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ジョーカーと少女


「(……一体どういう事だ)」
注意深く周囲を見渡しながら、見慣れた街を進む男がいた。
支給された数枚のラウズカードは、カリスラウザーのカードボックスに収納。
残りの、地図やコンパスといった支給品はデイバッグに入れたまま持ち歩く。
さて、ここで問題が一つ。
支給されたラウズカードの中に『ハート2 SPIRIT』のカードは存在しなかった。それは何を意味しているか。
「(―――俺を再びあの姿にするつもりか……?)」
しかし、だとすれば何の為に? この殺し合いを円滑に進めさせる為だろうか?
あの姿に戻ってしまうという事は、彼……相川始という一人の“人間”にとって堪らなく嫌な事だった。
今だって、別にする事は何も変わらない。全てのアンデッドを倒し、自分の力に変える。今までもその為に戦って来た。
しかし、いつの間にか、心のどこかでその運命を呪うようになっていた。
敵を封印すればする程、自分の中に潜んだ争いを好む獣のような心が封じ込められて行く。
あの残忍な、本能の赴くままに戦いを続ける悪魔の姿には二度と戻りたくは無かった。
いや……戻りはしない。戻る訳には行かない。絶対にだ。
そう願いながら数分も歩いていると、気付けば自分の良く知る場所へとたどり着いていた。
そこは、元居た世界で、自分が人間として暮らしていた街。自分が居候していた喫茶店、ハカランダが存在する街だ。
このまましばらく歩けば、交差点がある筈だ。そこを曲がれば、自分の帰るべき場所……ハカランダが存在する。

「(――待て。)」
ふと、立ち止まった。何かに気付いた様に、表情を険しくする。
―――俺は今、何を考えていた……?
このまま進めば、そこにはハカランダがある。天音ちゃんや、遥香さん達と一緒に暮らしていたあの喫茶店が。
そこに行ってどうする? この世界に天音ちゃん達が存在しない事など、最初から解っていた筈だ。
帰りたかった? そんな馬鹿な事があるものか。

――人間の匂いがするぞ? カリス。

ふと不意に、グロンギの化け物に言われた言葉を思い出す。
――人間の匂いだと? 馬鹿馬鹿しい。
俺は53番目の存在……人間等では無い……。
そう自分に言い聞かせる。が、それとは裏腹に、再び歩き始めた道は真っ直ぐにハカランダを目指していた。


「誰か……誰か……!」
肩で息をしながら、か細い声で呟くつかさ。
元々運動が得意な方では無い為に、少し走っただけでもかなりの体力を消耗してしまう。
だが、それでも助けたい人がいるのだ。何も出来なかった自分に、優しく声をかけてくれた人を。
その思いだけで、つかさは走り続けた。
距離にして1kmは走っただろう。直感のままに角を曲がり、そこに誰か……黒鋼のような「いい人」がいてくれると信じて。
「(無事でいて……黒鋼さん……!)」
それだけを祈りながら、走り続ける。そしてまた一つ、角を曲がった。


「これは……」
見慣れた交差点を曲がった始は、ふと立ち止まった。目の前にあるのは、紛れも無いハカランダだ。
しかし様子が可笑しい。ハカランダの前の道路に散らばっているのは、小さなガラスの破片。
コップか? 何故こんなものが落ちている?
これは恐らく……いや、間違いなくハカランダで使われていたコップ。それが何故こんな道端に散乱しているのだろうか。

……考えていても仕方が無い。
始はすぐに、ハカランダへと向かって歩き出した。

ゆっくりと扉を開け、中に入る。
だが、特に変わった様子は無い。いつも通りのハカランダだ。
……いや、今の始にはそれが問題だった。
「うぉぁっ……ぐぅあぁぁ……っ!!」
始はテーブルにもたれ、苦しげに呻き出した。
いつも通り、ここに人間として居続けたい。心のどこかで感じていたそんな気持ちを、始の中に潜むジョーカーは否定する。
結果、ハート2という最大の抑止力を失った始にとって、この風景は心の中のジョーカーを暴れさせるだけに過ぎなかった。
ヒューマンアンデッド……いや、人間としての始の姿が、一瞬だけ黒い化け物に変貌する。
「俺は……人間では無い……――」
それでもそう言い聞かせ、すぐにハカランダの入口へと引き返す。
「――だが……あの姿には二度と戻らない……!」
手にしたカードは、ハートのA―チェンジマンティス―。主催側に支給された数枚のうち、最も信頼のおけるカード。
ハートAを筆頭に、始には数枚のラウズカードが支給されている。
これらのカードがある限り、例えハート2が無くともすぐに精神を支配される事は無い。
だが、それでも状況はかなり危なかった。始としての人格を保つ為に、たったこれだけのカードではバランスが悪すぎるのだ。
問題はそれだけでは無い。ハート2が無ければ、例え変身したとしても人間としての姿に戻る事は出来ないのだ。
つまり、カリスに変身する事は出来る。だが変身を解除する事が出来ない。これでは変身制限を受けているも同然だ。
だがそれでも、戦いになれば敵は襲って来るだろう。そうなれば、今の始が生き残る術は変身するしか無くなる。
よっぽどの敵で無ければ今のままカリスアローで対抗する事も出来るだろうが、それでどこまで戦えるかは解らない。
そしてアンデッドの姿に変身したが最後、始はそのままジョーカーとしての精神に支配されるだろう。
支給品からハート2というたった一枚のカードを没収するだけで、始の中のジョーカーは獣のように暴れ出す。
その名前の指す通り、主催側に仕組まれた天然自然のジョーカーになってしまう可能性を秘めているという訳だ。

………………
…………
……。
ここに来て何を求めていたのかは自分自身にも解りはしない。ここに来れば何かがある。そんな気がした。
だが、店内をいくら見渡しても、自分が求めた何かは、そこには存在しなかった。
低く呻きながら店から出る。この世界には、天音ちゃんも遥香さんも存在しない。
恐らく、あの神崎と十代という二人の男に集められた参加者しか存在しないのだろう。
こんな世界にいても、何の利益も無い。俺を待ってくれている人の為にも、俺は元の世界に帰らなければならない。

――始さん!

ふと、脳裏に過ぎったのは、始にとって最も大切な人達の笑顔。
「天音ちゃん……遥香さん……」
別に人間の味方をするつもりは無かった。だが、どういう訳かこの二人の話となると、平静を保ってはいられなくなる。
自分はアンデッドだ。だが、あの二人を守る為ならばこの身を投げ出す覚悟さえ出来ている。そのつもりだった。
こんなところでこんな下らんゲームに参加している間にも、二人に危機が迫っているかもしれない。そう考えると、いても立ってもいられなかった。
―――俺は何をやってるんだ……こんなところで……!

ハカランダを後にし、再び歩き出す。割れたコップの破片を踏み締め、一歩一歩前進して行く。
あの十代とかいう男が言っていた様に、この首輪がある限りゲームから抜け出す事は出来ないのだろう。
逃げ出す事が出来ないのなら、ここにある全てを抱えたまま、走り続ける。始にはそれだけしか出来ない。
どうせやる事は変わらない。バトルファイトの敵がアンデッドから人間に変わっただけだ。
ハート2を何としても取り返し、早く元の世界に帰って、再び天音ちゃんに会わねばならない。
今度はジョーカーとして戦うのでは無く、一人の参加者として、このゲームに優勝する。
それが相川始が選んだ道だった。

少しでも気を抜けば、その体はすぐにでも黒い化け物へと変わってしまう。
相川始という人間の姿に、一瞬だが醜い化け物―ジョーカー―の輪郭が浮かび上がっていた。
その時であった。
「ひっ……!」
「……!?」
交差点の中心まで歩いた所で、小さく聞こえる悲鳴。そこにいたのは、弱々しくへたりこむ一人の少女。
震えながら、怯えた瞳でこちらを凝視する少女に、始は向き直った。

何故姿を見られただけであそこまで脅えられなければならない? いや……聞くまでもない。答えは簡単だ。
見られてしまったのだ。醜い化け物としての姿を。
ジョーカーアンデッドとしての俺の姿を。


「ひっ……!?」
思わず悲鳴をあげてしまった。
次に、その足は動かなくなり、目の前の青年を凝視するだけしか出来なくなっていた。
―――何? 今のは……?
つかさがそう思うのも無理は無い。
今、自分の目の前に呻きながら現れた男が、一瞬だが醜い化け物へと変貌したのだ。
さっきだって、自分は「仮面ライダー」へと変身する男を見た。それなのに、何故こうも驚くのか。
それはつかさが見た姿……ジョーカーの姿が、あまりに不気味過ぎたからだ。
まるで不気味な黒い骸骨にゴキブリを混ぜた様な姿。一瞬見ただけでも、そんな印象を抱いた。
すぐに人間の姿に戻りはしたが、その男の表情もとても普通とは言えない。まるで相手を威嚇するかの様に歪んでいるのだ。
実際にはジョーカーとしての意識と戦っているうちに、その様な表情になっているだけなのだが、今出会ったばかりのつかさにそんなことが解る筈も無い。
どうする? 逃げるのか? ここまで走って来て。
つかさの中に「逃げる」という選択肢が浮かぶ。だが、そう言う訳にも行かない。
決めた筈だ。「絶対に誰かを連れて黒鋼さんを助けに行く」と。
こうなったら、一か八かに賭けるしか無い。
「(黒鋼さんだって、話して見ればいい人だったんだから……!)」
もしかしたら目の前にいる彼も、ちゃんと話せば解る相手かもしれない。
こうすぐに前向きな考えに切り替える事が出来るのも、つかさのいい所と言えるだろう。
……単純と言ってしまえばそれまでだが。

「あ、あの……お願いします、助けて下さい!」

つかさは、勇気を出して、一歩前ふと前進した。目の前の相手が「いい人」であると信じて。


―――俺は勝ち残る。この戦いに、絶対に勝ち残って見せる。
そう、心に決めた矢先だった。目の前に現れたのは、明らかに力を持たなさそうな少女。
―――こいつが俺にとって一人目の獲物……。
始はバトルファイトというゲームの性質を良く知っている。他人を騙し、陥れて、どんな手段を使っても生き残る。
それがこの手のゲームのルールだ。この娘には悪いが、ここで見逃して後々厄介な事になる訳にも行かない。
まずはこの娘を殺し、他の参加者も全員倒す。始はその鋭い眼光で、少女を睨んだ。
そして、その為の第一歩。ジョーカーの力を使い、その手に巨大な弓―カリスアロー―を具現化。
……しかし、始がそれを振るう事は無かった。

「……お願いします、助けて下さい!」

―――何だと……?
突如として、目の前の少女が、大きな声でそう言った。
少女も自分と同じく一歩踏み出し、真っ直ぐにこちらを見詰めている。
天音ちゃん以外の誰かに助けを求められたのなんて、これが初めてだ。一万年生きて来たが、初めての体験だ。
このゲームでは誰も信用出来ない筈だ。それなのに、初対面の俺に助けを求める。それだけ危機的状況に陥っているという事か?
手に握ったカリスアローが、ゆっくりと下ろされる。
―――俺は……忌み嫌われていた。
何故カリスアローを下ろしたのかは、俺自身にもさっぱり解らない。もしかしたら罠かもしれないというのに。
頭では解っていても、体が動かない。俺の中に潜んだジョーカーが、「そいつを殺せ」と暴れ回る。
―――俺は……死神……53番目の存在……。
そうだ、何を迷う必要がある。俺は死神と恐れられた最終兵器の筈だ。
今も目の前の少女は一人で喋り続けている。今俺がこの少女を殺そうと思えば、それは一瞬で済む。
それなのに、何故か俺の体は動かなかった。
―――解らない……俺は一体……。
解らない。これが人間としての感情……?
そんなものがある筈が無い。俺はアンデッド。最後の切り札。この世界のどの生物とも相入れない存在。

―――始さん!

再び頭に過ぎった、大切な人の笑顔。
彼女達を守る為に、俺は帰らなければならない。さっきもそう誓った筈だ。
元の世界へ帰る為、全ての参加者を倒すと。
―――俺は……何をやってるんだ……一体!
気付けば始は、目の前の少女に向かって走り出していた。


「あの……えーっと、助けて欲しいんです!」
目の前の青年が、手に巨大な弓を生み出した。生み出したという表現が正しいのかどうかは不明だが。
いや、今はそんなことは関係無い。とにかく状況を説明しなければならない。
「あ……その、正確には助けて欲しいのは私じゃなくて……あ、いえ、私も助けて欲しいんだけど、そうじゃなくって……」
何を言ってるのか自分でもよく解らない。テンパり過ぎなのか、状況の説明が上手く出来ない。
それでも、目の前で動かない青年に解って貰おうと、必死に説明する。
「えっと……だから、黒鋼さんが私を助けてくれて、私も助けたくって……でも一人じゃ無理で……ってあれ?」
もはや意味が解らない。状況を知っている者にしか伝わらないであろう説明を長々と続ける。
「違う違う……だから、黒鋼さんが私の為に戦ってて……私も戻らなくちゃならなくって……えっと……」
別に自分の為だけに戦ってくれている訳では無いと解ってはいても、今の自分にそこまで説明する余裕は無い。
解ってくれるまで説明を続けよう。もうその考えだけでいっぱいいっぱいだった。
しかし、つかさの言葉はそこで中断される事となった。
もう一声発しようとしたその時、目の前の青年が突然走り出したのだ。

「へ……っ?」

さっきまで目の前にいた青年が、既に自分の後ろにいた。すれ違う瞬間に一言。「行くぞ」とだけ言いながら。
驚きの余り、つかさもそれ以上は何も言えなかった。
「えっと……た、助けてくれるのかな……?」
呟くが、既に青年はつかさの遥か前方を走り出していた。訳が解らない。あの説明だけで伝わったのだろうか。
そもそも「行くぞ」とはどこに行くというのだろうか? 解らない事だらけだ。
……いや、この際そんなことはどうでもいい。
どっちにしろ脳天気なつかさにそこまで考えられる精神的余裕は無い。
あの説明だけで全てを理解してくれたのだろうと勝手に解釈し、つかさも走り出した。
「ちょっと待って……! 私も行きますー……!」


つかさの遥か前方を走る始は、何かに呼ばれる様に戦場を目指していた。
それが黒鋼のいる場所なのかどうかは解らない。
だが、あの娘のお陰で自分の中の何かが動かされた気がした。……と言っても、それが何なのかは解らないが。
今はとにかく、闘争本能の赴くままに戦場に向かうだけだ。
戦いが俺を呼ぶと言うのなら、望み通り行ってやる。ただそれだけだ。

―――俺はジョーカーにはならない。絶対に……勝ち残ってみせる。


【1日目 現時刻AM1:19】
【現在地 E-5 ハカランダ前】

【相川 始@マスカレード】
[時間軸]ACT.12終了直後
[状態]ジョーカーがいつ暴れ出すか解らない不安定な状態。
[装備]カリスアロー
[道具]至急品一式、ラウズカード(ハートA『チェンジマンティス』、ハート3『チョップヘッド』、ハート5『ドリルシェル』、ハート6『トルネードホーク』)、不明至急品0~2。
[思考・状況]
基本:早く天音ちゃんの元に帰る。その為なら手段は選ばない。
1.解らない……俺は何をしようとしている……?
2.俺は何故この女の子を殺せなかった……? いや……今すぐに殺す必要は無いか……
3.ハートの2を取り戻す
4.俺はジョーカーにはならない

[備考]
※つかさに“ほんの少しだけ”天音を重ねています。
※もう一人のジョーカー(志村)の存在を知りません
※所持しているラウズカードで自分の中のジョーカーを押さえ込んでいます。
※カリスアロー及びカリスラウザーは至急品では無く、本来の始の能力です

【柊つかさ@なの☆すた nanoha☆stars】
[時間軸]2話終了後
[状態]走り続けてバテ気味、黒鋼に対する焦り
[装備]無し
[道具]至急品一式、不明至急品1~3個
[思考・状況]
基本:主催者を倒し、殺し合いから脱出する
1.ちょっと待って……とにかくあの人を追いかけなきゃ!
2.待ってて、黒鋼さん。今戻るから!
3.お姉ちゃんやなのはちゃん達とも合流しなきゃ!
4.小狼って人とも会えるといいなぁ

[備考]
※かがみ達がハカランダから立ち去った数分後の出来事です。故についさっきまでここにかがみ達が居た事は知りません。
※始のことは、取りあえずいい人と認識しました。

043 本編投下順 045

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最終更新:2008年03月06日 21:17