落雷
その丘陵には三つの響きがあった。
――――――――!
一つは激突音。鋼と鋼、殺意と殺意が衝突する。
――――――――!
一つは疾走音。地と脚、速度を持って意思を具象する。
――――――――ッッッ!!!
一つは咆哮。汝生きたもうなかれ、と嘆願する、恐喝する、厳命する。
「殺―――――――――――――――――ッッ!!!」
「あはははははははははははははははははッッ!!!」
哄笑と唸り、それを引き連れて二つの悪意が交わる。
威力が、速度が、槍が、銃が、相手を喰い潰そうと牙を剥く。
苛烈な闘争が、その丘陵を駆け巡っていた。
●
速い、それがアレクサンド=アンデルセンの感想だった。
……雷の様な女だ……
右へ駆けたかと思えば左へ跳び、左へ追えば右へと滑る、捉えたと思ったら避けられ、こちらの隙を見ては銃撃する。
争いを求めてアンデルセンの前に現れた金髪の女、その速度と機動力は正に雷の模倣だ。
「あ―――は―は――――はは―――は――――――」
耳障りな嗤い声はその軌道を添い、アンデルセンの苛立ちを助長させる。
「……糞異端が!」
目の前の女が“ストラーダ”と呼んだ長槍、それをアンデルセンは突き立てる。生じた破裂音は、槍の穂先が空気を突破する音だ。それだけの速度が金髪の女を捉え、
「だめだめ☆」
躱された。女の足裏が丘陵を滑り、流れる様な動作が回避を成す。
「ばぁん」
攻撃の隙をついて女が発砲した。鋼の弾丸が硝煙を抜いてこちらの側頭部を目指す。当たれば確実に致死の一撃、だがアンデルセンにとってそれは避ける程の意味は無かった。
アレクサンド=アンデルセンの肉体には異常な治癒能力がある。それこそ“再生者”と呼ばれる程の、驚異的な治癒能力だ。例え首を刈られ、臓腑を破砕されてもアンデルセンは生き延びるだろう。
それが“普段の”アンデルセンならば。
「―――ッ!!」
だがアンデルセンは回避した。首を大きく捻り、ストラーダを振り上げる事で強引に体重移動、人為的に倒れ込んで弾丸の射線上から外れる。
そのままアンデルセンは丘陵に受身で倒れ、傾斜を利用して転がり、女との距離を取った後に起立する。
「……………」
アンデルセンの睨む先で女は酷薄な笑みを浮かべている。互いの距離はおよそ10歩分、槍を当てるには間があり、銃弾を回避するにも余裕がある、“何があっても対応出来る距離”だ。
……遅い……
アンデルセンの思考、それは女に向けたものではない。自身に向けたものだ。
自分はこれ程までに愚鈍だったか、と。それは否だ、と。
……まるで何かの制約があるかの様だ……
異常な身体能力の低下。相手が飛び抜けた速度を持つという事もあるが、自身の弱体化もまた、戦いが長引く理由だった。
そして身体能力が低下したのならば治癒能力も低下したのではないか、そんな推測がアンデルセンの脳裏にある。それが、“普通の銃弾を受けた程度”で死ぬ程の低下ではないか、と。
その危機感がアンデルセンに回避を行わせる。
……これもあの“主催者”共の仕業か……?
武器の奪取、支給品という形での付与、戦闘力の低下、これらから推測出来る“主催者”の狙いは、
参加者の戦闘力均一化、という所だろう。
……あの糞餓鬼共め……ッ!
“覇王”や“神崎”と名乗ったあの男達により一層の殺意を重ね、同時に目前の女へとそれを集約させる。
……それにしてもこの女、喰屍鬼では無いのか…?
先ほど出会った時、この女はまるで夢遊病の如き足取りだった。双眸と表情には生気が無く、腐臭にも似た粘質の気配をまとうこの女を、アンデルセンは抹殺すべき化物と踏んだのだが、
……にしては動きが速過ぎる……
喰屍鬼とは愚鈍だ。遅々とした挙動の奴らは、相応の火力があれば普通の人間でも殺せる。
だが目の前の女は、制限されたとはいえアンデルセンですら追い付けない程の速度を持っている。しかもある程度の思考も出来る様だ。
体験・知識を問わず、アンデルセンはそんな喰屍鬼は見た事も聞いた事も無かった。
まあだからと言って、
「……貴様を殺す事に変わりは無いがな」
巡らせた無数の推測を断ち切り、アンデルセンはストラーダを構え直す。
……我々は何だ?
アレクサンド=アンデルセンはヴァチカンに所属する神父である。それもただの神父ではない。絶対唯一の神、その威光と正義の代行者、イスカリオテ第13課の鬼札なのだ。
その目的は憎むべき化け物共を撃ち抜き、切り裂き、引き裂き、擦り潰し、破砕し、焼き払い、皆殺しにする事にある。
そして何より、アンデルセンは“このゲーム”に関わる自分以外の全てを殺そうとしていた。
目の前の女を殺す理由は、それで十分だ。
「――死ね、化け物」
独白と共にアンデルセンは跳んだ。
丘陵をなぞる様に体躯が飛翔、幾度と触れる事も無く金髪の女に接近した。
「…すごい!!」
そんなアンデルセンに対して、金髪の女は応戦の構えと共に賞賛する。
「すごいよ、あなた!! すごいすごいすごいっ!!」
こちらの戦闘力への賛辞、それを連呼して女は告げた。
「――まるでっ! わたしみたいだ!!」
……ッッッッッッッッ!!!!
それは、アンデルセンが金髪の女と同種である、という意味。神威の代行者が、有象無象の化け物と同種であるという意味。
「しいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃねええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
憤怒が威力となって女に叩き付けられる。その両脚が竦んだ様に固まり、銃を持つ腕も半ばから上がっていない。それは萎縮だ。
そんな女の胸へとアンデルセンはストラーダを振り抜く。
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
それは咆哮を越えた、最早超音波の域に至る叫び。
アンデルセンの一撃が迫り、金髪の女が致死を得ようとした、直後、
アンデルセンが消失した。
「――――?」
取り残された金髪の女は呆然とした表情、視線を左右に振ってアンデルセンを探す。
しかし、つい先ほどまで女を殺そうとしていた男の姿はどこにもなく、代わりに、やや離れた場所に第三者の影を見た。
それは白い侍女服を着込んだ女だった。
「――ご無事で何よりと判断します、ハラオウン様」
そう言って侍女服の女は一礼した。
●
Sfがその戦いに気付いたのは、彼女が丁度アヴァロンから出てきた頃だった。
簡単な探索と共にその施設を後にしたSfは、遠目に見える市街地を目指して進もうとしていた。だがそこで一つの反応が得られた。
それはフェイト・T・ハラオウンの子体自弦振動だ。周辺にハラオウンが居ると知ったSfは進路を変更、反応がある方へと歩を進めた。
そうして見つけたのが、ハラオウンと見ず知らずの男の戦闘だった。
「しいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃねええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
周囲を威圧する殺意の叫び、その轟きにSfはハラオウンの危機を悟った。
……このまま放置した場合、九分九厘でハラオウン様は殺害されます……
Sfにとっての優先順位で、ハラオウンはそれなりに上位の存在だ。彼女が失われる事は好ましくない。
故にSfは介入を決行した。
「IS、発動」
呟きは機能発動を意味する音声。環状の幾何学模様が足下に生じ、一拍遅れて侍女服のスカートから数百の小影が飛び出し、さながら竜巻の様にSfを周回する。
周回する影の群、それはSfの能力によって解体されていた武器の部品だった。やがてそれはSfの掌に集結し、本来の形へと再構築される。
ブーメランブレード、長さにおいてSfの身の丈を超える、巨大な弓なりの刃だ。
一対を成すそれの片割のみを構築したSfは、両先端に備わる取っ手を握った。両脚は地を力強く踏みしめ、上半身を大きく捻る。それはブーメランブレードの投げ抜き姿勢だ。
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
構えたSfの視線の先で、男がハラオウンに接近する。長槍の矛先がハラオウンの胸部を捉え、数秒と経たずに致死を発生させるだろう。故に、
「………………っ!!」
Sfはブーメランブレードを投げつけた。砲丸投げにも似たモーションから放たれた刃は旋回しつつ高速で往く。
そして男の体に喰らいついた。
跳び上がっていたという状況も相まって、男はそのままブーメランブレードの威力のまま、遠くへと吹き飛ばされた。あれだけの慣性が加えられた武器だ、恐らく死亡しただろう。
「まあ、どうでも良い事ですが」
基本的に全参加者の排除を予定していたSfにとって、むしろそれは幸先の良い結果だ。
突如として男が消えた事に驚いたのはハラオウンが右往左往と視線を向け、やがてこちらに気付いたのか視線を定める。それに応じてSfはハラオウンへと近寄っていく。
「――ご無事で何よりと判断します、ハラオウン様」
目前まで歩み寄ったSfを、ハラオウンは未だ呆然とした目で見ている。
「危うく死ぬ所でしたよ? それを助けたSfに対し、ハラオウンは賛辞すべきと判断します。どうぞ」
と告げてSfは頭を下げ、登頂をハラオウンに差し出した。賛辞として頭を撫でられる為だ。
しかしハラオウンは一向に動かない。一拍、二拍と時間が過ぎ、三拍を過ぎた所でSfは顔を上げた。眉はハラオウンを避難する様に顰められており、
「ハラオウン様、その行動は恩知らずというものの体現だと判断しますが?」
Sfの確認、しかしそれへと返したハラオウンの言葉は、Sfの確認に対応したものではなかった。
「――あなた、だぁれ?」
直後、Sfはハラオウンに押し倒された。
「……は?」
後頭部と背に痛みと痺れを得て、Sfの唇から間の抜けた声が漏れる。
「あなたがやったの? あのひとをけしたのはあなた? あなたなんでしょう?」
ハラオウンは倒れたSfに飛び乗り、その腹部に尻を乗せて馬乗りとなる。両足は左右の二の腕を踏みしめ、Sfの反撃を封じる。
「じゃああなたがたたかってくれるの? たたかってくれるんでしょう? もうしんじゃうけど」
「ハラオウン様? 一体どうされたのですか」
感情を持たない戦闘機人のSfは平静な声色でハラオウンに問う。だが相手はそれに気を止めた風も無く、片手に持った銃をこちらの額に向ける。
銃口が表皮に密着され、感覚素子がその硬度と冷たさをSfに知覚させる。
当然だが、この距離で銃撃されれば頭部は炸裂、Sfは生を保てない。
「――ハラオウン様」
「し」
Sfの呼びかけは、
「――お止め」
「ん」
届く筈も無く、
「――下さい」
「で」
引き金にかかる指が動じ、
「ね」
ハラオウンの上半身が消し飛んだ。
●
まず最初に起こったのは両腕の落下。肩と連結する二の腕がまるごと消失した為、肘から先が支えを失って地に落ちたのだ。
それから一時の静寂があった。
腹から上が無くなったハラオウンの胴体が、Sfに馬乗りしているという猟奇的な風景がそこにある。
思い出したかの様に血が噴き出したのは、その数秒後だった。
まるで噴水の様に、まるで花火の様に、粘質の赤が豪快に吹き上がる。
死んだ事を嘆く様に、生から解き放たれて歓喜する様に。
フェイト・T・ハラオウンの遺骸は、その体液を持って周囲を赤黒く染めた。
●
「クァハハハハハハハハハハッ! 死んだか!? 死んだか屑売女!!」
血を吹き散らすフェイト・T・ハラオウン“だったもの”。それを遠目にしてアンデルセンは哄笑する。その右胸はやや腫れ、右肩と左脇腹には裂傷がある。
「クカッ! クカカカカカ!! ゲァハハハハハハハハハハハハハ!!」
痙攣する様な大笑、そこには喜悦はあれど負傷の焦燥は無い。アンデルセンにとって、身に負った傷はその程度のもの、という事だ。
結果から言って、アンデルセンの身体能力と治癒能力は確かに低下していた。本来ならば右の肋骨や左右の裂傷程度、治癒するどころか負う事すら無かっただろう。だから、確かに弱くなっていた。
だがそれでも、“巨大な刃の全力投球を受けた程度”で死なない。アレクサンド=アンデルセンは例え制限を受けようとも、その程度で死なないのだ。
巨大な刃の一撃を受けたかに見えたアンデルセンは、実はストラーダを挟む事によって直撃を避けていた。それでも骨折や裂傷は得たが、地に着いたその瞬間から反撃に移る事は出来た。
食らい付いてきた長大な刃を握り、投げ返してやった。
その結果が、つい先ほどまで戦っていた金髪の女の胸から上を切り飛ばすという一撃だ。
「ク……ククク……クハハ………」
いつしか哄笑は静まり、アンデルセンは暴走する愉悦を胸の内に収めた。まるで幽鬼の如く立ち上がり、揺らめく殺気で笑みを彩り、アンデルセンは闊歩する。
「――さあ、次に死ぬのはどんな屑だろうなぁ?」
●
そんな散血の死が発生してから、数刻後。一人丘陵に取り残されたSfは、ようやく再起した。
「………とお」
粗方の血を放出したハラオウンの遺骸を腹の上から押しのけ、Sfはどうにか立ち上がる。
その全身は、ハラオウンの血によって赤黒く染め上がっていた。
「最早洗っても落ちない、と判断します」
唇を尖らせ、心無しか立腹した様子のSfはハラオウン“だったもの”を見下ろす。だがそれも詮無い事だと判じたのか、それに背を向けて周囲に目をやる。
見定めるのは、分断されたハラオウンの手に握られた銃だ。
「有り難く頂く事にします」
拾い上げたハラオウンの細腕は半ば死後硬直を起こしており、引き剥がすのに苦労した。だが戦闘機人としての馬力を使えば、数分と経たずに銃は回収出来た。
それを懐に仕舞い込んでSfは遠くを、その先にある市街地を見やる。
「……幾らかずれは生じましたが、当初の予定を続行します」
そうしてSfは、再び市街地に向けて歩き出す。
白かったその身を赤く染めた侍女は、次こそは自らが参加者を殺めるべく、行進する。
【フェイト=T=ハラオウン@リリカル遊戯王GX 死亡】
【一日目 AM1:55】
【現在地 D-1】
【アレクサンド=アンデルセン@NANOSING】
[参戦時期]第三話 撤退中
[状態]右の肋骨全てにヒビ・右肩と左脇に軽度の裂傷(絶賛治癒中)
[装備]ストラーダ@魔法少女リリカルなのはStrikerS
[道具]支給品一式・ランダム支給品0~2個
[思考・状況]
基本:参加者・主催者を皆殺し
1:他の参加者は何処かな……?
[備考]
※治癒能力と身体能力の制限に気付きました
【Sf@なのは×終わクロ】
[参戦時間軸]第七章・対王城派戦後の撤収途中
[状態]健康・全身血塗れ
[装備]ブーメランブレード@なのはStrikerS(片方)・ヴァッシュの銃@リリカルTRIGUNA's
[道具]支給品一式・ラウズカード『ハート2 SPIRIT』@マスカレード
[思考・状況]
基本 早急な帰還を目指す
1.手っ取り早い手段として他参加者を排除する
2.まずは参加者が集まってそうな市街地を目指すとしましょう
3.あの男は何者なのでしょう?
4.ハラオウン様のあの様子は一体……?
[備考]
※ラウズカードは『未知の力を持つ道具』程度に認識しています
※D-1に“フェイト=T=ハラオウン@リリカル遊戯王GXの切断死体”“フェイトのデイバック”“ブーメランブレード(片方)”が放置されています
最終更新:2008年02月20日 22:14