Lyrical Magical Stylish
Mission 11 Killing shade
「……つくづく使えぬ連中だ。役立たずどもめ」
「そーいうテメーも相変わらず図体だけがでかいだけじゃねーのか? ええ、ムンドゥス!!」
ダンテの放った”ムンドゥス”の一言になのはの体を戦慄が走り抜ける。魔帝はこんなにも強大な存在だったのか、と。恐怖で叫びだしそうになる体を必死で押さえつけ、なのはは今回の騒動の元凶、その存在を心に刻む。
「囀るな、小物が」
「その小物に一度ぶっ飛ばされてるのはどっちだよ」
「ならば我が前に立って見せよ。その時こそ真の絶望を味あわせてやろう。ハーッハッハッハッハ!!!」
今はまだ、相手としてすら認められていないということか。霧散していくムンドゥスの気配に、なのはは憤りを覚えながらも今この場で戦闘にならなかったことに安堵の溜息を漏らす。
もっとも、ダンテは忌々しそうに舌打ちすると、消えゆくムンドゥスに中指を突き立てていたが。
「チッ……相変わらず胸糞ワリー野郎だぜ。なあ?」
「……そうですね」
「なんだ、ビビッたのか?」
「まさか。あんな俗物だとは思わなかったから驚いただけです」
正直に言えば、存在のレベルが違いすぎると思った。でも、ここまできた以上退くわけにはいかないのだ。震える心を鉄の意志で押さえつけ、なのはは虚空を睨んで言い放った。
「だってそうでしょう? グリフォンにしろファントムにしろ、自分、魔帝のために命を賭けて戦ったんですよ。それをあんな風に言うなんて、正気の沙汰とは思えない。そんなヤツ、私は絶対認めない。許さない」
言葉には表さなかったが、互いを認めて死闘を繰り広げた相手をああまで言われてはいい気はしない。レイジングハートを握り締める手にも自然と力が篭る。
「だったら、どうする?」
「決まってます。私たちを侮ったこと、後悔させてやる」
「いい返事だ」
二人は凶悪な笑みをかわす。確かに相手は桁違いの存在かも知れないが、こっちは二人だ。負ける要素などない。
「行こうか」
「ええ」
傷を治し終わった二人はコロシアム中央に出現したワープゾーンへ向かう。
戦いもいよいよ大詰め、最後のボスを今ここで確認できたことは僥倖だった。これから先、あれ以上の敵が出てくることはないだろう。ならばこの二人が歩みを強制的に止められることなどあり得ない。
そして二人は次の場所へと進む。
「ハハ、どうやらホントにもうすぐ終わりみたいだぜ」
「そうなんですか?」
「ああ。ここはテメンニグルの最上階へ続く回廊、これを登っていけばそこは終着点さ」
ワープゾーンに飛び込んだ二人がたどり着いた先は随分と急な角度がついた坂道の開始地点。円を描くように塔の周りを走る、その最後の道だった。
「この上に魔帝が……」
ついさっき圧倒的な存在を見せ付けた仇敵がすぐそこに、自然と手に力が篭っていたことに気付き、なのはは驚きそして自然と肩の力が抜ける。
「そんじゃ、行こうか」
「そうですね」
そしてゆっくりと坂を登る。と、なのははその途中に黒く染まったカーテンのようなものを見つけた。
「ダンテさん、あれ何ですか?」
「あ?」
「あの黒いの」
「……目が疲れてるのか? 何もないぜ」
「え、嘘」
むー、と目を凝らしてみるが、間違いなく黒い何かが坂を塞いでいる。だが、ダンテはそんなもの見えていないと言う。傷は癒したし、それでも目に異常があるのだとすれば早めに何とかしないと後々大変なことになりそうだ。
「どうした?」
「あ、あれ?」
だが、ダンテがそんななのはの心中に気付くわけも無い。唸るなのはを置いて歩いていってしまう。
そしてなのはがふっと気がつくとダンテがその黒い何かの中に消えていた。姿は見えないが、声は普通に聞こえることからどうやら特に何も無さそうで。
「大丈夫なんですか?」
「だから何が」
「……なんでもないです、今行きます」
気のせいだろうと考え、なのはもまたその中へ足を一歩踏み入れて。
「なのは?」
ダンテが後ろを振り返ると、なのはの姿がどこにもなかった。
「……ヘイヘイ、冗談キツイぜ?」
慌てて周囲を探ってみるが、今まで隣にあった気配が蜃気楼のように消え失せている。
「……あ、そーいやそーだっけ」
そしてダンテは思い出した。以前ここに来たとき、ここを護る己の影と戦ったことを。なのはもまたその試練を受けているのだろう。完全に忘却の彼方だった。
「やれやれ、待たなきゃならんのか」
ダンテは最後の階段、その一段目に腰掛けてなのはの帰還を待つことにした。
上まで行ったらおそらく今も己に殺気を叩きつけてくる相手を目の前にすることになる、そしたら我慢なんか出来るはずないという確信があったから。
ダンテはぼんやりと空を眺め、そして束の間降って沸いた休息の時間を満喫することにした。
「……ダンテさんの嘘つき、やっぱり何かあるんじゃないですか」
黒い何かに足を踏み入れた瞬間、襲ってきたのは軽い眩暈。そして目を開いてみると、今までとは何の脈絡もない場所に一人で立っていた。
周囲にダンテの気配がないことからも、分断させられたと判断し、軽率だったと悔いる。
「とりあえず出口は……」
周囲を見渡してみるが、暗くてよく見えない。だが、ぼんやりと見渡せる部屋の中には出口らしきものはどこにもなかった。
「……封印も特に無さそうだし、どういうことだろう」
唸っていても状況は好転しそうにもない。なのはは渋々周囲を探ろうとして、部屋の中心に何かが蠢いたのを確認する。
「なんだ、やっぱり……って、嘘」
酷く薄くではあるが、この部屋には光が射していた。そこから伸びるなのはの影が独りでに動き出し、立ち上がったのだから目を疑うのも当然だろう。
「……何これ」
動き出した影ははっきりとした姿を象る。なのはが目にした姿はよりにもよって―――
「……私?」
何もかもが暗黒に染まっているからはっきりと断言は出来ないが、頭の形から持つ杖まで何から何までそっくりだ。唯一違うところがあるとすれば表情と呼べるかも怪しい表情だけ。
「……私、そんな風に笑わないんだけど」
目と口だけがはっきりと分かる。獲物を見つけた動物、いや、いたぶって遊ぶ相手を見つけた悪魔。そんな笑顔だ。その表情になのはは青筋を浮かべ、おもむろに魔法をぶっ放した。
「ディバインシューター!!」
不意打ち気味に放たれた輝く魔弾は避ける間もなく影に直撃し、
「ちょっと!?」
何事もなかったかのように通り抜け、壁を叩いて霧散する。その間に影は肉薄し、振りかざしたレイジングハートで殴りかかってきていた。
「このっ!」
咄嗟に差し出したレイジングハートはやはり相手のレイジングハートを素通りし、そして影のレイジングハートがなのはの体を直撃。
なぜか刃のような鋭さで、バリアジャケットごと浅くではあるが袈裟懸けに切り裂かれる。
「!!」
返す刃で胴を薙ごうと動く影、受け切れないと判断してなのはは見てくれも気にせず大きく転がって距離を取る。斬られ、血を流す肩に手を添えながらなのはは呟いた。
「……何これ」
「Sorry, I've no data」
なのはの持つレイジングハートもまた、この異常事態に何のデータも持っていないようだ。
「……大丈夫」
だが、ここは魔界。常軌を逸していて当然なのだ。何が起こっているのかはわからないが、この短期間でわかった確かなことが一つだけある。
「こっちの攻撃は当たらないのに、向こうの攻撃は当たるってこと。だとすれば、必ず何か解決策があるはず」
突きつけられたのは最悪の現実。だが、まだあらゆる手段を尽くしたわけではない。それまでは、折れるわけにはいかない。
影のなのはは追撃をかけるでもなく、笑みを深くして挑発してきている。あんな笑い方をする相手に負けるのは自身の矜持が許さない。
「ベオウルフ、装着」
相手が影なのだとすれば、ダンテが光の属性を持つと言っていたベオウルフならば通じるのではないか。そう考えたなのははベオウルフを装着し、逆に影に向かって挑発をかます。
「この程度で勝った気になるのは早いんじゃない? 私はまだピンピンしてるよ、ノロマ野郎」
嘲笑と投げられた侮蔑の言葉に、影は再度なのはに向かって突っ込んでくる。
「ハッ、単純」
そのまま全く同じように袈裟懸けにレイジングハートを振りかぶり、叩きつける。だが、同じ攻撃を何度も食らうほど愚かではない。
振り下ろされる瞬間杖の軌道の内側に潜ったなのはは渾身の力を込めて影に拳を打ち込む。
「!? Shit!」
しかし、それも虚しく腕が影を突き抜けるだけで、ダメージが通った感触はない。それを見た影がお返しとばかりに嘲笑を浮かべ、そしてバランスを崩したなのはに向かってレイジングハートを突き出す。
「くっ!」
すんでのところで体を捻り、刺突を避ける。掠めた一撃がオートプロテクトを突き破って脇腹に傷を残していく。
「……どうしよう」
大きく転がり、さらに後ろに跳ね飛んで影と距離を取る。ベオウルフでも通じない、だとすれば、残る手は―――
「全力で、ぶっ飛ばす!!」
相変わらず影は対等な相手として見ていないのか、嫌な笑みを浮かべたまま悠長に手招きしている。単純にムカつくが、それにキレて突っ込むほどバカではない。突っ込むのは自分ではなく、魔法だ。
「Lyrical Magical Stylish!!」
収束する魔力。魔帝の腹心であるグリフォンすら射抜いた一撃に、耐えられるものなら耐えてみろ!
「ディバインバスター!!」
解き放たれた凶悪な一撃は歓喜の咆哮を上げ、自身を象る影に突き進む。だが、闇を滅する聖なる一撃を目にしてなおその余裕の笑みは全く崩れずに。
「……ヘイへーイ、冗談キツイよ?」
何事もなかったかのようにスルー。だが、なのは全力の一撃は影を透過した後、背後にあった壁を粉砕する。
「!」
そこから差し込むのは紛れもない光。範囲は狭いものの、射しこむ部分からは暗闇が消え失せている。
「……実験してみるしか、ないよね」
なのはの頭が凄まじい勢いで回転し、今起きた現象から一つの仮定を導き出す。そして、影を払うのはいつだって光だ、試してみる価値は十分にある。
「SYAAAAA!!」
「……上等」
そんな周囲の状況が見えていないのか、いよいよ止めをとばかりに咆哮を上げて突進してくる影。なのはは壁に背を預け、右手のベオウルフを確認。
背後を痛いほど意識しながら、視線は少しもそらさず、そのギリギリの瞬間を待つ。
「……今!!」
なのはを射程に捉えた影がレイジングハートを振りかぶる。反撃を全く予想していない一撃を目にし、なのはは右手を振り上げて―――
「砕けろぉ!!」
叩き付けた。影にではなく、なのはの背後の壁、そこにおさまる宝玉のような一点に。
「GYAAAAAA!!」
まるでガラスのように甲高い音を立てて壁が砕け散り、そこには反対と同じように光が差す。そして振り返ったなのはは見た、降り注ぐ光を浴び、悶絶する自身の影を。
「貰ったぁ!!」
回転の勢いを乗せた右ストレートが炸裂する。そこにあったのは、確かに何かを殴った感触。そして、同時に影の上げた叫びがダメージが通ったことを如実に表している。
「いける!」
だが、続いて繰り出した左の一撃は影が飛び退ったことで空を切る。それでも、なのはは自身の勝ちを確信した笑みを浮かべ、次の瞬間その笑みが驚愕に崩される。
「GAAAAAAA!!」
放たれたのは、真っ黒に染まったディバインバスター。フラッシュムーブで辛くもかわし、そしてディバインバスターが直撃した壁が直っていることに驚く。
「……危ない危ない。へぇ、そんな真似も出来るんだね」
それでも、自分の勝ちは揺るぎそうにもなかった。
なのははフィンを駆り、ドームの中央、天井の真下へと飛ぶ。
「でも残念。余裕なんか見せてないでとっとと倒せばよかったのにね」
周囲に舞う光弾は五つ。その真意を悟った影が慌てて次のディバインバスターを放とうとするが、時既に遅し。
「Fire!!」
全方位に一斉に放たれた光弾はその全てが完全なコントロールを見せ、残っている壁の宝玉を全て同時に破壊した。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
空間全てが一斉に光に満たされ、逃げ場を失った影が絶叫を上げる。それを上から見ていたなのはが満面の笑みとともに、自身を象った愚かな影に引導を渡した。
「バイバイ、中々楽しい見世物だったよ」
全てを焼き尽くす聖なる光は、今度こそ一撃の下になのはの影を光の彼方へ消し去った。
「Too easy. ま、笑い方がなってないよね。こうだよ、こう!」
ふわりと着地したなのはは、すでに消滅した影に向かって、ダンテから学んだ不敵で悪魔じみた笑顔を見せ付けるのだった。
「やれやれ……よかった、影がなくならなくて」
影がないのは生き返った死人だけで十分だ。実体がなくなると同時にちゃんと自分の足元に帰ってきた影を見て安堵の呟きを漏らす。
「さて、これで……って、また?」
その影が再度動いたかと思うと、再びなのはの姿を象った。
「……パワーアップしてるのかな?」
先ほどと違う点と言えば、真っ黒だった実体がきちんとした姿になっているという点だろうか。まるで鏡を見ているかのような気分でなのはは一歩踏み出す。
「……でもおかしいな、殺気がない」
影なのはは明確な殺気を持っていた。だが、今度はどうだ、なのはの動きに応じて一歩前に出てきたものの、戦いをおっぱじめようという空気にはなっていない。
「…………」
ひらひら、と手を振ってみる。すると相手も手を振る。中指を立ててみる、すると相手も立てる。
「……ムカッ」
自分と全く同じ姿をしたものに中指を立てられ、あっさりキレたなのははベオウルフでぶん殴ってやろうと右手を突き出して、相手の突き出したベオウルフ付きの左手と衝突する。
「……なにこ、え?」
なにこれ、と言おうとしたところで、二人目の影なのははドロドロと溶けていき、そしてまたなのはの影に収まった。
理解を超えた現象に考えることを諦めたなのははレイジングハートに聞く。
「……レイジングハート?」
「No problem, master. You get the new ability, mode Doppel ganger. Is a detailed explanation……
(問題ありません。新たな力、モード・ドッペルゲンガーを得ました。詳しい説明が……)」
「いやそうじゃなくて、何でもっと早く説明してくれないの?」
「……I thought that that was funny.(そのほうが面白いと思いました)」
「…………」
ダンテのせいか、魔界のせいか、随分とおかしくなった愛杖にこめかみをヒクつかせながら、それでも怒りの声をグッと飲み込んで溜息一つ。それで強引にここでの会話を終わらせた。
それと同時に、部屋の中央にコロシアムの時と同じようなワープゾーンが出現する。
「……行くよ」
「All right」
無機質な返事が少し笑いながら言ってるように聞こえたのはきっと気のせいだ。なのははレイジングハートを一振りして黙らせると、ワープゾーンへと足を踏み入れた。
突如その場に出現したなのはに驚いた風もなく、ダンテは銃の整備を終わらせて声をかけた。
「よお、意外と遅かったな。どうだった、自分は?」
「……分かってたならなんで」
「いや、忘れてたんだ」
「…………」
「だから、その可哀想な人を見る目はやめろっての」
じとーっ、と半眼で睨んでくるなのははどうしても苦手だ。ダンテは手を振り立ち上がって、影にやられたなのはの姿を見てヒョゥ、と口笛を吹く。
「ところでなのは―――」
「?」
「―――中々どうして、いい感じの格好じゃないか?」
「…………」
「あぶねぇな」
「えっち、すけべ、へんたい」
「子供か」
「子供です」
完全に自分と同じ姿をした影なのはが戻った際に傷は癒えた。だが、裂かれたバリアジャケットまでは戻らなかった。
一人だったし、理解を超えた現象が起こっていたことからもなのはは完全にそのことを失念していたのだ。
ちなみに、ダンテの「あぶねぇな」の台詞は、なのはが無言で振るったレイジングハートを避けてのものだ。
「あっち向いててください。見たら殺しますよ」
「わーってんよ。ったく、おっかねえな」
「全く……」
ぶつぶつ言いながらバリアジャケットを修復しようとするなのはの気配を感じながら、ダンテはニヤリと笑ってアイボリーを腰から引っぱり出した。
整備を終えたばかりで鏡のように磨きぬかれた銃身には、笑みを浮かべているダンテがはっきりと映っている。
「~~♪」
何となく口笛を吹いて誤魔化しつつ、ダンテはアイボリーの角度を調節。決して疚しい気持ちがあるわけではなく、禁止されたものは見たくなるという性だからだ。
というか、疚しい気持ちが本当にあったのならただの犯罪者だ。
ダンテはなのはの僅かだが露になった素肌を見ようとして、なのはが破れた箇所を隠しつつレイジングハートを突き出している姿を捉えた。
―――ダンテに向かって。
「Blast」
「いってぇぇぇぇぇ!!!」
放たれた光弾がアイボリーに反射してダンテの顔を焼く。完全に不意打ちだったことも手伝ってか、あまりの痛さにのた打ち回る。
「天罰です」
「Jesus……」
ダンテが何とか光を取り戻して立ち上がったときには、バリアジャケットは完全な姿を取り戻していた。
「ダンテさん、最低ですね」
「…………」
返す言葉もなかった。
「……ところでレイジングハート、何で破れてるって教えてくれなかったの?」
コロス笑みを浮かべてなのはがレイジングハートに問う。後にダンテが語るには、レイジングハートが冷や汗掻いてたと言っていた。本当かどうかは定かではない。
「……I thought that that was funny.(そのほうが面白いと思いました)」
無機質な声が震えているように聞こえたのはきっとダンテの錯覚だろう。だが、はっきりと青筋を浮かべて階段の段差に杖を叩きつけるなのはは本気で怖かった。
ダンテは割と本気で殺されなかったことに感謝した。
「次ふざけたことしたら、壊すよ」
「……All right」
「……お前も大変だな」
「……Even too much.(それほどでも)」
「ダンテさん? レイジングハート?」
「まじごめんなさい」
「Sorry, master」
この瞬間、二人の上下関係が決められたと言っても過言ではないかも知れない。
「全く……さっさと行きますよ!」
「仰せのままに」
ぷんぷんと怒気も露に階段を登るなのはに、自業自得だが妙に疲れた表情のダンテが続く。だが、そんな二人の間の砕けた空気は短い階段を登りきった直後、あっという間に霧散した。
「え……」
「……悪いな、待たせちまったか?」
「気にするな」
なのはが見たのは、紛れもなく人間だった。そして、ダンテにとっては、認めたくなかったけれどここに飛ばされた瞬間から分かっていた相手である。
「よぉ、バージル」
「……久しいな、ダンテ」
「え、ダンテさん?」
「悪いな、ちょっと下がっててくれ」
事態についていけないなのはを置いてダンテが前に出る。なのはは、互いの名前を呼び合う二人に何かを感じたが、それでも声を上げずにはいられなかった。
「ちょっとダンテさん!?」
「悪い。アイツは、アイツだけは、俺が止めなきゃならないんだ」
ダンテの言葉に秘められた強い決意を感じ取り、さすがになのはは何も言えなくなってしまう。
それでも、今までずっと一緒に戦ってきた相棒として、ダンテのスタンドプレーは認められないという思いがなのはの口をつく。が、それは言葉になる前にダンテに遮られてしまった。
「……ダンテさん」
「アイツはな、俺の、双子の兄なんだ」
「!! だったら!」
「だからこそ、さ。兄だからこそ、俺が止めなきゃならねえんだ。わがまま言って悪いと思うが、ここは飲んでくれや」
「……分かり、ました」
今まで自分も散々わがままを通してきた。だからなのか、なのはは意外とあっさりダンテの言葉を受け入れることが出来た。
なのはが頼みを聞いてくれたことに安堵したダンテは、邪魔にならないよう隅に向かうなのはの背に声を掛ける。
「コイツを、預かっておいてくれ」
「……分かりました。言っておきますけど、負けたら私がもう一回殺しますからね」
「ハッ、わかってんよ、相棒」
「よろしい」
フォースエッジを預かったなのはは最後にすっかりお馴染みになったダンテ譲りの不敵な笑顔を見せ、そして柱にもたれかかった。これで、二人の間には何もなくなる。
ダンテは無造作にコートのポケットからアミュレットを取り出し、バージルに向かって放り投げた。
「アンタの形見に貰っといたんだがな。どんな手品か知らないが、生き返ったなら返さないとな」
「……そうか」
「全く、物持ちのいい弟に感謝しろよ?」
「そうだな、お前がこれを持っていないことだけが心配だった」
バージルは自身に託されたアミュレットを握り締め、一瞬目を閉じる。そして何事もなかったかのようにポケットに仕舞った。ダンテは気にした風もなく、バージルに向かってさらに言葉を続ける。
「しっかし、何でまたまんまで出てくるかね」
「そんなことは知らんな。魔帝は以前は俺の自我を消した、今回は復元した。それだけだ」
ゆっくりとバージルが一歩踏み出す。それと同時に、抑え切れない殺気が周囲一帯を色濃く包む。
「だが、どんな理由であれ、どんな形であれ、蘇ったのならすることは一つ」
間合い一歩手前で立ち止まったバージル。ダンテもまた、応じるかのように歩みを止める。
相対する二人の魔剣士。その姿は酷く似通っていて、そして決定的に違っていた。
「やれやれ、兄弟感動の再会だってのにな。いつまで経っても進歩がねえのはどーいうことかね」
ダンテはリベリオンを担いだまま、少しだけ悲しそうな顔をして。
「それでも、俺はアンタを止める。何度だってな」
次の瞬間には、その目に揺ぎ無い意志を宿して眼前のバージルを睨みつける。
「俺たちがオヤジの息子なら、受け継ぐべきは力なんかじゃない」
「―――誇り高い、魂。か?」
その言葉を受けたバージルが口を開く。その内容にダンテは少しだけ驚きの色を顔に混ぜ、それでもなお考えを変えぬバージルを怒りに任せて詰問する。
「何だよ、わかってんじゃねぇか。だったら、どうして今なおオヤジの力に固執する!」
「前にも言ったが、その魂が叫ぶからだ。”I need more power”とな」
「……はぁ、バカは死んでも治らないって言うが、ホントみたいだな」
そして理解した。どう言ったところで、兄弟が分かり合うことなどできないのだということを。
遥か昔に道を違えて、そしてもうその道は交差こそすれ混じり合うことなどないのだということを。
「―――終りにしよう、バージル」
ダンテがリベリオンを手に持ち、いつでも飛び込める体勢を作り、
「―――今回は、負けん。今度こそお前を殺し、スパーダの力を物にする。真の悪魔の力、思い知るがいい」
バージルが鞘に収めた閻魔刀の柄にそっと手を添え、居合いの構えを見せた。
「バージルゥ!!」
「ダンテェェェ!!」
最終更新:2008年03月17日 20:36