その思いを狙い撃つ


 道路があり、街路樹があり、歩道があり、ビルがあり、家屋がある。
 総じて――“市街地”と呼べるものがあった。
 しかし絶対的に足りていないものがある。
 歩行者がなく、運転者がなく、従業員がなく、住人がない。
 総じて――“人間”と呼べるものがなかった。
 廃墟、否、一切の廃れた風もないそれは、“ゴーストタウン”としての風体があった。
 時間帯は夜間、日付が変わった直後という深夜だ。暗闇が無人の市街を彩っていた。
 だが大自然が作り出す黒に対して、反目する色があった。
 それはビルの灰色ではなく、街路樹の緑でもない。――純白だ。
 ビルとビルの合間、細道から覗くその純白は装甲服の塗装。即ち、装甲服をまとう者が細道に居る、という事だ。
 白の装甲服に黒の長髪、膨らんだスカートに細い体つき、自身を浅く抱いた人物だ。
 その人物には幾つかの名前が、二つの嘘の名と一つの本当の名があった。
 本当の名は“運切”、嘘の名はそれを二分して“運”と“切”。
 新庄・運切。そういう名前の人間が、そこにいた。

     ●

 新庄は混乱していた。
 何時、何処で、誰が、何をして、何が置きたのか、何の為に。5W1Hの全てが解らない。
……わからないよ……
 しゃがみ込んだ自身を強く抱く。そうする事で、僅かでも不安を紛らわせるから。
……わからない、よぉ……
 人が死ぬのを見た。自分の首にも嵌められた、首輪が爆発して。
 人を殺せと言われた。死にたくなければ、願いを叶えたければ、と。
 新庄には願いがあった。
 父母が誰で、何処にいるかを知りたい。
 6歳より以前の、失われた記憶を知りたい。
 自分の体、午前と午後で性別が変わるこの体の謎を知りたい。
……でもそれは、
「そんな事をしてまで、知りたい事じゃないよ」
 正直に言って、諦めかけていた。
 追い続けるのも、半ば建前になりかけていた事だ。
 そして何よりも、
「――死ぬ事と、殺す事」
 ここに送られる前、あの二人の男に集められるよりも前の事だ。
 皇居前で起きた“王城派”との戦い。その前日の人狼との戦い。その戦いにおいて、自分は同じ失敗を侵していた。敵を殺せなかった、武器の引き金を退けなかったという失敗を。
「恐い」
 殺す事は無いんじゃないか。
 殺さなくても良い方法はあるんじゃないか。
 より良い解決が、もっと考えればあるんじゃないか。
 そして――自分の意思は、敵の意思を殺すに値するのか。
 それが解らない。
「こわい」
 解らない事が、解らないままに行動する事が、恐い。だから――迷い、竦む。
「――は」
 寒気のする動悸に、思わず息が漏れる。喉が引き攣り、微かな吐き気を得る。
……喉、乾いた……
 緊張や恐怖の影響か、喉というよりも全身が乾いた感覚がある。じっとりとしたそれはさながら風邪をひいた時と似ている様に思えた。
「何かあるかな」
 呟いて新庄は脇を見た。自分が背を預けるのと同様に、ビルの壁に寄り掛ったデイバックを。
 この市街地に移された時には持っていた物だ。多分、あの男達が持たせたのだろう。
「……ん、あった」
 いそいそと中身を漁れば、食糧に混じって水入りのボトルが出てきた。おそらく最低限の生命維持が出来る様にする為だろう。
 キャップを捻って飲み口を露出させ、唇を密着したまま傾ければ冷たい液体を喉を伝う。冷えて感じるこの身には温水の方が有り難かったが、流石にそれは高望みというものだ。
 ある程度喉が潤った所で、新庄はボトルをキャップで締め直した。水分は貴重だ。それは食糧として以上に、今の様に気を落ち着かせる為にも。
 ボトルをデイバックに戻し、続いて路上に並べていた食糧や地図の類も戻していく。ボトルを探す過程で取り出してしまった品々だ。それらを次々とデイバックに収めていき、
「あれ?」
 食料品を仕舞い終えた所で、珍妙な品がある事に気付いた。
 角の丸い四角形の機械だ。小さな液晶画面を備えており、一端からはコードが伸びている。コードの先は二本に分かれ、その先端には小さなスピーカーが付いている。
「CDプレイヤー、って奴だよね」
 奥多摩の施設から殆ど出た事の無い新庄は詳しく知らないが、確かCDという円盤を挿入する事で音楽が聞ける機械であった筈だ。
「これが支給品なのかな」
 参加者には幾つかの品々が渡される、とあの男達は言っていた。食料品や地図、名簿などとは違う“最低限必要な物ではない物品”。
 消去法ではあるが、CDプレイヤーは支給品に分類される物に思えた。
「じゃあこれは、何かの武器になるのかな」
 呪いの歌でも入っているんだろうか、とか思いつつ、好奇心から新庄はイヤホンを耳に嵌める。
「これが、スイッチだよね」
 液晶画面の側に備えられた、横向き三角形が描かれたボタン。新庄の細い指がそれにかかり、押した。直後、

ぱーぱっぱぱっぱーぱっぱぱっぱーぱっぱぱっぱーぱっぱぱっぱーぱー! ぱぱっぱーぱぱっぱー…………

 音楽が流れ始めた。ラッパの音に似たそれは軽快なリズムを作り、気分を高揚させる事に終始する音楽だと解る。
「……なんか聞き覚えがあるな」
 CDプレイヤーが放送する音楽、それが新庄の記憶を刺激した。覚えがあるぞ、と。
 そうして新庄は、ふとCDプレイヤーに値札の様な物が付いている事に気付いた。手にとってよく見れば、それは“説明書”と赤い太字が載っていた。
「何だろ」
 そこに疑問の答えがあるのか、と文を呼んでみる。そこには“説明書”の下に2行で、簡潔にこう記されていた。


 ○ロッキーっぽい曲
   聞くとやる気が出る。けどパチもんっぽいから逆にムカつく事もある。


 読み終えた直後、新庄はCDプレイヤーを向かいのビル壁に叩き付けた。確かに説明書通りの効果だった。
「…………はぁ」
 溜め息と共に肩を落とし、地べたに転がり落ちたCDプレイヤーを拾い直す。壊れるどころかヒビ一つ入っていなかった。無意味に頑丈なCDプレイヤーだ。
「これは狙ってやっているか……」
 だとしたら随分と効果的な支給品だ。腹が立つけど。
 まあいいや、とごちてCDプレイヤーをデイバックに入れる。それから他に入れ忘れた物が無いかと見回してみる。と、落ちている物が一つあった。
「……認識表?」
 細いチェーンが通された金属板だった。大きさは手の平ほど、やや青みがかった色合いだ。
「これも支給品なのかな」
『その通りよ』
 呟いた言葉が返答された。
……は?
 予想外の現象に思わず口が半開きになった。
 驚きに思考が停止し、ややあってから再び動き出す。幾つかの考察と推測が短時間で巡って一つの答えを編み出した。
「君は……デバイス?」
『続けて、その通り』
 認識表が微かに光り、二度目の肯定を唱えた。
『私はストームレイダー。――貴方に配分された支給品、という事になるわね』

     ●

「へえ、じゃあストームレイダーのいたGじゃ概念が無くて、代わりに魔法っていうのがあったんだ」
『Gじゃなくて次元世界、ね』
 まあ似た様なものみたいだけど、とストームレイダーは補足する。
『不思議なものね。魔法は無いのに、デバイスっていう機械は存在していたんだ』
「うん。ボクも、Exーstっていうデバイスを持ってたんだけどね。こっちに飛ばされてくる前に、無くなっちゃったんだ」
『戦闘力の調整、でしょうね。元々武器を持ってたんじゃ、支給品を配る意味が無いし』
 そうだね、と新庄は相づちを打ちつつ、このストームレイダーなるデバイスの事を考えた。
……歳上、って感じだよね……
 女性の声を模した電子音声で話す彼女(扱いはそれでいいだろう)。さばけた性格と口調は、少なからず新庄に冷静さを取り戻させた(CDの効果は断じて認めない)。
 緊張と恐怖と混乱、そうした時に話し相手が居る事の有り難さを新庄は実感していた。
「ストームレイダー」
『ん、何?』
 これで人型だったら、首を傾げていただろう。ありはしないストームレイダーの視線を感じつつ、新庄は感謝の言葉を伝えた。
「――ありがとう」
 僅かに間を置いて、
『……まぁね』
 動じた風も無く、返事が返された。ここでトボケたり否定せず、こちらの言葉を受け止めて返す辺りが彼女の精神年齢の高さを感じる。
『そんな事よりも新庄』
 と、今度はストームレイダーから声がかけられた。
『貴女、Exーstっていうデバイスを持ってた、って言ってたわね』
「そうだけど……それがどうかした?」
 首を傾げる新庄にストームレイダーは続ける。
『それはどんなデバイスなの?』
「機殻杖、って言っても解らないか。えっとね、肩で担ぐ砲塔、って感じかな」
『という事は、射撃系のデバイスなのね?』
「うん、そうだよ」
 質問の意味が解らない新庄に、ストームレイダーは、ふぅん、と頷いた風に呟く。
『見た感じ射撃系の訓練を受けた風だし、貴女が私を得たのは幸運だったかもね』
「どういう事?」
『私をセットアップしなさい』
 セットアップ、つまり待機形態から行使形態にたち上げる、という事だ。非変形型のExーstを持っていた新庄には馴染みのない行動だった。
「どうして?」
『やって、見てみれば解るわ』
 早く、とストームレイダーに急かされ、新庄は従う事にした。立ち上がってストームレイダーを軽く掲げ、デバイスの名前と指示を唱える。
「ストームレイダー、セットアップ」
 その直後、握られていたストームレイダーが光彩を放った。青白い光が認識票を隠し、小道いっぱいに広がる。
 新庄は僅かに目を細め、光が止むのを待った。そして幾許と経たずに光は収まり、変貌したストームレイダーが手に収められていた。
「――狙撃銃」
 変形したストームレイダーの形態は、長い銃身とグリップのライフルだった。シルエットはほぼ一直線を描き、重心の基部には逆三角形の液晶画面がある。
『私はね、狙撃に特化したデバイスなの』
 液晶画面の点滅と共にストームレイダーは喋る。
「私の本来の持ち主は狙撃兵……みたいなものでね。アウトレンジの達人、って呼ばれたりもして、私自身も平均以上の性能があると自負しているわ』
 誇らしげに語るその口調に、ああその持ち主が好きなんだな、と新庄は思う。そんなこちらに気付いた風も無く、ストームレイダーは意見を結論した。
『新庄。この戦い、私を使いなさい』
「――――」
 それは、戦えという事か。
 この突然始まった理不尽な戦いを、他の参加者を殺して勝ち進めという事か。
『貴女も射撃を専攻するというなら丁度いいわ。きっとうまく立ち回れる』
「……ボク、は」
 意図せず、言葉が紡がれた。
「ボクは戦いたくない」
 先ほどまでは、悩んでばかりで出なかった言葉だ。
「ボクは殺したくない」
 思いが吐露される。うやむやだった“それ”が、吐き出される。
「――ボクは死にたくない。そして、誰も死なせたくないよ」
 震える声で新庄は呟いた。胸の深い所で吹き溜まっていた、思いを。
『……………』
 ストームレイダーは答えない。何の変化も無く、ただ新庄の手に握られている。
……だめ、かな……
 甘い考え、だと言う事は自覚している。それはかつて佐山にも言われた事だ。
……でも、ボクはそう思っている。そう思っているんだよ、佐山君、ストームレイダー……
 だから、と新庄は思う。そこからどんな言葉が続くのかは解らない。
 それでも、だから、と思う。
『つまり』
 と、唐突にストームレイダーが音声を放った。
『つまり、貴女はこの戦いを無血解決したい訳ね?』
「…うん」
 問い返された言葉に新庄は頷く。
『誰も殺したくないのね?』
「うん」
『誰も死なせたくないのね?』
「うん」
『自分も死にたくないのね?』
「うん」
『あらゆる者に、傷付いて欲しくないのね?』
「うん」
『ふざけないで』
「……うん」
 言われた。言われるかも、と思っていた言葉が。
『殺したくない? 殺されたくない? 傷付けたくない? ふざけないで、だわ。この上も無くね』
 幻想だと、甘えだと、そう断言された。そう思った。

『そんな事が有り得ないと思ったの? 馬鹿ね、“有るに決まってるじゃない”』

「――――」
『殺したくない? じゃあ護ってあげれば良いわ。殺されたくない? じゃあ護ってあげるわよ。傷付かないで欲しい? じゃあ、傷付け合う前に止めてやれば良いじゃない』
「……うん」
『言ったでしょう? うまく立ち回れる、って。私に貴女がいれば、貴女に私が居れば、出来ない事なんてないわよ』
「うん」
『引きなさい、引き金を。答えを出す為ではなく、今や答えを実行する為に。――私の弾丸は相手を殺めない。貴女の想いを、無視出来ないぐらい強烈に叩きつけてやるわよ』
「――うんっ!」
『よろしい』
 心無しか、満足げにストームレイダーが光を放った様に思えた。

     ●

『良い? 貴女に魔力が無く、私が魔力弾しか撃てない以上、このカートリッジが頼みの綱よ』
「……なんか、さっきまでの意気込みはどこへ、って感じだね」
 思わず呟いた新庄に、うるさいわね、とストームレイダーは返事。
 デイバックを担ぎ直し、新庄は壁に立てかけておいたストームレイダーを手に取る。もしもの場合を考えて待機形態ではなく、長銃形態は維持したままだ。
『私に装填されてるカートリッジは全部で3つ。中身はエネルギーだから、捻出配分で威力が変わるわ。1つにつき、節約して5発って所ね』
「最大で15発、って事?」
『そう言う事よ。それから、どこか見晴らしの良い高い所に行きましょう。狙撃の特性を最大限に活かせるのは高所だし、どのみち拠点は必要だもの』
 そして何よりも、と区切り、
『そこで私の望遠機能を使えば、周囲一帯ぐらいは軽く見回せるわ』
「そうすれば、少なくとも周囲にいる参加者を見つけたり、戦闘に介入出来るね」
 ええ、とストームレイダーは肯定するがその言葉は歯切れが悪く、らしくない、と新庄は思う。
「どうかしたの?」
『…その、さっきはちょっと口が過ぎたかな、と思ってね』
 驚いた。こう言っては何だが、ストームレイダーはその辺りの事は気にしない質だと思っていた。
『さっき話した私の本当の持ち主、彼と貴女をダブらせちゃってね』
「……え?」
『詳しくは言わないけど……彼、一度手痛い失敗をしてね。以来まともに私を握れなくなくなっちゃったのよ』
 つまり撃てなくなったって事ね、と補足。
『その失敗を実行したのは私だったわ。でも彼は私のせいにせず、全部自分のせいにしたわ』
「そうして欲しくなかったの?」
『そう言う訳じゃないわ。だって引き金を引いたのも狙いを付けたのも彼だもの。私に非は無いわよ。全部道具のせいにする無責任男なんて御免よ』
「………………」
 さばけてるなぁ、ていうか、キツいなぁ、とか内心思う。
『でもね。だからって……その苦しみが分け合えない訳じゃ無いと思うの』
「……あ」
『“私は悪くない、でもそれが貴方一人で罪を背負い込む理由にはならないわ”。一緒にやって行きましょう……あの時、そう言ってあげられれば良かったのにね』
「だから、ボクにそれを言ったの? 引き金を引きたくない、って言うボクに」
『……まぁね』
 やっぱり動じた風もなく、ストームレイダーは自身の思いを肯定する。それが大人っぽいと先ほどは思ったが、実は単なる意地っ張りかもしれない、と思い直す。
『そんな事よりも、さっさと拠点を探しましょう』
「じゃあ……あのビルはどうかな、先生」
『そうね、あそこの屋上ぐらいまで行けば、市街地のある程度はカバー出来そう……ちょっと待ちなさい』
「え、何?」
『“先生”って何よ』
「いや、先生からは色々と教わったっていうか……助けられたっていうか、何か先人って感じなんだよね」
『どこの世界にデバイスを先生呼ばわりする魔導師がいるのよ』
「いやだって、ボクは魔導師じゃないし」
『デバイスを使う役職だったんでしょう、だったら同じよ! やめなさいその呼び方!!』
「でももう、さっきまでみたいに呼び捨てにする気にはなれないし……」
『良いのよ呼び捨てで! 直せ! 戻れ!!』
「じゃあ行こうか、先生」
『元に戻れって言ってるでしょう!? あぁでも行くんだけど、ああそうじゃなくて……っ!!』

     ●

 新たな武器をその手に持って、新庄・運切は街を行く。
 目指すは高所、そして戦いの無欠解決。
 その思いは叶うのか、その思いは達成出来るのか。
 それは解らぬ事。
 だが、そうなりうるだけの意思はある。





【新庄・運切@なのは×終わクロ】
【一日目 現時刻AM01:06】
【現在地:C-6】
[参戦時間軸]第七章・対王城派戦後の撤収途中
[状態]健康・女性体
[装備]ストームレイダー@なのはStrikerS
[道具]支給品一式・CDプレイヤーinロッキーっぽい曲@銀魂
[思考・状況]
基本 無血解決を目指す
1.まずは高層ビルを目指そう
2.情報収集と戦闘妨害に徹底しよう
3.体質については取り合えず隠そう

[備考]
※性転換体質があります。PM6:00からは女性体(運)、AM6:00からは男性体(切)となります。

※ストームレイダーの弾数は、カートリッジ1発につき最大5発。数発分を消耗して強力な弾を放つ事も可能。

011-2 本編投下順 013

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最終更新:2008年02月19日 21:36