魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission6『魔法の世界』"

――新暦七十五年 三月十八日 十一時四十五分 スカリエッティアジト――

 耳鳴りがするほどの静かな病室で、ストーム1はベッドに腰掛け文庫を読んでいた。
暇つぶしにとあの眼帯の少女持ってきたこの本は、全文英語で書かれているので内容はさっぱりわからない。
それでも所々に『Magic』の単語があることから、多分これはファンタジー小説かなにかだろう。
次は日本語の本が読みたいな。そう思いつつ、ストーム1は本を閉じてそのままベッドに寝転がった。

 それにしても、こんなにゆっくり出来るのはいつ以来だろうか?
思い出そうとして見ても、脳裏をよぎるのは苦しかった戦場の記憶のみ。
常に死の危険にさらされ、喉が乾けば泥水を啜り、腹が減ったら虫を食らって飢えを誤魔化した。
温かい布団もベッドもある筈が無く、眠くなったら地面に耳をつけて眠る日々。
病気になったり、重傷を負ったら、自分で治すか苦しんで死ぬかの二択しか選べなかった。
それを思えば、ここに居れば、流動食だがまともな食事は取れるし、ちゃんとベッドで眠ることも出来る。
ドクタ―が来ることはなかったが、ガジェットという名のロボットが代わりに治療をしてくれた。
おかげで、今では体の痛みもすっかり消えて、喋ることも、歩く事だって――松葉杖を使う必要はあるが――出来るようになった。
黴臭さとゴキブリさえ我慢すれば、中々快適な環境だと言えよう。

 だけど彼は、この居心地の良い牢獄にずっと居たいとは思っていなかった。
 おそらく、『星舟』はまだ死んではいない。
かなりの手傷を負わせたはずだが、あれくらいで倒せるようならずっと昔に倒せている。
じきに奴は傷を癒して攻撃を再開するだろう。 
そうなったら、民は再び戦火に焼かれ、全ての命は奴等の贄となり、地球は死の星と化してしまう。

――そんなことはさせない!

『星舟』の弱点はわかっている。
あの時だってかなりの所まで追い詰めた。次は決して負けない自信はある。
どれだけの戦力差があろうとも、絶対に奴を倒してかつての平和を取り戻す。
今度こそ絶対に、たとえ刺し違えてでも『星舟』を倒してやる!
そのためには、良く食べ、良く眠って、早く怪我を治さないと……。

「あの、起きてるッスか? ごはん持ってきたッスよ」
 そのとき、ゆっくり扉が開けられる音と、女の声が彼の思考を遮った。
扉の方へ視線を向けると、赤毛を頭の後ろでまとめた十六、七くらいの少女がいた。あの子はたしか……
「君はたしか、ウェンディだったな。怪我はもう治ったのか?」
「私は大丈夫ッスよ。それとノーヴェももうなんともないッス。これも全部、ストームさんのおかげッスね」
 そう言った後、彼女はベッドの側にある椅子に腰掛けた。
「まだ、こんなものしか出せないッスけど」
 そう言って彼女が差し出したのは、流動食が入った見なれたパック。今のストーム1が食べられる唯一の食物だ。
一言礼を言い、それを受け取ったストーム1は、すぐにパックを開けて中身の冷めたいゼリーを口の中へと流し込んだ。

「ストームさんは、体の調子はどうなんッスか?」
簡単過ぎる昼食を終えた後、ウェンディが心配そうに聞いてきた。
「どこか痛いところとかないッスか? お腹は? 頭は? まだ歩けないみたいッスけど、もしかして踵のあれが切れちゃってるとか……」
「おいおい、少し落ちついてくれ」
 矢継ぎ早に質問を浴びせかけるウェンディを、ストーム1は苦笑し、止めた。
「まだ少ししか歩けないことと、飯をあまり食えないこと以外は問題ない。だから、君が気にするようなことはない」
「そうッスか。それでも、何かしてほしいことがあったら遠慮しないで言ってくれってもいいッスよ? 
 私が出来ることならなんでもしてあげるッス」
 ストーム1は少しだけ顔を上げ、黙ってウェンディを見据えた。
 普通に考えれば、彼女の申し出はとてもありがたいものだろう。
問題ないとは言ったものの、彼の体はまだまだ安静が必要な状態だ。介護の手は多いにこしたことは無い
それでもストーム1は、彼女の好意を受け入れるべきかを迷っていた。
無論彼は、常に他人を疑い好意の一つも受け入れられない卑屈で狭量な男ではない。
ただ、今の彼を取り巻く状況が、ドクターの診断もない、外部の情報が一切入ってない、ここがどこかもわからない、
彼女達が敵か味方かもはっきりしないという異常な状況が、ストーム1をいつもより用心深くさせていた。

 ウェンディは丸腰だ。チンクのように武器は持っていないし、警戒心や敵意なんて欠片も感じない。
彼女自体は信じても良さそうだが、まだ油断は出来ない。
ウェンディに害意は無くとも、彼女の後ろにいる者がどう思っているかわからないからだ。
チンクは言った。『この部屋は常に監視されている』と。
それが正しければ、このやり取りもどこかで誰かが監視していることだろう。
その誰かが、これを通じて自分の出方を観察しているのかもしれない。
彼女への対応で、自分が有害なのか、無害なのかを見極めるつもりかもしれない。
もしも有害ならば、自分を即刻処分するつもりなのかもしれない。
だとしたら、ここは彼女の申し出を受け入れ、こちらに敵意がないことを示しておくべきか。
それとも、一旦答えをはぐらかして、向こうの出方を見るべきか。それとも……

「あの、ちょっといいッスか」
 出しぬけに聞こえたウェンディの声が、思案を続けていたストーム1を現実に引き戻した。
「ストームさんに会ったら訊こうと思ってたんッスけど、なんであの時、私を助けてくれたんッスか?」
「なんでって……」
「だって私はストームさんの仲間じゃないッス。なのに、今より酷い怪我してたのに、私の為にあいつ等の中に突っ込むなんて、
 なんでそんなことが出来たッスか? どう考えても普通じゃないッスよ」
他意も打算も感じない、ただ真実を求める視線がストーム1に向けられた。
「なぜ……か……」
 そう呟き、ストーム1は瞑想するように瞼を閉じた。
 奴等に襲われ生死もわからぬ女。彼女を助けるためにノーヴェに武器を預けて飛び込んだ自分。
なぜか? と尋ねられても、彼にとってはとても単純で当たり前の答えしか思い浮かばない。
ストーム1は瞼を開き、ウェンディの目をしっかり見返し、答えた。

「奴等を倒し、民衆を守る。それが俺の仕事だからだ」
「……それだけ?」
 ウェンディの表情は、驚いているのか呆れているのか、口をぽかんと半開きにした間抜けなものだった。
「ああ、それだけだ」
 ストーム1は小さく微笑んだ。
「ストームさんも死んじゃったかもしれないんスよ?」
「死ぬことなんて怖くない。あのとき俺が死んでいたとしたら、それが俺の寿命だったということだ」
 ウェンディは呆れかえったように溜息を吐いた。
「まるで英雄みたいなこと言うッスね」

(英雄なもんか……)
 心のなかで呟いて、ストーム1は彼女に背を向け、黒ずんだ壁と向き合った。
 俺は、英雄なんかじゃない。
多くの者を死なせ、命を賭けても『星舟』を堕とせなかった俺が英雄と呼ばれていいわけがない。
英雄にふさわしいのは死んでいった同胞達だ。
地球の為に、守るべき民衆の為に、世界中で戦い散った幾多の名も無き兵士達。彼等こそが本物の英雄なのだ。
それに比べれば、討つべき敵も討てず、怪我を言い訳に惰眠を貪る俺は、只の、只の――

 悔しさと怒りに唇を噛み締めたそのとき、無遠慮に鉄扉が開き、ウェンディより小柄な少女が部屋に入ってきた。
一対の松葉杖を担いだ、赤毛のショートカットと琥珀色の瞳が特徴の少女。
彼女はあの戦いで世話になったウェンディの姉、ノーヴェだ。
「……ウェンディ、なんでお前がここにいるんだよ」
 ストーム1が声をかけようとした矢先に、ノーヴェは苛立たしげに舌打ちした。
「え……あー……その……ストームさんとお話したかったし、訊きたいこともあったから来たっスよ。ノーヴェもストームさんとお話しに来たんスか?」
「ばぁか、そんなんじゃねえよ。ま、こいつに用はあるけどな」
 ノーヴェはストーム1をキッと睨みつけた。その視線から感じるのは、隠す気の無い怒りと苛立ち。
なぜそんな目で睨まれるのか。答えを探しあぐねるストーム1に、ノーヴェは「おい」と声をかけた。
それから担いでいた松葉杖を差出し、言った。

「ドクターが呼んでる。案内するからこれ使ってついて来い」

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最終更新:2008年07月03日 13:03