機動六課司令室は緊迫した空気に包まれていた。
 オペレーター達から絶え間なく送られてくる報告の一つ一つを整理し、最も的確と思われる指示を返しながら、グリフィスは額の汗を拭った。
 隣のリインフォースⅡも、食い入るようにモニターを凝視している。
 傍らの椅子、部隊の最高責任者の座るべき席は空――本来は司令官代理のグリフィスが座るべきなのだろうが、本人は律儀にも立ったまま己の仕事を行っていた。

 モニターに映し出される二つの映像――その片方は、輸送ヘリから送られてくる、山間で展開されるなのは達の作戦状況である。
 進行状況は極めて良好――ベテランの隊長陣三人が制空権の確保し、経験の浅い新人四人は列車の中に突入し、魔導機械の殲滅している。
 順調、文句のつけようもない程順調に作戦は進んでいる――こちらの方は。

 問題は……グリフィスはもう一つの映像へと視線を移した。
 炎上する市街地、数えることも馬鹿らしい程の量のムガン相手に孤軍奮闘するはやてとフェイトの姿――軌道上の通信衛星から送られてくる、ベルか自治領の様子である。
 限定解除した二人の隊長級魔導師は、絶望的な物量差をものともしない圧倒的な攻撃力を惜しみなく振るい、驚異的な勢いでムガンを殲滅している。
 しかし大技の連発は体力魔力両面での急激な消耗を招き、ペース配分を無視した無茶な戦い方は必ず破綻を迎えるだろう。
 長くは保たない……歯噛みするグリフィスの拳は固く握り込まれ、爪が掌の皮膚に食い込む。

 無論、何もせずにただ傍観者に徹する程グリフィスは無能ではない。
 機動六課の戦闘要員はなのは達正規部隊だけではない、交替部隊――前線部隊の人員が何らかの理由で不在の際、その穴を埋める人員も用意されている。
 ベルカ自治領での戦況報告を受けたグリフィスは、直ちに交替部隊の出撃を命じた。
 本来は前衛メンバーのオフシフト時の待機要員としての意味合いが強い交替部隊であるが、正規部隊と同時に出撃させてはならないという規定は無い。
 しかし元々正規部隊が到着するまでの時間稼ぎを主目的とした代替戦力、この想定外とも言える敵の物量を相手にどこまで通用するか、不安は残る。
 更にそれ以前の問題として――決して考えたくない事態ではあるが――果たして交替部隊が到着するまでの間、はやて達二人は持ち堪えられるのだろうか。
 あの二人の実力を疑う訳ではないが、それでも頭に浮かぶ最悪の可能性をグリフィスは否定することが出来なかった。

 隣でモニターを見つめていたリインフォースⅡが、突如グリフィス達に背中を向け、まるで逃げ出すように司令室を退出した。
 すれ違いざまにグリフィスの目に飛び込んだリインフォースⅡの横顔は、大粒の涙で濡れていた。

「リイン曹長!?」
「放っておけ」

 声を上げるシャリオを片手で制し、グリフィスはモニターに視線を戻した。
 気持ちは解る……絶望的な状況に陥るはやて達を見て泣き出したい気持ちは、目を逸らし逃げ出したい気持ちはグリフィスも、否、この場の全員が同じだった。
 しかしグリフィスには泣き出すことも、逃げ出すことも許されない――何より自分自身が、そのような無様を許せない。
 将とは如何なる時も冷静に、そして気丈に振舞わなければならない。
 指揮官の動揺は部下の混乱に直結し、そして部隊そのものを瓦解させる。
 あくまで冷静に、気丈に、そして普段通りに――それが指揮官としてこの場に立つ、グリフィスの義務なのである。

 しかし……リインフォースの消えた自動扉を振り返り、グリフィスはふと思い直す。
 放っておけとはいったものの、やはりこのままでは些か後味が悪い……。

「シャーリー」

 コンソール操作に戻るシャリオの背中に、グリフィスは遠慮がちに声をかけた。

「やっぱり……リインさんを追いかけてあげてくれないかな?」

 冷静に、しかし冷徹はなりきれない自分は、指揮官としては落第かもしれない……甘さを捨てられぬ自分自身に、グリフィスは胸の奥で自嘲する。

 司令官代理として「命令」するのではなく、ただのグリフィス・ロウランの顔で「お願い」した幼馴染に、シャリオは親指を立てて了承した。

 モニターの中で、なのは達は無事に任務を達成し、はやて達は相変わらず危うい戦いを続けていた。


「……ぅ、うぅ……」

 廊下の片隅で小さな嗚咽の声が響いている。
 司令室から――モニターの向こうで苦戦するはやてと、状況の改善に奔走するグリフィス達から背を向けて逃げ出し、リインフォースⅡは膝を抱えて泣いていた。
 自分は何をしているのだろう……何も出来ない自分、ただモニターを眺めていることだけしか出来ない自分に絶望し、リインフォースⅡはただ涙を流し続ける。

 出動要請を受けた時、何か言いようのない胸騒ぎを感じたリインフォースⅡはなのは達との出撃を拒否し、この隊舎での待機を申し出た。
 はやての守護騎士としての勘だろうか……リインフォースⅡの予感は見事に的中し、はやてとフェイトは今、絶体絶命の危機に陥っている。
 交替部隊の出撃をグリフィスが命じた時、リインフォースⅡも同行するつもりだった。
 同じ守護騎士のシャマルとザフィーラも同じ決断に達し、交替部隊と共に出撃していった。
 主の危機は自分の危機、そして部隊長の危機は機動六課全体の危機でもある以上、リインフォースⅡ達の選択は当然のものと言える。

 では何故、リインフォースⅡは独り、未だこの場所に留まったままなのか――理由は単純である、出撃に間に合わなかったのだ。
 機動六課が正式稼動を初めて二週間、部隊長補佐という肩書きを持つリインフォースⅡだが、部署の詳細も隊舎の構造も、未だ完全には把握出来ていない。
 特に交替部隊に関してははやてではなくグリフィスの管轄であり、リインフォースⅡはその存在すらも今まで知らなかったというのが本音である。
 勝手に意気込んで飛び出し、迷いに迷った挙句に気がつけば独り置いてけぼり……。
 肩を落として司令室に戻ったリインフォースⅡを、グリフィスは何も言わずに隣に迎え入れた。
 それなのに、この無様……自分は本当に何をやっているのだろう。

 惨めさにただ泣き続けるリインフォースⅡの周囲が、いつの間にか薄暗くなった。
 停電だろうか……顔を上げたリインフォースⅡは、その時になって漸く、自分を見下ろす人影に気付いた。

 ……科学者に化けた熊がいた。

「ひぃやぁあああっ!?」
「……何をやっている」

 腰を抜かすリインフォースⅡに、ロージェノムは呆れたように息を吐いた。

「ろ、ロージェノムさん……?」

 びっくりしたですーと胸を撫で下ろすリインフォースⅡに、ロージェノムは巌のような顔をにこりともさせずに再び口を開く。

「何をやっている、お前は?」
「…………」

 ロージェノムにとっては何気ない、何の意図も無いその問いは、しかしリインフォースⅡの心に深く突き刺さる。

「……本当に、何をやってるんでしょうね。私は……」

 顔を伏せ、リインフォースⅡは自嘲するように口を開いた。

「はやてちゃんのために生まれた私なのに、でもはやてちゃんがピンチの今、何も出来ずにここにいるです……」

 リインフォースⅡは人間ではない――はやてによって創られたユニゾンデバイス、その管制人格である。
 はやてのために生まれ、はやてのために存在する……作り物の生命に過ぎないリインフォースⅡにとって、それだけが己の存在意義であり、そして心の拠り所だった。

「はやてちゃんが呼んでくれれば、私はどんなところにでも飛んでみせる、どんな奇跡でも起こしてみせる……そう思っていたし、そう生きようと決めてたです。
 だって、はやてちゃんのことが大好きだから。他の守護騎士の皆に負けない位大好きだから……!」

 しかし誓いは破られた。
 創造主の危機に馳せ参ずることも出来ずに、こうしてただ泣いているだけの無力な自分……。
 痛みを堪えて戦い続ける主に、しかし自分は手をのばすことも、声をかけることも出来ない。
 こんな筈ではなかったのに……何もかもが上手くいかない不条理な現実に、リインフォースⅡの幼い心は折れかけていた、砕けかけていた。

「想えば飛べる……か」

 リインフォースⅡの独白を聞き終え、ロージェノムはどこか感慨深そうに呟いた。

 その時、

「……じゃあ、飛んでみます?」

 まるで出番を待っていたかのような絶妙なタイミングで、シャリオが曲がり角の陰から姿を現した。

「……シャーリー?」

 困惑の声を上げるリインフォースⅡに、シャリオは柔らかい、そして力強い笑みを浮かべる。

「一緒に飛んでみませんか? リイン曹長の大好きな人のいる場所へ、皆で」


「プラズマザンバー……」

 フェイトの掲げた刀身に雷が集中し、

「ラグナロク……」

 はやての展開した魔方陣に光がする。

「「――ブレイカー!!」」

 気合いと共に放たれた二つの光の奔流が敵を飲み込み、天空を紅蓮一色に染め上げる。
 千を数える程存在していた大型ムガンの大群は、今やその半分近くまでその数を減らしていた。

「な、何や……結構やれば出来るもんやないか……!」
「為せば成るってことだね、何事も……!」

 荒い呼吸を整え、デバイスを構え直しながら、はやてとフェイトは背中合わせに笑い合う。
 出力限定を解除し、聖王教会によるカートリッジ補給支援を受けながらのゴリ押し戦法でここまで戦ってきたが、その効果は予想以上に絶大なものだったらしい。

 時空管理局と聖王教会は表面的には協調関係にあるが、管理局本部内では教会との馴れ合いを快く思わぬ者も多数存在しているし、その逆もまた然りというのが現実である。
 無断で教会と共同戦線を張り、更に補給まで受けているこの状況は、後々重大な責任問題となって自分達に降りかかってくるだろう。
 協力を要請したはやてや実際に支援を受けるフェイトだけでなく、その要望を聞き入れたカリムも、何らかの処罰は免れないだろう。
 自分の無茶な「お願い」を快く了承し、身を捨てる覚悟で余所者の自分達を全力で支援してくれているカリムに、持つべきものは姉貴分だなーとはやては改めて感謝する。

 しかし、そのおかげで何とかなるかもしれない……僅かな可能性に望みを賭ける二人の思いは、しかし次の瞬間、新たに発生した空間の歪みによって粉々に打ち砕かれた。
 蜃気楼のように揺れる空、新たに現れる大量の見飽きた影――敵の増援だった。

「フェイトちゃん……ウチ、泣いて良い?」
「私の方が立ち直れなくなりそうだから我慢して」

 元通り――否、それ以上の規模に勢力を回復させたムガン群に、はやてとフェイトは思わず天を仰いだ。
 誰か、助けて……絶望に押し潰され、二人の心が悲鳴を上げる。

 その時、

――はやてちゃん!!

どこからか、リインフォースⅡの声が聞こえた。

 空に――空間に裂け目が入り、巨大な何かが姿を現す。
 まるで卵から孵る雛鳥のように、或いは獲物を食い破る獣のように、空間の裂け目をこじ開けながら這い出る鋼の巨人。
 完全な人型として洗練されたフォルム――見たことのない、しかしどこか見覚えのある漆黒の巨人に、二人は思わず声を上げる。

「「ラゼンガン!?」」
『否』

 二人の目の前に通信ウィンドウが開き、画面いっぱいにロージェノムの顔が映し出される。

『汎用量産型ガンメン、通称グラパール。これはその試作機だ』
『はやてちゃん!!』

 淡々と解説するロージェノムを押し退け、今度はリインフォースⅡの顔がウィンドウを占領した。
 グラパール腹部のハッチが開き、中から弾丸のように飛び出したリインフォースⅡがはやての元へ駆け寄る。

「ごめんなさい、はやてちゃん……。遅くなっちゃって、肝心な時に傍にいられなくて……」
「リイン……」

 胸の中で泣きじゃくるリインフォースⅡを、はやては優しく抱き締めた。

 螺旋界認識転移システム――ロージェノムが開発し、埋められていたものをシャリオが発掘した、新型の次元転移装置が、この奇跡を呼び起こした。
 宇宙とは曖昧さであり、認識されて初めて確定する――量子宇宙論とも呼ばれる、この宇宙の理である。
 認識した物質を元に次元座標を割り出し、時間も空間も無視して対象の元まで一瞬で転移する、それが螺旋界認識転移システムである。
 誰にでも使いこなせるものではない。
 人の認識力に依存したシステムであるが故に、緻密なイメージ力や強い想いを持つ者でなければ正確な転移は不可能なのだ。
 今回の場合は、はやてをを助けたいというリインフォースⅡの強い想いが、はやて達への道を繋いだ――想えば飛べたということである。

「来てくれてありがとな、リイン。それに、ロージェノムさんも……」

 胸に抱いたリインフォースⅡと、腕組みして虚空に仁王立ちするグラパールを交互に見遣り、はやてはそう言って泣きながら笑いかけた。
 涙に濡れた漆黒の瞳は、希望の輝きを取り戻していた。

「リインが来てくれたから百人力、ロージェノムさんもおるから千人力や。もうあんなガラクタ共に好き勝手させへん、ちょちょいのちょいの超瞬殺や!」

 己を奮い立たせるようにそう意気込むはやてに、しかし胸の中のリインフォースは笑いながら首を振る。

「違うですよ、はやてちゃん……千人力じゃないです。皆も来てくれるから一万人力です!」

「……へ?」
「皆……?」

 リインフォースⅡの言葉にはやてとフェイトが疑問の声を上げたその時、グラパールの開けた空間の裂け目に新たな変化が起きていた。

 まず現れたのは、一本の巨大な筒だった。
 まるで砲身のような青い円筒――否、事実それは砲身である。
 徐々に姿を現す、戦車に手足を生やしたような青い鋼の巨人――ラゼンガンやグラパールとは大分意匠は異なるが、それはまさしくガンメンだった。

『やっほー、はやてさんにフェイトさーん! 助けに来ましたよー!!』

 瞠目するはやてとフェイトを見下ろし、西洋兜を彷彿させる青いガンメン――ダヤッカイザーがぴこぴこと手を振る。
 外部スピーカーから響くその聞き覚えのある声に、二人は思わず顔を見合わせる。

「まさか……シャーリー!?」

 驚愕したように声を上げるフェイトに、ダヤッカイザーは正解だとばかりに両手の親指を立てた。

 唖然とする二人の横で、ダヤッカイザーの広げた空間の穴から更に新たな二つの影――トサカの生えた白いガンメンと、二つの顔を持つ紫色のガンメンが姿を現す。
 続々と現れるガンメン達を、空中のはやて達だけでなく、地上で小型ムガン相手に戦う教会騎士達も呆然と見上げていた。
 はやての言葉から一騎当千の魔導師部隊を想像していたが、しかし現れたのは謎の巨大ロボ軍団――予想の斜め上を突っ走る「援軍」の登場に、騎士達は言葉を失う。

『切なる叫びが扉を開き、熱き想いが道を拓く!』

 戦場全体に轟くような大音量で、ダヤッカイザーが声を張り上げた。

『縁の下の力持ち――』
『――床板ぶち抜き只今参上!』

 ダヤッカイザーに追従するように、双頭のガンメン――ツインボークンが言葉を引き継ぐ。
 あの声はオペレーターのアルト・クラエッタとルキノ・リリエだろう。

 これは、名乗りだ……シャリオ達の口上を聞くはやて達の脳裏に、二人の少女の顔が過る。
 鋼鉄の巨人を駆り、名乗りと共に敵に立ち向かう青い髪の少女。
 白銀の飛龍を従え、名乗りと共に立ち上がった桃色の髪の少女。
 偶然にも敵を前に似たような名乗りを上げた二人の少女は、その前後、二人とも奇跡を起こしてみせた。

『我々は補う者だ――足りぬ力があるならば、我々が追い風となり背中を押そう。
 我々は届ける者だ――届かぬ思いがあるならば、我々が橋となり繋ぎ留めよう。
 我々は創る者だ――見えぬ未来があるならば、我々がドリルとなり道を掘り進もう。
 そう、我々は……助ける者だ』

 音を失った――誰もが動きを止めた戦場で、グラパールが朗々と言葉を紡ぐ。
 戦士のような気高さと王者のような力強さを併せ持つロージェノムの語りに誰もが呑まれ、そして魅せられていた。

 順調に続く名乗りの口上、爆発的に戦場に広がる気合いの波に、しかし乗り切れない者もいた。

「これ、僕もやるの……?」

 白いトサカのガンメン――エンキドゥのコクピットで、グリフィスがげんなりとした顔で呻いた。
 元々率先して目立つような性格ではない上、自分達とは格の違うようなロージェノムの語りを聞かされた後――及び腰になるグリフィスの気持ちも当然である。
 何とか理由をつけて辞退しようと目論むグリフィスだが、そうは問屋が卸さなかった。

『当ったり前でしょ、グリフィス君。 仲間外れにはしないわよ』
『責任重大ですよ? しっかりお願いしますね』
『頑張って下さい! ロウラン補佐官』

 応援という形で逃げ道を塞ぐ女性陣に、グリフィスも腹を括った。

『機動六課後方支援部隊、ロングアーチ! 我々を誰だと思っている!!』

 エンキドゥの叫んだ締めの言葉と共に、戦士達の反撃が始まった。



天元突破リリカルなのはSpiral
 第9話「一緒に飛んでみませんか?」(了)

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最終更新:2008年09月05日 12:50