「なーんでこんな事になってるのかなぁ……?」
ある世界では人間台風として恐れられている男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードは引きつった笑みを浮かべ、それを見つめていた。
大量の物――主に衣服が詰まったビニール袋。
それが山のようにカートに積まれている。
その光景はまるで山。
マウント・富士。
それは、人間台風でさえ裸足で逃げ出したくなる程の威圧感を放っていた。
今はまだ良い。
人類の英知の結晶、買い物カートが頑張ってくれているから。
この買い物カートを作った人は本当に凄い。
総計十数キロにも及ぶであろう山を僅かな負担で運ぶ事が出来る。
これがなければ自分はとっくの当に力尽きていただろう。
買い物カートを発明した見知らぬ誰か。
心の底から礼を言わせてくれ。
本当にありがとう。
その人に出会えたら高いお酒を一緒に飲みたいなぁ、うん。
「ヴァ~~ッシュ!!何ボーっとしてんのよ!次行くわよ次!」
強烈な声がヴァッシュの鼓膜を揺らし、現実逃避の渦から呼び戻す。
声のした方には、大量の買い物袋を持ったアリサ、そしてなのは達が立っている。
なのは達は最高に楽しそうな笑みを浮かべ、買い物袋をカートへと乗せていく。
記録更新。
標高が一割増しだ。
カートがデバイスみたいに意志を持ってたら絶対に怒るぞ、コレ。
ヴァッシュはどこか人事のようにその光景を見て、そんな事を考えていた。
「ねぇ、そろそろ良いんじゃないかな……」
その時、天使の様な言葉がヴァッシュの耳に届いた。
その声の主はフェイト。
フェイトは、心配そうな顔でヴァッシュを見ている。
「う~ん、そうねぇ……そろそろいいかしら」
その言葉にアリサも少し考え、頷く。
ヴァッシュの顔が、嵐から晴天に変わるかの様に分かり易く変化した。
「じゃ、次のお店ね!ここはもう見飽きちゃったし」
――だが、アリサの一言にヴァッシュの笑顔が固まり、崩れ去る。
「つ、次って、まだ見て回るのかい?」
「……嫌なの?」
「そりゃ――」
そうだよ、と言おうとしてヴァッシュは自らの口を覆った。
視線の先には氷点下の笑みを浮かべるアリサ。
アリサは、ヴァッシュへと向き直り口を開く。
「ある日、いきなり行方不明になった男は誰だっけ?」
「う……」
「連絡もしないで沢山の人を心配させた男は誰だっけ?」
「うう……」
「そのお詫びとして私達の買い物に付き合うって言ったのは誰だっけ?」
「…………僕です」
「こんなんじゃ済まさないわよ!どれだけ私達が心配したと思ってるのよ、まったく!」
そうヴァッシュには、このショッピングという名の地獄に付き合わなければいけない理由がある。
帰りたいなんて口が裂けても言えない。
がっくりと肩を落としうなだれるヴァッシュ。
それを見てアリサは勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべ、なのは達へと振り返る。
「んじゃ、次の店に行くわよ!荷物落とさないでね、ヴァッシュ!」
拳を振り上げ先陣を切るアリサの顔には、この上なく楽しそうな微笑みがあった。
その小悪魔のような笑みに目の前が暗くなるのを感じながら、ヴァッシュは立ち上がる。
(……ありがとな、買い物かご……お前には世話になった……)
かごに詰まれた買い物袋に腕を通し店を後にするヴァッシュの背中には、言いようのない悲壮さが漂っていた。
(頑張れよ)
喋るはずのない買い物カゴから励まされた、そんな気がしたヴァッシュであった。
■
「ごめんね、私達そろそろ行かなくちゃ……」
それから数時間後のとある喫茶店。
お昼を食べる為に立ち寄ったそこにて、なのはが申し訳なさそうに手を合わせた。
「え~もう?」
「うん。もうちょっと遊びたかったけど……」
不満げなアリサの声にフェイトが残念そうに答え、なのはが苦笑する。
「じゃあ、また明日!なのはちゃん、フェイトちゃん」
「ちゃんと気をつけて帰んのよ!」
「アリサ達も、あんまりヴァッシュのこと無理させちゃ駄目だよ……」
「わ、分かってるわよ!」
「にゃはは……じゃあね~!」
そして二人の少女が喫茶店を後にし、三人が残される。
三人の内の一人ヴァッシュ・ザ・スタンピードは、テーブルに突っ伏したままピクリとも動かない。
「……ヴァッシュさん大丈夫……?」
「…………大丈夫だよ……」
心配そうに呟くすずかに、明らかに大丈夫じゃない声でヴァッシュが答える。
まだ返答する元気はあるらしい。
「ふぅ、ヴァッシュも体力ないのね~。そんなんじゃ、彼女ができた時大変よ?」
「……そういうもんかい」
ため息一つ。
両手を広げ、呆れた様に首を振るアリサ。
対するヴァッシュは小さく八回、口を動かすだけ。
「仕方がないわね……」
そんなヴァッシュを見て再度ため息をつき、アリサが立ち上がる。
そして、レジの方へと歩いていってしまった。
数分後、戻ってきたアリサはその手に持ったソレをヴァッシュへと差し出す。
「ヴァッシュ、あんたコレ好きだったわよね?」
アリサの言葉、そして鼻孔をくすぐるソレの香りに、ヴァッシュの体がピクリと動いた。
この甘い香り、嗅いでるだけでヨダレが口の中へと溜まるこの香りは――――。
ソレの正体に行き着くと同時に、ヴァッシュが勢い良く顔を上げる。
浅く焦げ目がついた薄茶色の生地、その生地の間からチラリと見える乳白色のホイップクリームとその上に鎮座するアイスクリーム。
甘党には堪らない組み合わせを惜しげもなく見せるソレは――
「そ、それは……」
――クレープ。
この世界で知ったヴァッシュお気に入りのデザートがアリサの手に握られていた。
「はい、今日はご苦労様」
「え?」
「私の奢りよ。遠慮しないで」
そう言いながらクレープを差し出すアリサ。
そのアリサの微笑みが、ヴァッシュには輝いて見えた。
「ありがとう!」
クレープにかぶりつくと、ホイップクリームとアイスクリームの濃厚な味が口へと広がる。
今日一日の疲れが何処かに吹き飛んでってしまう程ね甘さ。
ヴァッシュは、じっくりと味わいながら天使からの贈り物を飲み込んでいった。
「いや、美味しかった!本当にありがとな、アリサ」
数分後至福の時を終えたヴァッシュが、手と手を合わせ頭を下げた。
「そんで次は何処に行くんだい?もう元気いっぱいだよ、僕は!」
その言葉を表すように勢い良くヴァッシュが立ち上がる。
それを見て、アリサとすずかの顔に柔らかい笑みが浮かんだ。
「そんじゃ、午後は午前中以上に頑張ってもらうわよ!」
「楽しみだね!」
再び浮かぶ小悪魔の様な笑みに少したじろぎながらも、ヴァッシュは任せとけと言うように胸を叩く。
「よし!んじゃ後半戦行くわよ!」
嬉しそうに微笑む二人。
さっきまでは小悪魔の様に見えたそれも、今は少し違って見える。
ヴァッシュも二人に負けない様に微笑んだ。
――ヴァッシュ・ザ・スタンピードが望む平穏がそこにはあった。
■
「あ~疲れた……どんだけ元気なんだ、あの子達は……」
夜の海鳴市。
高町家へと続く並木道をヴァッシュは歩いていた。
あれから、服屋、雑貨屋、眼鏡屋と、再びヴァッシュがグロッキーになるまで続けられた買い物劇も、日が落ちた事によりようやく終わりを告げた。
周囲は真っ暗だが、並木道は、等間隔に設置された電灯のおかげであまり暗くない。
「うー寒……早く帰ろ」
季節はもう冬。
二つの太陽がある惑星で暮らしていたヴァッシュにとって、この突き刺さる様な寒さは未だにキツい。
早く帰って温かい風呂にでも入ろう、そんな事を考えながら足早に並木道を進んでいたその時、ズボンに入っていた携帯――この世界に戻っきた際にリンディに渡されたそれが、甲高いメロディを奏でた。
「ん?」
いきなり鳴り響いたメロディに驚き、慣れない手つきで携帯を取り出すヴァッシュ。
「もしもし?」
「ヴァッシュ!奴らが現れた!」
のんびりと電話に出たヴァッシュとは対照的に電話の主は慌てた様な声を上げている。
そのまだ声変わりのしていない少年の声をヴァッシュは知っていた。
「クロノ、奴らって……」
「闇の書の守護騎士達だ!」
その言葉にヴァッシュの顔から疲労の色が吹き飛び、戦士のそれとなる。
「今すぐ、武器を持って臨時本部に来てくれ!」
「分かった、直ぐに向かう」
言うより先にヴァッシュの体は動き出していた。
腰のホルスターには銀色のリボルバー銃。
左手には管理局製の義手。
戦いの準備は出来ている。
金色の髪を揺らし一人の男が、夜の海鳴市を駆ける。
――そう言えば、あの時もこうして夜の海鳴市を走ってたなぁ。
駆け続けながらヴァッシュは思い出していた。
自分がこの事件に巻き込まれるきっかけとなった日の事を。
あの時は結界なんて知らずに、みんなが消えた事に戸惑い、恐怖し、何かにすがる様に海鳴市を走っていた。
そして、初めて見た魔導師として戦うなのは。
それからは無我夢中だった。
なのはを助けようと街を駆け、ビルを登り、吹き飛ばされたなのはを受け止め、壁へと叩き付けられた。
(あれはかなり痛かったな……)
でも、今思えばあの日が分岐点だったのかもしれない。
あの出来事があったから自分は魔法や異世界についてを知り、なのはの想いを知り、この世界で生きる事を決意した。
今ここに居る自分は、あの時の――魔法について何も知らなかった自分とは違う。
世界を守る為、そして平穏な日々の為に戦うんだ。
いつも人の為に戦ってきた自分が、初めて自分の為に戦おうとしている事に気付き、苦笑する。
こんな気持ちは初めてだった。
色々な感情が入り混じった、複雑な微笑みを浮かべながらヴァッシュは走り続けた。
■
「ヴァッシュさん!こっちに来て下さい!」
ヴァッシュが臨時本部の扉をくぐると同時に、切羽詰まった様子のエイミィの声が耳に届いた。
慌てて声のした方に向かうと、様々な映像が映し出されている薄暗い部屋にエイミィ、リンディ、クロノの三人立っていた。
「ヴァッシュさんも来ましたね。それでは、今回の任務について手短に説明します」
いつもののんびりした雰囲気を微塵も感じさせないハキハキとした口調で、リンディが告げる。
「現在十名の武装局員が結界を張り、標的を取り囲んでいます。そこでクロノとヴァッシュさんにしてもらう事は一つ」
そこでリンディが言葉を切る。
「奇襲です」
「奇襲?」
聞き返すはヴァッシュ。
リンディはヴァッシュの方を向き一つ頷くと再び口を開く。
「そう、奇襲です。クロノは上から、ヴァッシュさんは下から、同時に攻撃をして下さい」
「了解しました」
「OK」
リンディの言葉にクロノとヴァッシュは首を縦に振り了承の意を伝える。
「転送の準備できました!…………あと、ヴァッシュさん。これ頼まれた物です」
そう言いエイミィが一つの箱をヴァッシュへと渡す。
「お、できたのか」
嬉しそうな表情で箱を受け取り、早速蓋を開けるヴァッシュ。
横にいたクロノには、箱の中にある真紅の『それ』が何なのか分からなかった。
ただ僅かに確認できた事が一つある。
――赤い色。
箱に敷き詰められた『それ』は真紅の色に染められていた。
数秒の間、『それ』を眺めたヴァッシュは、ゆっくりと取り出し、広げる。
広げられた『それ』を見てクロノも、それの正体を理解した。
――真紅の外套。
まるで自らの存在を誇示するかの様なド派手な色の外套が、ヴァッシュの手に握られていた。
「一応、耐魔法加工してありますけど……良いんですかこれで?
バリアジャケットだって用意できましたけど……」
エイミィの言葉に、外套に視線を残したままヴァッシュは首を振る。
その時のヴァッシュが、どこか感慨深げな表情をしていることにエイミィは気付いた。
「いや、これでいいんだ……何て言うか気分的にね」
「……そうですか。あ、それと義手の通信装置の具合はどうですか?」
「ん、感度良好。良い感じだよ」
そう言い真紅の外套を羽織ると、ヴァッシュは床に出現した緑色の魔法陣へと足を踏み入れた。
続いて、バリアジャケットを展開し、手にS2Uを持ったクロノが魔法陣へと入る。
「それじゃ、いきますよ!」
手元のキーボードへと指を置き、エイミィが声を上げる。
光の中、ヴァッシュは自分の鼓動が大きくなっていくのを感じていた。
それは世界を賭けた戦いに赴く緊張か。
魔導師という強大な力を持った敵と戦うことへの恐怖か。
はたまた、その両方か。
静かに巡る血液の音に耳を貸し、深く深く息を吸いこんだ。
そして、ヴァッシュは目を瞑る。
瞼の裏に思い浮かぶ、百年以上も前の思い出。
「綺麗でしょ?ゼラニウムっていうのよ。
地球ではもっと沢山の種類の花が咲いていてね。人にとって、とても身近なの」
その女性は、まだ何も知らない子供だった自分に一輪の紅い花を見せ、言った。
「赤い花はよく愛情に例えられるわ。
決して大輪じゃなくても自然強く咲く花なんてチョー好み」
楽しそうな笑みを浮かべる女性。
「でもね、ゼラニウムの紅い花には別の意味もあるの」
そこで言葉を切ると、女性は何かを思い出したかのように遠い目をして――
「その花言葉は……『決意』……」
――小さくそう呟いた。
女性の名はレム。
自分を育ててくれた女性。
もうこの世にはいない女性。
俺は戦う。
この世界を守る為に、平穏な毎日を手に入れる為に。
桃子さんの美味しい料理を食べ、士郎さんと酒を飲み合い、なのは達と騒ぐ。
そんな最高な毎日を送る為に――俺は戦う。
ヴァッシュは目を開ける。その目に迷いはない。
そんなヴァッシュへクロノが口を開く。
「準備は?」
「何時でも」
「よし、エイミィ、転送を頼む」
一つ頷くと、エイミィは目の前のキーボードへと指を走らせ始める。
そのエイミィの指の動きに連動するかの様に、緑の光が輝きを増していく。
遂に光は二人を包み込み、戦場へと送っていった。
もし、砂の惑星の人々がその時のヴァッシュの姿を見れば口々に唱えただろう。
――『人間台風が現れた』、と。
■
鉄槌の騎士ヴィータは歯痒い思いで周りに浮かぶ魔導師達を睨んでいた。
今まで管理局の網を何とかかいくぐって蒐集を続けてきたが遂に見つかってしまった。
広域結界に加え、十人の武装局員による完全包囲。
決して良いとは言えない状況――だがピンチと言うにも程遠い。
「チャラいよ、こいつら。返り討ちだ!」
警戒を含めた、それでいて何処か余裕を感じさせる口調と共に、ヴィータがグラーフアイゼンを構える。
それに対し武装局員は距離を取るように円を広げた。
ヴィータの頭に浮かぶ僅かな違和感。
何故武器を構えただけで、こいつらは引く?
その疑問の答えに辿り着いたのは、褐色の肌の獣人、守護獣ザフィーラ。
「上だ!」
叫びと共にヴィータを庇う様に前へ出る。
上を向いたヴィータの目に映るは、一人の少年。
そして、その周囲に浮かぶ数え切れない程の青色の光剣。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
叫びと共に、切っ先が一斉に守護騎士達へと向き、加速、発射された。
防ぐも回避も不可能と思われる攻撃に対して動いたのはザフィーラ。
迫る数十の光剣へと、突き出した手から発現する白銀の盾。
光剣と盾がぶつかろうとした瞬間――
『Panzerhindernis』
――ヴィータの手の中の鉄槌が何かに反応した。
困惑する主を後目に鉄槌が、形成するは赤色の盾。
しかも、それは光剣が飛来する方向とは逆の真下に作られた。
不思議に思ったヴィータが下方に目をやる。
――そして、そこに居たのは見覚えのある一人の男。
ツンツンに尖った金髪。手に持つは銀色のリボルバー。
銃口はこちらを向いている。
ヴィータには、その姿がいつぞやの時――グラーフアイゼンを撃ち落とされた時と被って見える。
前回とは違い、真っ赤なロングコートを身にまとっているが見間違える筈がない。
脳裏に思い出されるのは、あの、限り無く敗北に近い勝利。
そして、捕縛寸前までに追い詰められた自分。
苦い記憶にヴィータは強く歯を噛み締め、怒りに満ちた目で男を睨んだその瞬間、白銀の盾と光剣が激突。
爆煙が二人を包み、轟音が響き渡った。
「……どうだ?」
結界内にそびえ立つビルの屋上。
空に広がる爆煙を眺めながら、銃を構えた姿勢のままヴァッシュが呟く。
どうやら奇襲には気付かれてしまったらしいが、クロノの術なら充分に盾を貫く可能性がある。
――だが
煙が晴れていくにつれ、ヴァッシュの目が見開かれていく。
そこには平然と宙に浮かぶ、守護騎士達の姿。
クロノの放った数十の光剣は、僅か三本しか盾を貫かず、その三本ですら使い魔らしき男の強靭な筋肉により止められてしまっている。
後ろに居る少女に至っては傷一つ負っていない。
それどころか、敵意に満ち溢れた眼でこっちを見て、いや睨んで――。
瞬間、少女――ヴィータがヴァッシュへと突進した。
「おわっ!」
ぶつかり合った鉄槌と拳銃が、二人の間で火花を散らす。
一撃。
二撃。
三撃。
連続して振るわれる鉄槌を銃身を用い、丁寧にいなすヴァッシュ。
対するヴィータは、攻めても攻めても攻めきれない状況に苛立ちが募っていく。
「ちょっと落ち着かない?そんなカッカしてても良い事ないよ?」
攻撃を受けながらの軽口に、ヴィータの眉間の皺がさらに深くなる。
「なんなんだよ、お前は!」
遂には怒りに任せ、隙だらけのフルスイング。
これ幸いと大きく後ろに下がり距離を放すと、ヴァッシュは銃口をヴィータへと向ける。
「……少しは話を聞いてみるとか考えないのかい?この世はラブ・アンド・ピースだよ?」
「うっせー!」
向けられた銃口を睨みつけ、ヴィータはグラーフアイゼンを構える。
その様子からは、『引く』という意志は見受けられない。
フゥ、と肩を落とし、ヴァッシュがため息をつく。
『武装局員、配置終了!OK、クロノ君!』
『了解!』
『それから、今、現場に助っ人を転送したよ』
同時に義手を通じてエイミィからの通信がヴァッシュの頭の中に響く。
それはこちらの増援を知らせる内容。
「あー、あっち見てみて」
「はぁ?」
ヴァッシュが銃口をずらし、ヴィータの右手方にそびえるビルへと向ける。
つられる様にヴィータもそちらを見た。
そこには二人の少女が手のひらに宝石を乗せ、掲げている。
少女達が何かを叫ぶと同時に、淡い白色の光が包んだ。
光が晴れ、現れたのは服装が大きく変化した少女達。
そして、先ほどまで握っていた宝石の変わりに、一人は金と白とピンクを基調にした長杖、もう一人は黒を基調とした戦斧を手に持っている。
「私達はあなた達と戦いに来た訳じゃない、まずは話を聞かせて」
「――闇の書の完成を目指す理由を!」
二人の少女――高町なのはとフェイト・テスタロッサが言葉を紡ぐ。
それは戦いでは無く、話し合いを求める言葉。
だが、ヴィータは呆れた様な表情で口を開く。
「あのさ。ベルカのことわざにこーゆーのがあんだよ、『和平の使者なら槍は持たない』」
その言葉に顔見合わせ、首を捻るフェイトとなのは。
ヴィータの側にいるヴァッシュも不思議そうな表情を浮かべている。
「話し合いをしようってのに武器を持って来る奴が居るかバカ、って意味だよ、バーカ!」
そんな二人へ、手に持つ鉄槌を突きつけるヴィータ。
その言葉に、なのはの表情が固まる。
「い、いきなり有無を言わずに襲いかかってきた子がそれを言う!?」
ヴァッシュもなのはに同意する様に頷く。
「……それにそれはことわざではなく、小話のオチだ」
「うっせー!良いんだよ細かい事は!」
更に重なるザフィーラからの冷静のツッコミに、ヴィータが頬を膨らませる。
そのやり取りに、剣呑な空気が少し柔いだかと思われた――次の瞬間、遥か上空から轟音が響き渡った。
そして、轟音と共にビルへと降り立つは、守護騎士の将にして烈火の騎士。
鮮やかなピンク色のポニーテールを風にたなびかせ、シグナムが戦場へと舞い降りた。
「……話し合おうって気は?」
その眼に宿る戦闘への意志を読み取りながらも、ヴァッシュは問う。
「ない」
僅かな躊躇いすら見せずに烈火の騎士は返す。
その予想通りの返答にヴァッシュは、頭を抱えた。
「ユーノ君、クロノ君、ヴァッシュさん、手を出さないでね。私、あの子と1対1だから!」
『アルフ、私も……彼女と』
『あぁ、私も野郎にちょいっと話がある……』
抱えた頭に更に絶望的な言葉が響き渡る。
(なんでみんな、こんなに好戦的なの!?)
心の中で大きく溜め息をつき、ヴァッシュも顔を上げる。
空には四本の光の筋。
ピンク色と赤色、橙色と銀色が一緒に離れていく。
色からして、前者はなのはと赤服の少女、後者はアルフと使い魔の男か。
ヴァッシュは、その光の筋を心配そうな表情で眺めた後、ゆっくりと息を吸った。
「……僕も戦うよ」
そして、ヴァッシュは様々な感情を押し止め、痛いくらいの剣気を飛ばしている女性――シグナムの方へと、銃口を向けた。
「君もそれがお望みらしいしね」
飄々とした笑みでシグナムへと笑いかけるヴァッシュ。
「二対一になるけど良いのかい?」
「私は一向に構わない」
そこで言葉を切り、真っ直ぐにヴァッシュを睨み付けるシグナム。
「貴様の様な強者をヴィータやザフィーラに任せる訳にはいかないのでな」
戸惑った様な表情のフェイト、銃を構えるヴァッシュ、その二人を睨み烈火の騎士は静かに呟いた。
「フェイトは良いのかい?」
「…………はい、構いません」
僅かな迷いの後、フェイトが首を縦に振った。
「……すまんな、テスタロッサ」
望んでいた1対1の勝負が出来ない事への謝罪か。
申し訳なさそうにシグナムが頭を下げた。
だが、その表情も直ぐに引き締まり、騎士としての顔に戻る。
「行くぞ」
場の空気が一気に張り詰める。
淡々と剣を構えるは烈火の騎士、シグナム。
小さな願いを胸に戦斧を振り上げるは雷の魔導師、フェイト・テスタロッサ。
真紅の決意を羽織り銃を構えるは人間台風、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
一陣の風が三人の間を吹き抜け――――三人は、同時に動いた。
■
(ヴァッシュさん……)
桜色の光の中、高町なのはは、ビルの屋上に立ち真紅の外套に身を包んでいる男を見ていた。
あの人は強い。
クロノ君との模擬戦や訓練を見れば分かる。
魔導師の筈の自分やフェイトちゃんと拳銃一つで戦える程の実力を持っている。
――それでも何故か、胸に沸く不安を抑えられない。
(……大丈夫、ヴァッシュさんなら)
頭を振り、それらネガティブな思考を振り落とす。
気付けば赤服の子も移動を止め、こちらを睨んでいる。
そう、今は気を引き締めなければ。
前回の様な敗北はもう許されない。
「私が勝ったら話を聞かせてもらうよ、いいね!」
手に握った魔法の杖を振りかざし、魔法少女が大きく叫んだ。
こうして平穏は終焉を迎え、戦いの時が始まる。
魔法少女達の小さな願いは届くのか。
決意を纏った人間台風は自由への扉を開くことが出来るのか。
ここがいわゆる正念場。
戦いはまだ始まったばかり。
最終更新:2008年05月26日 20:32