目を開けると、書類と機材とよく分からないガラクタの山の中にいた……。
 また、ここで夜を明かしてしまったらしい。

 時空管理局技術開発部、第六特別分室――通称、螺旋研究所。
 数ヶ月前に配属された新しい職場の、真新しい自分のデスクの上で、シャリオ・フィニーノは大きく背伸びをした。
 背中に掛けられていた毛布が、その拍子に床に落ちる。

「……起きたか」

 研究室の奥、壁面に設置された巨大モニターの映像を眺める上司が、振り返ることなくシャリオに声をかける。
 気付かれる程の音は立てていないのに……上司の感覚の鋭さに、シャリオは内心舌を巻いた。

「しょちょー、何観てるんですか?」

 気安そうな声を上げながら、シャリオは上司の隣へと歩み寄った。
 答えを期待していた訳ではない……現にこの男はシャリオの問いに、沈黙を返すだけだった。
 モニターの中では、シャリオの友人兼元上司――フェイトがムガンの大群と激しい攻防を繰り広げていた。

 フェイトの紹介でこの男――第六特別分室室長、ロージェノム・テッペリンの助手になってから数ヶ月が経つが、シャリオは未だにこの新しい上司に馴染めずにいた。
 技術者としての力量の高さや異常とも言える知識の深さは、今のシャリオでは足元にも及ばない……その点は素直に尊敬出来る。
 しかし能力と性格が等しく信頼に値する人間は意外に少なく――元上司のフェイトとその愉快な仲間達は殆ど全員が該当しているが――それはこの男も例外ではない。
 寧ろロージェノムの場合、シャリオが今まで出会ったどの人間よりもその傾向が顕著なのである。
 アクが強いと言い換えても良い。
 普段は周りで何が起きよう顔色一つ変えないのに、妙なところで突然熱血のスイッチが入る……この男の「ツボ」とでもいうべきものが、シャリオには全く理解出来ない。
 今も、モニターに送られてくる戦闘映像――ムガン相手に苦戦するフェイトの姿を見ながら、この男は眉一つ動かさない。
 自分は不安と心配から今すぐにでも目を逸らしたい位だというのに……。
 この人にとってもフェイトは知らぬ中ではないだろうに……冷徹とも言えるロージェノムの態度に、シャリオは内心嘆息を漏らした。

 自分の気に入ったものを地面の下に埋めるという上司の迷惑な性癖も、何とかして欲しいとシャリオは思う。
 これは最近になって気付いたことであるが、この男はやたらと何かを地面に埋めたがる。
 貴重な文献、研究成果、最新型の機材、思い出の品……この男の暴挙によって意味もなく土の中に葬られたものは、数えるだけで嫌になる。
 ロージェノム曰く「万が一の時のための未来への遺産」らしいのだが、未来よりもまず今に目を向けて欲しいと切実に思う。
 事態に気付いたシャリオの必死の発掘作業――おかげでせっかくの休暇が潰れた――によって一部のものはサルベージに成功した。
 しかし未だ多くの要救助者がミッドチルダ中の地下に眠っていることは間違いなく、そしてシャリオの目の届かぬところで新たな犠牲者が出ている可能性も否定出来ない。
 それは例えば螺旋力を利用した新型の次元転移装置。
 そして例えば……。




「何、これ……?」

 突然の地面崩落に巻き込まれ、地下空洞に落ちたスバルは、目の前に広がる信じ難い光景に思わず呟いた。
 隣のティアナも同じような顔をしていることから、どうやら「これ」は夢でも幻でもないらしい。
 20mは落ちたようだが、バリアジャケットのおかげで自分もティアナも擦り傷程度の怪我で済んだ。
 それだけは――否、もしかしたら「これ」も――不幸中の幸いだったといえるだろう。

 ……何故、自分達がどれだけの深さまで落下したのかが解るか?
 簡単である――今、自分達二人の目の前に佇む鋼の巨人が、大体それ位の大きさなのだから……。

「これって、ガンメン……?」

 呆然と呟くティアナの声が、スバルの鼓膜を震わせる。
 ガンメン……ああ、確かにこれはガンメンのようにも見える。
 しかし今自分達の見上げているこの一本角の巨大ロボは、少し前まで自分達の戦っていたガンメンとは何もかもが違う。
 ムガンに比肩する程の機体の巨大さ、人間と同じようなプロポーション、……尻尾。
 そして何より……人間では頭部のあるべき場所に、顔がもう一つ付いている。
 完全に人型をしているのだ、この黒い機械の巨人は……。

 スバルの懐のペンダントが、これまで以上の輝きで脈動する。
 その光はアンダーウェアを透過し、地下空洞を淡く照らす。

「スバル……アンタ、何か光ってるよ……?」

 ティアナの指摘にスバルは胸元に手を突っ込み、懐のペンダントを引っ張り出した。
 鎖の先に繋がった小さな金色のドリル……その鼓動が、輝きが、更に激しさを増していく。

 その時、目の前の巨大ガンメンが突如動いた。
 二人の前に跪き、腹の辺りにある「口」が、頭頂部付近のハッチが、音を立てて開く……!
 まるで、主を受け入れるかのように。

「まさか、アタシ達に乗れって言ってるの……!?」

 驚愕の声を上げるティアナに、巨人は何も答えない。
 ペンダントを握り締め、無言で巨大ガンメンを見上げていたスバルが、その時、静かに口を開いた。

「ティア……乗ろう」
「スバル!?」

 瞠目するティアナの答えを待たず、スバルは巨人へと歩み寄る。

「きっと上では、あの試験官の人がムガンと戦ってる。あたしが行っても、きっと足手まといにしかならない……ティアの言うことは正しいよ。
 だけどあたしとティアと、そしてこの子が力を合わせれば、きっとあの人の助けになれる。きっとあたし達は、何かが出来る……!
 そう思うんだ……根拠は無いけど」

 淡々と語るスバルの背中が、何となく普段よりも大きく、頼もしくティアナには見えた。
 そして……ティアナも覚悟を決めた。

「……上等よ、やってやろうじゃない。アタシ達をパイロットに選んだ幸福を噛み締めながら、馬車馬のように働きなさい」

 強がるような笑みを浮かべ、ティアナはそう語りかけながら巨人に近づく。
 そしてスバルが頭部の、ティアナが腹部のコクピットに乗り込む。
 頭部コクピットの正面、シンプルなコンソール下に、小さな円錐状の窪みをスバルは見つけた。
 ちょうどスバルの握るペンダントと同じ位の大きさである。
 一瞬の躊躇もすることなく、スバルは窪みにペンダント――コアドリルを差し込んだ。
 その瞬間、黒いガンメン――ラゼンガンの二対四つの眼に、光が灯った。


「ラゼンとラガン……この子、二つのガンメンが合体して出来てるんだ」

 ラゼンガン頭部――ラガンのコクピットで、スバルはウィンドウに表示した機体データを見ながら呟く。
 左右の操縦桿に触れた瞬間、この機体のあらゆる情報が直接頭の中に流れ込んできた。
 機体と感覚を共有したと言い換えても良い。
 ともかく、今の自分ならばラガンを――ラゼンガンを手足のように自在に動かせる。
 スバルはそう確信していた。
 それはラゼンの操縦席に座るティアナもきっと同じだろう。

「二人合わせてラゼンガン、格好良いじゃん!」

 見た目は思いっきり悪役だけどねーと笑うスバルの前に、ティアナからの通信ウィンドウが開く。

『呑気なこと言ってないで、さっさと地上に出るわよ』

 ティアナの言葉にスバルは首肯を返し、左右の操縦桿を握り締めた。
 スバルの思考をトレースして、ラゼンガンは大きく身を屈める。

「てりゃああああぁっ!!」

 スバルの気合いと共にラゼンガンが跳んだ。
 天井を突き破り、一気に地上へと躍り出る。

「あれは……ラゼンガン!?」

 突如地下から現れたラゼンガンの姿に、フェイトは驚愕の声を上げる。
 いったい誰が乗っているのか……それ以前に何故、ラゼンガンがここに存在しているのか?

 螺旋エンジンの構造解析のため、ラガンは半年前に分解された筈である。
 首から下の部分に至っては、回収すらされずに廃棄処分されたと聞いている。

 しかし今、ラゼンガンは完全な形でフェイトの前に確かに存在していた。

 困惑するフェイトの胸中を知ってか知らずか、ラゼンガンは妙に人間臭い動きで、フェイト――正確にはその向こうのムガンへと走り寄る。

『どいてどいてどいてぇぇぇーーっ!』
『道開けて下さい危ないですからぁぁぁーーっ!』

 ラゼンガンが上下二つの口を開き、若い少女達の声でフェイトに呼びかける。
 その勧告につい道を開けたフェイトの傍を、漆黒の巨人は颯爽と駆け抜けていく。
 唖然とラゼンガンを見送るフェイトに、その時、一つの通信が入った。

 虚構の街を疾走するラゼンガンは、手近なムガンへと拳を振り上げ、

『よくも散々追いかけ回してくれたなパァーンチ!!』

 ――殴った。

『円盤の分際で調子に乗るなキィーック!!』

 ――蹴った。

「ティア! 一気に決めるよ!!」

 ウィンドウに映る相棒の顔を横目に見遣り、スバルは操縦桿を握る両手に力を込めた。
 コンソール中央の渦巻状のゲージが勢い良く回り、まるで咆哮を上げるように機体の全身が駆動音を轟かせる。
 ラゼンガンの右掌から突き出したドリルが、手首と融合しながら肥大化し、腕と一体化しながら巨大化し、まだまだ成長を続けていく。
 ラゼンガンの全長よりも更に巨大なドリルが、まわる、回る、廻る……!!

「ギガドリル――」

 スバルの咆哮と共にラゼンガンは走り出し、殴りつけるようにドリルを突き出した。
 唸るドリルがまず一体目のムガンを貫き、続いて二体目と突き破り、そして三体目、四体目……まるで止まることを知らぬように、敵を食い尽くしていく。

「――ブレイク!!」

 敵陣を貫通し、名乗りを上げるラゼンガンの背中を、無数の爆炎が赤く染め上げた。

「乙女心が天地を穿ち、魅せてあげるわ底力! 覚悟合体ラゼンガン、あたし達を誰だと思ってる!!」

 格好つけるように右腕のドリルを一振りし、即興で作った口上と共に決め台詞を口にするスバル。

 ……まだまだ敵は沢山残っているということを、スバルはすっかり失念していた。

 隙だらけのラゼンガンの背中に、ムガン達が一斉にビームを叩き込む。
 敵の集中砲火にラゼンガンはあっさりと吹き飛ばされ、スバルはコンソールに頭をぶつけ、ティアナはシートから転げ落ちた。

「ぁ痛たたた……もう! シートベルトくらい付けときなさいよ、このポンコツ!!」

 したたかに打ち付けた頭を擦りながらティアナが憤慨する。

『うぅ~、鼻打った……』

 スピーカー越しに聞こえてくるスバルの情けない声に、ティアナの中で何かが切れた。

「こんっの、馬鹿スバル! 馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、遂に二度ネタなんて馬鹿な真似にまで手を出して……アンタはどれだけ馬鹿なのよ!?」
『ご、五連発!?』

 どうでも良い部分に瞠目するスバルを眼光一つで黙らせ、ティアナはシートに座り直した。
 左右の操縦桿――ラガンのものとは形が違う――を握り、機体の制御をスバルから奪い取る。

「あのメカクラゲ……もう許さないんだから!!」

 クラゲは違うでしょーとツッコミを入れるスバルを無視して、ティアナは己の十八番――幻術魔法の術式構築を始めた。
 ラゼンガンの隣にもう一体の『ラゼンガン』――幻術魔法によって創られた虚像――が出現し、二体のラゼンガンの左右に更に新たな『ラゼンガン』が生まれる。
 四体から八体、八体から十六体……延々と分裂を繰り返す無数の『ラゼンガン』が、ムガンの軍勢を取り囲む。

 操縦桿を握るティアナの両手が、じっとりと汗に濡れている。
 数十体もの分身の生成――そんな荒業、今まで考えたことすらなかった。
 無理だ……頭の中で、理性とも言うべきもう一人が冷静にそう断じる。
 お前のような凡人にそんなことが出来る筈が無い、馬鹿なことを考えずにさっさと諦めろ……。

 いや、出来る……もう一人の自分からの警告を、ティアナは頭を振って否定した。
 確かに自分に才能は無い、無理と言われても仕方が無いだろう――いつもの自分、今までの自分ならば。
 しかし、今は違う……ティアナは心の中の自分に叫ぶ。
 今の自分は独りではない――ラゼンガンが手伝ってくれる。
 無理を通して道理を蹴飛ばす、今の自分達ならばそれが出来る。
 自分とスバル、そしてこのラゼンガンが揃った、今ならば……!

「必殺、101匹ラゼンガン全員集合包囲網」

 スバルとは違う――静かだが凄みのあるティアナの名乗りと共に、101体にまで増殖した『ラゼンガン』が一斉にドリルを構え、ムガンの軍勢に突撃する。
 ムガン達は一箇所に密集し、全方位から接近する無数の『敵』に、手当たり次第にビームを放つ。
 まるでウニの棘のように四方八方に伸びる光の軌跡は、しかし虚像の身体を空しく透過していく。
 本体は……どこにもいない。

「――と、見せかけて」

 突如ムガンの目の前の空間が歪み、102体目のラゼンガン――幻術魔法で姿を消していた本体――が姿を現す。
 その右腕で回るドリルが、飢えた獣のように唸りを上げている。
 ムガン達は咄嗟に散開した……しかし敵の攻撃を回避するには、ラゼンガンは余りにも間近に接近し過ぎていた。

「真実はいつも一つなのよアターック!!」

 ティアナの怒号と共に、ラゼンガンのドリルがムガンの一体を貫いた。
 周囲に固まった味方を巻き込んだムガンの爆発が、半壊した虚構の街を地面ごと大きく抉り取る……この一撃で、残存していた敵の半分近くが消滅した。

『ティア凄い!』

 ウィンドウの向こうでスバルが目を輝かせ、ティアナの手腕に喝采を上げる。

『――技のネーミングはイマイチだけどっ!!』
「アンタにだけは言われたくないわよ!!」

 スバルの余計な一言に猛然と切り返し、ティアナは上空に逃げた敵の生き残りに視線を向けた。
 敵の残存勢力は数十体――恐らく五十は残っていないだろう。
 襲撃された当初と比べると、随分と減ったものである。
 あの程度の数、スバルなら一撃で粉砕出来る……何の根拠もなかったが、ティアナは自然と確信していた。

「スバル、やっちゃいなさい」
『うん!』

 絶対の信頼と共に締めを委ねるティアナに、スバルは力強く頷き、

『――それで、どうやって?』

 ……そう言って困ったような顔で小首を傾げた。

 ……スバルの言葉に、ティアナの思考はフリーズした。

「……いやいやいや! スバル、アンタ馬鹿ぁ? 空飛ぶなりジャンプするなりしてあいつらの真ん中に突っ込んで、ドリルで一発粉砕すれば万事解決でしょ!?」

 再起動したティアナが焦ったようにそう畳み掛けるが、スバルは困ったような顔のまま、申し訳なさそうにティアナから目を逸らす。

『うーん……流石のあたしもあの高さまでジャンプするのはちょっと無理かなー? 
 それに空を飛ぶって言ってもラゼンに飛行機能は無いし、ラガンのブースターもそんなにパワー無いし……』

 スバルの返答に、今度こそティアナの思考は凍りついた。

「じゃあ……手詰まりってこと……?」
『認めたくないところではあるけど……』

 硬直したラゼンガンの頭上から、ビームの雨が容赦なく降り注いだ。



「うーん、何か予想外に凄いことになってるなぁ……」

 空からネチネチと攻撃するムガンのビームから必死に逃げ回るラゼンガン……。
 余りにも情けないその姿を、彼女はラガンゼンの頭上――ムガン達よりも更に高い位置から見下ろしていた。
 このままでは、いつまで経っても埒が明かない……ジリ貧とも言える眼下の戦況に、彼女は苦笑いを浮かべる。

「助けてあげよっか?」

 そう言って地上に降下しようとする主人に、デバイスは不意に、制止の声を上げた。

≪Wait a minute. My master≫

「え……?」

 不思議そうな顔をする彼女の遥か下で、ラゼンガンが新たな動きを見せようとしていた。




「あぁーもう、あのクラゲ共! こっちの攻撃が届かないからって、調子に乗ってバンバン撃ってんじゃないわよ!!」
『だからアレ多分クラゲじゃないって……』

 再度入れられるスバルのツッコミを黙殺し、ティアナは上空のムガンを忌々しそうに睨み上げた。
 自分達の攻撃はあの高さまでは届かない――スバルの挙げた絶望的な指摘は、その後の様々な試行の結果、覆し難い事実として立証されてしまっている。

 ビルを足場に跳んでみた――より高い位置に逃げられた。

 誘導弾らしき飛び道具を使ってみた――敵に届く前に撃ち落された。

 最終手段として右腕のギガドリルを分離し、素手で思い切り投げつけもした――重すぎたのかムガンまでは届かず、逆に落下するドリルに自分達が潰されそうになった。

 あの空飛ぶメカクラゲ共に一矢報いるためには、奴らの逃げられぬ程の高速の動きで接敵し、そして反撃を許さぬ圧倒的な攻撃力で叩き潰すしかない。
 速さと強さ――その二つを両立させる「切り札」を、しかし今の自分達は持っていない。

 万策尽きた……ティアナは己の無力さに歯噛みした。

『ティア~、何とかしてよぉー』

 情けない声で自分を頼るスバルに、追い詰められたティアナの思考が爆発した。

「うるさぁーい! 馬鹿スバル、馬鹿は馬鹿なりにアンタも何か考えなさいよ!!」

 癇癪を起こした子供のように喚き散らすティアナの脳裏に、不意にこれまでのスバルの科白が蘇った。

 ――ラゼンとラガン……この子、二つのガンメンが合体して出来てるんだ……。
 ――空を飛ぶって言ってもラゼンに飛行機能は無いし、ラガンのブースターもそんなにパワー無いし……。

 バラバラに散らばっていたパズルのピースが、頭の中で重なり合い……、

 ――ティア……征こうか。

 ティアナの中に、一つの「答え」が生まれた。

「スバル……」

 モニターの向こうの親友に、ティアナは静かな声で語りかける。

「――何とかする方法、思いついたよ」

 ティアナの言葉に、スバルは顔を輝かせた。

『本当!? どんなどんな!?』

 期待に満ちた目で続きを催促する親友に少しだけ後ろ髪を引かれながら、ティアナ――ラゼンは頭上のラガンを右手で鷲掴みにし、そして一気に引き抜いた。

『え!? ちょ、ちょっと……ティア!?』

 突然の合体解除に戸惑うスバル――ラガンを大きく振りかぶり、

「スバル……逝ってこぉおおおおおおおおおいっ!!」

 気合い一発、全力投球――右手に握るラガンを、上空のムガンへと思いきり投げつけた。

「ちょっとティア!? それ字が違ぁあああああああああうっ!!」

 非道とも言えるティアナの「何とかする方法」に、スバルは思わず悲鳴を上げる。
 しかし親友が託した自分の役割を反射的に理解し、スバル――ラガンは両脚のブースターを点火した。
 ラガンの両腕がドリルに変形し、額からも小さなドリルが飛び出す。
 ラゼンの腕力にブースターの推進力も加わったラガンのスピードは音速の壁をも突き破り、回避不能の魔弾としてムガンの群れに迫る。

「ラガンインパクト!!」

 全身に圧し掛かる苛烈なGに苦痛の表情を浮かべながら、それでもスバルは名乗りを忘れない。
 ラガンは更に加速しながら敵陣を突っ込み、その真ん中に巨大な風穴を掘り抜いた。

「あ、あたしを……誰だと思ってる!!」

 肩で息をしながら決め台詞を叫ぶスバルの背後で、ムガン達が真昼の花火と化した。
 これで敵勢力はほぼ壊滅したが、しかし全てのムガンが破壊された訳ではなかった。
 誘爆を免れた一部の生き残りが、未だ僅かであるが存在している。

「もう一度……!」

 疲労の色濃く浮いた顔を引き締め、スバルは再びブースターを噴かそうとした。
 しかしスバルがペダルを踏み込むよりも、ムガンの動きの方が一瞬早かった。
 放たれるビーム、ラガンに――そしてラゼンにも迫り来る死の光。
 やられる……スバルは反射的に目を閉じた。

 一秒が経過した――予想されるような衝撃は来ない。

 二秒が過ぎた――平穏そのものである。

 三秒目――まだ来ない。

 不審に思い、恐る恐る目を開けたスバルの視界一面に、桃色に輝く光の壁が飛び込んできた。

「防御結界……?」

 呆然と呟いたスバルは、その時になって漸く、目の前の虚空に立つ一つの背中の存在に気付いた。

 ツインテールに纏められた亜麻色の長い髪、純白のバリアジャケット、そして右手に握る魔導師の杖……どれもスバルは見覚えがあった。

「なのは……さん?」

 その呟きに答えるように、なのははスバルを振り返り、そして優しく微笑んだ。

「アクセルシューター」

 なのはの周囲に光の弾丸が形成され、ムガンを撃ち抜く。
 その攻撃に他の生き残りのムガンが一斉に動き出すが、直後、地上から放たれた金色の雷撃によって全滅した。
 慌てて地上を見下ろしたスバルは、右手に戦斧型のデバイスを握り、ラゼンを庇うように立つ試験官の魔導師を見つけた。

「よく頑張ったね、二人とも」

 そう言って笑いかけるなのはに、スバルは安心したように肩の力を抜いた。




「……まだまだだな」

 一部始終を見終わり、ロージェノムはそう口にした。

「あの程度の螺旋力ではシモンはおろか、この私にも遠く及ばない」

 淡々と語るロージェノムの言葉には、落胆したような響きも混ざっている……シャリオは何となくそう思った。

「……じゃあ、何で彼女達の好きなようにさせたんですか?」

 助けに出ようとするフェイト達を、ギリギリまで引き止めてまで……。

 落胆したということは、その分あの二人に何かを期待しているのではないか……?
 今し方口にした「まだまだ」という言葉――失望はしてもまだ見放してはいない、まだ何かを期待している……そういうことではないだろうか。

 そう問いかけるシャリオに答えることなく、ロージェノム踵を返した。

「じきに客が来る、それまでに少しは身の回りを片付けておけ」

 そう言って立ち去るロージェノムを見送り、シャリオは重い息を吐いた。
 答えを期待していた訳ではないが、しかしたまには何か答えてくれても良いのではないか。
 嫌われてるのかなーと弱音を吐きながら、シャリオは点け放しのままのモニターを再び見上げた。

 モニターの中では、スバル達二人がフェイト達と何かを話している。
 恐らく、ロージェノムの言う「客」とは彼女達のことなのだろう。
 螺旋力に関しては、次元世界の中ではこの螺旋研究所が真実に一番近い場所にある、ロージェノムが一番真理に近い位置にいる。
 あのラゼンガンにしても、どうやらあの上司の私物らしい。
 どうしてあんな場所に埋まっていたのかは考えたくもないが、その辺りは後でフェイト達が追求してくれるだろう……精々こってりと絞られるが良い。
 思考が黒い方向に陥りかけたその時、シャリオは不意にあることに思い至った。
 スバル達をここに迎え入れるということは、やはりあの二人に期待しているということではないか。
 気に入らないのならばフェイト達に早々に敵を殲滅させ、二人を機体から引きずり出せば済む筈である。
 しかしあの男は最後まで彼女達のやりたいようにやらせ、そしてその全てを見届けた。
 それがロージェノムの真意なのではないか。
 それがロージェノムの自分への答えなのではないか。

「何だ……ちゃんと答えてくれてたんじゃない」

 相変わらず解り難い上司だが、少しだけ解ってきたことがあるような気がする。
 上司との良好な人間関係の構築に一歩進んだ……そんな手応えを感じながら、シャリオは来客の準備に取り掛かった。



天元突破リリカルなのはSpiral
 第4話「二人合わせてラゼンガン」(了)

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最終更新:2008年12月24日 05:14