「そうか……分かった。
 そのまま、聞き込みを続けてくれ」

ミッドチルダの首都クラナガン。
今、その住宅街付近にある一つの公園に、時空管理局の局員達が大勢集まっていた。
公園の中央部には、白いチョークで描かれた人の形。
その付近に所々見られる血の跡。
そして公園の周囲には、騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬の群集。
これらが意味する事は一つ……殺人事件である。

「参ったな……目撃情報は皆無か」

局員の一人―――クロノ=ハラオウンは、頭を抱えため息をついた。
本来ならば、提督の地位にある彼がこの様な現場に出る事はまずありえない。
ならばどうして、ここにいるかというと……その原因は、すぐ側に立つ人物。
彼のパートナー―――エイミィ=リミエッタにあった。

「結構、厄介な事になってきちゃったね……ごめんね、クロノ君」
「エイミィ、そういう事は言うな。
 休暇がなくなったのは確かに残念だけど、こういう事も僕達の役目なんだから」

クロノもエイミィも、今日は揃って何ヶ月ぶりかの休暇であった。
それで、久々に二人で外出をしたわけなのだが……その最中、エイミィが公園の人だかりを見かけてしまったのだ。
その後、彼女は己の好奇心に従って野次馬の中に混ざり……クロノ共々、現場を目撃したわけである。
目の前で事件が起きているとなれば、当然ながら局員として無視する事は出来なくて……そして、今に至るわけである。

「死亡推定時刻は大体午前三時頃、深夜だし目撃者がいないのも、仕方が無いといえば仕方ないかな」
「ああ……凶器の包丁からも、犯人の手がかりは得られなかったしな。
 エイミィ、とりあえずもう一度遺体の保存写真を見せてもらえないか?」
「はいはーい」

エイミィはキーボードを操作し、遺体の発見直後の写真をクロノへと見せた。
殺害されたのは、近所に住む25歳の男性。
身長は170cm、体重も65kgと標準的な体系である。
その所持品は、軽く小銭が入った財布と腕時計、携帯電話と自宅のキー。
死体は地面へとうつ伏せに倒れたまま、血塗れの状態であった……その死因は、腹部と背中につけられた無数の刺し傷。
腹と背を滅多刺しにされた末に、命を落としたのだ。
そしてその凶器はというと、家庭で普通に使われている一般的な包丁である。
凶器の発見は、極めて簡単に出来た……というよりも、そもそも捜索そのものをする必要が無かった。
何故ならばその包丁は、被害者の片手にしっかりと握られていたからだ。
その刀身全体は血に塗れており、その血が被害者の物である事は、先程検査の結果はっきりした。
凶器がこの包丁で間違いないのは、確かなのだが……持ち手から検出された指紋は、被害者の物のみであった。
足跡らしきものも残されていない……犯人に繋がる証拠は、一切残されていなかったのだ。

「どうして凶器を被害者が握っていたかってのが、やっぱり引っかかるよね……」
「自殺にしても、腹と背中を滅多刺しというのはおかしすぎるしな。
 犯人が意図的に握らせたとしか思えないが……」
「やっぱり、これをどうにかするしか方法はないかな?」
「そうだな」

クロノとエイミィは、人型の人差し指へと視線を向ける。
その先には、血で描かれた一つの数列が並んでいる。

『19.1.26.15.14.1.18.1』

状況から考えるに、その数列が何なのか……その可能性は二つある。
被害者が残したダイイングメッセージか、それとも犯人からのメッセージかである。
何かの暗号らしいが、それが一体何を意味するのかは全く分からない。
現在も、局員達はその答えを懸命に考えているのだが……いつになったら解けるか、果たして分からない。
クロノは大きく溜息をつき……ある手段をとる事にした。

「……仕方ない。
 ここは、あいつの手を借りるのが一番だな」

すぐさま端末を操作し、ある場所へと連絡を繋ぐ。
彼はこの暗号を解けるかもしれない人物に、一人心当たりがあったのだ。
しかしエイミィには、それが誰なのかは分かっておらず、やや困惑気味であった。

「クロノ君、あいつって?」
「暗号の解読に一番向いてる奴だよ。
 遺跡の壁画とかで、この手のは慣れているだろうからな」

L change the world after story

第4話「初事件・遭遇編」




「Lさん、他に必要な資料はありますか?」

Lとユーノが協力関係を結んでから、その数十分後。
二人は無限書庫へと戻り、Lは先程まで同様に資料に専念していた。
その傍らには、既に読み終えた大量の資料が漂っている。
普通ならば何時間かかけてやっと読み終えられるであろう程の量であり、しかもLはその内容をしっかりと頭に入れている。
司書達もこのLの異常さには、感心を通り越してもはや呆れていた。

「そうですね……いえ、もうありません。
 ここで知りたいと思ったことはもう、これで全部知れましたから」

しかし、そんな資料漁りも終了の時を迎えようとしていた。
既にLは、現時点で知りたいと思えた知識は全て知りえたからである。
尤もそれは、『ここ』で知りたいと思った知識が……であるが。
その事は、ユーノもすぐに察せたのだが……だとすると、Lが何を知りたいのかという事が疑問に残った。
他の司書達に聞かれても問題は無い事だろうか。
それとも、先程同様に二人で会話をするのがよいか……ユーノは少しばかり悩まされた。
しかし……その悩みは、L自らの言葉ですぐに打ち消される事になる。

「ユーノさん、一応念のため聞きますが。
 大体ここ十数年間程でミッドチルダで発生した事件について纏めてある資料ってありませんよね?」
「事件……ですか?」
「ええ、どんな小さい物でも構いません。
 この世界における犯罪事例について、どの様なものがあるかを……どうですか?」

Lが知りたい、しかしここでは知れないであろう事。
それは、ここ最近の犯罪事例についてであった。
無限書庫にある資料はどれも大したものであるが、どうしても一昔前の物がその大半を占めている。
逆に最近の事に関しては、無限書庫で知るのは……

「流石にそれは、無限書庫じゃ無理ですね。
 別の部署の方に請求をしないと……」
「やはり、ですか」

予想通り、不可能であった。
流石に、こればかりは仕方がない……無いものは幾ら言っても無いのだから。
Lは大きく溜息をついた後、側の資料の山へと今まで読んでいたそれを積み上げる。

「一般人である私が知れる範囲で構いません。
 よければ、お頼みできますか?」
「ええ、分かりました。
 今日中には流石に無理かもしれませんから、早ければ明日……」

早ければ明日にでも渡せる。
そう言おうとした、その刹那であった。
突如として、ユーノの目の前にあった通信用端末に着信が入る。
彼は一旦Lとの会話を打ち切って、こちらに応答する事にする。

「はい、ユーノ=スクライアですが」
『ユーノ、僕だ』
「……クロノ?」

通信の相手……それは、他でもないクロノであった。
ユーノは、彼が今日は休暇であると聞かされていた為に不思議そうな顔をする。
仕事なら兎も角、彼が私用で無限書庫に連絡を取ってくる事は珍しい。
だとしたら……これは、彼に何かがあったと見るのが妥当だろう。

「もしかして、何かあったの?」
『ああ、事件の現場に出くわしてな。
 そのまま、エイミィと一緒に捜査に加わる形になったんだが……少し厄介な事になってる。
 そこで、お前の知恵を借りたいんだ』
「やっぱりね……とりあえず、詳しい話を聞かせてくれないか?」

やはり予想通りであった。
ユーノは一先ず、何があったのかを詳しく聞くことにした。
クロノも勿論だと言わんばかりに、すぐに説明を開始しようとする……が。

『……』
「クロノ?」

クロノの動きが、突然止まった。
まさに開いた口が塞がらないという状況で、彼は呆然としていた。
一体どうしたのか。
ユーノは彼の反応を不思議に感じるが……直後、すぐにその理由に気付く。
クロノの目線の先……それは自分、いや、自分の背後に明らかに向けられている。
そしてその背後にいるのは……彼しかいない。

「……Lさん」
『……おい、ユーノ。
司書じゃないのは間違いなさそうだが……その、誰だ?』

ユーノの背後で、Lが画面をじっと見つめ続けていた。
いつの間に背後に回られたのか、ユーノも気が付かなかったが……背後に回った理由は分かる。
探偵として、事件という一言に敏感に反応したのだろう。
尤も、クロノはそんな彼の行動に驚かされた―――Lの風体が異様なのも手伝って―――様であるが。

「はは……えっと、こちらはLさん。
 なのは達が昨日お世話になった探偵さんなんだ」
『え……探偵?
 ユーノ君、それって本当?』

クロノの後ろから、会話を聞いていたエイミィがひょっこりと顔を出してくる。
その表情には、驚きは勿論だが……若干ながらも笑みが浮かんでいる。
それを見て、ユーノは二人のいう事件がどの様なものであるかをすぐに察した。
魔法やロストロギア絡みではない、自分よりも寧ろLの方が向いている様な事。
例えば、一番分かりやすい例で言えば……

「もしかして……殺人事件とか、ですか?」
『え!?』
「……違いましたか?」
『……あ、いや……確かに、その通りだが……』
『驚いたぁ……一発で当てるなんて』

ユーノよりも先に、Lが答えを言い当てた。
これには、クロノもエイミィも驚かざるをえない。
本当に、ホンの僅かしか会話を交わしていないというのに……しかしこれが、ユーノに言われたのならまだ分かる。
自分達と付き合いの長い彼にならば、当てられてもまだ不思議は無い。
だが、Lとはこれが初対面なのだ。
直感的なものも勿論あったのだろうが、それでも見事なものである。

『何で分かったんだ……?』
「色んな人の反応を今まで目にしてきましたから。
 その経験上です」
『そ、そうか……それで、Lだったな。
 どうして無限書庫に?』
「ああ、それは……」

ユーノは二人に対し、Lの事について簡単な説明をする。
彼は、昨日の空港火災の現場に突如として姿を現した次元漂流者であること。
なのは達と協力し、火災を無事収束させたこと。
その礼として、なのはが彼を無限書庫に案内し、そして今に至るということ。
その全てを聞き、クロノとエイミィは少々の驚きを覚えた。

『世界一の探偵かぁ……何だか、言われてみるとそれっぽいかもね。
 こう、雰囲気がちょっと普通の人と違うって感じがするし……』
「よく言われます」
「……さてと、ちょっと話が反れちゃったから戻すけど……クロノ、エイミィさん。
 Lさんにも話を聞いてもらっても、構わないかな?」

このまま話が反れたままというわけにはいかない。
すぐにユーノは流れを戻し、その上で更に二人へと、Lにも協力してもらう許可を取りにかかる。
事件の早急な解決の為には、自分達だけで動くよりもLが居てくれた方が遥かにいい。
それに……不謹慎なのは承知しているが、自分はつい先程に、Lが事件を解決する所を見てみたくなったばかりである。
この展開は、願っても無い絶好のチャンスでもあるのだ。

「私からもお願いします。
 何かお力になれるかもしれませんし」

続けて、肝心のL本人も同じ事を言う。
彼も勿論、探偵としてこの事件に進んで関わる気でいた。
それどころか、もしもユーノが先に言っていなければ、自分から言い出すところであった。
真剣な顔つきで、二人はクロノ達の答えを待つ。
それに対しクロノとエイミィは、少しばかり考えるが……すぐにユーノと同じ結論を出した。

『……そうだな。
 民間人に協力を仰ぐというのは、正直気が引けるが……素直に意見が欲しいのも事実だ』
『Lさんが良いって言うなら、私も構わないよ』

二人とも、ここはLの力を借りるべきであると考えた。
世界一の探偵というだけあって、この手の事件にはそれなりに慣れているらしいのは明らか。
ならば、専門家としての率直な意見を是非とも聞きたい……そう思っての判断である。

「ありがとうございます、クロノさん、エイミィさん」
「それじゃあクロノ、早速だけど事件に関して教えてもらえないか?」
『ああ、そうだな……これを見てくれ』

早速クロノは、事件に関するデータをモニターに映し出した。
被害者の簡単なプロフィール、遺体の保存写真、死亡推定時刻、使用された凶器、死因。
細かい状況について、クロノは二人へと一つ一つ説明をしていくが……
その途中、Lは頭に浮かんだある疑問についてクロノへと尋ねた。

「クロノさん、犯人が魔法を使った可能性は無いんですよね?」
『ああ、もしも犯人が何かしらの魔法を使ったのだとしたら、残留魔力が大なり小なりある筈だ。
 だが、全く発見が出来なかった……被害者の方も同様だ。
 検査の結果、リンカーコアは見当たらなかった』
「検査というと、検死ですか?」
『そうだ。
 尤も、検死自体はまだ最中だが……』
「魔力の有無についてだけ、真っ先に報告があったと……分かりました、ありがとうございます。
 それではこのまま説明を続けてください」

Lはクロノの言葉を聞き、犯人が魔力を持たぬ一般人であると即座に判断した。
その根拠となったのは勿論、犯行に魔法が使われた可能性は無く、被害者も魔力は持たないという事実。
ここから、犯人が魔道士である線はまず無いと見ていい。
一応、魔道士が魔法を使わず殺害したというパターンもあるにはあるが、それだと魔法を使わないメリットが少なすぎる。
普通に魔法を使った方が遥かにやりやすいし、証拠だって通常の犯行よりも残らないのだから。

(……凶器は包丁、死因は滅多刺し……そして態々、容疑者の手に……)
「被害者の昨日の行動は?」
『仕事は休みだったそうだ。
 近所の住人が、昼頃に一度外出したのを見ていて、その後夕方頃に戻ってきたらしい。
 その後は、誰も被害者の姿は目撃した者はいない。
 この外出している間に何をしていたかは、まだ調査中だ』
「目撃者皆無となると、結構厄介だな……携帯の履歴は?」
『それが、ロックがかかってて見れないんだよね。
 解除も出来ない事は無いけど、結構時間がかかるんだ』
「まあ、他人に携帯電話を見られたくないという気持ちは誰にだってあるでしょう。
 私も暗証番号は普通にかけてましたし」
『それで最後に……これを見てもらいたい』

クロノは一通りの説明を終えると、最後に本題へと触れる事にした。
現場に残されていたメッセージを、二人へと見せる。

「これは……数列?」
『僕が元々お前に連絡をしたのは、この暗号を解いてもらいたかったからなんだ。
 被害者の血を使ってかかれていたメッセージなのは間違いないが、どうにも意図が分からなくてな』
「念のため聞きますけど、私達以外の部外者にもこれ、聞きました?」
『いや、知ってるのは捜査に当たっている局員と僕達だけだ。
 被害者の遺族や容疑者の可能性がある者達も含めて、誰にも事情は話してない。
 下手に外部に公表して、妙な憶測を立てられるわけにもいかないしな』
「成る程、分かりました」 

クロノは二人へと、自分達が連絡をした理由を告げる。
ユーノへと連絡を入れたのは、彼が暗号等の解読に長けているからだった。
彼は考古学者として、遺跡に記されている古語や暗号の類を多く見てきた。
ならば、これももしやとクロノは思った訳である。

「……被害者の血で書かれた数列、ですか……」
「見た感じは、漢数字でもローマ数字でもない普通の数字だけど……」

二人は数列を見て、すぐに推理を開始する。
何かの数式になっていて、その答えが犯人に繋がるのか。
それとも、もしやこの数列自体が何かの文章になっているのか。
ユーノは、その数列が何を意味しているのか、あらゆる可能性を考える。
数列の答えさえ分かれば、メッセージを残したのが被害者か犯人かかを断定できる。
彼はそう考えていた……これは、当然でありそして正当な判断だろう。
通常ならば、大抵のものはこの順序で考えるのだが……

「……」

Lは違っていた……普通ではなかった。
彼の考えは、ユーノとは真逆。
数列の意味は後回しにして、先に誰が書いたのかを推理していたのである。
そして……彼はその答えをすぐに出す。

「……ダイイングメッセージの可能性はまずありませんね」
『何……?』

残された数列はダイイングメッセージではない。
Lは即座にそう断定したのである。
当然のことながら、これにはユーノ達も驚かざるをえない。
即座に、エイミィが発言の意味を聞きただそうとする。

『えっと……それって、どういう事?』
「ダイイングメッセージを書く余裕が、被害者にあったのかという事です。
 被害者の死因は、包丁での腹部と背中の滅多刺し……クロノさん。
 あなたは何故、被害者はこういう殺人法を取ったと思いますか?」
『それは……犯人に猟奇的な傾向があるか、余程被害者に恨みが……待てよ?
 もしそうだとしたら……そうか、そういうことか』

途中まで言って、クロノはLの言わんとしている事を悟った。
言われてみれば確かに……犯人側の気持ちを考えれば、これは少しおかしい。

「その通りです。
 前者も後者も、割合的には後者の方が遥かに高いでしょうが、どちらにせよ犯人は被害者を確実に殺したいと思う筈です。
 だからこそ、この様に被害者を滅多刺しにした……被害者が確実に死んだと判断できるまで」
『だったらダイイングメッセージが残ってるのって、凄い不自然だよね。
 だって、死んだって事をしっかりと犯人が確認したって事になるし……あ、でもLさん。
 奇跡的に息を吹き返したって事もありえるんじゃないの?』
「いえ、その可能性はありません。
 とりあえずこれに関しては、後で理由を説明しますが……現状で何が言いたいかは、分かりますよね?」

犯人が、ダイイングメッセージを書ける程の余力を被害者に残す筈が無い。
それなのに、こうしてメッセージがある……被害者に書く事は勿論不可能である。
ならば誰が書いたのかは、考えるまでも無い。

「このメッセージは、犯人が被害者の血を使って書いた……」
「ええ、被害者に対してのメッセージです。
 意味から考えても、間違いは無いでしょう」
『意味って……待ってくれ。
 お前、解読が出来たのか?』
「はい、今さっきですが。
 幸いな事に、以前に同じのがあったんです」

そしてLは、数列の意味も既に分かっていた。
これは幸運な事に、過去の経験が助けてくれた。
己が手がけた最後の事件において、この暗号は使われていたのだ。
抗ウィルス薬作成の、最大の手がかりとして……御蔭で、時間を全くかけずに解読する事が出来た。

「この数字は、アルファベットの順番なんですよ」
『アルファベット……あ、分かった!!
 つまり、一番最初の19は19番目のアルファベットだから……S!!』
「そうです。
 そして次の1は、一番最初のアルファベットであるA。
 こういう風に、数字を一つ一つ照合していけば……」

種が分かれば、どうという事は無かった。
すぐに三人とも、一つ一つの数字を順番にアルファベットへと当て嵌めていく。
そして、出来上がったのは……別れを告げる、一つの単語。

「S・A・Y・O・N・A・R・A……『さよなら』……」
『……見事に、犯人と結びつかないな。
 ダイイングメッセージの可能性は無いか……』
「ええ、ここからもこのメッセージが、犯人の書いた言葉であるという事が分かります。
 そして、先程奇跡的に息を吹き返したなんてありえないと言ったのもここにあります。
 普通、こんな状況でさよならなんて書きませんよ」
『確かに、普通は犯人の手がかりとか残すもんだしね』

犯人に繋がる要素が一つも無いのでは、当然ながらダイイングメッセージと呼べるわけが無く。
この数列は、犯人がわざと残したものであるという線が極めて濃厚になった。
だとすると……これは手がかりになる。

「さよならということは、それなりに犯人は被害者と親しい人物って事になりますね」
「ええ、可能性としては大いにありえます。
 それに、それ以外にもう一つ……犯人は、結構致命的なミスを犯しています」
『ああ……筆跡だな』

メッセージは、犯人が書き記したという事実。
それこそが重要な手がかりであるという事に、L達は気付いていた。
何故ならば、文字には犯人の特徴―――筆跡がどうしても出てしまうからだ。
すぐにエイミィは、現時点で容疑者として上がっている者達のリストを出す。


『被害者の友人や仕事仲間、親戚……アリバイが確認できてないのは、その内30人。
 30人全員が寝てたって証言してて、それの証明が不可能な状況なんだけど……』
『流石に、まだ行動に出るのには早すぎるか』

容疑者30人全員にこのさよならという単語を書かせてみて、メッセージと照合する。
その結果、一番近い筆跡を持つ者こそが犯人である可能性は極めて高い。
更に、運がよければ数字を書かせた場合の反応だけで犯人を特定できるかもしれない。
自らが暗号を書いたという事実を見破られたと言われたも同然なのだから、少なからず動揺をするに違いないのだ。
だが……これをするのには、まだ少しだけ早い。
解けていない謎が残されている以上、今はそちらを片付けるのが先決である。

『容疑者の周辺は既に、局員が数名聞き込みも兼ねて見回りをしている。
 犯人が逃げたならすぐに分かる……いや、犯人は逃げないだろうな』
「ええ、そんな事をしたら自分が犯人だと自白したも同然ですから」
『なら、焦る必要は無いな。
 残りの謎を片付けるとしよう……そこから証拠が出るかもしれない』

その真意が掴めずにいる最後の謎。
それは、被害者の手に握られていた凶器の包丁である。
持ち手から採取された指紋は被害者のものであり、犯人には一切繋がらない。
恐らくは犯人が意図的に握らせたものであり、一見、捜査を撹乱させる事が目的と思われるが……

「持ち手の指紋って、逆手じゃなくて順手なんですよね?」
『そうなんだよね……もしも逆手なら、刺された瞬間に持ち手を握ったって判断出来るんだけど……
 最初の一刺しは背中だったか、正面からとしても、犯人がしっかりと持ち手を握っていた所為で持ち手を掴めなかったのか。
 ……Lさんはどう思ってます?』
「エイミィさんとほぼ同意見です」

持ち手に残された指紋は、逆手ではなく順手であった。
つまり、完全に死亡して犯人に握らされるまでの間は、被害者は包丁を握ってはいないという事になる。
これは犯人も、指紋を残されぬ様注意を払っていたに違いない。
例え被害者の指紋のみが検出されたとしても、予期せぬ形でそれが残ったならば全てが台無しになるという事は大いにありえるからだ。

「ですが幸運な事に、初撃が腹部か背中か、どちらかを判断する方法は無いわけではないです。
 犯人次第ではありますが……うまくいけばそこから、犯人を割り出せるかもしれません」
『え、そうなの?』
「ええ……検死の完全な結果って、まだ出ませんか?」
『分からない。
 もうそろそろ、報告があってもいいころなんだが……』
『ハラオウン執務官、お話中失礼します』

検死結果についてLが尋ねた、その時であった。
一人の局員が書類を持ってクロノへと駆け寄ってきた。
どうやら、何か進展があったらしい。
ここでクロノは一旦会話を止め、その局員の話を聞くことにする。

『どうした?』
『たった今、検死官から報告書が届きました。
 被害者の死因についてです』
『……L、さっきの発言は訂正する。
 たった今、結果が出たよ』
「ありがとうございます」

噂をすれば何とやらである。
すぐにクロノは報告書を受け取って、それをモニターへと映し出す。

「外因内因共に、他に怪しい点は無いですね」

まず肝心の死因だが、これはやはり滅多刺しによるものであった。
他に外傷は見当たらなく、毒物等を摂取した様子もまた一切見られなかった。
しかし……Lにとってそれは、はっきり言ってどうでもいいものであった。
彼が気にしていたのは、寧ろその滅多刺しによる傷跡の詳細。
もしも予想通りなら、必ずある筈である……傷跡の中に一つ、もしくは二つ程おかしなものが。

「ありました、これです。
これが犯人の初撃……犯人を絞り込める大きな要因です」

Lはモニターを指差し、ある一文を指差す。
そこには、一言こう書かれてあった……『背中に一つ、斜め下から急角度に突き上げられる様な形でつけられた深い傷がある』と。
それを見て、ユーノ達もLが言わんとしている事をすぐに理解した。
三人ともすぐに文章を追い、その先に記述されている詳しい分析結果を読み進めいく。

『被害者が地面に垂直に立っていたとして、傷口の入射角はおよそ26度……急すぎる。
 いきり立って、多少は犯人が前屈みになっていたとしても……
 エイミィ、容疑者の中で明らかに被害者より身長の低い者を割り出せるか?』
『はいは~い、もうやってるよ』

Lの言うとおり、思わぬ証拠が現れた。
それは、犯人の身長について……傷口を見るに、これは被害者より明らかに低い者の犯行であることだった。
被害者よりも低い位置から突き上げなければ、こんな傷にはならない。

「腹部の傷は、刺されてすぐに振り返った瞬間につけられたものでしょう。
 こちらには急角度な傷が無いのは、恐らく痛みで地面に片膝をついた様な状態になっていたから」
『その後は、力尽きて地面に倒れこんで……そこを滅多刺しと』
「そうですね……被害者の身長は170cm。
 傷口から察するに、恐らく相手の身長は150半ば……女性か子どもかの可能性が高いですね」
「ええ、成人男性は少々考えにくいです。
 もしも犯人の身長が被害者と大差なければ、どうしようもなかったですが……これで大分、容疑者は絞り込めますよ」

Lとユーノは刺し傷の角度から、犯人の身長を逆算してみる。
犯人が屈んででもいなかった限りは、恐らくこれで正解の筈。

『よし……出たよ、皆』

ここでエイミィが、容疑者の絞込みを完了した。
被害者と身長差がある、ユーノの言う150半ばに当てはまるのはたったの四人。
そして、その全員が女性……L達の推測は当たっていた。
まず最初にエイミィは、その内の二人……被害者の同僚に関する調書を出す。

『内二人は、親しい職場仲間。
 同じ職場の人達によると、被害者とこの二人とは、時たま一緒に飲みに行く様な仲だって』
『まあ、僕達となのは達みたいな関係に近いな』
「……クロノ、まさか未成年のなのは達と?」
『そういう意味じゃない、単なる例えだ』
「うん、分かってるよ」
『……怒るぞ』

時々、フェレットもどきと呼んでからかっている仕返しだろうか。
ユーノはクロノに対し、軽く毒舌気味で発言する。
その様子を見ていたエイミィは、苦笑するしかないが……しかし、彼の発言は例えとしては的確であった。
同じ職場の者達に聞き込みをしてみた所、被害者と容疑者との間柄は、正しくその様な関係だったらしい。

『二人とも、昨日は残業で午後十時まで会社に一緒にいたらしいの。
 その後は、それぞれ帰宅して就寝したって』
「しかしそれを証明するアリバイはない、というわけですか……分かりました。
 残る二人に関しても、お願いできますか?」
『オッケー』

続けて、残る二人の調書を出す。
一人は被害者の恋人、もう一人はその妹である。
こちらは当然ながら、先程の二人よりもさらに被害者とは親密な仲にある。

『恋人とは、もう付き合って半年になるらしい。
 周りからも、お似合いだと言われているそうだ。
 妹の方とも良好な関係らしく、実の兄の様に慕われていたそうだ』
「昨日の二人の状況は?」
『恋人の方は、仕事が休みだったから一日中家にいたといっている。
 妹の方は、昼の正午から夜中までずっとアルバイトだったそうだ。
 これは、バイト先にも確認は取れている』
『そのバイトが終わったのは午後十時頃。
 それからはまっすぐに家に帰って、少しして寝たって言ってるけど』
「こちらも同様に、確認する手段は無し……と」

四人とも、共通する点は二つ。
被害者とはそれなりに親しい間柄にあり、そして犯行時刻には自宅で寝ていたと証言している事。
しかし、もし仮にこの四人の内誰かが犯人だとしたら……表面上は仲良くして、心の底では憎悪を抱いていたという事になる。
余程の事があったに違いない……この四人だけに限らず、被害者が人に恨みを買うような事をしたかどうか。
恨みを買う様な何かを持ち合わせていたのか……Lはそれを確かめてみたのか、クロノ達に尋ねる。

「この四人に、被害者は他人から恨まれる様な事をしたかという質問は?」
『それはもう聞き込みの時にやっている。
 だが、四人とも思い当たる節が無いと……』
「家宅捜索は?」
『まさか、それに踏み込むには早すぎる。
 尤も、ここまで状況が整理できた今なら、任意でなら可能……いや。
 L、その家宅捜索というのは、容疑者の四人に対してだけか?』
「もしかして、被害者の自宅にはもう?」
『ああ、それなら今調査中だ。
 こちらは容疑者と違って、踏み切れる理由があるからな』

既にクロノ達は、被害者の自宅には家宅捜索に入っていた。
容疑者宅と違って、こちらには家主が死亡したという正当な理由がある。
尤も、決定的なものはまだ何も見つかっていないらしいが……

『とりあえず、これは連絡待ちとして……今は、まだ解けていない最後の問題についてだな』
「ええ、その通りです。
 どうして被害者の手に包丁が握られていたか、そろそろ本題に入らせていただきます。
 これはその家宅捜索にも関わる問題ですしね」

少々話が脱線してしまったが、Lはこの辺りで本題に入る事にした。
何故、犯人は被害者に包丁を握らせたのか。
その理由として、最も可能性の高いものが一つだけある。

「犯人が包丁を握らせたのは、捜査を撹乱する以外にもう一つ目的があります。
 これは恐らく、犯人に包丁を処分する方法が無かったからです」

犯人は、凶器を上手く始末する自信が無かった。
例えば、犯行時に着ていた返り血塗れの衣服や靴は、自宅で焼却して灰にするという簡単な処分方法がある。
灰にした状態ならば、元が分からない以上は近隣のゴミ捨て場から見つかったとしても、しらばっくれる事は可能。
ルミノール反応―――血液が付着していたか否かの反応―――も当然出ないから、検査をしても無駄。
しかし包丁は金属……そう簡単には、ばれないように処分をする事は出来ない。
そこで犯人は敢えてそれを逆手に取り、この場に凶器を残したのではないかというのが、Lの考えであった。

「錘をつけて深い川や海の底に沈めたり、山中に捨てたりという可能性も考えはしました、ですが。
 もしそれをするならば、包丁も一緒に捨てるのが普通です。
 凶器を現場に残しておくメリットというのは、正直少なすぎるので。
 クロノさん、近隣のゴミ捨て場から何か、それこそ灰とかが見つかったりはしていますか?」
『いや、既に捜索済みだが何も見つかってはいない。
 そもそも、今日はゴミの回収日じゃないからゴミ自体が無かったがな』
「分かりました、でしたら管理局の権限で、数日間業者に近辺のゴミの回収を停止するよう言ってください。
 証拠を完全処分させないためにも」
『勿論、その辺は抜かりは無いさ。
 だから今は、家宅捜索をすれば確実に何かしら発見できる状況だ』
「そうですね、ですが出てきたところでしらばっくれられるのがオチでしょう。
 洗濯して室内に干していたら、ストーブの所為で焼け焦げてしまったとか。
 煮沸消毒に失敗したとか、理由は幾らでも考えられますから」
『ちょ、ちょっと待った!!』
「……?
 どうかしましたか、エイミィさん?」

Lの話を聞いていて、エイミィは少し違和感を覚えた。
彼はどうも、犯人が証拠を焼却処分した事を前提に話している。
しかし、そう判断した理由が彼女には分からなかった。
いや、証拠を処分するのは当然の話なのだろうが、何故焼却なのかが分からなかったのだ。

『焼却処分以外の方法で、犯人が証拠を処分したって可能性はないの?』
「それは、ゼロとは言い切れませんが、かなり低いです。
 家庭で出来る証拠の隠滅方法は、これ一つだけですから。
 単に衣類を洗濯しただけでは、返り血は落とせてもルミノール反応までは消せませんしね。
細切れにしたとしても、その僅かな欠片から反応が出ればやはりアウト、なら燃やすのがやはり一番です。
 塩酸や硫酸等で溶かすという手段もあるにはありますが、個人で簡単に入手できる代物ではありません。
 それに、こういう薬品が使えるのなら、包丁だって一緒に消そうとする筈です」
『でも、そんなに綺麗に燃やせるの?
 百歩譲って服や手袋はOKにしても、靴とかは無理じゃ……』
「サラダ油なり灯油なり、可燃性の何かを使えば不可能ではありません。
 先程言った細切れ、その状態にしてしまえば楽ですしね。
 それこそ、サンダルの様なものなら簡単ですよ」
『……じゃあ、そもそも証拠を処分していないって可能性は?』
「自分に疑いがかかる事は、流石に犯人も予想できている筈です。
 それも、早ければ死体発見後すぐに、と。
 犯行時刻と通報時刻との間にはそこそこ時間がありましたし、その間に全く手を打たないというのは考えられません」 
『まあ、それはそうだよね……うん、ごめん。
 何とか納得は出来たよ』

エイミィはLの推理に納得した。
確かに彼の言う事は、それなりに筋が通っている。
ならば、まずこの線で間違いはないのだろうが、だとすると一つ大きな問題がある。

『しかし……もしそうだとしたら、これは犯人が家に証拠を残していないという事にもなるんじゃないか?
 局員達が尋ねる前に処分が可能なものは、もう処分を済ましたと……』
「ええ、そうですね。
 確たる証拠は残していないでしょう」
『……やっぱりか』

Lは表情を変える事無く、はっきりと言い切った。
犯人は確たる証拠を残してはいない……家宅捜査をしても、何も出てこないだろうと。
クロノ達も、薄々それには気付いてはいたが、こうも断言されたのでは、返す言葉が無い。

「ここまでの推理と筆跡の調査とで、容疑者を一人に絞り込むのは勿論可能ですが……
 逮捕に踏み切るには、少しだけ弱いです。
 そして恐らくは犯人も、筆跡鑑定が決定的な証拠にはなりえないと分かっているでしょう。
 それもあって、メッセージをああして書いた……と。
 正直言うと私は、検死の結果次第では身長以外に決定的な証拠が出るかと思っていましたが、少し甘かったようです」
『参ったね……』
振り出しにとまではいかないものの、捜査はここで少し行き詰る事となった。
Lはポリポリと頭をかきながら、その場でくるりと一回転をする。
何か、見落としている観点がある筈……軽く溜息をついた後、Lはゆっくりと無限書庫の出入り口へと降りていった

「Lさん?」
「すみません、お手洗いついでに、少し一人で考えを纏めさせてもらいます。
 すぐに戻りますので」

Lはそう一言告げると、ユーノ達が返事を言う間も無く無限書庫の外へと出て行った。
何ともまあ、マイペース極まりないというか。
皆、呆れて物が言えなかった。

『……本当、変わってる人だよね』
「うん……それは認めるよ」



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「ふむ」

先程、ユーノと二人きりで会話をしていた給湯室。
そこでLは、板チョコをかじりながら推理を続けていた。
先程は手洗いついでにといったか、別に無限書庫から一時退室する言い訳さえ出来れば何でもよかった。
一旦書庫の外に出て、甘いものの補給さえ出来れば後はどうでもよかったというのが、彼の本音であったのだ。

(やっぱり、引っかかる)

Lは、大きく溜息をつく。
実は彼には、ここまで発覚した事実の中に、一つだけどうにも腑に落ちない点があったのだ。
自分の推理通りならば、加害者は証拠を全て処分している。
それも、結構念入りにであるが……

(もしも容疑者が、絞られている四人の内誰か一人としたら……どうしてアリバイ工作もしなかった?)

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最終更新:2008年06月17日 20:11