紫の涙
誰も居ない街を、一人の少女が歩いていた。覚束ない足取りで、トボトボと。一歩踏み出す毎に、降り懸かる恐怖に胸を痛めながら。
この街には、誰も居ない。人間はおろか、犬も猫も。鼠などの小動物から小さな昆虫まで、何も居ない。
普段なら居て欲しく無い筈の生き物でも、こうもこぞって消失されると、流石に気味が悪かった。
それも深夜となれば尚更だ。
暗い街を照らすのは、雲に隠れ、不気味な光を放つ小さな月と、一定感覚で立ち並ぶ街灯だけだった。
街灯も、全てに明かりが灯っている訳では無い。
いくつかはチカチカと点灯し、今にも消えそうな弱い光を放ち、またいくつかは光を燈さない街灯さえあった。
真夜中のゴーストタウンとでも例えるに相応しいこの街を歩く少女には、そんな街灯が不気味で仕方が無かった。
暗い月や街灯は、少女にさらなる不安や恐怖感を与え、その表情を泣き顔へと変えさせる。
「つかさ……こなた……」
震える声でいつも一緒にいた友人達の名を呼ぶ少女。呼んだ所で、誰も答えてくれないのはとうに解っていた筈なのに。
少女は、いつだって友人や妹達と行動を共にしていた。それ故に、こんな何の音も立たない深夜の街を歩く等、生まれて始めての経験だった。
「……つかさ……どこ行っちゃったのよ……」
少女の瞳に、うっすらと浮かぶ涙。ついさっきまで一緒にいた筈の妹は、ここには居ない。
『お姉ちゃん!』
心に浮かぶ、妹の笑顔。いつもマイペースな妹であったが、こんな状況においては頼もしかった。
出来る事なら、いつまでも一緒に……家族揃って、平和に笑っていたかった。
そんな願いも虚しく、突如奪われた日常。
確かに、平和過ぎる日常に刺激が欲しく無かったと言えば嘘になる。
だが、今はとにかく帰りたいと思った。奪われた日常に、戻りたくて仕方が無かった。
少女はふと、いつも読んでいたライトノベルを思い出した。
その主人公は、ある日出会ってしまった少女の影響で、宇宙人未来人超能力者と邂逅してしまい、日常の素晴らしさを日々痛感していた。
今の少女なら、その主人公の気持ちが解る。「何も起きないから奇跡」……と、今なら思える。
ならば、何が少女を此処まで脅えさせるのか。簡単な事だ。おそらく、ここに連れて来られたであろう人々は皆自分と同じ筈だ。
記憶に蘇る、首から上が無くなった少女の姿。まだ自分と、そう年齢も離れていない筈の少女は、目の前でその首を爆ぜさせた。
その記憶が、自分にも同じ事が起こりうるという恐怖感をさらに煽る。
少女は、いつの間にか巻かれていた首輪を、その手に触った。途端に手が奮え、その瞳から大粒の涙を零させた。
この少女は表情の変化が激しい。
いつもは強気な彼女なのだが、ポーカーフェイスには程遠い性格であるが故に、一度崩れた表情は中々直らないのだ。
「嫌だ……こんなの、嫌だよぉ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、少女はその場にうずくまった。
プライドの高い彼女は誰かに涙を見せるのをあまり好まない。
誰も居ないのは、幸か不幸か。だが、それでも誰かに会いたいと思う二律背反。
「大丈夫だよ」「実はドッキリだったんだよ」そんな言葉を、誰かにかけて欲しかった。
そんな時浮かぶのは、いつだって親友の表情。
長い青髪を靡かせて、「泣き顔も萌えるねぇ」等と言ってくれれば、どれだけ救われる事だろうか。
「そうだ……前にもこんな事あった……」
ふと思い出した少女は、涙を吹きながら、呟いた。
友人全員がグルになっての擬似殺人事件。
その時だって、友人達が次々と死んで行くという事実に打ちひしがれていた。
もしかしたら、これだってまたドッキリかも知れない。また皆に騙されたのかも知れない。
そんな考えが少女の頭を過ぎる。が、すぐに否定。
「今度のは流石に有り得ないわよ……バカ……」
何せ、自分は死ぬ瞬間を目撃したのだ。
周囲はほとんどが知らない人。そんな中で、妹と寄り添いながら目撃してしまったのだ。
トリックだとしても、手が混みすぎている。
一瞬だけでも持ってしまった期待はすぐにかき消え、少女の心は再びどん底へ突き落とされた。
正真正銘、至って普通の、平和な人生を歩んで来た普通の女子高生に、いきなり殺し合え……等と言っても、そうすぐに割り切れる筈が無い。
「――帰りたい……家に帰りたいよ……」
少女は、零れ落ちる涙を拭い、立ち上がった。ずっとここにいたって仕方が無い。
悲しいし、寂しいし、怖い。その感情はどう考えても揺るがない。だが、今ここで泣き続けたって、何にもならない。
少女は、黙々と立ち上がった。
途端に、冷たい風に吹かれ、少女は両腕をさする。
冷え込む夜の風は、完全防寒とは言えない少女の服装には少々寒さを感じた。
季節で言えば冬に差し掛かった秋くらいが相応しい服装。一応はカーディガンを着ているが、それも大して暖かくは無い。
「(どこか……建物に入ろう……)」
呟き、周囲を見渡す。
だが、延々と並ぶ喫茶店やスーパーは、どこもドアは閉められている。
立ち並んだよく解らない小さな会社のビルも、全て完全密封。気味が悪い。
少女は、どこか一息入れる事が出来る場所を求めて、歩き出した。
しばらく歩道を歩き続けた少女は、とある交差点で立ち止まった。
いや、立ち止まる必要など無いのは解っているが、いつもの癖で止まってしまうのだ。
車も何も無い筈なのに、信号は赤……青と点滅している。少女はそれを不気味に感じながらも、交差点を曲がった。
その先に、一つの喫茶店を見付けた。
「……ハカランダ……?」
看板に描かれた店名を読み上げる少女。初めて聞く店だ。
少女は恐る恐る喫茶店―ハカランダ―に近付き、ドアに手をかけた。
「(開いてる……?)」
緊張する。入って、もしも誰かがいたらどうしよう。もし、その誰かが自分を殺そうとする人物だったら……。
そんな不安が少女を襲う。こんな時浮かぶのは、マイナスイメージばかりだ。
「あの……誰か居ますか……?」
結局、勝ったのは好奇心だった。半ば投げやりだったのかも知れないが。
少女は、言いながらゆっくりと中に入った。
――結果、誰も居ない。
真っ暗な室内に、少女の声が響く。
安心した少女は、ドアをゆっくりと閉め、店内に備えられたイスに座った。
普通の喫茶店と何も変わらない。いくつか備え付けられたテーブルに、それを囲むイス。
少女は、引きずっていたデイバッグを、テーブルの上に置いた。
同時に「ガチャンッ」と音が鳴り、一瞬脅える少女。が、すぐに自分が置いたデイバッグの音だと気付き、一安心。
「(何が入ってるんだろう……)」
ゆっくりとデイバッグを開け、中を探る。
最初に出したのは、500mlのペットボトルが一本。中身は普通のミネラルウォーター。
次に、2枚の紙。地図と、名簿だ。
どっちにしろ、こう暗くては地図も名簿も見えはしない。朝まで待ってから、じっくり読もう。
一先ず保留し、次に少し大きめの「何か」を取り出した。
「何これ……ベルト……?」
無機質な暗いグレー色をしたベルト。バックル部に何かを差し込むような窪みがある。
デイバッグ内の体積の大半をこのベルトが占めており、さっきの音もこれの音だろうと予想。
ベルトの右側には、大きなX字型をした何かが付いていた。色は黄色く、これが何に用いられる物なのか、さっぱり解らない。
「こっちはカメラ……?」
反対側についているのは、デジタルカメラ。見た感じは何の変哲も無い普通のデジタルカメラだ。
そして、次に手を出したのは、バックルの反対側に付いた黄色い何か。
ベルトから外し、じっくりと眺める。表面にはまたしても黄色い「Χ」マーク。
「双眼鏡……かな?」
それを手に取り、じっくりと見詰める少女。二つの除き穴から、双眼鏡であろうと推測。
結局、このベルトらしき物体が何なのかは解らないまま、デイバッグ物色は終わった。
所謂支給品と呼ばれる物を除くと、他には何も入っていなかった。出来る事なら、自分の身を守ることが出来る何かが欲しかった。
銃でも、剣でも何でもいい。使うつもりは無いが、いざとなればハッタリにでも使えると思ったのだ。
「こんな訳の解らないベルトだけで殺し合えっていうの……?」
机に並んだのは、ベルト。水。地図と名簿。たったそれだけ。
いつまで続くかだって解らないこの戦い、ずっとここに隠れておく……というのも考えた。
だが、こんな水一本だけではいつかは餓死してしまう。
何を考えても、マイナス方向のイメージしか浮かばない。デイバッグに期待していただけに、その落胆も大きかった。
少女は頬杖をつきながら、窓の外を見遣った。怪しく光る月。どこかで、つかさも同じ月を見ているのだろうか?
「こんな時……あいつならどうするのかな?」
少女はまたしても、親友であった青髪少女を思い出す。
……だが、心の中の親友は、何も教えてはくれない。
少女は再び、机に無造作に置かれたベルトに、その紫の視線を送った。ふと、頬を伝う涙。
「つかさ……」
妹の名を呼び、机に突っ伏す少女。室内に響く、鳴咽混じりの泣き声。
少女は、知らなかった。
眼前に放り出されたこのベルトが、未来さえ欺く男が使っていた最高の武器だと言う事を。
そしてそれは、その少女と同じく、巨大な、透き通る様な紫の瞳を持つ「X」の戦士の物である事を。
命を奪う紫の力を手にしてしまった少女の名は、「柊かがみ」。
だが、そんな事を知る由も無いかがみには、どうすることも出来ない。
何をすればいいのかも解らなかった。
【柊かがみ@なの☆すた】
【一日目 現時刻AM0:32】
【現在地:D-5 ハカランダ】
[参戦時間軸]2話終了後以降。なのは達と仲良くなり始めた頃
[状態]健康。涙で顔がぐしゃぐしゃ
[装備]特に無し。
[道具]支給品一式・カイザギア一式(カイザフォン除く)@マスカレード
[思考・状況]
基本 誰も殺したく無い。つかさと家に帰りたい。
1.つかさに会いたい……
2.今は頭が一杯で、何も考えられない……せめて朝までは何も考えたくない……
3.取りあえず、朝になるまではここに隠れていよう……
[備考]
※カイザギア一式を、ただの訳の解らない装飾品ベルトだと勝手に思い込んでます
※デイバッグに、カイザフォンだけは入っていませんでした。カイザフォンの行方は後続の書き手さんに任せます
※なのは・フェイト(姿は19歳。StS基準)とは友達ですが、まだ名簿を見ていない為にこのゲームに参加しているという事は知りません。
※OPで一緒にいたつかさの存在だけは確認しています
最終更新:2008年02月19日 21:28