魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第八話「地上本部襲撃(後編の2)」
燃え盛る炎、瓦礫の散乱する法の党の内部を腕に傷ついたギンガを抱えて走る一人の男がいた。
その男はツギハギだらけのコートに顔にも大きなツギハギを刻まれ、両の目には大きな眼帯で塞がれている。
この男の名は屍十二、盲目の死人兵士。
その十二の後ろには上にスバルとティアナの二人を乗せて宙を舞う一つのエレキギターがいる。
これはロケット・ビリー・レッドキャデラック、ギターに憑いた亡霊である。
この奇妙な一団はオーグマンの群れを撃退後、ギンガを安全な場所まで搬送する為に現在地上本部内部を移動中なのだ。
そんな中、十二の腕の中のギンガが目を覚まそうとしていた。
「んぅぅ‥‥あれ? ここは‥」
十二の腕に抱かれていた少女、ギンガ・ナカジマが目を覚まして朦朧とする意識の中で口を開いた。
そんな彼女に対し、十二は顔も向けずに声をかける。
「起きたか?」
「はい‥‥あの‥あなたは?」
「屍十二、訳合ってここに来た死人だ。今てめえらを安全な場所まで運んでる最中ってところだよ」
「死人? あなたはいったい‥」
十二の言った死人という言葉に思わず聞き返すギンガ、だが十二はそんな事などお構い無しにギンガに言葉を続けた。
「まあそんな事ぁどうでも良い、てめえらに聞きてえ事がある」
「は、はい‥‥」
「キャロ、キャロ・ル・ルシエって奴を知らねえか?」
「へっ!?」
十二の口から出たのはギンガに聞き覚えのある人間の名前だった。ギンガは十二の意外な言葉に思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
キャロという名前にスバルとティアナも反応して十二に声をかけた。
「あ、あの‥‥ちょっと良いですか?」
「‥‥屍さん達ってキャロの知り合いなんですか?」
「ああ、俺とジュージがここに来た理由の“一つ”はキャロに会う為さ。君たちもあの子の知り合いなのかい?」
スバルとティアナの問いかけにギターに憑いた幽霊ビリーが口を開く(と言っても、人間の形態の身体を消して空飛ぶギターになった彼に口は無いが)。
「一体どういう関係なんですか?」
「ああ、なんて言うか‥‥」
スバルの質問に答えようとするビリーの言葉が十二の言葉に遮られた。
それは彼らしからぬ小さな声だった。
「‥‥‥ファミリー(家族)だ」
「えっ? 屍さん‥‥今なんて‥」
「ちょっと黙ってろ」
ギンガの言葉を制して十二は立ち止る。
全員の視線が正面に向けばそこには無数のオーグマンが待ち構えていた。
あともう少しで外に出れるというのになんという間の悪さか、ギンガは恐怖に身体が強張るのを感じる。
そんなギンガの身体を十二は片腕でギュッと抱き寄せた。
「あ、あの‥‥屍さん?」
「いいから黙って掴まってろ」
十二はドスの効いた低い声でそう言うともう一方の手をオーグマン達に向ける。
手の先には高温の赤い炎が集まり、凄まじい力が収束していく。
「てめえら‥‥‥‥散れ」
十二が呻くような言葉を漏らしたその瞬間、眼前にいた無数のオーグマンが爆ぜ飛んだ。
その攻撃を視認できた者は誰もいない、これこそは十二の用いる朽葉流の技の一つ砲砕(ほうさい)。
手に溜めた“気”を撃ち出す大技である。
立ちはだかっていたオーグマンは無残に砕け、邪魔者は即座に塵へと消え去った。
「さっさと行くぞ」
十二はまるで何事も無かったようにそう言うと再び走り出す。
唖然とするスバル達をよそに一同は呆気無いくらい簡単にオーグマンの囲いを抜けて地上本部の防衛に当たっていた武装局員達の下に到着した。
E・G・マインとの戦闘で負傷したギンガはすぐに医療班に託されて病院に搬送された。
スバルとティアナの負傷は軽く、治療は簡単に済んだので十二とビリーはようやく自分達の用件を切り出せるようになる。
「そんじゃ質問だ、てめえらはキャロの居所を知ってんのか?」
「はい、キャロは私達と同じ部隊に配属されてましたから」
ティアナのその言葉に十二の機嫌が一気に悪くなった。
十二はティアナに向かって凄みを効かせたドスの低い声で迫る。
「あぁん!! あいつの所属は自然保護隊じゃねえのかよ!?」
「え、えっと‥‥それは前の所属で‥今は機動六課に‥」
「六課だか五課だか、んなもん知らねえ。何であいつが、んな所にいんだゴラァ!!!」
「そ、その‥‥たぶん‥保護者のフェイトさんが誘って‥」
「あんのクソメス、何やってんだ‥‥ふざけやがって‥刻むぞコラァ」
「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ」
十二の迫力にティアナは思わず涙目になって悲鳴に近い声を漏らしてしまう。
その様子にビリーが“ヤレヤレ”と言いながら割って入って来た。
「おいおいジュージ~、レディを恐がらせるもんじゃないぜ。それに今は一刻も早くキャロの所に行かないといけないだろう?」
「そうだな、おいてめえ‥‥なんつったか‥まあ“ツインテ”で良いか」
「ツ、ツインテ?」
「俺らを六課とか言う所に案内しろや」
十二がそう言った瞬間、爆音が鳴り響く。
そこにはミサイルランチャーの砲門と化した手を振りかざして襲い来るオーグマン、70ミリアームの群れ。
「ちっ! またゾロゾロと‥‥上等だぁ、残らず刻んでやるぜクソ野郎共が!!」
「待てよジュージ」
「あんだRB!?」
「ここは俺が残る、お前はキャロの所に行ってやってくれ」
ビリーはそう言うと自身の本体でもあるエレキギターの弦を軽くかき鳴らして気持ちの良い音を響かせる。
同時に閃光が走り、青い電撃が放たれてオーグマンを焼き滅ぼした。
「そんじゃあ任せるぜRB。おい、出発だツインテ」
「は、はい‥‥でも私の名前はティアナって‥」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ、さっさと行くぞゴラァ!!」
十二はそう言うとティアナを担いで(恥ずかしそうに顔を赤くしていたが、当然そんな事は構わずに)走り去っていった。
残されたスバルとビリーは迫るオーグマン達に向き直り各々の得物を構える。
そしてビリーはおもむろにスバルに声をかけた。
「スバルって言ったか、ここからのギグ(演奏)は俺のステージだ。君はそこで見ていてくれ」
「えっと‥‥はい‥」
「さあ、最高にハードでホットなセッションで行くぜ、準備は良いかい?」
亡霊は群がる敵に余裕の笑みを浮かべながら手にしたエレキギター、BL20000V(ブルーライトニング、トゥエンティサウザンドボルト)を鳴らし、演奏と共に雷撃の雨を降らせた。
△
時空管理局地上本部の内部。
スカリエッティの行った襲撃に合わせて開始された地上本部のクーデターにより、混迷を極めるこの状況で唯一事態の全貌を支配しているだろう男がいる。
その男の名はレジアス・ゲイズ、レジアスは管制室で通信モニター越しに燃え盛る機動六課隊舎を眺めていた。
そのモニターには彼が全幅の信頼を持つGUNG-HO-GUNSの一人が巨大な十字架と共に映っている。
「首尾はどうだチャペル」
『言われた通りに聖王の器、そして戦闘機人と召還師も含めて対象は全て確保した』
チャペルと呼ばれた巨大な十字架を担いだ男はそう言いながら足元を指す。
そこには聖王の器ことヴィヴィオ、そしてそのヴィヴィオを捉えに来たナンバーズの二人ディードとオットー、召還師の少女ルーテシアが倒れていた。
全員傷ついているが死んではいない、この程度は男にとっては造作も無いのだろう。
「さすがだな」
『だがガリューだったか、あの召還蟲という奴は逃してしまったぞ。いささか動きが素早くてな』
「構わんさ、召還師がいれば問題ない」
『そうか。さて、こいつらはオーグマンにでも運ばせるとして、私はこれからどうする?』
「こちらに帰還しろ、我らはこれから人質と共に移動し“ゆりかご”へと向かう」
『例の古代遺産か、それは本当に動くのか? 何百年も前の物なのだろう?』
「その点は問題ない。捕らえた戦闘機人から得た情報や最高評議会の調査の結果、アレはまだ十分現役で使える最強の兵器だという事だ。それにアレが使えずともこれだけの数のオーグマンと今回得られた収穫だけでも十分クーデターに支障は無い」
『確かにな、では私はそちらに向かうとしよう‥‥』
「ああ、それと追加の任務だチャペル」
『何だ?』
「こちらに戻る際に殺せる敵は全て殺せ」
『了解した。GUNG-HO-GUNSが一人、チャペル・ザ・エバーグリーンの名において』
男はそう言うと肩に担いでいた十字架を縦に二分割にする。
それは巨大な十字架から転じて二丁のマシンガンへと変わる彼の愛銃だった。
男の名はチャペル・ザ・エバーグリーン、神父のような服に黒い帽子を被りゴーグルのようなサングラスをかけた男、そしてかつてはGUNG-HO-GUNSに名を連ねた最高の殺し屋である。
エバーグリーンの言葉と共に通信は切られ、モニターは別の影を映した。
今度もまた巨大な十字架を持った男、だがそれはエバーグリーンを遥かに凌ぐ異様な雰囲気と死臭をモニター越しに放つ異形。
「さて、“アイツ”の調子はどうだオーリス?」
「安定しています、現在までの交戦で暴走はしていません。このままなら地上本部内部の掃討に向かわせても問題無いかと」
「よし、では向かわせろ」
「了解しました」
未だ混迷を深める地上本部内部に最悪の死人が放たれた。
その者の名はファンゴラム、最強最悪の死人兵士にしてグレイヴへ深い私怨を持つ悪魔である。
そして地上本部の内部をグレイヴがナンバーズ捜索の為に駆けている等、レジアスには知る由も無かった。
△
ある日、私は里を追われた。
強い力、強大な竜を召還する力は災いを呼ぶと言われて私は一人で住みなれた場所を去った。
初めて見る里の外の世界は広くて、無知な私は何も分からなくて、ただ降り積もる雪に凍えるしかできなくて。
「寒いな‥‥」
思わず口から出た呟きが白い息と一緒に消えていった、私は一瞬空気を染めた白を見つめながら自分の身体をジワジワと侵食する寒気をどこか他人事のように感じていた。
昨日まであった居場所が温もりが今はもう欠片も無いって事が上手く認識できない。
「きゅく~」
心配そうに鳴くフリードを抱きしめてその体温を噛み締める、今私の傍にある温もりはもうこのフリードだけだから。
「ぐすっ‥‥えぐっ‥」
その事を考えたらなんだか無性に悲しくて後から後から涙が溢れてきて、いつの間にか声まで漏れてた。
そんな時だった、あの人が声を掛けてきたのは。
「なに泣いてんだメスチビ、うるせえから静かにしてろや」
「おいおいジュージ~、可愛いレディにそりゃ無いぜ?」
私が振り向けば、そこにはツギハギだらけのコートを着た白い髪の男の死人さんと真っ赤な服にギターを持った幽霊さんがいた。
それは私がフェイトさんに会うまで一緒に生活したファミリー(家族)の記憶。
「あれ‥‥私寝てたの‥かな」
懐かしい記憶から一気に現実に引き戻される。
目を開ければ気を失っているエリオ君にぐったりとしたフリードがいた。
そうだ、私達六課に戻って敵と戦ってエリオ君が海に落とされて‥‥駄目だそれ以上は思い出せないや‥‥
「ヴォルテール‥‥召還しないと‥」
六課を守らなきゃ、そう思って召還しようと手のデバイスをかざそうとしたけど力が入らなくて上手く動けない。
私がそうして足掻いていたら何か人影みたいなモノが近づいてきた。
最初は救援かと思ったけどそれは違った。
筋肉質な身体と青白い肌、なにより鎌みたいな腕を持ったそれは突如出現したアンノウンだった。
「キシャアアアアアアアッ!!!」
腕の鎌を振りかぶってそれは迫ってきた、私は目の前に来た確実な死の気配に寒気を感じた。
守らなきゃ、エリオ君を、フリードを、機動六課を、皆を、でも身体に力は入らなくて私は身動き一つまともにできなきって‥‥‥死の恐怖に思わずあの人の名前が出た。
「助けて‥‥十二さん」
△
「はぁ‥‥はぁ‥」
地上本部内部、荒くなった呼吸を整えながらチンクは歩く。
チンクの足元には流した血潮の雫が滴り落ちて赤い跡を残している、言うまでも無く先ほどのE・G・マインとの戦闘で傷を負っているのだ。
ギンガとの交戦中に受けた奇襲でチンクは右肩に負傷を負い唯一にして最大の戦闘能力であるダガーナイフの投擲がほとんど出来ない状態になっている。
なんとかE・G・マインから逃げる事は出来たが、今戦闘に巻き込まれたらまず勝ち目は無い。
故に他のナンバーズとの合流地点に向けて痛む身体に鞭打って歩いているのだ。
「チンク」
チンクにとって聴き慣れた静かな、そして澄んだ声がかけられる。
振り向けばそこには背には棺を手には二丁銃を携えた最愛の死人が、鉄火場に相応しくない微笑を浮かべて立っていた。
「グレイヴ‥‥良かった、無事だったんだな」
「‥‥」
グレイヴは無言で頷くと、ふらつくチンクに歩み寄り跪いて彼女の小さな身体をそっと支える。
チンクはグレイヴの腕に抱かれると、落ち着いたように大きく息を吐いた。
「ふぅ‥‥すまないな迷惑ばかりかけて」
「‥‥」
グレイヴはチンクに優しく静かに微笑む、チンクもそれに連られて思わず笑みを零す。
だが安らぐようなその時間は永くは続かなかった、最悪の死人兵士の乱入によって。
「グウウウレエエエイイィィヴウウゥウウ!!!!!!」
野獣の如き咆哮と共にその者は現れた。
悪魔染みた気迫と狂気を宿した眼光、黒いコートとツバの長い帽子はどこまでも不気味で死神のような不気味さをかもし出している。
そして何より目を引くのは2メートルは軽く超える巨大さを誇る十字架型の超巨銃、ケルベロス・センターヘッド、この銃を使えるのはこの世でただ一人。
ファンゴラム、最強最悪の死人兵士が遂にグレイヴと再会を果たした。
△
オーグマンの腕の鎌がキャロの首を刎ねようとした刹那、紅い刃が閃きオーグマンの身体を数多に刻む。
そしてツギハギだらけの古ぼけたコートを翻して男は少女の下に辿り着いた。
「呼んだか?」
オーグマンを容易く刻んだ男はキャロの前に立つと、小さくだが確かに聞こえる残響でキャロにそう言った。
屍十二、キャロがかつて共に旅した死人兵士、ガラが悪くてぶっきらぼうで加えて喧嘩っ早いとくるとんでもない男だ。
だが今キャロが誰よりも会いたかった男でもある、キャロは思わず目を涙で一杯にする。
「十二さぁ~ん」
「ああ、うるせえ。泣くな喚くな抱きつくな」
「ら゛っでええぇぇ」
キャロは顔を涙でグシャグシャにしながら十二にしがみ付くように抱きつく。
対する十二は口では酷い事を言っているが引き剥がしたりせず、ただキャロのしたいようにさせていた。
どれだけ悪態をついたとて十二とってキャロは守るべき大切なファミリー(家族)だから。
「えぐっ‥‥ひっく‥」
「ったく、相変わらず泣きまくりやがって、お陰で服がびしょ濡れじゃねえか」
「‥‥ひっく‥ごめんなさい」
「謝るんじゃねえよ、調子が狂う」
十二はそう言うとポンポンとキャロの頭を軽く叩いた、キャロは懐かしくて温かいその感触にさらに涙を流して強く抱きつく。
そこに十二に遅れてティアナがやって来た、十二はバツが悪そうに表情を歪ませる。
彼としてはキャロの頭を撫でている所を見られるというのは、さすがに気分が良いものではないのだろう。
「ティアさん!」
「キャロ~、大丈夫だった?」
「はい」
「そう、良かった。それじゃあ早く安全な場所までエリオを運ばないとね」
「おう、ツインテの言う通りだな。さっさとこいつら連れて行くぞ」
「ツインテって‥‥」
十二はそう言うと気を失って倒れていたエリオを脇に抱え、キャロを背負う。
そしてフリード(いつものように小さくなっていた)をティアナに放り投げるとさっさと走っていく。
「ちょっ! 待ってくださいよぉ~」
△
地上本部上空、交錯する軌跡が三つ。
一つは機動六課所属の執務官、フェイト・T・ハラオウン。そしてそんな彼女と激しく刃を交える光が二つ、ナンバーズ3番トーレと7番セッテである。
身体にかかるリミッターの負荷に2対1という数的な優位を敵に取られたフェイトは苦戦を強いられていた。
(リミッターが重い、それにこの戦闘機人‥‥強い!)
眉を歪めて苦い表情のフェイトに、対するトーレとセッテは表情を変えずに悠然と見据えている。
言うまでも無くフェイトの劣勢、もはや勝敗は決しかけていた。
「まだやりますか? フェイトお嬢様」
「くっ!」
トーレの言葉にフェイトは鋭い眼光で睨み付ける、だがそれには牽制以上の効果は無い。
状況は今のフェイトでは覆しきれぬ苦境、戦力的な不利は甚だしい。
だがこの勝負に決着というものはつかなかった、未知の勢力の存在によって。
次の瞬間、乾いた銃声と共に無数の銃弾が3人に飛来した。
銃弾の雨を防御障壁で防ぎ視線を周囲に向ければ、そこには空を覆いつくす程の量の異形が飛び交っていた。
「こいつらは一体?」
「な、何なのコレは!?」
トーレとフェイトは敵対している事を思わず忘れて驚愕に声を上げる。
それはあえて言うならトンボのような形とでも言えば良いのだろうか、背に4枚の蟲のような翼を持って飛行して尾に当たる部分に付いた銃で攻撃を行ってくる。
正に異形と呼んで差し支えないだろう奇怪な化け物、これこそは飛行型オーグマン“ドラゴン・フライ”である。
突如として現われた無数のドラゴン・フライは銃弾の嵐で以ってフェイト、そしてトーレとセッテに襲い掛かった。
「フォトンランサー!!」
詠唱と同時に敵を穿つ雷撃の矢、飛び交う銃弾を回避しながらフェイトはデバイスを構えて射撃魔法を射出してドラゴン・フライを撃墜していく。
敵の数は多いが相手は所詮オーグマン、高速起動を得意とするフェイトの動きを捉える事は叶わず次々と地に落ちていった。
「セッテ、ともかくこいつらを先に叩くぞ」
「了解」
トーレとセッテも一時交戦対象をドラゴン・フライに変更してインパルス・ブレードとブーメラン・ブレードの刃を翻して無数の敵を刻み落とす。
だがこのドラゴン・フライの群れは彼女達を倒す為の戦力では無いのだ、これは注意を引く為の囮なのだから。
そして虎視眈々と奇襲の機会を伺っていた死人は機が熟すや鮮やかな銃火の花を空に咲かせた。
「きゃあっ!」
射撃魔法の閃光が宙を走った刹那、悲鳴と共に射撃魔法の弾頭は正確にセッテに命中した。貫通された腹部の射創から鮮血が溢れ出し、血の朱が空を彩った。
そしてさらに無数の次弾が射出されセッテにトドメをさそうと迫る。その事に気付くや否やトーレが最高速度で駆け寄ってセッテを庇った。
先の牽制の射撃など比べられぬ数と威力の射撃魔法がトーレのしなやかな身体を容赦なく嬲る。
「ぐああああぁぁっ!!!」
夜空の闇に響く絶叫、全身に無数の穴を穿たれてトーレは夥しい鮮血を散らした。
二人の戦闘機人は瞬く間にその戦闘能力を削ぎ落とされ、ようやく襲撃者は姿を現す。
それは生気の無い顔色に能面のような無表情、両手に二丁の拳銃型デバイスを構えた青年、彼こそがレジアス・ゲイズが作り上げた死人の魔道師ティーダ・ランスターである。
「あなたは一体‥‥」
フェイトは突如として現われた魔道師に向けて呟く。
一見すると管理局の魔道師と映るティーダの姿は敵として認識できなかった、この油断がフェイトにとって命取りとなる。
ティーダは何の逡巡も無く両手の二丁銃の銃口をフェイトに向け、鮮やかな銃火を見舞った。
「きゃああぁぁっ!!!」
正確な軌道で以って頭部に射撃が命中。
悲鳴と共にフェイトの意識は死人の撃った魔力弾頭によって刈り取られた。
そして非殺傷設定の魔力ダメージで意識を闇の中に落としたフェイトの身体は即座にバインドで拘束される。
ティーダは何の感情も宿らない瞳でそれを確認すると地上本部の己が主に報を送った。
「こちらティーダ、捕獲対象プロジェクトFを確保」
『よし、では引き続き任務にあたれ。その戦闘機人共ならば別に死体でも構わん』
「了解」
簡潔な応答を終えたティーダは既に虫の息のトーレ達に向けて両手の二丁銃型デバイスを構えた。
即座に銃火の花が咲き、無数の魔力弾頭が襲い来る。
フェイトの場合と違い、問答無用で殺傷設定にされた高出力の魔力弾頭の雨をトーレとセッテは何とか回避しようとする。
だが周囲のドラゴン・フライの銃弾も加わり、もはや逃げ場はどこにもない。
無数の銃弾の雨の中、なんとか最低限の回避を続けながらトーレはセッテに通信を入れる。
『セッテ‥‥お前は一人で逃げろ‥ここは私が引き受ける』
『えっ!?‥‥でも‥』
『いいから言う通りにしろっ!!!』
それは感情に乏しいと言われるセッテでさえも思わず表情に驚愕を浮かべるような怒声だった。
そしてトーレは返事も待たずにセッテの為の血路を開きに躍り出る。
「うおおおおおおぉぉっ!!!!」
トーレは空を震わせるような雄叫びと共に最高速度の加速を行い、手足のインパルスブレードの刃を躍らせて眼前のドラゴン・フライの群れを刻み落としていく。
ナンバーズ中最高の空戦能力と速度を誇るトーレの命がけの突撃である、愚鈍なオーグマンに捉えられる筈が無く一瞬で逃走の為の道が開いた。
「セッテ、逃げろっ!!」
「えっ?‥‥でもトーレは‥」
「いいから早くしろっ!!!!」
「は、はい‥」
トーレの鬼のような気迫に押されセッテは渋々撤退した。トーレはその後ろ姿を確認すると、その場に不釣合いな程の微笑を浮かべる。
常は鋭い雰囲気の彼女らしからぬ優しげな笑み、それは死を覚悟した故に浮かべる事のできる達観した表情だった。
「さて‥‥これで悔いなく散れるというもの‥ぐっ‥」
言葉を言い切る事もできずトーレは口から鮮血を吐き散らして呻く、さらに全身の傷からも墳血。
その量は既に常人の致死量に近く、トーレの視界が暗く霞む。
「どうやら‥私はここまでのようだな‥‥‥さあ貴様ら、ナンバーズ最高の空戦能力と速度を見せてやる、死にたい奴からかかって来いっ!!!!!」
トーレの叫びが天に木霊する、その表情は鮮血に彩られながらも陽気に見える程の笑みである。
もはや彼女に死の恐怖や憂いなどは一片も無い。
ただ一つ、掌中に潜ませた“彼からの贈り物”を除いては。
(結局ほとんど付けられなかったな‥‥すまんグレイヴ‥お前がせっかく贈ってくれたのに‥)
トーレは一瞬だけ哀しそうな表情を宿し、家族である死人の事を想いながら手の中にある彼からの贈り物、赤い花を形どったタイピンを握り締めた。
そうして一呼吸にも満たない時間だけ目を瞑れば、後は最後の特攻に駆け出すだけだった。
△
崩壊と混乱の極みにある時空管理局地上本部の内部。
そこで対峙するのは二人の死人兵士、ビヨンド・ザ・グレイヴとファンゴラム。
共に最強の死人の名を冠する両者、かつての戦いで勝利を収めたのはグレイヴだったが現在の状況はグレイヴにとって不利な事この上ない。
地上本部での対人用に背の棺桶デス・ホーラーに内蔵した火器を非殺傷設定の特殊弾薬に換装したグレイヴは実質ケルベロスのみで戦わなければならないのだ。
「チンク‥‥逃げろ」
「何を言っている、ここは二人で‥‥」
チンクが言葉を言い切る間も無く巨大なる狂銃は咆哮を上げる。
グレイヴは咄嗟にチンクの小さな身体を脇に抱えて回避したが、後方の壁がその凶弾に凄まじい爆音と共に炸裂した。
火を吹いたのは、言うまでも無くファンゴラムの持つ超巨銃ケルベロス・センターヘッド。
40ミリを軽く超えるその砲兵器並みの銃弾のもたらす破壊は無慈悲なまでの威力を内包している、何人もこの狂銃を前に死と破壊を免れる事は無い。
グレイヴは脇に抱えたチンクを手放すと即座に反撃に転じる。
両手のケルベロスが乾いた銃声を響かせて火を吹き、正確な弾道でファンゴラムの眉間を捉える。
常人ならば容易く頭蓋を砕かれて脳漿をぶち撒けるだろう15ミリ弾頭の直撃、だが最悪の死人を破壊するには足りなかった。
「グレイヴウウウゥゥッ!!!!!」
頭部に受けた銃弾に逆上したファンゴラムは、地の底から響くような重低音の声で吼えながら手の十字架型超巨銃を振り回しながら銃弾を凄まじい勢いで撒き散らす。
それは爆撃とでも形容できそうな弾丸の嵐、さながら破壊の宴である。
グレイヴとチンクは何とか壁の影に走りこんで遮蔽物に隠れた。
だがこの程度の壁など、センターヘッドの前では盾になどはならない。
「チンク‥‥早く逃げろ」
「だが、それではグレイヴは‥‥」
「俺なら大丈夫だ」
グレイヴはそう言いながら真っ直ぐにチンクの瞳を見据える。
それは決して譲らない意思を秘めた眼光、強い決意を持った男の目だった。
チンクは折れた、こうなった彼は決して己が意思を曲げないだろうから。
「分かった‥‥‥すぐにセインに回収に来させる。だからそれまではくれぐれも無理はするなよ」
「‥‥」
グレイヴは無言で頷く、彼を一人残す事に後ろ髪を引かれつつもチンクは他の姉妹の下に駆け出して行った。
それを一瞬だけ見送ると、グレイヴは両手の二丁銃を構えて飛び出した。
ファンゴラムに無駄に時間を与えればそれだけ死を招くのだ、躊躇する暇は欠片も無い。
即座に地獄の番犬の名を持つ二丁銃が火を吹き銃弾を吐き出す。
グレイヴの銃撃は今度もまた正確無比に命中する、だがファンゴラムはそんな攻撃などまるで水の雫でも受けるように微動だにせず、被弾しながらセンターヘッドの砲撃で返した。
銃声と爆音の混合合唱が鳴り響き、銃火の花が咲き乱れる。
センターヘッドが荒い狙いと共に無数の凶弾を吐き散らす、グレイヴは側方に跳んで回避しながら距離を詰めていく。
一発喰らっただけでも戦況を覆しかねないセンターヘッドの砲火の中で接近する、異常と言っても過言ではない。
危険は百も承知だが今はこうする以外ない、遠間からの射撃のみでは劣勢は抜け出せない。
ここは接近してデス・ホーラーでの打撃に移行して時間を稼ぐ、これがグレイヴの考えた打開策だった。
グレイヴは側方に回避を続けながら両手のケルベロスで牽制の銃弾を叩き込み、徐々に距離を詰めていく。
そして遂に打撃の間合いに入った瞬間、人外の強さを誇る力をたっぷりと込めて思い切り振りかぶったデス・ホーラーの打撃をファンゴラムに叩き込む。
狙いは頭部、デス・ホーラーの角にある突起を突き刺すように全力で振りぬく。
デス・ホーラーを用いた打撃は頭部に深く刺さる、だがファンゴラムは倒れないむしろこれを好機と片腕でデス・ホーラーを掴んでグレイヴの動きを殺す。
「ぐうっ!」
グレイヴが思わず呻くような声を漏らした刹那、ファンゴラムはもう一方の腕に握ったセンターヘッドの銃口をグレイヴに突きつけ、密着状態でゼロ距離射撃を胴に見舞った。
凄まじい爆音と共にグレイヴの胴体に大穴が開く。
銃火と鮮血が花の如く散りグレイヴの身体が吹き飛ばされ、衝撃に何度も床を転がり壁に叩きつけられた。
「がはあっ」
壁に身体をめり込ませながら口から夥しく吐血。
初期型死人兵士の命とでも言うべき血液を大量に失い、グレイヴの意識に闇がかかり始める。
だがグレイヴは鋼の意思で戦意を燃やし、震える手でケルベロスを構えてファンゴラムに反撃の銃弾を撃つ。
ビヨンド・ザ・グレイヴ、機能停止寸前とは言えど最強の死人と呼ばれた男である、その銃弾は残らず命中してファンゴラムに微々たるものとはいえダメージを与えた。
稼げたのは、ほんの十秒も無い時間。
だが“彼女”の能力ならば脱出にはこれで十分だった。
「セインちゃん到着~♪」
まるで水面から飛び出す魚の如く、ナンバーズ6番セインは床から現われる。
そしてグレイヴに抱きつくや否や彼を連れて再び床に潜っていった。
セインの能力“ディープ・ダイバー”、物質を透過して潜行する特殊な力。
地上本部の地下を潜りながら、セインはグレイヴを運んだ。
「セ‥イン‥‥」
「大丈夫だよ、すぐに安全な場所まで運んであげるから」
「チンク‥は‥‥」
「チンク姉もノーヴェ達も無事だよ、皆は先に脱出したから‥‥でも他のナンバーズと連絡が取れなくて」
グレイヴがセインの言葉を全て聞く事は無かった。
彼はチンクが無事だという事を確認すると同時に意識を闇に落としたのだから。
そしてこの後、彼は知る事となるだろう、最愛の家族がある者は敵の手に落ちある者は永遠の別れを告げた事を。
△
「中将、チャペル以下GUNG-HO-GUNSメンバー加えてファンゴラムの全員が輸送ポイントに集結しました。ほどなくティーダも到着します」
「よし。ではそろそろ行くとするか」
オーリスの報告を受け、レジアス・ゲイズはそう言うと重い腰を起こして立ち上がった。
聖王の器を手に入れた以上はこれ以上ここにいる理由は無い。
「人質はそのまま転移魔法で輸送しろ、捕獲した戦闘機人と
その他確保対象も一緒に送れ」
「了解しました、ですがティーダの撃破した戦闘機人は生命活動が停止し、その上破損が激しいのですがどうしますか?」
「捨て置け、戦闘機人は最低限の数があれば構わん」
レジアスは吐き捨てるように言うと踵を返して歩き出す。向かうは古代の戦船、ベルカ王族の用いたロストロギア。
「さあ“ゆりかご”へ行くぞ、我々が世界を塗り替える時が来た」
転移魔法陣が展開され、レジアスとオーリスの身体は消え去る。
後には法の党、時空管理局地上本部がただ無残に燃え盛っていた。
続く。
キャラ紹介。
「チャペル・ザ・エバーグリーン」
トライガンに出てくる俺の好きなGUNG-HO-GUNSのメンバー(こいつはアニメ版のみ登場)。
神父のような格好に帽子を被り、ゴーグルみたいなサングラスをかけている。
武器は十字架型の銃、十字架を縦に二分割して二丁のマシンガンにして使う。
声がブライト艦長でリアリストのナイスガイ、是非とも彼の名セリフである「人生は絶え間なく連続した問題集だ~」ってのは出したい。
最終更新:2008年03月25日 23:10