Lyrical Magical Stylish
Mission 05 Rock Days



「イィィヤァァ!!」
「ぶち抜けぇ!!」

 ダンテのスティンガーミサイルの如き刺突が兜の割れたブレイドの脳天を一撃の下に刺し貫き、爆砕する。
その硬直を狙った二体目のブレイドは、なのはの放ったディバインバスターの直撃を受け、そのエネルギーに耐え切れなかったか、溶けるように消滅していく。

「GAAAAAAAAAA!!」

 二体を犠牲に二人に生まれた僅かな隙、その隙を逃すまいと、残る一体のブレイドが地面をぶち抜いて、地中から空中にいるなのはめがけて疾風の如き勢いで迫る。
だが、そんな決死の特攻も全てダンテとなのはの掌の上で踊らされているのだということに、残念ながらブレイドは最後まで気付くことはなかった。

「ハッ、見え見えだぜ?」
「もうちょっと考えたほうがいいよ?」

 背中に目がついているかのような正確無比な銃撃がなのはを狙った爪を腕ごと吹き飛ばし、その衝撃で体勢が崩れたブレイドに、なのはの一撃が炸裂する。
強烈な魔弾は狙いたがわずブレイドの頭を直撃し、勢い余って大地に強く叩き付けた。

「やれやれ、毎日毎日律儀なことだ」
「ホントです。ちょっとぐらい休ませてくれてもいいと思うんですけどね」
「全くだぜ」

 最後のブレイドを撃破したなのはは、ダンテの隣に降りてくる。今回も二人は悪魔の群相手に傷一つ負わない完勝を見せていた。
最初の方こそ、慣れない共闘にいらぬ傷を負ったりすることもあったが、今では完璧なコンビネーションを見せるまでに至っている。
 ダンテの言うとおり、毎日毎日現れる悪魔に体力や魔力は削られるものの、いざ魔界に行ったときに必須となるコンビネーションをここまで高められたのだから、差し引きで言えば大幅なプラスであろう。

「今日はこれで全部みたいですね」
「そうだな、周囲の瘴気も消えたみたいだし、今日はこれで打ち止めだろ」

 ダンテはリベリオンをギターケースに仕舞い、なのはもまたバリアジャケットを解いて、完全にこの場での戦闘が終わったことを再確認する。
ダンテとなのはの邂逅から三日、ブレイドやフェティッシュ、デス・シザースといったダンテ曰くある程度上等な連中が割と頻出するようになっていた。

「ふぅ……」
「お疲れかい?」

 疲れた様子のなのはに意味もなくニヤニヤしながら、ダンテは側にあった自動販売機で缶コーヒーを買い、一本をなのはに向って放る。
なのははそれを受け取り、ブラックであることに顔を顰めながらダンテに聞き返した。というか、普通疲れている相手には甘いコーヒーではないのか。

「ダンテさんは疲れないんですか?」
「ヘイ、この程度で疲れてたら魔界になんて行けないぜ」
「うー……努力します」

 口を尖らせて言う。ブラックコーヒーの苦さにか、体力面においては圧倒的に劣る自分への苛立ちか。おそらく両方であろうが。
そんななのはに、ダンテは苦笑しながらもガラじゃないアドバイスなんぞをしてみる。

「なのは、お前さんはもう少しペース配分を覚えな。全力で戦い続けてたらあっという間にヘバっちまうぜ」
「ダンテさんにそれを言われるなんて……」
「俺はいいんだよ、俺は」

 どこかコントじみたやり取りも大分板についてきたようで、なのははダンテのリアクションに一々腹を立てることもなくなっていた。
最も、ダンテにしてみればそれは少しばかりつまらないことなのだが。

「もういいです」
「Huh? そうかい」
「はぁ……帰りましょう」
「だな」

 二人の共闘が始まってから三日、ダンテはその間高町家に居候という形を取り、なのはとともに海鳴に出現する悪魔の掃討に当たっていた。
ダンテ曰く管理局のちょっかいも最初の二回を除いて行われてはいない。なのははクロノやフェイトのことが気がかりだったが、ダンテは気分良さそうだった。

「敵、強くなってますよね」
「そうだな、最初に比べりゃ上等な連中が出てきてる。もうすぐかな」
「そうですか……後どのくらいか、分かりますか?」
「さあなぁ、まだわかんねーな」
「そうですか」

 ダンテはいつでも構わなかったが、なのははもう少し時間が欲しかった。
コンビネーションこそかなりのレベルまで上がってきているけれど、なのは自身の戦闘力という面から見れば、大して成長していないことが自分でも痛感できるからだ。

「……私、強くなってますか?」

 それでも気になるのはしょうがないと言うべきだろうか。なのはは多少不安げにダンテを見上げ、聞く。
なのはからすれば当然の疑問だが、ダンテにとってはなのはがこんなことを言い出すのはひどく意外だったようだ。

「ヘイどうした? 今さら臆病風にでも吹かれたか?」
「そんなんじゃないですけど……気になるじゃないですか」
「そんなもんかねぇ。吹き飛べとかぶっ散れとかぶち抜けとか言ってるガキからは想像も出来ねーな」
「……そんなこと言ってましたっけ」

 記憶がないが、確かにさっきも止めを刺す際にそんなことを言った気もする。ダンテはさも面白おかしく感じているのか、腹を抱えて笑いながらなのはの頭に手を置いた。

「仮に、足手まといだから諦めろって言ったらお前は諦めるか?」
「まさか。魔界に行く日までに並んでみせますよ。一度決めたことを諦めるほど、私人間出来てないんです」
「クックック、本当に面白いぜお前。まあそうだな、その日が来たらプレゼントを一つやろう。それまで頑張りな」
「ダンテさんからのプレゼントですか……楽しみにしてますね」
「ハッハッハ、欲しけりゃもうちっと頑張りな」
「分かってますよ」

 頭に置かれたダンテの手を無造作に払いのけつつ、なのはは決心を新たにした。その顔には、隣で歩くダンテが浮かべるような、大胆不敵で且つ凶悪な笑顔が浮かんでいたとか。



「プレゼントかぁ……何くれるんだろう」

 夜、自室でぼんやりと考え事。ダンテは今日も飽きずに士郎と酒盛りをしている。
そんな狂乱の宴に参加する気はさらさらないなのははダンテを放置して自室で休んでいた。
「ダンテさんがまともな物くれるとは思えないけどなぁ……」

 それでも、楽しみではあった。
 ベッドにうつぶせになって色々想像をめぐらしていると、携帯電話が慣れた着信音を響かせる。

「……アースラ? 誰だろ」

 着信画面を見てみると、アースラからの電話だった。おそらくクロノがまた何か言って来るのだろう、あるいはフェイトが説得しようとしているのかも知れない、なのはは渋々電話を取る。
疲れているが、無視して何度もかけられ、安眠を妨害されるのは避けたかった。

「もしもし?」
「なのは? 良かった、もう寝てるかと思った」

 だが、聞こえてきたのはクロノでもフェイトでもない声だった。その声に覚えのあったなのはは多少驚きつつ、返事をする。

「ユーノ君?」
「そうだよ」
「どうしたの?」
「エ……じゃない、クロノから色々聞かされたよ。また何かやらかそうとしているらしいね?」

 苦笑を感じさせるユーノの声。どうやら、ユーノもまたクロノに言われてなのはを説得しようとしているらしい。

「あー……まあね」
「良かったらでいいんだけど、詳しく話してくれないかな」
「うー……ゴメン。ぶっちゃけちゃうと、今回のことはユーノ君には関係ないし、巻き込んじゃうから」

 どうしたもんかと少しの間逡巡したが、やはり話さないほうがいい。なのははそう決断する。

「やっぱりそうだよね」
「ゴメンね」
「ううん、大丈夫。なのはがそう言うときは何言っても無駄だって分かってるし」
「あははは……」

 ユーノもまた、まともに説得する気はなかったらしい。あっさりと折れてくれたことに余計な体力を使わなくて済むとなのはは安堵する。

「それでも、手伝えることってないかな?」
「うーんと……手伝ってくれるなら助かるけど、やっぱりいいよ。ユーノ君はユーノ君の好きに動いて。私たちがやってることは管理局から見ればいけないことだし、それに巻き込みたくないから」
「そうか……」

 ユーノの助力は確かにありがたい、けれど、何の関係もないユーノが犯罪者になる可能性があることをさせたくはなかった。
予想はしていたのだろうが、それでも残念そうな声色になのはは慌てて何かないかと考える。そして閃いた。

「……あ、じゃあさ」
「ん?」
「治癒魔法、教えて」
「……唐突だね」
「今閃いたからね。この先必要になりそうだけど、クロノ君には聞けないし」
「それもそうか」

 なのはは治癒魔法を使えない。知ってる中で使えるのはクロノとユーノぐらいであるが、当然ながらクロノには聞けない。
だが、魔界に行くことになったなら当然ながら傷を負うことが考えられるし、その傷を放置したまま連戦するほどの体力はなのはにはない。

「……分かった。いつがいい?」
「明日にでも。朝早く魔法の練習してるから、その時がいいな」

 なのはは早朝訓練の時間と場所を告げて、二人の通話は切れた。





 なのはは朝学校に向かい、ダンテはひとしきり家で士郎や恭也と本人曰く遊んだ後、街をフラフラ散歩する。悪魔が昼間に出ればなのはは学校を抜け出してダンテと共に戦い、出なければ授業中は寝て過ごす。
その後、ダンテがなぜか学校に迎えに来て一緒に帰り、悪魔が出るまでもしくは夕飯までみっちり組み手。それ以降、悪魔が出るまでは家でなのはは休みつつ、ダンテは酒盛りをしつつ待機という生活が続いていた。
 ちなみに、深夜に出た場合はダンテ一人で戦うことになっていた。
最初こそ深夜は出なかったものの、ここ最近は毎日のように出ており、人界と魔界を隔てる境界が薄くなってきたことを如実に表していた。

「さて……今日はどこに行くかな」

 そんなわけで、なのはが学校に行くのを見送った後、士郎と恭也をボコボコにし、気分のよくなったダンテはあらかた把握したこの街の地図を頭に思い浮かべながら呟く。
そろそろ、門を開いても大丈夫そうな場所を検討しないといけないのだが。

「うーん……どこもダメそうだな、おい」

 やはり、街中に開いたらどこで開いても被害が大きくなりそうである。とすれば海上しかないのだが。

「気が乗らねーなぁ、帰ってきたときに海に落ちるのは勘弁だぜ」

 どこか無人島でも付近にあればそこが一番いいのだが、臨海公園から海を眺めてみてもそれらしきものは見えなかったし、なのはや士郎に聞いてもそんなものは近くにないと言われている。

「……しょーがね、海上にすっか」

 ダンテは渋々決定し、臨海公園へとやって来た。確か、モーターボートの貸し出しを行っていたはずだ。
ギターケースの奥底に虎の子の札束が入っていることを確認し、ダンテは貸しモーターボート屋へと歩き出す。

「おいオヤジ、船一艘売ってくれ」
「は? 何言ってんだ兄さん」
「俺は物分りの悪いやつが嫌いでね。なに、誰もタダでとは言ってねーよ、コイツでどうだ」

 どがっ! とテーブルに叩き付けた札束の山。少なく見積もっても、モーターボート三艘は優に買える金額だろうか。
オヤジは今までに見たことも無い金の山に目が飛び出るほど驚いているようだ。

「……一艘でいいのかい?」
「ああ。ただし、いつ俺が来ても最高の状態で出れるようにしとけ」
「お安い御用だ。毎度アリ」

 ダンテのよく知る情報屋に近い臭いを感じ、顔を顰めながらも、このタイプの人間は仕事はきっちりこなすだろうと思い、ダンテはこれ以上用はないと踵を返す。
さっさと翠屋に行って口直しのパフェを食べなくては。

「じゃあな。そのうちまた来る」
「ああ、兄さん。船の名前はどうするよ」

 背中にかけられた声に舌打ちするが、車やバイクと違って船は名前をつけるもんだということを思い出す。
せっかく買ったんだし、派手にぶちかますことになるだろうから、景気付けに最高にクールな名前をつけてやるのも悪くない。

「あー……そうだな、Devil May Cryにしといてくれ。出来る限り派手に、ロックな感じでな」

 サラサラと紙に綴る。悪魔も泣き出す船、ダンテとなのはが魔界に行く際に使うにはふさわしい名前だろう。

「デビル・メイ・クライ、ね。確かに承ったぜ。ところで兄さん、コイツはどー言う意味なんだ?」
「……悪魔も泣き出す、そんな意味だ」
「へぇ……ハハハ、確かに兄さんに睨まれたら悪魔も泣き出すかもな」
「こんないい男捕まえて失礼だなオイ」

 門を開くための足は確保。手は既にダンテの手中にある。後は機をみて飛び込むだけだ。
ダンテは今度こそスッカラカンになった財布を情けない顔で見つめ、翠屋にツケで食わせてもらうことにした。




 カッ、カッ、カッ……定期的に黒板から聞こえてくる堅い音と、教師の説明の声のハーモニーががなのはの眠気を誘う。
今日もまたダンテにひどくしごかれることだろう、そう考えたなのはは眠気に逆らわずに堕ちていく。
 そして―――

「…………」
「せんせー?」

 チョークを握る手がプルプルと震えている。最近急激に素行が悪化したなのはだが、優しさに定評のある担任は何か事情があるのだろうと随分見逃してきたつもりだった。

「すー……すー……」

 だが、やはり目に余る。小学生からこんな調子で行っては、中学高校とどうなるか分かったものではない。ここは、やはりビシッと決めるべきだ。
最初のほうはうつらうつらしながら必死に耐える様子を見せていたなのはだが、ここのところは遠慮も何もあったものではなくなっていた。
 授業の開始の起立、礼、着席のときは回りに起こされ渋々起き上がり、着席の瞬間眠りについている。終わりの時は起きないことが多々。
そのくせ、突然授業中に立ち上がって

「先生、トイレに行ってきます!」

という完全に事後承諾の発言を残し教室から逃走、そのまま数十分帰って来ないことも数度。いくらなのはたちの担任がおおらかだと言っても、物には限度というものがあるのだ。

「……いいですか、皆さん。皆さんもこれから先、中学高校となると授業で寝てしまうことはあるでしょう。先生もありました」

 プルプル震える手でチョークを握り締めながら、担任は児童たちに向き直る。その顔を見た数名が小さな悲鳴を上げたことなど、これからすることに比べれば瑣末なことだ。
手のひらの中でバキャッ! と音を立ててチョークが二つに割れる。それを見た児童たちが後ずさりしたのも、これからすることに比べればどうでもいいことだ。

「ですが……やはり授業中に寝るのはいけないことです。どうせやるならもっと隠れる努力なりをしないといけないのです」

 完全にブチキレた声色をしている。光が眼鏡に当たって目が外から窺えないのも、それを助長している要因であるのは間違いない。

「せ、せんせー?」
「覚えておきなさい……度を超すと、こうなるんですっ!!」

 教師の右手が閃く。短くなったチョークは本来の目的を忘れ一筋の閃光と化し、無防備に晒されたなのはの頭部へと吸い込まれるように突き進む。
 だが、それより早く、慣れた感覚にカッと目を見開いたなのはがいた。


パキィン


 チョークの砕け散る軽い音がする。

「Sweet……Baby!!(最高だぜ、ベイビー!!)」

 咄嗟に振り抜いたのはもちろんレイジングハート―――ではなく、ただのものさし。
ダンテのリベリオンよろしく振り抜いた後肩に担ぎ、椅子と机、そして机に広げてあった二時間前の教科書の上に足を乗せて、なのはは最高の笑顔で言い放った。
もちろん、左手は手招きを忘れていない。

「…………」
「…………」

 時が止まった。当然だが。周りの児童たちはポカーンと口を開け、唯一なのはの隣に座っていた男子だけがなのはの打ち抜いたチョークの破片を浴びて顔を抑え蹲っている。

「……高町、さん?」
「あ、あは、あはは、あはははは……」

 何が起こったのかを理解し、なのはは笑うしかなかった。

「廊下に……立ってなさあああああああああああい!!!!!」
「ごめんなさーーーーーいっ!!!!」

 廊下におっぽりだされるという初めての経験をして溜息をつく。そして、聞こえてきた声に更に溜息をついた。

「Cool. Bravo. Absolute」
「……レイジングハート、それ、褒めてるの?」
「Of course」
「…………」

 ダンテとの訓練は着実に成果を上げているようである。




「Let's Rock!」

 シン・サイズを三体纏めてぶち抜いた魔弾が、軌道を変えて地中から飛び出してきたブレイドを叩き伏せる。

「イィィィヤアアァ!!」

 その隙を逃さずにダンテの兜割がブレイドを両断。悲鳴を上げて土くれに還るブレイドにはもはや一瞥もくれず、ダンテは次なる相手へと走っていく。 

「ハアッ!!」
「Bingo!」

 斬り上げで上空に吹き飛ばしたところになのはの魔弾が炸裂し、哀れなヘル・スロースが元の砂となって大地に降り注ぐ。
真下にいたダンテは、砂の嵐を受ける前にもう一体のヘル・スロースの元へ移動しており、剣が分裂したかのような連続刺突で反撃の暇を全く与えずに撃破。
そのまま剣を突き刺し、剣を軸にコマのように回転して周囲の敵を薙ぎ払う。一通り吹き飛ばした後、遠目から炎を吐こうとしていたフェティッシュに向けて突撃。それを邪魔しようとするヘル・プライドと斬り結ぶ。

「Rock it!!」

 ダンテがヘル・プライドやフェティッシュを相手にしている背後から襲いかかろうとしていたアビスをなのはが放ったディバインバスターが焼き尽くし、放り投げられた鎌が哀れな悪魔に直撃する。

「ハッハァ!!」
「Blast!!」

 止めとばかりにダンテが炎を纏う拳を大地に叩きつけ現界した灼熱地獄に、上空から無数の白光が槍と化して突き刺さる。
白い槍に縫い付けられ、地獄の炎で焼かれた悪魔たちは灰すら残さずに消滅していった。

「Too easy!」
「……ヘイヘイなのはよぉ、さっきから俺の台詞取るんじゃねーよ」
「え、あ、あのー……」

 なのはは上機嫌に決めポーズまでとったりしていたが、消えゆく炎の中から出てきたダンテはいまいち消化不良といった感じであった。
それもそのはず、先ほどまでから言おうとしていた台詞を全てなのはが取っていたのだから、スタイリッシュを標榜するダンテにとっては余り面白い事態ではない。

「そーいうの、嫌いなんじゃなかったのか?」
「……つい勢いで」
「まあ……いいんだけどよ」

 なのははまたやってしまったと自己嫌悪に陥る。最近、ダンテの影響のせいか、学校でも時々口走ってしまうのだ。

「……ダンテさんのせいですからね」
「ハッハッハ、いい傾向じゃねーかよ」
「絶対そんなことないですっ! 友達にも引かれるし、やめろって言われるし、私だってやめたいですよ!」

 思わず口走った台詞を聞いた友人の反応は例外なくドン引き。なのははそのたびに悔い改めようと誓うのだが、どうしてもテンションが上がると言ってしまうようだ。

「ユーモアを理解しない友人たちだな」
「普通の友達と言ってください」

 なのはは半眼になって呻く。なのはみたいなごくごく普通の小学生がいきなり「Com'n winp!(来な、ノロマ野郎!)」なんて口走ろうものなら、意味のわかる人も分からない人も例外なく引くに決まっている。
ちなみに、言ったのはドッジボールの時間。ボールを持った男子相手に言ってのけた。
 さらに間の悪いことに、なのはには英語を理解できる友人がいる。アリサは始めてなのはが言ったのを聞いたとき、目をつり上げて割と本気で説教した。
 あのときのアリサは結構本気で怖かった、なのはは後にすずかに語っている。

「今日は終わりですか?」
「多分な」
「じゃあ、帰りましょう」
「そうするか」

 ダンテは武器を仕舞い、なのははバリアジャケットを解く。一連の動作は、戦闘が終結したことを知らせる二人の間の取り決めみたいになっていた。





「なのはさぁ、最近また何かやってるでしょ」
「え……えーっと、その……」
「で、また言えないと」
「う……ゴメン」

 喫茶翠屋、店外に設置されたテーブルに、なのは、アリサ、すずかの三人が座っている。そこで、最近授業中や日常生活での様子がおかしいなのはにアリサが詰め寄っている場面である。

「まあまあアリサちゃん」
「わかってるけどさ」
「ゴメンね」

 以前、PT事件のときも似たようなやり取りがあったのだが、今回は輪をかけて二人は心配をしている。何せ、なのはの言動が急激に悪化しているのだから。
もっとも、その元凶は事件というよりは近く関わっている人間の影響なのだが、そんなのを二人が知る由もなく。

「ヘイ、お嬢さん方。相席させてもらっていいかい?」

 平和なテーブルに突如現れた赤いコートを纏った大男。なのはは愕然とし、アリサとすずかは状況についていけず呆然としている。
なのはに悪影響を与えまくった元凶、ダンテがパフェを片手に佇んでいた。

(ちょっと! 何しに来たんですか!?)
(周りを見てみな。混んでるんだよ)

 なのはは思わず念話で聞いてしまう。随分キツイ口調だったが、ダンテの言に渋々周囲を見回すと、中も外もダンテの言うとおり満席だった。
 ならば、知った顔のいるテーブルにお邪魔するというのも仕方のないことかもしれない。なのはは嫌々ながらダンテを席に通す。

「あ……この前なのはを迎えに来てた人だ」
「そういえばそうだね」

 なのはにとって不幸だったのは、ダンテ自身は覚えていなくても、アリサとすずかはダンテのことを覚えていたことだった。
それもそのはず、三人で帰ろうとしたら校門のところにいたこの男がなのはを迎えに来たと言い放ったのだから。
結局なのははダンテと共に帰り、二人はそのことについて随分議論を交わしたりした。激論だった。曰く、彼氏。ありえない、知人。それこそおかしい。等々。

「えーっと……はぁ、この人はダンテさんって言って、お父さんの昔のお友達なの。それで、今はウチに泊ってるんだ」

 なのは、もうどうにでもなれ。まあ、この二人がいるなら余り妙なことは言わないだろう。多分。凄く不安だが、こうなってしまったら変に追い出すのもおかしい。

「そうなんだ」
「うん。ホラ、ちょっと見た目が怖いじゃない? だからこの間は言わないほうがいいかなって思って……」

 ダンテが迎えに来た翌日、なのはは随分問い詰められたものだ。結局逃げ回って答えなかったツケがここで回ってきた。

「ふーん?」
「な、なに?」
「いやまさか、なのはにこんな大きな彼氏が出来るなんて思ってもいなくてね」
「ちょ! アリサちゃん!?」
「Easy does it. 落ち着けよ。詳しく聞かせてくれ」
「ダンテさん!!!」

 ドガン! とテーブルが割れる勢いで手を叩きつける。衝撃でダンテのストロベリーサンデーが一瞬浮いた。

「ヘイヘイ、そう怒るなよ」
「……誰のせいだと」
「それよか、そっちの二人は紹介してくれねーのか?」
「……アリサちゃんとすずかちゃん。私の親友だから、ちょっとでも怪しいそぶり見せたら本気で怒りますからね」
「アリサ・バニングスです」
「月村すずかです」
「ご丁寧にどうも。俺はダンテ、いつまでこの町にいるかはわからねーが、一つヨロシク」

 二人の挨拶に、ダンテは芝居がかった会釈で返す。なのはは本気でとっとと失せて欲しいと思ったが、親友二人はそれを許してはくれないようだ。

「それでそれで、なのはとはどういう関係なんですか!?」
「あー……そりゃー」

 いつの時代も女の子の興味はこの話題が一番なのだろうか。ダンテは困ったようになのはを見る。なのはは半眼でダンテに対して釘を刺す。

「妙なこと言ったらほんっきで怒りますよ」
「なのはは黙ってて。是非ホントの事を教えてください」
「ホントってなぁ……照れるよな、なのは?」
「キャーやっぱり!」
「ダンテさんっ!!!!!」

 なのは激怒。ダンテちょっとビビる。やはり、女の怒りには勝てそうもない。ダンテは本気で、まだプレゼントであるあれを渡していなくて良かったと思った。
この辺一体が吹き飛んでてもおかしくない怒りようだ。

「オーライ、俺が悪かった。だから落ち着けよ」
「なのはー」
「うう……」

 二人でいるときならまだここまで怒鳴ったりはしなかっただろう。
周囲の客もなんだなんだと好奇の目を向けてくるし、喉は痛いし、なぜかなのはが悪いみたいになってるし、踏んだり蹴ったリとはこのことである。

「……そういえばダンテさん、さっきなんとおっしゃったんですか?」
「さっき?」
「ほら、英語で」
「ああ、『Easy does it』落ち着けよって意味だ」
「なのはがこの間言ってたね」
「ちょ! アリサちゃん!?」
「そりゃもう、ダンテさんにそっくりな感じで」
「へぇ?」
「し、知らない。知らないんだから!!」
「Easy does it. 落ち着けよ、テーブルが割れるぞ」
「割れないよ!!!!」

 どちらかというと、テーブルが割れるより先になのはの血管が切れそうである。ダンテはそれを見て爆笑していた。止めろよ。




 あの後、すずかとアリサが用事があるとのことで解散となり、なのはとダンテは並んで高町家へと帰っていた。

「うう……ひどい目にあった」
「いやー楽しかっだっ!?」

 散々なのはをからかって楽しんだダンテに仕返し。思いっきり踏んづけてやった。もっとも、驚いて声が上ずっただけで、ダンテ自身はケロッとしているのであるが。

「ヒデェなおい」
「どっちが」

 やれやれ、とダンテは頭を掻きながらなのはの隣を歩く。さっきから頭を抱えたり唸り声を上げたりダンテの足を踏んづけたり、中々どうして傍目で見るには面白い行動を繰り返している。
 そんなダンテの内心にも気付かないなのはは明日の学校が憂鬱で憂鬱で仕方なかった。あの二人のことだし、余りおおっぴらに吹聴はしないだろうが、それでも心配は心配だ。
あの二人以外にもダンテの姿を目撃している人物は大勢いるのだから。

「明日どうなるんだろう……」
「なんだ、それなら心配いらねーよ」
「……ダンテさん?」
「明日、出るぞ」

 こともなげに言う。なのはは一瞬ダンテが何を言っているのか理解できなかったが、いよいよとばかりに気を引き締め―――

「……でも、夜に出るなら学校は行かなきゃダメじゃないですか」
「あ、そっか」
「…………」
「だから、その可哀想な人を見る目はやめろっての」

 なんとも締りのない出発予告になってしまったとか。




「痛たたた……」
「やれやれ、大丈夫か?」

 道場に寝っ転がったなのはは、体を苛む鈍痛に顔を顰める。今もまた、ダンテに投げ飛ばされたのだ。

「大丈夫です」
「ならばよし。時間も時間だし、そろそろ終わるか」
「そうですね……」

 日課の組み手が終わりを告げる。組み手というか、相変わらずダンテが一方的になのはを攻撃し、なのはがそれをひたすら防ぐという内容だったのだが。
慣れてきて、何とか反撃してやろうと試みたが、全く出来なかったことになのはは内心悔しがる。

「どうだ、ちったあ身についたか?」
「そりゃもう。日々の実戦で実感してますよ」
「ソイツは良かった」

 それでも、攻撃ではなく防御と回避、それに通じる危機察知能力を鍛えてくれたダンテになのはは感謝していた。
なのは自身も言ったとおり、日々湧き出る悪魔との戦いで感覚は昇華され、短い期間の割には随分と信頼できるレベルにまでなっていたからだ。
それはもう、今日の授業中が証明している。

「初日なんざ、アてられただけでビビッて足が竦んでたのによ。大した成長だぜ」

 今日なんかは、反撃まで入れようとしてきたのだ。ここ数日のなのはの成長にダンテは内心驚嘆していた。
これならば、自身がかつて使った武具を預けることも出来るだろう。この間言ったプレゼントだ。

「そんなお前に、約束のプレゼントだ」

 ダンテはどこからか取り出した白く発光する篭手と具足をなのはの前に置く。

「……これが、ですか?」
「ああ。コイツはベオウルフっていう魔具でね。頑張ったお前さんにやろう」
「……どうやって使うんですか?」
「腕と足に填めるんだ」
「大きすぎますけど」
「ベオウルフが認めれば、サイズは勝手に修正される。なに、今のお前なら大丈夫だ」

 言われるままに、なのははベオウルフを装着しようとして、大きすぎて無理だったためにダンテに付けてもらう。すると、ベオウルフが激しく震え、発光する。

「きゃっ……あ、あれ?」
「ハハハ、合格おめでとう、ってな」
「凄い……」

 なのはのサイズにあわせて小さくなったベオウルフが、なのはの手足で光り輝く。ひょんなことから得た新たな力に、なのはは興奮を隠さずにダンテに向かって聞く。

「で、どうやって使うんですか?」
「そのまま殴れ、って言いたいんだがな。お前さんがそれを使って殴っても大して効果は出ないだろう。こればっかりはしょうがない」

 どうしても腕力的な意味で、なのははダンテどころか一般人にも大きく劣る。それはもう、子供だししょうがないことだ。
それでも、出鼻を挫かれたなのはは少しガッカリした様子でダンテを問い詰める。

「じゃあなんで」
「ソイツはスンゲー頑丈だからな。咄嗟のときはソイツで防御しな。そのためのもんだと思え」
「……成る程」

 しかし、さすがに意味もなく渡したわけではなかった。レイジングハートは確かに頑丈だが、万が一壊れた場合なのはは戦う手段を失うことになる。
ダンテ自身が知る上級悪魔の攻撃の威力から考えて、最悪の事態にならないないためにもダンテは盾としてベオウルフを預けたのだ。

「コイツはオマケだ。外に行くぞ」
「へ?」

 ダンテ、なのはを連れ立って庭へ。ニヤニヤ顔のダンテと、理由が分からないなのはが庭の開けた場所へ出る。

「思いっきり地面を殴ってみろ。掛け声は”Go to the hell”だ」
「はぁ……」
「いいか、全力だぞ?」
「分かってます……Go to the hell!!」

 掛け声の意味も理解しないまま、全力で拳を地面に叩きつける。すると、インパクトの瞬間ベオウルフが強く輝き、上空を含むなのはの周囲に白光が吹き上がる。

「え、えええ!?」
「ヴォルケイノ、お前が使えそうなベオウルフの技の中でも最強のもんだ。ここぞってときに使いな」

 範囲や威力はダンテが使うときに比べて数段下がるが、元々攻撃力に特化したベオウルフの技だ。なのはが使ったとしても、十分通用する破壊力である。
ダンテはそう判断した。

「あ、ありがとうございます」
「なに、いいってことよ」
「ところで、あの掛け声ってどういう意味なんです?」
「地獄へ落ちろ」
「……良かった、学校で言わなくて」

 なのははダンテの言った言葉を覚えていた。意味もわからなかったが、これだけは使わなくて良かったと本気で思った。場面にもよるだろうが、確実に人格を疑われる。

「……掛け声言う意味、あるんですか?」
「ああ、ある。言うのと言わないのじゃ威力が違うんだ」
「ホントですかそれ」
「無論、嘘だ」

 無言で振るわれたベオウルフの一撃がダンテの腹に炸裂する。

「いてぇな、おい」
「知りません」

 魔界突入まで突然ながら残り一日。なのはは、成長した自分に確かな手ごたえを感じていた。







「ところで、これ着けたまま今日明日生活するんですか?」
「もちろんだ。マミィやフレンドに聞かれたらファッションだって言うんだぜ?」

 その夜、なのはがダンテをボコボコに殴ったとか殴らなかったとか。

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最終更新:2008年03月09日 17:58