な日常の一ページで終わらせるつもりだった。
だけどストライプの飛竜が女の子を襲っているのが見えて。振り返っても俺ってお節介だったんだなぁと想う。
気付けばアイテムポーチから閃光玉を取り出して走り出していたんだ。
炸裂する閃光。真っ白な視界の中でも女の子を抱きかかえて、もう一人の女の子の小さな、小さな手をしっかりと握り締めて。
走る。走る。走る。
小さな体と小さな手を離さぬように。落とさぬように。気付けばベースキャンプ。
女の子と話をして、迎えが来た。と呟くと空には空飛ぶ船。
二人の女の子は空を飛び、空飛ぶ船へと向かっていく。その雪のごとく真っ白な衣服に身を包んだ少女と、燃え盛る炎のように赤い衣服に身を包んだ少女。
はっきりと憶えてる。そして今、この瞬間。その子とまた会い、ともに戦っている。仲間として。

――ここで、俺の思考は止まる。


「Please get up; Jay….(起きてください。ジェイさん…)」
「ん……あぁ?」

俺、ジェイの再び思考が開始したときには辺りはどうしようもなく騒がしい。
ようやく思い出した。ここは管理局地上本部のロビー。視線を横に向ける。売店や自動販売機を使って食欲や喉の渇きを潤すためにものを買い、一息つく局員の姿。
反対側は入り口で、局員だけじゃなく一般市民の方々も足を運んで受付へと行き奥に消えていく。そして自分はロビーの片隅にあるテーブルで一息ついている。
軽めの素材でできているにも関わらずゆったりと座れる椅子。窓から当たる心地よい日差しもあって眠ってしまったらしい。
視線を下に。椅子と同じ素材であろうテーブルに四つのアクセサリー。なのは達が持つデバイスというやつだ。
なのは達は今お偉いさん方の会議に出席してるようでデバイス達をここに置いてきている。不自由だなぁ。

「I seem to have dozed off.(居眠りしてしまったようですね。)」
「んー…。」

真ん中に置いてある赤く丸い宝石、レイジングハートがぴかぴかと光って喋りだす。
まだ眠気がとれてないためまともに返事できてたのかわからない。

「After all a sleep of 1st had better wait for several minutes?(やはり、一日の睡眠時間が数分はお控えになったほうがいいのでは?)」
「慣れちゃったんだよなー。もう。」

レイジングハートの隣に置いてある蒼い宝石、マッハキャリバーが続けて喋りだす。
始めてこのデバイス達に会ったときはそりゃもう驚いた。いきなりアクセサリーが喋りだすのだから。でもまぁ、慣れた。

「The custom do not be a terrible thing.(習慣とは恐ろしいものですね。)」
「自分でもそう思うぜ。まったく。」

そして喋るのは小さなハンマーの形をしたグラーフアイゼン。
俺はやっとこさ覚醒してきた意識をそのままの状態に保つためんー、と唸りながらのびのび。

「It seems that you had better drink coffee, but.(コーヒーなどを飲んだほうがいいと思われますが。)」
「いや、いいよ。それに俺はどっちかっていうと緑茶のほうが好きだ。」

次はカード状をしたデバイス、クロスミラージュ。
正直言ってなんだが、のびのびして完全に目を覚めたはいいものの暇だ。
どうしてこうお偉いさん方が集まる会議ってのは長いんだろうな。まぁ、対策を練ってるんだ。長くなるのは仕方ないとはいえ……。
一度覗いてみたがどう見ても責任の押し付け合いにしか見えないのは俺だけか?
ぽけーっとして窓から写る景色を眺める。ミナガルデやドンドルマとは比べ物にならないほど都会だ。もちろん科学も発展している。
昔俺達が居た世界でも魔法があったとは言われているが……。あくまで昔の話だ。でも、ロマンがあっていいじゃないか?
この世界で解明されていないこと。それは開けないほうがロマンがたっぷり詰まっているものなんだと俺は勝手に解釈。解明したときの興奮も捨てがたいが。
とりあえず緑茶を一口。
そしてまたぼーっとしている俺に声をかける人が。

「ここ、いいかしら?」
「ん?ここでもよろしけりゃどーぞ。」

目の前には薄い緑色の髪を伸ばした女性だ。顔を見る限り結構若そうだ。
その女性は「では、お言葉に甘えて」と言うと俺の正面の席に座った。
…座るなり俺の顔をニコニコしながら見つめてきている。なんだか照れてしまう。目線を逸らす。

「あなたがジェイ・クロードさんね?」
「は?どうして俺のことを……。」

いきなり自分の名前を言われて平然と聞き流せるものは少ないだろう。

「私はリンディ・ハラオウンです。フェイトとなのはさんから貴方のことは聞いていますよ。」
「リンディ・ハラオウン…ハラオウン…あれ?」

ん…ハラオウンっていう苗字に聞き覚えが…。

「あ、すみませんね。フェイトの母なんですよ。」

俺は盛大に椅子から転げ落ちた。


「で…リンディさんは俺に何か?」
「特に用はないんだけど…せっかくだからお話でもしようかと。」
「よく俺の顔わかりましたね。」
「えぇ、一応六課の後見人ですからどんな人かは写真つきでなのはさんから聞かせてもらいました。」

こんなところまで行き渡ってたのか。でもまぁ、後見人なんだし信頼するべきかな。
しかしこのリンディさん。フェイトの母親なのに若く見えるのは気のせいか?

「ジェイさんは確か…モンスターハンターという職業でしたよね?」
「はい。人に害を与えるモンスターを狩る。…悪く言えばパシリですね。」
「あらあら、ずいぶんと謙虚ですのね。」
「事実ですし。」

口を手で隠しクスクスと笑うリンディさん。自然に和やかな雰囲気になってきている。
突然席を立ち、持ってきたのは二つのお茶。中には完全に溶けていない粉が浮遊している。
リンディさんはそれを一飲み。頬を赤く染めて満足そうな笑みを浮かべている。

「んっ…。」
「………。」

反射的に目を逸らす俺。その飲み方どうにかしてほしいなぁ。リンディさんは満足げに飲んでいるのだが…。
甘さが足りないと懐から取り出したのは抹茶チョコ。お茶と抹茶チョコ、交互に口にするリンディさんは子供のよう。

「…甘党ですか。」
「もちろん♪」

…ついていけない。
試しに俺もそのお茶を飲もうとしたとき、何かを聞いた、感じた。
過去にこのお茶を飲んだであろう者達の訴えが俺の頭に渦巻く。
飲んではいけない!
無茶するな!
俺の二の舞にだけはっ…!!
そう聞こえなくも無い。だが差し出されたものに手をつけないのは無礼。
カップを取り口に運ぼうとする直前、視線が刺さる。そういえば空気が先ほどとは違う。
………なんで局員達はこちらを見ているのか。それほどこのお茶には何かあるのか?
無視して一口。

「……リンディさん。」
「はい?」
「俺はこれよりとんでもないものを口にしたから平気ですが…、他の人には出さないほうがいいかと。」
「あら、どうして?」
「甘い、しつこい、まどろっこしい、カロリー、血糖値ともに高い。以上です。」
「はっきり言うわね…。」
「これでもつらいです。一瞬でも気を抜けば天に昇りそうな味だからこれ以上の犠牲者は。」
「………。」

空気が元に戻る。
俺はあらかじめ頼んでおいた普通の緑茶をすする。苦い。けど今はそれがとてつもなく美味い。
まさに「緑茶ってこんなに美味かったのか……!」と思うくらい美味い。

「相手はティガレックス…でしたっけ?」
「おや、そんなことまで知ってましたか。」
「貴方達とは因縁の対決になるんでしょうね…。」

どこか切なげな表情をするリンディさん。

「因縁の相手だろうと、なんだろうと狩るまで。それが俺たちゃモンスターハンターっす。」
「ふふ…、頼もしいのね。」

ふと後ろで自分を呼ぶ声が聞こえる。バリアジャケットに身を包んだなのは達。
もう出動の時間らしい。レイジングハート達も持って、兜も持ったし鬼神斬破刀も持った。
ジェイはリンディに一礼をして走り出した。微笑んで見送るリンディ。
その先でジェイは、突然襲い掛かった壮絶な甘味で体の力が抜け、そりゃもうド派手に転んだとか。

余談だが、この一杯でこれから始まる戦いの運命がかなり変わってしまったことを彼はまだ、知らない。

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最終更新:2008年02月15日 17:51