ロングアーチ――はやてが部隊長を務める、機動六課の後方支援部隊である。
補給や索敵、人員輸送などを主な任務とし、前線部隊を影から支える大黒柱として組織されたこの部隊の初陣は、皮肉にも自分達自身が前線に出るという形で始まった。
『カートリッジロード! 一番槍いきまーす!!』
シャリオの掛け声と共にダヤッカイザーの頭の大砲から、ドラム缶のように巨大な空薬莢が排出され、同時に砲口正面に魔方陣を展開――砲撃魔法が発動する。
放たれた光の奔流がムガンを呑み込み、敵の群れに風穴を開けた。
『今の砲撃で敵勢力の5.7%が消滅、誘爆により尚も減少を続けています』
『砲身冷却までの推定所要時間十五秒、二十秒後には第二射撃てます』
ダヤッカイザーに乗るシャリオにそう報告しながら、アルトとルキノ――ツインボークンが前に出た。
『ターゲットロックオン!』
『スピンバリアー弾発射!!』
ツインボークンの両掌からドリル型の弾丸――スピンバリアー弾が射出され、ムガンを撃ち抜いていく。
その間にダヤッカイザーの砲身冷却が完了、カートリッジ装填と共に砲撃の第二射が放たれた。
再び空を貫く光の奔流と並走するように翔る一つの影がある――グリフィスの駆るエンキドゥだった。
単身ムガン群に突入したエンキドゥが頭のトサカを取り外し、ブーメランのように投擲した。
円のような軌跡を描いて飛ぶトサカ――エンキラッガーがムガンを切り裂き、再び主の手の中に戻る。
トサカを頭に装着し直したエンキドゥは、今度は左右の腰の刀を引き抜いた。
『カートリッジロード!!』
グリフィスの怒号と共に刀身の付け根から空薬莢は排出され、鞘を被せたように鋼の刀身の外側に魔力刃が生成される。
魔力刃によって延長した二本の刀を我武者羅に振るい、エンキドゥはムガンの群れの中を飛び回った。
ガンメン――かつてこの世界とは違う次元、違う宇宙において、対アンチスパイラル用に開発運用された大型質量兵器。
時空管理局の魔法技術を応用し、魔導兵器として再設計されたガンメンを駆り、若者達は戦う――自分達の長、はやてを完全に置き去りにして。
「こらぁーっ! お前らウチを無視するなぁーっ!!」
部隊長である自分の指示を仰ごうともせず、好き勝手に戦い始めるガンメン軍団に、はやては拳を振り上げ怒号を上げる。
助けにきてくれたことは素直に感謝するが、しかしそれとこれとは別問題である。
傲慢な言い方になるが、ロングアーチは自分の部隊なのた――自分は部隊を指揮しなければならないし、グリフィス達は自分の言うことを聞かなければならない。
それが指揮官としての自分の責任であり、部下としてのグリフィス達の義務なのだ。
機動六課――ロングアーチも組織である以上、そのけじめは果たさなければならない。
そして何より――これが本音なのだが――部隊長の自分を差し置いて活躍するガンメン軍団に、はやては嫉妬していた、対抗心を燃やしていた。
「リイン、ウチらも征くで! シャーリーやグリフィス君達だけにええ格好はさせへん!!」
胸に抱いたリインフォースⅡを解放し、はやては昂然と言い放った。
新参者共にこれ以上出番を喰われてなるものか……リインフォースⅡを見下ろすはやての瞳の奥で、熱い炎が燃えている。
「イエス、マイスターはやて!」
笑顔で首肯するリインフォースⅡの身体が光に変わり、はやての身体の中へと吸収される。
ユニゾン――術者とデバイスが文字通り一心同体となり、魔力や戦闘能力を爆発的に上昇させる融合能力。
ラゼンガン――或いは同タイプのグレンラガン――の合体が気合いと気合いのぶつかり合いならば、はやて達のユニゾンは思いと想いのぶつかり合いである。
ユニゾンの影響で白金色に変わった髪を風に遊ばせ、翡翠色に染まる瞳を煌かせ、胸の奥で鼓動するリインフォースⅡの心を感じながら、はやてはデバイスを構える。
右手に握る騎士杖型アームドデバイス――シュベルトクロイツ。
左手で開く魔導書型ストレージデバイス――夜天の書。
ユニゾンの際に同時に融合したもう一つの魔導書型デバイス――蒼天の書。
そしてその全てを統制する管制人格――リインフォースⅡ。
四つのデバイスを同時に扱い、圧倒的な攻撃力で戦場そのものを消し飛ばす……それがはやての真の戦闘スタイルである。
若いな……見せ場の奪還に燃えるはやてをモニターの端に見遣りながら、ロージェノムは唇の端を持ち上げる。
かつて、今のはやてと同じ眼をした男と出会った。
そしてロージェノム自身もまた、同じように身と心を戦いに燃やした経験がある。
言葉や理性では抑えられない熱い衝動――螺旋の本能。
はやてもその存在を認知してはいるが、己の内から迸るその衝動こそが螺旋の力に他ならないということには、未だ気付いてはいないだろう。
「ロージェノムさん! デカい呪文で一気に叩くから、詠唱の間ウチを守って!!」
はやての命令にロージェノムは不敵な笑みを浮かべ、「是」と応えた。
グラパールが盾となるようにはやての前に仁王立ちし、腕組みしてムガン群を見据える、
ムガンのビームが雨のように撃ち込まれるが、グラパールの展開したバリアに阻まれはやて達までは届かない。
「ふん……」
歯応えの無い敵の攻撃にロージェノムは退屈そうに鼻を鳴らし、自分達を守るバリアを解除した。
迫り来るビームの雨にグラパールは腕組みを解き、右腕をギガドリルに変形させる。
前方に突き出されたギガドリルの先端から更に五本の細長いドリルが指のように突き出し、ムガンのビームを鷲掴みした。
ビームのエネルギーがドリルの「腕」と吸収一体化し、巨大な光球となってグラパールの掌の上で暴れ回る。
『返すぞ』
荒れ狂い爆発寸前のエネルギー塊を、グラパールはムガン群へと投げ返した。
ムガン爆発の連鎖による炎の帯が空に広がる中、はやての呪文が完成した。
「詠唱完了、皆逃げろぉーっ!!」
念話、通信、そして肉声と、あらゆる手段で伝えられるはやての退避勧告に、ガンメン軍団が慌てたようにムガン群から遠ざかる。
最後の一体――ムガン群の中心に斬り込んでいたエンキドゥ――の退避を見届け、はやては魔法を起動した。
「遠き地にて沈め……デアボリックエミッション!!」
はやての咆哮と共に、暗黒の光が周囲の空間ごとムガン群を呑み込んだ。
はやての放った広域攻撃魔法によって空の敵は全滅し、地上の小型ムガンは教会騎士団が全て片付けた。
静けさを取り戻した戦場に、山の向こう側から一機の輸送ヘリが姿を現す。
グリフィスの派遣した交替部隊である。
「へ? こ、交替部隊……?」
交替部隊到着の報告をグリフィスから受け、はやては思わず声を上擦らせた。
「交替部隊……?」
胡散そうな視線を向けるフェイトに、はやては乾いた笑みを浮かべる。
「あははははー。……すっかり忘れとったわ」
「しっかりしてよ部隊長!?」
てへっと可愛らしく首を傾げて誤魔化すはやてに、フェイトが魂の叫びを上げる。
「しゃ、しゃーないやろ! 交替部隊って半分グリフィス君の私兵みたいなもんやし、あん時はウチも冗談抜きでテンパっとったし……」
逆上したように顔を紅潮させながら弁明するはやてだが、容赦なく突き刺さるフェイトの絶対零度の視線を前に言い訳の声は次第に小さくなっていき、
「もーしわけありませんでした!!」
……最終的に、はやてはフェイトの前に土下座して謝っていた。
部隊長としての威厳の欠片もない親友の姿に、フェイトは呆れたように息を吐く。
その時、
「上に立つ人間が、そんな風に軽々しく頭を下げたりするものではないわよ? はやて」
穏やかな女性の声が、はやての背中にかけられた。
「カリム!?」
「久しぶりね、はやて。リインも元気そうね」
顔を上げ、満面の笑顔を浮かべて振り返るはやてに、声の主――カリム・グラシアも柔和な笑みを返す。
「そちらの方は初めてお会いするわね。聖王教会騎士、カリム・グラシアです」
「機動六課ライトニング隊隊長、フェイト・T・ハラオウンです」
フェイトとの自己紹介を簡潔に済ませ、カリムははやてへと向き直る。
「部隊の方は順調みたいね。今回は助かったわ」
騎士団と共に現場検証や負傷者の救助作業を行う交替部隊の隊員達、そして瓦礫の撤去作業を行うガンメン達を好意的に評価するカリムに、はやての笑顔が固まった。
言えない、今回獅子奮迅の活躍を見せたガンメン軍団の中の人が、実は前線部隊でも何でもないただの内勤スタッフであるなどとは絶対に言えない……。
「そ、それより……今回カリムがウチと会って話そ思うとったんは何なんや?」
慌てたように話題を変えたはやての問いに、カリムの顔から笑みが消えた。
「そうね……早速だけど、本題に入りましょうか」
そう言ってカリムは傍らの騎士に合図し、何かのケースを受け取った。
「昨日の深夜――日付は今日に変わっていたかしら――教会礼拝堂を清掃していた修道士が、長椅子の陰に隠すように置かれていたこれを見つけたの」
そう言ってカリムが差し出した金属製のケースに、はやてとフェイトは瞠目したように同時に声を上げた。
「「レリック!?」」
第一級捜索指定ロストロギア、レリック。
ロストロギア――様々な世界で生じたオーバーテクノロジーの内、消滅した世界や古代文明を歴史に持つ世界において発見される、危険度の高い古代遺産。
レリックもその一つである。
外観はただの宝石だが、古代文明時代に何らかの目的で作成された超高エネルギー結晶体であることが判明している。
レリックは過去に四度発見され、その度にムガンの出現が確認されている。
そして、今回の事件が五度目。
アンチスパイラルがレリックを狙う理由は未だ解明されていないが、レリックの放出するエネルギーを螺旋力と誤認してムガンが出現するという仮説が有力である。
思わず息を呑む二人に、しかしカリムは首を振り、ケースに掛けられたロックを解除する。
「……イエスとも言えるし、ノーとも言えるわ」
カリムの返答と共に開けられたケースの中身に、二人は驚愕を隠せなかった。
通常レリックを安置する台座が納められている筈のケースの内側いっぱいに、複雑な機械と回路が詰め込まれ、配線が血管のように張り巡らされている。
明らかに何者かの細工の施された、変わり果てたレリックケース――しかし二人の驚愕した理由は、それだけではなかった。
回路の心臓部に搭載されている二つのロストロギア――片方は動力部に設置されたレリック、そしてもう一つは……。
「これ、コアドリル……?」
困惑したようにはやてがケースの中に手を突っ込み、スイッチのように差し込まれていた小さなドリル――コアドリルを引き抜いた。
稼動していた機械が動きを止め、発光していたレリックも徐々に光を失っていく。
コアドリルもまたロストロギアに登録され、ムガンはこれを破壊するために動いている。
機動六課が追う二つのロストロギア、その二つともを積み込んだ謎の機械……理解を超えた事態に、はやて達は思わず顔を見合わせた。
「……カリム、正直これはウチらだけには荷が重過ぎる。幸い、これの専門家が今ここに来とるから、その人にも見て貰ってええかな?」
カリムにそう提案し、はやてはロージェノムへと通信を繋いだ。
「ロージェノムさん……ちょっとええかな?」
はやての召喚を受けて、独りガンメンを降りて救助作業に参加していた巨漢――ロージェノムが三人の元へと足を運ぶ。
「……これは一種の永久機関だな」
はやてから手渡されたケースをためつすがめつ観察し、やがてロージェノムはそう結論を下した。
「レリックのエネルギーをコアドリルが増幅し、そして再びレリックの中へと戻す――それ以外には何の機能も無い。
増幅したエネルギーの殆どは機械部分の稼動に回され、機構外部への仕事は機械部分の廃熱と余剰エネルギーの漏出以外には一切存在しない。
コアドリルのエネルギー増幅率も必要最低限に抑えられ、ほぼ完全にこのケースの中だけで完結したエネルギー循環機構だ」
「そんなものに、一体何の意味があるんですか……?」
フェイトの口にした疑問の言葉に、ロージェノムはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「何の意味も無いだろうな。精々……ムガンを無限に呼び寄せる程度だ」
ロージェノムの答えに、三人の顔は戦慄に凍りついた。
そのためだったのか……無意識の内に、フェイトは拳を握り締めていた。
あの執拗なまでに続いたムガンの増援はこれが原因だったのか……!
ケース中央、回路の心臓部付近に、一枚の金属プレートが貼られている。
プレートに彫られた製作者の名前、銘を入れるように刻印されたその名は……。
「ジェイル・スカリエッティ……!」
風の中に消えたフェイトの呟きは、憎悪と憤怒に染まっていた。
荘厳――この場所以上にその言葉の相応しい場所が、果たしてこの世に存在するだろうか。
豪華な装飾の施された支柱の立ち並ぶ、巨大な金色の空間。
まるで玉座の間のように絢爛に飾り立てられた広間は、しかし中央に展開された巨大なウィンドウによって、その荘厳な雰囲気を台無しにされている。
ウィンドウに映し出される映像は二つ――片方はなのは達を乗せて飛ぶ輸送ヘリ、もう片方は火の手の収まりつつあるベルカ自治領。
機動六課の動く二つの現場を映したウィンドウを食い入るように見つめる、白衣を着た一人の男がいる。
しなやかな細身の身体、長い黒髪、中性的な細面、そして金色の瞳――男を構成するパーツの一つ一つが絶妙なバランスで調和し合い、異形の美しさを形成している。
そう、男は人の形をした異形だった。
数々の禁断の知識をその身に修め、己の欲望を満たすためならば如何なる犠牲も辞さない外道。
生まれながらに罪を背負い、業に塗れたその両手で幾つもの未来を破壊し、そして創造してきた天才。
男の真実を識る者は、畏怖を込めてこう呼ぶ――〝無限の欲望〟と。
男の傍らにウィンドウがもう一枚開き、妙齢の女性の顔が映し出される。
『ベルカ自治領市街地のムガン全滅、ムガン発生装置も稼動を停止した模様です』
「見ていたよ、ウーノ」
ウィンドウの女性――ウーノの顔を横目で見遣り、男はその報告に首肯を返す。
『よろしいのですか、ドクター? これで刻印ナンバー9並びに刻印ナンバー44のレリック、それにコアドリルが管理局の手に落ちてしまいましたが……』
「別に構わんよ、そのおかげで面白いデータが手に入った」
ウーノの問いに涼しい顔で即答し、ドクターと呼ばれた男は正面の巨大ウィンドウに視線を戻した。
「それにしても、この案件はやはり素晴らしい……。私の研究にとって興味深い素材が揃っている」
ウィンドウの映像が切り替わり、機動六課前線部隊の内の三人――スバル、エリオ、そしてフェイト――の戦闘映像が映し出された。
三人ともその出生には、男の過去の研究と浅からぬ因縁がある。
それに……男は更に画面を切り替え、二つの戦闘映像を表示させた。
ベルカ自治領市街地上空を縦横無尽に飛び回る鋼の巨人達――ガンメン。
仮初の街を駆け回る漆黒の巨人、ガンメンのオリジナル――ラゼンガン。
「私以外に螺旋の力を、それも私以上に深く識る者がいるとは……」
氷のような笑みを顔に貼り付け、魅入ったように恍惚とした声音で男が呟く。
螺旋の力――それは人という種が秘めた無限の可能性、そして世界をも滅ぼす魔の力。
「足掻いてみせろ抗ってみせろ……螺旋の戦士達よ」
憎むように愛おしむようにウィンドウの中の巨人達にそう語りかけ、男――ジェイル・スカリエッティは高らかに哄笑を上げる。
金色の瞳の奥で、炎が回っている、光が巡っている――ロージェノムと同じ螺旋の輝きを、宿していた。
天元突破リリカルなのはSpiral
第10話「ジェイル・スカリエッティ……!」(了)
ところで――、
「え゛!? み、皆仕事放り出して来てもーたの!?」
ロングアーチ出撃の裏の真実を聞き、はやては引き攣らせた。
「はやてさん達が心配でいてもたってもいられなくて、なのはさん達に必要最低限の指示だけ出して、他は全部丸投げして飛び出して来ちゃいました」
「現場放棄に無断出撃、それに任務管轄外の越権行為……どんな処分でも受ける所存です」
シャリオはあははーと誤魔化すように笑い、固い表情で部隊長の返答を待つグリフィスに、はやては思わず天を仰いだ。
なまじ善意で動いてくれたので、怒るに怒れない……。
平穏を取り戻したベルカ自治領の空は、どこまでも高く、広く、そして青かった。
己の過失に加えて部下の監督不行き届き……洒落にならない失態の連続に、はやては絶望したようにこう呟く。
「か、神はどこまでウチを試すん……」
全部お前に自業自得だろうというツッコミを喉の奥に留め、フェイトは諦めたように嘆息を零す。
街のどこかで、鴉がアホウアホウと鳴いていた。
最終更新:2008年09月05日 12:52