「それじゃなのはちゃんも来たことやし、……ついでにヴィータも起きたことやし、軽くこれまでのおさらいしとこーか」
フェイトちゃんは三回目になるけど……と続けるはやてに、なのはを除く全員が首肯した。
独り話の展開について行けずに困惑するなのはを無視して、はやては早速話を始める。
「まず現状確認やけど、四年前、反螺旋族アンチスパイラルを名乗る謎の勢力が、次元世界に宣戦布告したのが全ての始まりやな。
アンチスパイラルの主力はムガンちゅー質量兵器やけど、物理攻撃もCランク以下の魔法攻撃もバリアで無効化してまう上、倒したら倒したで派手に爆発する曲モンや」
「奴等の目的は螺旋生命体の根絶とスパイラルネメシスの阻止。そのためにあらゆる次元世界の生命を根絶やしにしようとしているらしい」
はやての言葉をシグナムが引き継ぎ、続いてシャマルが口を開いた。
「螺旋生命体とは二重螺旋の遺伝子を持ち、螺旋力により永遠の進化を求める生命体の総称よ。なのはちゃんやはやてちゃん達人間も、螺旋生命体の一種ね」
「……螺旋力?」
聞き慣れない単語に首を傾げるなのはに、それまで黙っていたロージェノムが口を開く。
「螺旋生命体は、螺旋構造を持つ銀河とシンクロする。知的生命体がその認識する力で宇宙そのものが持つ力を得ることが出来る――それが螺旋力だ。
生命も宇宙も全て、上昇する螺旋エネルギーによって無限に増大する。それがこの宇宙の理だ。
そして螺旋力は、アンチスパイラルを打倒する唯一の力でもある――少なくとも、私の世界ではな」
いきなりスケールの大きくなったロージェノムの話に、徹夜明けのなのはの頭は早くもパンク寸前だった。
ヴィータも早速舟を漕ぎ始めている。
……よく見てみると、周りの者達も似たような様子だった。
睡魔という強敵を前に早くも全滅の危機にあるなのは達を見回し、ロージェノムは呆れたように嘆息する。
「……端的に言えば、気合いだ」
それまでの小難しい話を「気合い」の一言で纏めてしまうロージェノムに、あらかじめ説明を受けていた面々は納得したように首肯する。
「何だ気合いかよ。それならそーと早く言えってんだ」
そう言ってケタケタと笑うヴィータを横目に見遣り、なのはは一人、何だかなーと納得しきれずにいた。
実のところ、フェイト達も最初に螺旋力の概要を聞いた時には半信半疑だった。
魔力とは根本から異なる未知のエネルギー、しかもその発動にはリンカーコアを必要としないらしい。
事実、素手でムガンの大群と渡り合ったロージェノムは、リンカーコアを持っていない。
この話を聞かされた当初、クロノやシグナムなどは「ふざけるな!」とロージェノムに掴みかかろうとすらした。
それ程までに螺旋力とはなのは達魔導師にとって衝撃的で、そして自分達のアイデンティティを脅かす恐るべき概念なのである。
しかしそう言われてみれば、思い当たることもない訳ではない。
なのはとフェイトが戦場に到着した時、ムガンを圧倒していた武装局員達……。
あの部隊のメンバーの魔導師ランクは全員B――ムガンに対抗出来る最低限の力しか持たなかった。
しかし蓋を開けてみれば、一方的とも言える管理局側の圧勝。
ムガンの弱点が螺旋力――気合いだというのであれば、あの予想外の結果にも納得出来る。
「しかし、その力を恐れる者達も現れた」
ロージェノムの言葉を引き継ぐように、今度はクロノが口を開いた。
「――それが、アンチスパイラル」
瞬間、室内に緊張が走った。
深刻な表情で黙り込むなのは達を一瞥し、今度はフェイトが口を開く。
「アンチスパイラルも、元は私達と同じ螺旋生命体だったらしいの。ただこの螺旋の力を使い続けると、宇宙そのものが滅んでしまう――そう信じた人達だった」
「スパイラルネメシス――四年前の宣戦布告の時にアンチスパイラルが言った言葉だけど、どうやらそれが宇宙壊滅のことらしいね」
流れるようにフェイトの言葉を引き継ぎ、ユーノがそう言って話を一度締め括った。
「さて、それじゃ次にロージェノムさんのことなんだけど……」
湯飲みを置き、リンディはロージェノムを振り返った。
何で皆リレーみたいに説明してるんだろーと頭の片隅で思いながら、なのはも釣られてロージェノムに顔を向ける。
「……構わん。別に隠すようなことではない」
重々しく告げるロージェノムに首肯し、リンディは言葉を続ける。
「――ロージェノムさんの出身世界も、アンチスパイラルの襲撃を受けたらしいわ」
リンディの言葉に、なのはは驚愕の目でロージェノムを見た。
「彼の世界の螺旋生命体は、汎銀河レベルで超科学文明を築いていた。螺旋力――宇宙と生命を繋ぐ無限の力で、時間も空間も、何もかもを支配下に置いた、まさに神の領域」
アルハザード……誰かの呟く声が、なのはの耳朶を打つ。
「――だが、その繁栄も長くは続かなかった」
「アンチスパイラルの猛攻に抗し切れず、ロージェノム達螺旋族は敗北したんだ」
「え……それじゃあ滅んじゃったの!?」
ザフィーラとアルフが交互に口にした言葉になのはは瞠目した。
しかしロージェノムは首を振り、厳かな面持ちで口を開く――前に、リインフォースⅡが横から科白を攫った。
「戦いに勝利したアンチスパイラルは、螺旋族の母星に螺旋生命体殲滅システムを配備したんです。地上の螺旋生命体が一定数を超えると起動し、その惑星を滅ぼす……。
螺旋の戦士として戦い、そして敗れたロージェノムさんは、種としての人類を救うべく、母星の人間達を地下に押し込めました。
そしてこの人は螺旋王を名乗り、獣人――螺旋遺伝子を持たない人造生命体の軍隊を組織して、地上に出ようとする人間を容赦なく弾圧したんです」
「そして千年の時が過ぎ……」
リインフォースⅡから漸く科白を取り戻したロージェノムだったが、
「――新世代の螺旋の戦士、シモン達大グレン団の登場って訳だ!!」
今度はヴィータに、またもや出番を奪われるのだった。
「地下の天井ぶち抜いて、突如現れた謎の美少女ヨーコ! 彼女に誘われ。兄貴分カミナと共に地上を目指す穴掘り少年シモン!!
相棒は顔型ロボ〝ガンメン〟のラガン! カミナのガンメン〝グレン〟と合体して兄弟合体グレンラガン!!
ライバルの獣人ヴィラルとの激闘! 集う仲間達大グレン団! そしてカミナとの涙の別れ!! 螺旋の姫君ニアとの運命の出会い!!
立ち塞がる刺客を次々と倒し、成長するシモン! 進化するグレンラガン!!
そして王都テッペリンでラスボス螺旋王との一騎打ちに見事打ち勝ち、シモンは地上の明日を取り戻した!!」
寝不足でハイになっているのか、妙に興奮した様子でヴィータは語る。
唖然とする一同を尻目に、ヴィータのマシンガントークはまだまだ続く。
「そして舞台は七年後!
止まらぬ繁栄を続ける人類の前に、突如現れるアンチスパイラル!
バラバラになる仲間達! アンチスパイラルに奪われたニア!
そして発動する螺旋族殲滅システム――月落下による惑星滅亡の危機!!
絶望のどん底に叩き落とされながら、それでもシモン達は諦めなかった!!
地下牢で再会したヴィラル、クローン技術で蘇ったロージェノム!!
かつての宿敵を強力な味方として仲間に加え、さぁ反撃だ大グレン団!!
手始めに気合いで月を乗っ取り戦艦に変え、そいつを母艦に目指せ敵本星!
人類を救え、ニアを助け出せ! 銀河を越えるシモン達の旅が始まった!!
戦いの中、次々と散っていく仲間達……。その思いを心に刻み、そして生まれる超弩級ガンメン――超銀河グレンラガン! その最終形態、天元突破グレンラガン!!
真ラスボスのアンチスパイラルとの銀河レベルでの最終決戦の果てに、遂にシモン達は宇宙の明日を取り戻した!!」
一気に言い切り、ヴィータは感極まったように拳を握り締めた。
目尻には涙まで浮かべて力説するヴィータに、はやては溜息混じりにこう漏らした。
「ヴィータ……ロージェノムさんの昔話の部分だけはしっかり聞いてたんやね」
全てを聞き終わり、そのあまりにも現実離れした話の内容に、なのははただ呆然とするしかなかった。
「驚いてる?」
こっそりと話しかけてくるフェイトに、なのはは素直に頷く。
「うん、私も驚いた。事情聴取をしてる筈なのに、いきなりスペースオペラが始まっちゃったから……」
しかもその相手が、あのアンチスパイラルなのだ。
リンディ達に助けを求めたフェイトの気持ちも、今のなのはにはよく解った。
確かに……これは自分独りでは、どうしようもない。
「……って、あれ? ロージェノムさんの話が本当なら、アンチスパイラルは倒されたってことだよね……?」
では今次元世界を襲っているあれは、一体何だというのか。
「この結末はあくまで私の次元、私の宇宙、私の世界での話だ。
私の世界では他次元世界との交流は無いので断言は出来んが、我々が打倒したのはあくまで『我々の世界の敵』であり、この世界の敵には何の影響も与えていないのだろう」
なのはの疑問に答えるロージェノムの表情が、また一瞬、動いたような気がした。
胸の奥に芽生える違和感を意図的に見落とし、なのはは取り敢えず納得しておくことにした。
「それで、こっからが本題なんやけど……」
真剣な顔で切り出す早はやてに、一同の視線が集まった。
はやては一度周囲を見渡し、そして続ける。
「――ウチが前々から上に申請しとった新部隊設立の話なんやけど、あれ、何とか通りそうなんよ」
突然のはやての話に、事情を知るなのは達は皆大なり小なり驚きの表情を見せた。
時空管理局は、その体勢上様々な意味で後手に回ることが多い。
遺失物ロストロギアの暴走事故、違法魔導師による犯罪行為、そしてアンチスパイラルの破壊活動など、例を挙げればきりが無い。
そこで後手に回らず――寧ろ先手を打って行動出来る新しい部隊を創るべく、数年前からはやては仕事の合間を見つけては関係各所を動き回っていた。
「へぇ、良かったじゃねぇか。……でもはやての新部隊とこのアンチスパイラル対策会議に、一体何の関係があるんだよ?」
新部隊の専門はあくまでもロストロギア……はやてからはそう聞かされているし、自分達もその認識である。
一同を代表するようなヴィータの問いに、はやての表情が曇る。
「……上の人達は、どうも新部隊を対アンチスパイラルの精鋭部隊として使いたいみたいなんや。そのための戦力なら惜しみなく提供する言うてるんやけど……」
――それは自分の理想とする部隊の形ではない……言外にそう告げるはやてに、なのは達は咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
「アンチスパイラルがただのテロ組織やったら、ウチもその要求呑もう思うとった。
そんな連中さっさと潰して、んで改めてウチの望む部隊に創り直すー―実際、最初はそのつもりやったしな」
でも……とはやては続ける。
「――ロージェノムさんの話を聞いて、ウチは自分の考えの甘かったことを知った。
アンチスパイラルとの戦いはただのテロ組織相手の治安維持活動とは全然違う――戦争や。それも次元世界全部を巻き込む程の、ウチらの想像を遥かに超えた……」
はやてが部隊を設立すれば、この場にいる全員が何らかの形で力を貸してくれるだろう。
何人かは前線で戦ってくれることになるかもしれない。
しかしそれは、アンチスパイラルとの世界を賭けた決戦の、本当の最前線に彼女達を連れて行くという意味である。
ロージェノムの世界では、ロージェノム達旧世代螺旋の戦士はアンチスパイラルに敗れた。
辛うじて勝利したシモン達新世代戦士も、多くの犠牲を出した。
自分達もそうならないとは限らない。
否――螺旋力を知らない自分達は、彼らと同じスタートラインにすら立っていない。
こんな状態でアンチスパイラルに戦いを挑むなど、みすみす死地に転がり込むようなものである。
自分はなのは達をそんな目に遭わせたくない――はやてはそんな絶望的な賭けに仲間を巻き込みたくなかった。
「だから……」
――皆、ウチから手を引いて……。
はやての口にしようとした決別の思いは、ヴィータに口を塞がれ、言葉になることはなかった。
「なーに言ってんだよ、はやて。
アンチスパイラルなんてとっとと倒して、それから本当のはやての部隊を創る……良いアイディアじゃん!
はやてははやてのやりたいよーにやれ。アタシらはそれを全力で助ける!」
そう言って屈託なく笑うヴィータに、シグナムが同意する。
「ヴィータの言う通りだ、主はやて。我等ヴォルケンリッターは貴女の守護騎士――貴女の剣だ。
貴女が望むのならば我等は次元の狭間だろうと宇宙の果てだろうと、どこであろうと戦ってみせる。
そして必ず勝利し、貴女の許に帰ってこよう」
シグナムの言葉に、守護騎士全員が首肯する。
「わたし達も同じだよ、はやてちゃん」
呆然とするはやてに、今度はなのはがそう語りかけた。
クロノも達観――というよりも開き直ったような表情でなのはに同意する。
「……まぁ、どちらにしてもアンチスパイラルとの決戦は避けられそうにないからね。
こうして関わったのも何かの縁、最後の最後まで付き合ってやるよ」
そう言ってわざとらしく息を吐くクロノに、他の面々も苦笑交じりに同意するのだった。
「皆……」
なのは達の優しい言葉に、はやての目に涙が浮かぶ。
しかし……ここで折れる訳にはいかない。
ヴィータ達が自分を想ってくれているように、自分も彼女達を大切に思っているのだ。
故にはやては拒絶する……拒絶しなければならない。
「でも……!」
「……諦めろ、はやてとやら」
横合いからかけられた予想外の声――ロージェノムの一言に、はやては思わず言葉を呑み込んだ。
自分を見つめるなのは達を一度見渡し、ロージェノムは続ける。
「この者達は大グレン団の戦士達と同じだ。己の決めた道を己の決めたやり方で貫き通す、気高く力強い意思――お前が幾ら止めたところで、この者達は止まりはしない」
――それは、お前も同じだろう……?
そう諭すロージェノムの脳裏に、あの日、あの最期の戦いでの、シモン達の口上が蘇った。
――因果の輪廻に囚われようと、遺した想いが扉を開く!
――無限の宇宙が阻もうと、この血の滾りが定めを決める!
――天も次元も突破して……掴んでみせるぜ、己の道を!!
自分も参加した最初で最後の、大グレン団の名乗り……。
そうだ、どんなに絶望が立ち塞がろうとも、この者達は決して立ち止まりはしないだろう。
それが螺旋の生命の宿命――否、そんな陳腐な言葉で括れる程、その熱い衝動は単純なものではない。
「皆……」
はやては涙を拭い、力強い瞳でこう告げる。
「――ウチと一緒に、戦って!」
その言葉に、なのは達も笑顔でこう応える。
「「「「「「「「「「「応!!」」」」」」」」」」」
そこからの会議の流れは、まさに怒涛の勢いだった。
まずロージェノムの管理局への技術的協力を取り付け、続いて彼の持ち込んだ螺旋兵器ラガンの分解解析、そしてその結果を基にした螺旋力の本格的研究計画の草案作成。
その第一の目標として螺旋力を応用した新型デバイスの開発までを決めたところで、この日の会議は解散となった。
日は既に高く昇り、昼食にはちょうど良い頃合いである。
ぞろぞろと仮眠室へと急ぐなのは達を見送り、ロージェノムは一人、取調室の天井を無言で見上げていた。
これで良かったのだろうか……?
熱が冷め、冷静さを取り戻した心に渦巻くこの感情は、『ロージェノム』にとっては千年ぶりの、ロージェノムにとっては初めての、迷い……。
事情聴取でロージェノムの口にした供述に、偽りは何一つ無い。
しかし全てを話したのかと訊かれれば、そうでもないと答えるしかない。
例えばスパイラルネメシス。
螺旋力とは宇宙と生命を繋ぐ力、銀河の成長は生命の成長と比例する。
生命はより螺旋の力を得るための形を求めて発達した――それが進化。
しかしその果てに待つ未来は、螺旋力の暴走による全生命の宇宙との同一化。
過剰銀河は互いに喰い尽くしブラックホールとなり、宇宙は無に還る……。
それがスパイラルネメシスの真実である。
そして例えばロージェノムの出身世界、シモン達の母星――地球。
第97管理外世界として管理局データベースに登録されている、なのはとはやての出身世界。
時空管理局の存在も、実のところ、断片的な知識としてであるがロージェノムは記憶していた。
そしてその行く末も……。
アンチスパイラルの猛攻に追い詰められた時空管理局は、禁忌とされてきた質量兵器を解禁、総力戦を決断する。
しかし戦況を覆すことは出来ず、ミッドチルダ、及び周辺の次元世界は陥落、多くの人間が時空難民として管理外世界を含む異世界へと流出した……そう、地球にも。
時空難民からもたらされた異世界の技術により、地球の文明は急速に発展、他次元世界と肩を並べられるまでに成長する。
そして螺旋力の発見、螺旋の戦士の登場。
その後は……はやて達に話した通りである。
それがロージェノムの知る――『ロージェノム』達の辿った、この世界の未来だった。
天元突破リリカルなのはSpiral
第2話「軽くこれまでのおさらいしとこーか」(了)
ちなみに――、
「ところで皆何で一々交代しながら説明してたの? 学芸会の出し物じゃあるまいし」
なのはのもっともな疑問に、フェイトは眠そうな目で振り返りこう答えた。
「だって……ああでもしないと寝ちゃいそうだったんだもの」
最終更新:2008年09月05日 12:43