魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第十話 「BETRAYAL」
薄暗い地下施設、スカリエッティが居を構える研究所の内部を四人の男が歩いている。
先頭を歩くのは髭を蓄えた若干太り気味の体型の男、時空管理局中将レジアス・ゲイズ。
そのレジアスの隣には彼に従者の如く付き従っている生気に欠けた濁った瞳の青年、死人魔道師として偽りの生を得た男、ティーダ・ランスターである。
そして彼ら二人の後ろを歩く残り二人の男はかつてある世界で“魔人”とさえ呼ばれた超異常殺人能力集団、GUNG-HO-GUNSの生き残り。
一人は背に巨大な十字架を背負い、ゴーグル状のサングラスをかけた神父のような男、チャペル・ザ・エバーグリーン。
そしてもう一人は白いスーツを着て肩から楽器か何かでも詰まったようなバッグを担いだ伊達男である。
唐突に、白スーツの男は静寂に包まれた地下施設の中でもそれほど響かないような小さな声で隣の十字架の男、エバーグリーンに語りかけた。
「しかしおかしな話もあったものだな・・・」
「どうした突然?」
「いや、なに、俺がまさかチャペルの二つ名の者と共闘する事になるなど・・・まるで悪い冗談のようだったんでな」
白スーツの男の発した言葉にエバーグリーンは僅かに苦笑して口元から歯を覗かせた。
それはまるで肉食獣が牙を剥き出しにして獲物を喰らうがの如く獰猛で、ひどく不気味だった。
「ははっ、そういえばお前は“アレ”と殺(ヤ)り合ったのだったなぁ。しかも死に掛けたのならば私と共にいるのが良い気持ちでないのもおかしくはないか」
「正確には“かけた”ではなく僅かだが本当に死んでいる」
白スーツの男はまるで他人事のようにそう言ってエバーグリーンの言葉を訂正すると、肩に掛けていたバッグの中に仕舞われていた自分の得物を取り出した。
それはメッキ加工され眩く金色に輝く管楽器サクソフォーン、“シルヴィア”と名付けられた魔人の愛器である。
「敵の手勢、恐らくはガジェットと呼ばれる戦闘機械だろう、アレが動いているようだ。そろそろ狩る準備をしておけチャペル」
「ふっ、言われるまでも無い。しかし何故それが分かる?」
「聞こえるのさ。あいつらのボディが軋む金属音、動力が働く特有の可動音がな」
「流石は音界の覇者、噂どおりの地獄耳だな」
エバーグリーンは彼の人類の範疇を遥かに超えた異常に鋭敏な聴覚を、彼の二つ名である“音界の覇者”と呼び賞賛した。
男の名はミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク、殺人音楽を繰る音の支配者である。
ミッドバレイは愛器シルヴィアに軽く息を吹き込みながら、反響を利用して常人には知覚できない周囲の様々な音響を聞き分けていく。
特殊なセンサーや魔法など無くとも彼の耳はあらゆる情報を耳で得る事が可能である。
敵の配置や特徴・武装・精神及び肉体状態に至るまで音界の覇者は確認した。
程なくして、彼らはここの主であるスカリエッティの下へと辿り着いた。
△
「で? 話ってなぁ何だ?」
テーブルの上に行儀も悪くガラも悪く足を乗せた十二は大層めんどくさそうにそう尋ねた。
そのあまりの態度の悪さに、正面に座っていたなのはは困ったように苦笑、隣に座っていたヴィータは思い切り睨んで怒りを露にする。
同席していたクロノとヴェロッサもまた僅かに頬をヒクヒクさせていた。
そんな十二に相方である幽霊、ビリーは軽く諌める。
「おいおいジュージ、レディがいるのにそんな口を聞くもんじゃないぜ?」
「けっ、うっせえぞRB」
十二のツンケンした返事にRBはヤレヤレと言って肩をすくめた。
謎の青白き不死の怪人“オーグマン”の出現した地上本部襲撃から丸三日が経っている。
機動六課部隊長八神はやて、ライトニング隊長フェイトと副隊長シグナム、そして聖王教会騎士のカリムを始めとしたあの日地上本部に集まっていた多くの要人が行方不明という事態、混沌とする事件の収拾は遅々として進んでいない。
その中で“オーグマン”そして“死人”について知るというキャロの古い知人、十二とビリー。
この二人に対して、なんとか無事だった六課隊長メンバーであるなのはとヴィータそして本局から今回の事件捜査に派遣されたクロノとヴェロッサは六課隊舎の一室で事情聴取をとる事のなったのだが・・・
対する十二の態度ときたら“協力的”などと言う言葉からは遠くかけ離れたものだった。
一応この場で一番高位の立場であり本局からの代表者であるクロノが先陣を切って質問する事にした。
クロノは小さく咳をしながら口を開く。
「オホン。ああ、なんでも君達はあの青白い怪人について詳しいらしいじゃないか。アレについて知っている事を教えてくれ、このような席だがこれは公式の事情聴取だ」
十二はコキと音を鳴らして首を傾けると同時に腐った言葉でも吐くように口元を不機嫌さで歪めた。
彼にとってオーグマンに関する事を話すと言うのは虫唾の走る過去を思い出すという事なのだ、これは無理からぬ事だろう。
「あいつらは“オーグマン”最高にクソなヤク・・・シードでバケモンになった“人でなし”共だ」
「シード?」
「どっかの星からきた“なんか”で作ったイカレタ薬らしい、作った糞野郎の事以外は詳しく知らねえ・・だがそいつを人間にたっぷりぶち込めばあの通り、厄介なバケモンの兵隊ができる」
十二の言葉にクロノは信じられないと言わんばかりに顔を驚愕で染める。
異星からきた未知の物質で作られた薬物、それで人間が怪物になるなど管理世界の常識では計り知れない事実だ。
「“どこかの星”? それじゃ、あいつらはエイリアンだとでも言うのか!? そもそも何故君達はそんな事を知っている? いったい君達は・・」
「だから詳しい事なんざ知らねえっつってんだろクソガキィ。ゴチャゴチャうるせえぞ、俺らの事をてめえに話す義理なんざねえだろボケが」
「んなっ!? 誰がガキだ!!」
声を荒げるクロノに十二は言葉汚く吐き捨てた。
どうもこういう生真面目なタイプとは根本的にソリが合わないのだろう。
そんな十二に突然小さな乱入者、幼い竜召還師の少女が割って入って諌める。
「十二さん! そんな事言っちゃダメです」
「な!? キャロ・・てめえ病院に行ってたんじゃねえのかよ・・」
「十二さんが心配ですぐに帰ってきたんです。お話するならちゃんと説明してあげてください」
「おいおいジュージ~、キャロに怒られちまったじゃないか。ここは小さなお姫様の言う通りにした方が懸命だぜ?」
「ったく、調子狂う・・・分かったよ、ちゃんと答えてやるよクソガキ」
十二はそう言うとテーブルの上の足を組みなおしてクロノに向き直る。
“クソガキ”呼ばわりされてクロノはこめかみに浮かばせた血管をヒクヒクさせているが、そこは理性で怒りを抑えこんで息を整えた。
「では聞こう、君はいったい何者だ? 何故そこまでアレらの奇妙な者達の事に詳しい?」
「そりゃ、俺もあいつらと同じ“人でなし”だからだ。俺はオーグマンと同じ系列の研究、ネクロライズ計画で生まれた死人兵士(しびとへいし)だ・・・」
それから十二の口から死人兵士を作り出したネクロライズ計画やシードに関する過去の話を大まかに語った。
化物の力で強大な権力を得たマフィア組織ミレニオン、そしてそれを滅ぼした二丁銃を繰る最強の死人、その後現れたコルシオネファミリーとの戦いを。
「・・・にわかに信じられない話だな」
「かと言って、彼が冗談を言っているとは思えないけどね」
「まあそのロンゲの言うとおりだ、てめえらに冗談言うほど俺ぁ酔狂じゃねえ」
「・・・あの、ロンゲって僕の事ですか? っていうか目が見えないのになんでそんな事が・・」
ヴェロッサがちょっとした疑問を口にしようとした瞬間、ヴィータが身体を乗り出しながら声を上げて遮った。
「ちょっと待てよ! その話の二丁銃の死人って・・・お前らあの死体野郎を知ってんのか!?」
「死体野郎? 誰だそれ?」
「えっと・・ウォーキングデッド・・・いえ、ビヨンド・ザ・グレイヴって言う人で・・管理局に敵対しているスカリエッティの関係者です」
なのはが入れた説明の言葉に十二とビリーの纏っていた空気が一段重くなる。
二人は視線を交錯させ怪訝な顔をして複雑な心境を如実に表した。
「そうかグレイヴがなぁ・・・どうするジュージ?」
「どうするもこうするもねえだろRB、何も変らねえよ。あいつに会うのもシードを狩るのもな」
「ま、そう言うと思ったよ・・」
「って、おい! 勝手に話進めんな!! お前らの話で出てきた死人ってのがあのムッツリ野郎なのかよ!? ちゃんと答えろツギハギ!」
十二とビリーの二人の会話にヴィータがまたもや割って入る。
だが自分をツギハギ呼ばわりされた十二はヴィータに大層不機嫌そうに口を開いた。
「ツギハギ言うなメスチビ。それにムッツリじゃねえグレイヴだ、ビヨンド・ザ・グレイヴ」
「誰がチビだツギハギ野郎!!」
「そりゃてめえだろメスチビ。てめえこそ、誰がツギハギだ、あぁん!?」
十二とヴィータは立ち上がりそのまま怒りを剥き出しに睨み合う(と言っても十二は眼帯で両目を塞がれているが)。
どうやらこの二人も徹底的にソリが合わないようだ。
ヴィータはグラーファイゼンを、十二はガンブレードを取り出し、二人は威勢良く啖呵を切った
「調子こいてんじゃねえぞツギハギ野郎!! 上等だぁ、表出ろ!!」
「良い度胸だ・・今すぐ半殺しだハンマーチビ!!」
いきり立つ大柄な男に小柄な少女、最強クラスの能力を持つ死人兵士とベルカの騎士だもし戦えば本気でなくともかなり危ない。
おそらく二人が喧嘩を始めたら半壊した六課隊舎が全壊するのは必至だろう。
爆発寸前の二人の間になのはとビリーが割って入った。
「まあ、まあ、まあ、まあ・・・」
「待て、待て、待て、待て・・・」
仲裁が入ってもしばしの間殺気の応酬をしたヴィータと十二。
周囲に剣呑な空気が満ちてピリピリとした緊張が走る。
だが十二は舌打ちしながら両手の得物を懐に仕舞って刃を収めた。
「けっ! 気が削げたぜ・・・こいつらへの話は後はおめえがやっといてくれや」
「おいジュージ・・・」
「外の空気でも吸ってくらぁ」
「ま、待ってくださいよ十二さ~ん」
そう言い残して席を立つ十二、そんな彼の後を追うキャロ。
部屋にはビリーとなのは達が残されてしばし沈黙が流れる。
「すまないねぇ、レディへの礼儀を知らない奴なもんで。まああれでも少しは丸くなった方なんだが・・」
「いえいえ、こちらこそすいません」
ビリーとなのははヤレヤレと言った具合に互いに苦笑する。
どうやら苦労はお互い色々とあるらしい。
「じゃあ後は俺から話すよ、え~っと、呼び方はなのはで良いかい?」
「はい、良いですよ。ありがとうございますビリーさん」
「なになに、レディには優しくが俺のモットーでね♪」
「にゃはは、レディだなんて・・・・・・・・・ん? あれ・・ビリーさん、何か足が透けてますよ?」
「ああ、言い忘れてたけど俺って幽霊なんだ」
「・・・・・・はい?」
「いや、だから幽霊」
ビリーはそう言いながら目の前のテーブルに手を触れる、すると彼の実体のない手はテーブルをすり抜けた。
まさに幽霊である事の証明、超心理学を思わせるオカルトな世界がそこにはあった。
三秒後、なのはの悲鳴が半壊した六課隊舎に響き渡ったとかそうでないとか・・・
△
道なりにスカリエッティの研究所内部を進んでいたレジアスは広く開けた場所に辿り着く。
半径50メートルはあろうかという半球状の部屋、何の実験に使うかは分からないが何もないその場所はひどく殺伐としている。
そこへ白衣を着たこの施設の主が現れる、それはまるでどこか近所を散歩するような軽快な足取りだった。
「やあ、よく来てくれたねぇ。直接会うのはいつ以来かなレジアス?」
「くだらん挨拶は無用だ」
幾分か嘲笑を含んだ笑みと共にかけたスカリエッティの言葉をレジアスは一刀で切って捨てた。
レジアスの視線は突き刺すような鋭いが、スカリエッティは笑みを崩さず不敵な表情を保っている。
白衣の科学者はレジアスと共に来た三人の男に視線を向けて色々と考察を巡らせながら言葉を繋いだ。
「で、何か用かい?」
「無論、先の地上本部襲撃についての話だ」
「まあ、その話だとは思っていたが、随分と単刀直入に聞くねぇ」
「お前とくだらんおしゃべりなどする気はないからな。先の襲撃、あれはお前の差し金で間違いないな?」
レジアスの問いかけにスカリエッティは肩を竦めながら答える。
相手が魔人と死人だと知らぬ余裕だろう、緊張など欠片もない。
科学者は悠然とレジアスの質問に答えた。
「ああ、そうだよ」
「なるほど・・・やはり、そうか」
「ん? 随分と味気ない反応だね、君ならもっと怒るかと思ったのだが」
「別に構わん、ワシとて既に管理局の大義に背いた身だからな」
「大義に背く?」
「先の事件の青白き怪人、あれはワシの手勢だ」
このレジアスの言葉に、さしものスカリエッティも目を見開いて顔にいささか驚愕の色を浮かべる。
レジアスの言葉が正しければトーレ以下のナンバーズやルーテシア達、そして聖王の器の行方は彼が握っているのだから無理も無い。
だがスカリエッティが表情を歪めたのは一瞬、決して動揺を無様に晒したりはしないですぐにいつもの嘲笑めいた顔を取り戻す。
「君が趣旨変えかい? 珍しい事もあったものだ」
「あの怪人、オーグマンと言う。アレと聖王のゆりかごの力があれば世界を塗り替えられる。もはや最高評議会の走狗と成り果てる必要などないのだ。これからはミッド地上も管理局本局もワシの理想の正義で塗り替えさせてもらうさ」
レジアスの発した“聖王のゆりかご”という言葉にまたもやスカリエッティの心は揺れた、表面上は平静を保っていたが内心は苦虫を噛み潰したようなものだ。
白衣の下の胸の内には、楽しみにしていたオモチャを取り上げられたような怒りも湧いた。
「ゆりかごの事まで知っているのかい? これは驚きだ・・・」
「ああ、貴様の自慢の戦闘人形に聞いたよ」
「なに? それはいったい・・・」
スカリエッティは思わず苦い表情で言葉を漏らす。そんな彼にレジアスは含みを込めた黒い笑みを浮かべながら後ろに控えていた白スーツの男、音界の覇者にチラリと目をやる。
「ドゥーエだったか。ワシの部下に随分と“耳”のきく者がいてな、くだらん変装を暴いてやったよ」
「・・・・・なるほど・・では私の計画はおおよそ知っているという訳か・・・」
「まあな。そこで相談だ、もう一度ワシと組まんか?」
「どういう事だね?」
「ワシには聖王のゆりかごが必要だ、しかしアレを確実に動かすには貴様が持っているレリックコアと知識がいる。だからこそもう一度手を組もうではないか・・・今度は最高評議会など介さずにな。ワシに貴様の持つ力があれば世界を塗り替える事ができるのだ!!」
それは狂気を孕んだ大義、淀んだ正義と熱の混ざった瞳と言葉だった。
もはや彼は昔日のレジアス・ゲイズではない、シードとゆりかごの異常な力に呑まれ、狂った正義に取りつかれた狂人。
レジアスのその凶面と気迫はスカリエッティさえ僅かに寒気を感じさせるほど悪魔染みていた。
背に冷たい汗が流れるのを感じながらスカリエッティは含みを込めた笑みを浮かべる。
「なるほど、確かに悪い話ではない・・・」
狂気の科学者はレジアスの持ちかけた誘いにこれからの自分の行く末の算段、己が内に巣食う無限の欲望を満たす方向性を模索し始めた。
続く。
キャラ紹介。
ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク。
GUNG-HO-GUNSの一員のジャズな伊達男。
人類の枠を超越した聴覚を持ちあらゆる音を聞き分け、サクソフォーンの愛器シルヴィアを用いた音響攻撃を得意とする。
このスレ的には名前をよくミッド“パ”レイとか間違えられるので有名。
トライガン漫画版よりの登場で。
最終更新:2008年05月24日 16:37