Lyrical Magical Stylish
Mission 09 Double duel



「ハァ……ハァ……二択、です、か?」
「ゼェ……ゼェ……いんや、多分、どっち、も、行かなきゃ、なんねーと、思うぜ」

 崩壊を続ける通路を走りぬけ、ようやくたどり着いた安全地帯。二人は息を整えながら次の展開について話し合う。
 その視線先には、上に降りるための階段が二つ、ダンテの言うとおり、どちらかが進む道であり、もう片方にはそのための鍵があるのだろう。だが、どっちがどっちかは行ってみないと分からなさそうだ。

「ふぅ……多分、一方が当りだ」
「……もう片方は?」
「Jackpot. 大当たりだ」

 何が当りで何が大当たりなのかを指すのか全く不明の説明になのはがげんなりした表情を見せるも、全く気にせずダンテは続ける。

「ヘイなのは、お前、右と左どっちが好きだ?」
「……近い方行きますよ」
「なんだなんだ、ノリが悪いな」
「ダンテさんがノリノリすぎなんですよ」
「んなことねーよ」

 やれやれ、とばかりになのははダンテを無視して右の階段を昇り始める。ダンテもまた、なのはを見送ると口笛一つ吹いて左の階段を昇ることにした。

「さて……何が出てくるのやら」





「ヒュウ、当りか」

 ダンテが着いた先はきちんと手入れされていれば庭園と呼べなくもない場所だった。ボロボロになった噴水が辛うじて役目を果たし、だが流れる水は淀んでいる。

「来タナ……忌マワシキすぱーだノ血族ヨ……」
「やれやれ、相変わらずモテル男はツラいぜ。そのくせ女運は最悪なんだ、どうにかならないか?」

 ダンテはリベリオンに手を掛けながら、まるで旧友に話をするかのように気さくにダンテを迎えた死神に相対する。
 デス・サイズ。死神系と括られる悪魔の中では最上位の存在であり、戦闘力は上級悪魔の中でもトップクラス。ダンテもまた、かつてデス・サイズの操る四本の鎌には随分と苦しめられた。
 だが、この部屋は大当たりではなさそうだ。デス・サイズが護るように背後に存在する扉は封印が施されており、どうやらデス・サイズを倒す以外にもう一つ鍵が必要になりそうである。

「やれやれ、なのはのヤツも運がいいんだか悪いんだか」

 おそらく大当たりを引いたであろう、相棒に思いを馳せる。まあ、大丈夫だろうが。

「コノ場ヲ貴様ノ墓ニシテクレヨウゾ……!!」
「ソイツは気が合うね。俺もそう思ってたんだ」

 人間を狩る悪魔と、悪魔を狩る人間。二人の狩人が、己の信念を賭けて激突する。

「派手に踊ろうぜ!!」

 デス・サイズの鎌とダンテのリベリオンが、激闘開始といわんばかりに激しい火花を散らす。今ここに、戦いの火蓋が切って落とされた。

「イヤァッ!!」
「ヌオッ!!」

 浮遊し、上からの利を生かそうとするデス・サイズと、エア・ハイクや壁蹴りを駆使して同じ位置で戦うダンテ。
デス・サイズは最初から四本の鎌を操る全力モードで、ダンテもまたそんなデス・サイズに対抗するべく速度を上げていく。
 死神に共通する弱点である頭部を狙った空中で放ったとは思えないほど威力の乗った横薙ぎの一撃は、デス・サイズの背後から飛来した鎌に阻まれ、よろけた隙に襲い掛かるもう一本の鎌をダンテは仕返しとばかりに足場としてさらに上に飛ぶ。

「オオオッ!!」

 全体重を乗せた渾身の兜割。だが、デス・サイズは辛くもその一撃を二本の鎌を交差させて受け止め、両手が塞がったダンテに残る二本の鎌を前後から挟むように投げつける。
普通に考えたらかわせない一撃だが、ダンテは普通ではない。

「ハッハァ!」

 剣と鎌が交差する一点、そこを支点にダンテの体がデス・サイズの背後へと跳ねる。物理法則をまるで無視したキチガイじみたアクロバティックで迫る鎌を避けると、回転の勢いを乗せて剣を叩きつける。
吸い込まれるように迸った剣閃は、デス・サイズが間一髪で空間を渡って逃げたことにより、空振りに終わる。

「チッ、相変わらずすばしっこい」

 だが、不平を言う口とは裏腹に表情は強敵との死闘に対する歓喜に喜びを隠せない。着地し、リベリオンをだらんと下げたダンテはデス・サイズが出てくるのを待つ。

「オノレェ……!」
「ハハハ、ダンスは苦手か?」
「許サンゾォ!!」
「ヘイヘイ、ちゃんと話は聞けよ。誰も許してくれなんて言ってないぜ?」
「ヌオオオオオオッ!!」
「やれ、やれ」

 ダンテがリベリオンを振り上げようとした刹那、周囲に突風が巻き起こる。

「おっと」

 デス・サイズの発生させる小規模な竜巻だ。身動きを封じられた状態で高く跳ね上げられ、そのまま四つの鎌で串刺しにする、デス・サイズの必勝パターンの一つ。

「死ネエエエエエ!!」

 だが、ダンテにとって空中など地上と何ら変わりない。一つ目の鎌をリベリオンで弾き、その反動で二つ目を避け、同時に迫る三つ目と四つ目は空中で銃を乱射することにより落下速度と軌道を変えてあっさり避ける。
 なのはがこの光景を見ていたら絶句しているだろう、そんな魔技を楽々やってのけ、さらにエア・ハイクでデス・サイズの上を取る。

「たまげただろ?」

 笑みをさらに深め、ダンテはリベリオンをぶん投げる。空中でのラウンド・トリップ、回転する剣はデス・サイズの頭部を掠めるだけに終わるが、その一瞬の停滞にダンテは準備を済ませていた。

「竜巻が、お前だけの専売だって思うなよ?」

 取り出したのはアグニ&ルドラ。ダンテは二本を連結させると、連結部を両手で持ち、猛烈な速度で回転させる。
風と炎、二つの属性が相乗効果を発揮し、デス・サイズの起こしたものよりはるかに強力な竜巻が発生する。吹き荒れる暴風を突き破って、ダンテとアグニ&ルドラの奇声が力強く響き渡る。

「Yeaaaaaaaah!! Tempest!!!」
「「Genocide storm!!!」」
「グオオオオオオオオッ!!!」

 逃げ切れず、魔力が実体化しているだけの外套が炎に巻かれ、焼け落ちていく。破れかぶれに放った鎌も、圧倒的な竜巻に阻まれ中心のダンテを刺し貫くには至らない。

「さあ、メインディッシュと行くぜ!!」

 竜巻に巻き込まれ、自身のすぐ側までデス・サイズが吹き上げられる。ダンテは凶悪な笑みを浮かべるとテンペストを止め、アグニ&ルドラの連結を解除、そして必殺のスカイダンスを叩き込む。

「イィィィィヤッハアァァァ!!」

 とても手の力だけで振っているとは思えない馬鹿げてる威力の連斬がデス・サイズを襲う。呼び戻した二本の鎌で必死に防ぐが、ダンテは全くお構い無しで攻撃を続け―――


ピシリ


 頑強な鎌に皹が入る音が聞こえただろうか。

「ヌオオオオオオオッ!!!」
「イッちまいなぁ!!」

 最後の仕上げと放たれた、二刀あわせての回転斬りが、デス・サイズの鎌を破壊し、それでも勢いを全く緩めぬまま頭部を何度も何度も斬りつける。

「ハッハァァ!!」

 大地に叩きつける最後の一撃、迸る爆炎と暴風。頭部の強力な魔力を纏った見事な骸骨は角が叩き斬られ、いつ割れてもおかしくないほどに罅割れている。
全ての攻撃を直で貰ったデス・サイズは吹き飛ばされ、それでもまだ死なぬとばかりに砕け散った鎌を再生させる。
 だが、ダンテはもう終わったとばかりにアグニ&ルドラを収めると、デス・サイズに背を向ける。

「貴様アアァァァァ!!!」

 高位悪魔の余裕も矜持もズタズタにされた。この男だけは絶対に許すわけにはいかない、デス・サイズは最後の力を振り絞ってダンテに飛び掛ろうとし―――

「Jackpot」

 デス・サイズの背後から飛来したリベリオンが、デス・サイズに死をもたらした。

「バカナ……」

 自身の頭部を破壊し、ダンテの腕に収まるリベリオン。それが、デス・サイズが悪魔としての長い長い生を終えるときに見た最後の光景だった。

「Too easy. ちゃんと周りを見ろよな、怪我すっからよ」

 アグニ&ルドラでテンペストを起こす前に放ったラウンド・トリップ。本当はスカイダンスだけで決めて最後に格好よくリベリオンを掴み取ろうと思っていたが、まあこういうのもありだろう。

「どーせ観客もいねーしな」

 やれやれ、とダンテは封印された扉の横に座り込む。テンペストを発生させている際に放たれた鎌はダンテを貫くには至らなかったが、その切っ先は確かにダンテを捕らえていたのだ。
鋭い切っ先に込められた信じられないほどの呪いが、ダンテの内側で暴れている。

「ったくよ……」

 だが、ダンテが気にしているのは傷ではなくてコートだった。大事な一張羅に穴が開いてしまっていたのだ。
 確かに傷を負ったし、呪いのせいだろうか、治りの遅い傷跡からは今なお少量ではあるが出血している。それでも、ほっとけば治ると言わんばかりにダンテはコートに開いた穴をどうしたもんかと見つめていた。

「弁償、ってわけにもいかねーし……あ、そうだ。オイコラお前等」
「「……なんだ、我等を駆る者よ」」

 と、そこでダンテは重要なことを思い出したとばかりにアグニ&ルドラを取り出す。ダンテの形相と呼びかけに、喋らないという約束をしていたはずの二本が返答する。


ガギン!


 その返事と同時に、ダンテが二本の柄を衝突させた。

「喋んなって言っただろーが。竜巻ん時に喋りやがって」
「「……済まぬ、つい」」


ガギンガギンガギンガギン


「……もう喋るんじゃねーぞ。次やったら捨てるからな」
「「…………」」
「……Good(それでいい)」

 ダンテは満足そうに二本を再び収めると、おそらく大当たりを引いたであろう、なのはの到着を待つことにした。あまりに遅いようなら念話で状況を聞いたうえで助けに行くつもりだが、さすがにまだ早い。
 そのなのははどうしているのかと言うと―――




 ―――少し、時間を戻そう。
 ダンテがデス・サイズと邂逅していた頃、なのはもまた階段を昇り切り、扉を開けていた。

「う……寒……」

 なのはが開けた扉の先は、今までとはうって変わって極寒の地であった。決闘場のような開けた場所なのだが、壁に張り付いた分厚い氷が空間を随分と狭めている。

「当たりか大当たりか、どっちだろ……」

 なのはは白い息を吐きながら、とりあえず奥に向かって進む。周囲を探ってみた限り、部屋の奥に巨大な犬に似た何かの氷漬けがある程度で、ここには悪魔の気配はない。
それもそのはず、ここは氷の門番が守護する場所なのだから、有象無象の悪魔が出てこれる場所ではなく、また、出てくる必要もないのだ。もっとも、なのははそんなこと知らないのであるが。

「何もなさそう……氷を壊さなきゃいけないんだったらめんどくさいなぁ」

 パッと見た感じ扉もなく、これといって鍵となりそうなものもない。だが、この広大なフロアの氷を全て破壊しないといけないとなると相当の消費が見込まれる。
とりあえず周囲を探ってからでも遅くはない。なのはは慎重にフロアの中心へと歩を進め―――

「グオオオオオオオオオオオオ!!」
「!!」

 突如響き渡った、ドーム全体を揺るがすほどの叫び声に、なのははレイジングハートを握り締め、声のしたほうを向く。今の今まで悪魔がいる気配がなかったのだ。

「……彫像だと思ったんだけどなー」

 それもそのはず、門番は氷の奥深くで眠っていたのだから、気配なんかするはずなかったのだ。
地獄の番犬、ケルベロスが動き出した際に飛んできた氷塊を弾き飛ばした後、霧氷の奥から現れた悪魔の姿を焼き付ける。

「立ち去れ! 人間!!」
「……うわ、喋った」
「ここは力なき者は入ることすら許されぬ聖域、死にたくなければすぐさま引き返せ!」

 なのはは、犬のような悪魔が喋ったことに驚き、そしてその内容のあまりの定型っぷりに溜息を漏らす。よりにもよって魔界を聖域と言うか。
確かに一瞬飲まれたが、すぐに落ち着きを取り戻したなのはは、なのは曰く頭の悪そうな悪魔に自身が持てる最大の侮蔑を込めて挑発する。

「はぁ……喋る犬なんて、随分珍しい。ワンちゃんコンクールに出たらどうかな? 優勝間違い無しだと思うよ」
「愚弄する気か、小娘!」

 吐き出された氷のブレスを飛び上がって何事もなかったかのように回避。
人間だの小娘だのという呼ばれ方に結構腹が立っているなのはは、軽々と攻撃を避けれたことも手伝ってか、さらに嘲りの言葉を投げつける。

「Easy Fido.落ち着きなよワンちゃん。それとも散歩の時間かな? ほーらいい子いい子」

 ダンテならもっと嘲りたっぷりに言えたかも、なんて考えながら、なのはは挑発を繰り返す。ケルベロスは己を恐れぬばかりか、かつて己を倒した悪魔狩人と同じことを言うなのはに激しい怒りを覚える。

「後悔するぞ!」

 グオオオオオオ! という咆哮と共に、自身を縛る氷の鎖を断ち切り、戦闘態勢に入るケルベロスを眺めながら、
なのははダンテの真似をしてレイジングハートをチアリーダーのようにクルクルと振り回し、ケルベロスに突きつけた。

「It's showtime! 上下関係も分からないおバカさんは私が躾けてやる!!」

 それが、戦闘開始の合図だった。なのはの挑発に完全にキレたケルベロスは、三つの口から巨大な氷塊とブリザードを織り交ぜて広範囲にわたるブレス攻撃。

「目は見えてる? 私はこっちだよ、ウスノロ」

 それをフライヤーフィンで易々とかわしたなのはは、お返しとばかりにディバインシューターを正確に操り、巨体の中では小さい目を打ち抜く。
だが、それはケルベロスを覆う氷の壁に阻まれ、本体にダメージを与えることはない。

「ヒュゥ、やるじゃん?」

 吐き出されるブレス攻撃と上空からの氷柱をかわしつつ、ディバインシューターが掠り傷一つつけられなかったことに対してなのはは番犬を少し見直す。

「その程度、我を傷つけられると思うな!!」

(ちょっと大変かも……)

 気合を入れなおしたなのはは、五月蝿い咆哮を無視して戦略を一から考える。とりあえず、単純に防御力が高いだけなのか、あの氷がバリアの代わりをしているのかを確かめないといけない。

(よし、これで!)

 戦略を立てたなのはは、先ほど不発に終わったディバインシューターを、今度は氷の薄そうな足目掛けて放つ。直撃した魔弾はケルベロスの足を覆っていた氷を破壊し、剥き出しにされた足に僅かだが傷を刻む。

(成る程、あれはバリアの代わりなんだ。なら、氷をどうにかした後で顔に一発ぶち込んでやればいい)

 攻略の糸口は掴んだ。だが、手札が足りない。アルフの使うバリアブレイクが使えれば話は違うのだろうが、と考えたところで、バリアブレイクという単語がなのはに閃きをもたらす。
だが、あれは最後の切り札、なるべくならば使いたくはない。どこで誰に見られているか分からない以上、手札はギリギリまで伏せたかった。

(……あれは最後の手段として、今は魔法で何とかするのを考えよう。でも、ディバインシューターでもダメだったならディバインバスターじゃないと顔の氷は割れそうにないかな)

 そこまではいい。だが、問題はディバインバスターを放つだけの詠唱時間が取れないということだ。ひっきりなしに放たれるブレスと氷柱の波状攻撃をかわし続けながら、魔法を練るのは不可能である。

「ちょこまかと小賢しい小娘が!」

(……完全無効化なのか、ダメージが蓄積するのか確かめよう。蓄積するなら、何回当てれば壊れるのかも知っとかないとって、あーもう五月蝿いなぁ)

 ダンテという強力な前衛が敵を抑えてくれていたことがこれほどまでにありがたいことだったなんて、と今さらながらに認識しつつ、なのはは魔弾の操作と攻撃の回避に集中する。
 そして、ディバインシューターを四度当てたところで顔の氷に皹が入った。それが理由かは分からないが、ケルベロスが攻撃方法を変える。

「グオオオオオオ!!」
「えっ……」

 なのはの周囲を霧氷が舞う。粉雪のようなそれは、なのはがケルベロスが生み出したものだと認識した直後、強烈なブリザードとなってなのはを襲う。

「!!」
「Protection」

 間一髪、レイジングハートが生み出したバリアがブリザードから身を護る。だが、いささか堅さが足りなかったらしい。
荒れ狂う氷の粒に、徐々に徐々にバリアは隙間を生み、されど、極小の弾丸にはその隙間でも十分。
僅かずつだが侵入してくる弾丸が、バリアジャケットに当たり弾け、そして遂になのはの体に傷を生む。

「ぐっ……」

 けれど、生み出したシールドを維持したまま新たなシールドを内部に構築することは出来ない。なのはは全力でシールドを打ち破ろうとする氷の嵐に耐える。

「いたた……」

 ギリギリではあったが、嵐がおさまるまでシールドは持ってくれた。それでも、ところどころバリアジャケットは裂かれ、白い肌から血が流れる。

「グオオオオオオオオオオ!!」

 だが、危機は去らない。嵐がおさまった事に安堵するまもなく、ケルベロスの巨体がなのは目掛けて猛スピードで突進してきたのだ。
何が起こったのか認識する暇もあらばこそ、身を貫く危機感に反応してなのはは身を翻す。

「こ、のぉっ!!」

 それもまた間一髪で上に飛んで避けるものの、首から突き出た刃のような氷柱がなのはの足を掠め、血が吹き出る。それほど深いわけでもないが、放っておくには少々危険な傷だ。

「やってくれるじゃない……」

 距離を取り、体勢を立て直す。ブレスと氷柱以外にも多彩な攻撃を仕掛けてくるケルベロス。ディバインシューターで顔の氷を打ち破っている時間はなさそうだ。なのはは戦略を練り直す。

(あんなにいろんな攻撃、全部見てるわけにはいかない。早めに倒さないと、傷が増えて集中力も落ちる。そしたら負ける)

 痛みは、今は精神力で押さえつけられている。だが、それもいつまで保つか分からない。さらに、どれもこれもまともに直撃を受ければそれだけで致命傷になりえる攻撃だ。
どれかの選択肢を見ることを放棄するわけにもいかない。とすれば、短期決戦に持ち込む以外道はない。

(あれだけ好き放題挑発したんだし、負けたら凄くかっこ悪いよね)

 それになにより、今この身は最強の悪魔狩人、ダンテの相棒を務めているのだ。この程度の相手も一人で倒せないようならば、この先ダンテの足を引っ張る以外にやることがない。それだけは絶対に認められない。

(……あ、足のバリアが治ってる)

 見ると、ディバインシューターで打ち抜いたケルベロスの足が再び氷に覆われている。
ブリザードを防いでいる間や、突進をかわしたときは見れなかったが、ディバインシューターを顔に打ち込んでいる間はしっかりと見ていた。そのときはまだ治っていなかった。

(だったら、あれを治すにはそれなりの時間がかかるか、治す必要もないからほっといたかのどっちか。でも、確かめている術はない、それなりの時間がかかる、うん。間違いない)

 なのはの戦略にどうしても必要な最後の一ピース。バリアを破壊した後、ディバインバスターの詠唱を行う間にバリアが修復されてしまうのであれば、この戦略は通らない。
だが、一番重要な項目をダンテよろしく勘に任せて決め付けたなのはは、身を覆っていた防護フィールドを解き、三発のディバインシューターを周囲に纏わせつつ、フライヤーフィンに最大限の魔力を注ぎ込む。

「ヘイ! ワンちゃん、あんまりオイタすると痛い目見るって事、教えてあげる!」
「まだ言うか、小娘風情が!!」

 さあ、ショータイムの始まりだ。先ほどとは逆になのはが全速でケルベロスに向かって突進する。
 放たれる氷塊はスピードを殺さぬギリギリの範囲で避け、荒れ狂うブリザードは身に纏ったディバインシューターで致命打になりそうなものだけを叩き落す。
掠ったり、叩き落し損ねた細かいのが直撃したりであっという間に傷だらけになるが、そんなのはすべて無視して今まで出したなかでも最高峰のスピードでケルベロスの元へ到達する。

「ディバインシューター」
「「Blast!!」」
「ガアアアッ!?」

 なのはとレイジングハートの声が重なる。ケルベロスの眼前まで来たなのはは、纏ったディバインシューターを叩きつけ、自身は直角に飛び上がる。
破裂するディバインシューターとそれによって生じる粉塵がケルベロスの視界を塞ぎ、なのはに追撃は来ない。

「Got it! ベオウルフ!!」

 天井ギリギリまで飛び上がったなのはは、今までひた隠しにしてきたベオウルフを遂に両手足に装着、ケルベロスの頭上目掛けて垂直に急降下。
何も、拳を叩き付けるのは大地じゃなくたって構わないはずだ。

「Go to the hell!!」

 煙幕が晴れる。なのはの姿を見失っていたケルベロスが、声に反応して上を見たときには、なのはは既に眼前だった。

「ヴォルケイノ!!!」
「グオオオオオオッ!?」

 体重に重力と加速の魔法を上乗せした渾身のヴォルケイノが炸裂する。
迸った白光がケルベロスを覆っていた氷のバリアを一瞬にして粉々に吹き飛ばすように消滅させ、硬い氷に覆われていた柔らかい本体が露になる。

「さらに一発! Killer bee!!」

 さらに、ヴォルケイノの発光を再度の目くらましに利用しケルベロスの視界から消えたなのはは、反動と魔法でもう一度上空へ大きく飛びあがる。
そして、露になった足一本、その膝関節に狙いを定め、再度加速をつけて急降下。ヴォルケイノが周囲を攻撃する大槌だとするのであれば、こちらは一点を貫くまさに槍だ。
インパクトの瞬間、骨の砕け散る嫌な音が響き渡る。

「グオオオオオオオッ!!?」

 自身の体重が仇になった形で、足の一本を破壊されたケルベロスがその場にくず折れる。だが、それよりはやくなのははケルベロスと距離を取り、レイジングハートに己が魔力を叩き込んでいた。

「たまげたでしょ?」
「貴様あああっ!」

 ケルベロスは運が尽きたか、足の修復を先に行ってしまった。なのはの攻撃では、バリアごとケルベロスを打ち抜くにはどうしても多大な詠唱が必要なのだから、足など無視してバリアを先に修復するべきだったのだ。
だが、どんな情報も見逃さなかったなのはと、侮り、楽に叩き潰せると過信していたケルベロスの差が、ここで出た。

「ぶち抜け!!」
「Divine buster」

 裂帛の掛け声と共に、強烈な魔光が空間を引き裂く。一直線に突き進んだディバインバスターは、ケルベロスの頭を三つまとめてぶち抜いた。

「グオオオオオオオオオッ!!!」

 断末魔の叫び声。強烈な光に焼かれ、見えない目の中でなのはは確かに聞いていた。
 そして、つい口から漏れたのは期せずしてダンテと同じ呟きだった。

「……Jackpot」



 三つあった顔のうち二つを消し飛ばされ地に伏した地獄の番犬と、地に下りそれを見上げるなのは。視線の位置は逆なれど、勝敗は確かになのはの勝利で決していた。

「……貴様」
「なのは。高町なのは。まあ、この場合は”なのは様”かな?」
「…………」
「冗談だよ」
「……なのは、お前は力を示した。なのはを認めよう」
「ま、当然だよね。分かってくれて嬉しいな」

 全身に刻まれた裂傷をものともせず、なのははレイジングハートを肩に担いで不敵な笑顔を見せる。
サイズこそ違えど、かつて戦いそして破れた悪魔狩人にそっくりだ、ケルベロスは内心遠い記憶を僅かな間懐かしんだ。

「先に進むがよい。我が牙の加護を手に!」

 一際大きな咆哮とともにケルベロスの体が消滅する。だが、完全には消滅せず、僅かに残った光がゆっくりとなのはの元へ進んできた。
我が牙の加護を手に、という最後の言葉を思い出し、なのははそれに手を差し出す。すると、光は一際強く発光したかと思うと、レイジングハートへと吸い込まれていった。
とりあえず外見に変化はないが、なのはは思わず聞いてしまう。

「……レイジングハート、大丈夫?」
「No problem,master. You get the new power,Mode Ceruberus. Is a detailed explanation necessary?
(問題ありません。新たな力、モード・ケルベロスを入手しました。詳しい説明が必要ですか?)」
「……ううん、大丈夫。なんとなくわかるから」
「All right」
「じゃ、傷の治療お願いね」
「Yeah. please wait」

 なのはの体を優しい光が包み込む。徐々に傷の痛みが引いていく中、なのはは自身に湧き上がる新たな力を噛み締めていた。

(ヘイ、なのは)
(ダンテさん?)

 そんなとき、なのはから一向に連絡が来ないことに心配になったダンテから相変わらずノイズ交じりの念話が飛んできた。

(どうだ? 大当りだったか?)
(そりゃもう。詳しくは後で話しますよ)
(そーかい。ソイツは良かった。それよか、お前さんの部屋に鍵になりそうなものはないか?)
(鍵、ですか?)
(ああ。こっちの部屋は当りでね、門番は倒したんだが、鍵がない。そっちにないか?)
(ちょっと待ってください。探してみます)

 なのはは一旦念話を切り、周囲を見回してみる。すると、ケルベロスが護っていたと思われる祭壇のようなものがあり、明らかに怪しい何かが乗っていた。槍が二本くっ付いたようなものだ。

(ありました。多分、ですけど)
(ハッハッハ、ソイツはきっとジャックポットだ。悪いが、持ってきてくれや)
(ハイ、すぐ行きますね)

 あらかた治療も終わった。魔力は随分使ったが、それに見合うだけの力は得た。
これならば、今後激化するであろう戦闘においてもダンテの足を引っ張ることはそうそうないだろう。なのははダンテにどう話したものか考えながら、祭壇の上にあるオブジェを手に取った。





「随分暇そうですね」

 なのはが対なる二槍を持ってダンテを追うと、ダンテは封印がかけられた扉の前に座ってクルクルと銃を玩んでいた。なのはが近付いていく間にも、大あくびを隠そうともしない。

「まーな。門番は随分前にぶっ飛ばしたんだが、その後出てくる連中出てくる連中雑魚ばっかでよ」

 と言って、おもむろになのはにエボニーを突きつけぶっ放す。

「そうみたいですね」

 それを当然知っていたかのようなタイミングでなのはは首を右に倒し、避ける。頬をギリギリ掠めなかった銃弾は、なのはの背後に迫っていたエニグマを破壊した。

「で、お前さんはどうだったんだ? 大当たりだったんだろ?」
「大当たり、って程でもないですけどね。首の三つあるワンちゃんに上下を教えただけです」

 そう言いつつ、なのははレイジングハートをダンテに突きつけ、仕返しとばかりに魔法を解き放つ。

「首が三つ……ケルベロスか? ハハッ、大したもんじゃねーか」

 だが、ダンテもまた当たり前のように魔弾をかわし、背後に迫っていたヘル・プライドが一撃で元の砂へと還っていく。

「で、ソイツがご褒美か。ハハハ、当りだぜ、なのは。そこにある穴にぶっ刺しな」
「何だ、当たりだったんですか。外れてたらダンテさんを刺そうと思ったのに」
「サラッと怖いこと言うんじゃねーよ」

 互いが何も言わずに互いを攻撃したことを当然のようにスルーしつつ、なのははダンテが言うとおり、開いた二穴に二槍を刺し込んだ。鍵を得た扉が、封印を打ち破る。
その光景を眺めながら、ダンテは大したことでもないと言わんばかりに軽く告げる。

「で、この先はリターンマッチの時間だ」
「それって」
「ああ。グリフォン、アイツがこの先にいる」
「……成る程」
「で、どうする?」

 暗に、先ほどとは逆の立ち位置にするか? という質問にも、なのはの返答は決まっていた。ニヤリ、と笑みを深めてダンテの提案を突っぱねる。

「どうもこうも。せっかく得たケルちゃんの力を試す絶好の機会ですから、邪魔しないでくださいね」
「ハッ、そー言うと思ったぜ」

 二人は扉を押し開けた。そこにいたのは―――




「GAHAHAHAHA―――!!! 待ってたぜ坊や!!!」
「ここが貴様等の墓だ……」

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最終更新:2008年03月14日 21:12