Lyrical Magical Stylish
Mission 12 Fated Twins


「バージルゥ!!」
「ダンテェェェ!!」

 一瞬の停滞の後、二人の刃が死闘の幕開けを告げる鐘の役割を果たした。

「……凄い」

 なのはの呟きは金属音に混ざり、風に流れ消えていく。なのはは眼前の常軌を逸した光景に瞬きも忘れて見入っていた。家が剣術をやっていることから、なのはも多少は剣の知識があった。
だからバージルの使う技は居合いということも理解できた。それでもなお、その悪魔の技には感嘆の声しか出てこない。
 柄に手を掛けた瞬間には振るわれていて、次の瞬間には鞘に収まりもう一撃放たれる、その繰り返し。本来、一撃必殺で二撃目がない居合いのはずなのに、バージルは一撃必殺の剣を連続して放っているのだ。
しかも、一撃一撃を視認できない高速で。
 そして、それを受けるダンテもまた信じられなかった。次々と放たれる不可視の剣をどういうわけか知覚し、リベリオンで弾き、そしてあまつさえ反撃すら行っている。
完全に人間を超えた、もはや幻想的とも言える光景だった。

「イヤァァッ!!」
「フンッ!!」

 そして、戦闘を始めてからまだ間もないというのに既に何度目になるか分からない弾き合いの後、計ったかのように離れて距離を取る。
互いが互いの剣を完全に熟知しているがゆえに、両者は余人の全く踏み込めない領域で拮抗していた。

「ったく、相変わらず恐ろしい剣だな」

 衝撃に痺れる手を振りながらダンテがぼやく。だが、バージルの本気はこんなものではないし、ダンテもまたそうだった。こんなのはお遊び、予定調和の取れたただの挨拶代わりだ。

「―――Let's begin the main event.(メインイベントを始めようぜ)」
「―――Rest in peace.(楽にしてやる)」

 さあ、本番はここからだ。間合いをもう一歩詰めよう。

「おおおっ!!」
「ハアッ!!」

 さらに速度を増してぶつかり合う剣。だが、先ほどと違うのは―――

「! 血が……」

 剣と剣がぶつかり合う金属音、それによって生じる激しい火花。それ以外に、計ったかのように両者から同時に舞う血飛沫。今まで互いに完璧な防御を見せていたのに、何故突然血が混じったのか。
その理由は簡単、両者とも確実に致命傷となりえるだろう攻撃だけを防ぎ、多少の傷は無視しているからだ。
 ダメージを抑えることよりも、自分が貰うダメージ以上のダメージを相手に与える、二人が選んだのは文字通り骨身を削り続ける戦法だった。
 どのぐらい血を流しながら斬り合っただろうか、冷静に時計を見ればきっと驚くほど短い時間だが、ダンテにとってはもの凄く長く感じた一瞬である。
互いに無数の傷を負い、傷を与え、それでもなお剣戟は一向に衰えぬ、それどころかより激しさを増している。

「―――Wasting time!!(時間の無駄だ!!)」

 悪魔の血を引くダンテとバージルにとって、多少の掠り傷など何の意味も持たない。周囲に満ちる瘴気と魔力によって高められる悪魔としての性質が、そんな掠り傷などほんの数合のうちに治してしまうからだ。
 千日手、このままでは永劫勝負がつかなかっただろう打ち合いを動かしたのはバージル。埒があかないと踏み、遂に引き金(トリガー)を引いたのだ。

「ガアアアッ!!」
「どわっ!?」

 バージルを中心に爆発的な魔力が渦巻き、打ち合っていたダンテが吹き飛ばされる。

「!! ダンテさん!」
「ちぃぃ!」

 吹っ飛んだダンテを追って迸る剣閃。魔人バージルの放つ空間斬りが、空中でロクに身動きの取れないダンテに襲い掛かる。死の一撃がダンテに突き刺さろうとした瞬間、剣戟の場にそぐわぬ銃声が連続で響く。

「危ねぇな、オイ!」

 ショットガンを連続でぶっ放し、強引に吹っ飛びの軌道を変えて辛くも避ける。

「……滅茶苦茶だ」

 端で見ていたなのはがダンテのあまりに滅茶苦茶な回避に呆れ果てる中、着地し、すぐさま転がって二撃目を避け、さらに大きく跳ねることによって三撃目もギリギリ避けきったダンテがバージルに向かって疾走する。

「やってくれるぜ!!」

 遠距離では勝ち目がない。銃撃が全て剣で斬り飛ばされる上、神業じみた空間斬りを防ぐ手段がないのだ。ならばどうする?

 ―――答えは簡単、近付いてぶっ飛ばす。

「シャアアッ!!」

 ダンテが駆け抜ける。それを阻止せんとバージルの居合いが放たれるが、驚異的な加速で飛び込むダンテはそのスピードを維持したまま物理法則を全く無視したかのような体捌きで辛うじて致命傷を免れる。
傷を負っていることに変わりはなかったが、ダンテにとってはそれで十分。

「オラァッ!!」
「フンッ!」

 加速をつけたリベリオンが魔人と化したバージルを掠める。居合いを放った直後、刹那の死に体状態に打ち込んだ神速の一撃ですら致命傷にならないことにダンテは内心舌打ちし、首を狙って飛んできた一撃を皮一枚で避ける。
 そこから先はついさっきと全く同じ、互いに僅かな傷を負わせつつ、拮抗した戦闘が続く―――少なくとも、横で見ていたなのははそう考えていた。
 だが、トリガーを引いたバージルと引いていないダンテ。この差が、徐々にだが確実に天秤をバージルへと傾けていく。
 ダンテの攻撃が見る見る少なくなり、ただひたすらバージルの剣を受けるだけになってきていた。そんなダンテの防御を突き抜けた攻撃が、ダンテの体をあっという間に血で染め上げていく。

「まだ、まだぁ!!」

 ダンテが咆哮を上げ、劣勢を覆すべく魔剣リベリオンが更に速度を上げる。人外の速度で振るわれる刃。だが、バージルはダンテの剣を全て無傷で弾き返し、ダンテはバージルが攻撃するたびに傷を負っていく。
それでも何とか致命傷を避け続けていたダンテだが、ついに勝利の女神はその身全てを力へと捧げた男の方へ微笑んでしまった。

「ぐあっ……!」
「鈍ったな、ダンテ」

 逆転に一縷の望みを賭けた特攻に近い形で振るわれたダンテ決死の一撃をバージルは首の皮一枚犠牲に避け、そしてバージルの一撃がダンテの腹を深く切り裂き、返す刃が肩から脇に抜けるまで振り抜かれる。
血飛沫が舞い、それでも諦めないダンテは止めとばかりに放たれた垂直の唐竹割を辛くも防ぐが、その硬直に蹴りを食らって吹き飛ばされる。

「ぐ……そういうアンタこそ、前より鋭くなってがあああっ!?」

 片膝をつき、剣を支えに倒れることだけは免れていたダンテだが、強がりを言おうとしてバージルが放った幻影剣に貫かれ絶叫する。
そして、続けざまに放たれた幻影剣を避けることすら出来ず、ダンテはついにその場に崩れ落ちた。
 バージルは魔人状態を解除し、全身から夥しい出血をしながらも意識を失わずバージルを睨みつけるダンテに、閻魔刀の切っ先を突きつけながら問う。

「……何故、トリガーを引かない」
「ぐ……引く必要が、ないからな」
「……愚かだな、ダンテ。本当に、愚かだ」
「へっ……まだ、勝負は、ついちゃいない、ぜっ!」

 諦めないダンテが苦し紛れに銃を乱射するが、そんなものが通じるバージルでもない。
全て切り払うと、弾が切れて撃鉄の音だけを虚しく響かせる銃をそれでも引くダンテに向かってゆっくりと歩き出す。


 ―――今助けに行かないと、ダンテは死ぬ。


 その思いが横で見ていたなのはの頭を占める。だが、そんな思いに反して足は鉛にでもなったかのようにピクリとも動いてくれない。

(助けに行って……助けられるの? 私が、あの人を、止められるの?)

 かつて、この世で最強の悪魔、魔帝を倒したダンテ。そのダンテを倒すダンテの兄バージルを、ダンテに助けられてばかりだった自分がどうこうできるのか。
 浮かぶのは、一瞬の後に二つに分かれる自分の姿。決して身体能力に優れているわけではない自分に、あんな剣が飛び交う嵐の中に飛び込める資格なんかあるわけがない。
 でも、それでも。

(……助けられる、助けられない、じゃない。助けるんだ、私が、ダンテさんを!!)

 今まで何度も助けられた。その借りを、今返さなくていつ返すのか。

(大丈夫。私だって、強くなった。それに、私たちは絶対に負けられないんだ!)

 それ以上に、譲れないものがある。帰りを待つ家族のためにも、外で戦う親友のためにも。今、ここで退くわけにはいかない。
 目を閉じ、深呼吸。それで、ぐちゃぐちゃだった頭は嘘のように軽くなり、固まってた体は信じられないほど軽くなった。


 ―――さあ、行こう。


 心を砕こうとする死への恐怖を鋼の意志で押さえつけ、震える体をそれを上回る信念で叱咤し、なのははゆっくりと歩き出した。

「……む」

 バージルの足が止まる。それもそのはず、傍観を約束していたはずのなのはが、ダンテを守るように立ち塞がったからだ。その目に、強い決意の光を湛えて。

「何の真似だ、小娘」
「見て分かりませんか?」
「おいなのは、俺は手を出すなって言っ!!」

 ダンテの台詞は最後まで続かない。なのはが魔力を込めたレイジングハートで思いっきりダンテの頭をぶん殴って吹き飛ばしたからだ。

「ぐっ……」
「少し、頭冷やそうか」

 吹っ飛ばされた衝撃が傷に響いたのか、ダンテは低くうめき声を上げてその場に蹲る。
なのははレイジングハートを肩に担ぎ、いつも組み手で自分を吹っ飛ばした挙句見下ろしてくるダンテと同じポーズで、ぶっ飛ばしたことを悪びれる様子もなくダンテに言う。

「Shut up. こんなのも避けられない怪我人は黙って見てなさい」
「なのは……!」
「兄弟喧嘩だし、平和に終わるなら傍観していようと思いましたけどね。ダンテさんが殺されるっていうなら話は別」
「だから……人の話を」
「聞くのはそっちですよダンテさん。いいですか、ダンテさんがここでやられたらどうなると思います?」
「……それは」
「海鳴は地獄と化す。それだけじゃない、今門の外で戦ってるクロノ君やフェイトちゃんもどうなるか分からない。私は、そんなの認めない」
「…………」

 ダンテは言葉に詰まる。内容もさることながら、なのはの眼光に何も言えなくなってしまっていた。なのははダンテから目を外すと、バージルに向き直りながら言葉を続ける。

「それだけじゃない。今ダンテさんが殺されたら、どの道私もバージルさんに殺される。相手にされなかったとしても、結局私一人じゃ外まで帰ることすら出来ない」
「だからって……」
「甘く見ないでください。これでも散々ダンテさんにしごかれたんですから、ダンテさんが傷を治す時間ぐらい稼いで見せます」
「ちっ……もう知らねぇぞ」
「Yeah」

 バージルはダンテの判断に驚愕するが、ダンテは大の字になってぶっ倒れてしまった。どうやら、本気でなのはにバージルの相手をさせるつもりのようだ。

「というわけです。水を差して悪いとは思いますが、貴方の相手は私です」
「……俺も舐められたものだ。今退くならまだ見逃してやるが?」
「You scared?(ビビッてんのか?) 小娘相手に恫喝なんて」

 視線だけで気の弱い人なら殺せそうな、そんなバージルの眼光を受けて、それでもなのはは怯まず、不敵に笑い飛ばしてバージルにレイジングハートを突きつけた。

「……いいだろう。俺に楯突いたことを後悔して、死ね」

 バージルが刃を鞘に収め、居合いの構えを見せる。バージルの居合いの速度は既に人の認識を超えた速度。まともに食らえば、食らったことすら分からず絶命するだろう。
なのはは突きつけていたレイジングハートを下ろし、静かに魔力を込め、魔法の用意をする。

「…………」
「…………」

 なのははただボケッと二人の戦いを見ていたわけではない。自分との組み手で見せたダンテの動き、そのレベル差から推測する兄バージルの強さ。
そして、全力のダンテと打ち合うその技量。余りのレベルに震えそうになりながらも、”もし私が戦うことになったら?”というイメージをひたすら頭の中で行っていた。
今までの結果ではただの一度もバージルに傷を負わせることすら出来なかったが、イメージ上で散々殺されることにより、たった一つではあるが勝ちへの道を見出していた。
 最早言葉は要らない。一瞬の後放たれる刃は避ける暇もなくなのはを切り捨てる。バージルもなのはもそれは分かっていた。その運命になのははどう抗うのか。

「……Die」
「……!!」

 バージルの呟きが風に流れる。その声を聞いた瞬間、既にバージルはなのはの後ろで刃を鞘に収めて―――二つに分かれ、血飛沫を撒き散らしながら倒れようとするなのはが溶けるようにして消えていく。

「After image, successful」
「!? 幻覚か!!」

 バージルが気付いた時にはもう遅い。すでに上空でなのはが発射の体勢を取っている。

「ディバインバスター!!」
「ちぃ!」

 やはりバージルは、なのはを小娘だと侮っていた。その驕りが生んだ僅かな時間、その一瞬を狙っていたなのはの魔法を避けることは常人には不可能だ。
 なのはの放つ極大の一撃がバージルを襲う。並みの悪魔ならそのエネルギーに耐え切れず、一瞬にして溶解するレベル。
だが、最強の悪魔狩人であるダンテと拮抗するその兄バージルは、一瞬の後の死の運命に抗う術を持っている。

「はあっ!」

 トリックアップ。一瞬で上空に移動する技巧であり、バージルの神速の剣技を不動のものにしている体術である。ディバインバスターが直撃する寸前に飛び上がり、無傷で砲撃をかわす。
逆にディバインバスターを発射しているなのはには上に現れたバージルの攻撃をかわすことは出来ない。振るわれた一撃は三つに分裂し、小さな体を只の部品へと切り裂いて―――

「これも幻覚だと!?」

 切り裂かれたなのはが消えていく。だが、先ほどとは違い斬った瞬間手ごたえを感じなかったバージルは、すぐさまなのはの居場所を探り、そして驚愕する。
ドッペルゲンガーとの入れ替わりがギリギリ間に合わなかったのか、バージルの描いた軌跡そのままに背中がバリアジャケットごと裂かれ、血を流している。
 それでも、今ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかないとばかりに、自身の周りに無数の光弾を浮かび上がらせている。

「Rock it!!」
「ちぃ!」

 なのはの掛け声と共に飛来した光弾がバージルの周囲を高速で旋回する。なのはが展開したディバインシューター、その数なんと二十。
バージルも剣でそのうち十を叩き斬るが、残りの全てが同時にバージルへと襲い掛かり―――

「Blast!」

 なのはの起動で大爆発を起こす。咄嗟に防御体勢を取ったものの、バージルとて全方位を完全に防御できるわけではない。
強烈な爆発はバージルの体を吹き飛ばし、それでも倒れぬバージルが受身を取った瞬間、輝く白光が目を焼く。

「行くよ!!」
「く……」
「ディバイン・バスター」
「「Ceruberus!!!」」

 ダメージは意外と大きく、回避行動を取ろうとしたが言うことを聞かない。さらに、見ると体のあちこちが凍りついていた。なのはが得たケルベロスの力による凍結の効果である。
凍った手足に気を取られた瞬間、放たれたなのはの極大魔法が空間そのものを破壊しつくす勢いでバージルに襲い掛かった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 二度にわたるドッペルゲンガーの展開と入れ替わりに加え、一瞬ではあるがディバインバスターとドッペルゲンガーの同時行使、さらにディバインシューターとディバインバスター・ケルベロスの同時攻撃だ。
さすがに精根使い果たしたなのはが、地に下りて荒い息を上げる。

「これが、私の全力……」

 今ので倒せていなかったのなら、なのはに勝ち目はない。多少強引ではあったが、不意をつく形でこれ以上ないくらいに決まった必殺の連携なのだ。
バージルが耐え切っていたのならば、次はもう無理。バージルに油断はない。あの剣を凌ぐなんて不可能だ。

「……やってくれたな」
「……やっぱり、こうなるよね」

 だが、どこかこの展開を知っていた。なのはは大きく深呼吸して息を落ち着かせると、フラフラながらしっかりと立ち上がる。
 立ち込める霧氷の中から現れたバージルは、一瞬バージル本人かどうかを見間違うほど禍々しいオーラを発している。それもそのはず、耐えられないと踏んだバージルは躊躇いなくデビルトリガーを引いていた。
その結果、彼自身の体に流れる悪魔の血が、ダメージを最小限にまで押さえ込んだのだ。
 また、あまりに無茶な展開をしたために最後のディバインバスター・ケルベロスの威力が、全力時の半分程度だったことも理由として挙げられよう。
なのはのイメージではギリギリ最大出力が出せると踏んでいたが、どうやら幸運の女神はなのはに微笑まなかったようだ。

「小娘と呼んだことは詫びよう……貴様は十分な戦士だ」

 デビルトリガーを解除し、バージルはなのはに賞賛を送る。たかが小娘と侮っていた存在にここまでダメージを負わされるのは、バージルにとっても完全に予想外だった。

「それは、どうも……それから、小娘じゃなくて、高町なのはです」
「高町、なのは……そうか」

 だが、なのはにとってそんなことはどうでもいいのだ。次の瞬間に放たれるかもしれない死の一撃から逃れるべく、なのはは適当に返事をしながらも必死で次の策を考える。

「だが……少し足りなかったな」
「まだ、終わったわけじゃないよ」

 焼け付く勢いで頭を回転させても、出てくるのは”死”の一文字だけ。リーチで勝るバージルに勝つには、初撃を何としてでも防ぐなり避けるなりしないといけない。
今また魔法をチャージしようものなら、その瞬間バージルの剣は飛んでくる。切り裂かれた背中の痛みに耐えながら、一瞬の後に飛んでくる死の運命に怯えながら、それでもなのはは毅然と立ち向かう。

「私は、諦めない。貴方が立ち上がるなら、何度だってぶっ飛ばしてあげるんだから」
「……ならば、やってみるがいい」

 バージルの姿が消える。消えたわけではなく、ただ高速で移動しているだけなのだが、なのはの目には影すら映らない。
どこから飛んでくるか分からない、一撃貰ったらそれで終わりの剣。なのはは必死でシールドを展開し、死の未来へ抗う。

「無駄だ!」

 しかし、バージルの剣をシールド程度で止められるはずもない。やすやすと切り裂かれたシールドは消滅し、シールドを消すために振るった剣がシールドだけでは飽き足らずなのはのバリアジャケットを貫通する。
裂かれた袖が風に舞い、ワンテンポ遅れて血が吹き上がる。
 でも、まだ死んではいない。絶対条件だった初撃のやり過ごしを達成したのだ。得物が剣である以上、バージルは必ずなのはの側にいるのだから。

「終わりだ!」
「まだっ! Satellite!!」

 レイジングハート・ケルベロスが凶悪な発光を見せたかと思うと、なのはの周囲に雹の嵐が吹き荒れる。バージルの姿が追えていなくても、これならば相手を見る必要もない。近くにいれば、それでいい。

「ふんっ!」

 だが、雹が体に当る音が聞こえてこない。吹き荒れる風の音に混じって聞こえるのは、バージルが雹の弾丸を切り裂く金属音だけ。
銃弾すら切り裂くバージルにとって、数が多いだけの雹など脅威でも何でもないのだ。
 だが、雹の処理に追われて手が封じられているのは紛れもない事実。その嵐の中心で、なのはは目まぐるしく周囲を探る。

「見つけた……!」

 サテライトはバージルの姿を視界に入れるためだけに発動した技。次の一手は絶対の死角から飛んでいく強烈な一撃だ。なのはは渾身の力でレイジングハート・ケルベロスを地面に叩きつけ、腹の底から叫ぶ。

「貫け! Crystal!!」

 叫びに応えるかのように地中を突き破って飛び出す氷柱。体を下から上まで貫いて余りある巨大なそれは、狙い違わずバージルの足元から炸裂し―――

「遅い!!」

 突き刺さる直前、振るわれた刃によって全て根元から切り捨てられる。なのははそのあり得ない光景に目を疑うが、今止まることは死と同義。クリスタルでも無理ならば、それを上回る攻撃をするだけだ。

「It's cool!! Million Carats!!!」

 なのはを護るように、そして、周囲の空間そのものを刺し貫くように突き上げられた無数の氷柱。サテライトと同じく全方向攻撃であるそれは、バージルが閻魔刀でなのはを狙っていたのであれば確実に直撃するであろう一撃。

「無駄だと言っている!!」

 それすら突き上げる直前に全て切り捨てられた。人知を超えた悪魔の技に、さすがになのはも杖を強く握り締める。これで、自分が出せてバージルに当りそうな技は全て出し切ってしまった。
同じ技が二度通じる相手とも思えない以上、なのはに打つ手は事実上なくなったといえる。

「……まだ」

 それでも諦めず、モード・ケルベロスとモード・ドッペルゲンガーの同時行使まで視野に入れた次の一手を模索しようとした矢先、切られて消え行く氷柱の一部が砕け散り、何事かと思う暇もなくなのはの太ももに灼熱の感触が走る。

「え……?」

 何が起こったのかもわからないまま、直後脳天まで突き抜けた激痛に悲鳴すら上げられないまま身を震わせる。
耐え切れずに崩れ落ちたなのはが見たのは、自分の太ももに深々と突き刺さった幻影剣だった。だが、そんな絶体絶命の状況において天はなのはに味方をする。
崩れ落ちる際の倒れ方があまりにも絶妙のタイミングであったため、バージルが首を狙って振るった刃が本当にただの偶然だが空を切り、髪を数本斬り飛ばしただけに留まったのだ。

「悪運もここまでだ!」

 それでも、バージルは止まらない。なのはの悪運に舌打ちするも、飛び上がり、今度こそ仕留めそこなわないよう逃げ場のない上から叩き潰そうと剣を振り下す。
そしてなのはは薄れゆく意識の中、最後の足掻きを見せる。

「……Go to the hell」

 なのはの呟きは風が邪魔をしてバージルには届かない。今、この状況に限りなのはには絶体絶命の状況を覆すだけの力があった。

「ヴォルケイノ!!」
「なにぃ!?」

 吹き上がった白光がバージルを吹き飛ばす。ダンテがなのはに預けたベオウルフ、その中でもなのはが振るえる最強の技が、もはや抵抗の術無しと防御を全く考えてなかったバージルに炸裂する。

「ぐうっ……ベオウルフ、だと……!」
「…………」

 予想外の一撃に吹き飛ばされたバージルは、それでも倒れない。魔力の殆ど切れたなのはでは、ダンテほどの威力が出ないのも当然である。
しかも、どうやら本当に最後の一撃だったようだ。ベオウルフを抱きながら倒れたなのはは気絶しているようでピクリとも動かない。流れ出る血が、バリアジャケットと大地を徐々に赤く染めていく。

「……抵抗もこれまでか。俺とここまで戦えたこと、あの世で誇るがいい」

 動けないなのはに無情にも振るわれる剣。狙い違わずなのはの首元に吸い込まれるように閃いて―――

「レディはもっと大事に扱うもんだぜ?」

 横から飛び出してきたダンテの剣が、すんでのところでなのはの死を止めた。ダンテは受け止めた閻魔刀ごとバージルを吹き飛ばし、なのはに優しく微笑みかける。

「ホント大したガッツだぜなのは。まあ、頑張りすぎたな。ちょっと休んでろ」
「……ダンテさん」

 一瞬本当に気絶していたなのはだが、澄んだ金属音と続いて聞こえてきたダンテの声に意識を取り戻す。だが、限界を無視して動かした体はどうやら完全にオーバーヒート状態にあるらしく、全く言うことを聞いてくれない。
 それでも、なのははやりきった感いっぱいだった。

「後は、俺がやる」
「……お願いします」

 言ったとおり、ダンテが回復するぐらいの時間は稼いでみせた。あとはダンテがやってくれる。なのははレイジングハートに傷の治療を任せてしばらく意識を飛ばすことにした。

「なに、お前がここまで頑張ったんだ。無駄にはしないさ」

 ダンテの声が、やけに遠く聞こえた。



「……ダンテ」
「ハハハ、随分派手にやられたじゃねーか」

 吹き飛んだバージルに悠然とリベリオンを突きつけるダンテ。先ほどの致命傷など何事もなかったかのようにしっかりと大地を踏み締めて、あたかも傷が完治して見せたかのように振舞う。

「……この短時間で完治だと? 笑わせる」
「だったら、試してみればいいじゃねーか。ホレ、かかって来いよ」
「ダンテェェェ!!」
「来な! バージル!!」

 十分な助走をつけた疾走居合い、そしてそこから続く悪魔の連撃がダンテめがけて叩き込まれる。ついさっきまでは、受けることしか出来ず、それですら傷を負っていたバージルの攻撃。

「―――ハッ、つまんねぇ攻撃だなオイ」
「バカな……」

 ダンテの嘲笑、それに続くバージルの呟き。
 ダンテは人の目には映らぬ速度の疾走居合いを軽々かわし、かわした隙に放たれた連撃を全て叩き落していた。

「どうした、もう終わりか?」
「……ふざけるな!」

 怒気も露に、バージルの剣が分裂したかのように迸る。ダンテはそれを涼しい顔で受け流す。そのあり得ない筈の光景にバージルは愕然とする。

(何故だ……! 確かに俺もダメージを負った。だが、それを差し引いたとしてもダンテのほうが重傷のはず!)

 バージルの考えはまさしくその通りだった。事実、ダンテの体は動いたために開いてしまった傷跡から再び血が流れている。
 そもそも、いくら悪魔の血を引いてると言えど、あれほどまでの致命傷がこんな短時間で治るわけないのだ。傷が生む痛みは集中力を乱し、流れ出る血は体温と運動能力を奪っていく。
共に万全の状態で戦闘力が拮抗するのであれば、より深い傷を負ったダンテがバージルを凌駕することなどあり得ない筈なのに。

「遅いぜ?」
「ぐっ……!」
「オラァ!!」
「がああっ!?」

 だが、現実はこうだ。今まで一度もクリーンヒットしなかったダンテの攻撃が遂にバージルを捕らえるまでに至っている。
その理由が分からない限り、このまま接近戦を挑むのは危険と判断したバージルが距離を取る。

「認めんぞ!!」

 ダンテと同じように腹を薙がれ、肩をバッサリと裂かれて膝をつくバージル。
 それでも折れず、放たれたのは幻影剣。ダンテを包囲するように浮いた六本が一斉に襲い掛かる。

「インフェルノォ!!」

 だが、幻影剣が突き刺さる刹那、吹き上がった地獄の業火がダンテに牙を剥いた矢を悉く粉砕した。
 揺らめく炎を呆然とバージルが見つめる中、悠々とダンテは歩いてくる。

「何故……何故だ!!」
「―――分かんねぇか? どうしてアンタが、俺に勝てないのか」
「……貴様ぁ!!」
「一つだけ、教えてやるよ。俺が今、こうやってアンタを追い詰めてるのはな」

 ダンテはそこで一旦言葉を切り、自身の中で張り裂けそうになる思いと共に告げた。

「―――アンタがとっくの昔に、捨てちまった力のおかげさ」

 人間だけが持ちえる、魂とそこに宿る底力だ。

「戯言を……!」

 力だけを追い求め、力だけを信じてきたバージルにはとてもじゃないけれど認められないダンテの言葉。力を生むのは力、そう信じて、今までひたすら剣を振るってきた。それを疑うなど、自身の生そのものを否定するのと同じ。

「まあ、俺もついさっきまでは忘れてたんだけどな。なのはのおかげで思い出したよ」

 ちらり、と後ろで寝ているなのはを見て、そしてバージルへと向き直る。

「だから、アンタは俺には勝てない。それは、俺が人間だからだ!!」
「ふざけるなぁ!!!」
「―――だったら、見せてみろよ。アンタの力はこんなもんじゃないだろう!」
「おおおおおおおっ!!!」

 ダンテが走る。バージルもまた、なりふり構わぬ大声を上げてダンテに向かって疾走する。間合いは瞬く間に縮められ、互いの全てを賭けた渾身の一撃が交差する。
 バージルがダンテを頭から二つにするほどの唐竹割、ダンテはバージルを腹から二つに割る横薙ぎ。互いに防御を完全に捨てた、相打ちになるはずの一撃。

(アンタは負ける。だが、それはアンタが弱いからじゃない。助っ人の活躍さ)

 それでも、ダンテは負ける気がしなかった。脳裏に浮かぶのは、自分の窮地を救ってくれた人物の姿。
 ズタズタになりながら、それでもダンテを信じて戦った少女の姿がフラッシュバックする。

(アンタは強い、アンタは負ける。アンタが負けるのは俺じゃない、アンタは―――なのはに、負けるんだぜ!!)

 剣が全く同時に振り抜かれる。しかし――吹き出た血飛沫は一人分。刃がまさに触れるその瞬間、バージルの目にすら映らぬほどの踏み込みを見せたダンテがバージルの一撃をかわし、そのままリベリオンが大きくバージルの腹を薙ぎ払ったのだ。

「……俺は、また負けるのか」
「だから言っただろう? 人の話は聞くもんだぜ」

 膝をつき、息も絶え絶えなバージルにダンテが言う。バージルは、先ほどダンテが言っていた言葉を思い出していた。

「……人間の、力か」
「そうさ。情けない話だがな、俺はいつだって肝心なときには誰かに支えてもらってた。レディ、トリッシュ、オヤジ、そして―――」
「……高町、なのは」

 絶体絶命のダンテを救い、魔剣士スパーダの血を引くバージル相手に一歩も引かず、結局バージルがダンテに対してまたしても遅れを取ることになった最大の要因。

「ああ、俺はいつだって一人じゃなかった。それは俺が人間だったから、人間として戦ったからだ、俺はそう信じてる」
「―――それが、スパーダの」
「魂の力」
「……なるほど、な」

 同じように父を尊敬した。だが、バージルはその力を追い求め、ダンテはその魂を受け継いだ。
 誰かを想い、その想いを力に変える人としての魂を。

「―――征け、ダンテ。魔帝はこの先にいる」

 最後の言葉と、唯一現実のものだったアミュレットを残し、バージルは消えていった。ダンテはアミュレットを拾い上げると、しばし見つめた後に握り締め、笑みを浮かべて虚空を見上げた。

「やれやれ、相変わらず素直じゃない兄貴だぜ」

 アミュレットをポケットに仕舞い、グースカ寝こけているなのはの元へ歩く。硬い地面の上で、これまた硬いレイジングハートを枕に眠るその顔は完全に少女のものだ。

「……こーやって見るとホント年相応のガキなのにな」

 全く、あの信じられない程の意志の力はこの小さな体のどこから沸いて出てくるのやら。
 ダンテは起こそうかとも思ったが、今回バージルを退けることが出来たのは間違いなくなのはのおかげだった。なら、好きなだけ眠らせてやろう、と思い直す。
最後の戦いに臨むのに、マイナス要素は残したくない。

「やれやれ」

 コートを脱ぎ、なのはに掛けてやる。その横に腰を下ろすと、バージルの消えた箇所を見つめ、楽しそうに呟いた。




「―――これだから人間はやめられない、そうだろう?」

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最終更新:2008年03月18日 20:59