Lyrical Magical Stylish
Mission 08 Thunder fowl
「待っていたぞ、魔剣士の息子よ、そして幼き魔導師よ」
広場全体を揺るがすほどの大声。そして、突如空を覆った雷雲の中から現れた巨大な鳥。ファントムと同じくムンドゥスに忠誠を誓う、魔鳥グリフォンである。
「やれやれ、ファントムの次はお前か。ドイツもコイツも諦めが悪いったりゃありゃしねぇ」
「ムンドゥス様に楯突く愚か者よ、この場で消滅させてくれよう!」
「ったく、人の話聞いちゃいねぇな」
「ダンテさん……」
面倒くさそうに愚痴をこぼすダンテに、なのはは自身を震わせる激戦の予感を伝える。ダンテはそんななのはに器用にウィンクを一つ飛ばすと、グリフォンを指差してこともなげに言った。
「そんな訳だなのは。アイツは空を飛んでるからな、頼むぜ?」
ダンテは空を飛べない、そしてなのはは空を飛べる。グリフォンは鳥である以上、ダンテのフィールドに最初から下りるわけがない。そんな簡単な計算からはじき出される、前衛なのは後衛ダンテ。
なのはもまた、それを理解していたからこそダンテに聞いたのだ。返ってきた予想通りの答えに、なのははレイジングハートを強く握り締め、不敵な笑顔で言い放った。
「……端っこでのんびり眺めてても構いませんよ?」
「ハッハッハ、さすがに援護位はしてやるさ」
グリフォンが翼を大きく広げ、戦闘態勢を取る。ダンテもまた両手にエボニー&アイボリーを構え、銃身がスパークを起こすほどに魔力を込める。
そしてなのはは大きく息を吸うと、グリフォンのフィールドである空へと舞い上がった。
「私と同じフィールドで戦うか。その驕り、後悔させてくれる!」
「そういうことは、私を撃墜してその後言ってよね。言っとくけど、空中戦で負ける気なんてないんだから」
「吹き飛べ―――!!!」
咆哮とともに放たれた雷撃は三発。直感を頼りにそれを避け、掠っただけでシールドが消し飛んだことになのはは戦慄する。
(……直撃もらったら終わり、か。でも、そんなのはここに来てからはずっとそうだった)
続けざまに放たれる雷光を、紙一重なんて贅沢を言わずにしっかり距離を取って避ける。
万が一目測を誤ってシールドが消えれば、その度にシールドを形成しなければならない。そんな無駄な魔力は使っていられない。
「ウオオオオオ―――!!!」
「小賢しい……!!」
ダンテが連射する二匹の獣はグリフォンの片翼を執拗に狙い続けている。ダンテがかつて取った戦法、翼を片方もげば鳥は空を飛べない
、それはグリフォンにも通じる。
己に攻撃が向けられることが極端に減った分、ダンテは殆ど動かずに砲台と化していた。その様子をチラリと窺ったなのはが、安堵半分苛立ち半分といったなんとも微妙な表情を見せる。
(時間を稼げばいい、ってこと? でも……そんなの……)
満足できない。納得できない。ダンテは言ったはずだ、なのはに頼むと。だったら、ダンテの攻撃はグリフォンの気をそらすただの援護、メインは自分が張る―――!!
「ディバインシューター!!」
高速で空を駆ける三発の魔弾は、グリフォンが撃った雷撃をすり抜け、ダンテが狙う方の翼に直撃する。体が大きい分狙いを外すことはありえない。
逆に、迫った雷撃を避けるのは容易いことではないが、出来ないことではない。
「これだったら……」
なのははさらに連続でディバインシューターを放つ。その間にも目まぐるしく位置を変え、グリフォンに的を絞らせない。
「フェイトちゃんの攻撃のほうが、百倍避けにくかった!!」
一度は自身を堕とし、そして激戦を繰り広げ、今は親友となった雷を操る魔導師、フェイト・テスタロッサ。フェイトとの戦いの経験から、なのはは雷に対して鋭い感覚を持っていた。
(行ける……!)
ダンテの射撃はどういうことか止む気配がない。銃弾一発一発には濃密な魔力が目で見て確認できるほどに宿っており、グリフォンの纏う雷の加護をものともせずに翼を痛めつける。
なのはの魔法もまた、フェイト用に作られた雷対策が、魔弾にグリフォンの加護を破る力を与えている。これならば、いずれグリフォンの翼は潰され、そして地上でダンテに炎の洗礼を浴びるだろう。
全てが、順調に行けば―――
「鬱陶しい……時間の無駄だ!!」
だが、世の中はそんなに甘くない。グリフォンが広場全体を覆いつくす雷のフィールドを発生させ、中にいるもの全てに無慈悲な雷撃が襲い掛かる。
「く……ライトニング・プロテクション!!」
かき消されるディバインシューターに気をやる余裕もなく、なのはは自身を襲う全方位の雷に対抗したワイドエリアの雷専用シールドを展開する。シールドと触れ合う雷が激しい発光を起こし、なのはの目を焼く。
ダンテもまた、銃撃を止め、全力でネヴァンを掻き鳴らしている。
グリフォンの放つ雷はその威力もさることながら、食らうと暫く痺れてロクに動けなくなるということを、以前の戦闘でイヤというほどに思い知らされていた。
「死ね」
激しい発光と、同時に起こる爆音。その中で、なのははグリフォンの声を聞いた。
「あ……」
プロテクションを突き破られる感覚。ヤバイと思った次の瞬間感じた、自身の体に”何か”が無数に突き刺さる感触。
呆然と体を見ると、グリフォンの羽根がデタラメに突き刺さっていた。愕然とする光景に、消し飛ぶシールド。そして、周囲に存在するのは触れたら体ごと消し飛ぶほどの雷撃のカーテン。
「Reacter purge」
「きゃああああああ!!!」
「なのは!!」
バリアジャケットの一部が消し飛ぶ。リアクターパージ、限界を超えたダメージを受けた際に発動する最後の自動防御魔法が、辛くもなのはを即死から救う。
だが、続いて感じるのは浮遊感。飛行魔法が消えたら、重力に従って落下するだけだ。
「間に合え!」
ダンテはすぐさまなのはの落下地点に向けて全力で走り出した。鬱陶しい雷も無視して、自身が迅雷の速度で以って広場を駆け抜ける。
なのはもまた、薄れゆく意識を必死に繋ぎ、レイジングハートを落とさないよう強く強く握り締める。
「消えろ!」
「させるか!!」
落下するなのは目掛けて放たれる死の一撃。それに抗うかのようにぶん投げられたリベリオンが避雷針の役目を果たしたか、ギリギリのところで雷を打ち消す。
「ウオオオオオ―――!!!」
なりふり構わぬ獣のような咆哮を上げ、矢のようなスライディング。ダンテは墜落死寸前のなのはをまさに間一髪で受け止めることに成功する。
だが、状況は最悪。空ではなのはへの追撃を邪魔されたグリフォンが、ならばとばかりに身動きの取れぬ二人目掛けて今までで最大の雷を落とそうと構えている。
「こりゃ、ヤバイか?」
なのはを抱きかかえたまま上を見上げてダンテは呟く。あの威力を完全に相殺できる手段は自分にはなく、また、なのはを抱えたまま無傷で避けるのは不可能だ。
だが、グリフォンが止めの一撃を放とうとした時、ダンテにとってもグリフォンにとっても完全に予想外の声がグリフォンの咆哮を遮る形で響く。
「消え失せるが―――」
「Divine buster」
ダンテは目を疑った。雷の直撃を受け、飛行すら出来なくなって落下したはずの、腕の中のなのは。
確かに、助けられたことに安堵して意識の確認はしなかった。だが、そのなのはがまさか爛々と目を輝かせていようとは誰が想像できようか。
「吹き飛べえぇぇぇぇ!!!」
ダンテの腕の中から放たれるなのは最強の一撃。既に発射体勢に入っていたグリフォンにそれを避けることなど出来やしない。
「グオオオオオオオオオオ!!!!」
発射寸前で爆発した雷が、ディバインバスターの威力に上乗せされる。
半分自爆する形で、グリフォンのいた空域一体が太陽と見間違うほどの白光に包まれた。その光に目を奪われていたダンテに、なのはの声が聞こえてくる。
「してやった、よね」
「……喋るな。治療に専念しとけ」
「こんなの、余裕です……」
「だから喋るなって」
ダンテの腕の中で、なのはが弱弱しい、けれど優しい光に包まれる。ユーノから学んだ治癒魔法をレイジングハートが自動で発動したものだ。
ダンテはゆっくりなのはをその場に横たえると、すぐ傍にネヴァンを突き立てフィールドを発生させる。これで多少なりとも雷撃は防げるだろう、というダンテの配慮だった。
「さて……レディにひどい仕打ちをしたこと、後悔してもらおうか」
怒りを隠さない声色で、収めていた二匹の獣を再度引きずり出し、銃身に今まででも最大の魔力を無理矢理ねじ込んでいく。目を焼いていた輝きも弱まり、その奥から未だ堕ちぬグリフォンが姿を現す。
だが、ディバインバスターに打ち抜かれたと思われる右足周辺は完全に吹き飛んでおり、自身の雷で焼かれた全身はところどころが激しく焦げている。ダメージは甚大なようだ。
これならばすぐにでも地上に引き摺り下ろせる。ダンテがそう考えたところで、ファントムに続きあり得ない台詞を聞いた。
「……今回はここまでだ」
「何?」
「この勝負、預けるぞ」
「! 待ちやがれ!!」
ダンテの制止は意味を成さず、バサリと翼を翻したグリフォンは自身が生み出した雷雲の中へと消えていった。咄嗟に放った銃弾がグリフォンを掠めるが、それも戦闘の継続に対しては役に立たなかったようだ。
そして、グリフォンが完全にこの場から姿を消したことを暗示するかのように雷雲もまた消滅していき、広場には最初の静寂が戻る。
「……どうなってんだ」
ダンテはリベリオンを呼び戻し、定位置である背中へと戻す。ファントムに続き辛くも退けることが出来たが、この程度で退く相手ではないことはダンテが一番よく知っていた。
二体の不可解な行動に謎は深まるばかりだが、今はそれでもよかった。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
あの時は咄嗟にグリフォンを逃すまいと声を上げてしまったが、あのまま戦闘を続ければ、なのはがどうなっていたか分からない。
今はとりあえず回復のための時間が取れただけでよしとするべきだ、ダンテは自分を納得させると、ネヴァンを引き抜いてなのはの横に腰を下ろした。
そんなダンテに、弱弱しいながらもしっかりとした声が聞こえる。横を見ると、なのはがダンテを見上げていた。
「……ごめんなさい。足、引っ張っちゃって」
「バカ言え、飛べるからって理由だけで前衛やらせた俺のミスだ。時間がかかっても、二人で地上に引き摺り下ろす算段を立てるべきだった。悪かったな」
「何言ってるんですか……前衛を任せてもらえて私は嬉しかったんですよ? ファントムのときは何も出来なかった、だから」
「汚名返上ってか? 冗談キツイぜ。そんなんで死なれた日には、俺はどうすればいいんだよ」
羽根に穿たれた傷跡は深く、雷に焼かれた傷跡はさらに深く。
治療を始めて時間が大して経ってないとはいえ、まだ起き上がることすら出来ないほどの重傷なのだ。ダンテは失態だったと強く自分を責める。
「……なのは」
「今さら、帰れ、なんて言いませんよね」
「……だけどよ」
ダンテはなのはを見る。今生きてるのは単純に運が良かったからだ。何か一つでも違っていたなら、なのはは死んでいた。
それが分からないなのはでもなし、ダンテは何とか言い含めようとするが、対するなのはの目は強い意志をたたえ、輝いていた。
「ダンテさん、言いましたよね? 相棒って」
「…………」
「私なら、大丈夫。今度こそ、ローストチキンにしてやりますから」
「はぁ……ったく、お前が一番人の話聞かねぇな。分かったよ、好きにしな」
暫く動けないほどの重傷のクセに口だけはでかく。それは、いつもダンテがしていることと全く同じだった。そんな相手には何を言っても無駄、というのはダンテ自身が一番知っている。
グリフォンの残した強力な悪魔の気が周囲一体には色濃く残留している。これがある限り、下級悪魔は出てこれない。期せずして得たしばしの休息の時間だった。
場所は大きく変わり、門の外。結界内で戦うクロノやフェイトをモニターで眺めながら、アースラのブリッジで座っていたリンディが呟く。
「……海鳴市の海域そのものを時空転移させます」
アースラのブリッジでリンディが下したのは苦渋の決断。ここまで大規模で、かつ安定してしまっている空間を転移させるとなれば、発生する時空震も相当なものになるだろう。
いくらリンディが魔導師として優れていると言っても、抑えきれるかどうかは分の悪い賭けになることは間違いない。
『提督!? それは……』
「分かっています。ですが、最悪の事態を考えた場合にはこれしか方法はない」
『く……』
現場から飛んできたクロノの驚きの声にも、答えは変わらない。つい先ほど、管理局本部では今回の極小次元断層をアルカンシェルで空間ごと消し飛ばすという決定がなされた。
たとえ海鳴を巻き込んでも、魔界が広がるのを看過するわけにはいかないということだ。
もちろん、現場で対応に当たっていたリンディは猛反対。だが、たとえ海鳴が消し飛んだとしても、それ以上の人々が救われるのならばという話を理解できないわけでもなかった。
結果として、アースラスタッフが抑えられる限りという条件付でアルカンシェルの即時発射は止められたが、それでもいつまで時間が稼げるか分かったものではない。
だが、海鳴の守護はもちろんのこと、門に消えたダンテとなのはの安否が確認できるまではどうしても門を死守しなければならない。
「準備します。エイミィ、しばらくよろしくね」
「ハイ……御武運を」
「ええ。任せてちょうだい」
リンディは提督の椅子を後にし、最大限の力を出せるよう自室に戻り準備をする。ここまで大きな魔法になると、服装から何から全てに気を使わなければならなかった。
やることは対プレシア・テスタロッサ戦で行ったことと同じだが、今回は規模が違う。どれだけ押さえ込んでも生じる時空震は甚大な被害をもたらすだろう。それでも、やらないわけには行かない。
「さて……頑張らないと、ね」
最後に、モニターから門を一睨み。魔導師として前線で動いていたときですら持ち得なかった気合を入れて、リンディは颯爽と歩き出した。
「ぐえ……」
「鼻つまんだって無駄だぜ、諦めな」
「……なんでそんな平然としてられるんですか」
「俺の事務所がある掃き溜めはこんな感じだからな」
治療が終了し、二人は広場を抜けて新たな場所へ来ていた。扉を潜った先にあった階段を抜けた、そこは下水道。あまりの悪臭に思わずなのはが帰りたくなったのも仕方の無いことかもしれない。
「まだいいじゃねーか。お前は空を飛べるんだし、靴やズボンが汚れることは無いだろ」
「まあ……確かにそうですけど」
高かったジーパンに汚水が跳ねるのを見て顔を顰めつつ、ダンテは飛んでるなのはを恨めしげに見る。靴はもう処分決定だろう。お気に入りだったが、仕方ない。
「しかし、随分滅茶苦茶な繋がりしてますね」
「そーだな。でもま、よくある話さ。魔界だからな」
「おかしく思わないんですか?」
「別に俺がここに住むわけじゃないからな」
「……そりゃそーですけど」
お互いぶつくさ文句を言いながら、T字路へやってきた。
「じゃ、そっちお願いします」
「ヘイヘイ」
ダンテは左に、なのはは右に。
ダンテが歩いていくと、更に曲がってその先に扉があり、頑丈そうな鉄格子で塞がれていた。その横には三つ並んだ穴が開いており、どうやらこれが封印のようだ。
「鍵になりそうなものは……ねーか」
「ダンテさーん! ちょっと来てくださーい!」
「おー」
コートの中を探ったが、もちろん何も無い。そこになのはからの声、聞こえたかどうかも分からない返事をしてダンテはなのはが消えたほうへと歩いていく。
そこには、特に何の変哲も無い扉の前でドアノブをガチャガチャ回しているなのはの姿があった。
「……やっぱ鍵がかかってるよ」
「ヘイ、どきな」
「お願いします」
なのははドアノブから手を離し、やって来たダンテに場を譲る。もしかしたら鍵を持っているのかも知れない、そんな期待を持ちつつなのははダンテを見て、そして目が点になった。
「うおらっ!!」
本物のヤクザキック。扉は盛大に吹っ飛んでいった。
「開いてたぜ」
「……随分無用心ですね」
他に言えることがなかった。二人は扉のあった穴を潜る。そこは先ほどの下水に比べて若干広い、部屋と呼べるスペースだった。
「あれですか?」
「ああ、間違いない。あれだ」
その奥に、おそらく、下水を抜け出すための扉、あの封印を解く鍵であろう、三叉の矛が突き刺さっているのが見えた。
「じゃ、ダンテさんお願いしますね」
「ったく……」
長さ的になのはが持つのはしんどい、分かっているのだが、何となく文句を言いつつダンテはそれを引っこ抜いた。と同時に、元扉の穴が赤い封印に覆われる。
「またですか?」
「そーいうこった」
壁を背にしていても安全ではない、そのことをよく知っている二人は部屋の中央へ陣取る。そしてなのはは死にたくなった。
「……うげ」
「ハハハ、あーいうのは嫌いか?」
「……ダンテさん、私を何だと思ってるんですか? か弱い乙女ですよ?」
「自分で自分のことをか弱い乙女とか言うなよ、つい噴き出しちまいそうになった」
下水を流し込んでいる配管から涌き出てきたのはベルゼバブ。耳障りな羽音を撒き散らしつつ、部屋を埋め尽くさんばかりに増殖していく。
さすがに、いくら優れた魔導師と言えどまだ子供、何だかんだ言ってこういったグロテスクな相手は苦手なんだろうとダンテが当たりをつけたところで、聞こえてきた呟きは憎悪に満ちていた。
「……最悪」
もう、見た目からして殺意が沸く。今まで何度も料理をダメにされたことか、考えただけでなのはは血管が切れそうになる。夏場なんか特にそうだった。作ったばかりのケーキを一瞬でオシャカにされたことは生涯忘れないだろう。
ダンテも真っ青なほどに赤く染まった怒りの炎がなのはを覆う、そんな幻を見たダンテは冷や汗をかきつつなのはに尋ねる。
「だったら―――」
「ここから、ついでに翠屋からいなくなれ!!」
どうする? と聞く前に浮いた光弾は七発。我先にと押し寄せるベルゼバブに向け、具現化したなのはの怒りが炸裂する。
厨房で殺虫剤を使うわけにはいかないとハエ叩きを持って必死に追いまわした腹立たしい記憶。逃げることなくむしろ向かってくる連中は今までの溜まりに溜まった怒りをぶつけるにはちょうどいい相手だ。
「……やれやれ、レディは怒らすもんじゃないな。だろ?」
あれほどの重傷を負っていたことなどおくびにも出さず、荒れ狂うディバインシューターでバカスカ蝿の悪魔、ベルゼバブを撃ち抜いていく。
そんな光景を眺めつつ、ダンテは近付いてきたベルゼバブに同意を求めながら、同意が得られる前にショットガンでぶっ飛ばした。
「こりゃ、俺の出番はねーなぁ」
360度見えてるのではないかと疑うほどの精密操作。周囲を飛び交うベルゼバブはあっという間に殲滅されていく。
だが、これで終りではない。ベルゼバブは二種類、互いが互いを補完する形でこの弱肉強食の魔界を生き延びてきたのだ。撃ち落とされた青いベルゼバブの死骸を、飛ばない緑のベルゼバブが喰っていく。
そのおぞましい光景を見たなのはの攻撃の手が思わず止まるのも、致し方ないだろう。
「うわ……夢に出てきそう」
「さすがに刺激が強かったか? なんなら代わるぜ」
「バカ言わないでください。ケーキをダメにされた仕返しは、まだ済んでないんです」
だが、そんな悪夢のような光景でさえも、なのはにとっては恐怖より怒りを呼び起こすものだった。仲間の死体を食べれるのなら―――
「何でわざわざ、人様の作った物を食べるの!!」
ついにプッツンした。なのはから巻き起こる魔力が暴風となって周囲一体に襲い掛かる。ダンテはその光景に割と本気でビビッていた。半分以上八つ当たりなのだが、そんなのは知ったことではない。
「こんの……クソボケェェェェェェ!!」
「……頼むから、天井が崩壊するほどの破壊だけはするなよ」
ダンテの呟きは、ベルゼバブの上げる悲鳴と、ダンテ自身が上げる銃声と、なのはが上げる叫びに虚しく掻き消されていった。
「怒りは収まったか?」
「ええ、まあ」
言葉とは裏腹に頭から湯気が見えそうななのはだったが、炎よりはマシか。ダンテは肩を竦めつつ、三叉の矛を鉄格子横の穴に突き刺した。鉄格子が上がり、そしてまた扉が赤く発光する。
「……やれやれ、運の悪いというか、空気の読めないというか、いろんな意味で大した連中だぜ」
背後から聞こえるのは先ほどと同じ羽音。ダンテは振り返ることすらしなかった。
「―――へぇ……まだ、足りないんだ」
隣のなのはが、レイジングハートにどう見てもオーバーキルにしかならない量の魔力を注ぎ込むのを確認していたから。
「ヘイヘイ、壁は壊すなよ? 天井が落ちてきたらたまらん」
「運がいいといいですね」
「おい!?」
「ディバインバスターーーーー!!」
思わず制止しようとしたダンテの手は間に合わず、なのはがディバインバスターをぶっ放した。哀れなベルゼバブの群は怒りの白光に飲み込まれ、文字通り塵一つ残さずに消滅する。
そして―――
ズズン……
天井から落ちる埃。ダンテは嫌な予感がした。
ビシビシッ!
天井にヒビが走る。さすがに我を取り戻したか、なのはが冷や汗をかく。
「走るぞっ!」
「……ったく、誰のせいですか!!」
「お前のせいだ!!」
封印の消えた扉を蹴破り、背後の天井が凄まじい音を立てて崩壊していく様子を感じたくもないのにハッキリと感じながら、二人は通路を全力で疾走した。
「ハァ……ハァ……二択、です、か?」
「ゼェ……ゼェ……いんや、多分、どっち、も、行かなきゃ、なんねーと、思うぜ」
最終更新:2008年03月13日 13:57