カノン
遠くさざ波の音が聞こえる砂浜。
少女の手が震えていた。
「どう…なってんのよ…」
少女の声が震えていた。
シーナ=カノンはその手の中で、がちがちと黒光りする拳銃を震わせていた。
六課の仲間と過ごしていた、楽しい休日。
バスの中でふと気を失い、気が付けばあの悪夢のような光景。
人死にを見たことがないわけじゃない。
ずっとエンディアスで戦い続けてきたわけだし、その前にも、ルミナス学園では人命に関わる事件があった。
しかし、だからといって、慣れるはずもない。
人の命が、目の前で惨たらしく喪われることに。
悪夢のようなショーが終わった後は、自分も悪夢の世界へ放り込まれた。
殺し合え? そうする必要もない相手と?
この銃で?
最悪の心地だった。
手にした銃は、ある世界の旅人が用いた銃。
それをパースエイダーと呼ぶ世界では、ひどく旧式のリボルバー。
奇しくも、自分の「Kanon」という名と同じ音――「Cannon」の名を冠する銃。
「キリヤ…」
脳裏に何度も何度も浮かび続ける、あの幼馴染みの顔。
異界でずっと自分を支え続けてくれた、誰よりも大切な人。
彼と一緒なら、何とかなるかもしれない。
今までそうしてきたように、今度だって、乗り越えられるかもしれない。
「キリヤ…怖いよ…キリヤぁ…っ…!」
だからこそ。
その存在がいないのが、心細くてならなかった。
どうすればいい。
たった1人で。
何をすればいい。
ひとまず考えられる場所と時間が欲しい。
それ以前に、身を隠したい。
地図にある、最も近い隠れ場所は、西の病院。
生き残りたい。
そして――キリヤに会いたい。
森の中を北上する影があった。
木の枝々へと器用に飛び移り、かなりの速さで駆け抜けていく。
やがて、人影は森を抜け、開けた丘に出た。
盾の守護獣、ザフィーラである。
手に握っているのは、透き通るような緑色の投身を持つウィルナイフ。
彼が人の姿を取っているのは、この武器を使うためだ。狼にナイフは扱えない。
磯の香りが強くなる。
ザフィーラはそれを頼りに森を突っ切り、抜けていた。
浜は隠れ場所のない、格好の狩り場だ。
つまり、ザフィーラはこのゲームに乗った。
ベルカの騎士の誇りに従い、夜天の主・八神はやてを救うために。
(悪く思うなよ…)
内心で他の仲間達に、最後の謝罪の言葉を告げる。
自分とヴィータ、2人の守護騎士が全ての敵を排除すれば、はやては助かる。
後は自分達が自殺すればいいのだから。
その程度の覚悟、今更論ずるまでもない。
(もっとも…仕留められるか、怪しい相手はいるが)
ザフィーラの頭の中に、銀の長髪が広がる。
長い歴史の中、自分が見てきた中でも、最強の男。
妖艶なまでの美しき容姿に隠した、絶対零度の殺意の刃。
あの孤高の英雄が倒れるところなど、まるで想像がつかない。
(あれを殺めねば、主を救えないということか)
正直、途方もない話だった。
しかし、へこたれるわけにはいかない。それでは守護獣の名が廃る。
やりようによってはどうにかなるかもしれない。否、せねばならない。
(それにしても…)
ザフィーラが懐から、何かを取り出す。
左手に持っているのは、青白い龍の描かれたカード。
とあるアイテムと併用することで使用可能とあったが、どれ程の力があるのだろうか。
正直、あまり信用できない自分がいた。
そうこうしているうちに、目的地が見えてくる。
そして、座り込んだ1人の少女の姿も。
(見つけた)
あまりに隙だらけな様子。
しかし、それは願ったり叶ったり。
ザフィーラはよりスピードを上げ、少女の元へと駆け寄った。
ずさぁっ、とシーナの背後で音がしたのはその直後。
びくりと肩を震わせ、首だけでそちらを向く。
ガタイのいい大人の男が、そこに姿を現していた。
褐色の筋肉は、シーナの細い身体など、一撃でへし折ってしまうだろう。
犬のような耳と尾は、かのヴァイスリッター団長・マオの猫耳のような、種族的な特徴か。
「すまないな」
低い声で、しかし何の罪悪感も込めず、淡々とザフィーラが言った。
鋭い瞳に宿るのは、幾度となく体感したあの冷たい気配。
すなわち、殺気。
「ひ…っ!」
思わずその姿勢のまま、シーナが両腕を使って後ずさった。
ザフィーラが歩き出す。
砂浜にくっきりと足跡を残し、一歩一歩、着実に、シーナの元へと近寄っていく。
ウィルナイフの刀身が、彼女にはおぞましく輝いて見えた。
死にたくない。
こんな所で死にたくない。
勝ち気なシーナの瞳に、じんわりと涙さえ浮かんでくる。
身体が段々動かなくなってきた。震えて震えて、どうしようもない。
嫌だ。死にたくない。
キリヤにも会えずに1人で死ぬなんて、そんなのは嫌だ。
しかし無情にも、ザフィーラは刻一刻と近付いてくる。
見えない何かが、ぎゅっと自分の心臓を締め上げる気がした。
これは「死」の感覚か。
死そのものが、今形をなして、自分の身に襲いかかってきているというのか。
嫌だ。
死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
「許せ」
死にたくない――!
ばぁん、と、大きな音。
続いて、どさっ、と。
固く閉じていた瞳を、恐る恐るシーナは開く。
「…!」
微かに開いた目が、急速に大きくなっていく。
ザフィーラの長身の肉体が、そこに倒れ伏していた。
何かが流れている。彼の下の砂浜に。
それだけではない。額からもだ。
額にぽっかりと空いた穴からも。
「…あ…あぁ…っ!」
殺してしまった。
この手で、人を殺めてしまった。
殺さずともよかったはずだった、その人を。こうもあっけなく。
肩が、膝が、指先が。
全身が冷たくなっていく。
それらががたがたと震える。
人1人殺すことが、こんなに恐ろしいことだとは。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ッ!」
頼りない両手が、その頭を抱え込んだ。
シーナは知らない。
これがまだ、ほんの序曲に過ぎないことを。
ザフィーラが持っていて、彼女が受け継いだカードの価値を。
それこそが、彼が畏れた片翼の天使すら蹂躙する、最強の龍であることを。
そして。
それがシーナに、今の状況を遥かに凌ぐ、凄絶な惨状を見せることを。
【一日目 現時刻AM1:38】
【J-4 砂浜】
【シーナ=カノン@SHINING WIND CROSS LYRICAL】
[参戦時間軸]6話終了後。カラオケボックス行きのバスに乗っている頃。
[状態]健康・恐慌
[装備]カノン@キノの旅 第X話「魔法の国」
[道具]支給品一式、ランダム支給品0~2個、ウィルナイフ@リリカルガオガイガー、「青眼の白龍」@リリカル遊戯王GX番外編
[思考・状況]
基本 死にたくない。キリヤに会いたい
1.あたし…人を殺しちゃった…!
2.キリヤ…どこにいるのよ…?
3.ひとまず、病院で身を隠したい
[備考]
※ザフィーラを殺害しました。ウィルナイフと「青眼の白龍」は、彼から獲得したものです。
※人間形態を見たことがないため、殺した相手がザフィーラであることを知りません。
最終更新:2008年02月19日 21:42