――上を向いて歩け、スバル! お前の拳は天を突く!!



 一面に広がる廃墟――否、これは魔法で造り出された立体映像に過ぎない。
 時空管理局第七特別演習場――魔導師昇級試験、Bランク試験会場。
 虚構の街の中心に寝転がり、スバル・ナカジマは空を見上げていた。
 右手に着けたグローブ、左腕に結んだ白い鉢巻き、両足に履いたローラーブーツ、そして懐にしまったペンダント……。
 自分の勝負アイテムとも言える装備を一つ一つ指先でなぞり、スバルは再び空に視線を戻す。

 ……ティアナ・ランスターの顔が、青空を覆い尽くしていた。

「まぁーた空見てんの? アンタは……」

 そう言って自分を見下ろす親友の呆れ顔に、スバルは億劫そうに上体を起こした。

「ティア……もう時間?」

 スバルの問いにティアナは時計を取り出し、「あと10分」と短く答える。

「それじゃーあと5分はゆっくり出来るね。その後全力で走れば余裕で間に合う」

 そう言って再び倒れかかるスバルの身体を、ティアナは慌てて捕まえる。

「まったく……アンタってホントに空が好きよねー」

 呆れたような声と共に差し出されたティアナの手を掴み、スバルはゆっくりと立ち上がった。
 別に空が特別に好きという訳ではない――ただ上を向いて歩いていたら、自然と空が目に入ってくるだけだ。

 四年前、アンチスパイラルの空港爆破テロにスバルは巻き込まれた。
 その当時のスバルは弱く、ただ泣くことしか知らない無力な子供だった。
 逃げ遅れ、炎と瓦礫の海の中に独り取り残されたあの時も、スバルはただ悲鳴を上げ、家族を呼びながら泣き叫ぶことしか出来なかった。
 そんな時だった、スバルがその人と出会ったのは……。

 ――コアドリルインパクト!!

 気合いと共に瓦礫の壁を突き破り、『あの人』はスバルの前に現れた。
 顔は覚えていない、声もはっきりとは思い出せない。
 ただ青いコートに隠れた大きな背中、そこに描かれた『あの人』のエンブレム――炎とサングラスを組み合わせたあのマークだけは、しっかりと心に刻み込んだ。

 スバルの憧れた『あの人』との出会いは唐突で、そして一瞬だった。
 気がつけば『あの人』はスバルの前から姿を消し、スバルはその後、もう一人の憧れの人――高町なのはに救助された。
 あれは夢だったのではないか……今でも時々、スバルはそう思うことがある。
 しかし『あの人』は確かに、あの日、あの場所にいた。

 ――上を向いて歩け、スバル!

 その言葉と共にあの時『あの人』から託されたペンダント――金色に輝く小さなドリルが何よりの証拠だった。

 その日以来、スバルは上を向いて歩き続けた、上を向いて生き続けた。
 逃げない、泣かない、振り返らない、そして立ち止まらない。
 ただ己の道をまっすぐ突き進む。
 『あの人』も言っていた――自分の拳は、天を突くのだから!

 そして……スバルは今、ここにいる。

「ティア……征こうか」

 左腕の鉢巻きを額に巻き直し、スバルはティアナを――無二のパートナーを振り返る。
 迷いも曇りも無いスバルの瞳――その奥で輝く相棒への絶対の信頼に、ティアナもまた力強く頷いた。

「当ったり前でしょ、馬鹿スバル」

 Bランク昇級試験、実技審査。
 絶対に合格する――二人はそう決意を固めるのだった。




 実技試験は、簡単に言えば障害物競走のようなものらしい。
 中空のウィンドウに映る試験官――リインフォースⅡ空曹長の説明を、スバルとティアナはそう結論付けた。
 コース各所に設置されたポイントターゲットを全て撃破し、ゴールに辿り着く。
 制限時間内にゴール出来なかったり、一体でも破壊に失敗、またダミーターゲットを破壊してしまった場合は失格となる。
 試験の概要としてはこのようなものだが、やはり障害物競走という印象は拭えないというのが二人の感想である。

『――ではスタートまであと少し、ゴール地点で会いましょう』

 ウィンドウが切り替わり、試験開始用のシグナルが表示される。
 三つの光点の内一つが消え、二つ目、そして――、

『スタート!!』

 リインフォースⅡの合図と共に、二人は無人の街へと繰り出した。

 ハイウェイを疾走する二人の前に、最初のターゲット――人間大の顔に手足を付けたような不恰好なロボットが現れる。
 その数、三つ。
 ガンメン――時空管理局が作業用に開発した新型の自立行動型魔導機械である。
 未だ試験段階ではあるものの、被災地での救助活動や危険地域でのロストロギア回収作業など、その活躍が期待されている――らしい。
 ニュースで見た時には二人揃って「これ明らかに戦闘用だろ」と断言したスバルとティアナだったが……どうやらその認識は間違っていなかったらしい。
 救助だの探査だのといった「建前」的な目的よりも、こうして銃器で武装している方が遥かに似合っている――ガンメンという兵器は。

「ティア、援護よろしく」

 背後の相棒に一言言い置き、スバルはローラーを噴かせた。
 右手のグローブ――母の形見の篭手型デバイスが唸りを上げ、手首部分のタービンが紫電を飛ばしながら激しく回転する。

 ……アンダーウェアの下のペンダントが、脈動するように光を発する。

「リボルバーシュート!!」

 気合いと共にスバルは更に加速し、先頭のガンメンに砲弾のように突っ込んだ。
 拳が敵の装甲に文字通り突き刺さるが、スバルはまだ止まらない。
 腕が、上半身が、全身がガンメンを貫き、突き破る……!

「あたしを誰だと思ってる!!」

 雄々しく吼えるスバルの背後で、無残に破壊されたガンメンが爆破四散する。
 まず、一体。

 ……まだ身近にもう二体残っていることを、スバルはすっかり失念していた。

 接近戦に切り替えたのか銃器を捨て、残りのガンメンが左右からスバルに襲い掛かる。

「げっ……!」

 敵の思わぬ奇襲にスバルは蛙の潰れたような声を上げるが、それでも反射的にガンメンの片割れを殴り飛ばした。
 しかし残るもう一体の鉤爪が、隙だらけのスバルの背中に迫る。

 その時、

「こ……んの、馬鹿スバル!!」

 怒号と共に放たれた光の弾丸が、ガンメンに眉間を貫いた。

「ティア!」

 窮地を救われたスバルが満面の笑みで後方の親友――二挺拳銃を構えるティアナを振り返った。

 ……修羅がいた。

「スバル! アンタ馬鹿ぁ!? 呑気に格好つけてて不意打ち喰らいかけるなんて馬鹿にも程があるわよこの馬鹿!!」
「三連発で馬鹿って言われた!?」
「四連発よ! そして今から五回目を言ってやろわ……この一分一秒にも時間はどんどん減ってるんだから、へらへら笑ってないでとっとと進め馬鹿スバル!!」

 ティアナの雷から逃げるように、スバルは慌てて身を翻した。




 協調性――実際の連携はともかく――に多少の問題は見られるものの、概ね順調にコースを進む受験生達を、はやてとフェイトは試験場上空の管制ヘリから見守っていた。
 はやてが目をつけた二人の新人――この試験の結果次第では新部隊の前衛への引き抜きも考えている、期待の人材である。

「小型ガンメンをどれもほぼ一撃で破壊か……新人にしては中々やるね」

 好意的に二人を評価するフェイトに、はやても頷く。

「せやな。正面突破してるスバルちゃんも凄いけど、ティアナちゃんも低い攻撃力でよー頑張っとるわ。装甲の継ぎ目とか、ガンメンの弱点を的確に狙い撃ちしとる」
「逆に言えば、そういう面ではガンメンも改良の必要ありってことだけどね」

 和やかに談笑する二人に割り込むように、その時、試験監督中のリインフォースⅡからの通信ウィンドウが開いた。

『お二人ともなごんでるところに恐縮なんですが、ちょっと報告したいことがあるんですけど……』
「リイン? どないしたん?」

 首を傾げるはやてに、リインフォースⅡは困ったような表情で報告する。

『受験生のスバル・ナカジマさん――鉢巻き巻いてる方の娘なんですけど、彼女から断続的に螺旋反応が検出されてるんです』

 リインフォースⅡの言葉に、二人は驚愕に目を見開いた。

 螺旋力――半年前、時空漂流者ロージェノムからもたらされた、魔力とは根本から異なる未知のエネルギー。
 この謎の力について現時点で判明している事実は三つ。
 螺旋力の発現には特別な才能や資質を必要とせず、しかもAMF下でも問題なく発動可能――理論上は、いつでもどこでも誰でも使用可能であるということ。
 全次元世界共通の敵――アンチスパイラルの尖兵ムガンに対して、螺旋力を利用した攻撃が現状最も有効であるということ。
 そしてもう一つ、アンチスパイラルは螺旋力を絶対的な敵と見做し、その存在を許していないということ。
 それはつまり……、

「はやて……私、何か嫌な予感がする」

 険しい表情でそう口にするフェイトに、はやては同意するように首肯する。

「フェイトちゃん。念のため、いつでも出撃られるようにしといてや。なのはちゃんの方にも連絡入れとくわ」

 アンチスパイラルと敵対する次元世界にとって、螺旋力は希望を掴むパンドラの箱である。
 しかし同時に破滅を呼び込む禁断の果実にも、螺旋力はなり得るのである。





「うおおおおおぉっ! リボルバーシュート!!」

 人間砲弾と化したスバルが、ガンメンを三体纏めて突き破った。
 その傍らではティアナが、宙に浮かぶ巨大な顔――飛行型ガンメンを一体ずつ撃ち落としている。

 障害物競走も佳境に入り、コースを進み、標的を破壊する二人の身にも力が入る。
 しかし同時に、これまでの戦闘での疲労やダメージも、徐々にではあるが確実に蓄積していた。

「あぁ~、ちょっと休憩……」
「そんな時間無いわよ。休みたいならさっさとゴールする!」

 地面に座り込もうとするスバルを叱咤し、しかしティアナ自身も疲労に息を吐いた。
 後方からちまちま援護している自分もこれだけ疲れているのだ、自分自身を弾丸代わりに特攻しているスバルの消耗は並ではないだろう。
 しかし、制限時間もあと僅か、ここで立ち止まっている暇は無い。
 酷なことかもしれないが、無理をしてでも前に進まなければならないのだ。
 先に進みたいのならば、夢に近づきたいのならば。

「ほら、行くわよスバル」

 そう言って手を差し伸べるティアナの背中の向こうで、その時、何かが光った。
 咄嗟にスバルが地を蹴り、押し倒すようにティアナを組み伏せる。

「ちょっ……スバル!?」

 狼狽するティアナの目の前を、一筋の閃光が突き抜ける。

 魔力弾――否、今のは何かが違う。

 体勢を立て直しながら敵の奇襲を分析したティアナは――隣で立ち上がるスバルも――次の瞬間、上空から自分達を見下ろす『敵』の姿に愕然とした。

 円と直線で構成される無機質なシルエット、不気味に発光する結晶状のボディ――今の二人にとっては想定外の、しかしいずれは相対していたであろう、明らかな『敵』。

「「アンチスパイラル……!」」

 その尖兵――ムガン。
 それも一体や二体ではない――百、二百、それ以上の大群である。

 最初に動いたのはスバル達でもムガンでもなく――フェイトだった。
 デバイスを起動しながら管制ヘリから飛び降り、鉄砲玉のように敵陣の真ん中に突っ込む。
 大剣型に変形したバルディッシュが魔力の刃を形成し、伸びる、伸びる、伸びる――!

「このおおおおおおっ!!」

 限界まで魔力を注ぎ込んだ魔力刃――もはや巨大な光の柱としか見えぬそれを、フェイトは気合いと共に振り下ろした。
 その一撃でダース単位のムガンが切り裂かれ、周囲の味方を巻き込みながら爆発する。
 その光景にまずスバルが我に返った。
 グローブに覆われた右拳を握り締め、単身敵軍と睨み合うフェイトに助太刀しようと走り出す――前に、ティアナに後ろ襟を掴まれ阻止された。

「……ちょっとティア、放して欲しいんだけど?」
「アンタ馬鹿ぁ!? Cランクの下っ端でしかもバテバテでついでに馬鹿なアンタがしゃしゃり出ても足手纏いにしかならないわよ!!
 余計なこと考えてないで、さっさと逃げるわよこの馬鹿スバル!!」

 お前の考えはお見通しだとばかりに怒鳴り散らすティアナの剣幕に、スバルは観念したように走り出した――後ろへと。




『受験生のお二人さん! 緊急事態です!!』

 コースを逆走するスバル達の前にウィンドウが開き、慌てたような顔のリインフォースⅡが映し出される。

『アンチスパイラルの大量出現により、この辺り一帯は第一級戦闘区域に指定されました! 試験は中止、二人は早く逃げて下さい!!』
「「もう逃げてます!!」」

 切羽詰ったようなリインフォースⅡの警告に、二人も必死な形相でそう返した。

 ムガン達の身体に光が集束し、ビームの砲弾が撃ち出される。
 スバル達を狙い――フェイトを無視して――放たれた攻撃は、その大部分がフェイトの魔法によって相殺された。
しかし僅かに撃ち漏らした一部の生き残りが、流星のように二人の頭上から降り注ぐ。

「やばっ……!」

 スバルはティアナを後ろから抱え上げ、ローラーを全力で噴かせて砲撃の雨の隙間を掻い潜る。

「ちょっとスバル、何すんのよ!? アンタに抱かれて無人の街で大量の無機物と追いかけっこなんて……羞恥プレイにも程があるわよ!?」

 腕の中のティアナが赤面しながら抗議しているが、スバルは無視して更に加速する。
 両脚のローラーが過負荷に悲鳴を上げ、バチバチと火花を飛ばしている。

「ムガン……まだ追って来てる?」

 振り返らず前を見据えたまま、スバルはティアナに尋ねた。
 その問いにティアナは顔を上げ、スバルの肩越しに背後を確認する。

「……ばっちり、相変わらず、ストーカーみたいにぞろぞろついて来てるわ。試験官の人が足止め頑張ってくれてるけど、攻撃防ぐのに手一杯みたい」

 ティアナの現状報告に、スバルの顔に焦燥の色が浮かぶ。
 ローラーはもう限界に近い……そう長くは走れない。
 もう、逃げられない……。
 自分の最も嫌いな選択肢を進んでいる上、その道すらも壁に阻まれかけているという現実に、スバルは歯噛みした。
 その時、ムガンの一体がフェイトの頭上を飛び越え、二人を目掛け降下を始めた。
 体当たりによる自爆攻撃――否、あの大きさと重量で押し潰すつもりだ。
 フェイトは撃ち落そうとバルディッシュを構えるが、ある一つの懸念が引き金にかかる指先を躊躇させる。

ここであれを破壊すれば、爆発に二人も巻き込んでしまう……!

 迷うフェイトを嘲笑うように、ムガンはスバル達の頭上に迫る。

 その時、不意にスバルが立ち止まった。
 腕に抱いたティアナを解放し、迫り来るムガンを無言で見上げる。
 ムガンを睨むスバルの眼に光る、決意の炎にティアナは気づいた。

 まさか……!?

 嫌な予感に襲われるティアナだったが、その予感は正しかった。
 スバルの右手のデバイスが起動し、タービンが紫電を放ちながら高速回転する。
 まわる、回る、廻る――!
 尚も回転数を上げていくタービンに呼応するように、荒れ狂う紫電の渦がスバルの周囲を暴れ回る。

 ……懐のペンダントが、鼓動している。

 暴走するように唸りを上げる右拳を握り締め、次の瞬間、スバルが跳んだ。
 その常人離れした脚力で重力に逆らい、ムガン目指して垂直に跳ぶスバルを、直後、ムガンのビームが呑み込んだ。

「スバル!!」

 無慈悲に放たれた死の光に消えた親友に、ティアナは悲痛な叫びを上げる。
 しかし涙と絶望に濡れたその顔は、次の瞬間、驚愕に塗り潰された。
 スバルは……生きていた。
 ムガンのビームを拳で受け止め――寧ろ逆に突き破りながら、尚も上昇を続けている。
 その姿は、固い岩盤を掘り進むドリルに似ている……ティアナはそう思った。

「あたしの拳は――」

 ビームの壁を貫きながら、スバルが咆哮を轟かせる。
 その拳は遂にムガン本体まで辿り着き、表皮を突き破り、奥へ奥へと前進を続ける。
 そして遂に、スバルはムガンの身体を貫通し、

「――天を突く!!」

 大空の中、太陽へと名乗りを上げるスバルの背中で、ムガンが爆炎と共に消滅した。

「あたしを誰だと思ってる!!」

 無事に着地し、決め台詞と共に格好つけるスバル――その足元が、次の瞬間、音を立てて崩れ落ちた。
 突然の地面の崩落はスバルだけでなくティアナをも巻き込み、

「そんな、何このオチぃいいいいいいいいぃっ!?」
「ちょっと、何でアタシまでぇえええええぇっ!?」

 ……間抜けな悲鳴を残して、二人は奈落の底へと消えていった。



天元突破リリカルなのはSpilai
 第3話「あたしの拳は天を突く!!」(了)

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最終更新:2008年09月06日 07:45