80%完了…90%完了…。
ダウンロード状況を知らせるステータスウィンドウが、軽快なチャイム音と
共に完了を告げて閉じられた。
次いで“魔神”の全身写真と、概略を示す説明文が現れる。
銀の魔神
発見日時:旧暦元年(約5000年前)
第一発見者:聖王
それを眺めながら満足げに頷いていたフレンジーの眼前に、突然警告音と共に
接続が切られた事を示すステータスウィンドウが現れた。
周囲の空間モニターを見回して見ると、表示されている空間モニター全部に
同じウィンドウが表示されていた。
フレンジーは怒りの咆哮(「ヒドイ!」という日本語に近い発音)を上げると、
コンソールに頭突きを食らわせ、四本の腕を振り回して端末コンピュータを
メチャクチャに破壊した。
激怒したフレンジーがコンピュータを破壊していた丁度その時、中央センター
からの通報を受けてコンピュータルームの状況を確認していた、タイコンデロガ
保安部隊の魔導師二名が部屋に入ってきた。
フレンジーは、コンピュータを完全に破壊する事に注意が向いていた為に気付く
のが遅れ、ラジカセに変形する間もなく発見されてしまった。
「AA23端末区画に侵入者! 繰り返す、AA23端末区画に侵入者!!」
ベルカ式ポールスピア型デバイスを持った、巨大なかぼちゃ頭に三白眼の陸士が
空間モニターを開いて緊急連絡を入れるのと同時に、フレンジーは凶悪な唸り声
を上げて天井に跳び上がった。
「な、何だありゃ!?」
拳銃型デバイスを持った、銀に近い灰色の肌にたらこ唇な口近くに黄色いギョロ眼
がある陸士が、ミッド式魔方陣を展開させてアクセルシューターを立て続けに
連射する。
フレンジーは、自身の優れた視覚装置で魔力弾の軌道を捕捉し、機械にしか
出来ない素早さでどんどん回避しながら、胴体から薄く鋭いディスクカッター
を次々と射出する。
二人の魔導師は、手裏剣のように回転するカッターに、喉を切り裂かれて絶命
した。
彼らの通報を受けて、タイコンデロガ全体に非常警報が発令される。
中央センターに通じる総ての通路・通気ダクトに防御隔壁が下ろされ、その前に
銃・剣・杖など様々な形のデバイスを持った武装隊の魔導師たちが歩哨として
立ち、それ以外の魔導師は端末室へと急行する。
死体を小突いて生命反応の有無を確かめていたフレンジーの左肩に、アクセル
シューターが一発命中した。
フレンジーが振り向くと、通路奥に、金色のつる付き眼鏡をかけた白人の少年
魔導師が一人、片手杖型のデバイスをこちらに向けているのが見えた。
次々撃とち込まれる魔力弾をかわしながらフレンジーがディスクカッターを放つと、
カッターは魔導師の顔に命中し、眼鏡と眼球を断ち割って脳にまで達する。
三人目の犠牲者がもんどりうって倒れるのを待たずに、フレンジーは反対側へと
跳び上がった。
完全武装の武装隊員十人が部屋へ突入したとき、そこには三人の魔導師の死体と、
休憩用テーブルに電源の切れたラジカセが一台置かれているだけであった…。
タイコンデロガが正体不明の敵にクラッキング攻撃を受けたという報せは、
直ちにゲラー長官以下管理局上層部へ伝えられた。
当時、長官は元老院にてミッドチルダのトップである元老院大法官と、事件
を受けて近く開かれる元老院臨時総会に向けた打ち合わせを、現時点での
調査状況の報告を兼ねて行っていたが、報告を受けると会談を中止して直ぐに
本局へと戻って来た。
「ご苦労、改めて報告してくれ」
オーリス秘書官と共に公用車から降りて来たゲラー長官は、歩きながら出迎えた
数名の幕僚に早速状況の説明を求める。
「クラッキング攻撃がありましたのは今から三十分ほど前、発見したのはセンター
勤務のエンジニア二名です」
中将の階級章を付けた一つ目のヒトデの姿をした将官が、空間モニターを開いて
ゲラー長官に報告を始めた。
「侵入方法はセギノール中央基地の時と同じです、今回はファイアウォールを
突破され、侵入を許してしまいました」
中将はそこで言葉を一旦切り、モニターを見て続きを確認する。
「クラッキング速度の速さから、ネットワークを守りきれないとの当直指揮官
の判断で、中央コンピュータの接続は物理的に遮断されました。
現在、技術職員が復旧に向けて調査中ですが、安全と確証が持てるまでは再起動
が出来ませんので、時間がかかりそうです」
中将はそう言い終えると、自分の背後に控えていた、魚の鱗とジャガイモの表皮
が混ざり合った様な肌の准将に頷く。
准将はそれを受けて、次の報告を始める。
「中央センターからの通報を受けて、タイコンデロガ及び本局ビルの状況を
保安部隊がチェックしましたところ、タイコンデロガのAA23端末室にて、侵入者
を発見したとの事です。
第23警備隊の陸士二名と特務技官一名が戦闘により死亡、犯人はまだ捕まって
おりません」
「AA23端末室は、中央センターの一階下にあるそうだな」
長官の問いかけに、准将は空間モニターを確認しながら答える。
「はい、そうです」
「何故、そんな所まで入り込まれたんだ!? タイコンデロガ内部は区画分け
されてて、各区画は虫一匹たりとも自由に動けないはずだろう?」
准将は、内心の不安を表情と声に出さないように、ゆっくりはっきりと言った。
「現時点では、侵入経路はまったく分かっておりません」
長官も怒鳴りそうになるのを懸命にこらえ、表面上は平静な表情と口調で言った。
「わかった。侵入経路もそうだが、今はシステムの状況を調べるのを最優先しろ。
軍事ネットワークの一刻も早い回復が、今一番の急務だ」
長官たちがNMCCに入ってくると、技官の一人が駆けつけ、敬礼しながら報告した。
「タイコンデロガ全区画、封鎖を完了いたしました!!」
“封鎖”と言っても、完全に閉め切っているわけではない。
生物である以上、呼吸をしなければならないし、水や食べ物を必要とする。
故に、然るべき身分証明書や指令書を持った人間ならば、各区画の境界を通る
たびに一々身体と貨物の検査を受ける不便を我慢さえすれば、比較的移動は容易
だった。
中枢区画と港湾区画を区切る境界上にあるゲートに臨時に設けられた検問所では、
一台の貨物輸送車が検査を受けていた。
乗員が危険物探知機と陸士の手による徹底的な身体検査を受けるのと同時に、
コンテナ内の貨物も、危険物を察知するよう訓練を受けた、体高60cm程の鳥の羽を
持った恐竜と、それを引き連れる小型の探知器を持った、身長1.8mの緑色の肌と口に
牙を生やした豚に似た陸士が隈なく調べる。
荷物の中にラジカセが一台あったが、恐竜はそれに鼻を寄せて二・三度嗅いだ後は
関心なく隣の荷物に移り、機器に反応がなかったので、陸士もラジカセを一瞥する
事なく通り過ぎた。
「こちらは問題なし! そっちは?」
、コンテナから恐竜を連れた陸士に、身体検査を終えた同じ種族の陸士が問うと、
彼も首を横に振って“問題ない”事を伝えた。
「行って大丈夫だ、お疲れ様」
陸士がそう言うと、乗員は疲れ切った表情で手を上げてそれに応え、輸送車に
乗り込んで発進させる。
身体検査の厳しさや、それを何度も受けて来た事に対する不満や愚痴を言い
ながら車を運転する乗員たちは、サイドミラーに一瞬車体下部へと下りる
機械生物の姿が映った事にまったく気付かなかった。
フレンジーは、扉の僅かな隙間から小型のマニピュレーターを出して器用に
コンテナの鍵を外し、扉を少し開けて外に出る。
走行中にコンテナの扉が開いた場合、運転席にそれを知らせる警報装置が車
には付いているが、フレンジーは抜かりなくそれを破壊していた。
外に出ると、すぐさま扉を閉めて鍵を掛け、車体下部へと這い下りる。
輸送車が車両保管所となっているエリアへと差し掛かった時、反対車線を象
の胴体に砲塔と蜘蛛の脚を六本取り付けたような、「EW-TT(歩行戦車型アイン
ヘリアル)」と呼ばれる重戦車が、重々しい響きと共にこちらへとやって来た。
フレンジーは、眼前に下りてきたEW-TTの脚の一つに飛びつき、素早く裏側に
回ると、両手両足を器用に使って、テナガザルのように一気に反対側の脚と移る。
しばらくは脚にしがみつきながら、フレンジーは向こうの駐車車両へと移る
タイミングを窺う。
脚が、レーーダードームのような丸型の多機能アンテナを備えた装甲指揮車近く
の床に下りた瞬間、フレンジーは跳びだして車の下に滑り込む。
そのまま、EW-TTが見えなくなるまで息を潜めた後、フレンジーは周囲に人の
気配がない事を確認してから、装甲車の下から這い出て後ろに回りこむ。
すると、装甲車は誰も乗っていないのに、フレンジーを招き入れるかのように
ハッチを開けた。
フレンジーが素早く車内に入るとハッチは静かに閉じられ、指揮官専用コンソール
の明りが灯り、空間モニターが表示される。
フレンジーが席に着くと、モニターに“Sound Only”と表示が出て、スピーカー
から音響カプラを思わせる独特の信号音が流れる。
フレンジーも相変わらず不審な挙動をしながら、同じような信号音を発する。
それは、生物の耳には単なる雑音にしか聞こえないように、特殊な変調が
かけられた暗号通信だった。
もし、それを聞く事ができる者が居たとすれば、装甲車とフレンジーの間で
以下の通信がやり取りされているのが分かっただろう。
「どうしたフレンジー? ヤケに不機嫌なようだが」
「どうもこうもねぇよ“サウンドウェーブ”。あのクソッタレども、ひ弱な
肉塊の癖にオレに一発豆鉄砲を喰らわせやがった」
サウンドウェーブと呼ばれた擬態ロボットは、笑うかのように一定リズムの
モールス信号を発する。
「かなり痛い目に遭ったようだな」
「笑い事じゃねぇよ。お陰でオレ様のボディに、ちっと傷が付いちまったぜ」
「ところで首尾はどうだ?」
サウンドウェーブが話題を変えると、フレンジーも不満をそれ以上言ったりせず、
早速報告を始めた。
「ウイルスの仕込みは完了した、合図があればいつでも活動できるようにして
ある」
「ここの世界に関する情報はどうだ?」
フレンジーは空間モニターを開いて、次元世界に関する情報を次々と表示させ
ながら、話を続ける。
「ほぼ、“案内人”から提供された情報通りだったよ。
現住生物どもがミッドチルダと呼ぶこの世界は、科学と魔術が奇形的に融合して
いる世界だが、軍事技術は総て有機物で構成された生物を対象としたもので、
オレ達“デストロン”の敵じゃねぇ」
「“オールスパーク”の行方はどうだ?」
「そいつに関しては期待できそうにねぇな。少なくともつい最近、水晶振動子
の発振を基準にした時間に換算すると、百五十年前ぐらいまではあった様だが、
その時に起きた大規模な戦争でまたしても行方不明だ」
フレンジーはそう言いながら“魔神”のファイルを表示させる。
「ただ、その代わりと言っちゃ何だが、これが手に入った」
“魔神”の全身写真を見た途端、サウンドウェーブは息を呑んだのがフレンジー
には分かった。
「これは…!!」
信号のやり取りが途絶え、沈黙が辺りを覆う。
「オレたちだけでやるか?」
しばらくして、フレンジーが話を始める。
「クラナガンにゃ、スィンドルやドロップキックどもが相当数潜入してるから、
成功率は高いぜ」
フレンジーはそこで言葉を切ると、コンソールに顔を近づけてヒソヒソ話でも
するように音量を絞って言う。
「それに、“スタースクリーム”の奴にこれ以上点数稼がせる必要もないだろ」
サウンドウェーブは依然沈黙を保ったままだった、フレンジーも、無理に返事を
求めたりしない。
「いや、独断で動くのはまずい」
ようやく、サウンドウェーブは口(?)を開いた。
「確かに、この世界の生物の思考レベルはさほど高くはない、防衛システムも
粗雑だ。
しかし、中には妙に勘の鋭い奴や、それなりの能力を持ってる奴が居るのも
また事実だ」
サウンドウェーブは話を続けながら、コンソール下にある収納棚の引き出しを
開ける。
「ブラックアウトはネットワークへの侵入の途中で妨害され、何匹か生物を
取り逃した、そして、お前も任務中に手傷を負っている、奴らを過小評価する
のは危険だ。
予定通り、生物どもが警戒態勢を解くのを待って、スタースクリームへ報告に
向かう」
「了解」
フレンジーは不満そうに首を振りながら、ラジカセに変形(トランスフォーム)
して収納棚へと入った。
音もなく棚は閉まり、コンソールの明かりも消える。
“後しばらくの辛抱だ、そう焦るな”
休眠に入る直前、サウンドウェーブはフレンジーへ宥めるように、回線を通じて
ダイレクトにメッセージを送った。
“ああ、分かってるよ”
それに対し、フレンジーも返事を返す。
“こちとら、数千万年前からずっと待ち続けたんだ。あと数日待つことなど、
どうってことねぇ”
最終更新:2008年03月18日 20:45