注意)本ssは原作とは異なる設定・背景事情・ストーリー展開で進んでいきます。
そういうものが苦手な方はご注意下さい。
『闇の書』事件終結から十年。
次元世界は――人間は平和な日々を貪っている。
飢えた胃袋に破滅という酒が注がれるとも知らず……。
平穏は、あっさりと崩れ去った。
アンチスパイラルと名乗る謎の勢力による全次元世界への宣戦布告、円と直線で形成された異形の質量兵器――後に〝ムガン〟と呼称――による破壊活動。
不安が毒のように世界に浸透し、終末思想やテロの横行。
疲弊した人間達の精神を、際限なく現れる敵の襲撃が更に追い詰めていく。
その悪循環、その無限螺旋。
そんな時だった。
一人の男が、ミッドチルダに現れたのは……。
戦場に突如現れた、一体の見慣れぬ人型の質量兵器。
その右腕――身の丈を遥かに超える巨大なドリルが唸りをあげる。
『ギガドリルブレイク!!』
轟く咆哮、突き抜けるドリル。
その度に、空を覆い尽くすムガンの大群が、まるで消しゴムでもかけられるかのように爆破消滅していく。
その光景を、男達――時空管理局の武装局員達は呆然と見上げていた。
自分達があれだけ煮え湯を呑まされた敵を、あんなにも簡単に倒している……。
それはまるで悪夢か、奇跡のようにしか思えなかった。
しかし如何に圧倒的な攻撃力を誇ろうとも、数千ものムガンの軍勢に単独で立ち向かうというのは流石に無理があったらしい。
貪るような勢いで敵の数を減らしていきながら、アンノウンもまた確実に傷ついていった。
腕は千切れ、脚は吹き飛び、顔面を模した胴体には無数の亀裂が入っている。
初めはその驚異的な自己修復能力で破損を即時再生させていたが、もうその余裕も無くなったのか、ダメージをそのままに戦い続けている。
そして遂に力尽きたのか、糸の切れた人形のように地面に倒れ伏した。
限界を超え、スクラップと化したアンノウンの周囲に、生き残りのムガン達がハゲタカのように群がる。
アンノウン頭部のハッチが開き、搭乗者らしき男がゆっくりと立ち上がった。
ガラクタ同然の愛機を見下ろし、吐息を零す。
――ガンメンなど、所詮はこんなものか。
胸に去来する思いは、かつて『己』が口にしたもの。
しかし男――ロージェノムの口は、自然と別な言葉を紡ぎ出していた。
「……よくぞここまでついて来てくれた。ラゼンガン」
言ってから、ロージェノムは虚を衝かれたように黙り込んだ。
自分は、何故こんなことを言ったのだろうか?
たかが機械――それも自分と同じ、仮初の存在に過ぎないというのに……。
自問するロージェノムに、しかし答えを見出す時間は与えられなかった。
アンノウン――ラゼンガンの周囲を取り囲み、様子を窺っていたムガン達が、動き出した。
「ふん……」
見慣れた――寧ろ見飽きた敵の無機質な姿を一瞥し、ロージェノムはつまらなそうに鼻を鳴らす。
瞬間、ロージェノムの禿頭から炎のたてがみが噴き上がった。
全身の筋肉が膨張し、血管が浮き上がる。
「わしを……誰だと思っている!!」
怒号と共にロージェノムはコクピットを蹴り、手近なムガンに殴り飛ばした。
殴られたムガンは錐揉み回転しながら吹き飛び、周囲の味方を巻き込みながら爆破四散する。
魔導師達は再び唖然とした。
デバイスもバリアジャケットも無い生身の人間が、素手でムガンを撃破した……!
同じ人間とは思えぬロージェノムの力に男達は畏怖し、しかしそれ以上に、これ以上も無い程心強い味方の出現に興奮していた。
血湧き肉踊るとはこのことだろうか……?
満身創痍、疲労困憊、魔力も尽きかけたこの絶望的状況で、それでも力が湧いてくる。
螺旋の本能――魂の奥底から湧き上がる熱い衝動に突き動かされ、男達の反撃が始まった。
形勢は完全に逆転した。
雄叫びを上げながら次々とムガンを破壊していく男達の螺旋の息吹は、先陣を切って戦うロージェノムにも伝わっていた。
髭に覆われた口元が吊り上がり、獰猛な笑みを形作る。
何故今頃ムガンが暴れているのか、何故消滅したはずの自分がここにいるのか、そもそもここはどこなのか。
疑問は山程あるが、今は取り敢えずどうでも良い。
どうせ二度も死んだ身、今更何が起ころうとも驚きはしない。
今はただ、螺旋の衝動に身を任せ、螺旋の明日の為に戦おう。
一人の戦士として。
――変わられましたな、螺旋王。
かつて部下に言われた言葉が、ロージェノムの脳裏に蘇る。
ああ、確かに自分は変わった。
否、元の自分を取り戻しただけだ。
自分が解放されたのは肉体の頚木からではない。
己を偽り、螺旋の衝動を押し殺しながら千年の倦怠の中で自らを腐らせていく……そんな魂の牢獄からだ。
自嘲するロージェノムの背後から、その時、一体ムガンが襲い掛かった。
咄嗟に回避しようとするロージェノムだが、疲労とダメージから反応が一瞬遅れる。
その時、
「ディバインバスター!!」
凛とした女性の声と共に、桜色の閃光がムガンを貫いた。
……時は少し遡る。
ミッドチルダ東部の地方都市に出現した敵質量兵器、その討伐部隊からの救援要請に、時空管理局は二人の空戦魔導師を派遣した。
高町なのは一等空尉。
フェイト・T・ハウラオン執務官。
共に弱冠19歳にして魔導師ランクS+に認定され、管理局の看板とも言える天才魔導師である。
現場に到着した二人の魔法少女は、二重の意味で絶句した。
一面に広がる瓦礫の山。
立ち上る黒煙、焼け焦げた地面。
上空から見下ろすと、はっきりと解る。
この街は、もう死んでいる。
「酷い……」
惨状を目の前にし、フェイトが表情を曇らせる。
そして驚いたことはもう一つ。
救援要請を受けて現場に急行したなのは達は、部隊の全滅、或いはそれに近い絶望的状況を予想していた。
しかし現実に目の前に広がる光景は……、
「オラオラオラぁっ! 無機物風情が調子に乗ってんじゃねぇっ!!」
雄叫びを上げながら次々とムガンを破壊していく武装局員達。
空で、地上で絶え間なく響く爆砕音。
ボロボロな部隊員達の姿は、確かに増援を要請しても不思議ではない程酷い有様ではある。
しかし戦況は、こちらが圧倒的に優勢だった。
……これ、救援いらないんじゃない?
何やら妙な熱気を帯び、自暴自棄――というよりは調子に乗っているような部隊員達の勢いを前に、二人はそう思わずにはいられなかった。
そんな男達の中で、一際異彩を放つ者がいる。
武装局員達に紛れーー否、寧ろ先陣を切ってムガンを破壊している一人の巨漢。
地上に降下したムガンが攻撃を仕掛ける度に、その驚くべき身体能力で逆に返り討ちにしている長身の男。
筋骨隆々とした身体からは魔力の欠片も感じられない、純粋に身体能力だけで戦っているようである。
そして何より……頭が燃えていた。
「何、あれ……?」
呆然と呟くなのはに、フェイトは全力で同意した。
素手で敵を殴り飛ばして痛くないのか、頭が大変な事になっているが無視して大丈夫なのか、そもそもあの男は何者なのか。
疑問……というよりもツッコミ所が多すぎて困る。
だが驚いてばかりもいられない。
浮遊するムガンの大群――目測だが未だ数百は残存している敵が、なのは達の存在に気づいた。
二人は表情を引き締め、各々の右手に握る宝石――デバイスに語りかける。
「レイジングハート、お願い」
≪All right. My master≫
「いくよ、バルディッシュ」
≪Yes sir≫
主の声に応え、デバイスがその姿を変える。
なのはの右手に握られる紅と白金の魔導師の「杖」――インテリジェントデバイス・レイジングハート。
フェイトの手の中に出現する黒鋼の戦斧――インテリジェントデバイス・バルディッシュ。
十年近い月日を共に戦い続けてきた、二人の大切な「友達」である。
最初に動いたのは、なのはだった。
足元に魔方陣が出現し、構えられたレイジングハートの先端に光が集束する。
流星のようになのはの許に集う、様々な色の魔力光――先に戦っている武装局員達の戦闘の残滓である。
なのは自身の桜色の魔力光と重なり合い、虹色の光球となってその大きさと輝きを増していく。
「スターライトブレイカー!!」
気合一発、なのははデバイスを振り下ろした。
レイジングハート先端から虹色の光の奔流が放たれ、ムガンを呑み込んでいく。
今の一撃で敵勢力の二割弱、その誘爆で更に幾らかのムガンが一瞬で消滅した。
フェイトも負けていなかった。
なのはの砲撃で統制の崩れたムガン達に突っ込み、敵陣を引っ掻き回して同士討ちを誘う。
「ディバインバスター!!」
「フォトンランサー!!」
なのはの援護を受けながら、次々と敵を撃破していくフェイト。
勢い衰えぬまま敵の数を減らしていく武装局員達。
数百――なのは達が到着する前は数千も存在した敵は、今や数える程しか残存していない。
戦闘の終わりは近い……誰もがそう思ったその時、一体のムガンが燃える頭の男――ロージェノムに攻撃を仕掛けた。
咄嗟に避けようとするロージェノムだが、反応が一瞬遅れる。
反射的になのははムガンを撃ち抜いていた。
なのは達の存在に気づいたのか、緩慢とした動きでなのはを見上げるロージェノム。
……目が合った。
これが、螺旋の王と魔法少女達の出会いだった。
(面妖な……。人が空を飛んでおるわ)
空どころか宇宙でさえも神出鬼没に現れた自身の娘のことは棚に上げ、口には出さずに呟くロージェノム。
(あー……、髪の毛燃え尽きちゃってる)
螺旋の炎の消えたロージェノムの禿頭に目を遣り、申し訳なさそうな顔をするなのは。
……第一印象は、互いにあまり良好とは言い難かった。
天元突破リリカルなのはSpiral
プロローグ「わしを……誰だと思っている!!」(了)
最終更新:2008年05月07日 17:44