魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第九話「夢」
守りたかった、大切な人をただ守りたかった。
見ず知らずの人間に鉛の弾を叩き込み屠る、その理由はたったそれだけだった。
「ブランドン」
暗い闇の中で懐かしい声が聞こえる。
それは守るべき組織の掟、慕うべき組織の長、組織(ミレニオン)のそのものとでも言うべき“あの人”の声だった。
「どうしたんだ、ブランドン?」
懐かしい声に俺は目を覚ます。
開かれた“両の瞳”に映るのは見覚えのある景色“あの人”と共によく過ごした緑と川のせせらぎだった。
そして俺の前にはかつての尊敬すべきボスがいた。
「どうしたんだねブランドン?」
「ビッグ・・ダディ・・・」
小川のほとりに立った初老の男は俺に語りかける。
それは俺の最愛のファミリーの一人だった尊敬すべきボス、ビッグダディ。
ビッグダディは不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
気付けば、俺はビッグダディと一緒に川のほとりで竿をたらしていた。
「ボーっとして、最近はそんなに仕事が忙しいのかね?」
「・・・・いえ・・」
これは夢だとすぐに気が付いた。
俺の右目はハリーに撃たれた、ビッグダディは死んだ、これはあの日の・・・俺がまだ生きていた頃の記憶だ。
周囲を見渡せば記憶に残る森と小川が鮮やかな光景を映し出している、夢とは思えないくらい鮮明だ。
よくビッグダディとこの川で釣りをしていた事を思い出すのにそんなに時間は必要なかった。
俺はビッグダディに視線を戻す、ダディはあの頃と変らず。
「ビッグダディ・・」
「なんだねブランドン?」
「ビッグダディは・・・・守れなかった事はありますか? ファミリーを・・愛する者を・・・」
俺の質問にビッグダディは少し虚を付かれたのか少しだけ、本当に少しだけ俯き黙った。
そして顔を上げると静かに、本当に静かに口を開いた。
「ああ、あるさ。何度も・・・そう、数え切れない程にあるよ」
「・・・・」
重い、ただ言葉の残響が重いんじゃない。
そこに込められた後悔が悲しみがそして過去が重かった。
「なあブランドン。私はこう思うんだ、人は無力だと・・・」
「・・・無力・・ですか?」
「マフィアのボスであり、この街の・・・いやこの国の多くの権力を掌握する私ですらそう思う・・・人は無力だ。例えどんな力を以ってしても全てが守れる訳ではないのだとな・・」
「・・・」
俺は何も言えなかった。
人の身を捨て死人になってなお、多くの仲間をファミリーを守りきれなかった俺にその言葉はあまりにも重く濃い。
「だがブランドン・・・私はこうも思う、人は無力だとしても守るという行為は決して無意味ではない。一握りでも良い、たった一人でもファミリーを守れるのならそれは有意義なものだよ」
「ビッグ・・ダディ・・・」
瞬間、夢の像は幻と霧散した。
意識は再び元の時間へと飛び、ただ当てどない闇を彷徨い始めた。
△
「彼の具合はどうだい?」
地下深くにその居を構える研究施設、そしてそこの主ジェイル・スカリエッティはいつものと変わらぬ声の調子でそう尋ねた。
質問を投げられた機人の長女もまたいつもと変わらぬ冷静な声で返答した。
彼らの目の前に映るモニターには隻眼の死者ビヨンド・ザ・グレイヴが座して静かに眠り、死人兵士の命綱である血液を交換している。
ここはスカリエッティが居を構える地下施設。
先の戦いで傷ついた死人の様子をこの施設の主であるスカリエッティ、そして彼の秘書である機人長女ウーノとグレイヴの身を案じるチンクが眺めていた。
「血液交換、体組織再形成ともに問題なし。すべて順調です」
「ふむ、流石は死人兵士だ。死に難さ、いやこの場合は表現が間違っているかな? 壊れ難さは想像以上だねぇ」
スカリエッティの言葉に、その場にいたチンクが少しばかり敵意を込めた鋭い視線を隻眼から投げた。
ナンバーズの中でも戦闘経験ならば二番手にはなるチンクの眼光、流石にこれにはスカリエッティも少しばかり肝を冷やす。
「ハハッ、そう睨まないでくれよチンク」
スカリエッティはそう言いながら苦笑した。
彼はこれでも生みの親である、チンクは理性で心の内に点火された怒気を消火、同時に眼光から鋭さを消す。
チンクは視線をモニターに移して眠る死人を心配そうに眺めた。
常人ならば致死必至の重症でも、彼にとっては血を入れ替えるだけで修復できる筈だ、現にもう全快に近づいている。
だがそれでも機人の少女の不安な心は消えない。
先の戦闘でオットー・ディード・トーレは行方不明、ルーテシアとゼスト・アギトも通信途絶、それ以外の多くの姉妹はチンクを含めなんとか帰還しながらも謎の第三勢力との戦いで傷ついた。
そして地上本部での戦闘の際、自分を逃がす為に傷ついたグレイヴの事を思うとチンクの胸は張り裂けそうだった。
「ん? このパターン、脳波の波形が妙だねぇ」
「なっ! それは何か異常でもあるのかドクター!?」
スカリエッティがモニターに映る数値を見ながら何気なく言った言葉にチンクが顔を蒼白に染めて詰め寄る。
スカリエッティはその剣幕にいささか目を丸くしたかと思えば、また嘲笑めいた苦笑を浮かべた。
「いやいや、そんなに心配する事じゃあないよチンク。たぶん彼は見ているのさ・・夢をね」
「・・・夢?」
「ああ。しかし興味深いねぇ、死んだ人間はいったいどんな夢をみるんだろうか」
スカリエッティはそう言いながら心底興味深そうに眠りに付く死人をモニター越しに眺めた。
チンクはそんな産みの親にまた鋭い視線を向けるが、彼はお構い無しに好奇の目をグレイヴに向け続ける。
そのスカリエッティにウーノがおもむろに口を開く。
「ところでドクター、オットーやディード、それにルーテシアお嬢様は確認できるのですが・・・やはりトーレの生体反応をトレースできません。作戦撤退からの経過時間を考えるとやはり・・・」
「ああ。死んだんだろうね」
まるでさも当然の事のようにスカリエッティは答えた。
その言葉には一切の感情が込められてはおらず、一片の淀みも無く言い放たれた。
チンクは思わず眉を歪めて苦々しげな表情になる。
確かにトーレの生存は絶望的だ、帰還したセッテの話や混乱した状況から収集した情報を元に判断すればそれが当然だった。
それでも姉妹の死を受け入れたくないという思いは強かった。
「ドクター・・一つよろしいですか?」
「ん? なんだいチンク?」
「トーレの事は・・・他の姉妹にはまだ伏せていても良いですか?」
「まあ別に構わないよ、結果がどうあれいつかははっきりする事だ」
「ありがとうございます・・・・ドクター」
呆気なくとれた了承にチンクは安堵した、これで姉妹も彼も少しの間・・・本当に少しの間だろうが悲しまずに済む。
隻眼の少女はその小さな胸の内に仮そめのやすらぎを感じた。
場には少しばかりの沈黙が流れる。だがそれを打ち破るようにけたたましいアラームが鳴り響く。
緊急通信回線が繋がった事を伝える警報音が空気を震わせる、モニターは自動的に通信相手を映し出した。
「これはこれは・・・しばらくぶりだねえ」
『そうだな。ところで今、お前の施設のメインハッチの近くに来ているのだがな・・』
そこには太目の体系にヒゲを蓄えた中年の男。
管理局中将にして今回の一見の黒幕、レジアス・ゲイズの姿があった。
「ああ、すぐに開けよう。お茶でも用意しようか?」
『いらん』
「そうかい」
聞くだけなら単なる会話にしか聞こえないがスカリエッティとレジアスの視線には明らかに敵意や警戒が含まれていた。
まあ、先の地上本部襲撃の件を考えれば無理からぬ事だろう。
会話はそこで打ち切られ、モニターはまた静かに眠る死人へと戻った。
スカリエッティは視線をウーノへと向けて口を開く。
「ではハッチを開けてくれウーノ。ああ、もちろんレーダーや魔力スキャンで周辺の警戒も忘れないでくれ」
「よろしいのですか? このタイミングであの男が現われたというのは・・」
「間違いなく先の一件が絡んでいるだろうね。だがここは私の城だよ? もしもの時は暴力的に解決させてもらうさ」
スカリエッティは自信をもってそう言うと、手にグローブ型デバイスを装着。
宙に展開したモニターで施設内に投入可能なガジェットドローンの起動を開始する。
「クアットロを呼んでくれ、あの子のガジェット運用と幻影が必要だ」
「了解しました」
「よし、ではチンクは下がりなさい」
「なっ!? ですがドクター・・・」
「君はこの前の戦闘での傷をまだ修復できてないだろう? 他の姉妹と待機していたまえ。それに・・」
スカリエッティはそう言いながらモニターを展開して訪れた客達を映し出す。
そこにはレジアスを含めた奇妙な男達が4人ほどいた。
「魔力量もほとんど無い人間が4人。遅れを取る相手ではないさ」
彼のその言葉にチンクは渋々ながらも指示に従い下がった。
だがスカリエッティは知らない、今回の事件にて現れた謎の怪人“オーグマン”を操り管理局に反逆する者こそがレジアスであり。
彼と共にいる者の一人である死人、ティーダがトーレを殺したという事。
そしてその彼らと共にいる残る2人がGUNG-HO-GUNSという名の超異常殺人能力集団であると事を・・・
続く。
最終更新:2008年05月14日 20:24