ノーヴェに案内されて来た場所は、まるで秘密結社のアジトのようなドーム状の空間だった。
 壁や床が黄緑色に光っているが、薄暗い。
空間に窓はなく、中央に白い円形のテーブルが置かれているだけで、他にはなにもなかった。
そんな不気味な空間で、二人の者がストーム1を待っていた。
一人は、ワカメのように広がる紫色の髪と、ノーヴェと同じ琥珀色の瞳が印象的な白衣の男。
テーブルの向かい側で、ストーム1を観察するように見詰めている。
もう一人は男の傍らに立つ秘書風の女性。彼女の髪と瞳も男と同じ色だ。

「あの男がドクターなのか?」
 ストーム1は自分の右隣にいるノーヴェに尋ねた。
「ああ、あの人がドクターのジェイル・スカリエッティ。隣にいるのがウーノ姉だ……つーか見たら分かるだろうが。どっちがドクターかなんて」
 ノーヴェはぶっきらぼうに答えた。そんな彼女にウェンディは咎めるっような視線を送った。
再開してから今まで、ノーヴェはずっとこの調子だ。
歩くときも早足で、この体ではついていくのも一苦労だった。
なぜノーヴェが不機嫌なのかはわからない。
なにか嫌なことでもあったのか。それとも、元々こんな性格なのか。
どちらにしても自分には関係ないことだ。彼はそう思って、害の無いうちは彼女に関わらないと決めていた。
まあ、原因がこちらにあるなら話は別だが……。

「遅かったじゃないか、お蔭で待ちくたびれてしまったよ。さあ、そんな所に立ってないでここに座ったらどうだ」
 スカリエッティがしっかりとした日本語で言った。
促されるまま、ストーム1はスカリエッティの前の椅子に座った。
「……えーっと……君の事はなんと呼べば良いのかな?」
「わからないのか? 名前は認識票に書いてあったはずだ」
 スカリエッティはかぶりを振った。
「それが、NAMEの蘭が削れていて読めなかったんだよ。よかったらここで名前を教えてもらいたいのだが」
 にわかには信じがたいが、あの弾幕の中ならそんなことがあっても不思議ではないか。
「あ、それ私も知りたいッスー」と騒いだウェンディがノーヴェに小突かれていたがスルーして、ストーム1は爬虫類のようなその目をじっと見返し、己の名を告げた。

「俺の名は……ストーム1だ。それ以外の名はないし、あっても今は名乗るつもりはない」
 ストーム1は本名を語ず、コールサインで名乗った。
まだこいつが信用できるかわからない以上、本名はしばらく教えない方が良い。
そう思った上での選択だった。
しかし、スカリエッティは気にした様子はなく、微笑を浮かべてストーム1を見据えるだけだった。
視界の端では、落胆したウェンディをノーヴェがどこかに引き摺っていったが、害は無さそうなのでそのままほっといた。

「そうか、ではストーム1、君の質問を訊かせてもらおうか」
「……はぁ?」
 こいつは何を言っているのだ? ストーム1は少しだけ耳を疑った。
ノーヴェを遣して呼び出したのは、訊きたいことでもあるのか尋問でもするのだろうと思っていた。
だけどその言い方では、まるでこっちの方から用があって尋ねたみたいじゃないか。

「ドクターはとてもお忙しい方なのです。今日はなんとか時間を取れましたが、またすぐに研究を再開せねばなりません。
 ですから、何か気になることがあるなら今ここで、手短にお願いします」
 ストーム1の心中を見透かしたかのようにウーノが言った。
それにしてもふざけた話だ。
仮にも人に治療を施した者が、研究を理由に患者を放置して、用があっても自分からは足を運ぶことなく、こうして呼びつけたりするのだから。
どうやらこの男は医者としては最低の部類に入るらしい。
正直言ってこの男は気に入らない。が、この機会を逃すわけにもいかない。
そう割りきって、ストーム1は口を開いた。

「だったら教えてもらおうか。ここは一体どこなんだ? EDFの施設か何かか?」
 さて、この男はなんと答えるだろうか。ストーム1はスカリエッティの返答を静かに待った。
「ふぅむ。残念ながら、ここはEDFの施設ではない」
 ここまでは想定の範囲内だ。しかし、後に続いた言葉は彼の予想を大きく上回っていた。

「と、言うよりも……ここは君のいた世界じゃないんだよ」

 そこから先は、まさに噴飯ものの話だった。
話によると、ここは地球とはまったく異なる世界であり、しかもこの世界――ミッドチルダというらしい――では科学技術の他に、時空航行術と、なんと魔法技術が発達しているという。
……何を言っているのだ、こいつは。
『ここはどこだ』という問いに『異世界だ』と答えられて納得できるわけがないだろう。
しかも『時空航行技術』に『魔法』だと? バカバカしい。
第一、本当にここが異世界ならなぜお前等は日本語を喋れるんだ? なぜ普通に言葉が通じるんだ?
しかもあの子が持ってきた本は英語で書かれていたぞ。
そこに突っ込むと、スカリエッティはこう説明した。

「実は異なる世界間にも共通する所は多いのだよ。文化だったり、地形だったり、技術体系だったり……。
 一番多いのは、その世界を支配する生命体と、文字と、言葉だね。だから、『ニホンゴ』と『エイゴ』がここで通用しても不思議じゃないんだよ。
 我々は、これを異世界間の一つの法則として……」

 信じがたいことこの上ない。でも、スカリエッティの表情は真剣で、ウソを言ってるようには思えない。
スカリエッティが話し終わると、ストーム1は目を閉じ、思考を巡らせていた。
魔法、異世界、法則、自身が居る秘密基地、そして、機械の体のの少女達。
暫し間の沈黙が続いた。先に沈黙を破ったのはスカリエッティだった。

「どうしても信じられないなら、証拠を見てもらおうか」
 ストーム1は瞼を開き、無言でスカリエッティを凝視した。
「魔法をその目で見てもらおう。そうしたら信じてもらえるな?」
 どうやらこいつは本気のようだ。まあいい、そこまで言うなら『魔法』とやらを見せてもらおうじゃないか。
「本当だったら信じよう。で、お前はどんな魔法を見せてくれるんだ」
「使うのは私ではない。魔法を見せるのは――」

「私でしょ? ドクター」
 ガタッ!と大きな音を立て、ストーム1は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
突然後ろから声が聞こえたと思って目を向けると、そこに一人の少女が立っていたからだ。
薄紫のロングヘアーとチョーカー付きのゴシックドレスが特徴的なこの少女。
気配もなく、音も立てずにこの子はどうやって現われたんだ?
まさか、この女の子が『魔法使い』いや、『魔法少女』だとでも言うのか……?

「やあ、来てくれたんだね。ルーテシア」
「ウーノに呼ばれたから。この人に魔法を見せればいいの?」
 そこで初めて、ストーム1はウーノがいないことに気が付いた。
どうやら、自分が考え事をている間にこの子を呼びに行っていたらしい。

「あの子達を見せ物にはしたくないから、簡単な魔法でいい?」
「優しいなぁ、ルーテシアは。後でお茶とお菓子をご馳走するよ。それじゃあ始めてくれるかな?」
 ルーテシアはこくりと頷いて、ゆっくりと瞼を閉じると、なにやら呪文のようなものを呟き始めた。

 空気が、変わった。

 ルーテシアの手袋が妖しく輝き、彼女が一言一言続けるたびに、周囲の空気が重く、淀んでいくのを感じる。
増していく圧迫感に、ストーム1は声を出すことも出来ない。
突如、小さな魔女から、鈍く、禍々しき光が噴出した。同時に地面に広がる幾何学的な紋様。これは――魔方陣!?
これから何が起こるのか、自分は何をされるのか。
混乱するストーム1をあざ笑うかのように、闇色の光は彼の体を包み込む。

真っ白に染まる視界、飛びかけた意識、体が宙に浮かぶような感覚。そして――世界も変わった。

「これでどうかな? 今度こそ信用してくれたかな?」
 ストーム1は答えられない。答えるだけの余裕が無い。
スカリエッティは腕を組んで笑っている。ルーテシアも無表情で立っている。椅子もテーブルもちゃんとある。
一つだけ違うのは、周りの風景だった。

 彼は今、空の中にいた。
周りに広がる雲一つない青空。風は冷たく、容赦なく吹き荒び、彼の体を押し続ける。
真下には、青々と茂った森が地平線の向こう側まで伸びている。
自分達が地面に落ちないのは、足下に広がる魔方陣のお蔭だ。たぶん、六畳くらいの大きさはあるだろう。
頭上を見上げると、そこには黄色く輝く太陽と、なんと、月が二つあった。
かなり大きい。表面のクレーターも、月の地形もはっきりと見える。
頬をつねっても、目を擦っても、何も変わらない。
彼は、今度こそ自身の正気を疑った。こんな光景、地球上では絶対にありえないからだ。
これは一体……まさか……本当にここは……。

「これが魔法だよ。彼女は我々を転送魔法でアジトの真上に送ってくれたんだ。
 そしてあの月が、ここが異世界だという証拠だ。驚いたかな? これでも君は、私がウソを言っていると思うのか?」
 呆然と目を泳がせるストーム1に、スカリエッティはくすくす笑いながら言った。
「……信じよう……信じるしか……ないだろう……」
 震える唇からなんとか声を絞り出して、ストーム1はとうなだれ歯を噛み締めた。
本当は信じたくない。受け入れたくない。『これは全部デタラメだ!』と腹の底から叫びたい。
でも、受け入れるしかないじゃないか。こんな物を見せられたら。
気が付くと、元の場所へと戻っていた。ルーテシアはスカリエッティと一言交わすと、紫の光に包まれ消えた。
見届けた後、ストーム1は口元を引き締め、顔を上げた。

「教えてくれ、俺は、これからどうなるんだ?」
 元の世界に帰れるのか? 帰れないのか? 本音を言うと、一秒でも早く帰りたい。
帰って、EDFとして『奴等』と戦わねばならない。
今こうしている間にも、地球は『奴等』に蹂躙され、多くの民が焼かれているかもしれないのだ。
こんなわけのわからない世界で、これ以上油を売ってはいられない! だが、もしも帰れないとしたら……。
やめろ。そんなことは考えなくていい。ストーム1は最悪の想像を頭から追い出し、答えを待った。
スカリエッティはにこやかに微笑み、答えた。
「力を貸してもらいたい」
 なんだって? ストーム1はおもわず立ちあがった。
「ちょっとまて、力を貸せだと? 冗談じゃない。俺は一刻も早く地球に戻らないとならないんだ。
 ここは時空航行技術も発達してるんだろう? だったら今すぐにでも俺を地球に帰してくれ!」
 ストーム1は一息で捲くし立てた。するとスカリエッティは困ったように眉を寄せ、溜息をついて言い切った。

「残念ながら、君を帰すことは出来ない」
その瞬間、ストーム1はハンマーでぶん殴られたような衝撃を感じた。

『帰れない』

想像はしていたが、実際に言葉に出されると、ダメージは計り知れない。
終わりなのか。俺の戦いは、こんな半端な、異常な形で終わってしまったのか。
世界も救えず、EDFの理念も守れず、仲間との誓いも果たせず、こんな、こんな形で。
スカリエッティは、まるで幼子に言い聞かせるように、ゆっくりと続けた。

「今は理由を話せないが、君を元の世界に帰すことは出来ない。したくても出来ない。それだけは確かだ。
 それに、近々とんでもない事が起ころうとしている。それに備えて、自衛のための戦力は一人でも多い方が良い」
「とんでもない事?」
「君がミッドチルダに来る前に、元の世界でしていたことだよ」
 その言葉が頭の中に渦を巻き、ストーム1の思考を掻き回す。
スカリエッティから目を離し、二、三秒の間、思考の海を泳ぎ回った後にハッとしたように向き直った。

「まさか、戦争か?」
「そうなる可能性は極めて高い」
 スカリエッティは頷いた。
「魔法が使えないことは配しなくて良い。私が欲しいのは力ではなく君の知恵だ。私の娘達は戦闘力は高い。
 しかし、それを生かすための戦略や戦術がよくわからないのが弱点なんだ」
 娘とはノーヴェとウェンディのことだろうか? この話だとあと数人はいそうだ。
「私も軍事のことはよくわからない。だから、戦争をよく知っている君に、娘達へ戦争のノウハウを教えて欲しいんだ。
 ……奴等のことは君が一番詳しいようだしね」
 最後の方は聞き逃したが、スカリエッティが言いたいことは大体わかった。

「つまり……俺に教官になれってことか?」
「そうだ。なんだったら、指揮官となって娘を導いてくれてもかまわない。どうだろう、私に力を貸してくれないか?」
 ストーム1はがっくりと力を落とすと、机に両肘を付き、両手で髪を鷲掴み、瞑目した。
「……俺が断ると言ったらどうする?」
「それはありえない。君は絶対に――」
「断ると言ったらどうするかと訊いている!」
 ストーム1は頑としてそれだけを繰り返した。 
「だったら、もう君の面倒は見られない」
 スカリエッティは、深く深く溜息をついた。
「我々に協力してくれないなら、ここ出て行ってもらうことになる。だけどさっきも見た通り、ここの周りは森しかない。
 その体では人里には絶対に辿りつけないだろうな。それ以前に、君はここの食べ物を口に出来るのかな?
 何に毒があるのか無いのか。それすらもわからないんだろう? 病気にかかったらどうする? 我々はなんともなくても、免疫の無い君が掛かったらどんなことになるやら……。
 断言しよう。ここを放り出されたら、君は三日も持たずに死体となるね。なのに、死ぬことがわかっているのに私の申し出を断る? 
 いや、いや、そんなことはありえない。私は確信している。君は、必ず私に協力してくれる」

 これは明らかな脅迫だ。こいつに力は貸したくない。だけど、力を貸さねば放り出されて結果的に自分は死ぬ。
悔しいことだが、自分の生殺与奪はこの男が握っている。
ストーム1は悩んだ。悩んで、悩んで、悩みぬいて、彼は選択した。

「お前の言いたいことはわかった。でも、もう少し時間をくれないか?
 色々ありすぎたせいで、頭の中がごちゃごちゃしているんだ。
 俺としては、もう少し事態を整理した上で、これからのことを決めていきたい」
 敗北者からのささやかな抵抗。けれど、所詮は無意味な抵抗だった。
自分はまだ死ねない。例え何年、何十年掛かっても、俺は地球に帰って見せる。
そのためには、不本意であっても、今はこいつに協力して命を繋いでいかないと。
脅迫者に屈した情けなさと悔しさに、ストーム1は血が滲むほどに唇を噛み締めた。
俺は、助けられる相手を間違えたのかもしれない。

「何をそんなに悲しんでいるんだ。時間はまだあるから、ゆっくりと考えるといい。
 だけど、必ず協力してくれると信じているよ。そのときは、ミッドチルダの事と、我が娘達のことを君に教えよう」

――

――新暦七十五年 三月十八日 十三時二分 次元空間――

 『星舟』の修理は順調に進んでいた。
周囲では、髑髏のような形のガンシップが船体に張りつき引っ切り無しに飛び交い、ケーブルを延ばして破損部分に火花を散らしている。
鹵獲してきた次元航行艦から資材を剥ぎ取り、『星舟』の中に運搬していく機体もいた。
それらは、外壁を剥がれた艦から放り出されていく人間達を無視して、黙々と修理を続けていた。

 そこに、三機のガンシップが何かを持って次元の彼方から帰ってきた。
一機目が持っているのは赤く輝く古の宝玉――『レリック』。
二機目が持っているのは金属製のカードの切れ端。
三機目が持っているのは――人間の右腕だった。
それは『クラウディア』が沈んだ場所で発見されたものであり、おそらく、船が爆発する前に外に投げ出されたのだろう。
各々の獲物を抱えた三機は迷うことなく、まっすぐに『星舟』の体内へと戻っていった。

『星舟』活動再開まで後――60日――

To be Continued. "mission7『悪夢の胎動』"

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最終更新:2008年06月16日 04:06