フェイトの雷撃が最後のムガンを粉砕し、戦闘は時空管理局側の勝利に終わった。
 歓声轟き、放っておけば祝宴でも始めてしまいそうな程の異様な熱気の中、その男は独り彫像のように佇んでいた。
 先程までの獅子奮迅の活躍とは別人のようなその静かな姿は、他の男達の熱狂の中、まるで別世界の住人のように周囲の景色から乖離している。

「時空管理局の高町なのは一等空尉です。ご協力ありがとうございました」

 管理局局員ではない、恐らく地元の民間魔導師であろうその男――ロージェノムの傍に降り立ち、なのははそう言って敬礼する。
 間近で改めて見てみると、こう言っては悪いが……異様な風体の男だった。
 3m近い長身、鍛え上げられた逞しい肉体。浅黒い肌の胸と背中に残る、まるで巨大な何かに穿たれたような傷痕。
その外見も然ることながら、何よりも男から滲み出る気配――オーラとでも言おうか――が、一般の人間とは明らかに一線を画している。

……この人は、只者ではない。

胸の奥の何か――心臓ではない、リンカーコアでもない何かのざわつく気配を、なのはは感じていた。

「……時空管理局?」

 なのはの言葉にロージェノムは無表情のまま、しかし怪訝そうな声で問い返す。
 何か後ろ暗いことがある――というよりも、初めてその名前を聞いた、そんな響きだった。
ロージェノムの呟きを聞き取り、なのはは眉を寄せる。
 ミッドチルダは時空管理局のお膝元、この世界の人間で管理局の名を知らないということはありえない。
 一部の例外を除いて。

 まさか……?

 一つの可能性に辿り着き、なのははロージェノムを見上げ、口を開いた。

「ご存知……ないんですか?」
「いや……」

なのはの問いにロージェノムは言葉を濁し、

「――ああ、初耳だな」

 そう言い直した。
 一瞬、ロージェノムの表情が動いた――ように、なのはには見えた。
 その表情の変化と歯切れの悪い言動に僅かばかりの違和感を覚えながらも、なのはは己の推測に確信を抱き始めていた。

「……こちらも一つ質問して良いだろうか?」

 頭三つ分以上高い位置から見下ろすように問うロージェノムに少し威圧されながら、なのはは「答えられることならば」と言葉を返した。

 ロージェノムは首肯し、なのは達にとっては常識的な、しかしなのはの推測する人間にとっては非常識的な疑問を口にする。

「先程お前達は何の機械的な補助も無しに空を飛んでいたが……あれは、何だ?」

 その問いに、なのはは自分の推測の正しかったことを知った。
 この男は、時空漂流者――何らかの理由でこの世界に飛ばされた、次元の迷子だ。




 ロージェノムと名乗る時空漂流者の移送、並びに時空管理局本部での事情聴取はフェイトが行うこととなった。
 本当はなのはがやりたがっていたのだが、被害状況の調査や街の復興計画などの細々とした処理の指揮を任されてしまい、仕方なくフェイトにお鉢が回ってきたのである。
 臨時の助っ人が何故そこまで……と思わないでもないが、これは一等空尉という肩書きが仇となったとしか言いようがない。
 日々仕事に忙殺されているもう一人の親友のことを思い出し、偉くなるのも考え物だなぁーとフェイトは他人事のように思うのだった。

 管理局本部への任意同行をロージェノムが二つ返事で了承したことに、フェイトは少なからず驚いていた。
 これまでにも時空漂流者を保護した経験はあるが、こんなにもあっさりと了解を得られたことは少ない。
 殆どの場合、何らかの形で抵抗されてきたし、それが当然であるともフェイトは思っていた。
 右も左も分からないような場所に突如放り出され、その上訳の分からない組織に連行されようとしている……。
 寧ろ抵抗しない方がおかしいだろう。
 にも関わらず、ロージェノムはこちらの要求を何の迷いもなく受け入れた。
 魔法の「ま」の字も知らないこの男にとって、時空管理局の名も馴染みがある筈などない。
 警戒心というものがないのか、自分の実力に絶対的な自信でも持っているのか、何か管理局に近づく裏でもあるのか、……それとも、何も考えていないだけなのか。
 表情一つ変わらぬロージェノムの顔からは何も読み取れない。

 管理局本部への移送に、ロージェノムは一つの条件を出した。
 ロージェノムが搭乗していた質量兵器――〝ラゼンガン〟というらしい――を本部に持ち込みたいというロージェノムの要求に、どうしたものかとフェイトは悩む。
 時空管理局は質量兵器の保有、及びその使用を禁じている。
 時空漂流者とはいえその規制に例外は無い。
 そして第一……目の前のガラクタがまともに動くとはフェイトには到底思えなかった。
 四肢は潰れ、尻尾は千切れ、胴体も崩れかけた、元は人型だったであろう質量兵器。
 辛うじて無事と言える部分はコクピットのある頭部付近だけである。

 ……どう見ても、粗大ゴミとしか思えなかった。



「あの……やっぱりこれで本部まで行くのは、幾らなんでも無理があると思うんですけど……」

 危ないですよーやめましょうよーと安全性の面から説得を試みるフェイトだったが、ロージェノムは大破したラゼンガンのコクピットに足をかけ、一言。

「首から下など飾りに過ぎん」

 ……無茶苦茶な科白だったが、何故かこの男が言うと物凄く説得力があるような気がした。
 そしてその直後、フェイトはロージェノムの言葉の意味を知ることになる。

「ぬ……おおおおおおおおっ!!」

 操縦桿を握り咆哮を上げるロージェノムに応えるように、ラゼンガンの両眼に光が灯る。
 瞬間、ラゼンガンの頭部両側面、人間で言えば耳に当たる部分から腕が生えた。
 両腕で首筋をがっちりと掴み、左右に捻りながら頭を引き抜くラゼンガン。

 ……傍から見ていると、物凄くシュールな光景だった。

 そうして苦労して首から引き抜かれた頭部には、やはりと言うべきか、小さな脚がしっかりと付いている。

「ほ、本当に飾りだったんだ。首から下……」

 予想の斜め上をいくラゼンガンの驚くべき正体に、フェイトはただ唖然とするしかなかった。

「……どうした? 管理局とやらに行くのではなかったのか」

 一頭身のラゼンガン――この形態は暫定的に〝ラガン〟とでも呼ぼう――のコクピットから、ロージェノムが怪訝そうにフェイトを見下ろす。
 すっかり可愛くなってしまったその機体を眺め、フェイトは諦めたように息を吐いた。

 武装も無いようだし、これならば問題ないかもしれない……と、思いたい。




「あの……貴方は、何者なんですか?」

 問いかけるフェイトを一瞥し、ロージェノムは目を眇めた。

「事情聴取は管理局に着いてからではなかったのか?」
「私の純粋な好奇心から訊いているんです」

 本部に着いてから色々とドッキリさせられる前に今の内に心の準備を……という本音は隠して、フェイトは答える。

 ロージェノムは黙り込んだ。
 表情こそ動いていないが、しかしその内心では物凄く困っていた。
 自分は一体何者なのか――実のところ、その明確な答えをロージェノムは持たない。

 螺旋王――否。
この身はクローン培養によって造られたコピー、記憶や知識は受け継いでいるが決してオリジナルの『ロージェノム』と同一の存在ではない。

大グレン団旗艦超銀河ダイグレン生体コンピュータ――否。
既に超銀河グレンラガンとは切り離され、再び一つの個体として活動している。

誰でもない、俺は俺だ――論外。
そもそもこの娘の疑問への回答になっていない。

消去法で次々と選択肢を消していき、ロージェノムは遂に一つの答えに辿り着いた。

「わしは……」

 言いかけて、ロージェノムは自嘲するように唇の端を歪めた。
 何様のつもりだ、「わし」などと……。
 あの時、あの宇宙で、最後の最期まで共に戦ってくれた忠臣に自分は何と答えた?

 ――王ではない、今はただの戦士だ。ヴィラル……お前と同じ、な。

 そうだ、自分は戦士だ。
 たとえこの身が仮初の肉体、造られた人格だとしても、自分が一人の戦士として、螺旋の戦士として戦ったことに変わりはない。
 シモン達と共に、大グレン団の一員として戦ったことに偽りはない。

 吹っ切れたように小さく笑い、ロージェノムは改めて口を開く。

「――私は戦士。螺旋の戦士、ロージェノム」

 威風堂々、胸を張ってそう言い切った。

 宇宙とは、認識されて初めて確定する――それがこの宇宙の理である。
 ならば自分自身の存在も、自分自身が認識した姿に確定するのではないか。
 自分の信じる自分の形に……。
 故にロージェノムは全力で信じる。
 戦士としての自分自身を、自分の信じる自分自身を。

 ロージェノムの示した回答に、フェイトは虚を衝かれたように目を瞬かせていた。




 なのはが管理局に戻った時には、既に夜は明けかけていた。
 ロージェノムはどうしているだろうか、フェイトの事情聴取は上手く済んだだろうか。
 報告書を提出し、自分達の保護した時空漂流者について問い合わせたなのはは、事情聴取は依然継続中という答えに目を見開いた。
 フェイト達がいつ頃本部に戻ったのかは知らないが、少なくとも日の入り前には着いていただろう。
 そこから事情聴取にどれだけかけているのか、何時間時空漂流者を拘束しているのか。
 管理局員としての常識を外れたフェイトの行動が、なのはには信じられなかった。

「フェイトちゃ……ん!?」

 取調室の扉を蹴破るような勢いで入室したなのは、室内に揃った予想外の顔の前に思わず踏鞴を踏んだ。

「あ、なのはちゃんお帰りー」

 にこやかな笑顔でなのはを迎える、八神はやて二等陸佐。

「君はもう少し落ち着きというものを持った方が良いな、なのは」

 渋い顔でなのはを振り返る、クロノ・ハウラオン提督。

「うぉっ!? ……って、何だなのはかよ。ビックリさせんな!」

 居眠りでもしていたのか、挙動不審なヴィータ。

 他にもシャマルやシグナムなどの守護騎士の面々、ユーノ・スクライア司書長やアルフなど、なのはにとって馴染みの深い面々が狭い取調室に勢揃いしている。

 そして極めつけは……、

「あらあら、まるで同窓会みたいね」
「リンディさんまで……」

 湯呑み片手にほけほけと笑う管理局総務統括官の姿に、なのはは呆れを通り越して脱力した。

「もう……皆揃って何やってるんですか!?」

 時空漂流者への長時間の不当拘束だけでも許せないというのに、こんな大人数で事情聴取など理解出来ない。
 否、理解したくない。
 これではまるで尋問である。

 なのはの糾弾にはやて達はばつの悪そうに視線を逸らした。

「いや、まぁ……最初はフェイトちゃんだけで普通に事情聴取やってたんやけどなぁ……」
「ちょっと事情が変わって……というかわたしだけじゃどうしようもない展開になっちゃって、それで無理言って皆に来て貰ったの」

 言い訳するはやてとフェイトに、なのはの眉が剣呑そうに吊り上がる。

「事情って……皆が一度に集まらなきゃ駄目な位大事なことなの?」

 リンディを始めとして今この場に集まっている面子は、皆時空管理局の中でも重要な場所を任されている者達であるとなのはは思っている。
 時空漂流者一人の事情聴取などという些事にかまけ、こんな所で油を売っている暇などない。
 そういった意味でも、なのはは怒っているのだ。

 はやてはフェイトとアイコンタクトを交わし、「驚かんでよ?」と前置きした後、真剣な顔でこう切り出した。

「なのはちゃん。ウチらな……今、アンチスパイラルへの対抗策話し合ってんねん」
「…………へ?」

 はやての口にした予想外の言葉に、なのはは面食らったように間の抜けた声を上げた。

 アンチスパイラル。
 アンチスパイラルとは……あのアンチスパイラルだろうか?
 四年前、ミッドチルダ北部の空港爆破テロと共に全次元世界に宣戦布告し、以来次元世界各地で質量兵器による破壊活動を行う謎のテロ組織。
 目下、なのは達時空管理局にとって最大最悪の「敵」……!
 そのアンチスパイラルとロージェノムの間に、一体何の関係があるというのか。

 なのはの疑問に答えるように、はやては部屋の奥に座るロージェノム――腕を組み、なのは達のやり取りを黙然と見守る異邦の戦士を一瞥し、そしてこう言った。

「とんでもないジョーカーやで、あの人は……」



天元突破リリカルなのはSpiral
 第1話「貴方は、何者なんですか?」(了)

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最終更新:2008年04月14日 20:08