Devil never Strikers
Mission : 09
Hero come here


 地上本部が悪魔に襲われた。
 その事実は建物内の警備を担当しているなのはにも伝わった。
 窓から地上を見下ろすも雲が邪魔して下の様子は分からない。
 襲われているのは西と南の二ヶ所、そして南は六課のメンバーが担当しているエリアでもあった。

「ごめんなさい、高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります」

 そう言って勝手な出撃をしたのはいつだっただろうか、今だってそう言って飛んでいきたい気持ちはある。
 だが機動六課スターズ分隊隊長、高町なのは一等空尉がそうする事は絶対に無い。

 昔のなのはだったら仲間が危ないのなら効率や責任など無視して飛び出していただろう。
 大人になったな、と良い意味でも悪い意味でも思った。
 そして大人になったなのはは、教え子達に対してこうも思う。

(もし任務より大事だ、と思えることがあるのなら…そっちを優先してほしい。そのためならこの頭をいくら下げても後悔は無いから)

 前線にいない彼女には、前線にいる者の無事を祈ることしか出来なかった。



 南エリア、スバルが抜けてから二時間後。
 ティアナは横から飛び出してきたサルガッソーを最小限の動きで避けた。
 サルガッソーはそのまま奥にいたブレイドに当たり、ブレイドの怒りを買い、爪で引き裂かれる。
 何故だかこの悪魔達に『協力』と言う言葉は無い。
 それに対し、人間達が取った戦法は今のティアナのように同士討ちさせる方法だった。

 『突如現れた悪魔の群れに、管理局の人間全てが結束し、地上本部を守っている』
 これが今の状況を表した一文だが、映画やドラマ等の題材にするには少し地味だ。
 せっかくスカリエッティと言う分かりやすい悪役がいるのだからヒーローがいないと盛り上がらない。
 それもとびっきり強くて、格好いい奴が。

(ふう、そろそろ疲れてきたかな)

 あまりにも現実離れした状況からくる疲労で、多少変な方向に行っていた思考を引き戻す。
 もっとも疲れているのは精神だけではない。
 側にいるエリオとキャロもこの二時間の疲労が顔に表れている。
 次に増援が来たときにでも後ろに下がろう。
 ティアナがそう考えた時、丁度リインフォースから念話通信が入った。

『次に増援が着たら私達はいったん引きますです。その後はなのはさん達にデバイスを届けるです』

 どうやら向こうも同じ事を考えていたらしい。
 そして内部へのデバイスの持込はいつの間にか許可されていたらしい。そうなればなのは達もデバイスが手元に欲しいだろう。
 リインフォースに了解の返事をし、ティアナは気を引き締める。
 百里を行く者は九十里を半ばとす。最後が一番危ないのだ。

「機動六課、戦線より離脱します!」

 この撤退は必然だ。スタミナが切れたのなら後ろに下がる、人間には休息が必要だ。
 もし、休息をとらずに戦い続けられる者がいたのなら、それは本当に人間だろうか?



 西エリア、ティアナ達が撤退を終えた頃。

「スバル!そっち行くわよ!」
「分かった!」

 ギンガは目の前にいる敵に左手のリボルバーナックルを突き出した。
 老人の顔型白いの駒、ダムドキングは攻撃が当たる直前、ダムドルークと入れ替わり、ギンガの拳を避ける。
 キングはルークが元いた所に移動し――

「ディバイィン、バスタアァー!」

 ――予め待ち構えていたスバルの一撃を受け、砕け散った。
 ちなみにもう一体のルークは攻撃中なので入れ替わることは出来ない。
 キングを失ったダムドチェスメンは次々と砕け散り、後には大理石のような物のかけらが残される。

「良し!」
「スバル!右!」

 スバルの上げた喜びの声に、ギンガの声が重なる。
 右から襲って来たのはシャドウ。
 だがスバルもただ能天気に「良し!」等と言っていたのではない、この襲撃者の存在は感知していた。
 飛び掛ってきたシャドウを受け止め、ちょっと離れた所のスピセーレに向かって投げつける。
 シャドウを投げつけられたスピセーレは爆発し、その衝撃でシャドウのコアが露出する。
 近寄ってリボルバーナックルでサクッとコアを破壊した。
 しばらくしたら爆発する。巻き込まれないようギンガと共に離れ、他の悪魔達に紛れる。

「スバル、大丈夫?」
「大丈夫、見てたでしょ?成長してるんだよ、私だって」
「そうじゃなくて」
「体力のほう?そっちも大丈夫!」

 この言葉に偽りは無い。
 多少の疲労はあるが、精神的には絶好調。
 この戦いがいつ終わるのかは分からないが、最後まで休憩なしでいけるかもしれない。
 スバルは本気でそう思えた。

 スバルが来る前、西エリアの状況は悲惨だった。
 こっちには迎撃の準備をする余裕も、誰よりも速く攻撃してあれを倒せるものだと理解させてくれる人も、「行くぞ!」と勢いを付けてくれる人もいなかった。
 向こうにあったアドバンテージが全く無かったのだ。
 あったのは何の準備も出来ないまま襲ってきた化け物と、逃げなければどうなるのかを示す事実だけだった。

 そこにスバルが現れた。
 スバルは局員達が襲われているのをまず助けた。
 その時の相手がノーバディだったのは幸運だった。
 巨大化したノーバディを元の大きさに戻すには仮面を壊せばいい、それを知っていたのが幸運だった。
 仮面を壊して小さくし、ディバインバスターで一気に倒した。
 僅か陸戦Bクラスのスバルがあっさりと悪魔を倒した。

 最初の勢いのままスバルは悪魔を次々に倒していく、その姿に局員達は本来持っている勇敢さを取り戻す。
 取り戻された勇敢さは他のものにも移り、徐々に悪魔達を押し返す。
 程なくして増援が到着し、これをもって管理局は完全に勢いを取り戻した。

 この話を聞いたなのはは――具体的な特徴を聞かなかったためスバルだと気づきはしなかったが――こう思った。

(なんだ、西にはストライカーがいたんだ)

 南にはヴィータを含めたフォワード陣。西には正体は知らないがストライカー。
 地上本部はそう簡単には落ちそうになかった。

 ―――悪魔に変化がなければ、だが。



「あらら~~ん?管理局の人達、意外とやりますね~。計画を早めても良さそうですよ~?ウーノ姉さま~」

 クアットロは戦況をみて、シミュレーションゲームで計算が外れた時のような事を言った。
 そして総合管制役のウーノの判断を仰ぐ。

「……了解。計画を第二段階に移行します。全員、準備は?」

 クアットロの計算を信用しているのか、特に悩むことも無くウーノは提案を受け入れる。
 他のナンバーズの準備は第一段階の時点で確認していたので今回は省略。
 それを聞いたクアットロは手元の鍵盤を操り、地上本部のシステムに侵入した。

「クアットロさんのISシルバーカーテン。電子が織り成す嘘と幻、銀幕芝居をお楽しみあれ!」

 そのまま管理局の通信システムを使用不能にする。
 彼女の口からいつもの甘ったるい口調とは違う、どこまでも冷たい加虐心たっぷりの声が出てくる。

「悪魔と、踊りなさい」

 第二段階、残りの悪魔は約千五百体。その全てが地上本部へと侵略を開始した。



「第二段階?……早いね、何で?」
『人間達が思ったより善戦しているので計画を早めても問題ない、と思われました』

 予定より早い第二段階の開始の理由をウーノに尋ねたのはルーテシア。
 ルーテシアもまたこの作戦の協力者だった。

「……了解」

 彼女の役目は機動六課にある聖王の器の奪取。
 そのために行動を共にするのはガジェットと戦闘機人三体、そして二体の上級悪魔だった。

 今回は転送魔法は使わない。『真正面から行って叩き潰す』それが上級悪魔の内の一体の希望だから。



 第二段階の少し前、スバルを除く機動六課のフォワードはなのはの元に集まっていた。
 なのはの元なのに特に理由は無い、強いて言うなら最初に行った所がそこで、そのままフェイトやシグナムもやってきたというのが理由だ。
 それぞれのデバイスを持ち主に返し、さて今後の事を決めよう、と言った空気の中、ふと窓の外を見たエリオは自分の目を疑った。
 外は異世界になっていた。

 もちろん異世界と言うのは物の例えで、悪魔達の召喚魔方陣が視界いっぱいに広がっていたからそう見えただけだ。
 だが大きさや色の違うそれらの魔方陣で埋め尽くされた光景は混沌としていて、本当に異世界のようだった。

 この風景を見て、冷静に考えることが出来たのはなのは、ヴィータ、シグナムの三人。
 新人四人とリインは状況に頭が付いていかず固まっている。
 残るフェイトはロングアーチからの通信に耳を傾けていた。
 通信の内容はオーバーSクラスと、外の悪魔に負けないぐらいの数のガジェットの反応が現れたこと。
 ガジェットは未だ地上本部には到達していないが、それも時間の問題だった。

『ガジェット反応……こっちに…敵襲……』
「グリフィス?どうしたの?」

 フェイトの声に全員の視線がフェイトに集まる。
 だが通信は一向に飛び飛びで、要領を得ない。だが六課の方も緊急事態であることは伝わってきた。
 とりあえず途切れる前に得た情報を伝え、なのはとフェイトは視線を交わす。
 交わしたのは視線だけで、言葉までは交わさず、同時に他のメンバーに顔を向けた。

「全員分散しよう、私は許可がでたら即、迎撃」
「エリオとキャロは私と六課に戻る」
「ヴィータちゃんはリインとオーバーS級の方に、ティアナはスバルとギンガの二人と合流してから一般の市民や局員の非難ルートへの誘導」
「シグナムはこれをはやてに渡して、その後ははやての警護」

(敵戦力の迎撃と六課の防衛、未確認の敵の対処に人民救護。そして六課の核でもあるはやての警護。……これがベストのはず)

 この二人の判断は正しい。
 地上本部と人命、そして六課。全てに手を回したこの布陣が最適だった。
 だが最適なだけであの数に対抗できるのか、それは誰にも分からない。



 同時刻、スバルはシン シザースの振り回す鋏をしゃがんで避け、立ち上がる勢いを利用して仮面を叩き壊した時、ふと周囲が暗くなるのを感じた。
 曇ってきたかな?いや、元々曇りだったはずだ。そう思いながら空を見上げた。

 だがの目に何かが映るより早く、上から襲い掛かってくる悪魔。その気配を感じ取り、即座にシールドを張った。
 張ったシールド越しに一瞬だけ相手の姿が見えた。
 獣のような姿と毒々しい色の体毛からグブスムシラだと分かった時には既にシールドに重い手応えを感じていた。
 口から溢れる毒液がシールドを伝い、地面に流れ落ちる音を聞きながら、グブスムシラの奥を見据えた。
 見えた物は相変わらず悪魔のみ、今までとの違いは雨のように降ってきている事だけ。

(ダンテさんの銃弾ほどじゃない、これならまだ耐えられる……けど、どうしよう?)

 考えている今にも腕に掛かる圧力は強くなっている。
 ただ重いだけならまだまだ潰れることはないが、いかんせんこの数相手にどうしたらいいか思いつかない。
 正面から戦うなんて考えは最初から無い、かといってこのままではいつか飲み終えたコーラの缶のように潰れてしまうのは間違いない。
 考えている今にも悪魔たちは積み重なり、スバルとシールドの上に統一感の無い禍々しい塔が建てられた。

「スバル!逃げなさい!」
「ギン姉!?」

 塔を崩したのはギンガ。
 シールドの上、つまり塔の根元に油圧ショベルのような一撃を叩き込んだ。
 その衝撃で一番下にいただるま落としの要領でグブスムシラは飛ばされる。
 『逃げなさい』の意味を正確に理解したスバルはシールドを解除し、逃げる。
 今までいた空間に悪魔が落ちるのを音だけ聞いて、ギンガを見た。
 ギンガはどこに逃げるかを言っていない。故に次に行くところが逃げ場だろう。
 スバルは先に進む姉の姿を追いかけた。

 追いかけて着いた場所は地下駐車場。
 ここなら空から悪魔が降ってくることは無い。
 薄暗く、他に誰もいない空間にキャリバーズのローラー音が響き渡る。
 自分のと、前を走るギンガのと、もう一つ。

(もう一つ?)

 ローラー音が一つ多かった。
 その出所を探ろうと耳を澄ますが、一際強く地面を擦る音がしたっきり聞こえなくなった。
 自分もよく聞く音だ、最後の音がジャンプした時の音であることは分かった。
 そこまで考えた瞬間、自然に腕が顔の前まで上がっていた。

「ぐぁ!」

 上げた腕に鈍い痛みが走り、スバルの体がよろけ、そのまま派手にすっころんだ。

「スバル!?……ッ!」

 襲撃者の姿を確認したギンガがファイティングポーズをとった。
 だが襲撃者はギンガを一瞥しただけで再びスバルに視線を戻す。

「ノーヴェ?作業内容忘れてないっスか?破壊じゃなくて捕獲するんスよ?」
「うるせーよ、忘れてねー」

 この声はスバルを襲った襲撃者が発した物では無かった。
 立ち上がったスバルの目に二人目の襲撃者が見えた。
 二人目の襲撃者はボードを担いでおり、ボードには『捕獲』するためだろうか大きめのトランクケースが取り付けられていた。

「……二人目?」
「三人目よ、眼帯をしたのがこっちにいる」

 スバルの呟きにギンガが答える。
 言われてみれば確かにもう一つ気配があった。

「…戦闘機人?」
「そーだよ、お前らと同じだ。タイプゼロ共」

 タイプゼロ。
 それは戦闘機人としてのスバルとギンガを表す呼び名。

「あたし達もお前らと同じ、ただの兵器だ」

 その言葉に込められたのは挑発か、作戦か、それとも嘲りか。
 戦闘機人は兵器。その事実に何も言い返せないタイプゼロ二機。
 だが今は口で戦ってるわけではない。
 相手の急所に正確な一撃。考えるべきはその方法。

『スバル、聞こえる?』
『ごめんティア、今戦闘機人が目の前にいるんだ』
『……ッ!……今どこ?加勢するわ』
『地下駐車場。三体だからちょっと辛いかも』

 不意に聞こえてきた親友の声に冷静に答えるスバル。
 しばらくすればティアナがやってくる。
 だがこちらから向こうに行く事は出来ない。
 一般の魔導師に戦闘機人の相手は無理だ。したがって邪魔者のいないここでティアナを待つしかない。
 かといってそれまで防戦一方で通すつもりも無い。

(一体があたし達と同じ格闘型でノーヴェ。眼帯のがおそらくダンテさんと戦ったチンク。ボードが多分射撃型)

 チンクとルシフェルの能力は確認済みだし、ノーヴェの能力は自分達に似た武装からして大体想像が付く。
 となれば作戦はほぼ決まりだ。
 不透明な部分が多いボードを協力して手早く倒し、二対二の格闘戦に持ち込む。
 相手の連係を侮るわけではないが、こっちだってコンビネーションで負けるつもりは無い。

(……これで良い?ギン姉?)
(ええ、それで、防御は任せて、一撃で仕留めてよ?)
(オッケー)

 作戦は決まった。後は実行に移すのみ。
 攻撃役はスバル。
 前方にいるボードの戦闘機人の方向に相棒のローラーを滑らせる。

「おおおおおおお!」

 後ろでギンガがチンクとノーヴェの攻撃を防ぐ音が聞こえる。
 その音が鳴り終わる前にボードの戦闘機人の顔面を思いっきりぶん殴る。
 だが拳は担がれていたボードで防がれた。
 後方援護型だろうコイツの防御力は低い、そう侮っていたスバルだったが、あのボードが盾にもなるとは思ってもいなかった。

「足元に注意っスよ?」

 ボードの機人の言葉と、トンっという音に下を見た。
 そこにはさっきまでボードに取り付けられていたトランクケース。
 トランクケース、パンドラの蓋が開き、中から強烈な閃光があふれ出てきた。

「パンドラのPF666、オーメン。薄暗さに慣れた目にはどうっスか~?」

 本来は力を溜めてから放つ技なので、ダメージ自体はたいしたこと無い。
 だが視力は別だ。ボードの機人が言うように薄暗い空間に慣れた目は一時的に視力を失う。
 その隙を付き、ノーヴェがスバルに襲い掛かった。
 ちなみにギンガはチンクのルシフェルの隙の無いコンボによって押さえられ、スバルを守れない。

「おらぁ!」

 ノーヴェに顎を蹴り上げられたスバルの意識は、明るすぎる視界とは逆に闇の中へと落ちて行った。



 スバルが意識を取り戻したのはほんの数分後だった。
 この回復の早さは普段の訓練からか、それとも敵の言うように人間でないからか。
 理由が何であれ、スバルは目を覚まさない方が良かったのかも知れない。
 すでに回復していた視力でスバルが見た物。
 それは自分を守ってそうなっただろうボロボロのギンガの姿だった。

「ギン姉!」

 悲鳴にも近い声に戦闘機人三体がスバルを見た。

「目を覚ましやがったか」

 ノーヴェの言葉はスバルの耳に届かない。
 頭の中は簡単に意識を手放した後悔と、
 大好きな姉の無残な姿への悲しみと、
 その原因である敵への憎しみと、
 いつまでも弱いままの自分への怒りで一杯だった。
 様々な感情で埋め尽くされた頭が考える事はただ一つ。

 ―――あいつらを倒せ。

 その瞬間スバル・ナカジマは消え去り、タイプゼロ・セカンドが出てくる。
 倒す。それ以外の事は考えられなくなった頭が体に前進を命じた。

「おおおおおおおおおぉッ!」

 全力の突撃に応えたのはノーヴェの足払い。
 それをジャンプして避ける。
 避けた場所に待っていたのは爆発物と化したチンクのナイフ群。
 次の瞬間には体中にナイフが刺さり、その次にはそれが爆発を起こし、大ダメージを食らうことは容易に想像できた。
 だが防御はしない。
 出来ないのではなく、しない。

「はぁ!」

 体中にナイフを生やしたハリネズミになりながら、左手を伸ばしてチンクの左肩についているルシフェルを掴む。
 この距離ではランブルデトネイダーは使えない。
 使えばその爆発にチンク自身も巻き込まれてしまうから。
 『やるならやってみろ、代わりにお前も道連れだ』
 そう語る金色の瞳に一切の迷いは無く、メインの武器の右腕を振りかぶる。

「ISッ!発動ッ!」

 タイプゼロ・セカンドのISは振動破砕。
 振動エネルギーを相手に流し破砕する技で、まともに当たれば一撃必殺の威力を持つ。

「ランブルデトネイダー!」

 その一撃必殺の拳が放たれる直前。
 チンクのISが一瞬早く発動した。
 爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるチンクと、爆煙の中で姿すら見えないスバル。

「チンク姉!」

 ノーヴェが叫ぶが、チンクのダメージはそう大きくない。
 自爆紛いの攻撃で戦闘は不能だが歩くくらいの事は出来る。
 立ち上がり、爆発の中心地に目を向ける。
 薄れ始めた爆煙の中から、何かが放物線を描き飛んで来た。
 だがそれはチンクに届くことなく、少し手前で地に落ちる。

 飛んで来た物体はスバルだった。
 既に原型を失っている左半身と、おそらくはここに跳ぶのに地面を蹴って壊した右足のマッハキャリバー。
 残った右目からは涙があふれ、口からはただ一つの言葉が繰り返されていた。
 『届け、届け』と。
 だがスバルの願いも空しく、右腕は届くどころかピクリとも動かない。

「ウェンディ、ファーストを運べ。ノーヴェは肩を貸してくれるか?」

 スバルが戦闘不能になったことを悟ったチンクは、妹達に次の指示を出す。
 だがノーヴェは倒れているスバルに近づき、持ち上げた足でスバルの頭を――

「ノーヴェ」

 ――踏み砕こうとしたノーヴェをチンクが止めた。

「良いだろ?こいつのせいでチンク姉は!」
「ノーヴェ」

 怒りの詰まったノーヴェの声に対し、チンクの声は穏やかだった。

「そいつに何ができる?」
「……でも!」
「これは戦いだ、私は気にしてない。それに彼女も私達と同じだ。出来ることなら殺したくない」
「………………」

 少し長い沈黙の後にノーヴェは持ち上げた足を下ろした。

「ありがとう」

 スカリエッティが望んでいたタイプゼロは二体も運べない。
 ならセカンドより欲しがっていたファーストの方を持ち帰る。
 そこにセカンドの方をどうこうすると言った考えは無い。
 無いのだから必要の無い殺しはしない。少し甘いが前にチンクはそれに救われたのだ。
 これはチンクなりの感謝と礼だった。



 地下駐車場から戦闘機人三体がギンガを連れ去った頃。
 地上本部にガジェットが到着し、まるで人間を助けるように悪魔を攻撃し始めた。

 このガジェットの奇行を聞き、その理由と目的を正確にに推察出来たのは、スバルを捜索中のティアナだけだった。
 きっかけは先ほど疲れた頭が持ってきた『ヒーロー』と言う言葉。

 ヒーローが活躍するには何が必要か?
 答えは簡単、悪役だ。
 その悪役がいなかったら?
 これも簡単、作れば良い。

 ここまで考えたティアナの思考ははこの襲撃の全貌に至った。
 『自作自演のヒーローショー』
 詰まる所それが地上本部襲撃の目的だった。

 もちろんこれで彼の罪が無くなる事は決して無い。
 だが彼の存在を知らない者の第一印象には少なからず影響を与えるだろし、長い目で見た時の評価のされ方にも差があるだろう。
 おまけに事が大きすぎて100%確実な証拠無しにはそう簡単に動けない。

 だが何よりもこのヒーローショーが雄弁に語るものは

 スカリエッティの作品>悪魔>管理局

 のヒエラルキーだ。
 間に一つ入った『悪魔』は何よりも高い壁となって『スカリエッティの作品』を押し上げる。

 先ほどのティアナの『ヒーローが現れたらこの状況は解決する』などと言う考えは間違っている。
 大群を潰すにはそれ以上の数の大群をぶつけるのが一番だ。
 そもそも呼んでもいないヒーローが現れる訳が無い。

 ヒーローショーである以上がジェットが一般市民に手を出すとは思えないし、悪魔はそのガジェットに潰される。
 この状況で管理局員に出来る事は何も無かった。



 さて、その頃。
 ルーテシアを始めとする聖王の器奪取組に侵略された機動六課隊舎は、火に包まれていた。
 その炎は駐機場、医務室、オフィス、食堂、訓練場を既に燃やしていた。
 隊舎を全て無に帰すかのような勢いの火の手が弱る気配は一向に無い。
 入り口ではザフィーラとシャマルが懸命に戦っているが、いかんせん数が多く、目の前の敵の相手で精一杯だった。

「おいおい、困ったな。これじゃピザが食えない」

 六課の敷地への入り口から唐突にダンテの声がした。
 燃えた施設の一つに用があったダンテは、残念そうに呟き、左手に持った紙切れに目を落とす。
 それは美味しそうなピザの写真と『新メニュー追加しました』の文字が入ったチラシ。

「まあいいさ、これくらいまだマシな方だ」

 ひねくれた呼ばれ方をしたダンテに数体のガジェットが襲い掛かった。
 右手を背負った大剣にそえる。
 次の瞬間には真一文字に振るわれた剣と、その切っ先に切り裂かれるガジェットたち。

 伸びきった右ひじを曲げ、大剣を肩に担いでから、誰よりも助けを欲しがった機動六課に向き直る。
 夜の闇と炎。周囲と同じ色ながらもその存在は決してかすまず、むしろ何よりも強い彼の力を強調していた。
 口元にはいつものように皮肉な笑み、だが瞳には周りの炎よりも激しい怒りを宿しながら。
 この状況で自分の立場を決定付ける言葉を言った。

「ヒーロー、参上」

 力の差があればあるだけ、彼がどちらに付くかは分かりやすい。
 ヒーローはいつだって弱者の味方なのだから。


Mission Clear and continues to the next mission

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年04月05日 00:11