すると、
「クロ殿、あの、……宜しいですか」
シグナムが、彼女らしくなくおずおずとそう尋ねてきたのは、歩き出してすぐのこと。
少し離れた前方には、子供達にいじくられているヴィータが歩いていた。
「はい、何でしょうか」
特に表情を変えず、返事をするクロ。
しかし、シグナムはその時、己の心をすでに見透かされているような錯覚を、クロの瞳を見つめた瞬間に実感した。
シグナムは、取り敢えず咳払いをする。
「あー、……失礼ながら、クロ殿」「はい」
「もしかし、……いや、単刀直入にお伺いします」「はい」
あまりに自然体のクロを見て、シグナムは一瞬ためらう。が、意を決する。
「あなたは何故、その、『棺桶』を担いで、旅をなさっておられるのでしょうか」
「やはり、そのことでしたか」
クロは、微笑んだ。嫌みな感じは、受けなかった。何時も尋ねられているだろうに。
「……えっと、実は私も、思ってました」
「私も、実のところ……」
なのはとはやてが、おずおずと手を挙げる。 シャマルは、黙して挙手。
リインは、ただコクコクと頷いていた。
アギトは、雰囲気を察して、さっさと前に進む。「こう言うの苦手なんだよな」と呟いて。
「見たところ、その棺桶、ずいぶんと、その、くたびれている様子で……」
「そうですね。旅を初めて半年くらい過ぎた頃から、ずっと一緒に旅をしている棺桶ですから」
「そっ、そんなに長くッ!?」
なのはが、素っ頓狂な声を上げた。
「何で、また、あの、そのようなものを」
「うん、まあ、色々思うところがありまして」
困ったような顔で、クロはぽりぽりと後頭部を掻いた。
センは、我関せずと飛び続ける。
「成る程。しかし、その棺桶のために、色々と」
あごに手を当てたクロが、シグナムを遮って、
「そうですね。葬儀屋と言われるのが多いですか。
あと、死体を運んでるとか、死神とか、果ては吸血鬼、……まあ、色々言われますね」
悲観するでなく、おどけるでもなく、淡々と答え、周りをポカンとさせる。
シグナム、「そんな誤解を受けるなら」と咳払いをして、
「差し出がましいようですが、その棺桶、そろそろ処分……」
「するつもりは、申し訳ありませんが、今の私にはありません」
シグナムの申し出を、クロはきっぱりと断った。
「シグナムさん、他の皆さん、お心遣い、ありがとうございます」
頭を下げる。
「ですが、今の、……このままだと」
シグナムを、じっと見据える。
「私の旅が終わる何時かには」
そしてまた、優しく微笑んだ。
「きっとこの棺桶が必要になりますから」
この言葉に、セン以外は言葉を無くした。
どういう、事なの、か。
そんな、周囲の心を見透かすように、
「その理由を、何時かお話しできれば幸いかな、とは思っています」
クロはそう言った。
「まあ、そんな訳でさ、取り敢えず今は、それ以上は聞かないでやってくれよ。クロにも、色々思うところがあるんだ」
そして、センのこの言葉で、
「……了解した、セン殿」
シグナム以下全員、今は詮索終了とせざるを得なかった。
そんな後ろの様子に目もくれず、子供達はヴィータに夢中です。
「って、お前等、何してくれるんだよッ!」
「んー、いろわけたげてるのー」
「ヴィーちゃん、ぐっどだよー」
「わー、ふくたいちょー、格好いいよぉ♪」
白い双子の力で、ヴィータの両腕はカラフルに染まっていた、いつの間にか。
「……はぁ」
怒るに怒れず、ヴィータはため息をつくしか無く。
「子供の相手は疲れるぜ……」
しばし、海鳴の某老人会の面々を、懐かしく思い浮かべるのだった。
「おっ、ヴィータ、なかなかお洒落だな♪」
そう声をかけたのは、アギト。ニヤニヤが止まらないらしい。
「んっ、なぁんだ、アギちゃんか♪」
ヴィータ、さらりとおどけて反撃。
「なっ、だからそれは」
「おー、アギちゃだ」
「アギちゃん、アギちゃん♪」
双子は、無邪気にはしゃぎました。
「おい、だから」
「おい、アギちゃん、大人なところ見せてやろうぜ」
苦笑しつつも、両腕をまだら模様にされても、それなりに子供達に付き合っているヴィータにそう言われると、
「……はあ、解った」
アギトは渋々同意せざるを得なかった。
そんなアギトに構わないのが、白い双子です。
「ねえねえ、アギちゃ」
「あん、何だよ」
「おそら、とべるんだね」
ニジュクが尋ねます。興味津々と言った様子で。
「でも、はね、うごかないね」
サンジュが尋ねます。不思議そうに首をかしげて。
「ああ、大体、魔力使って飛んでるからな。あまり羽ばたかせない、かな」
「ふぅん」
「そーなんだー」
「ふくたいちょーも、飛べるんだよ」
ヴィヴィオが双子に話しかけました。
「そうなの、ヴィヴィちゃ?」
「ふくたいちょーも、おそら、とべるんだ」
「おーい、お前等はヴィーちゃんで良いって」
ヴィータ、苦笑い。
「じゃあ、ヴィーちゃも、とべるんだ」
「ああ。まあ、それなりにな」
「へぇ、とべるんだぁ」
「ふくたいちょーやアギトだけじゃないよ、なのはママもはやてお姉ちゃんも、みぃんな飛べるよ。……ヴィヴィオは、違うけど」
ヴィヴィオは少し、寂しそうです。
双子はうんうんと、眼をキラキラさせて頷きました。
「そっかあ、とべるんだぁ」
「あたしたちみたいに、とべるんだぁ」
双子は何気なく言いました。
「おう、お前等みた、い、……はい?」
「えっ、あっ、なあ、二人とも?」
「あの、お空、飛べるの?」
ヴィータ、アギト、そしてヴィヴィオは、目を見開いて聞き返します。
「うん、とべるよー」
「まりょくじゃなくて、はねだけど」
そう言うと、二人はいきなりエプロンドレスを脱ぎ始めました。人目をはばかりません。
「ちょっと、二人とも」
ヴィヴィオの制止も聞かず、下着姿になった、ニジュクとサンジュです。
「ヴィヴイちゃ、こうしないと」
「はね、じょうずにだせないの」
すると、不意に猫耳と尻尾が消えました。
「えっ?」「はッ?」「何だッ?」
そして、
「ふえっ?」「何だぁッ!」「うっそぉッ!」
三人が驚くのも無理もありません。
双子の背中に、いきなり羽がでたのですから。
ただし、ニジュクは右側に黒い羽、サンジュは左側に白い羽と、それぞれかたっぽずつなんですがね。
「あの、よ、二人とも」
「なにー、ヴィーちゃ?」
「かたっぽずつ、だな」
「そだよー、アギちゃん」
「飛べる、の?」
「「とべるよー、ヴィヴィちゃ(ちゃん)」」
二人はニコニコしています。
他の三人は、不思議そうな顔をしています。
「だいじょぶだよ」
「『かたっぽ』が『かたっぽ』に、なるから」
ますます、不思議そうな顔の三人。
だから、二人は、
「こうするのっ!」
「いっしょにとぶのっ!」
そう叫んだ、その時でした。
風が、強く吹きました。
「サンジュっ、いくよっ!」
「ニジュクっ、いいよっ!」
「「せぇのっっ!!」」
ばさばさばさばさ……。
「あっ、二人、とも……」
「まじかよ……」
「本当に、飛びやがった……」
空を見上げた三人の視線の先に、双子がいました。
さっきの風に、乗ったのもあるのでしょう。
高く高く、少なくとも近くの樹木よりも高く、舞い上がっています。
背中の羽を、その羽ばたきを、きちんと同調させて。
ばさっばさっ、ばさっばさっ、と。
そして、ポカンと自分達を見つめる三人に、
「いったでしょーーっっ♪」
「あたしたちもとべるよーーっっ♪」
ニコニコ笑いながら、双子は叫んだのでした。
少し後ろに離れたところで、なのは達はその光景を目の当たりにした。
「へっ?」「嘘や……」「いや、……主はやて、これは」「あは、あはは……」「信じられないです……」
「申し訳ありませんが、皆さん」
「ほっぺ、つねってみな。現実だから」
クロとセンは、見慣れた光景なので、全く平静であった。
「……やっぱり、ヤン提督は、正しかったんや」
「そうだね……」
ようやく、声を絞り出したはやてに、呆然としつつ相づちを、なのはは打った。
「まあ、珍しい。この世界で、翼の力だけで浮かぶなんて」
その婦人は、物珍しそうに、駅構内から双子を見つめていた。
「互いに協力し合って、空に浮かんでいるのね」
一見すると品が良く、穏和そうに見える顔立ちの女性の瞳は、しかし、興味深くものを凝視する、まるで幼子の瞳のようだった。
「互いの信頼がなければ、ああ上手くはいかない。まるで、そう、まるで」
「お待たせしました。お預かりしていた、お荷物で御座います」
背後から駅員が、その婦人に声をかけ、大きなスーツケースを押して差し出した。
「ありがとう」
婦人は、駅員に礼を言って受け取る。
そして、再び空舞う双子に目をやって、
「……残念、もう降りてしまっているわ」
肩を軽くすくめ、視線を下ろす。
「あら、あれって」
そこにいた一団。どうやら、見覚えがあるようだ。
腕時計を見る。
「まだ、時間は、ある」
時計から、目を離す。
その婦人の表情は、友人との再会に胸躍らせる、少女の顔、そのものであった。
「いや、本当にびっくりした」
「羽の力だけで、まさかあそこまで、なぁ……」
「間近に見とっただけ、そら、びっくりの度合いも大きいわなぁ」
ヴィータとアギトの言葉に、うんうんとはやては頷いた。
あれからすぐになのは達が合流。
クロとセン以外がまだ驚き目を見開いている中で、ニジュクとサンジュは、ふわりと降り立ちました。
「「ただいまー」」
元気よく、挨拶。
「お帰り二人とも」
「こっちの世界の空は、どうだった?」
クロとセンだけが、双子に声をかける。
「やっぱり、あおかった」「でも、ぽかぽかあったかかった」
「へえ、暖かだったのかい」
「うん、なんかね……」「うとね、クロちゃんみたいだったよ」
「ヘッ、私、みたい?」
流石に、クロも驚いた。何を言っているのか、理解できず。
「あっ、そっか、そんなだたかも」
「でしょ、ニジュク?」
「うんっ!」
相変わらずニコニコしている双子の言葉に、クロは戸惑った。
確かに、自分達の世界よりもここの世界は温暖なようであるが、しかし、それが何故、自分のような暖かさなのか、ということを。
「……」
未だ頭に疑問符が浮かびまくっているクロに、なのはがそっと耳打ちする。
「それだけ、クロさんがあの二人を大切にしてることの証明、じゃないんですか?」
クロ、現実感がとぼしいといった顔で、後頭部を掻いていた。「はあ」と呟くのが精一杯だった。
「あの、ところで、まだ他に何か有りますか、二人とも?」
リインが双子に尋ねた。
「リイちゃ、なにかって?」
「えと、つまり、こんな事ができる、とか、こんな事が起きる、とか」
「あっ、あるよ、リイちゃん」
サンジュが手を挙げて言いました。
「あたしたちの『かげ』、あたしちより」
「うん、ちょっとがまんのたりない『こ』」
「だから、かってにはなれるとき、あるよ」
時が、凍った。
「皆さん、あのー」
「事実なのでー、きちんと受け止めてやってねー」
「すごぉい、ニジュクとサンジュ、やっぱりすごぉいっ!」
クロとセンとはしゃぐヴィヴィオ以外は、全員、頭を抱えていた。「影が勝手に離れるって、何?」と。
当のニジュクとサンジュは、
「えへへ」
「すごいかな?」
ヴィヴィオの目の前で、ほっぺをほんのり赤くして、照れていました。
「にゃはは……」
「もう、なんちうか」
「言葉も、有りません」
「言葉がある方がおかしいって、絶対」
「はうう、ヤン提督にはどう報告すれば……」
「あは、あはは……」
「普通、影が離れるかっての……」
公園最寄りの駅はもう目前。
されど、一部の人間を除き、その足取りは、何故か重く。
呆然とする者、ブツブツと独り言を呟く者、現実から逃避しようとする者、頭を抱える者、様々である。
「ねぇ、クロちゃ?」
「みんな、どうしたの」
「ん、大丈夫だよ、気にしなくていい」
クロは二人の頭を優しく撫で回した。
「みんな、ちょっと戸惑ってるだけだから」
「とまど、う?」
「なんで、なの?」
「大きくなれば、解るよ」
「ふぅん」
でも、やっぱり不思議そう。
「ヴィヴィちゃん、どうなのかな?」
ヴィヴィオは双子よりもお姉さんだから、何となく解ります。だから、
「クロさんの、言うとおりだと思うよ」
二人に大きく頷きました。
「ふぅん……」
まだちょっと納得のいかない様子ですが、
「ヴィヴィちゃがそうゆうなら」
「それでいいや♪」
と言うことで、気にするのを止めて、歩きます。
と、そうする内に、ようやく駅前に到着。
まだまだ元気にはしゃぐ子供達。
その様子を微笑ましくクロが、些か気だるそうにセンが見つめる。
しかし、クロがふと振り向くと。
なのは以下、
その他大勢は、心なしかぐったりした表情を見せていた。
その様子に、クロは思わず、
「あの、本日はどうも、突然この世界に現れた、しがない旅人の私達のために――」
「せやから、はい、変に恐縮するの、禁止ぃッ!」
びしいッ! とクロを指さして、はやてが叫んだ。
「気持ちは解らんでも無いですけど、私ら、好きでやらせてもらうて、さっきも言ったばかりですやん」
「はやてちゃんの言うとおり。それは、私も言ったはずですよ?」
なのはが、しょうがないなぁ、と言うニュアンスも込めて、苦笑い。
「困った時は、お互い様だから」
「それに、おかげで今夜は楽しいことになりそうやし」
「楽しい、こと?」
「そうです」とはやてが頷く。
「なのはちゃんも思うてること。ふふ、帰ったら、な?」
「もちろん、歓迎パーティ、やらなくちゃ、ね?」
先程のぐったりした様子から、気力を取り戻した様子で、なのはが宣言した。
クロ、一瞬、目が点になる。
「えッ、あの、私達、の?」
己を指さして、あたふたした様子だ。
なのは、「もちろん」と頷いて、
「それに、せっかく、はやてちゃん達と休日が一緒だったんだし」
「久しぶりに、六課の一部再集結を祝すのもかねて、……ええなぁ♪」
「要は俺達のこと、そのダシにする訳かい?」
センは不敵な笑みを浮かべた。
「嫌ですか?」
はやてが、やはり不敵な笑みを浮かべる。
「全然、嫌じゃない。むしろ宴会大歓迎ッ!よぉしっ、酒だッ! 酒もってこぉいッッ!! 浴びるほど飲むぞぉぉッッッ!!!」
コウモリ、はしゃぎまくる、飛び回りまくる。
「おいおい、セン。私達はいわば居候――」
「遠慮はいらないと思うぜ、クロさん?」
「せっかく、この世界にいらしたからには、少しでも、多くの良い思い出を作られた方が宜しくはありませんか?」
「ヴィータさん、シグナムさん」
「それに、私達も久しぶりに楽しいお酒、飲めそうですし」
「シャマルさんも」
「私達、クロさんのこと、本当に歓迎したいんですよ」
「リインさんまで……」
クロ、嬉しいと思うより、むしろ心配になってきた。
おいおい、私達はつい今し方突然あなた達の目の前に現れた、言わばこの世界の不法侵入者みたいな者ですよ?
そんな人間をほいほい歓迎します、パーティしましょう、なんていともたやすく受け入れるってのは、些かやっぱり問題がありはしませんか?
て言うか、仮にもし私達が実は凶悪犯且つ逃亡者で、人殺しも全く厭わないようなならず者の本性を平然とひた隠せるような演技者で、
寝首かくのも平然と実行できるような人間だったら云々カンぬん、かくかくしかじか、うまうましまうま、エトセラえとせら――。
軽く混乱気味なクロの肩を、ポン、と叩く、小さな手が一つ。
「あんたが何考えてるか、何となくだけど解るよ」
それはアギトのものだった。
「だけど、そりゃ心配無用な話だと思う」
少し呆け気味のクロに構わず、アギトは続ける。
「あたしも、色々あって、最近、こいつらと一緒に生活し始めたんだけど、……まあ、底抜けとまでは行かないけど、人が良いよ」
「……」
「でもさ」
そう言って、アギトはクロの肩に乗った。
「一緒になって解った。こいつらも、色々辛いこと乗り越えて、今、そんな風に振る舞えるんだって」
「そう、なんですか」
「だからさ」
やおら、アギトはクロの頬をつねった。端から見ると、引っ張っているようにしか見えないが。
「痛たた、な、何を」
「もうちょっと気楽に行こうぜ。肩肘張らずにさ」
「痛い、いたい」
「大丈夫。あたしの言葉、信じてみろって」
アギト、手を離す。
「しばらく前までこいつらの敵だった、あたしの言葉を」
「ヘッ、そう、なんです、か?」
つねられた頬をさすりつつ、クロは呆然としてつぶやいた。
その時だった。
「その通りよ、別世界から来た旅人さん」
品の良い、女性の声がした。
「その小さな烈火の剣精さんの言うとおり、なのはさんやはやてさん達は、あなたのことを心から受け入れてくれるはずだわ」
そして、声の主は駅舎から姿を現した。やはり品良く、しかし、聡明そうな婦人だった。
その婦人は、双子に目をやって、
「この可愛いおちびちゃん二人のことも、ね」
クロ以下その場の一同、一瞬言葉を失う。
「あら、思った以上にびっくりさせてしまったようね。こっそり影からあなた達のことを伺っていたのだけど、……いたずらが過ぎたかしら」
婦人は頬に手を当て、困った表情を浮かべる。何しろ、その場の様子と言えば。
クロやセンに双子は、突然のことで、ただ呆然。
なのはやはやて達は、まさかの出会いに拍子抜け、と言った顔をしていた。
アギトを除いて。
「おい、あんた、何であたしの二つ名を知っているんだ。ッ! まさか、あんた……」
「……ジャクスンさん、何でここに?」
「スパイ、……えッ、あの、はやて、このおばさんが、前に聞いた?」
「あの、皆さん、お知り合いの方ですか?」
「ええ」
クロの言葉に、なのはが頷いた。
「初めまして、アギトさん、それと旅人のクロさんにお連れの二人のおちびちゃん」
婦人は胸に手を当てて、
「私は、リン・ジャクスン。フリーのジャーナリストをやっています」
そう、自己紹介した。
「ジャーナリストって言うのは、新聞や雑誌の記事を書いたり提供したりする人のことですよ」
なのはの言葉に、クロとセンが頷いた。
双子もコクコクと頷きました。
「ああ、これはご丁寧に。私は、今更かも知れませんが、しがない旅人をしております、
クロと申します。こちらの二人は、双子の姉妹で、ニジュクとサンジュ」
クロ、いつも通りに慇懃に挨拶し、双子をそれぞれ紹介した。
「そして」と、センに目をやる。
「おまけのコウモリ、センです」
「……せめて、マスコット、って言ってくんない、クロさん?」
セン、もはや抗議する気力も起こらないようで、ただ涙目である。
「こちらこそ、ご丁寧にどうも」
リン・ジャクスンは手を差し出した。
それにクロが応じ、握手。
そしてアギトは、少し戸惑って、
「いや、あの、ジャクスンさん、あたしその、……さん付け、止めてくれねぇかな、いや、下さい。
あの、何か、……恥ずかしいってか、くすぐったい、って言うのか」
「そう? でも、失礼じゃないかしら?」
「いや、頼む、じゃなくて、お願いしま、す……」
「あー、アギちゃ、かおまっかー」
「ほんとだ、まっかっかー」
「うるせーッ! 笑うな、指さすな、ニジュク、サンジュッ!」
二人はアギトに怒鳴られて、でも「わーい♪」と笑って退散です。
そんな二人を「待ちやがれー」とアギトが追いかけ回し始めた。
「うふふ、元気いっぱい、って感じね」
ある種、微笑ましい光景に、リン・ジャクスンの顔がほころぶ。
「こんにちは、ジャクスンさん」
「ホンマ、お久しぶりです」
「本当、半年ぶりかしらね、なのはさん、はやてさん。それに、ヴォルケンリッターの皆さんも」
なのはとはやて、そしてはやての家族に、リン・ジャクスンは微笑み返した。
そんな彼女に、シグナムも声をかける。
「お久しぶりです、ジャクスンさん。あの、アギトの失礼は私が謝罪します。彼女は、まだ」
「大丈夫、解っているわ。彼女、人付き合いになれていないだけ」
そして、うん、と頷いて、
「でも、きっと、彼女なりの人付き合いの術を見つけられるでしょう。――あなた達と一緒に暮らしていれば」
「そうやったらええなって、私も思います」
「それ、さっきジャックさんにも言われてたな、あいつ」
「あら、この自然公園で?」
ヴィータの言葉に、リンは目を見張る。
「ええ。一時間ほど前、駐車場の方で」
シャマルが答えた。
「それは残念、ついさっきまで併設の植物園にいたのよ。最近のFAFの動向を少しでも伺うことのできるチャンスだったのに」
至極残念そうに、リン・ジャクスンは呟いた。
「その、ジャックさんを、追いかけていらっしゃるのですか?」
「ジャック、――ブッカー少佐を、と言うより、彼の属している組織と、それが対峙している存在を、と言うべきでしょうね」
リンは、クロにそう告げた。
「でも、今はそれだけではないわ」
「と、仰いますと、マダム?」
センが身を乗り出してくる。
「あら、マダムだなんて、このコウモリさんたら、うふふ。――そう、このなのはさんやはやてさん、
それにここにはいないフェイトさん達とその仲間、教え子さん達の動向を追いかけるのも今の仕事かしら」
「そうなんだよなー、この人、結構しつこく聞いてくるからなー」
ヴィータが不意にげんなりとした顔になった。
「うふふ、ごめんなさいね、それが私の仕事だから。でも、今回は残念ながらあなた達の取材予定はないの」
「アポイント、入ってませんしね」
と、なのは。
「でも、それなら、ここでもやれるんじゃないですか?」
そう尋ねたのは、リインだった。
「そうなのだけど、色々仕事が入ってて、今ここにいるのも、束の間の息抜きのため、ってところだから」
リン・ジャクスンは苦笑した。
「これから明日のインタビューに備えてクラナガンのホテルに帰るところなの。もうすぐ来る快速列車に乗ってね」
「私達、その後の各駅停車の電車に乗る予定やから、ホンマ、ちょっと残念ですわ」
「ええ、とっても残念だわ」
リンは、はやてに頷いた。
「でも、嬉しい出会いもあった」
そう言うと、「ごめんなさいね」と断って、走り疲れてハアハアと荒く息を、しかし、ニコニコしながらしている白い双子に、リンは近づいた。
「あっ」
「リンおばちゃん」
「あら、もう私の名前を? おばさん、嬉しいわ」
にこやかに微笑んで、リン・ジャクスンは二人の頭を優しく撫でる。
「ええっと、あなたが」
「ニジュクっ!」
「で、あなたが」
「サンジュっ!」
「そう、とっても不思議な響の名前ね」
撫でながら言った。
「でも、二人にお似合いの、とっても可愛らしい名前だわ」
「えへへぇー」
「なんか、てれるぅ」
「うふふ。それにしても、二人ともさっき空を飛んでいたでしょう?」
「おばちゃ、みてたの?」
「ええ。とても気持ちよさそうに飛んでいるのを、ね」
「おばちゃん、わかるの?」
「何となくだったけど、ね」
そう言って、またリンは微笑んだ。
「うん、そうだよ」
「きもち、とってもよかったよ」
「いつものかぜやきのにおいとは、ちょとちがうかおり、してたけど」
「でも、やっぱりものすごくいいかおりしてて、とってもきもちよかった」
「おひさまもぽかぽかだった」
「かぜがゆらゆら、ちょっとこそばしかったかな」
「そう、とても楽しかったのね」
「「うんっっ!!」」
二人はヒマワリのような笑顔をリンおばさんに投げかけました。
「うん、二人ともおばさんに話してくれてありがとう。これはね、そのお礼」
そう言って、リンは二人に白い包み紙にくるんだものを差し出す。
「これ、なに?」
「ミルクキャンディーよ。どうぞ召し上がれ」
「ほんとに、いいの?」
「ええ、どうぞ」
言われて二人は「ありがとう」と言うと、早速口に放り込みます。
そして、すぐにお耳と尻尾がピンッ、と立ちました。
「まあ、気に入ってもらえたみたいね」
双子はリンおばさんにコクコク頷きました。
「じゃあ、サービスしちゃおうかしら」
リン・ジャクスンはそう言うと、袋ごと二人に差し出した。
「仲良く、食べてちょうだいね」
双子のお顔が、更にぱぁっと明るくなります。
「「ありがとうっっ!!」」
元気よくお礼を言って、「クロちゃぁあっ」「おばちゃんからもらったぁっ」と、クロめがけて駆けていきました。
その様子を微笑ましく見つめつつ、リンは歩いてクロ達にまた合流した。
「良いなぁ、二人とも……」
ヴィヴィオは、はしゃぐ二人を見てしょぼんとしています。
そんなヴィヴィオに、「はい」とそっとリンが袋を差し出す。
「……チュッ◯チャッ◯スだぁっ♪」
曇ったお顔が、ぱあっと明るくなりました。
そう、チュッ◯チャッ◯スの袋詰めでした。
「この間、約束してたでしょう?」
「忘れてなかったんだね、ありがとう♪」
「いいえ、どういたしまして。――ねぇ、学校は、楽しい?」
「えっ? うん、楽しい、よ……」
微かに顔を、また曇らせたヴィヴィオに、
「……えっ?」
リンは何も言わず、そっと抱きしめた。
ヴィヴィオの耳元で囁く。
「何かあったら、なのはママでも、フェイトママでも良いわ、必ず、誰かに伝えるのよ」
ヴィヴィオは黙って聞いています。
「私に電話でも良い、必ず誰かに話しなさい。必ず、誰かがあなたの心強い味方になってくれるわ」
優しく髪を撫で、優しくリンは諭す。
「あなたは一人じゃないわ、ヴィヴィオ。それだけは、解って、ね」
「……うん、ありがとう、リンおばさん」
ヴィヴィオは、心の底から暖かくなっていく自分を、感じていました。
そして、いつの間にかまた、ニジュクとサンジュがリンおばさんによって来ました。
「どしたの、ヴィヴィちゃ?」
「おばちゃん、なにしてるの?」
「うん、ちょっと、ね」「ねー♪」
おばさんとヴィヴィオは、笑って顔を見合わせます。
「そうそう三人とも、今渡したものは、仲良く分けあうこと。独り占めしちゃ、ダメよ?」
「うん、もちろん!」「はーい!」「わかったのー!」
「うふふ、良いお返事だわ。――あら、もうこんな時間」
リンは残念そうに時計を見て、言った。
「じゃ、私はそろそろ行くわね」
「おばさん、またねー」「またねー」「きゃんでぃー、ありがとー」
子供達に手を振って、スーツケースを手にしたリン・ジャクスンに、
「あの、ジャクスンさん、お忙しい中でいつもヴィヴィオにお土産をありがとうございます」
なのはが声をかけ、礼を言った。
「良いのよ。好きでやっているのだから、気になさらないで」
リンははにかみながら、手を振って、
「あと、あの子のお話、もっと聞いてあげて。お仕事で疲れているかも知れないけど、
それが、家族というものだから。――もっとも、解ってらっしゃるでしょうけど」
「……はい、努力します」
なのははリン・ジャクスンを見つめて、頷く。
「ジャクスンさん、私の連れの双子にも、お菓子をありがとうございました」
なのはに続いて、クロが礼を言った。
「うふふ、本当に可愛らしいおちびちゃん達ね。あの二人は、ご家族、……ではないわね」
我ながら的はずれな質問だと思って、リンは苦笑した。外見から、解るではないか、と。
「ひょんなことから最近、共に旅をするようになりまして。色々、大変です」
クロも、微かに苦笑。
「でも、決して、嫌ではないのでしょう? あの子達の笑顔を見ていると、そう思えるのだけど」
「……たぶん、そうだと思います」
はにかみながら、クロは答えた。
リンは、「正直な人」と微笑む。
「本当、あなたにも会えて、ちょっと話もできて、良かったと思うわ。私こそ、ありがとう、クロさん」
「ジャクスンさん……」
「それにしても、この世界に来ると、いつでも新鮮な出会いが待ってる。特に人との出会いがね」
「そうなんですか」
「まるで、ターミナル駅みたいな世界だわ」
「ターミナル駅、みたい、な?」
「ええ、そうよ」リンはにっこりと微笑む。
「様々な世界から多くの人がやって来て、行き交って、また様々な世界に旅立っていくターミナル駅。
気付かなければ、ただすれ違うだけ。でも、ふと気付いて話してみれば、更に世界が広がっていく、
自分の世界が更に広く、――そんな出会いのある、ね。だから、この世界に来ることが、例え仕事でも楽しくて仕方ないの」
「はあ……」
「だから、あなたもこの世界を思い切り楽しんじゃいなさいな。そうすれば、世界の広がった自分に、出会えるわ、きっと」
そして、なのは達にそっと目をやって、クロに戻す。
「あなたと彼女達との出会いは、きっとそういうこと」
「……できるでしょうか、私に」
「それもまた、旅をすることなのではなくて?」
言われてクロは、はッ、となった。
「解りました、せっかくですし、私も楽しんでみましょう」
「それが良いわ」と、微笑んで
「じゃあ、本当に時間だから」
なのは達に手を振り、
「あの、ジャクスンさん、明日のインタビューの相手って、誰ですの」
はやての問いかけに、
「スカリエッティ容疑者よ。彼直々の指名なの」
肩を軽くすくめて、はにかみながらリンは言った。
驚く一同に、目もくれない様子で、
「それじゃあ、また会いましょう、皆さん。それと、棺を担いだ黒い旅人さんと、そのお連れの可愛いおちびちゃん達の旅が、
幸せに満ちたものであることを、お祈りしているわ」
そう言って、リン・ジャクスンは駅舎の奥に、スーツケースを手で押ししつつ、消えていった。
「何か、不思議なというか、面白いというか、そんな人だったな」
しみじみと、センが呟く。
「歩く好奇心の塊、みたいな人ですから」
「おい、シャマル、良いのかそんなこと言って」
「そう言うヴィータちゃんは、今どんな顔をしているのかしら、ふふ」
「ま、言わなくても解るだろ、へへ」
「何となく、シャマルさんの言われたことも解るような気がします」
「あと、世話好きなひとでもあるんよなぁ」
「だよねぇ」
「あと、おかしくれた」
「とってもやさしい、おばちゃん」
「だよね、ヴィヴィオのことも、優しくしてくれるし」
「でも、私もキャンディー、欲しかったですぅ」
「ヴィヴィオやチビ達から貰えばいいじゃん。相変わらず、いやしんぼだな」
「それにしても、あのスカリエッティ直々の、ですか」
「ホンマ、一流のジャーナリストって、すごいんやなぁ」
がやがやとその一画だけ、賑やかになる。
そして、クロはふと思った。
そう言えば、こんなに大人数で賑やかにおしゃべりするのって、どのくらいぶりだろうか。本当に久しぶりだ。そして、
「こんなにも楽しいもの、だったことなのに、……何で忘れてしまっていたのかな」
微かに、口に出していた。
「クロ」
センが声をかけた。
「あのマダムにも言われたろ。きっと、そう言うことなのさ」
そして、クロに顔を近づけて、
「楽しもうぜ、俺や、あの二匹みたいにな」
そして、
「もちろん、旅の目的を忘れない程度に、だけどな」
と付け加えて。
「……ああ、解ってる」
センにそう呟きつつ、
「だから、今はなのはさん達と、この世界を楽しんでみたい」
クロは、微笑んだ。
センは「もちろんだ」と言って、
「取り敢えずは、今晩、この世界の酒という酒を、浴びるほど飲んでやるぜぇ~~~ッッッ!!!」
「全く、センはいつもいつも」
クロは呆れ顔である。
「いつも二日酔いのコウモリを、介抱する身にも、なって貰いたいものだな」
「あっ、それは今回はシャマルすわぁ~ン♪にやって貰うから、無問題」
「ゑッ、決定事項なんですかッ!」
シャマル、あからさまに嫌そうである。
「ねえねえ、ヴィヴィちゃ」
「なに、ニジュク?」
「ぱーてぃ、って、たのしい?」
「楽しいよ」
「ねえねえ、ヴィヴィちゃん」
「なに、サンジュ?」
「ぱーてぃ、って、おもしろい?」
「もちろん、だって」
ヴィヴィオはにっこり微笑みました。
「ふくたいちょーやリインやアギトもいるしザフィーラもいるし、それに」
そして、がばっと二人を捕まえて、
「ニジュクとサンジュがいるもん、絶対、楽しいよ♪」
双子はそう言われて、「たのしみぃ♪」と、コロコロ笑ったのでした。
「さて、そろそろ電車が来る頃や、はよ切符買わんとな」
「そうですね、それでは私がみんなの分を、まとめて」
「シグナム、頼むわ」
一礼し、駅舎に入るシグナム。
「クロさん」
「はい、何でしょう、なのはさん」
「せっかくだし、この世界で欲しいものとか、食べたいものとかって、有りますか?」
「それは……」
特にありませんと言いかけて、止めた。そうだ、今はこの世界を楽しむと言ったばかりではないか。
「……ココア」「えっ?」
「この世界のココア、どんなものか、飲んでみたい、かな」
はにかむ、クロ。思わず、鍔で顔を隠す。
「ココア、ですか」
「ええ、割と、好きなもので。――あの、ここにはありますか?」
「ええ、もちろん。だって」
なのはが、言った。
「ここは、クロさんの世界に遠いようで、近いような世界ですから」
「……そう、でしたね」
そして、笑いあう。
「あーあ、何や、なのはちゃんは幼なじみを置いてけぼりにして。そのまんま、二人仲良うしてれば、いいんや」
「もしかして、はやてちゃん、妬いてるの?」
なのはがおどけた。
「んー……」
小さく唸って、突然、
「えッ?」「きゃッ!」
二人に抱きついた。
「私もクロさんと仲良うなりたいんやッ!」
そして「きゃっははッ」と笑った。
「もう、はやてちゃん」「あの、はやてさん」
「ええやろ? 絶対、楽しい筈やもん♪」
顔を見合わせる、三人。そして、
「にゃははは……」
「あっははは……」
「ふふ、全く、ふふふ……」
まるで幼い少女のように、笑いあったのだった。
陽は、更に傾きを増し、空は徐々に茜色に染まり始め、
「クロがあんな顔するの、何年ぶりだろうなあ」
センは、らしくない優しい笑みを、その顔に浮かべていた――。
旅を続けていると、誰でも必ず道に迷うもの。
そんな時は、素直に人に道を尋ねてみましょう。
強がって、恥ずかしがって、道を尋ね損ねて、道に迷うよりも。
「旅の恥はかき捨て」とは、つまりは、そう言うことなのでは、ないでしょうか。
『棺担ぎのクロ。リリカル旅話』
第三章・了
「おうっし、次はいよいよ酒が飲めるぞぉッ!芸のためなら、女房も泣かすんやッ!
とにかく酒だぁッ! 酒だ酒、酒もってこぉ」
カッきぃぃぃぃーーーんんッッ!!「あーーーれぇぇぇ……」(キラン☆)
「……なぁ、本当に、良かったのか?」
おーけー、ぐっじょぶ、ヴィータ♪
最終更新:2010年01月10日 02:07