魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission7『悪夢の胎動』"

――二〇一八年 四月十一日 十二時四十九分 第九十七管理外世界 海鳴市――

「……そう、だったら今日もめぼしい収穫はなかったのね?」
「はい、決定的なものはまだなにも。ですが、アンノウン対策本部からは『クラウダ』のボックスに気になる映像が残っていたとの報告がありました。
 そちらにも送信しておきますので、後ほどご確認ください」
 部下の報告を聞き終えて、時空管理局総務統括官リンディ・ハラオウンはホロスクリーンを閉じた。
彼女の机には最新の時空間通信システムが内蔵されており、いつでも本局とのやり取りが出来るようになっている。

クラウディアの爆沈からもうすぐ二ヶ月。
本局の新鋭艦が謎の沈没を遂げたこの事件は、次元災害に巻き込まれた不幸な『事故』として処理されている。
会見で調査部が話したことを、リンディは今でも覚えている。

『二月から三月にかけては時空間が最も不安定になる時期で、あの時もクラウディアと同じ座標で次元震と良く似た反応があった。
 当時の現場には強い通信障害が確認されていたので詳細はわからないが、以上のことから沈没の原因が次元災害である可能性は高い』

 初めの頃は大々的に報道していたマスコミも、世間の注目が薄れるに連れて記事を縮小していった。
代わりに『アンノウン』による数々の事件に関する記事が報道されるようになると、クラウディア事件は急速に風化し、人々から忘れさられていった。
そんな中でもリンディは、細々とではあるが独自に事件の調査を進めていた。
彼女に協力したのは、本局運用部長レティ・ロウランを初めとする本局の友人達や事件の被害者遺族。
そして、育児休暇を切り上げ現場に戻ったクロノの妻、エイミィ・ハラオウンである。
だけど、これだけ人手は足りず、『アンノウン』との因果関係がないことから本局の援助も受けられない。
それに、自分を含めた多くのメンバーも『アンノウン』対策に協力しないといけないため、調査は全く進んでいなかった。

 それでもリンディは諦めることは無かった。
彼等はわからないのだ。子供を奪われた母の怒りと悲しみがどれほど大きいのかを。
それに、彼女は確信していた。
この事件こそが、『アンノウン』が起こした初めての事件。
そして、あの『予言』に記された災厄の始まりであると。 

新暦七十五年二月二十六日。
クラウディア事件から十日たったこの日、民間の時空客船『タイタニア』が『銀色の何かが……』という通信を最後に消息を断った。
失踪から二日後、同船は失踪時と同じ座標で、部品のほとんどを抜き取られた残骸となって発見された。
乗員乗客は全員死亡。その亡骸は、残骸の周りにゴミのように漂っていたという。
遺体には首元を掻き毟った後があったこと等から、被害者達は生きたまま次元空間に放り出され、そのまま窒息死したものと推測された。
その後も船舶の失踪は相次ぎ、今までの被害は大型次元航行艦八隻、小型船舶十七隻。被害は今直増加傾向にある。

 新暦七十五年三月一日には、第九十管理外世界において、同地で行方不明だった次元震調査団が本局捜索隊によって発見された。
調査団はヴェロッサ・アコース査察官以下全員が死亡。
現場では激しい戦闘跡と蟻に酷似した生物の死骸、そして転送装置と見られる円盤が発見される。
捜索隊は遺体の他にも蟻の死骸と円盤を回収したが、その帰路で未確認飛行物体の群れと交戦。次元の海に爆散した。

 ミッドチルダでも、各地で未確認飛行物体の目撃情報が相次いでいた。
二月の未明には、本局の輸送部隊が攻撃を受けてロストロギア『レリック』と製造途中のインテリジェントデバイスを強奪されている。
また、未確認飛行物体――『アンノウン』は船舶失踪の現場周辺でも度々目撃されており、一連の事件と深く関わりがある物と推測された。
後に管理局は、船舶失踪事件の犯人を『アンノウン』と断定する。

 これらの事件について、本局はパトロール艦を増やし、民間船舶には魔導師の護衛をつける等の対応を取った。
しかし、『アンノウン』は巧みに管理局の目を掻い潜り、僅かな隙を突いて船舶をさらっていく。
各世界のバランスを保つという仕事も疎かには出来ないため、本局はかなりの苦労を強いられているのが現状だ。
一方の地上本部では、ミッドチルダの治安維持に手一杯でまともな『アンノウン』対策はとられていなかった。
資金、人材、物資に全く余裕が無いのも大きな理由だ。
地上本部防衛長官レジアス・ゲイス中将が進める軍備増強計画も、形になるにはまだまだ時間が必要だろう。

 近い将来、確実に『アンノウン』はミッドチルダに攻撃を仕掛けてくるだろう。
その場合、戦力に劣る地上本部がどこまで対応できるのだろうか?
有事の際にも陸と海が戦いそっちのけでいがみあってしまったら?
それ以前に『治安維持』が主な目的である時空管理局がどこまで戦争に耐えられるのか?
予言に備えて結成された『あの部隊』も、準備不足で行動できる状態ではない。

 状況はどんどん悪くなっている。
そんな中で、成果の上がらない調査を続けているリンディ達に批判の声があるのも事実である。
このままだと、近いうちに調査は強制終了となるかもしれない。
管理局には、自分よりも偉い者はまだまだ沢山いるのだから。

その時、出し抜けに通信システムが小鳥が囀るような音を発し始めた。
部下が言っていた『クラウダ』の映像が届いたのだ。
中身を確認すべく、リンディは慣れた手つきでコンソールを操作する。

――『クラウダ』

それは、船舶失踪事件の被害に遭った大型次元貨物船の名称だ。
『クラウダ』も他と同じように失踪し、他と同じようにスクラップとなって、他と同じように多数のクルーが死亡した。
ただ、二つだけ他の事例には見られなかったことがあった。

 一つは、航海士一名が襲撃時に脱出に成功していたこと。
彼は『アンノウン』の追撃を巧みに振り切り、脱出から五十七時間後に哨戒中の次元航行隊に回収されていた。
そして、彼の証言と、それまで集めた数々の状況証拠から、管理局は一連の事件が『アンノウン』の仕業であると確定できたのだ。
もう一つは、船のブラックボックスが無傷の状態で発見されたことだ。
しかし、ボックスには傷は無かったものの、中身のデータが完全に消去されていたと訊く。
はたして、そこには一体、何が残っていたんだろう?
『アンノウン』に喰われて骸となった『クラウダ』
彼が死後も我々に残してくれたものとは、いったいなんだろう?

 操作していた手が止まり、ホロスクリーンに映像が現われた。
送られてきたのは、映像ではなく静止画像だった。
一見すると、TVの砂嵐に見紛う程に画質がわるい。カラーではなくモノクロなのも見にくさに拍車をかけている。
理由はすぐに分かった。
画面の右下にうっすらと写る『00:00:00』の文字。
なるほど。この映像は本来、一秒にも満たないほどに短いものだったのだ。
それでは静止画にしないと見られない。画質も悪いはずだ。元々これ以上に悪かったのだから。
それを見られるようにしてくれた調査部には感謝しないと。
リンディは画像の詳細を理解しようと目を細めるように凝視した。

これは、おそらく船外カメラの映像だ。
暗い、乱れた画面の向こう側。航行不能となった『クラウダ』に『アンノウン』が群がっている。
十機、二十機、いや、それ以上か。
無数の『アンノウン』が外壁を剥ぎ取り、船体をその場で解体していく一方的な光景。
武装のない輸送船ではなすすべもなかっただろう。
そして船体の向こう側、『アンノウン』が部品を持って行く先には、なにやら丸くて巨大な物体が浮かんでいた。
画質が悪くて細部はわからないが、『クラウダ』よりはるかに大きい。
小惑星クラスはあるだろうか。物体の表面には、損傷のような割れ目も見て取れた。
それを見たとき、リンディは『アンノウン』の目的を、船舶失踪事件の真相を即座に理解した。
つまり、『アンノウン』の目的は、傷ついたの母船の修理だったのだ。
多くの船をさらっていたのは必要な部品を調達するため。
円盤の破壊は証拠隠滅。ミッドチルダでの目撃は偵察行動と考えたら、全てに説明がつく。
リンディの額に脂汗が流れ始めた

「気になる映像? 馬鹿なことを……決定的じゃないの。これは」
 吐き捨てた瞬間、リンディはふと、あの『予言』を思い出した。
聖王教会騎士兼管理局理事官 カリム・グラシア少将が出した滅びの予言を。


               赤き戦士と戦乙女が邂逅し

          法の船を贄として 暗き門より破滅の母が降臨す

            古き結晶に導かれ 黒き英霊は闇へと降る

          それを先駆けに 数多の守人は虚しく焼け堕ち

             魔道の都は異形と亡者の楽園とかす


 赤き戦士と戦乙女がなんであるか、それはまだわからない。
しかし、法の船が『クラウディア』であることはわかっている。
だったら破滅の母は……私からあの子を奪ったのは……ッ!

 クロノ。私の大事な大事な一人息子。
えらくなって、結婚もして、子供も授かって、全てはこれからだったのに、なのになぜ、なぜあの子が。
あの子は死んだ。死んでしまった。あんなに元気だったのに。
なんで、なんであの子が、あの子が、なんでッ!
この世にこんな悲しいことが、恨めしいことがあっていいのか?
ああ、神様、なぜあの子を助けてくださらなかったのですか?
あの子には、生きる権利が無かったとおっしゃりたいのですか!?
リンディの心を黒い炎が焼きつくす。
夜の闇よりどす黒く、地獄の業火より燃く、理性では到底消し止められない憎悪の炎。
わなわなと体を震えさせながら、リンディは一つの決意と共に、本局との通信回線を開いた。

「ラルゴ元帥ですか。リンディです。実はどうしても頼みたいことがありまして……内容は……はい、もちろん私は本気です。
 三提督のあなたなら簡単だと思いますが……理由ですか?……見つけたんですよ、『破滅の母』を……そうですか。
 ありがとうございます。それでは、また後ほど」
 通信を終えると、リンディは心に渦巻くありったけの憎しみを込めて破滅の母を睨みつけた。
 どれだけ祈りを捧げても、神はなにもしてくれない。
それどころか、奴は夫を奪い、子供を奪い、私を悲しみの底に突き落とす。
だったら、もういい。もう二度と、お前になんか頼らない。
あの子の仇は私が討つ。どんな手を使っても、必ず奴を獄の底に叩き込んでやる!
決意を胸に、リンディは冥府の息子へ一言呟いた。

「……クロノ、あなたの恨みは、母さんが晴らしてあげるからね」


『星舟』活動再開まで後――36日――


To be Continued. "mission8『誕生 新生ストームチーム』"

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年06月16日 04:11