ミッドチルダ北部、ベルカ自治領。
豊かな自然に囲まれ、活気と笑い声の絶えぬその街が、燃えていた。
空を埋め尽くす異形の敵――特定の人間やロストロギアを狙って現れるという質量兵器、謎の侵略者アンチスパイラルの尖兵、ムガン。
聖王教会は直ちに騎士団を出撃させたが、限りある人員での敵の撃退と住民の避難誘導の両立は困難を極め、結局どちらも進まぬまま時間と被害だけが徒に過ぎていった。
「くっ……!」
減らない敵、広がり続ける戦火に、聖王教会の修道女、シャッハ・ヌエラは歯噛みした。
何故このような辺境にムガンが……頭の中を埋め尽くす疑問は、しかし戦場と化したこの場では何の意味も持たない。
大切なのは如何に敵を撃退するか、優先すべきは如何に住民の安全を確保するか。
今の自分達が必要としている言葉は「何故」ではなく「どうやって」なのである。
ムガン一体一体の強さ自体は教会騎士団の敵ではない。
厄介なのは破壊した後に起こる爆発、しかしそれも対処さえ間違わなければ大した脅威にはなり得ない。
だが、それが百も二百も集まって来られれば、当然ながら話は変わってくる。
飽和状態を遥かに超えた敵の物量に攻撃も守備も追い着かず、結果として味方の損害ばかりが増える一方だった。
両手の双剣型デバイスを握り直し、シャッハは空へ――敵陣へと斬り込んだ。
跳躍系魔法を得意とするシャッハにとって、距離や重力は意味を持たない。
十数mもの距離を文字通り一瞬で跳び越え、頭上を浮遊していたムガンをまず一体、斬り捨てる。
両断された一体目が爆発する前に手近な場所――それでも数十mは離れているが――を飛ぶ別のムガンに跳び移りデバイスを一閃、二体目を撃破。
足場として獲物として、敵から敵へと跳び移りながら、シャッハは双剣を振るい続けた。
しかしそれも焼け石に水――如何にシャッハが、騎士達がムガンを破壊したところで、空を覆う敵の軍勢は一向に減る気配を見せない。
劣勢だった、負け戦だった。
しかし退く訳にはいかない、諦めることは出来ない……守るべき人が、救うべき民がいる限り。
その時、
「ディバインバスター!!」
「サンダースマッシャー!!」
凛とした二つの声と共に、白銀の閃光と黄金の雷撃が空を貫いた。
直後、爆炎が空を赤く染め、轟く爆発音が全ての音を塗り潰す。
攻撃に射抜かれ、周囲に固まった仲間をも巻き込んだムガンの爆発、その連鎖である。
「騎士はやて……?」
炎に彩られた空の真ん中に浮かぶ二つの人影、その片割れ――六枚の翼を広げ漆黒の騎士甲冑を身に纏うその少女の名を、シャッハは思わず呟いていた。
「んー、やっぱミッド式はいまひとつ肌に合わんなぁ」
虫食いのように部分的に数を減らした敵の群れを眺めながら、はやてはのほほんとした口調でそうひとりごちる。
見様見真似で撃ってみた親友の十八番だが、威力はオリジナルの半分以下。
術式も魔力も違いは無い筈なのに、しかしその差は歴然……これはもう相性としか言いようが無い。
出力限定を掛かった今の状態ではこの程度が限界だろうか……砲撃でムガンの群れに開けた「穴」、フェイトによるものよりも小さなそれを眺めながら、はやては思う。
「しかし……「口は災いの元」って本当やね。ウチびっくりしたわ」
何かがある……カリムの待つ教会本部へ向かう車の中で、自分は確かにそう言った。
しかしそれはカリムが何か無理難題でも言い出すだろうという程度のものであって、まさか目的地自体が戦場になっているとは流石に想定外であった。
「結構な団体さんみたいやけど、どうするフェイトちゃん? 二回目の限定解除いってみよか?」
まるで緊張感のない、しかし普段よりも明らかに固い口調で、はやては隣を飛ぶフェイトに問う。
出力限定――時空管理局の規定する一部隊の保有戦力の上限により、機動六課の隊長陣の全員がデバイスと本人にリミッターを掛けられている。
フェイトの場合は2ランク落とされて現在A+、Aランクまで制限されたはやてよりは上であるが、それでも心許ないことに変わりは無い。
出力限定は、対象者よりも上位にある特定の人間の権限により、一時的に解除することが出来る。
なのはやフェイト、
その他隊長級部隊員の場合ははやて、そしてはやて自身の場合は後見人のカリムと監査役のクロノが、それぞれ限定解除の権限を有している。
しかしフェイトは首を横に振り、格好つけるように右手のデバイスくるりと一回転させる。
「……このままで十分」
力強くそう言い切るフェイト、その言葉に偽りは無い。
あの敵の相手ならばこの四年間、嫌という程やらされてきた。
目測だが、残存するムガンはおよそ二百前後――出力限定を掛けられた身とはいえ、たかがその程度の数、今更自分の敵ではない。
愚問だったか……フェイトの返事にはやては首肯し、続いてシャッハへと視線を向ける
「シャッハ! 空の敵はフェイトちゃんに任せて、教会騎士団は住民の避難誘導や救助に集中して。ウチもそっちを手伝うから!」
聖王教会の騎士は精鋭揃い、それは認めよう。
では何故苦戦しているのか――簡単である、彼らはやり方を間違えているのだ。
戦い方を見た限り、どうやら騎士団の者達はムガンの相手は初めてらしい。
ムガンの最も効率的な駆除方法は、一箇所に集めたところに砲撃を叩き込み、自爆の連鎖を誘発して一気に殲滅することである。
しかし騎士達の採っていた行動は全くの真逆――ムガン一体一体を群れから引き離し、各個撃破するという非効率的なものだった。
爆発による周囲の被害への考慮、そして近接戦闘に特化したベルカ式魔法の特性を考えれば仕方のないことなのかも知れないが、そのような事情ははやてには関係が無い。
現時点で教会騎士とムガンとの相性は最悪――はやてにとって、必要な事実はそれだけで十分だった。
先方の矜持に付き合い無駄な被害の拡大を許容する程、はやては寛大でも愚鈍でもない。
そして自分自身の戦力としての価値も、はやては冷静に分析していた。
先程のディバインバスターの威力から判断して、出力制限の掛けられた今の自分の砲撃の評価は「あってもなくても大して変わらない」程度。
かといって自分本来の戦闘スタイルは広域殲滅型、下手に撃てば地上の街ごと消し飛ばしかねない。
どちらに転んでも役立たず……それがはやてが自分自身に下した評価だった。
以上のような思惑から、はやては敢えて自分を含めたほぼ全員を戦力外と切り捨て、無謀ではあるが一番確実な方法を選んだ。
形振り構っている暇は無い、自分達が手をこまねいている間に減っていくのは人の命なのだ。
はやての指示に、シャッハだけでなくその場の教会騎士全員が瞠目していた。
「騎士はやて……あの数の敵を、その人一人に押し付けるつもりですか!? 我々はただ指をくわえて見ていろと、そう仰りたいのですか!!」
自分達教会騎士団の全戦力を投入しても抗しきれなかった強敵を相手に、あのような小娘独りで何が出来るというのか。
無茶な特攻でも仕掛けて、結果犬死するのは目に見えている。
……否、本当はシャッハにも解っていた――あの金の髪の魔導師が敵に後れを取ることは無い、はやての判断は正しいのだと。
自分達が手も足も出なかった敵の軍勢に、この二人はたったの一撃で驚くべき損害を与えてみせたのだから。
頭の中では理解は出来る、しかし心は納得出来ない。
何故ならはやての指示を了承してしまえば、同時に自分達教会騎士団は役立たずの無能者であると、間接的にではあるが認めてしまうことになるのだから。
認められない、断じて認めることなど出来ない。
糾弾するように叫ぶシャッハに、しかしはやては顔色一つ変えることなく、背中の翼を羽ばたかせながら地上へと舞い降りる――本当に自分は前線に出ないつもりらしい。
フェイトも周囲に魔力弾を生成し、金色の軌跡を描いてムガンの群れへと突入した。
「騎士はやて!!」
激昂したように声を荒げ、シャッハははやての胸倉を掴み上げた。
憤怒一色に染まるシャッハの顔を真っ直ぐに見つめ返し、はやては静かに口を開いた。
「勘違いしたらアカンよ、シャッハ。ウチの言ってるのは命令やのーて提案、今この状況でウチの出せる最良の選択肢を提示してるだけ……。
余所者のウチに騎士団を顎で使う権限は無い――従うかどうかはアンタら次第や。
でも、もしアンタらがこの街が好きやったら、騎士の誇りと街の皆を天秤に掛けて皆の命の方が重い思うんやったら、不本意やろーけどウチの言うことを聞いて……!」
どこまでも平静さを保った、しかしその実シャッハ以上の激情を押し殺した声音で、はやては目の前の騎士にそう語りかける。
漆黒の瞳の奥で、冷たい炎が燃えていた。
陳腐な矜持に拘る者達に憤っている、無力な自分自身に泣いている。
嗚呼……はやての胸倉を掴む手を離し、シャッハは観念したように項垂れた。
この人も自分達と同じなのだ――絶望に打ちのめされている、無力感に慟哭している。
ただ一つ、自分達と違うものは……この人は自分の無力を素直に認め、その上で自分に出来るやり方で、自分に出来る何かをやろうと足掻いていること。
たとえ自分を曲げてでも、希望を掴み取ろうとしていること。
「騎士はやて……貴女は、卑怯だ……!」
デバイスを握る両手を震わせ、血を吐くように悲痛な声でシャッハはそう口にする。
住民の命を引き合いに出されて、断れる筈などないではないか……。
「……分かりました。貴女のその提案、採用させて頂きます」
泣き顔のような笑みを浮かべてそう口にするシャッハ……その言葉は、戦場の騎士達全ての思いを代弁していた。
はやてもまた泣きそうな笑顔で首肯を返し、周囲から成り行きを見守る教会騎士達を見渡した。
「……皆、頑張っていこーか!」
そう呼びかけるはやてに、騎士達は迷いも乱れもなくこう応える――「応!!」と。
時空管理局の魔導師と聖王教会の騎士、信念も立場も役割も違う者達の道が、今、同じ思いの下で一つに交わった。
しかし結束するはやて達を嘲笑うように、その時、街の情景が――空間が突如ぐにゃりと歪んだ。
ひび割れた地面の底から這い出るように浮上する無数の小さな影――円盤状の頭部に、折り曲げた針金を束ねたような胴体、見覚えのある、しかし初めて見るシルエット。
「人間サイズの、ムガン……!?」
愕然と呟くはやてに反応したように、新たに出現した小型ムガンが一斉にビームを放った。
はやてとシャッハ、そして騎士達は一斉に散開し、雨のように撃ち込まれるビームをかわす。
「ミストルティン!!」
はやての呪文詠唱と共に中空に展開される魔方陣、その周囲に生成された七本の光の槍が、小型ムガンへと放たれる。
光の槍に貫かれ自爆する小型ムガン、その爆発力は上空でフェイトの相手取っている大型ムガンのそれに比べれば遥かに小さく、大きさ相応と言える。
小さくなっただけで、対処法は大型と同じ……攻防の結果からそう判断を下し、はやては大きく息を吸い込んだ。
「何やぁー! 小っこい見た目通り全然弱いやんかぁーっ!!」
周囲に散らばる騎士達を見渡し、はやては突然そう叫んだ。
その顔には無邪気な笑みすら浮かんでいる。
唖然、呆然……はやての突然の変貌に、教会騎士達は大口を開けて固まっていた。
「き、騎士はやて……?」
戦士の顔から一転し、まるで子供のようにはしゃぐはやてに、シャッハがおずおずと声を掛ける。
こいつ頭でも打ったのだろーか……心配の色を多分に含んだシャッハの呼びかけを無視して、はやてはデバイスの先端を手近な小型ムガンへと向ける。
はやての周囲に無数の魔力塊が生成され、
「なのはちゃん風なんちゃってミッド式魔法第二段――アクセルシューター!!」
気合いと共に射出された魔力弾が小型ムガンを撃ち抜き、破壊する。
「小っこくなって強さも半減なんて、何や明らかに間違っとるやろ? 雑魚キャラの進化逆走しとるんじゃないんかぁーっ!?」
周りの騎士達を煽るように、けしかけるように、はやては再び声高に叫ぶ。
空の敵はフェイトが抑えてくれている、地上の新しい敵は自分達が何とかしなければならない……そのためには教会騎士団の協力は何としてでも必要になる。
騎士団が役に立たないというのはあくまで上空の大型群相手の話、この大きさならば、たとえどれだけ数が増えようと気合いと根性次第でどうにでもなる。
無論、先程とは状況が変わった今ならば、騎士達は率先して小型ムガンの駆除に当たるだろう。
しかし大きさが違うとはいえ似たような形の敵に苦戦したのだ、小型ムガン相手に騎士達が萎縮してしまわないという保障はない。
トラウマが刻まれている可能性があるのだ。
極端に言えば、象程の大きさもある巨大なゴキブリに遭遇したとして、その後普通のゴキブリを見た時に人はどう反応するか……自分ならば即座に卒倒する自信がある。
これは微妙に意味が違うよーな……頭に浮かんだ例えに一瞬首を傾げるが、しかしこの場ではどうでも良いことであるとはやては思い直す。
小型ムガンは大型とは別物……そのイメージを騎士達に刷り込ませるために、自分は道化を演じていれば良い。
周りを見渡してみれば、早速はやての「刷り込み」作戦が効果を見せてきたのか、騎士達の表情は少し前とは明らかに違っていた。
絶望や恐怖の色が消え、気概と活力を取り戻している。
あと少し、もう一歩……己の計算通りに気迫を取り戻しつつある騎士達に最後の一押しを加えるべく、はやてはデバイスを構え直した。
景気良く一発デカいのを撃ってみようか……最後の発破掛けに使う呪文を慎重に吟味し、はやてが詠唱を始めたその時、
(――はやて!)
切羽詰まったようなフェイトの声が、突如はやての頭の中に飛び込んできた。
「……フェイトちゃん?」
念話によるフェイトからの緊急通信に詠唱を中断し、空を見上げたはやては、次の瞬間表情を凍りつかせた。
空を埋め尽くす大型ムガンの大群、はやてが地上に降りた時とは比べ物にならぬ程の量に、いつの間にか増殖している敵。
(ちょっとちょっとフェイトちゃん、何で減るどころか増えとるんよ!? しかもこんな洒落にならん数!!)
最初に自分達が砲撃を撃ち込んだ時の数倍の規模にまで膨れ上がったムガンの群れに、はやては念話越しに絶叫した。
(敵の増援……いきなり現れたの)
固い声音で返されたフェイトの返事、念話越しにフェイトの歯噛みする気配が伝わってくる。
上空に広がる絶望的な現実に、はやてのパフォーマンスに釘付けとなっていた教会騎士達も徐々に気付き始めていた。
拙い……愕然とした表情で空を見上げる騎士達に、はやては心の奥で舌打ちした。
ここで折れさせてはいけない、ここで諦めさせてはいけない。
折角ここまで盛り上げてきたのに、ここで絶望に呑まれる訳にはいかない。
気持ちで負けてしまったら、その時点で希望は潰えてしまうのだから……。
「機動六課部隊長八神はやての権限により、フェイト・T・ハラオウン隊長の出力限定を解除します!!」
まるで戦場全体に響かせるように、この場にいる騎士全員に聞かせるように、はやては高らかに宣言した。
同時にはやては上空で戦うフェイトに念話を送る。
(フェイトちゃん、今使える魔法の中で一番派手なモンを一発、盛大にぶち撒けてくれへん?)
はやてからも不可解な要請に、フェイトは思わず眉を寄せた。
(え? それってどういう……)
(えーから!)
そう言って強引に切られた念話に首を傾げながらも、フェイトはデバイスを両手で握り直し、周囲を覆い尽くす大型ムガンの群れを見据える。
「フルドライブモード」
短く紡がれたフェイトの言葉と共に、バリアジャケットの外套部分が消え去り、デバイスが大剣型に変形する。
フルドライブモード――出力限定のために普段は封印されている、フェイトの限界突破形態である。
万が一の時の切り札の筈が、この二週間で二度も使うことになるとは……嘆息したくなる衝動を押し止めながら、フェイトは魔方陣を展開し、デバイスを振り上げる。
突然、空が暗くなった。
大型ムガンの群れに埋め尽くされた青空、その更に上空に厚い雲の蓋が嵌り、太陽を覆い隠しているのだ。
雲の奥で鳴り響く雷、蛇のようにうねる無数の光の軌跡が、フェイトの掲げたデバイスの刀身へと吸い込まれていく。
雷を吸収した魔力刃が激烈な輝きを放ち、太陽の消えた空を眩く染め上げる。
「プラズマザンバーブレイカー!!」
虚空を踏み締め、フェイトは気合いと共にデバイスを振り下ろした。
金色の光の奔流が空を突き抜け、まるで一つの生き物のように蠢くムガンの群れに大穴を開ける。
おお……動揺の声を上げる騎士達を一瞥し、はやては大仰に両腕を広げ、口を開いた。
「見たかぁ! 我ら時空管理局の誇るエース級魔導師の出鱈目さ!! 理不尽さ!!
我が機動六課にはあのフェイトちゃんレベルの猛者がもう五人! そして次点が一体と一匹!! かくゆーウチも本気出せばそいつらに負けへんで!!
ウチら機動六課のお仕事はムガンの殲滅! つまり今言った五人と一体一匹が、もうすぐ皆纏めてここに大集合っちゅー訳や!!
あと少しや! あと少しウチらが踏ん張れば、最強のご都合主義軍団が到着する!! そしたらあんなメカクラゲの千や二千、チャンチャンバラバラの瞬殺や!!
――だから皆、それまで頑張ろー!!」
演説を終え、はやては勿体ぶったようにゆっくりと両腕を下ろした。
次の瞬間、まるで地を揺るがすような騎士達の咆哮が戦場に轟いた。
溺れる者は藁をも掴む――絶望の波に呑まれた人間は、目の前に差し出された希望に飛びつかずにはいられない。
たとえそれがどんなに小さなものであっても、逆にどんなに荒唐無稽なものであっても。
これで暫くは大丈夫……希望を取り戻した騎士達を満足そうに眺め遣り、はやてはこれからの段取りを考え始める。
まずはシャッハを通じてカリムと連絡を取り、自分の出力限定を解除して貰う。
同時に機動六課に連絡、なのはと新人達を大至急こちらに向かわせる。
新人達の到着後はなのはの出力限定も解除、自分とフェイトとの三人で空の敵を一気に叩く。
大まかな流れを脳内で纏め上げ、はやては大きく深呼吸した。
大丈夫、自分ならばやれる……気合いを入れるように両手で頬を叩き、はやては顔を上げた。
周囲に散在する騎士達が、皆はやての顔を見つめている……行動開始の合図を待っているのだ。
いつから自分はこいつらの親玉になったのだろうか……絶対的な信頼と共に自分に向けられる騎士達の視線に、はやては照れたように頬を?いた。
越権行為で後で始末書確定だなーという後ろ向きな思考は取り敢えず心のゴミ箱に放り込み、はやては表情を引き締めた。
「皆……気合い入れていこーか!!」
えいえいおー……元気良く拳を天に突き上げるはやてに、騎士達は雄叫びで応えた。
(あのー、はやて? 凄く盛り上がってるところに水を差すようでとてもとても恐縮なんだけど……)
困ったような、物凄く困ったような声色で、フェイトが念話で話しかけてきた。
(――さっきグリフィスから連絡が入ったんだけど……なのは達はもう別件で出撃しちゃってるんだって)
唐突に聞かされたフェイトの爆弾発言に、はやての時間は凍りついた。
(……ごめんフェイトちゃん、何やウチ居眠りしとったみたいや。悪いけどもう一度言ってくれんかな?)
ぎこちない口調でそう問いかけるはやてにフェイトは嘆息し、グリフィスから伝えられた内容を親切丁寧に話し始めた。
(ミッドチルダ東部の山岳地帯を運行するリニアレールが謎の魔導機械に襲われたって、管理局に通報が入ったのは発端。
その後ムガンまで現れたらしくて、本部は機動六課に出動を要請……ついさっき、なのはが新人をつれて出撃したんだって。
はやての通信機に幾ら掛けても繋がらないからって、私の方に回ってきたんだけど……)
今度こそ、はやての時間は止まった。
そう言えば演説中に何かがピコピコ鳴ってたよーなとか最初にムガン出現の連絡は入れたけどなのはちゃんたちが出張る必要なしと出撃突っぱねたんだったとか、
思い起こせば続々と出てくる若さ故の過ちという名の失態に思わず頭を抱えたくなるはやてだったが、全てはもう後の祭りである。
始末書やー首切りやーとゆーかウチら生きて帰れるんやろかーと、この世の終わりにように呻くはやての思念が、念話の回線越しにフェイトの頭の中に叩きつけられる。
(一応六課にはシャマルとザフィーラがいるし、リインも何故か残ってるみたいなんだけど……)
――輸送ヘリもなのは達運ぶのに使用中だから、人はいるけど足が無い……非情な現実に打ちのめされるはやてに、フェイトは追い討ちをかけるように報告を続ける。
そして……、
(つまり私達、絶対絶命ってことだね)
これがトドメだった。
(う……)
(う?)
(うわぁああああああああああん! ウチの馬鹿馬鹿馬鹿あああああああああっ!!)
過酷過ぎる現実に理性が決壊したのか、子供のように泣き叫ぶはやて。
しかしその慟哭はあくまで念話越の中だけ――つまり妄想の範囲内――に収まり、現実のはやては何事もないかのように平然と騎士達を煽っている。
本音と建前がここまで乖離しているのも珍しいものだと妙なところで感心しながら、フェイトはムガン群へと視線を戻す。
機動六課は、なのは達は助けに来ない……ならば自分達で、何とかするしかない。
絶望的な戦いが、始まろうとしていた。
天元突破リリカルなのはSpiral
第8話「騎士はやて……貴女は、卑怯だ……!」(了)
最終更新:2008年09月05日 12:49