闇夜が包む海鳴市。
その上空で、様々な色の光がぶつかり合い、離れていく。

光と光が触れる度に起こる轟音。
その合間に響く銃声。
雷の魔導師と烈火の騎士、そして人間台風の戦闘は延々と続けられていた。


雷の魔導師は前衛にて烈火の騎士と斬り合い、人間台風は後衛に立ち銃撃で雷の魔導師を援護する。

対する烈火の騎士は、近接戦、銃撃、二人のスペシャリストに挟まれながらも倒れる事なく善戦している。

今にも崩れそうな、危なげな均衡を保ったまま戦闘は続いていく。






何度目か分からない鍔迫り合いにデバイスが火花を散らす。
鍔迫り合いを挟み交わされる視線と視線。
シグナムとフェイト、互いに疲労の色を見せながらも戦意は衰えていなかった。

一瞬の膠着のあと、鍔迫り合いの形がゆっくりと崩れていく。

押される側はフェイト。
単純な力勝負ならシグナムの方が優勢。
そのまま押し切り斬り裂くべく、シグナムが更に力を込める。

だが、その目論見は一発の轟音に阻まれた。

轟音が響くと同時に、シグナムの持つ烈火の剣が跳ね上がり、大きく力の掛かる
方向が流れた。
その隙を見逃すフェイトでは無く、瞬時に漆黒の戦斧を振るう。
シグナムの頬を僅かに掠めた。

「くッ!」

舌打ちと共に大きく後ろに下がり距離を離すシグナム。

続いて鳴り響く二回の轟音。
シグナムは、轟音の発生源を見向きもせず、全速力で空を駆け続ける。


その轟音は、最強の射手からの攻撃の合図。
見なくても分かる。
轟音の元には、赤コートの男が銃を構えているだろう。

確認をする暇すら勿体無い。
この銃撃を回避するには、ただ全力で、不規則に動き続けること。
脚を止めれば追撃の弾丸が飛んで来るし、何よりテスタロッサがその隙を見逃さない。

(マズいな……攻めきれん)

小さな舌打ちと共にシグナムは、こちらへと迫る金髪の少女、そして後方で銀の銃を構える赤コートの男を睨んだ。





一息つく暇さえない、熾烈な攻撃に曝されながらも、烈火の騎士――シグナムは諦めずに剣を振るい続けていた。

だが、どう立ち回ろうと圧倒的不利な状況は一向に揺るがない。

テスタロッサに浮かんだ僅かな隙をつき攻め込もうとしても、赤コートの男が放つ恐ろしいほど正確な射撃により阻止される。
後方に立つ赤コートに攻め込もうとしても、驚異的な機動力でテスタロッサに回り込まれ、阻止される。

どう動いても攻め込めない。

何時まで経っても勝機が見えない戦闘に、さしものシグナムにも疲弊が見える。
だが、それでもシグナムは諦めようとはしない。
主を救うため。

その一心で空を駆け続ける。


そして遂に、シグナムの想い、執念に応えるかの様に――その時は来た。



ヴァッシュが引き金を引いたと同時に、シグナムは猛然とフェイトに接近した。
ただ愚直に、一直線に、フェイトを目指し空を飛ぶ。

何故か、先程までと違い、その動きを阻害する弾丸は飛んで来ない。

(当たり前だ)

ようやく到来したチャンスに心の中で笑みを浮かべ、シグナムが疾走する。
誰にも邪魔される事無く、烈火の騎士は空を駆け抜けフェイトの懐へと潜り込む。
その距離はフェイト、シグナム、共に自分の力が最も発揮できる領域。

振るわれた烈火の剣を漆黒の斧が受け止める。

一瞬の膠着。

直後、反発し合う磁石の様に二人は弾け飛び、距離が離れていく。

「――逃がすかぁッ!」

弧を描くように間合いを取るフェイトに、無理矢理とも言えるほど強引にシグナムが直進し距離を詰める。

同時に己が手の中にある魔剣から魔力の込められた弾丸を排出。
その名の如く魔剣が炎に包まれる。

カートリッジによる魔力増加。
前回の戦いではこの魔力増加に為す術もなくフェイトは圧倒された。

だが、今回は違う。

相手がカートリッジを使うのなら、こちらも使えば良い。
迫る炎刃へと戦斧を掲げ、コッキング音と共にリボルバーが回転――

「フェイト!」

――する事は無かった。
何とか金色の障壁を形成するが防ぎきれない。
直撃。
目にも止まらぬスピードでその幼い容姿がビルの屋上へと吸い込まれていった。





何故、フェイトはカートリッジを使わなかったのか?
何故、ヴァッシュはシグナムが突っ込んでいった時、銃を撃たなかったのか?

どちらの疑問も、答えは単純にして明快。

――弾切れ。

ヴァッシュの銃は弾丸を、バルディッシュ・アサルトはカートリッジを、それぞれ消費仕切っていた。

どれ程の精密射撃が出来ようと弾丸が無ければは意味を為さない。

カートリッジシステムが組み込まれていても、肝心のカートリッジが無くては意味を為さない。

敵の武装が両方共、弾切れを起こした瞬間。
それが引き起こす、大幅な戦闘力の低下。

飛び交う弾丸、カートリッジにより強化された魔法、2対1という圧倒的不利な状況。
その中で待ち続けた唯一の勝機。
目まぐるしく変化する戦いの中、現れたほんの一瞬の勝機。

その勝機を見逃す事なく、シグナムは――喰らい付いた。


弾き飛ばされたフェイトを一瞥するシグナム。

分かっている。
これ位ではあの魔導師は引かない。
直ぐさま立ち上がり再び斬りかかって来るだろう。

(だが、それで良い)

今の一撃で、ほんの一瞬だけテスタロッサは戦場を離れる事になる。
そしてその一瞬こそ、後方にて援護に徹するガンマンと1対1になれる瞬間。

「レヴァンティン、カートリッジロード!」

咆哮と共に烈火の剣がその形状を変え、紫色に発光する。
攻撃対象は赤コートの男。

この攻撃により確実に赤コートの男を倒し、テスタロッサとの1対1の勝負に持っていく。
それが私の勝つ唯一の方法。

紫電を纏った烈火の剣を振り上げ、シグナムが吼える。

「飛竜――ッ!?」

瞬間、甲高い金属音と共に強烈な衝撃が、レヴァンティンを襲った。

(何だと!?)

暴れる剣を手離さないよう、必死に力を込め、攻撃が飛来した方を睨むシグナム。
その視線の先には、銃口から細い煙を流す銀色の銃、そして悠然とこちらを睨む真紅のコートを羽織った男。


ヴァッシュの拳銃は弾切れを起こしているはず。
だが、確かにその拳銃から弾丸は射出された。

考えられる事は一つ。

シグナムがフェイトと行った、僅か二回の斬り合いの間に弾丸をリロードし、再び狙いを付け、発砲したということ。

(早い……!)

自分の予想を遥かに越えた相手の実力に、シグナムの頬を一筋の汗が伝う。

(――だが、残念だったな。武器は手離していない!)

手に走る痺れを無理矢理に押さえ込み、シグナムは剣を振り下ろす。

「――一閃ッッ!」


叫びと共に放たれた紫電の暴風が、全てを飲み込みヴァッシュへと迫る。

対するヴァッシュが行うは、大口径リボルバーによる超速の連続射撃。

神業とも言える精密射撃と、神速の早撃ちの合わせ技。
最強のガンマン、ヴァッシュ・ザ・スタンピードだからこその超絶技巧。

一、二、三、四、五。

リボルバーに残された全ての弾丸が一寸の狂いも無く、暴風の奥で螺旋を描いている烈火の剣へと命中する。

――だがそれでも、暴風は揺るがない。

魔法により強化された鞭状の剣は、その勢いは寸分も弱まる事なく、ヴァッシュ・ザ・スタンピードへと飛来する。

ヴァッシュが立つ場所は、逃げ場の無いビルの屋上。

紫電の暴風がビルに命中、轟音が世界を支配した。



「…………馬鹿な」

通常形態に戻ったレヴァンティンを手に、呆然とシグナムが呟いた。

「JACK POT」

額から一筋の血を流しながらも、男は飄々とした笑みを浮かべていた。
まるで何も無かったかの様に男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードは笑っていた。




飛竜一閃。
カートリッジの魔力により強化した『シュランゲ・モード』を相手へと振るう、
シグナムが持つ魔法の中でも最高クラスの威力を有する技。

それを銃撃で防ぐ事など到底不可能。

少なくとも五発の弾丸を一ヶ所に集中させたとしても、揺らがせる事すら叶わなかった。
だが、その攻撃をヴァッシュは銃撃によって逸らし、避けた。

どのようにして?

単純な話だ。

五回の銃撃で逸らす事が出来ないのなら、さらに撃てば良い。

そう、ヴァッシュは紫電の暴風がその身に届く前に、再びリロードし、更に六発の弾丸を叩き込んだのだ。

数センチのズレも無く叩き込まれた計十一発の弾丸。
それは、遂に暴風を怯ませる事に成功する。

僅かに歪む、紫電の奥の螺旋。
それにより生まれた極小の隙間。
迷うことなく、ヴァッシュはその隙間へと身体を滑り込ませた。

神業、いや魔技としか言いようのない銃撃、身のこなし。
双方が重なる事による発生した、有り得ない回避は、数百年の戦いを経験したシグナムですら理解する事ができなかった。



必殺の一撃を避けられたシグナムは、その事実に呆然とヴァッシュを見つめる。
その姿が隙だらけという事にすら気付けずに。

「はぁぁああああ!」
「ッ!」

幼い叫びに我を取り戻した時には、金色が視界を埋め尽くしていた。
それでも無意識に体が反応する。
反射的に剣を掲げ防御の体勢を取っていた。
だが、その様な半端な防御体勢で防ぎきれる訳もなく――

「くぁああッ!」

――シグナムは、強烈な衝撃に翻弄されながら真下のビルへと叩きつけられた。







「ヤ、ヤバかったぁ……!」

守護騎士がビルに叩きつけられた事を確認すると同時に、ヴァッシュは大きく安堵の息をついた。
その表情に先程までの飄々とした笑みは無く、代わりに、冷や汗が滝の様に流れていた。

「あれだけ撃って少し逸れるだけとか、何ちゅー攻撃だよ全く……」

実を言えば、先程の一撃をヴァッシュが避ける事ができたのには運の要素も大きかった。

ヴァッシュが幸運だった事は、シグナムが使用した魔法――飛竜一閃が『剣』を媒介にした攻撃であった事。

もしこれが純粋な魔力だけによる砲撃であったのなら、ヴァッシュに防ぐ方法は無かった。
魔力の膨大な流れの前には弾丸など意味を成さない。
勢いを弱める事も出来ないだろう。

だが、飛竜一閃は剣を媒介にした攻撃。
剣に纏う魔法はどうにも出来ないが、その奥の剣に衝撃を与える事は出来る。
それでも、大口径リボルバーから放たれる十一発の弾丸を一点に集中させる事により、何とか逸らせるといったレベルだが。




その幸運を噛み締めつつヴァッシュは、守護騎士が落下したビルへと足を向ける。

「…………やっぱり無理、かな……」

ふと、ヴァッシュの口から呟きが漏れる。
誰の耳にも届く事なく空に散ったその言葉は、深い深い悲しみを帯びていた.


「これで終わりです、シグナム。もう抵抗を止めて下さい」

膝をつくシグナムへと金色の刃を突きつけ口を開くフェイト。
口を閉じたまま、闇夜に煌めく金色の刃を睨むシグナム。

「フェイトの言うとおり!そろそろ止めにしないかい、守護騎士さん?」

後ろから掛けられた声にシグナムは顔を向ける。
そこには、銃を構えたまま微笑みかけるヴァッシュが立っていた。

武器を持った二人の敵に挟まれた状況。
守護騎士・ヴォルケンリッターの将でも逆転は難しい。

「……まだだ」

――だがそれでもシグナムは降伏の意志を見せない。

主を救う。
その確固たる願いを叶える為、諦める訳にはいかなかい。

「……君も中々しつこい人だね……。そろそろ大人しくしてくれたらコッチとしても万々歳なんだけど」
「そいつは残念だったな……私に引く気は無いし、大人しくするつもりも無い」

嘲るような笑みがシグナムの顔に浮かぶ。

「……どうしても引いてくれないのかい?」
「シグナム、もう……」

ヴァッシュとフェイトの悲しげな声が重なった。
甘い。
なんて甘いのだろう。

二人の悲しみが含まれた視線を受けながらシグナムは思う。

「ああ、引けないな。騎士のプライド、そして我等が主のため引けない――いや、引く訳にはいかない!」




思い浮かぶあの暖かい日常。

戦う事しか知らない自分達を一人の人間として扱い、様々な事を教えてくれた心優しい主。

最初は戸惑ってばかりだった。
そのぬるま湯の如く平穏な日常に困惑するばかりだった。

だが、ある時自分達は気付く。

笑いかけてくる主を見て心に浮かぶ『それ』が、楽しそうに話しかけてくる主を見て心に浮かぶ『それ』が――『幸せ』というものなんだと。

そして同時に思った。
この平穏な日々を護りたい、と。
暖かな、まるで太陽の様な微笑みを向けてくれる主を護りたい、と。

――心の底からそう思った。


だが、そんな気持ちとは裏腹に、あの日はやって来る。

苦悶の表情で胸を抑える主。
脂汗を流しながら、それでも「大丈夫や」と笑いかける主。

医者に言われた。
足の麻痺範囲が広がっていると。
このままでは命に関わると。

私達は気付いた。
闇の書が、主――八神はやてを蝕み続けているのだという事を。


私達は決意した。

闇の書を完成させようと。
約束に背いてでも主を救おうと。
あの暖かく平穏な日常を取り戻そうと。


――私達は決意した。




「……一つだけ教えてくれ」

前方から掛けられた言葉に、シグナムの意識は現実へと引き戻された。

気付けば、後ろにいたはずのヴァッシュが正面に回り込んでいる。
その手に握られた銃が自分ではなく、何も無い地面へと向けられている事にシグナムは気付いた。

「……何だ?」

数秒の間を挟んだ後、警戒を含んだ声色でシグナムが聞き返す。
手の中の剣が揺れた。

「何故、君達は戦う?この平穏な世界で暴れまわり、闇の書を完成させて……君達は何を望むんだ!」

吐き出す様に口から出た疑問。
終わりにつれて強くなる語気は、ヴァッシュの心の中の苛立ちを表しているのか。
その表情に先程までの飄々とした笑みは無い。

「……貴様に言う必要はない」

だが、その叫びにもシグナムは答えない。
ヴァッシュの、そしてフェイトの顔が虚しく歪んだ。

「……シグナム、あなたを逮捕します」

金色の刃をシグナムの首元へと近付けるフェイト。
そう、シグナムが何と言おうと勝負は決しているも同然。
シグナムにとっては敗北、フェイト達にとっては勝利という形となって。
だが、シグナムはこの状況でも勝負を諦めない。

「まだだ……まだ捕まる訳にはいかない」

小さな呟き。
それは跪いている自分への叱咤。
それは側に立つ二人にも聞こえる事なく、空中に溶ける。

「私はまだ…………戦える!」

シグナムの口から飛び出た決意の咆哮と共に魔剣が動く。
最後のカートリッジから、莫大な魔力が流れ込んだ。

そして、同時に動く雷の魔導師と人間台風。

首元で静止していた金色が烈火の騎士を貫き、音速に加速した一発の弾丸が烈火
の剣を叩いた。

立ち上がる暇も無い。

二つの攻撃が騎士を無力化する―――筈だった。


「「なッ!?」」

フェイトとヴァッシュが驚愕に目を見開く。
視線の先には、金色の魔力刃を意に介さず剣を構える烈火の騎士の姿。
その身体は、淡い紫色の光に包まれている。

その光景に二人の動きが止まる。

(防御魔法!?マズい――)

その考えにフェイトが行き着いた時にはもう遅かった。

シグナムを包む光が消失、同時に迫る烈火の剣。
二人が、反射的にそれぞれの得物を掲げるも、烈火の騎士渾身の一撃は防ぎきれない。

フェイトが知覚できたのはそこまで。
灼ける様な痛みと共にフェイトの意識は闇の中へと落ちていった。




「勝った……のか」

何処か信じられない様に、シグナムが呟いた。
その視線の先には倒れ伏す真紅のコートと、漆黒のマント。
非殺傷設定とはいえ渾身の一撃、二人を気絶させるのには充分なはずだ。

最後のカートリッジでシグナムが使った魔法は甲冑・『パンツァーガイスト』。
その驚異的な防御力は、戦斧から放出された魔力刃を無効化し、大口径のリボルバーから生み出された衝撃を無いものとした。

圧倒的に有利な状況だからこそ浮かぶ、僅かな油断。
烈火の騎士は、その隙を見逃さず、結果勝利を手に入れた。





倒れる二人を複雑な表情で見つめるシグナム。
その時、何処からともなく古ぼけた一冊の本が現れた。

「わざわざ済まないな」

その感謝の言葉に喜びを表すかの様に、古本はシグナムの周りを飛び回る。
そんな古本を見て微笑みを浮かべながら、シグナムは倒れ伏すフェイトに近付き、手を伸ばした。

同時に現れる小さな金色の光球――リンカーコア。

「……行程がどうあれ、勝ちは勝ちだ」

表情に暗い色を浮かべつつ、シグナムはリンカーコアへと闇の書を掲げた。

「蒐しゅ――」

だが、シグナムはその言葉を言い切る事が出来なかった。
何故ならその瞬間、シグナムの言葉を掻き消すかの様に銃声が鳴り響いたのだ
から。

「アイタタタ……死ぬかと思ったよ、ホント。いや、非殺傷設定様々だね」

シグナムが振り返るとそこには、右手で銃を握り、左手で肩を抑えている男が立っていた。
銃からは細い煙が天へと昇っている。

「さっきの紫色の奴にはビックリしたよ。銃弾は弾くし、フェイトの攻撃は効かないし。
魔法って奴はとことん便利だね。今度僕にも教えてくれない?」

何故だ?

シグナムの脳内を疑問が埋め尽くす。

何故立っていられる?

渾身の一撃だった。
僅かに防御されたが、それでも立ち上がれる訳が無い。
なのに何故コイツは立っている?
どうして、小憎たらしい笑みを浮かべていられる?

「僕が立っていられる事が不思議かい?
こう見えても身体の頑丈さには自信があってね。……そう簡単には倒れないよ」

そう言うと男は微笑んだまま、銃をシグナムへと向けた。

「貴様……!」

その小馬鹿にした微笑みにシグナムの脳内が沸騰する。

何故、こいつは倒れない?

飛翔する竜の一閃も、渾身の袈裟斬りも、通じない。
その小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、立ちふさがる。

一足飛びにヴァッシュへと踏み込み、レヴァンティンを振るった。
だが、交わされる。
その笑みを崩す事すら叶わない。

「穏やかじゃないねぇ。この殺伐とした空気を和ませてあげようと思ったのに…
…。
そんな眉間に力入れてたら小ジワになっちゃうよ」

切り返しの逆袈裟も、銀のリボルバーに易々と受け止められる。

「さて、僕としてはそろそろ降参して欲しいところなんだけど……それは無理みたいだね」

交差する拳銃と剣を挟み、飛ばされる言葉。
それは降伏を望む言葉。

「当たり前だ!」

苛立ちがそのまま口から飛び出す。
飄々とした微笑みが一瞬だけ、悲しげに歪んだ。

「やっぱ、そうだよね……」

悲しげな表情は、呟きと共に再び飄々とした笑みに戻る。

常に飄々としていた男が、一瞬見せた憂いの表情に、シグナムは僅かに困惑する。


もし、この場に高町なのはが居たら気付いたのかもしれない。
――今、人間台風の顔に映る飄々とした微笑みの下に深い深い悲しみが隠されて
いる事に。


「……俺もそろそろ覚悟を決めなくちゃな……」

そう告げると、ヴァッシュは拳銃をホルスターへと戻し、今だに自分の事を睨み続けているシグナムに背中を向けた。

突然の行動に困惑するシグナムを後目に屋上の端まで歩き、振り返るヴァッシュ。
何時の間にかその顔から笑顔は無くなっている。

「一対一(サシ)なら君も納得してくれるだろ?
今日限り捨ててもらうよ、その魔剣」

何時もの間の抜けた様子を微塵も感じさせない、真剣な表情でヴァッシュが呟く。

戦慄が烈火の騎士を駆け抜けた。

「お前は……一体?」

唐突に変わった男の雰囲気に、シグナムの口から疑問が零れた。
その疑問は、前回の対峙にて鉄槌の騎士が口にした疑問と全く同じ。

「僕かい?僕はヴァッシュ・ザ・スタンピードさ」

ヴァッシュが口にした答えも、あの時と変わらない。
真剣な表情を崩し、一瞬だけ、男は飄々とした笑みを浮かべた。





人間台風は望む。
赤の他人であった自分を必死に引き止め、自分を庇う為に『優しい嘘』をつき続けてくれた心優しい少女、そしてその家族、親友たちと送る平穏な日常を。



烈火の騎士は望む。
自分達を――プログラムでしかない自分達を家族として向かい入れ、穏やかな生
活を教えてくれた心優しい主と送る平穏な日々を。



――互いに望むは、大切な人と送る平穏な日常。




切欠は一陣の旋風。
この戦いの始まりと同じ様に、シグナムが駆け出した。


――長かった勝負は呆気なく終わりを告げる。

空を駆けるシグナムを、微動だにせず待ち受けるヴァッシュ・ザ・スタンピード。
唯一の武器は今だホルスターの中。

瞬きをする暇すら無く二人の距離が縮まっていく。
それが意味するは、シグナムの間合いへとヴァッシュが引き込まれているという事。

だが、それでもヴァッシュは行動に移さない。
回避への前兆も見せずにただ立ち尽くす。

遂にはシグナムの間合いに入る。

シグナムが狙うは袈裟切り。
自らが出せる最高のスピード、威力で左肩から斜めに斬って落とす。

闇夜に煌めく烈火の剣が真紅のコートへと迫っていく。

(この勝負、私の――勝ちだ!)

数十センチの所にまで迫った烈火の剣。
この距離まで迫った剣は、例えフェイトの高速移動魔法であったとしても回避は不可能。
詠唱の間さえ与えてもらえないだろう。

烈火の騎士が勝利を確信するのも仕方がない。
魔導師であっても、守護騎士であっても、数十センチの所まで迫った剣を避ける事など出来る訳がないのだから。
そう、魔導師であっても、守護騎士であっても、だ。


――烈火の騎士は、それを知覚する事すら出来なかった。

何故か、地面へと傾く身体。
倒れまいとする意志に反するかの様に、全く力を入れる事が出来ない両脚。

地面に覆われた視界の片隅に映る烈火の剣。
手に握っていた筈の烈火の剣は明後日の方向に吹き飛んでいる。
右腕を伸ばし、ソレを掴もうとするも、両脚と同様に動かない。

瞬間、地面が完全に視界を覆う。

(何が――?)

訳の分からない状況に疑問が浮かぶが、それ以上思考を続ける事は不可能であった。

コンクリートの灰色に染まった視界が黒に変化する。
同時に、体中を駆ける凄まじい衝撃。
頭蓋に浮かぶ脳が揺れる。

「俺の……勝ちだ」

黒に染まる意識の中、何処か悲しげな男の呟きが聞こえた。






あの刹那に放たれた弾丸は六発。
狙った箇所は三つ、右腕と両腿。

それぞれに二発ずつ、全く同じ位置に弾丸を叩き込んだ。

一発目の弾丸がバリアジャケットを貫き、続いて飛来する二発目の弾丸がその奥に位置する肉体を破壊する。


剣を握るには不可欠な右腕と地を支える両の脚。
この二つを撃ち貫かれたシグナムは、大きくバランスを崩し、その突進の勢いのまま地面へと突っ込んだ。


蓋を開けて見れば何て事はない、あまりに一方的な勝負。
人間台風と烈火の騎士との一騎打ちは、人間台風の圧勝という形で幕を降ろした。


「俺の……勝ちだ」

後方で倒れるシグナムへと複雑な表情を向けるヴァッシュ。
その心に浮かぶは僅かな後悔。


話し合いで解決できれば良かった。
相手から引いてくれる事を望んでいた。

誰も傷付かないで済むなら、その方が良いに決まっている。

だからヴァッシュは呼びかけ続け、戦闘を引き伸ばし続け、説得をし続けた。
何度斬りかかられようと、途轍もない威力の魔法で攻撃されようと、ヴァッシュは、誰も傷付かないで済む方法を選び続けた。

――だが、ヴァッシュは気付いてしまった。





それはあの戦闘で持てた唯一の会話。

『何故、君達は戦う?
この平穏な世界で暴れまわり、闇の書を完成させて……君達は何を望むんだ!』

数分前にヴァッシュの口から出た疑問。
闇の書の話を聞いた時から、常に抱いていた疑問。
この平穏な世界を犠牲にしてでも闇の書を完成させる理由。

『……貴様に言う必要はない』

答えは聞けず、ただ一言で斬り捨てられた。
だが、この瞬間、ヴァッシュは気付いてしまった。
――騎士の瞳に力強い灯火が宿っている事に。


それは、なのはやフェイトにも宿る『決意』という名の灯火。
誰にも曲げる事ができない、消える事の無い灯火。

『引かない』

その灯火が語った。


だから、撃った。


その信念ごと彼女を止める為に、武器ではなく彼女自身へと狙いを定めて引き金を引いた。

ここで止めなければ、闇の書は完成される。
闇の書の完成。それが意味するは、世界の終焉。
駄目だ。
それだけは絶対に許せない。


だから撃った。
この選択は間違っていないはずだ。

でも――

ヴァッシュは何とも言えない後味の悪さに顔を歪める。
視線の先には細い煙を流す一丁の拳銃。
長年、自分と共に不殺を貫き続けた相棒が、何も言わずにこちらを見つめていた。

「まだ……だ……まだ、私は……」

その時、小さな呻き声がヴァッシュの耳に届いた。
声のした方に顔を向けると同時に、ヴァッシュの表情が後悔から驚愕へと移り変わる。

その視線の先には、満足に動かない両脚を引きずり這い進む一人の女性――シグ
ナムの姿。
脚と腕から流れる血液で灰色の屋上へと、真紅の線を描きながら、シグナムは目指す。
相棒、レヴァンティンを再びその手に握る為に、シグナムは這い進む。

「こんなところで……!主、はやての為に……私は、まだ……!」

大口径のリボルバーで四肢を撃ち貫かれたのだ。
ほんの少し動いただけでも、尋常でない苦痛が彼女を襲うはずだ。
だが、それでもシグナムは、ゆっくりとゆっくりと、相棒へと向かい這い続ける。

「……もう止めるんだ」

その痛々しい烈火の騎士の姿に、ヴァッシュの顔が苦々しく染まる。

「お願いだ、もう……止まってくれ」

無意識の内に、ヴァッシュの本心が言葉となる。

「止まってくれ…………止まるんだ!」

怒鳴り声と共にシグナムとレヴァンティンの間に割って入ったヴァッシュは、手の中の拳銃をシグナムへと突き付けた。

「もう、君に勝ち目は無い!
君がどんなに足掻いても、その剣を手にしても、俺に勝つ事はできない!
それは君にも分かってる筈だ!なのに何でまだ戦おうとする!」

誰も傷つけずに戦いを終わらせる事が無理だと思ったから引き金を引いた。
放たれた弾丸はその四肢を貫き、確かに戦闘不能な傷を創った。

だが、それでもこの人は戦おうとする。
葛藤の末に放った弾丸でも止まらない、止まってくれない。

「黙れ!私は主のため、絶対に負ける訳にはいかない!
何も知らない管理局風情が邪魔をするな!」

騎士の瞳がヴァッシュを射抜く。
ヴァッシュは気付いた。
目の前の女が抱える『決意』が自分の想像よりも遥かに強固な事に。

百五十年の長い人生でも、これ程の執念を持った人間は見たことが無い。
彼女を支えている『主』とはそんなにも大きい存在なのか。

真っ直ぐとシグナムに向けられていた銃口が揺れる。
強く唇を噛み締め、ヴァッシュが口を開いた。

「君は――「そういう訳にもいかない。次元の平和を守る。これが僕達の仕事だ

ヴァッシュの言葉を遮り、上空から若々しい声が聞こえた。
同時に現れた蒼色の鎖が、地を這う烈火の騎士を縛り付け、拘束する。

「闇の書の守護プログラム、シグナム。君を逮捕する」

史上最年少の執務管が迷いの無い瞳を烈火の騎士へと向けていた。



「クロノ……なんで君が……」
「エイミィから通信が入ってね、慌てて飛んで来たんだ。
…………それで、君は何をしている、ヴァッシュ・ザ・スタンピード?」

屋上に降り立ったクロノは、視線とデバイスをシグナムに向けたまま、怒りの色を含んだ口調でヴァッシュへと問い掛けた。

「どういうことだ……?」
「君は曲がりなりにも管理局員だ。敵の事情を聞いてどうする?
自分で捕まえておいて同情でもするのか?
……それは偽善と言うんだ、捕まえる側の人間にそんな事は許されない」

若き執務管の双眸が人間台風を貫く。
まだ幼い、自分の十分の一も生きていない筈の少年の瞳にも確固たる『信念』が宿っていた。

「……ヴァッシュ、これが僕達の仕事なんだ。
わざわざ敵の事情に構っていたら、次元の平和なんて守れないんだよ」
「……それでも……それでも俺は……」

クロノの言葉が正論だと理解しつつもヴァッシュの根幹を支配する信念が反抗する。

(甘過ぎる)

唇を噛み締め俯くヴァッシュを見て、クロノはそう思った。
確かに戦闘能力はズバ抜けている。
現になのはやフェイトですら手こずる守護騎士を、戦闘不能にまで追い込んだのだ。
その戦闘力は折り紙付きだ。
だが、その余りに甘過ぎる性格が邪魔している。
正直に言えば危うい。
先程だって敵に同情し、引き金を引くのを躊躇っていた。
その思想は、人間としては素晴らしかもしれないが、管理局員としては危険だ。

(何とかしなくちゃな……)

フウと、大きくため息をつき、クロノは守護騎士へと視線を戻す。

「さて、少し寝ててもらうよ」

バインドによりピクリとも動く事が出来ないでいるシグナムへと、クロノはS2Uを振り上げた。

「……ブレイク・インパルス!」

そして、僅かな躊躇いの後、振り下ろす。

蒼色の光に包まれるのを感じながらシグナムの意識は深遠の闇へと消えていった。

「……よし、一人確保。残るは二人、そして主か、もう一人の守護騎士。……ヴァッシュ、君はここでこの女を見張っていてくれ。僕は残りの騎士達を何とかする」
「……ああ、任せてくれ」
「あとフェイトの事も頼む。目を覚ましたら無理するだろうから、何とか収めといてくれ」

そう告げ再びクロノは夜空に舞い上がる。

ヴァッシュを連れて行きたくもあったが、今のヴァッシュは足を引っ張るだけだ。

そう判断し、一人で飛び上がったクロノの瞳に――信じられない光景が映った。

(ヴァッシュ!?)

まるで自分を狙うかの様に銀色のリボルバーを構えているヴァッシュの姿。

何故、ヴァッシュは銃を向けられているのか?

噴き出す疑問に体が硬直する。
その硬直を狙ったかの様に引き金を引くヴァッシュ。
轟音が鳴り響く。
バリアジャケットを貫通するまでは至らないが、凄まじい衝撃が走り、大きくバランスを崩れる。
痛みに霞む意識を必死に引き止め、ヴァッシュを睨むクロノ。
何故か、ヴァッシュ自身も信じられないといった様子でクロノの方を見詰めている。

――瞬間、巨大な白い『何か』が、先程までクロノの体が存在した空間を薙いだ。




クロノが空に舞い上がったと同時に、ヴァッシュ・ザ・スタンピードはある異変を感じ取った。
その異変とは、そう遠くない過去にも感じた、言うなれば『共鳴』。

有り得る筈のない『共鳴』に、ヴァッシュの心を埋め尽くしていた葛藤は何処かに飛んでいき、頭の中が真っ白になった。
茫然自失の中、反射的に動く右腕。
放たれた銃弾がクロノに命中し、その幼い姿を弾き飛ばす。
そして、感じ取った通りに、クロノがいた位置を巨大な白い刃が通り抜けた。

「何で……何でお前が……」

首を右に曲げた先には一人の男――この世界にはいる筈の無い男が笑みを向けていた。

「よう、ヴァッシュ」

それは、あの時と変わらぬ笑み。
『大墜落(ビッグ・フォールの)』時に見せた、この世界に飛ぶ寸前の邂逅で見せた、狂気の笑み。

有り得ない。
次元を越えたこの世界にお前が居る訳が無い。
なのに何故――。

捨てようと決意した過去が、因縁が、心の中で噴き出す。


「……何でお前がここに居るんだ、ナイブズ!」




苦悩の末に掴んだ勝利。
開かれるかと思われた自由の扉。

だが、その先にあったのは深い深い絶望。

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最終更新:2008年07月02日 13:54