朝焼けに染まる無人の街を、白い閃光が駆け抜ける。
 桜色の魔力弾を周囲に従え、鋼鉄とコンクリートの森の中を縦横無尽に飛び回るなのはを、スバルは必死に追っていた。

「ウィングロード!」

 スバルの声と共に出現した光の「道」――ウィングロードが、なのはの行く手を阻むように回り込む。
 一巡、二周、そして三重……まるでリボンで包装するかのように、ウィングロードが幾重にもなのはの周りを取り囲む。
 それは最早「道」ではなく、獲物を捕らえる一つの「牢獄」だった。
 ウィングロードの網の目を潜り抜け、無数の魔力弾がなのはへと撃ち込まれる。
 ティアナの狙撃か……迫り来る敵の凶弾を周囲で遊ばせていた自身の魔力弾で相殺しながら、なのはは冷静にそう分析する。
 待ち伏せ……まんまと罠に嵌ったという訳か。

「でも……これだけじゃ全然甘いよ!?」

 吼えるなのはの周囲に新たな魔力弾が生成され、前後左右、あらゆる方向に撃ち出される。
 一見出鱈目に放たれた無数の魔力弾は、しかし周囲を取り囲む魔法の「檻」に正確に着弾し、まるで紙切れのようにズタズタに引き裂いた。
 牢獄から解放されたなのはは、しかし次の瞬間、消えかけるウィングロードを高速で駆け上るスバルの姿を見た。

「リボルバー……!」

 なのはの攻撃により途中から途切れたウィングロードを蹴り、デバイスを装着した右拳を振り上げながらスバルが跳ぶ。
 撃ち落とすべくデバイスを構えるなのはの耳に、その時、

「龍魂召喚! フリードリヒ!!」

 凛としたキャロの声が飛び込んできた。
 驚愕の表情で背後を振り返ったなのはは、翼を広げた巨大な白い龍――フリードリヒの姿を認めた。
 その口元には光が集束し、いつでも砲撃出来る態勢である。

「こんな街中でこんな大技を、しかもスバルまでいるこの距離とこのタイミングで……!?」

 下手をすれば――否、どうしようとも、フリードリヒの攻撃がスバルを巻き込むことは確実である。
 暴挙としか言えないようなキャロの行動に歯噛みするなのはに、そんなものはお構いなしとばかりにスバルの拳が迫る。

「――シュートッ!!」

 気合いと共に打ち出されるスバルの拳を左手で受け止め、なのははデバイスを握る右手を掲げ、防御陣を展開した。
 スバルをこのまま掴まえたまま、自分が盾となってフリードリヒの砲撃から守り抜く――この状況で教え子を救う方法を、なのははそれ以外に思いつかなかった。
 全身全霊を込めて防御陣に魔力を注ぎ込むなのはの目の前で、その時、フリードリヒの姿が陽炎のように歪んだ。

 幻術!?

 動揺するなのはの思考を肯定するように、フリードリヒの虚像を突き破り、エリオがデバイスを振り上げながら姿を現した。
 未だ空中を漂うウィングロードの切れ端を飛び石のように伝い、ジグザグな軌道を描きながら、エリオは防御陣の死角――なのはの頭上へと辿り着く。
 エリオの足元に展開される加速用の魔方陣――ラゼンガンとの戦いで見せた、キャロとの連携戦術である。

「ストラーダ! 全力突貫!!」

 号令と共にブースターを点火し、エリオは流星のようになのはに突撃した。
 ストラーダの推進力に加えてキャロの補助、更に重力までをも味方につけて、エリオがなのはに迫る。
 上空から降下してくるエリオという名の人間砲弾、しかし脅威はそれだけではない。
 なのはに掴まえられたスバルの右拳、その周囲に、環を描くように魔方陣が展開される。

「ディバイン――」

 スバルの声に合わせて魔方陣が回転を始め、激烈な光を放ちながら加速していく。
 しまった……なのはは咄嗟にスバルの手を離し、後方へと飛び退いた。
 なのはとスバルの間――本来なのはのいた場所を、エリオが空しく突き抜ける。
 なのは拘束から解放されたスバルも、ウィングロードという足場を失い、重力に引かれてゆっくりと落下を始めた。



 奇襲失敗……しかし、これで終わる二人ではなかった。

「ストラーダ……逆噴射!!」

 怒号するエリオの指示に従い、ストラーダはブースターを逆方向――地上に向けて噴かした。
 極限まで加速したエリオの突進力は一瞬で相殺され、偽りの無重力状態を作り出す。
 無論、そのような無茶をして代償が無い筈が無い。
 急激なGの変化に全身の骨が悲鳴を上げ、衝撃で胃液が逆流する。

 しかし、まだだ……まだこれだけでは終われない。

 デバイスを両手で握り直し、エリオは雄叫びと共に魔力を込めた。
 ストラーダの穂先に魔力刃が出現し、のびる、伸びる、延びる……!!
 己の身長の数倍、10m近い大きさまで達した魔力刃を、エリオは次の瞬間、あろうことかスバルへと振るっていた。

「スバルさん!」

 叫ぶエリオの振り上げた魔力刃を、スバルは両脚でしっかりと踏み締めた。

「いっけえええええええええっ!!」

 スバルの乗った魔力刃を、エリオは気合いと共に一気に振り抜く。
 魔力刃の射出台から打ち出されたスバルが飛ぶ、そして同時に、スバルは跳んでいた。
 重力の壁に風穴を開け、遥か上空に浮かぶなのはを目指して、ひたすら空を突き進む。
 右手首を覆うタービンが、その周りを巡る魔方陣が、まわる、回る、廻る……!

 そして遂に、スバルはなのはの許まで辿り着いた。

「――バスター!!」

 拳と共に至近距離から撃ち出されたスバルの砲撃魔法を、なのはは防御陣を展開して受け止める。
 しかし尚も進み続けるスバルの勢いを殺し切れず、なのはの身体は徐々に後方へと押し飛ばされていく。
 そして次の瞬間、なのはの背中が何かにぶつかった。
 背後を振り返ったなのはは、次の瞬間愕然とした。
 背中越しに広がる巨大な桜色の魔方陣――フリードリヒの虚像相手になのは自身が作り上げた防御陣である。
 このままでは潰される……なのはは背中の防御陣を消滅させ、そしてスバルへの防御に集中した。
 未だ勢い衰えぬスバルの拳となのはの防御陣がぶつかり合い、激しく火花を散らしている。

 スバルの攻撃はなのはを押している――しかし今の状態では文字通り、物理的に「押している」だけに過ぎない。
 スバルが拳を押し込めば押し込む程、それだけなのはは後方に退がる――それだけだった。
 まさにジリ貧、決着のつかないこの攻防は、しかしスバルにとっては圧倒的に不利な状況だった。
 砲撃呪文の効果が尽きれば攻撃を支えていた推進力は消え、空を飛ぶ術を持たないスバルは再び重力の鎖に囚われ、ただ落下するしかないだから。

「あたしは……」

 しかし、スバルは諦めない。
 拳を押し込んだだけ後ろに退がられるのならば、退がられる前に突き破れば良い。
 向こうが一歩退がるのならば、自分は二歩進めば良い。
 もっと強く、もっと速く。
 一途な思いを拳に乗せて、スバルはひたすら前に進み続ける。

 ……鼓動が聞こえる。
 アンダーウェアの下のコアドリル、『あの人』に貰った宝物が脈動している。

「あたしの拳は……!」

 ピシリ……なのはの防御陣に亀裂が入った。
 瞠目するなのはの目の前で、亀裂は段々と広がっていき、遂に防御陣全体を蜘蛛の巣のように覆い尽くす。

「――天を、突くっ!!」

 咆哮と共に打ち抜かれたスバルの拳に耐え切れず、防御陣が音を立てて砕け散った。

「あたしを誰だと思ってる!!」

 粉々に弾け跳ぶ防御陣、桜吹雪のように舞い散るその残滓を全身に浴びながら、スバルは不敵な笑みを浮かべて決め台詞を口にする。
 しかし目の前の相手が自分の直属の上司、しかも命の恩人であり憧れの人でもあることを思い出し、

「――んですか!!」

 スバルは慌ててそう付け加えた。

 ともあれ、これで邪魔な防御は打ち破った。
 後はこのままなのはに一撃与えれば――もっと手っ取り早く言えば、このまま殴り飛ばせば、この戦闘は終了である。
 もう一度拳を振りかぶるスバルに、なのはも最後の抵抗を見せるようにデバイスを構える。
 停滞、或いは後退を考えるのならば、足場の無いスバルが不利である。
 しかしそれ以外の選択――このまま前進するのならば、何の問題も無い。
 なのはが呪文を使うと前に、デバイスを武器代わりに振るう前に、己の拳を届かせる自信がスバルにはあった。
 チェックメイト……しかし油断はしない。
 何故ならば、相手はなのはなのだから。

 刹那にも満たない静寂――しかし向かい合う二人には永劫の時間のように感じられた。
 二人の間の時間が止まり、そして再び動き出す。
 最初に動いたのは、スバルか、なのはか――否、そのどちらでもなかった。
 廃ビルから放たれた一発の魔力弾、完全な不意打ちとして撃たれたそれは、防御陣の消えたなのはの無防備な背中に吸い込まれ、純白のバリアジャケットに焦げ跡を作った。

「……ちょーっと卑怯臭かったかな?」

 タイミングを崩されたことで空振りし、そのまま落下するスバルと、慌ててスバルを掴まえに降下するなのはを見ながら、ティアナはそう呟いた。
 全く悪びれた様子の無いティアナの言動に、隣のキャロとフリードが嘆息する。

「ティアナさん……空気読みましょうよ」

 こうして、この日の早朝訓練は終了した。






 朝日に照らされたハイウェイを、黒い車が疾駆している。

「おぉー、あの子ら意外とやりおるなぁ」

 カーナビの液晶に映る戦闘映像――スバル達の早朝訓練の様子を眺めながら、はやては感嘆したように声を上げた。
 隣でハンドルを握るフェイトも、同意するように首肯する。

 四人の中で一番足の速いスバルが追い込み役となり、他の三人の潜む待ち伏せポイントまでなのはを誘い出す。
 本来足場として使用するウィングロードを包囲網として応用し、なのはの足を止めたところで、ティアナの幻術――偽のフリードリヒを投入する。
 キャロにフェイクの召喚呪文を叫ばせることで虚像を本物であると思い込ませ、更にスバルを特攻させることでなのはの思考から余裕と選択肢を殺ぐ。

 防御魔法は全部で三種類――受け止めるバリア系、弾いて逸らすシールド系、そして身に纏って自分を守るフィールド系。
 スバルもいるあの状況でなのはの選べる選択肢は、バリア系かシールド系の二者択一、更に訓練場の仮想空間とはいえ、周囲の被害も考えれば選べるのは一つ。
 バリア系――それも障壁が半ば物質化程高密度に魔力を練りこんだ強固なもの。
 しかし如何なる魔法にも長所と短所があり、バリア系及びシールド系防御魔法の例で言えば、一方向にしか展開出来ないという弱点がある。
 その弱点を衝き、虚像のフリードリヒの後ろという死角からエリオを特攻させ、バリアの効果の及ばない頭上からなのはを強襲させる。
 更にスバルにも攻撃魔法を使わせることで一方に集中した対処という選択肢を奪い、チェックメイト。

 結局はなのはに逃げられたという結果からも分かる通り、まだまだ甘い部分も多々あるが、それでも戦術としては十分及第点として評価出来る。
 寝惚け頭でよくもまあ……この作戦を考え出したであろうティアナに、はやては内心舌を巻いた。
 最後の不意打ちのことも鑑みるに、意外とえげつない性格なのかもしれない。

 軌道六課が正式稼動を開始してから、二週間が経とうとしていた。
 誤解、それから潰し合いという最悪の出会いを果たしたスバル達前衛四人だったが、今回の戦闘映像を見た通り、その後のチームワークには何の支障も出ていない。
 全力のぶつかり合いが良い方向に影響を与えたのかもしれないし、始末書という共通の敵を相手に戦ったことで連帯感が生まれたのかもしれない。
 何にせよ、「雨降って地固まった」という訳である。

 それになのはとフェイトの介入により喧嘩両成敗という形で幕を下ろしたあの戦闘も、問題は山積みであったが全くの無意味という訳でもなかった。
 ラゼンガンはフルドリライズモード――なのは達で言うフルドライブモード、キャロは完全制御状態でのフリードリヒの召喚に、共に成功している。
 初陣を控えた機動六課前衛陣にとって、この二つの戦力の底上げは喜ばしい誤算である。

 ……と、本部に提出した始末書の中で、はやてはそう言い訳した。

「……辛うじて「不幸中の幸い」に引っかかるかどうかーってトコなんよね、本音を言えば」

 事ある毎に「ラゼンガンとフリードリヒのどちらが強いか」という口論を展開し、その度に再戦を申請してくる新人達を思い出し、はやては疲れたように息を吐いた。
 パイロットとしてのスバルの矜持も納得出来るし、家族に良い格好をさせてやりたいというキャロの気持ちも理解出来る。
 分かる、解るが……「お前ら子供か」とはやては声を大にして言ってやりたい。
 スバルは兎も角キャロの方は本当に子供なのだが、それはそれ。
 通常業務に加えて初日の不始末の事後処理で忙しいというのに、その上さらに仕事を増やそうとする新人達に、はやては笑顔と青筋を浮かべて申請書を握り潰すのだった。
 この軋轢のせいでチームワークがガタガタになってでもいれば、雷を落としてそれで済むのだが、通常の連携には何の問題も出ていないのが逆に厄介なのだ。
 己の部隊の前衛の実態を改めて思い起こし、はやては再び嘆息を零す。

「……そ、そう言えば、新人の皆への新デバイスの受け渡しって、確か今日だったよね?」

 沈んだ表情のはやてを横目で見遣り、フェイトは話題を変えるべく口を開いた。
 その言葉にはやては顔を上げ、幾分か明るくなった表情で首肯を返す。
 機動六課の誇る前線メンバーとメカニックスタッフが、技術と経験の粋を集めて完成させた、四機の最新型デバイス。

 ローラーブーツ型インテリジェントデバイス――マッハキャリバー。
 拳銃型インテリジェントデバイス――クロスミラージュ。
 槍型インテリジェントデバイス――ストラーダ。
 グローブ型インテリジェントデバイス――ケリュケイオン。
 後者二つは未完成だった素体を調整完成させた正式版である。

 部隊の目的に合わせ、そして使い手それぞれの個性に合わせて造られた四機の専用デバイスは、更に別の意味でも「特別」だった。
 魔力炉と超小型螺旋エンジンのハイブリッド機関――実験的に搭載されたその新型動力炉が、実力や限界を超えた所謂「火事場の馬鹿力」をも本当の力に変えてくれる。

 あくまで理論上は、であるが。

 ともかく、これで新人達も実戦の用意が整った。
 これで予想外の緊急事態にも対応可能な、確固とした下地が完成したのだ。

「これで漸くカリムにも顔上げて会えるわ……」

 安堵したようにそう呟き、はやてはシートに背中を埋めた。

 聖王教会の騎士、カリム・グラシア――機動六課の後見人の一人であり、人材集めに奔走するはやてに代わり機動六課立ち上げの実質的作業を引き受けてくれた恩人。
 八年前、教会騎士団の仕事に派遣された時以来の付き合いとなる、上司というよりは姉のようなその人物に、はやてはどうも頭が上がらない。

 そのカリムからはやては緊急の召喚を受けた。
 騎士として聖王教会の中で高い地位にあるカリムは、その立場上聖堂から自由に出歩くということは出来ない。
 よって何か用事がある場合は必然的にはやての方が教会に出向くことになるのだが、今回の召喚には何か不穏な予感が付き纏う。
 少なくとも、呑気にお茶を飲んで無駄話するだけでは、とても終わりそうにない。

「……カリムの占いはな、よく当たるんよ」

 粛然とした表情で口を開くはやてを、フェイトはちらりと一瞥した。
 カリム・グラシアの保有するというレアスキル〝預言者の著書〟――詩文の形で未来を予言する能力のことを言っているのだろう。
 はやてから又聞きした話では「よく当たる占い」のようなものらしいのだが、カリムが後見人として自分達機動六課に関わる理由も、その予言が大いに関係しているという。
 当たるも八卦、当たらぬも八卦という占いとは違い、確かな力があるということだろう。

「ウチもな、一つ予言してやろ思う」

 真剣な表情を崩さぬまま、はやては続ける。

「これからウチらの向かう先には……何かあるで」

 確固とした口調で断言するはやてに、フェイトは思わず固唾を呑んだ。

「何かって……何が?」

 震えそうになる声でそう尋ねるフェイトに、はやては真顔でこう答える。

「何かや」
「…………」

 それは予言ではなく単なる勘というのではないだろーか……喉の先まで出かかったツッコミを、フェイトは辛うじて飲み込んだ。

 言葉は力を持つ――第97管理外世界〝地球〟極東、はやての故郷〝日本〟に伝わる、「言霊」という概念である。
 ミッドチルダ北部、ベルカ自治領。
 そこはやて達を待ち受ける、はやての言うところの「何か」の存在に、二人はまだ気付いていなかった……。



天元突破リリカルなのはSpiral
 第7話「これからウチらの向かう先には……何かあるで」(了)

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最終更新:2008年04月29日 11:36