考える者、疑う者


走っていく。
森を抜け、微かに磯の香りが漂う方へ。銃声のした方へ。
グリフィスは走っていった。
この宵闇の中でも一際暗い森の中では気付かなかったが、今は眼下に何者かの足跡が見える。恐らくここを通った先人のものだろう、と彼は判断した。
足跡の主は、あの銃声を鳴らした側か、あるいはもう片方――狙われた側か。
思うように走れないのがもどかしい。足跡をつけた先人ほど肉体的に強靭ではない、ロングアーチの彼では無理もなかった。
徐々に息が切れ始めた頃、グリフィスはようやく砂浜へと到達する。

「なっ…!」

そして絶句した。
目に映ったのは2人の人間。
うち片方は、確か守護騎士の一角を担うザフィーラの人間形態だったはずだ。直接見たことはないが、資料では確認している。
そしてその彼が、流血で赤黒く染まった砂の上に倒れている。
――死んだ。
それは間違いないだろう。
では誰が殺したか?

「…ッ!」

びくりと震える少女の姿があった。
中世騎士のような赤い服に身を包んだ、同じく赤髪の少女。年齢はなのは達より1つか2つ下といったところだろう。
自分が持っているものと同じ種類のカードを左手に持ち、その傍にはナイフが置かれている。
加えて右手にはリボルバー。よく見るとザフィーラの額には穴が空いている。
殺したのは彼女だ。
それは確定情報と判断していい。
では何故彼女は震えている?
何故ああも怯えたような様子でいるのか?
何か事情があったのだろうか?

「…グリフィス、さん…?」

少女がグリフィスの名前を呼んだ。
彼自身に、彼女との面識は全くないのに、である。
先ほどから理解できないことずくめだ。
このゲームは一体何なのか。何のためのものなのか。何故少女は震えているのか。
そして、何故顔だけで自分の名前が分かったのか。
言うまでもなく、参加者名簿には顔写真などついてはいない。名前が書かれているだけ。
それこそ、既に知り合った仲でもない限り、一見での本人確認などできようはずもない。

「…君は誰なんだ? 何故、僕の名前を?」

故に、グリフィスは正直に問う。
相手をこれ以上怖がらせないよう、できる限りの優しい声で。

「!」

しかし、少女の目は絶望に彩られ、より一層見開かれた。


少女――シーナは途方に暮れていた。
見知らぬとはいえ、殺さなくてもいいはずの人間を殺めてしまった。
その事実はシーナの心を締め上げ、恐慌状態をもたらし、余裕を奪う。
歯ががちがちと鳴った。全身が寒さ以外の何かで震えた。
そこに驚愕も露わな表情と共に現れたのは、確かはやての副官だった管理局員だ。
ようやく知り合いに――恐らく味方に会えたと思った。自分の殺した男もまた、知り合いのザフィーラであるとも知らず。

「…君は誰なんだ?」

しかし、この言葉が全てをぶち壊した。
目の前のグリフィスは、シーナの知る世界とは別のミッドチルダの住人。そんなことは彼女は知らないし、恐らくグリフィスも知らない。
では何故彼はそのように振る舞ったのか。
――他人のふりだ。
シーナはそう理解する。
自分とお前に関係はない。仲間などではない。
そう言っているのだ、と。

「そこの彼は…君が?」

グリフィスは恐らく、精一杯穏やかに尋ねたのだろう。
しかし、その声音はシーナには正確に届かない。
自分は手を切られた。
そう信じた彼女の耳には、相手に対する疑念という名の変換器が取り付けられる。
相手に対する警戒のフィルターがかかった目には、その宥めるような表情は映らない。
そして彼女の脳内には、ありもしない続きの言葉が浮かんでいた。

――ナラバ、君ハ僕ノ敵ダ。

事実無根。被害妄想。
完全なる思い込み。
だが、しかし。

「あ…あぁ…」

シーナにとっては、それは何よりもリアルな真実となる。

「うあ…あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

悲鳴と共に駆け出す。
白き龍の書かれたカードと、透き通るような緑のナイフを強引に掴んで。
ザフィーラのデイパックそのものを手にする余裕など、ありはしなかった。
逃げなければ。
殺される。
嫌だ。
死にたくない。
殺されたくない。

「待って!」

グリフィスの制止も耳には入らず、シーナの姿は黒き森へと消えた。

「…はぁ…」

1人取り残されたグリフィスは、その場でため息をつくと、ザフィーラの死体の元へと降りていく。
目線の先の同胞はもう動かない。それを再認識する。
その目に深い悲しみを宿し、小さく十字を切った。
グリフィスはザフィーラの遺体を担ぐと、その場から歩き出した。
埋葬せねばなるまい。寡黙故にほとんど話らしい話はしなかったが、恐らくいい奴だったであろう、この守護獣を。

(彼女は何故…僕から逃げたんだ?)

同時にグリフィスの中では、解けぬ疑問が渦を巻いていた。
何故自分がこんな目に遭う? 何故彼が死ななければならなかった? 何故彼女は自分にああも怯えていた?

「…ああ、くそっ」

苦々しげに吐き捨て、首を振る。
こんな余計な考え事ばかりさせられるのも、全てはあの2人組のせいだ。
止めなければならない。
これ以上疑問が沸いて、自分がどうにかなる前に。これ以上ザフィーラのような犠牲者が出ないために。
これ以上誰かがシーナのように怯えることがないようにするために。

「…やはり…まずは八神部隊長や、六課の皆と合流しなければな…」

グリフィスの呟きは誰の耳にも入らず、闇に溶けた。


【一日目 AM1:59】
【J-4 砂浜】
【グリフィス=ロウラン@リリカルなのはFeather】
[状態]健康
[装備]洞爺湖@なの魂
[道具]支給品一式、「バスターブレイダー」「魔法の筒(マジックシリンダー)」「光の護封剣」@リリカル遊戯王GX、
カードデッキ(ゾルダ)@マスカレード
[思考・状況]
基本 六課の面々と共にこのゲームを止める
1.ザフィーラを埋葬する。それが済んだらはやてを捜す。
2.あの少女…もう追い付くことはできないか…


「はぁ、はぁ、はぁ…」

どれほど走っただろうか。
シーナは息を切らして立ち止まる。
手を膝につき、ぜいぜいと吐息を吐きながら、焦点の合わぬ目を地面に向けた。
恐怖で血走った瞳はこれ以上ないほどに見開かれ、そこからは涙さえ滲んでいた。
顔中が流した汗と涙でぐっしょりと濡れている。
元の可愛らしい少女の面影はどこにもなく、今はただ、痛々しさだけがその顔を占有していた。

誰も信じられない。
先ほどの遭遇は、シーナの頭にはっきりとその思考を刻み込んだ。
味方などいない。全てが自分を狙ってくる敵。常に自分の命は誰かに奪われようとしている。
誰も信じてはいけない。

「…キリヤ…」

彼以外は。
鬼気迫る様相で逃げ続ける中、何度も何度も足がもつれ、転んだ。
それと同じ数だけ、何度も何度も脳裏に浮かんだ幼馴染みの顔。

「もう嫌…こんなの嫌だよ…キリヤぁ…!」

会いたい。
あのどこか間の抜けていて、面倒くさがりなところがあるけれど、何かあった時には誰より強い、キリヤに。
ぽたぽたと涙が溢れる。
一緒にいないことが、こんなに辛いことだなんて。

涙ながらに見上げた視線の先には、病院の赤十字マークがあった。


【一日目 AM2:21】
【H-4 病院】
【シーナ=カノン@SHINING WIND CROSS LYRICAL】
[状態]健康・恐慌
[装備]カノン@キノの旅 第X話「魔法使いの国(前編)」
[道具]支給品一式、ウィルナイフ@リリカルガオガイガー、「青眼の白龍」@リリカル遊戯王GX番外編
[思考・状況]
基本 死にたくない。キリヤに会いたい
1.この病院に隠れて夜をやり過ごす
2.どうして…どうしてみんなあたしを殺そうとするの…!?
[備考]
※極度の人間不信に陥りました。誰に何を言われようと、キリヤ以外は全て敵としか認識できません

027 本編投下順 029

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最終更新:2008年02月20日 22:11