Lyrical Magical Stylish
Mission 03 Twin Devils


「ちょっと無茶しすぎたかなぁ……」

 まだ朝もいい時間だというのに、寝る前のように疲弊した体を引きずりながらなのははぼやいていた。
それもそのはず、先日寝る前にダンテと共に闘うことを決意して、その一環として特訓の激化を行ったわけなのだが、やはりいきなり量を倍にしたのはどう考えてもやりすぎであろう。
かくしてなのはは、学校で寝ればいいやとかいう小学生にあるまじき結論を出しつつ、家の玄関を開けた。

「ただいまー」
「あら、おかえりなのは」

 居間に行くと、朝食のいい匂いが漂ってきた。今日の朝ごはんは何だろう、と考えながら、なのはは桃子と毎朝恒例の会話を交わす。

「手伝えることある?」
「そうねぇ、お皿の準備とかはやっておくから、みんなを呼んできてくれる? 道場にいるから」
「わかったー」

 普段ならなのはが皿の準備をしている間に士郎や恭也が来るのだが、なぜか道場に呼びに言って欲しいと言われた。
いつも、呼びにいかなくてもちゃんと時間になったら来るのだけれど、今日は何か事情でもあるのかもしれない。そしてなのはは道場の中へ入り―――

「うわあっ!」
「ハハハ、おしかったな?」
「く……ダンテさん、もう一本お願いします!」
「いいぜ、好きなようにかかって来な」

 その理由を悟った。道場の中心には木刀を肩に担いで仁王立ちのダンテ。
そして、ダンテから少し離れたところに恭也、壁際に士郎と美由希がいる。ダンテが恭也と組み手をしているのだ。

「はああっ!」
「ヘイヘーイ、止まって見えるぜー」
「まだまだっ!!」

 恭也はなのはが見る限り全力でダンテに向かっていくが、ダンテはこともなげにひょいひょい避け続けている。
恭也はれっきとした剣術の師範代なのだが、ダンテには関係ない。悪魔の振るう変幻自在の攻撃に慣れすぎたダンテにとって、
人間の攻撃はあまりにも真っ直ぐすぎて、目を瞑っていてもこの程度なら一太刀も浴びないだろう。

「だあっ!?」
「ヘイボーイ、疲れちまったか?」
「う……」

 そしてまた、無理に繰り出した剣をあっさりかわされ、足を払われて横倒しになる。なのはは、恭也の体に無数のあざがあることを見て取る。
結構長い間こうやって組み手をしていたことが窺えた。だが、止めようにも、二人の間にはとてもじゃないけれど入っていける空気ではない。

「あの……お父さん?」
「なのは? どうした」
「お母さんが、朝ごはん出来たよって」
「そうか、それじゃあ次の一本が終わったら止めるか」
「お願い。私じゃちょっと止められそうになくて」
「そうだなぁ、あんな我武者羅な恭也は久しぶりに見るな。まあ、相手が悪すぎたということか」

 そう語る士郎の目も、剣士のそれである。圧倒的過ぎるダンテの動きに、久しく忘れていた戦士の血が滾るのを感じているようだ。
本来ならすぐにでも恭也と立場を変わりたいのだろうが、今朝に限ってそれは出来ない。その理由は足元に転がった大量のペットボトルが告げていた。ちなみに、中身は全て水。

「……なのは、そこの水を取ってくれないか」
「え、うん。はい」
「あー……二日酔いじゃなかったらなぁ」
「それが理由なんだ……」

 なのはは溜息をつきながら、恭也とダンテの組み手を見ることにした。見たって何がどうなっているのか分からない、
ありていに言えば次元の違う戦いであるが、これから共に闘うことになるダンテの強さを知っておくに越したことはない。ないのだが―――

「がっ……」
「ハイ残念。ま、もーちょい精進してから出直して来な」
「ありがとう、ございました……」
「よし、朝食も出来たようだし、今朝はここまでにしよう。ダンテさん、恭也に稽古を付けていただいてありがとうございます」
「なに、大したことじゃないさ」

 ―――二人の間も次元が違いすぎて、ダンテの強さを測ることなど出来やしなかった。
道場に大の字になっている恭也は全身汗だくで、過呼吸になるんじゃないかというぐらいに荒い息をしているのに対し、ダンテは汗一つかいていない。
なのはが理解したのは、恭也に比べて圧倒的ということだけだった。

「おうなのは、いたのか」
「うん」
「なのは、ダンテさんと先に行ってくれ。俺は恭也を連れて行くよ」
「分かった。行こう、ダンテさん。朝ごはん出来たって」
「オーライ」

 木刀を士郎に渡し、ダンテはなのはの後ろについて歩く。なのはは何となく、今朝のことについて聞いてみることにした。

「ねえダンテさん。お兄ちゃんとはどのぐらい組み手してたんですか?」
「あー……あいつ等がランニングから帰ってきてからだから……三十分ぐらいか」
「……なんで汗一滴もかいてないんですか?」
「汗が似合わない体質なんでね」
「なんですかそれ……」

 答えになっていないダンテの答えになのはは軽く突っ込むだけにした。ここで思いっきり突っ込もうものならダンテの思う壺であることは、昨日一日で身に染みていた。

「……お兄ちゃん、強いですか?」
「パンピーにしちゃ強い部類だと思うぜ」
「パンピー?」
「一般ピープル、略してパンピー。よーするにただの一般人のこった」

 英語が分からない小学三年生にそういったいい加減すぎる言葉で話さないで欲しい、なのはは本気で思うが、どうせ言ったところで意味がないのも分かっているから言わない。
ダンテ自身、語学なんてものはマフィアを殴りながら覚えたようなものだし、正しい正しくないではなく、通じればいいと思っている。
 と、なのははダンテに今後のことについて相談というか報告というか決意表明というか、とにかくするのを忘れていたのを思い出した。ダンテが一人で出て行く前に話さなければ。

「……そうだ、後でお話があるんで、ごはん食べたら私の部屋に来てくれますか?」
「愛の告白かい? だったら十年早いと言わなきゃなんねーんだけどな?」
「十年どころか百年経っても言わないので安心してください。もっと真面目な話です」

 なのはは思う。どうしてこの男は話をおちゃらけた方向に持っていこうとするのか。
ダンテに言わせれば、どんなときでもジョークを飛ばせるぐらい余裕を持ってないといけないという持論が現れているだけなのだが、なのはには理解できない。したくもない。

「ヘイヘイ、ガキの頃から真面目一辺倒だとロクな大人にならないぜ」
「ダンテさんみたいな大人にならないならそれでもいいです」

 こんな調子だから、いつまで経っても話が前に進まないのだ。

「……分かりましたね?」
「オーライオーライ、お前の部屋に行けばいいんだろう」

 食べてる最中に忘れたらレイジングハートで思いっきり殴ってやろう、なのははそう決意した。



「で、話ってのはなんだい? 話せることなら昨日全部話してやったんだが」

 昨日とは逆のポジション。ダンテはベッドに腰掛け、なのはは学校の用意をしつつ、椅子に座ってダンテと向き合っている。
なのはは、昨日決めたことをどう言ったものかしばし考え、結局ダンテには飾ったりしない直球が一番だろうと思って、そのまま告げることにした。

「……ダンテさん、実は私、昨日あの後決めたんです。今回の件に関して、私はダンテさんと一緒に闘うって」

 せいぜいが帰りに迎えに来てくれ、程度だと思っていたダンテはなのはの発言にさすがに目を剥く。
期間こそ限定していないが、なのはの口振りでは最後までと考えるのが自然だったからだ。

「ヘイガール、人の話聞いてたかい? 俺は最悪の場合は魔界に行くんだぜ」

 魔界を知っているダンテとしては、さすがになのはを連れて行くのは躊躇われた。いくら強いと言っても人間レベル、
しかもまだ九歳の子供だ、あんな場所を教えて将来どうなるか分かったものではない。
だが、なのはにはダンテがそうやって翻意を促そうとするなど完全にお見通しだった。

「全く、自分でもどうかしてるって思います。でもしょうがないじゃないですか、私自身がダンテさんと一緒に闘いたがってるんですから」
「ハッハー、嬉しいこと言ってくれるじゃないの? だが―――」
「危険だ、っていうなら百も承知ですよ。それに、最初に言いましたよ? 考えた、じゃなくて、決めた。もう決めてるんです。ダンテさんが何言ってもついて行きますから」

 嘆息しながらも、なのはははっきりと言い切った。そして上げた顔は笑っている。ダンテがよく浮かべるような、自信に満ちた悪魔じみた笑みだ。
 ああ、こりゃだめだ。重傷だ。重度のバカだ。ダンテの大好きな、愛すべきバカ。何をやるにも全力で、優先するのは自分の信念。
表面だけ見れば似てないが、こんなところはひどく似通っている―――そこまで言われて、ダンテに拒絶の言葉を出せるはずもない。
そもそも、本人が決めてるんだ。他人がどうこう言ったところで今さら意味はない。

「オーライ分かったよマジカルガール。お前さんの好きにすればいいさ」

 ホールドアップ、完全に降参だ。それこそ、出発の時に気絶させでもしない限りなのはは絶対にダンテと共に魔界に行くだろう。
もしかしたら、気絶させても後から追ってくるかもしれない、だったら最初から連れて行ったほうが気が楽だ。

「ハイ、好きにします。というわけでダンテさん、門が開くまで、私に戦い方教えてくださいね」
「……オーライ、お姫様の望むままに」
「うん、いい心がけです」

 悪魔の笑みを天使の笑みに、これで後は全力で戦うだけだ。なのははダンテのリアクションに満足すると、着替えるから出ていけと扉を指した。

「……一つだけ聞かせな。お前さんをそこまで駆り立てるのは何だ?」

 ヘイへイと扉に向かったダンテは、ドアノブを握って一度止まり、背中を向けたままなのはに問いかける。たかが九歳の子供が括る決意にしてはあまりに強烈だったから。

「言わなきゃダメですか?」
「ハ、今さら約束を翻したりはしないさ。ただ気になったんだよ、言いたくなきゃ言わなくていいぜ」
「……だって、嫌じゃないですか」

 十秒待って何も返事がなかったら部屋を出よう、そう思っていたダンテが、ドアノブをまわしたところでなのはがポツリと言った。ダンテにはその意が汲み取れず、聞き返す。

「あん?」
「この海鳴市は私の町。家族や友達、そういったとても大切な人たちが住んでるんですよ。悪魔だか何だか知らないけど、
 勝手な都合で私の大事な人たちが傷つくかもしれないなんて絶対嫌。だったら、私がなんとかしなきゃって思うじゃないですか」
「それだけかい?」
「それだけです。私にとっては、それで十分なんです」
「……そうかい。ああちくしょう、マジで十年後が楽しみだぜ!」

 なのはは強い、いい女になる。ダンテはそう確信し、楽しそうに手を叩きながら部屋を出た。



「ダンテさん、今日はどうするんですか?」
「さーね。一応シローにはダチと連絡を取ってみるって言ってあるけどよ、実際はその辺散歩でもしてんじゃねーのか」

 海鳴全体が戦地になりうるのだ。地理に明るくないと、緊急事態に間に合わない可能性がある。
ダンテはそのことを憂慮し、一日中歩いて街の構造を覚えよう、なんて考えていた。

「まあ、連絡が取れないようならしばらく泊ってっていって言われてるし、気長にやるさ」
「……お父さん、余計なことを」
「ヘイヘイ、お前さんにもキョーヤのぼーやにも組み手をしてやるいわば師匠に向かってなんつーことを」

 ダンテの事務所がある掃き溜めからしてみれば、どこで寝たって構わないぐらい海鳴は街全体が綺麗なのだが、そんなこと言って本当に追い出されてはたまらない。

「ちゃんと教えてくださいね?」
「わーってんよ……と言いたいけどな、お前と俺とでは戦い方が違いすぎるだろう。何を教えて欲しいんだよ」
「何をって……強くなるコツとか?」
「ねーよんなもん。1に才能2に才能、そんであとはセンスと顔だ」
「十分条件満たしてるじゃないですか」
「忘れてた、後色気」
「絶対適当に言ってるでしょ!!」
「ハハハ、バレたか」

 そんなこんなで、ダンテとなのははバス停まで並んで歩いてきた。なのはがダンテと歩いてきたことに驚愕するクラスメイトたち。
なのはは今さらながらダンテの非日常的な雰囲気を思い出していた。

「……ダンテさん?」
「なんだよ」
「いえ、なんでもないです。家に帰ったら呼びますから」
「わーったわーった。楽しんできな」

 じゃ、またなと手を振ってバス停を通り過ぎるダンテ。その背を目で追っていると、ダンテから短い念話が。

(そうだ、お前さんが学校行ってる間に出たらどうする?)
(呼んでください)
(オーライ)

 ダンテは笑みを隠さず歩き続ける。まさかあそこまで即答されるとは思わなかった。今朝戦う理由を言っていたが、あの理由でここまで確固たる意思を持てるのは賞賛に値する。

「さて、どこから回ったものか」

 高町家からくすねて来た海鳴の地図を眺めながら、ダンテはこみ上げる楽しさに打ち震えるのであった。




「高町さん、眠そうですね?」
「はっ……ごめんなさい、先生」
「夜更かしはいけませんよ?」
「すみません……」

 まどろみから無理矢理引きずり上げられたなのはは、自分が悪いのは分かっているのだが、事情を知らぬ教師を軽く恨めしく思う。
ダンテとの会話のせいで寝るのが遅くなり、さらに早朝訓練での無理が祟ったのか、授業は全く耳に入ってきていない。

(ダンテさん、捕まってなきゃいいけど……)

 黒板を見たが、寝る前とは大分様変わりしてしまっていたため、間を補完しての板書を二秒で諦めたなのはは、この街のどっかをうろついているはずのダンテのことをぼんやりと考えながら窓の外を眺めていた。
 外はいい天気。こんな日差しの中で昼寝できたらどんなに幸せか、なんて考えていたらまた眠くなってきて、なのはは睡魔に逆らわず、夢の中に落ちようと―――

(ヘイなのは、パーティの時間だぜ?)

―――して、今度は教師ではなく楽しそうなダンテの声に再度引きずり上げられた。

(……もう少し遅かったらよかったのに)
(あん? 何でだよ)
(寝てたからに決まってます)
(ハハハ、連中は空気が読めないんだ。諦めな)
(安眠を妨害したツケは払ってもらいますからね。場所はどこです)
(怒りは連中にぶつけてくれや。場所は神社、とっととこねーといいところは全部貰っちまうぜ?)

「先生、お腹が痛いんでトイレ行っていいですか!?」
「た、高町さん? ど、どうぞ」

 今までグースカ寝ていたはずのなのはの勢いに面食らった教師は、うろたえながらも了承する。その言葉をロクに聞かないうちになのははダッシュで教室を後にしていた。

「なのはちゃん……また何かやってるのかな」
「わかんないけど、大丈夫でしょ」
「そうだよね……」

 親友二人の呟きも、ドアに遮られてなのはには届かない。階段を二段飛ばしで駆け上がり、屋上のドアを蹴破って、それと同時に相棒を天高くかざす。

「レイジングハート!!」
「Stand by ready」
「行くよ!!」
「Anything ok」

 かざしたレイジングハートよりも高く高く飛び上がり、なのははダンテの言っていた神社を目指して一直線。
山頂にある神社からは、既に禍々しい魔力が放射されているのが見て取れた。



「全く、時間も場所も選ばないってのはどーよ?」

 すでに完全包囲されているダンテは、されど慌てた様子もなく、肩をすくめ旧友にでも話すかのように軽い口調だ。
もっとも、そんな質問に対する答えが返ってくるわけもないのだが。

「あんまりせっかちなのは嫌われるぜ? ま、俺はいつでも誰でもウェルカムだけどよ」

 相棒が詰まったギターケースを高町家に置いてきたダンテは、それでも相変わらずの余裕を見せてシャドーボクシング。
その軌跡が炎で紅く染まる。爆炎の篭手、イフリートだ。篭手として具現化させない間は、古めかしい装飾品としてしか映らないため、
携帯性に非常に優れていて、酔ったまま外すのを忘れていただけなのだが、今はそれが幸いした。

「It's showitme!! Come on!!!」

 一通り演舞を行ったところで、ポーズを決めて挑発の台詞と共に手招き。その言葉に、吸い寄せられるかのように悪魔の大群が襲い掛かる。ダンテの姿はあっという間に見えなくなり―――

「ハッハァ!!」

 上から見ていたなのはは、悪魔の中心から溶岩が吹き上がった、そんなイメージを持った。
全身に業炎を纏ったダンテが悪魔数体を道連れに飛び上がり、ちょうど戦場に舞い降りた幼き天空の覇者と目が合う。

「パーティは始まったばっかりみたいですね?」
「ああそうさ。開始の合図は頂いちまったがな?」
「問題ないです。さあ、派手に行くよ、レイジングハート!!」
「All Right」

 レイジングハートの先から迸った極大のレーザーが、群がる悪魔を薙ぎ払う。飛び上がったダンテは、なのはの援護を背に落下。
一体を下敷きにすることで衝撃を殺し、ついでに大地に拳を叩きつけ、周囲に地獄を具現化させる。
吹き上がった地獄の業火に焼かれた悪魔たちは灰すら残さず消滅、やがて炎が勢いを弱め、
中から出てきたダンテは、炎の範囲外にいた連中がなのはにあらかた吹き飛ばされていたのを見て、口笛を吹いて空に向けて親指を立てる。

「相変わらずクールな魔法だぜ」
「それはどうも。ダンテさんがちょっと熱すぎですから、ちょうどいいと思いませんか?」
「ハーッハッハッハ、ソイツはジャックポットだぜ!!」

 ダンテの繰り出す爆炎となのはが紡ぐ白光が縦横無尽に戦場を踊り狂う。
ダンテが地上での戦闘を行い、なのはが空中からそれをサポート及び爆撃するというスタイルが面白いようにハマリ、悪魔は一切の抵抗すら許されずに見る見るその数を減らしていく。
だが、悪魔の一番の強みはその尽きることない数にある。100体やられようと、101体目がダンテやなのはを傷つければよい。
1000体やられようと、1001体目で殺せばよい。相手は二人、体力も魔力も無限にあるわけではないのだ。

「イーーーヤッハァアア!!」
「ディバインシューター!!」

 だが、そんな悪魔の目論見もこの二人には通じない。留まることを知らない殺戮の宴が、恐怖を糧にする悪魔に恐怖を植えつけたかのように、悪魔の侵攻が次第に弱まっていく。

「Go to the Hell!! インフェルノォォオ!!!」
「Lyrical Magical!! ぶち抜け、ディバインバスター!!」

 二度目の地獄に、今までで一番強烈な白光。天井知らずに増え続けていた悪魔も遂に底をついたのか、増加が止まる。
残された悪魔、約50体。なのはは一旦地に下り、ダンテと背中合わせに陣取って悪魔と向き合う。

「我慢比べは俺たちの勝ちかな?」
「まだ終わってませんよ」
「そうだったな」

 ダンテの軽口を諌め、最後の仕上げをするべくデバイスにありったけの魔力を注ぎ込む。
ダンテはダンテで、手ごたえのなさに若干つまんなそうな顔をしつつ、イフリートを構え、いつでも飛び出せる体勢を取る。
と、ダンテがヒュウと口笛を吹き、面白いものを見た子供のように声を上げる。

「……へぇ、面白そうなのが出てきたじゃないか」
「ダンテさん?」
「見ろよなのは、どうやら向こう側の主役が到着したみたいだぜ」

 ダンテが指差した方には、今まで空にいたなのはが主に吹き飛ばしていた死神のやや大きくなった感じの悪魔がいた。
曲がりくねった角の生えた立派な仮面をしており、軽くあしらっていた連中とは段違いのプレッシャーを放っている。

「……へぇ、面白くなりそうですね」
「だろう?」

 だが、なのはには微塵の恐れもなかった。今自分が背を預ける戦士は超一流であり、自分もまたそんな男から背中を任せられているのだ。
今の二人に、負ける要素など感じられるはずもない。

「デス・シザース。さっきまでなのはが打ち抜いてたシン・サイズやシン・シザースの上のやつだ」
「関係ありませんね。雑魚なんでしょう?」
「ハハハ、確かにそうだったな。多少強くなったところで変わりはしねーか」

 ダンテもまた、今自分が背を預けている魔法使いの実力を信頼していた。この援護があるのであれば、浮遊しつつ高速で移動する相手に剣がないことなど不利の要素にすらならない。
一人では接近に手間取ったかもしれないが、今なら歩いてでも仮面を叩き割れるだろう。

「んじゃま、頼むぜなのは」
「私が援護までするんですから、一撃でぶっ飛ばしてくれますよね?」
「当然だ」

 飛び掛ってくる連中をハエでも叩くかのようにぞんざいにあしらいながら、ダンテは浮遊するデス・シザースに向かってゆっくりと一直線に歩く。
その上空でなのはがいつでも魔法を発動できる状態で待機、妨害しようとするシン・サイズはなのはの周囲を守る光弾が片っ端から叩き落していく。

「ハッ―――Let's Rock!!」

 お決まりの台詞を吐き、ダンテが今までのペースを一気に変える。急加速で一気にデス・シザースの足元まで飛び込むと、突き出される鋏を足場に飛び上がり、一瞬にして上を取る。
そのまま炎を纏った足を振り上げ、それを防ごうとする鋏はなのはの魔法が邪魔をする。吸い込まれるようにダンテの蹴りがデス・シザースの仮面に直撃。
されど、一撃で破壊できず、ダンテはそのまま地面に着地。なのはの魔法が追撃をかけようとするが、一瞬早くデス・シザースが地面に消える。

「おっと、そーいやそうだっけか」
「ダンテさん?」
「こいつ等は壁や床を透過するんだ。ここは広いから忘れてたぜ」
「え、じゃあ今のは倒されたんじゃなくて」
「そら、下から来るぜ!」

 悪魔は待ってくれない。あらかじめ予想していたダンテとは違い、完全に面食らったなのはは回避が一瞬遅れる。シザースの鋏がなのはの首を狩ろうと振るわれ―――

「そんなのは先に言ってください!」

 間一髪で、レイジングハートの自動回避が間に合う。栗色の髪が数本虚空に舞い、だが、被害はそれだけで済んだ。
追撃をかけようとするデス・シザースであったが、それよりもはやくダンテが両者の間に割ってはいる。

「ソーリーレディ?」
「一発で仕留めるって言ったのに……」
「ハハハ、それも重ねてすまねぇってな」

 笑っているが、なのはが危機に晒されたのは間違いなくダンテのせいであり、ダンテ自身もそれを自覚している。
なのはは今回のことで悪魔の常識から外れた攻撃というものを知り、ダンテはまた、コンビで戦うということの難しさを知った。
最も、魔界に行く前に知れたことは二人にとっても良かったのだが。

「で、どうするんです?」
「こうする」
「え?」

 纏わりついてくるシン・サイズを吹き飛ばしながらなのははダンテに問いかける。それもそのはず、床に消えた相手に対して攻撃する手段など持ち合わせていないのだから仕方ない。
ダンテの攻撃はリーチの面で不利であり、なのはの魔法では決定力に欠ける。だが、ダンテはあっさりと決断すると、コートの下からなのはが見たこともないような凶悪な兵器を引っぱり出した。

「え、ええええ?」
「イヤッホー!! ぶっ飛んじまいな!!!」

 銃声が神社の境内を揺るがす。ダンテが取り出したのは、ツインバレルのショットガン。それも、大型の熊を相手に使うような凶悪な代物だ。
間違っても普通の人間が片手で振り回すような軽い銃ではない。

「鉛球はお気に召したかな?」

 だが、ダンテは左手でショットガンをアホみたいに連射しつつ、振るわれるデス・シザースの鋏を右手のイフリートで器用に弾き返している。
ショットガンは弾が散乱するという性質上、近距離でその威力を最大限に発揮する。剣を持ってきていないダンテにとって、篭手の間合いで戦うのが大変な相手に対しての切り札だった。

「いいのかな……」
「倒せばいいんだよ、倒せば!」
「そういう意味で言ったんじゃないんですけどね……」

 なのははダンテが振るうショットガンに呆れながら、周囲の雑魚を掃討しつつデス・シザースの動きに気を配る。
あのショットガンを鬱陶しく感じるのであれば、必ず地中に逃げる。狙うはその後、必ずダンテの背後から襲い掛かるだろう。
その一瞬を狙い済まして、あの禍々しい仮面を打ち砕いてやる。

「私を狙ったこと、後悔させてやるんだから」

 下から狙ってくるヘル・プライドや、周囲を飛び回るシン・サイズはレイジングハートのオート操作ディバインシューターに任せ、なのはは極限まで範囲を絞ったディバインバスターのチャージを完了。
デス・シザースはというと、ダンテの蹴りとショットガンのコンボを嫌ってか、地上に潜っていくのが見えた。

「よし!」
「派手に行くぜ!」

 その瞬間、ダンテがなのはの死角を守るように動く。さっきと同じ失態はしないという二人の意識が表れている。

「KISYAAAAAAAAAAAAA!!!」
「ハッ、バカの一つ覚えが!」

 果たして、出てきたのはなのはの真下。なのはにとっては完全な死角であり、また、ダンテに一任した場所である。
ということは当然、ダンテの目の前を通過したことになり、そんな動きをダンテが見逃すはずもない。

「イヤァ!!」

 飛び上がり、なのはに迫るデス・シザースの鋏を防ぐ。追撃を防ぐかのようになのはを抱き寄せると、ショットガンを連射しながら重力に任せて地上まで。
だが、なのははダンテの行動に当然なんの躊躇いもなく魔法をぶっ放した。なのはを狙ったのなら、ダンテが守ってくれると確信していたから。

「ぶっ散れ」
「Divine Buster」

 なのはとレイジングハートの声が、ダンテの腕の中から響く。突き出た杖から放たれた槍と見間違えるほどに鋭く絞られた魔光は、鋏をすり抜け、デス・シザースの仮面のど真ん中をぶち抜いた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 消滅の断末魔。その声を聞きながら、ダンテはなのはを抱えたまま着地し、着地の瞬間を狙っていた愚か者どもはショットガンと魔弾のシャワーを浴びて片っ端から消し飛んでいく。

「で、いつまで触ってるんですか」

 なのはの怒りの一言に、周囲を暴れ回る魔弾の一発がダンテ目掛けて飛来する。ダンテは笑って魔弾を弾き返し、近くの一体に直撃させた。

「おっと失礼?」

 ダンテはなのはを離し、ショットガンを仕舞う。そして、残りの悪魔をイフリートの炎が片っ端から焼き払う。今回の最大の敵を倒した二人に敵う相手など残ってはいなかった。



「ふぅ……」
「何だ、疲れたか?」
「そりゃ疲れますよ。ダンテさんは疲れないんですか?」
「この程度、準備運動にもならんさ」

 境内へ続く階段の一番上に座り込んだなのはは、鳥居にもたれかかるダンテに恨めしげに言う。やはりダンテは汗一つかいていない。
朝あれだけ組み手をしていて、それでこれ。それなのに疲れていないとは、どんな体力をしているのだろう。
仕方ない、一つ仕返しをしてやろう、なのはは何となくそう思った。その思い付きがまた事態をややこしくするのであるが、なのはは見誤っていたのだ。
もっとも、なのはが軽率だったと認識するのは事態がややこしくなってからなのだが。

「うー……だったらもっと真面目にやってくださいよ」
「いやいや、なのはは真面目すぎだね。もっと遊びを持ったほうがいいぜ?」
「それでやられたら元も子もないじゃないですか」
「ハッハッハ、違えねぇ」

 なのはは溜息をつきながら、境内を見回す。あれほどいた悪魔は、やはり何一つ痕跡を残さずに消滅していた。
今しがた行われていた戦闘の痕跡といえば、ダンテがつけた焦げ後だったり、なのはが打ち抜いた石畳だったりしかない。
さて、休憩も終わり。余り長いこと学校を離れていては、さすがに怪しまれる。ダンテに仕返しして、戻ろう。

「……じゃ、私は戻りますね」
「おーよ」
「ダンテさん、知ってます? 銃刀法って法律」
「あー……銃ってダメなんだよな。そんぐれーは知ってるよ」
「刀、っていうか剣もダメなんですけどね。それはともかく、今のも見られてたと思うんで上手く言い訳してくださいね。
 それじゃ私は学校に戻りますから」
「おい、それって……」
「じゃあまた!」
「おい、待ちやが……ち、めんどくさいことだけ押し付けるのかよ」

 ダンテのぼやき。なのはが言うには、今のを見ていた連中がいる。気配はなかったが、管理局の技術なら遠くからモニターすることも可能なのだろう。
ショットガンを使ったのは失敗だったか、と後悔しながら、ダンテはもう用済みの境内へと歩いていく。
その背に、もう誰もいないはずの階段から、聞いたことのある声とない声の二つが投げかけられた。





「そのめんどくさいことに、なのはを巻き込んでいる張本人が何を言っているんだか」
「なのはは、傷つけさせません」

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最終更新:2008年03月08日 13:34