Lyrical Magical Stylish
Mission 04 Tough Belief



「そのめんどくさいことに、なのはを巻き込んでいる張本人が何を言っているんだか」
「なのはは、傷つけさせません」

 背後から聞こえてきた静かな、されど怒りの篭った声に、ダンテは肩をすくめ振り返る。
その先にいたのは、昨日見た管理局の執務官であるクロノと、見たことのない金髪の少女。
なのはの仕返しとは、要するにクロノをダンテにぶつけてやろうということだったのだが、フェイトまで来ているとは考えていなかったようだ。
もっとも、本人は既に学校へ向かって飛んでいってしまったのだが。

「クロノ・ハラウオン執務官」
「フェイト・テスタロッサ……一応民間協力者です」
「やれやれ、お前さんたちも飽きないねぇ。俺様捕まえたってなにもないぜ?」

 フェイトと名乗った少女が、自身の杖を鎌に変化させる。その後ろでクロノが援護する態勢を取っている。どうやら、今回は本気でダンテを捕まえようとしているらしい。

「話は後で聞く。今は、質量兵器の携帯及び使用の現行犯だ」
「参ったね、どうも」

 ダンテ自身も知っていた。管理局の管轄世界では質量兵器、要するに銃火器の類は厳しく制限されているということを。
ダンテに言わせれば知ったことではないの一言なのだが、そんな理屈が通用するなら管理局はいらないのだ。
そこでピーンと閃いたダンテはニヤニヤ笑いながらクロノに切り返す。

「ん? そーいやここは管轄外世界じゃなかったか?」
「……そうだが」
「管轄外世界でまでそっちの理屈を押し付けられる謂れはねーな」

 確かにそうだ。だが、ダンテの子供じみた屁理屈にもクロノは諦めない。管轄外世界だろうと、管轄世界の住人には罰則が適用できる。
しかし、クロノが渋い顔をしながら告げたのは違う事柄だった。

「……この国には銃刀法という法律がある」
「それを言うべきはこの国の警察だろ。お前等じゃない」
「ぐっ……」

 そこを突いたダンテの屁理屈に納得してしまい、そこから先が続かなくなりそうだったクロノをフェイトが助ける。 

「なのはに何を吹き込んだか知りませんが、彼女を危険に晒した貴方を、私は許さない」
「ヘイヘイヘーイ、事情も知らずに知った口を聞くもんじゃないぜお嬢ちゃん。
 というかな、見てたならお前たちも参加すりゃよかったじゃねーか。パーティに飛び入りは付き物だろう?」
「それは……」

 結果的になのはたちに加勢しなかったフェイトは、ダンテの発言に言葉を詰まらせる。その間に立ち直ったクロノはそんなフェイトを一瞥し、助け舟を出すかのようにダンテに詰め寄る。

「隔離結界すら張らずに戦闘行為を行う貴様に言われる筋合いはないな。一般人が巻き込まれたらどうするつもりだった」
「さて、ね。そんな仮定の話をされても困るな」
「貴様……」
「怖かったんなら怖かったって素直に言いな。ガキは素直が一番だぜ?」
「貴方という人は……!」

 どうやら、ジョークが通じる手合いではないようだ。ダンテの発言に怒った二人が殺気を膨らませるのを見て、ダンテは肩をすくめて言い放った。
ダンテ自身、引くつもりもない。

「やれやれ……ま、好きにしな」
「アルフ!!」
「お?」

 フェイトがアルフに声を掛ける。すると、神社の周辺一体が大規模な結界に覆われた。俗に言う隔離結界である。
確かにダンテとなのはは張っていなかったが―――ダンテにそんな魔法知識も技術もない。なのはも結界は管轄外である。
そんな二人に結界を張れと言うのも酷な話であるのだが。

「へぇ、面白いことするな。と言いたいが」
「逃げ場はないぞ」
「逃げる? 冗談キツイぜ」

 ダンテの言葉を遮りクロノがデバイスを突きつける。だが、ダンテの余裕は消えない。イフリートの出力を絞り、それでも炎が揺らめく両手足を存分に振るい、己の力を見せ付ける。
 ダンテは口に出さなかったが、今この不安定な空間を覆ってしまうことにより、再び悪魔が召喚されるのではないかと危惧していた。
だが、ダンテに結界を解除する力がない以上、とっととこの二人を追っ払うしかない。

「さて、第二幕だ。かかってきな?」
「行くよ、バルディッシュ。アークセイバー!!」
「おおっと!」

 フェイトの先制攻撃。滑るように飛んできた魔力の刃をダンテは身を捩って避け、背後に今の魔法が戻ってくるのを感じ、ニヤリと笑う。

「へぇ、俺の技によく似てるな。コイツは面白くなってきた」

 ダンテの技、ラウンド・トリップよろしく背後から戻ってきた刃を、刃に相対して後ろに倒れこむことで避けつつ、足を引っ掛ける。

「う、嘘」
「バカな」
「イーヤッホーゥ!! ホゥ、ホーッホッホーゥ!!」

 そのまま刃に足を絡め、さながらスノーボードでも駆るかのように刃に乗って空を舞う。フェイトもクロノも、ダンテのぶっ飛んだ発想とそれを実行に移す胆力に目をひん剥く。
 だが、アークセイバーの上でダンテは舌打ちしていた。自身の危惧が現実になる、悪魔が出現する慣れた感覚を捉えたのだ。
まあ、この二人なら心配する必要もなさそうであるが、また面倒くさいことになりそうである。

「フェイト」
「分かってる。爆発させ―――クロノ!?」
「―――!?」

 それでも、冷静にアークセイバーを爆発させようとしたフェイトは、クロノの背後に迫る謎の影に気付き、慌てて警告する。
クロノも僅かに遅れて禍々しい殺気を感じ取り、振り向くまでは良かったものの既に死神の鎌が眼前へと迫っており―――

「Let's get crazy yeah!!!」

 奇声と共に発せられたマズルフラッシュがフェイトとクロノの目を焼く。
同時に迸った二匹の獣、ダンテの駆るエボニー&アイボリーの咆哮が、クロノに迫っていた死神の仮面をズタズタに打ち砕く。

「クロノ、しっかり!」
「分かってる!」
「Show you dance? 踊ろうぜベイビー! ハッハァー!」

 ダンテはアークセイバーを操り、またしても現れた悪魔の群を切り刻んでいく。
もちろん、両手に握った愛銃も休む暇もなく弾丸を吐き出し、さながら竜巻のように周囲一体を蹂躙する。

「ホーッホッホゥ!!」

 止めとばかりに、アークセイバーを思いっきり蹴り飛ばし、ダンテの背後に現れたデス・シザースの仮面を一撃で破壊。
その反動を利用して、ダンテは背中合わせになって戦っていたフェイト、クロノの間に、これまた背を向けて着地する。

「ホゥッ!」
「……狂っているな」
「ハッハハハ。パーティはまだまだこれからだ。なぁ、なのは?」
「そういうこと。せっかくなんだし、二人とも楽しんでいったら?」
「な、なのは?」

 三人の周囲を白光が焼いたかと思うと、欠けた最後の場所になのはが再び舞い降りる。
フェイトは、銃を乱射する見知らぬ男と同じような凶悪な笑みを浮かべ、この異常事態にも平然とジョークを飛ばすなのはに、驚きの声を隠せない。

「ヘイなのは、お前さんの目論見ってのはこいつ等かい?」
「いやいや、さすがにここまでは予想できませんでした。ごめんなさいね? ピザとストロベリーサンデーで手を打ってくれると助かります」
「そんじゃしょうがねーや。ピザは当然オリーブ抜きな」
「分かってますよ」
「……おい」
「あん? それは俺に言ってるのかいボーイ」
「これは何だ」
「ハハハ、何でもかんでも人に聞かないで、たまには自分の頭で考えてみたらどうだい? オツムが悪いならしょうがねーけどよ?」

 ダンテの人を小馬鹿にしたような台詞と笑みに、クロノはどうしようもない憤りを覚える。はっきり分かった、僕とこの男は致命的に相性が悪い。

「貴様……!」
「ダンテさん、あんまりクロノ君を挑発しないの」
「ダンテ? 貴様……」
「だから言っただろ、俺はトニーじゃないって。ほれ、テンダーをひっくり返してみな? おお、何とビックリ!」

 テンダー。逆さまから読むとダンテ。だが、トニーだと思っていた者にダンテという名を想像しろなんていうのは少々酷だろう。
第二幕が上がろうとしている状況でそんなことを言っているダンテに、なのはは溜息を漏らす。

「……後でじっくり問い詰めさせてもらうぞ」
「イヤだね。デートのお誘いならお断りだ」
「ダンテさん、そーいうこと言ってる場合じゃないでしょ」
「やれやれ……」

 四人の包囲網を徐々に徐々に狭めてくる悪魔の群。大量に出現した下っ端連中の奥に、ブレイドやアルケニーといったやや上級の悪魔がちらほら見て取れる。
だが、ダンテにとっては一人でも片手間で十分すぎるほどの敵だった。

「Let's start the Crazy Party!!」

 ダンテの楽しそうな叫び声と共に、悪魔たちが一斉に襲い掛かってくる。ダンテはイフリートを構え、自ら進んで檻の中へと飛び込んでいく。
なのはもまた、自分のフィールドである上空に飛び上がり、自身に向かってくる相手を軽くあしらいつつダンテの援護を行う。
 事態についていけてないクロノとフェイトであったが、ダンテやなのはよりも先に相手をしなければならないのは理解しているようで、
自身の得物を手に襲い掛かってくる悪魔へと一歩踏み出す。

「ええい、何がどうなっている!」
「分からないけど、やるしかないよ!」

 バルディッシュが生む光の鎌が同じ鎌を得物とするヘル・プライドを易々と切り捨てる。
その横で、クロノの放ったスティンガー・レイが、二度目の強襲を仕掛けようとしていたシン・サイズの仮面を粉々に破壊する。

「何、この手ごたえ……」
「分からない。だが、少なくとも我々が知る何かではない」

 クロノは戦闘の片手間にアースラへと情報を送り、解析を頼んでいた。だが、情報処理においてはクロノが全面の信頼を置いているエイミィからは未だ解析完了の知らせは来ない。
それどころか、類似する情報すら見つからないと言われている。

「なのは!」
「フェイトちゃん、どうしたの? この程度、フェイトちゃんなら楽勝でしょ?」
「そうじゃなくて……何が起こってるの?」

 上空からの爆撃を敢行してるなのはの背後に回り、迫っていた死神を逆に狩り返しながらフェイトは聞く。
なのはの言動からはこの事態に対しての混乱が見られない、ということは、なのはは何かを知っている。

「うーん……まあいいか。フェイトちゃん、こいつ等は悪魔なんだよ」
「悪魔!?」
「そ。私も詳しくは知らないんだけど……」

 なのはは一旦言葉を切り、アルケニーの腹へと拳を深く埋め込んでいるため、この瞬間だけは次の攻撃が行えないダンテへの援護射撃を行う。
フェイトは、そんななのはの話を聞こうとなのはの背に自身の背を預ける。

「分かるのは、敵だってこと。私たちの世界を破壊しようとする、絶対に許せない敵だってことぐらいかな」
「……それは、あの男の人から?」
「うん。ダンテさんはそんな悪魔を狩るために海鳴に来たって言ってた。だから、私は一緒に戦うの。この街は、私にとってとてもとても大切な場所だから」

 フェイトは、なのはの言葉に思わず声を荒げる。それもそのはず、どう考えてもこの件は管理局の管轄であり、普通に考えたら個人がどうこうという問題ではない。 

「だったら! そう」
「言えばいい? 確かにそうだよね。私もそう思う。でも、ダンテさんがそれをしないのにはきっと理由がある」
「……どうして、そこまであの人のことを?」
「よく分からないけど……話を聞く限り、ダンテさんはずっとずっと一人で悪魔と戦ってきた。
 誰にも知られることなく、結果として指名手配されることになっても、あの人は立ち止まらなかった。そんな人だから、私はダンテさんを信じようと思ったんだ」
「なのは……」
「だから、私はダンテさんと戦う。決めたんだ。だから、今回はフェイトちゃんたちを手伝えない」

 フェイトと戦ったときよりも、プレシアの居城に乗り込んだときよりも、強い決意をその目に宿らせてなのはは高らかに宣言する。
なのはの頑固さを知っているフェイトは、今回に関してはどうしてもこれ以上関われないことを知った。それでも、今このときだけは親友と一緒に戦おう。
 近い未来、次世代のエースとなる二人が空中で魔力を爆発させる。雷光と白光が縦横無尽に踊り狂い、触れる悪魔を片っ端から消し飛ばしていく。
 最強の悪魔狩人であるダンテ、そしてAAAクラスの能力を保有する三人の魔導師にかかれば、数が多いだけの悪魔など脅威にもなりえなかった。
こうして、第二幕が下りる。


 悪魔たちを全て退けた後、結界が解除された境内でなのはは共闘した三人に向かって告げた。

「じゃあ、私今度こそ学校に戻りますね」
「おー。ちなみに、何て言って出てきたんだ?」
「お腹が痛いです」
「ハッハッハ、そりゃ急いで戻ったほうがいいな」

 はぁ、と溜息をついて、なのはは空へ舞っていった。それを見送ったダンテは、もうこの場所に用はないと踵を返す。その背にかけられる男の声。

「待てと言っているだろう」
「嫌だね」

 ダンテは振り向かず、されど立ち止まって答える。完全無視でもよかったのだが、今後また色々ちょっかいを出されるのも面倒くさい。
だったら、早めに釘を刺すべきだ。管理局の魔導師たちは、隔離結界を張らなければその力を行使できないというのは知っている。

「……話す気はないと」
「ああ。知りたきゃ自分で考えな。管理局のどっかにゃ資料の一つでも残ってんだろ」
「…………」
「…………」
「ああ、そうだ。あの隔離結界だったか? あれを張るのはやめときな。
 あんなふうに空間を閉鎖するなんざ、出て来てくださいって言ってるようなもんだ。そんじゃ、忠告はしたからな」

 あばよー、と手を振りながらダンテは階段を下りていった。それを見送る形になった二人の表情は険しいが、なんともいえない複雑なものを内包しているように見える。

「……どう思う、フェイト」
「なのはは悪魔って言ってましたけど……」
「悪魔、か。そんなものが実在するのか」
「分かりません……」

 それでも、実際自分の目で見た光景を疑うことは出来ない。自分たちは確かに、今この場所で何かと戦ったのだ。禍々しい気配に常識外れの能力、悪魔といわれてみれば納得できないこともない。

「……何が起ころうとしている、この海鳴に」

 クロノの呟きは虚空に溶けて消えた。その質問に答えを返せる二人は、だがしかし絶対に答えることはないだろう。
ダンテはともかく、なのはもまた自身の信念を持って今回の件に関わっている。そして、管理局の者として隔離結界を使わないまま戦闘行為を行うことは出来ない。
さらに、ダンテの言が本当かどうかを確かめるのも危険すぎる。事実上、クロノとフェイトは今後ダンテたちの戦闘行為に関われなくなっていた。







 徐々に傾きつつある太陽を背に、なのはは隣を歩くダンテに問いかける。

「ダンテさん、悪魔って昼間から出るものなんですか?」
「昼は出ないと思ったか?」
「まあ……イメージ的に、夜のほうが出そうですし」
「ま、間違っちゃいねえがな。夜のほうが出やすいってだけで、真昼間から出る事だってよくあるさ。さっきみたいに、空間を覆っちまえば昼も夜も関係ないしな」

 帰り道、なぜか校門に迎えに来ていたダンテと共に、なのはは坂を下っていく。ダンテの姿を見た親友二人が完全に引いていたのは気のせいだと思いたい。

「で、鍛えて欲しいんだっけか」
「ハイ。場所は道場でいいですよね?」
「まあ……お前さんが何を鍛えたいのかにもよるが、魔力だってんなら道場じゃ無理だよな」
「出来れば魔力が一番なんですけど、それ以上に何ていうのか、戦いの空気みたいなのが知りたいですね。いつ何時でも慌てずに対処できるように」
「お前本当に十歳のガキか? 発想がおかしいぜ」
「失礼ですね。まだ九歳ですよ」
「それこそクレイジーだ」

 ダンテは嬉しそうに笑って手を叩く。かつて自身が九つだったころ、ここまで強靭な意志を持っていただろうか。なのははとんでもない魔導師になる、ダンテの予感は確信へと変わっていく。

「……今日、フェイトちゃんに言われました」
「フェイト?」
「クロノ君と一緒にいた金髪の子です。何でダンテさんは一人で戦うんだって。
 これはれっきとした時空災害だし、管理局に相談なり通報なりすれば必ず動いてくれるのに、って」

 ダンテの戦う理由。それは私怨であり、宿命である。悪魔と人間の間に生を受けた者として、決して人任せにして逃げることなどできない戦いなのだ。
だが、そこまで込み入った理由を話すほどダンテとなのはは同じ時を共有してはいなかった。

「……昨日も言ったがな、それに関しては」
「分かってます。言えないんでしょう? でも、言えなくても、ずっと戦い続けるだけの強い理由があるんでしょう?」
「……まーな」
「なら、いいんです。全部終わったら、教えてくださいね?」
「昨日も言ったろ? お前さんが十年後嫁に来るときに教えてやるってよ」
「…………」

 二人が家に着いたときはまだ誰もいなかった。組み手をするには絶好のチャンスである。二人はさっそく道場へ向かい、板張りの床の上で向かい合う。

「さて……何を教えたもんか」
「うーん、どうしましょう。あんまり時間もないんですよね?」
「ああ、時間は少ない。そうだな……危険に対する感覚でも磨いとくか」
「?」

 頭の上に疑問符を浮かべているなのはに、ダンテは苦笑しながら説明する。
かつて自分が戦った経験からして、なのはがバリアジャケットと防御魔法を併用しても、上級悪魔の攻撃には対応しきれないと踏んだのだ。

「俺は頑丈だからまだいいが、お前さんは上の連中の攻撃をまともに貰ったらそれで終わりそうだからな。
 そうならんよう、防御と回避を鍛えるってことだ。そのためには、迫った危険に瞬時に対応できる感覚が必要なんだよ」
「攻撃じゃないんですね……」
「残念か? だが、今朝も言ったが、俺とお前じゃ攻撃スタイルが違いすぎて、教えられることがない。その点防御や回避ならまだなんとかなる」

 ダンテの言うことももっともだ。武器と、それに己の魔力を付加する形で戦うダンテにとって、銃はまだしも射撃魔法となると完全に畑違いである。
なのはもまたそんなダンテの話に納得し、方針が決定される。

「と、いうわけでーっと。ホレ」
「わっ、とと……木刀?」
「杖の代わりだ。先っぽは付いてないが」
「はぁ……」

 そういうダンテもまた、小太刀を二本持っている。肩に担ぐには長さが足りなすぎるのか、持った両手をだらんと下げている。

「というわけで、今からお前さんを攻撃するから、ひたすら防御に回避だ。頑張れよ」
「……反撃は?」
「出来そうならどうぞ?」
「言いましたね?」
「ああ。そんじゃ、始めようか」

 ダンテがゆらりと前に出る。その瞬間、道場に濃密な殺気が溢れ、その全てがなのはに向かって叩きつけられた。

「え……痛っ!」

 想像すらしていなかったダンテからの殺気に竦んだ瞬間、なのはの目から火花が飛ぶ。ダンテの小太刀が頭に直撃していた。

「ほれ、ボケッとすんな」
「うー……今のは」
「何言ってやがる、戦う相手に殺気を向けない悪魔なんていねーぞ?」

 次行くぞ、とばかりに振るわれるダンテの小太刀。決して早くも力強くもない、ただ持ってるものを軽く振ってるだけの攻撃は、そのくせ一撃一撃に強烈な殺気を纏っている。

「きゃ、ちょっ……痛っ!」
「やれやれ、先が思いやられるな」

 またしても頭を軽くであるがはたかれ、さすりながら呻くなのはを見てダンテは肩をすくめる。
恭也や士郎が一般人にしては相当強かったことからなのはもまたそうなのかと思ったが、意外や意外、全くの素人だった。
どうやら、運動に関してはおっとりとした母桃子の血を受け継いでいるらしい。
 もっとも、ダンテにとって受けれる受けれない、避けれる避けれないは割とどうでもいいことなのだが。

(とにかく殺気に対する反応だよな。コイツが育たないと、奇襲に対して無防備すぎる)

 悪魔にとって、壁や床は障害物ではない。戦ってるときもそうでないときも、いつだって壁や床から飛び出てくる危険性があるのだ。
その際察知の助けになるのが殺気に対する嗅覚であり、危険に対する反応である。なのはは、戦闘力以前にこれが致命的に欠けていた。
どんなに力が強くたって、後ろから刺されたらそれで終わりなのだ。

「そら、どんどん行くぞ」

 ダンテ自身、体には殆ど力を入れてない。ゆったりしたコートも相まってモーションを見切って反応するというのは不可能だ。
剣が纏う殺気に反応して受けるなり避けるなりするしかない。速度的に目で追う事も出来るが、そうやって避けていくといずれ避けれなくなるよう計算して攻撃していたりする。

「目で追うな、体で感じろ」
「で、でも……!」
「それが出来なきゃ死ぬぜ?」

 それでもなのはは、何度も何度も殴られながらようやくある程度反応が出来るようになっていた。
まだまだ多分に目で追っているし、反応してからの行動がダンテから見れば遅すぎるが、動作が一々緩慢な下っ端連中ならこの程度でも大丈夫だろう。

「げふっ……」
「はぁ……目で追いすぎだって言ってるだろ?」

 そして、なのははダンテが何気なく繰り出した蹴りをモロに食らって倒れる。対峙した悪魔がどんな攻撃方法を持っているか、それはその場で見るしかない。
背後から攻撃できる悪魔もいるかもしれないし、周囲一体を攻撃できる悪魔だっているかもしれない。そのたびに食らっていては、命がいくつあっても足りるわけはない。

「ず、ずるい……」
「コイツでしか攻撃しないなんて一言も言ってないな」
「鬼……」

 腹を押さえながら恨めしそうに見てくるなのはに、ダンテは肩を竦める。

「ヘイヘイ、勘違いしてんじゃねーか? スポーツの大会に出るんじゃないんだぜ」

 一撃でも直撃を貰ったら死ぬ、そんな世界に飛び込もうとしているのだ。

「いいかなのは、覚えとけ。強いやつが勝つんじゃない、勝ったやつが強いんだ」
「…………」
「そして、殺せば勝ちなんだから、相手はどんな手を使ってでもお前を殺しに来る。死んだら卑怯もクソもない」
「わかって、ます……」
「ならいい。そら、休んでる暇はないぜ」

 そしてダンテは攻撃を再開する。相変わらず、殺気だけは本物を纏った緩慢な攻撃が続く。
なのはもまた、ダンテの教えようとしていることを理解し、必死になって対応しようとしている。
ダンテは、なのはを直接狙った攻撃にのみ殺気を持たせるというとても器用な真似をしている。どんなに迫っても、フェイントには殺気がない。
「ぐっ……」
「反応は出来てたな。判断が遅いが」
「はぁ……はぁ……」
「ヘイ、いつまで寝てんだ?」

 小太刀を突き出すというフェイントに騙され、蹴りを食らう。小太刀の柄で殴ろう、と見せるフェイントに騙され、逆の一撃を貰う。
始まる前は反撃してやると言ったことすら忘れ、なのははひたすらダンテの攻撃を捌こうと動き続ける。

「避けるときは次の状況を考えろ。自分を追い込むような避け方はするな」
「はい!」
「受けるときは勢いに押されないよう、しっかりと止めろ。それが出来ないなら受けるんじゃなくて流せ」
「はい!」

 なのはが間違った動きをすれば、その都度その都度ダンテから攻撃を緩めないまま指摘が入る。なのはも必死で食らい付くが、そんな簡単に出来ることでもない。
それでも、ダンテはそう言う。それは、魔界に行くにあたって必須だからだ。そしてまた、小太刀の突きが額に直撃する―――





「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 なのはは木刀を握ったまま、道場で大の字になって倒れていた。奇しくも今朝、兄恭也が取っていたのと同じポーズである。
全身から噴出した汗が床を濡らしていくが、そんなことを気にしている元気もなかった。

「大丈夫か?」
「散、々、人の、こと、張り、倒して、おいて、よく、言います、ね」
「ハハハ、そんだけ文句が言えりゃ大丈夫だな。ホレ、水だ」

 ダンテはペットボトルをなのはの横に置く。そのまま隣に座り込み、クルクルと愛銃を玩ぶ。

「……ダンテさん」
「何だ?」
「……なんでもないです」
「そうかい」

 なのははズキズキと痛む体を無視して立ち上がり、水を飲んでそのままクールダウンを始める。ここまでひたすらやられ続けたのは初めてだった。
まさか一発も反撃できないなんて思ってもいなかったし、途中で意識が刈り取られたときは本当に死んだかと思った。
それでも、その中で徐々に反応できるようになっていっていた自分に、なのはは確かな手応えを感じていた。
 時刻はそろそろ五時になろうとしている。二時間ほど、ほぼ休憩無しで動き続けていたのだ。体もいい加減休みを欲している。
それに、恭也や美由希がここに訪れる時間も近付いている。今日はここまでだろう。

「じゃあ……戻りましょう」
「そうだな。やれやれ、動いたら腹減ったぜ」
「全くです」





 なのはとダンテ、二人の普通ではない日常も、二日目を終えようとしていた。

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最終更新:2008年03月08日 13:38