海沿いの街道を走る一台の車――その漆黒の車体は、今は夕焼け色に染まっている。
 水平線に沈む夕陽を窓ガラス越しに眺めながら、ティアナは重い息を吐いた。
 戦闘終了後、事件の重要参考人として任意同行を求められたティアナとスバルは、試験官の一人――フェイトの運転するこの車に乗って、今どこかに向かっている。

 ラゼンとラガン――ティアナとスバルが偶然発見し、文字通り二人の手足となってムガン相手に戦った謎の大型ガンメンは、なのはと共に試験会場に残った。
 今は時空管理局からの回収部隊の到着をまだ現場で待っているか、或いは既に引渡し手続きを完了して本部に搬送されているかのどちらかだろう。
 あの二体のガンメンを本局がどう扱うか――質量兵器として解体されるか、ロストロギア扱いで封印されるか――は、末端の新人に過ぎないティアナ達には解らない。
 どちらにしても、本局に没収された二体のガンメンに今後自分達が関わることは、ラゼンとラガンにもう一度会うことは不可能だろう。
 結果的に乗り捨てる形で別れてしまった『相棒』達の顔は、少しだけ寂しそうに見えた気がする。
 馬鹿馬鹿しい……ティアナは頭を振って己の感傷を否定した。
 インテリジェントデバイスならいざ知らず、ただの機械に感情などある筈がない。
 自分は些かあのポンコツ共に感情移入し過ぎている、あの悪趣味なロボに情が移ってしまっている。
 そんな余裕など無いのだ……ティアナは思考を無理矢理切り替える。

 質量兵器――その運用に魔力を用いない兵器の存在を、時空管理局は許容していない。
 ミッドチルダでは保有するだけで重罪となる質量兵器で、しかも本来ならばそれを取り締まるべき立場の筈の自分達が、派手に大立ち回りまで演じてしまった。
 穴があったら入りたい、寧ろ穴を掘って埋まりたい……暗い思考の無限螺旋に陥るティアナを、隣のスバルがじっと見つめる。
 車に乗り込んでから、スバルもまた一言も口を開かず、珍しく真剣そうな顔で物思いに沈んでいた。
 普段は馬鹿で能天気なこの相棒も、流石に今回は事態の深刻さに思うところがあるらしい。
 言ってみなさいよ……何かを言いたそうに自分を見つめているスバルに、ティアナはそう眼で語りかけた。

「ティア、あのさ……」

 ティアナのアイコンタクトに首肯を返し、スバルは神妙な面持ちで口を開く。

「――ラゼンガンの色を、赤に変えてみたらどうかと思うんだ」

 その瞬間、ティアナの時は止まった。

「…………は?」

 思わず間抜けな声を返すティアナにスバルは続ける。

「あたしずっと考えてたんだけど、ラゼンガンってやっぱりどう見ても見た目悪役じゃん? 顔も怖い上に色まで真っ黒で、小さな子供が見たら絶対泣くよ、アレは。
 悪役ロボにも浪漫はあるけど、やっぱり乗るなら正義のヒーローっぽい方でしょ。
 顔を変えるとなると装甲全部剥がさなきゃだけど、色変えるだけならペンキ塗り替えるだけでお手軽だし、赤く塗ってもあの子なら絶対似合うよ。男前だもん、ラゼンガン!
 それで何で赤かとゆーと、あの子って主人公よりもライバルっぽいし、だったら赤が鉄壁でしょ。理屈じゃないんだよ、これは。
 赤く塗って速さ三倍、でも現実には1.3倍! その意気込みで」

 真面目な顔で馬鹿なことを語るスバルに、ティアナの理性が焼き切れた。

「……こ、の、馬鹿スバル! アンタはどこまで馬鹿なのよ!! そんな馬鹿なことに頭使う前に、もっと他の大切なことに心砕きなさいよこの馬鹿!!」
「ラゼンガンを馬鹿にするなぁーっ!!」
「変なところで逆ギレするなぁーっ!!」

 ぎゃあぎゃあと後部座席で揉め合う二人の新人を、はやては助手席からミラー越しに見遣り、「元気やねー」と微笑した。




 小高い丘の上に、巨大な顔が乗っている……。
 窓の外に見えるその風変わりな建物――螺旋研究所が、どうやらフェイト達の目的地らしい。

「ふえぇ~、でっかぁー……」

 感嘆の声を上げるスバルに、ティアナも素直に同意した。

「はやてさん、……あれもガンメンなんですか?」

 あんなものが動き出したら、周辺住民の混乱は一体どれ程のものになるだろう……。
 畏怖と不安を多分に含んだティアナの問いにフェイトは吹き出し、はやては声を上げて笑う。

「まさか! あのデザインはただの趣味やろ」
「幾らあの人でもそこまで無茶なことはしないよ」

「え~、そんなぁー……」

 笑いながらそう否定する二人の言葉に、スバルが残念そうに肩を落とす。

「「……多分」」

 ぼそりと続けられた二人の呟きを、ティアナは聞かなかったことにした。
 四人がそんなやり取りをしている間に車は坂道を上りきり、目的地に到着する。
 フロントガラスの向こうに聳える巨大な顔、その口の部分が音を立てて開き、眼鏡をかけた赤毛の女性――シャリオが四人を出迎える。

「皆さん、螺旋研究所へようこそ。フェイトさんもはやてさんもお久しぶりです」

「シャーリー、久しぶり」
「三ヶ月ぶりやろか? 元気そうで何よりや」

 友人達と挨拶を交わし、シャリオはスバル達へと顔を向けた。

「そっちの二人ははじめましてだね。私はシャリオ・フィニーノ、気軽にシャーリーって呼んでね」

 そう言って人懐こい笑顔を浮かべるシャリオに、スバルとティアナも肩の力を抜く。

「あ、はじめまして。スバル・ナカジマです」
「ティアナ・ランスターです」

 スバル達と交互に握手を交わすシャリオを眺めながら、ふとフェイト達はこの場に肝心な人物が欠けていることに気付いた。

「ねぇ、シャーリー。……ロージェノムさんは?」
「所長なら研究所の奥で待ってます」

 研究所の責任者の姿を探すフェイトに苦笑しながらシャリオは答える。

「立場的に言えばあの人がお出迎えしなきゃなんですけど、あの髭面見て皆が回れ右しちゃったら洒落にならないから」

 屈託ない笑顔で中々黒いことをのたまうシャリオに、スバルとティアナは顔を引き攣らせ、逆にフェイトとはやては納得したように目を逸らした。
 夕焼け色に染まる山肌に仁王立ちするマッシヴな髭親父……嫌だ、嫌過ぎる。

「じゃあ二人も納得してくれたところで、皆中に入りましょうか?」

 そう言って先導するシャリオに続いて、スバル達も研究所内部へと足を踏み入れた。

 薄暗い廊下を進み、広い部屋へと抜ける……。
 その最奥、巨大なモニターの前で待ち構える男の姿に、スバルとティアナは思わず固まった。
 3m近い巨身、白衣の上からでも分かる筋骨隆々の肉体、濃い髭に覆われた口元は真一文字に引き結ばれ、禿頭は天井からの光を浴びて照り輝いている。

 ……プロレスラーが、科学者のコスプレをしていた。

 シュールを通り越してホラーの領域まで達しているその光景に本能的に回れ右をするスバル達を、オーバーS級魔導師二人のバインド魔法が拘束する。

「あ、あの……フェイトさん? はやてさん?」
「な、何か任意同行が強制連行にクラスチェンジしたよーな気がするのはあたしだけでしょーか!?」

「こらこら、どこへ行くの?」
「逃げたらアカンで? 二人とも」

 狼狽えるティアナとテンパるスバルに、フェイトとはやては笑いながら釘を刺す。
 その笑みは、限りなく邪悪に染まっている。
 うわぁ、この人達絶対楽しんでるよ……この時になって漸く二人は、自分達がとんでもない虎穴に足を踏み込んでしまったことを知った。




「ほな、話して貰おか?」

 来客用のソファに腰掛け、はやてはそう切り出した。
 その漠然とした言葉に、反対側のソファに座るスバル達は顔を見合わせる。
 話すとは、一体どこから、何を話せば良いのだろう……?
 数秒の逡巡の後、スバル達は取り敢えず、ムガンに襲われたところから話し始めることにした。

 試験中、突如ムガンの襲撃を受けたこと。
 落下してくるムガンにスバルが立ち向かい、そして見事撃破したこと。
 その時にスバルが見せた驚異的な「力」――ティアナはそれをスバルの秘密、戦闘機人としての力の発現と推測している――については、矛先をかわすことを忘れない。
 そして地面の崩壊に巻き込まれ、落ちた地下空洞でラゼンガンに出会ったこと。
 そしてそれに乗って地上に戻り、ムガンの大群をほぼ全滅まで追い込んだこと。

 全てを話し終えたスバル達に、フェイト達の後ろで話を聞いていたロージェノムが口を開く。

「……それだけではないだろう」

 重々しく紡がれたその一言に、ティアナ達の肩が大きく震える。
 まさかスバルの秘密に感づかれたのか……?
 絶望的な表情を浮かべてロージェノムを見上げるスバル達だったが、しかし目の前の巨漢の言葉は別の方向へと続いた。

「ラゼンガンは魔力炉を搭載しているが、それはあくまで補助動力だ。主動力炉――螺旋エンジンの稼動、何より中枢システムであるラガンの起動には「鍵」を必要とする。
 お前達は持っている筈だ、ラゼンガンを目覚めさせる「鍵」――コアドリルを」

 そう言ってロージェノムが白衣のポケットから取り出した何か――金色に輝く小さなドリルに、スバル達は息を呑んだ。

「それ、スバルのペンダントと同じ……」

 呆然と呟くティアナに突き動かされるようにスバルは胸元に手を突っ込み、ペンダントを引っ張り出す。
 ロージェノムの手の中を転がるコアドリルとスバルの手の中に握られるコアドリル、二つのコアドリルはまるで共鳴するように明滅を始める。

「これ……一体何なんですか?」

 ティアナの口にした疑問の言葉に、ロージェノムではなくはやてが口を開いた。

「コアドリル。螺旋力――気合いをエネルギーに変える力を増幅させるロストロギアや」
「気合いをエネルギーに変える力……ですか?」

 頭の上に疑問符を浮かべるスバル達に、はやては首肯と共に続ける。

「そや。このロージェノムさんの世界では魔力の代わりにその螺旋力を利用した文明が発達しとってな、この螺旋研究所ではその技術を魔法理論に応用する研究をしとるんや」

 ガンメンもその研究の成果なんやでーと話すはやての言葉を、二人は感心したような表情で聞き入る。
 しかし不意にあることに気付き、スバルが慌てたような顔で声を上げた。

「って、ちょっと待って下さい! このペンダントがロストロギアだってことは、コレ本部に没収されちゃうってことですか!? 嫌ですよあたし、そんなの!!」

 駄々を捏ねる子供のようなスバルの突然の言動にはやて達が唖然とする中、ティアナがフォローを入れるべく口を開いた。

「このペンダントはスバルの宝物なんです。四年前の空港爆破テロの時、命の恩人から貰った大切な物だっていつも話してました」
「そうなんか?」

 はやての問いにスバルは首肯し、当時の体験を話し始めた。

 崩壊炎上する空港の奥に独り取り残されたこと。
 熱さと苦しさと心細さに泣いている自分の前に『あの人』が現れ、そしてこのコアドリルを託してどこかへ消えたこと。
 お前の拳は天を突く――『あの人』の口にしたその言葉に励まされ、上を向いて歩けというその教えに突き動かされて今まで生きてきたこと。

 全てを語り終えたスバルを、ロージェノムが驚愕の表情――余りに微妙な変化だったので、シャリオ以外は気付かなかったが――で見下ろしていた。

「……シモン」

 ぽつりと呟かれたその名前に、はやて達が顔を上げる。

「シモンって……所長が前に話してた穴掘りの人ですか?」

 事情を知る面々を代表して問うシャリオに、ロージェノムは重々しく頷く。

「知ってるんですか!? あの人を!!」

 驚愕にソファから立ち上がるスバルと、話の展開に置いていかれているティアナを交互に見遣り、はやてはやんわりとした笑みで頷いた。

「判断材料不足で断定は出来へんけどな。シモンさんっちゅーのはロージェノムさんの世界の英雄で、恋と気合いで宇宙を救った男や。
 ロージェノムさんと一緒に戦っとったって話やし、その時炎とグラサンのエンブレムつけたコートも着とったって話やから、可能性としては有り得へん話やない」

 はやての言葉に、スバルは放心したような顔で再びソファに身体を沈めた。

「さて、それじゃあ今度は二人の今後のことなんだけど……」

 話が一段落したところで、今度はフェイトが口を開いた。

「今回ムガンの襲撃で中止になった二人の昇級試験は、近い内に再試験ってことになると思う。詳細は追って連絡するね。
 ラゼンガンの無断運用については、あの状況では仕方の無い行為だったし、それにアレをあんな場所に放置したロージェノムさんが全面的に悪いから、二人に責任は無いよ」

 再試験、お咎め無し。
 特に後者を耳にして、ティアナは大きく胸を撫で下ろした。

「で、や。ここからが本題なんやけど……」

 フェイトから話の主導権を取り戻し、はやてはそう言いながら二人に顔を近づけた。

「実はウチな、今度新しい部隊創るんよ。
 なのはちゃんもフェイトちゃんも、シャーリーとロージェノムさんも、皆その部隊に入ることになっとるんやけど……二人も一緒にどうや?」

 新部隊への勧誘……はやてからの突然の誘いに、スバル達は思わず顔を見合わせた。

「何で、いきなり訊くんですか? そんなこと……」

 控えめに尋ねるティアナに、はやては何かを含んだような笑みでこう答える。

「元々二人のことは目を付けとったんよ。それと昼間のアンタら見てて、これは是非とも欲しいなー思うた」

 逃がさへんよーと笑うはやてに、二人はまたもや顔を見合わせる。

「それで、その部隊はどんな部隊なんですか?」

 良くぞ訊いてくれました……はやてはソファから勢い良く立ち上がり、拳を握りながら名乗りを上げる。

「遺失物管理部機動六課――根気と根性でロストロギアを回収して、気合いでアンチスパイラルとガチ合う超実動実戦部隊や!!」
「どっちかというと、後者の方が本音っぽいかな?」

 簡略的極まりないはやての言葉に、フェイトが横から補足を入れる。

「この数ヶ月間の螺旋研究所の調査で、ムガンの出現パターンが大体分かってきたの。
 レリックとコアドリルという二つのロストロギア、そしてスバルちゃんみたいな強い螺旋力を持つ人間、そのどれかのある場所に、ムガンは現れる……。
 私達機動六課はムガンの出現予測地点を先読みしてこれを撃破、ロストロギアの確保やターゲットにされた人間の保護を目的としているの」

 フェイトの説明を表情で聞き入るスバルが、その時口を開いた。

「……じゃあはやてさんの部隊に入れば、あの人に会えるってことですか?」

 螺旋力については未だよく解らないが、コアドリルを持っていた『あの人』もきっとその持ち主なのだろう。
 機動六課はそんな人間を保護するのが仕事、ならばあの人に出会える可能性は高い。

「断言は出来ないけど、可能性はあるね」

 フェイトの返答に、スバルの決意は固まった。

「……やります! やらせて下さい!!」
「スバル!?」

 あっさりと決断した親友にティアナが声を上げるが、スバルの瞳の奥に渦巻く決意の炎に揺らぎは無い。
 駄目だ、これはもう梃子でも動かない……諦めたようにティアナは嘆息し、「アタシも」と機動六課入隊に了承の返事を返す。

「ティア?」

 驚いたような顔で自分を見つめるスバルに、ティアナは苦笑しながら肩を竦める。

「アンタ一人じゃ危なっかしくて見てられないからね、アタシがフォローしなくて誰がするのよ?
 それにアタシにも夢がある、出来ることがあれば何でもやっとかなくちゃね」

 執務官を目指すティアナにとって、現役執務官のフェイトの下という環境は大きなプラスとなる。
 感謝しなさいよーと指先でスバルの頬を突くティアナに、はやては「決まりやな」と破顔する。

「それじゃー二人は今日から機動六課の前衛兼、対ムガン用魔導兵器ラゼンガンのパイロットや」
「「ラゼンガン!?」」

 思いがけない名前が思いがけないタイミングで再登場したことに、二人は思わず声を上げる。
 話の流れからあのロボがこの研究所の物であるということは薄々分かっていたが、まさか自分達がそのパイロットになってしまうとは思いも寄らなかった。

「ラゼンガンの起動にコアドリルは必要不可欠らしいから、スバルちゃんのそれは自分で持ってて良いよ」
「本部に行けばぎょーさんあるんや、一個や二個着服しても誰も文句は言わへんて。どーせロージェノムさんが来るまで使い方も分からん代物やったしな」

 フェイトとはやての言葉に、コアドリルを握り締めていたスバルの手から力が抜けた。

「それじゃあ正式にラゼンガンを任されるおとになった二人だけど……」

 ラゼンガンの所有者であるロージェノムを無視して、シャリオはスバル達に項を向ける。

「何かアレについて二人から希望とか意見とかあるかな?」

 シャリオの問いに、二人は同時に口を開いた。

「シートベルトを付けて下さい!」
「ラゼンガンの色を赤にして下さい!!」

 二人の答えにシャリオ達三人は爆笑し、ロージェノムは独り何かを言いたそうな顔で沈黙していた。



天元突破リリカルなのはSpiral
 第5話「皆さん、螺旋研究所へようこそ」(了)



 その後……。

「さて、それじゃー話も終わったことやし……」

 ソファから立ち上がり、はやてはその場の全員を見回しながら口を開いた。

「――皆、後片付けに戻ろか?」

 そう言ってはやてが指差した先――未だ点け放しの壁面モニターには、更地と化した第七特別演習場の惨状が映し出されていた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月05日 17:40