“在るべき婦人”の行動開始


 Sfは戦闘機人である。
 更に言えば、“とびきり優秀な”という形容詞がつく程である、とSfは考えている。
 本局の技術を結集し、しかも大城・至という一個人に従事するよう特別に調整された、まさしく特注品とも言うべき存在がSfであり、その構成物は全て大城・至の為にある。
 其の鉄は彼の骨に、
 其の鎖は彼の肉に、
 其の油は彼の血に、
 其の決断は彼の心に、
 そして感情を持たない無欲な意思は――彼の涙に捧げられている。
 日常・戦場を問わず侍り、あらゆる雑事を代わり、あらゆる苦労をこなし、あらゆる不幸を阻み、あらゆる願いを成就させる。
 その為だけにSfは存在している。否、Sfが存在するのは“その為”なのだ。
 となれば必然的に求められるのは、Sfは常に大城・至の傍らに控えている事である。勿論、使命と命令を果たす事も重要だが、それ以上に必要なのは彼との同伴だ。
 自称“とびきり優秀な戦闘機人”Sfの自慢は、一度たりとも大城・至を知覚範囲からロストした事が無い、という事だ。
 それはSfに求められる基本にして至上、当然にして喜び、義務にして望みだ。
 が、
「………………不覚、と判断します」
 大部屋の艦橋に立つSfの傍らに大城・至はいない。
 その日Sfは、初めて至を見失っていた。




 あの“十代”なる少年と“神崎”なる男の一方的な宣言を受け、歯向かった2人の人間が爆死して、次の瞬間にSfの視界は一変した。
 数十人の人間がひしめき合っていた暗闇から、この見ず知らずな艦橋へと。
「これは、管理局が造るものとは完全な別種ですね」
 手近なコンソールに触れてみた所、画面にこの施設についての情報が示された。
「……航空戦艦“アヴァロン”?」
 アヴァロンとは、欧州の伝説に登場する架空の地名だった筈だ。それを関するという事はこれも異Gの機械だろうか、と疑念を抱く。だが、
「それにしては概念が一切感知できません」
 目前にあるのは、ただの機械だ。といっても、未知の機構やシステムではあるが。
「航空機能は停止していますね。医療施設もあるようですが、これらも機能は停止……」
 どうやら主要な動力炉が停止しているらしい。ここを拠点にするなり、載せている物品を使うなりは自由だが、施設としての機能を使う事は出来ない、という事か。
 ならばコンソールが起動するのは施設の概要を知る為の、ちょっと便利な案内図とする為か。
「これは」
 と、解析し続ければ妙な情報を発見した。どうやらこのアヴァロンには一つの兵器が搭載されているらしい。
「――ガウェイン」
 ガウェインなる兵器の概略図なのだろう、やや歪な人型のシルエットがコンソールに表示される。“ナイトメアフレーム・ガウェイン”という表記と共に。
「ナイトメアフレーム? 武神とは別種なのですか?」
 どうやら近しい種類だが、武神とは全く異なる兵器のようだ。概略図だけでもその違いが解る。これは全く未知の兵器だと言う事が。
 より深く調べようとしたが、案内図程度の機能しか発揮出来ないコンソールでは、ガウェインとやらの存在を知るだけで精一杯だ。
 詳細な機能、規模、収納位置なども一切知る事は出来なかった。
「まあ、知りえないのは何もそれだけではありませんが」
 コンソールの目前に備え付けられた椅子に腰掛けてSfは呟く。理解出来ないのは、現在陥っているこの状況そのものだ、と。
 現状で理解出来るのは、いつの間にか持っていたデイバックと、そして首を拘束する鉄輪の存在だけだ。
「私達の行動を抑制する首輪」
 Sfはその鉄輪を薄く撫でる。提示されたルールに違反すれば爆発する、とあの二人は言っていた。
 流石の戦闘機人も首が吹っ飛べば生きていられない。否、稼働していられないと言うべきか。
 当然だが、それはSfの望む所ではない。
「至様よりも先に機能を停止する訳にはいきません」
 同時に、
「至様をロストしたのは……不手際の限りだと判断します」
 これは重大な失態だ。己に課せられた使命を遵守出来なかったのだから。
……なんという事でしょう、至様をロストしてしまうとは……!!
 取り返しがつかない、とSfは思う。なんという失敗をしてしまったのだ、と。
 使命を果たせなかった機械は不良品だ。つまりSfは不良品という事になる。
 自身を“優秀な機械”としていた為に、この自責は一入だ。
……罰せねばなりません。こんな不良品は……っ!!
 故にSfは腕を振り上げた。自らに罰を課す為に。
 掲げられた腕が勢いよく振り下ろされる。その終着点はSf自身の頭部だ。
 握られた拳が側頭に迫り、
「Sf、いけない子だと判断します」
 自分の頭を小突いた。こつん、という具合に。てへっ、て具合に。
「…………」
 侍女式戦闘機人は自分の側頭に拳を付けた状態で、道の機械で構成された艦橋に佇む。そんな静寂が、たっぷり数分続く。
「……誰もいない、というのは存外つまらないものだと判断します」
 至様がいらっしゃれば即座に反応して頂けるのに、と思いつつSfは腕を下げる。
「現状目指すべき目標は……早急な帰還です」
 自分がSfという大城・至専用戦闘機人である以上、その至を見失った自分が取るべき行動は定位置への帰還だ。ならば自分が取るべき行動は、
「――他参加者の排除だと、判断します」
 あの十代や神崎が言うには、最後まで生き残った参加者は好きな願いを一つだけ叶えられる、との事だった。
 それがどれ程の力なのかは知らないが、自分が体感した空間転移やこの艦橋を構成する未知の技術が彼等のものだとしたら、
……至様をロストする以前の時間に戻る事も出来るのではないか、と推測します……
 憶測のみで構成される理由だが、現状自分が取るべき行動はそれ以外には無いとSfは思っている。未知の技術や願いを叶える力云々は別としても、
「見せしめに2人殺せる者が、反逆者を殺さない理由はありません」
 もしも彼等の意に添わなければ、自分も破壊されるだろう。この首にある鉄輪が爆破して。
「……それは回避すべき事だと判断します」
 故にSfは決定した。他参加者を排除する、それを主な方針とする事を。
「と、なれば……」
 指針を定めたSfは視線を動かす。見定めるものは、床に放置されたデイバックだ。腰を浮かして床に座り直し、デイバックを手元に近寄せる。
「支給品とやらはこの中でしょうか」
 この艦橋に転移された際に気付いた事だが、現在のSfは一切の武装を失っていた。おそらく参加者同士の戦闘力の差を均一化する為だろう。ISで収めていた部品類も全て無い。
「銃器の類があれば……」
 といってもこのデイバックの大きさだ、精々入っていても拳銃程度だろうが。
 そうして出てくる物は食料や地図といった、正にサバイバル用品といった品々だ。取り出したそれらを床の上に整列していき、そこでSfはふと気付いた。
……明らかにデイバックに収まりきらない量です……
 その不信感は、支給品を取り出す段に入って確信に変わった。
「――これは」
 取り出された支給品、それは一対の長大な刃だった。弧を描くそれには取っ手が備わっており、Sfの身の丈以上ではあるがブーメランに見えた。
 明らかにデイバックを超える質量の武器だ。
……どうやらこのデイバックには、質量を無視した収納力がある様です……
 概念の力は一切感知出来ない。これもまた未知の技術であるが、それはまあ重要ではない。得にはなっても損はしない要素だ、深く考える事はないだろう。
 考えるべきは、支給品の性能だ。
「ブーメランブレード。ナンバーズ7号機、セッテの固有武装。近接以外にも中距離程度ならばIS無しでも攻撃可能……」
 備え付けの説明書を見やれば、どうやらこれは戦闘機人の武装であるらしい。
 セッテなる戦闘機人に対応した武器である為、使いこなすのは困難なようだが、必要最低限には使えそうだ。銃器類でなかったのは不満だが、文句を言う相手はこの場にいない。
 更にSfのデイバックには支給品がもう一つ入っていた。とは言っても、それを見たSfは一切の価値を見出せなかったが。
「これは……カード?」
 赤い裏面をした、トランプに似た模様のカードだ。角には“ハート2”と記されている。
「ラウズカード『ハート2 SPIRIT』、ヒューマンアンデットが封印されたカード? これも、未知の技術による産物でしょうか……?」
 これにも概念の力は感知できない。支給品というからには、これも何らかの能力を有しているのだろうが、Sfにそれを発揮する事は出来なさそうだ。
「デイバックに入っているのは、これだけのようですね」
 全て出し終えた所でSfは首肯、再び品々をデイバックの中へと戻していく。ブーメランブレード以外の全品を。そうして仕舞い終えたデイバックを背負い、Sfは立ちあがる。
「こちらの機能は、損なわれていないでしょうね……?」
 直立したSfはブーメランブレードを両手に持つ。そして、
「――IS、発動」
 呟いた瞬間、異変は発動した。
 Sfの足下に光る環状の幾何学模様が発現、スカートが僅かに膨み、そして両手のブーメランブレードが突如として解体された。
 今や部品の群と化したブーメランブレードは鉄の奔流となり、幾度か宙を遊泳してSfのスカート内に潜り込んだ。何時しか部品群は全て収まり、足下の幾何学模様も消失した。
「ISの方は、一切問題が無いと判断します」
 SfのISは機械の分解・収納・即再構成を果たす。効果としてはデイバックとそう変わらないが、出し入れの速度は比べようもない。
 武装は失われても自身の能力は損なわれなかった、その事にSfは頷いて歩を進める。ドアは目前に迫れば、空気の抜ける様な音と共に自動で開いた。
「先ほどのコンソール、周辺の地形も表示していました。それに寄れば……そう遠くない場所に市街地があります」
 Sfが目指すのはそこだ。市街地ならば他参加者が集まっている可能性が高い。絶好の狩り場と判断出来るだろう。
「――至様、すぐに帰還します」
 その事だけを目的とし、至上とし、侍女たる戦闘機人は歩を進める。




 この時、ある意味当然の事ではあるが、Sfは二つの脅威を目前としている事を知らない。
 Sfが転移した場所、アヴァロンに収められた人型兵器、“ガウェイン”。
 未だ出会わぬ参加者の1人に、この絶大な戦闘力を誇る兵器を駆る者がいる事を。
 与えられた支給品、“ラウズカード『ハート2 SPIRIT』”。
 未だ出会わぬ参加者の1人に、このカードを失った事で野獣に変貌する者がいる事を。
 Sfは知らない。知る筈がない。
 それが有利となるか不利となるか。――それこそ正に知り得る筈のない、未知の事であった。


【Sf@なのは×終わクロ】
【一日目 現時刻AM1:14】
【現在地:C-1 アヴァロン】
[参戦時間軸]第七章・対王城派戦後の撤収途中
[状態]健康
[装備]スカート内にブーメランブレード@なのはStrikerSを収納(即座に出し入れ可能)
[道具]支給品一式・ラウズカード『ハート2 SPIRIT』@マスカレード
[思考・状況]
基本 早急な帰還を目指す
1.手っ取り早い手段として他参加者を排除する
2.他参加者を見つける為に市街地を目指す
3.余裕があれば情報収集も行う

[備考]
※ラウズカードは『未知の力を持つ道具』程度に認識しています

※アヴァロンとガウェインはルルーシュが遭遇する以前の状態です。ハドロン砲は未完成です。

006 本編投下順 008

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最終更新:2008年02月19日 21:30