魔法少女リリカルなのはSTS OF HUNTER

第十五話「轟」

地上本部から少し離れた場所。
まるで戦いのために設けられたんじゃないかと感じるほど静かな広場がある。
そこに空を斬る音が一つ、二つ。
太刀を振るう青年の姿がそこにあった。モンスターハンターであるジェイ。
スターズ小隊とともにティガレックス討伐に来ている……のだが、狩りは待つことも非常に重要であって。
目撃情報が多いこの場所で待機しているが来ない。もうクエストリタイアしていいですか?というぐらい長い時間待っても来ない。
しかしジェイも、なのは達も退屈していなかった。
原因は、彼が振るう太刀のせいだ。

「ジェイさん?」
「ん?」
「落ちないの?それ。」
「落とさないようにするのがこのトレーニングなんだ。やってみるかい?」
「いやぁー…やめておきます。」
「えー?結構楽しそうだよティア?」

彼が振るう太刀は長い鉄の棒、その先にはピザが乗っているという奇怪なもの。
ジェイはそれを長時間振るっているのだが落ちるどころか動いてすらいない。彼に曰く「ピザを落とさない、動かさないようにするのが
この太刀の原則で、落としたら赤い魔剣士に頭をぶち抜かれると思え。って教官に教わったんだ!」だそうだ。
その名は「ピザピール」。これでも一応戦える。
深呼吸してから体勢を正し、ピザピールをそっと置いて何故かケースに入れた。

「これで一通りだな…。」

そう呟いて鬼神斬破刀を背負う。
表情を見る限りまだまだ体力は有り余っている。
刹那、風がざわめく。同時にジェイの目つきが普段のどこか抜けた目から狩人の目つきに変わる。
反射的にその場が静かになる。ジェイは耳を澄ます。
どこかで何かの落下音。落下位置は……ここだ。

「皆!!離れろ!!」

四方八方に離れて、そのど真ん中に巨体が落ちてきた。
なのはとヴィータにとっては忘れることができない、あの巨体。
恐竜によく似た顔。強靭な筋肉が秘められているであろう太い前脚。まるで剣のように甲殻が鋭い尻尾。
轟竜「ティガレックス」は降りてきた。
…だが、異常が。額の甲殻が削れ、皮膚が少し露出している。

(あれは…あたしとアイゼンがつけた傷じゃねぇか…!?)

もう一つの異常。それはジェイが感じたもの。

(こいつ……かなりでかいぞ。ビック?いや、キングか。)

サイズが大きすぎるのだ。ジェイのいる世界で言うならば最大級の大きさを誇る「キングサイズ」。
四年前の相手がより大きく、強く。彼らの前に立ちふさがる。
ティガレックスは全員を見回すと咆哮。スバルとヴィータはその隙をついて接近する、はずだった。
が、ティガレックスの咆哮は他の飛竜とは比べ物にならないほどのパワーを持っていた。
咆哮だけでスバルとヴィータの体が浮き、飛んだ。まさに轟竜の名に偽りなし。

「なんてヤロウだよ…!!」
「私達にとっては戦いにくい相手になりそうですね…。」
「やるしかないだろ?なのは、ティアナ。援護射撃よろしく。でも俺の後頭部をぶち抜かないように頼むぜ。」
「私もそんなこと言える余裕が欲しいですよ。」
「どっちにしても後戻りはできないね。皆、必ず生きて帰ろう!!」

得物を手にして構える。まず先陣を切ったのはスバル。
地面を滑り、接近するとティガレックスが腕を振り上げる。その隙を見計らいウィングロードを発動。
真上を綺麗に通ると背中をリボルバーナックルで殴る。ズン、と鈍い音とともにティガレックスの姿勢が低くなる。
ティガレックスは即座に姿勢を正し、尻尾をしならせる。
当たりはしなかったもののスバルの頬をわずかに切り裂き背後の木々をなぎ倒した。やはりパワーもあがっている。
スバルは冷や汗をかいてティガレックスを見つめている。スバルはマッハキャリバーのローラーを回転させて走る。

「おぉおぉぉぉぉぉぉっ!!」

再びリボルバーナックルが唸り始めた。
回転し、火花を散らす。ティガレックスも攻撃の体勢に移ろうとするがスバルの後ろからオレンジの球体が飛んでくる。
ティアナの生成した魔力弾が肩と腕に直撃。攻撃をさせない。刹那、鋼の拳が顔面に真っ向から当たる。
揺らぎ、露になった腹に腕を伸ばすがスバルの視線が黒く覆われた。
ティガレックスの前脚がスバルを襲う。ギリギリで防御することに成功したが体が木にぶつかる。

「く…はっ…!」
「スバル!…くっ!!」

ティアナのクロスミラージュが火を噴き、魔力弾を当てていく。
煙を噴出しながらこちらを睨むところを見るとあまり効いていないようだが注意をこちらに向けることはできた。
ティアナの背後からヴィータが飛び出し、グラーフアイゼンを振り下ろす。

「でぇぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁっ!!」

四年前とは違う。相手が変わったように自分も変わったのだ。通用するはず、とヴィータは睨んだ。
小さいフォルムにも関わらず威力は十分すぎていた。鈍い音とともにティガレックスの顔が地面に叩きつけられる。
たった一撃だったがヴィータにとっては心に大きな戦意を宿した。
―なにしろ四年前には歯が立たなかったのだから。
歯が立たない相手に攻撃が通用するようになった。それは自分も『成長』しているという意味。自然に口の端が吊り上る。
顔を上げたティガレックスの真上に桃色の閃光。なのはのアクセルシューターが二つ当たる。だがなのはの攻撃は終わらない。

「ディバイィィィィン…バスタァァァァァッ!!」

二度目の閃光がティガレックスの体を包んだ。
消えると宙くらいのクレーターの真ん中で体中から煙を吹き出していた。
標的をなのはに変えて迎撃するべく大きく跳躍。しかしそれさえもかなわなかった。
その行動の直前にジェイの鬼神斬破刀の刃がティガレックスを襲う。縦二回、突き一回、切り上げ一回。一通りの攻撃の流れ。
前脚の一撃を受けるがそれぐらいでモンスターハンターの頑丈さは敗れない。素早く立ち上がり、またティガレックスの目の前へ。

「倍返しだぁぁぁぁぁぁっ!!」

赤い軌道を描いた攻撃。太刀の基本にして最大の技「気刃斬り」。
練りに練った”気”を刃に乗せて鋭さを増した攻撃である。ティガレックスの顔面を傷付けていく。
だが頑丈さは負けないようだ。斬られながら突進をし始めた。

「マジかよっ…!?」

突進に巻き込まれる身体。木々を数本倒したあたりでやっと開放された。
痛む背中を擦りながら立ち上がる。鎧をつけているとはいえかなりの痛みと衝撃。
自分がさっき居た場所からこの場所までの距離、かなり長い。結構引きずられてきたみたいだ。
隣になのは達が駆けつける。

「ジェイさん、大丈夫!?」
「…頭がガンガンする。」

二日酔いのときの頭痛とかそういうレベルじゃない。やはりキングサイズのモンスターの相手は骨が折れる。…本当に骨が折れそうなのだが。
ティガレックスはこちらを見据えている。…どちらが先に飛び出すか。
さぁ、どうする?
相手だけでなく自分の仲間にも視線を移す。誰が動くかで大分違うものである。
先に動いたのは相手の方。前脚を力強く前へと突き出すと地面が抉れて三つの塊が飛んでくる。
まさかここでもやってくるとはな…!ジェイはそう呟いて塊と塊の間をすり抜ける。だったら次は俺が行こうじゃないか。
攻撃動作の後には隙が生まれる。攻撃から逃げ切れたならその隙を突けばいい。鬼神斬破刀で突きを繰り出す。
なんの捻りもない、ただ突進しながらの突き。
刃は、肩に少しめり込んでいる。だが、足りない。ヤツを狩るには圧倒的に力が足りない。
身体を巧みに回転させてジェイを吹き飛ばすどころか刺さっていた鬼神斬破刀までもを飛ばす。

「っ…く!」
「てめぇぇぇぇぇぇ!!」

再び大木に身体をぶつける。同時に飛び出したのはヴィータだ。ハンマーが先ほどとは形状が異なっている。ハンマーヘッドの片方が噴出口、反対側がスパイク。
ラケーテンフォルムだ。刃を加えた鉄槌がティガレックスへと振り下ろされた。
―その瞬間から、何かが変わった。
浮き出る赤き脈。線すべてが脈動し、時折黄色が混じる。
上げる顔。緑色だった目は赤く染まり、ヴィータを睨む。
響く咆哮。それはさっきのとは比べ物にならないほど大きく。小さな身体を吹き飛ばした。
ヴィータを受け止めたスバルの背後からティアナが轟竜に向けてヴァリアブルシュートを、なのはがディバインバスターを放つ。
しかしそれさえも、轟く咆哮で威力が殺がれた。直撃して怯むが怒りに染まった眼光は皆を捉えている。
ティガレックスが跳ぶ。速く、一直線になのはの元へと。一撃、前脚でなのはを地面へと落とす。

「きゃあぁぁぁ!?」

二撃、なのはを救うべく飛び出したヴィータに尻尾でたたきつけた。

「うぁあぁぁぁぁっ!!」

なのはの目の前には前脚を大きく掲げるティガレックス。一回、拳がなのはの細い身体へとめり込んでいく。
内部へのダメージはバリアジャケットのおかげで和らいだものの衝撃がなのはを襲う。激痛と呼ぶには十分すぎる感覚。
二回目が振り下ろされる前にジェイが尻尾を一閃。尻尾と身体が完全に分離した。
怒りの矛先はジェイへ。それが彼の狙いだ。このまま突進で接近すれば明らかにこちらの間合い。
走ってくるティガレックスと距離が縮まり、刃を振り上げようとした……瞬間、突然彼に眠気と目眩が襲った。
口の中に広がったのはすさまじいほどの甘味。身体が一瞬だけ痺れたような気がした。

「なんでこんなときに来るのかなぁ……!」

眠気は心当たりが大分ある。…が、口の中に広がる甘味の心当たりは見つからない。そんなもの食べただろうか?
…見つかった。緑色の髪の女性が出してくれた飲み物と、飲んだ直後に現れた違和感。そしてなのは達へ駆け寄る時に襲ってきた何か。
それが眠気と一緒にジェイを襲った。鈍る感覚。ほんの数秒だったがそれだけでも致命的。
前脚と爪が彼を襲う。視界が一瞬吹き飛んだ。
前脚はアカムトトウルンテの腹の部分を文字通り粉砕。あたりに散らばる破片。
爪は彼の腹を深く抉り、それだけでは飽き足らず掴んで、遠投した。その最中にジェイは目の前に閃光玉を投げつけた。
ジェイの身体が地面に叩きつけられると同時に閃光が走る。しばらくの間はティガレックスの視界がつぶれるだろう。よほど驚いたのか逃げてしまった。

「……まずった。」

意識が飛びそうな激痛にも関わらず笑っていた。腹に手を添える。
不快な液体音が響く。真っ赤になってよくわからないが触れてみて彼は確信。腹の肉を持ってかれた。
あと数センチ深かったら臓物をぶちまけているところだ。

「はは…っははははは!こりゃあ笑いもんだよ…敗因がたった一杯の”お茶”だって?ははははは!」

正気だったのかさえわからない。とにかく痛みで狂ってしまいそうだった。
なのに笑いしか出ない。腹だったところを握る。グチャリと響く液体音。今度は両手で抱きかかえる。笑いのリズムに合わせてぐちゃり、ぐちゃりと音が鳴る。
そして笑いはわずかしか出なかった悲鳴で止まる。ジェイが目を前に向ける。
そこにはあまりの惨劇に顔が真っ青になっている四人の少女。視線を逸らすことも忘れて涙目でこちらを見ている。

「……さ…ジェイさんっ!!」

あわてて駆け寄るなのは達。ジェイは口元が吊り上り、息も震えてどんどんか細くなる。
四人は吐き気を抑えるのもやっとみたいだ。ジェイは無理しやがって…と呟いたつもりだが声は出ない。
通信を開いたなのはに向けてジェイは言い放つ。

「シャーリーに通信を繋いでくれ。」
「え…?」

混乱しながらもシャーリーに通信を繋ぐなのは。
しばらくすると画面にシャーリーが映る。ジェイの様子を見て口を手で押さえ驚愕するがお構いなしと用件を話す。

「シャーリー、あのアイルーに伝えてくれ。俺のマイセット1の防具とケルビの角と活力剤、調合書を入門から達人まで。
あと、完成したんならアレももってこい。…ってな。」
「は…はいっ!!」

そういうとジェイは通信画面を閉じた。アイテムポーチから回復薬を取り出して一杯飲むと次ななのは達に言う。
それはあまりにも予想外。そして無情。

「よし、なのは。俺はここに残るから任務を続けてくれ。」
「なっ…!!何を言って…!!」
「行け。」
「だからお前をほおって…」
「行けって言ってるだろう。」

全員に向けたジェイの眼光は鋭く、まるで竜と対峙してるかの如く冷たかった。
その眼光でなのは達を数秒、睨んだ。それでも反論は止まらない。いつしか眼光は収まる。
か細い息をしながらまた一言、呟くように言った。

「足…引っ張りたくないからさ。」

なのはは何かを悟る。この人は本当にお節介で仲間想いな人なんだ。
ジェイの前にしゃがみこんで一粒涙を零しながら見つめる。彼はそれでも微笑んでいた。
手を握り、両手で包み込むと少しだけ顔を伏せた。

「死なないでね?」
「あぁ、約束だ。」

立ち上がってジェイに背を向けて歩き出した。ヴィータ達は何度もなのはの顔とジェイの顔を交互に見た。
ジェイは死にそうだというのに微笑んでいて、なのはは唇を食いしばって涙を堪えていて。
数歩歩くとジェイに呼び止められて振り向くなのは。すると彼はいきなり何かを投げた。
投げたものをポスン、と受け取る。受け取ったものは彼が使っていた鬼神斬破刀。
驚きと困惑が混ざった表情でジェイを見ると

「いずれこれが正しいことだとわかる。」

とだけ呟いた。
大きく頷いて鬼神斬破刀を握り締めるなのは。再び背を向けて、歩き出した。
なのは達四人の姿が見えなくなると同時にジェイは激しく咳き込んだ。なんとか抑えて回復薬をもう一杯飲み干した。
こちらも、時間との勝負が始まったようである。

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最終更新:2008年02月23日 10:23