魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第十一話 「二人の隻眼」



「グレイヴ! 起きてくれグレイヴッ!!」


愛すべきファミリーである隻眼の少女の呼びかけに死人は暗き眠りの淵から目を覚ました。
まだ覚醒すべき時には早いが強靭な意識で無理矢理に身体を稼動させる。
片方しかない瞳を見開き外界を視認すれば、自分の膝元に銀髪の少女が今にも泣き出しそうな表情で縋り付いていた。

何かに引火でもしているのか爆発音と振動が施設全体を揺るがし、警報がけたたましく鳴り響いて鼓膜を刺激する。
それだけで血液の交換を終えて起動したての死人に事態が緊急であると伝えていた。
グレイヴは眠りから醒めたばかりでまだ調子の戻らぬ身体をその強靭な意志で力を入れて死人用血液交換台座、チェンバーから立ち上がる。

瞬間、凄まじい音と共に部屋のドアが人外の力で破壊されて吹き飛んだ。
ひしゃげたドアが宙を舞い、床を数回バウンドして転がる。
グレイヴが視線を乱入者に向ければそこには彼がウンザリするほど見てきた一糸纏わぬ筋肉質な青白き巨体を揺らした怪人、オーグマンが鎌と化した腕を引っさげて立っていた。


「シャアアァァァアッッ!!!!」


鎌状の手を持つオーグマン、デス・サイズは部屋の中のグレイヴとチンクを発見するや耳障りな雄叫びを上げて二人目掛けて駆け出す。
蟲のよう多節関節型の異形の腕を伸ばし、その先端の鎌の刃を振りかざして迫るデスサイズ。常人ならば即座に首を刈り取られかねない状況だが相手は最強の死人である、反撃は迅速に正確に無慈悲に遂行された。

部屋の中に耳をつんざく銃声が木霊すると同時にオーグマンの胸に穴が開く。
死人の手に握られた獄狗(ケルベロス)がその咆哮と共に牙を突きたてたのだ。
傍にあった愛銃を手に取り、安全装置を解除し、照準を構えて銃爪を引くまでにグレイヴが要した時間は1秒に満たないほどの瞬速。
反撃はこれだけに終わらず、続いて二発・三発と15mmを誇る大口径の銃弾が異形の敵に叩き込まれる。


「グルゥアアァッ!!」


身体に撃ち込まれたケルベロスの凶弾の破壊力に奇声をあげてよろめくオーグマン。
その身体には体組織が崩壊する寸前の亀裂を無数に刻まれている。
さらにトドメと言わんばかりに異形の眉間に機人の少女の放った刃が吸い込まれた。
チンクの投擲したダガーナイフは正確な軌跡でオーグマンに命中。
次の刹那には戦闘機人の持つ固有技能(IS)発動の兆候であるテンプレートが展開されて彼女の持つ特殊能力が行使される。


「IS発動、ランブルデトネイター!!」


突き刺さったナイフは閃光と共に炸裂、オーグマンの頭部をスイカのように爆ぜ飛ばして粉微塵へと化す。
哀れな異形は瞬く間に砕け散り、塵へと成り果てて消えた。


「ふぅ・・・」


チンクは一つ息を吐いて呼吸を整える。
しばしドアの外の様子を伺い敵の新手や増援が来ないと悟ると、手を下ろしてダガーナイフの刃を収めた。
そんな彼女に目覚めたばかりの死人は何か言いたげな視線を向ける。突然施設内に敵が現るような状況、彼が抱いた疑問は言うまでもないだろう。


「・・・・」
「グレイヴ・・・今のこの状況は私にもよく分からないんだ。ただ・・・恐らくはドクターの下にやって来たあの男達の仕業だ・・」


チンクは苦々しい表情でそう呟く。彼女の脳裏には数時間前にこの施設にやって来た数人の男、そして彼らを束ねる管理局中将の姿が浮かんでいた。
そんな少女に死人はいつものように小さな声で話しかける。
だが彼のその声にはチンクにも分からない程の僅かな緊張が含まれていた。


「チンク・・・・皆は?」
「ノーヴェ達は体の修復を終えたばかりで最深部のラボにいる。今、緊急脱出用の地下区画に向かっているところだ。・・・だがドクターとウーノ、それにクアットロと連絡が取れない・・・恐らくあいつらの迎撃に出て・・」


チンクの言葉はそこで言い淀んだ、思い浮かぶのは未帰還のトーレの末路。
最悪の想像が少女の小さな胸に棘を打つ。
彼女のその胸中を悟ってか、死人はその場に跪いて目線を小さな少女に合わせた。
片方しか開いていない彼の右目が同じく片方しか開いていないチンクの隻眼を間近で見つめ、二人の視線が宙で絡み合う。
そして死人は妹分の頭をそっと撫でた。
同時にこちらを覗き込んでくる儚げで優しい彼の瞳に、チンクは心に刺さった不安の鋭い棘の痛みが引いていくのを感じた。


「すまん・・・心配しなくても私は大丈夫だ」


チンクはそう言うといつもの怜悧な戦闘機人へと戻る。
戦闘機械へと転じた理性は家族への不安に駆られた少女の心に蓋をして思考を戦いに切り替えた。


「ともかくここを出よう。ドクター達が心配だ」


チンクの言葉にグレイヴは黙って小さく頷くと、地獄の番犬と鉄火を詰めた棺桶を携えて立ち上がる。


「それとグレイヴ、デス・ホーラーの武装は全て通常火器に換装してある。これであの敵にも使えるぞ」


グレイヴがデス・ホーラーを背負った姿を見てチンクが思い出したように声をかけた。
どうやら戦闘準備は万端らしい。
そしてグレイヴもまた、何か思い出したようにチンクに口を開いた。


「チンク・・・あの敵はオーグマン。戦う時はよく頭に狙いを付けた方が良い・・」
「知っているのか?」
「・・・」


死人はチンクの質問に黙って頷く。チンクは“そうか”とだけ言って黙った。
彼が何も言わないという事はそれ以上は無駄な情報という事であり、そして今は最低限の情報を知っていれば良い。

隻眼の死人と隻眼の機人はその手に鉄火と白刃を携えて並んだ。
二人の姿は第三者から見れば奇妙な取り合わせだったろう、片や黒い服に身を包み二丁の巨大な拳銃と棺で武装した大男、片や小柄な身体に似合わぬコートを羽織った小さな少女の取り合わせはひどく妙なものだった。
だがこの二人には一切の憂いもなければ隙もない。
グレイヴとチンクは踵を返して部屋を後にした。


部屋を出れば、通路の壁には無数に亀裂が走り大きくヒビ割れている。
あちこちから聞こえる爆音と施設全体を揺るがす振動がここの崩壊を如実に伝えていた。


「シャアァァアッ!!」
「グルゥウアァァアッ!!!!」


二人が外に出た瞬間、彼ら目掛けて聞き覚えのある奇声と共にまた青白き怪人が現れた。
襲い来るオーグマンは五体、手が鎌と化したデスサイズが二体にランチャー化した両腕を構えた70mmフィンガーが三体。
70mmフィンガーがグレイヴとチンクに砲火を浴びせようと砲口の照準を合わせ、デスサイズが鎌の腕を振り上げて駆け出す。
死の鎌が血を啜らんと伸び、砲門に装填された鉄火が爆ぜんと射出された。

標的となった死人と機人は、この奇襲に疾風の如き速さで反撃を返す。
二人は照準を合わせて飛来する70mmフィンガーの放ったランチャーを側方へ駆けて回避、爆炎の中を転がると同時に各々の手の得物を翻した。
まずグレイヴは棺桶、デス・ホーラーを上に大きく振り上げてから脇に構えて高速可変変形、大口径バルカン砲バスターランチャーへと変えて次弾の発射に備えていた70mmフィンガーズに狙いを定める。
大口径バルカン砲“Fatality Bringer”を発動、強大な破壊力を内包した大口径の機銃掃射で70mmフィンガーズ三体を瞬く間にズタボロのゴミ屑へと変えた。
その攻撃の隙をつきグレイヴ目掛けてデスサイズが鎌の刃を振り上げて迫るが、その眉間に正確な軌道で数本のナイフが突き刺さる。
それだけならばオーグマンを屠るにはあまりに微々たる破壊、だがこの刃は単なる刃物(エッジウェポン)ではない。
次の瞬間には円形テンプレートを描きIS発動兆候を発し、そして盛大に爆ぜた。
刃を喰らったオーグマンは頭部を跡形もなく破壊されて身体を青い結晶の塵へと還して粉々になる。

オーグマン数体を息一つ切らさずに倒した二人は、そのままチラリと一度視線を交わした。


「オーグマンか・・以外に大した事は無いな」


少女はそう言いながら不敵さを含んだ愛らしい微笑を死人に見せた。
共に戦う彼を心の底から信用しているからこそ、この修羅場でも見せる会心の笑み。
彼女の微笑みにグレイヴもまた、ほんの僅かに口元を綻ばせた。


「よし、では早く行こう」
「・・・・」


チンクの言葉にグレイヴは小さく頷いて返す。
そして二人は崩壊しつつある研究所の奥へと駆け出した。




どこにあるとも知れぬ闇の中、そこに三つの巨大な強化ガラス製の容器、生体ポットが並んでいる。
そのそれぞれに生体組織を長期間生かすための特殊な培養液が満たされ、中には脳髄が浮いていた。
それらこそが旧暦の時代から管理局を影から操る存在、「最高評議会」である。


沈黙と静寂が包む中、その中の一つの脳髄が人口音声で声を発した。


『まったく・・・・スカリエッティのみならずレジアスまでも造反者となるとはな・・』


その言葉と共に地上本部襲撃の際の様々な映像がモニターに展開されていく。
映し出されるのはガジェットや戦闘機人、グレイヴといったスカリエッティが地上本部に送り込んだ戦力。
次いで展開された映像は、青白き異形の怪人“オーグマン”とエバーグリーンやE・G・マインといったGUNG-HO-GUNSの者達、そしてその彼らと共に映るレジアスの姿だった。


『想像もできない事態だったのだ、いまさら悔やんだとて仕方あるまい。しかしこんな時の為に蘇らせたというのに、ゼスト・グランガイツは何をやっているのだ?』


一つの脳髄が上げた質問にもう一つの脳髄が映像を出しながら答えた。
映像には病室らしき部屋で点滴や各種医療機器に繋がれたゼストと彼を見守る小さな融合機の少女が映し出される。


『奴ならレジアスとその手勢に敗れている、今は秘匿性の高い私の管轄にある医療施設で治療を受けさせている。だがあの傷ではそう永くはあるまい・・・』
『そうか。ところで、レジアスが今回の騒動の元凶である件についての情報はまだ漏れていないだろうな?』
『ああ。この映像にしても奴が本件に関係していると思われる情報は全て封殺しているよ。こんな事実が知れ渡ったらそれこそとんでもない騒ぎになる』
『反管理局思想の世界やテロリストに犯罪組織、物騒な輩共が騒動に便乗して蜂起しかねん』


二つの脳髄が人工的に紡ぎだされた声で会話する中、もう一つのポットの浮かんでいる脳髄が声を挟んだ。


『だがいつまでも隠せる事ではない。奴が本気で管理局へのクーデターを考えているとすれば近いうちに必ず現れる筈だ。地上本部で得た各世界の要人を人質にな・・・』


その声は人工的に作り出されたものとは言えど、事の重大さの為か幾分力なく感じられた。


『それが問題だな・・・聖王教会の騎士カリムを始め、随分な数の要人を人質に取られている。もしもこれが管理局の身内が起こした事件と知れれば大問題だ』
『もし発表するならば時期は慎重に選ばなければならんな。そして可能な限りは内密に処理せねば』
『それならば一つ手を打ってある』
『ほう、なんだ?』
『レジアスの手勢に雇われた者達。なんでもGUNG-HO-GUNSと言う、ある管理外世界の戦闘集団らしいのだが、その生き残りにコンタクトを取った』


そう言いながら、その脳髄は荒涼とした乾いた荒野が支配する世界の映像をモニターに出す。
そこは管理外に指定された世界、GUNG-HO-GUNSと呼ばれる超異常殺人能力集団のいた世界だった。


『ではこちら側に引き入れられると?』
『ああ、既に交渉を進めている。それに“策”はそれだけではない』
『そうか、ではそれは君に任せよう』
『了解した』
『では引き続きレジアスの捜索と今後の事件処理について論議を続けよう・・・』


暗闇の中、瓶詰めの脳髄達は再び様々な議題と問題を語り合い始めた。




「はぁっ!!」


良く澄んだ少女の声と共に数本のナイフがその鋭い刃で以って異形の怪物に突き刺さる。
頭部と胸に突き立てられた小さな刃は一瞬で炸裂する爆弾へと成り、爆音と爆炎を上げて敵の身体を散華した。
その衝撃に標的となった化け物の身体は砕け散り、粉々になったガラスのように青い結晶となって燃え盛る施設の空気へと混じって消えていく。
その光景は少女の輝く銀髪と相まって、どこか非現実的で幻想的な美しさすら感じられる。
だがこの場所に、その美しさに魅入られる者など一人もいなかった。


「ギシャアァァァアァ!!」
「ガァァアァァ!!!!」


一体倒したかと思えばまた新しいオーグマンが数体、奇声を上げ異形の兵器と化した手を振りかざして現れる。
もう倒した敵の数など覚えてはいない。倒しても倒しても現れる者の数など数えたとて意味は無かった。
チンクはコートを翻し、内に仕込まれた大量のナイフを抜きさってその小さな手の指の間にありったけ握る。


「いい加減に掃討せねば先に進めないな・・・・・では、盛大にいくぞグレイヴ!」
「・・・・・」


チンクは大量の刃で彩られた手を思い切り振りかぶり、全力の投擲モーションを取りながら自分の後ろを守っていた死人に声をかけた。
死人はただ黙って鉄火を詰め込んだ長大な鉄の塊、死を運ぶ棺デス・ホーラーを構える。

敵がこちらに攻撃を仕掛ける暇など与えはしない。
チンクはその小さな身体から発揮されるのが信じられない程の力を込めて、両手の十指に握られた幾つもの白刃を投げつけた。
戦闘機人の人工筋肉が生み出す投擲技能は、正確極まる軌道で眼前の敵目掛けて刃を躍らせる。

チンクの投擲したナイフの刃がオーグマンの身体に突き刺さったのと、グレイヴが肩にデス・ホーラーを担いで照準を合わせたのはほぼ同時だった。
死人の肩に担がれ、狙いを付けたデス・ホーラーがその砲門からロケットランチャー“Death Blow”を発射。
鋼の口腔から吐き出されたランチャーが着弾した刹那、チンクのISが発動しナイフが閃光を放ち完全なタイミングで二つの爆発が併発した。

閃光・爆音・爆炎が巻き起こり、施設全体を揺るがしそうな程の凄まじい衝撃が辺りを包む。

立ち込めた煙が晴れ時、その場に立っていたのは隻眼の死人と機人だけだった。


「ふう・・・・これでようやく一段落か」


邪魔者のいなくなった瓦礫だらけの破壊された通路を見ながら、チンクはそう言って額の汗を拭った。
その言葉に緊張感など欠片もなく、それどころか余裕すら感じられる。
この死人と機人に死角など微塵もありはしない。

二人はメチャクチャに破壊された通路を進み、目的の場所に到着した。
そこは隔壁を下ろされて研究ブロックの一つ、スカリエッティの存在が最後に確認された場所だった。


「では、開けるぞ」
「・・・・・」


チンクの言葉にグレイヴは無言で銃を構えて頷く。
隔壁を一枚隔てた向こう側にいるのは敵かそれとも味方か、僅かに緊張が空気に鋭さを宿す。
戦闘機人の少女は壁に備えられたコントロールパネルを操作して隔壁のロックを解除した。
すると鈍く軋む音を立てながら分厚い強化金属製の壁が上部へとせり上がっていく。
耳障りな軋む音と裏腹に、スムーズに隔壁は収納された。
時間にすれば1分もかかってはいないだろう。
そして壁の向こう側、薄暗がりの支配する空間を支配していたのは・・・


「ああ・・・チンクか・・・遅かったね・・」


鼻が曲がるかという程のむせ返るような臭気、腸(はらわた)が外気にぶち撒けられた凄まじい臭い。
床や壁は薄暗がりの中でも鮮明に見える血の朱で染められている。
その中に散らばる肉片、よく見れば人間の内蔵や手足と分かるモノの只中にスカリエッティはいた。

皮一枚で繋がる下半身、千切れた左腕、目に痛い程赤く染まった凄惨な姿で。


続く。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年06月09日 18:30