魔術士オーフェンStrikers 第九話
「我は放つ光の白刃!」
呪文と共に指先から放たれた純白の熱波が暗闇を切り裂きながら標的―――ダミアンへと一直線に迸る。
「…………」
だが直撃すると思われた瞬間、彼が迫る光弾に手を差し向け軽く指を振ると熱衝撃波はフッと、音一つ立てずに消失してしまった。
「…再会の挨拶にしては手荒いな」
差し出した右腕をローブの中にしまいながらダミアンがボソリと呟く。
「コミュニケーションに失敗すると人間ってのは攻撃的になるんだよ。覚えとけ」
通じないのは分かっていたため特に動揺もせず目の前の男に向けて皮肉を吐きながら視線を辺りに巡らせる。
(俺は…転移させられたのか。にしてもあんな一瞬で、しかも呪文すら唱えずに、だと?ったく、嫌になるぜ…)
暗闇であるため細かい場所は分からないが足元から伝わってくる列車の振動音からしてモノレール内の…まぁ、どこかと考えて間違いはないだろう。
「…エリオとキャロは?」
と、つい先ほどまで隣にいた仲間がいない事に気づき、自然声を尖らせながら目の前の男に問いかける。
「そのように睨まれてもな…。さっきの子供達の事ならば案ずるな。危害を加えるような真似はしていない。理由が無いだろう?」
「アンタの言葉を信用できた事なんざ一度たりとも無かった気がするよ。…まぁいい。で?俺に何の用だ?今更リベンジってわけか?」
「ふむ、正直考えていなかったと言えば嘘になるが…。まぁ止めておこう。私が一対一では君に及ばないのは証明済みだろう?生憎まだ消えるわけにはいかない」
「…? なら―――」
「解らないかね?私は君に問うためにここに来たのだよ。私が舞台から刎ねた後、魔王の召喚は成ったのか。女神の抹殺は果たされたのか。
アイルマンカー結界は。ドラゴン種族は。聖域は。人類は。領主様は―――!!」
「………………」
「―――大陸は救われたのか?私はそれを知る必要がある。義務があるのだよ…」
そう締め括るダミアンを苦々しい心持ちで見つめる。…今の彼の言動で確信した。この男は知らない。
キエサルヒマ大陸では女神が今だ健在だという事も、領主が死んだ事も、キエサルヒマ大陸を覆っていた結界を自分が破壊した事も、
ディープ・ドラゴンが…一匹を除いて全滅してしまった事も。
恐らく領主の館で死んでから先の情報をこの男は何一つ持ち合わせていない。
(そして逆に言えばこの男は一度死んでから生き返ったという事でもある、か。ふざけんな、そんな事が―――)
あるはずがない、とは言えない。信念や宗教で事実を覆せるのなら苦労はいらない。
(まぁいい。今一番の問題はこのミスター幽霊が敵なのか見方なのかサッパリ分からないって事だ)
聖域との抗争が終わった以上、お互いに引き摺らなければ敵対しようはずもない。問題は、そう問題はこの男のさっきの言葉だ。
大陸の現状―――。
それがこの男の思い描いていた大陸の姿にどれだけ近づけていたかで話は変わってくる。
(腹が読みにくいって意味じゃダントツだからな、コイツは。不満が残る結果聞かされた時どうゆう行動に出るのかサッパリ予想が付かねぇ…)
迷う。話してもいいものか…。
悩みながらも目の前の男からは視線を逸らさず、暗闇の中で睨み合う事数分、根負けしたようにダミアンが盛大なため息を吐く。
「だんまりか…。まあいいさ」
「なに?」
「君の事はそれなりに理解しているつもりだからな。そう、こうゆう局面でどのような手を打てば君の口が軽くなってくれるのかくらいには…」
そう言うとダミアンは背後から一つの小さなケースを取り出すと自分に見せるように掲げる。ケースの中には赤い宝石が紅光を放っている。
「これが何か分かるかね?」
「……?」
「……君は回収対象の形状すら把握していなかったのか?」
見当が付かず眉を顰める。と、それを見たダミアンは呆れたという風にこめかみに人差し指を当て首を左右に振るようなジェスチャーを見せる。
「ほっとけ。貨物車両内に着いたら向こうの奴らが通信で誘導する事になってたん……ちょっと待て。てことは」
「話が早くて助かるな。ああ、これがレリックという物らしい。私も最初見た時は驚いた。いや、信じられなかったな。
こんなちっぽけな結晶に使い方次第で町一つを吹き飛ばせるほどの力が秘められているというのだから…。―――さて、私が何を言いたいのか分かるかね?」
そう言ってケースを床に置くと再びダミアンがこちらに問いかけてくる。顔も口調も無愛想そのものだが、言葉の内容には無視出来ないものが含まれていた。
「…ふざけやがって。何が危害を加える理由はない、だ。人にものを頼むのにいちいち相手の弱みを握っておかなけりゃ気が済まねぇのか?」
不機嫌を隠そうともせずに呟く。何が言いたいのかなど聞くまでもない。今この場所にレリックがあるという事実と目の前の男の性格と能力、
この二つの情報を鑑みれば自ずと答えは見える。
レリックがあるという事はこの場所が貨物車両内である事は間違いない。ここにガジェットが一体もいない事からもそれは窺える。
問題は自分が転移させられる前、この場所に後一歩という所まで迫っていたという事。すなわち―――
「エリオとキャロに何をしやがった…」
自分と行動を共にしていた二人の仲間が突入してくる気配が全く見られないという事だ。
「ふむ…説明の手間が省けるのは助かるが誤解は困る。今回の「これ」は私の友人が勝手に気を回してくれただけであって私の意図では―――」
「同じ事だろうが!!」
セリフを遮るように腕を横に振りながら叫ぶ。すでに苛立ちは最高潮に達していた。するとダミアンはやれやれとでもいうように肩をすくめる。
「なるほど…。やはり自分よりも他者の危機に熱くなる所は相変わらずか。いいだろう」
そう言うと白魔術士はこちらの背後、暗闇に包まれている方に向けて凝らすように目を細める。
「先の質問に答えるが―――あの子供達は今の所無事だ。…今の所はな。だがどのみちあの分ではそう長くは持たんだろう。誰かが救援に向かわねば助からんな。
―――ああ、ちなみに今彼らに最も近い位置にいるのは我々なわけだが…」
「…テメェの方こそ、持って回ったようなその口調は相変わらずだよ」
淡々と語る白魔術士に唸るような声音で返す。だが同時に心の中ではすでに理解してもいた。―――小賢しい掛け合いはもう必要ない…。
こちらにとって必要不可欠なカードはすでに相手に見せられてしまった。本当に何一つ信用できない男の言葉ではあるがそれでも無視するわけにもいかないカード。
…手を選ばなければならない。裏を斯くにしろ強引に突破するにしろ、どちらにしろ相手の要求を蹴って進もうとするのなら恐らくこの男との戦闘は避けられまい。
(つってもこのミスター幽霊相手に喧嘩なんかしてたらそれこそ日が暮れちまう…。いや、それ以前に―――)
そう、それ以前にさっきとは状況が一変してしまっている。今の状況では、足枷無しの真の意味での一対一でなければダミアン・ルーウは倒せない。
最短で二人の下へ駆けつけたいのなら―――
「-―――、一つ約束してもらうぞ」
怒気を抑えながら呟く。相手の意図通りに動かされている事を自覚しながらもそれに乗るしかない状況に思わず嘆息しかけるがグッと堪える。
しゃくではあるが仕方がない。
「俺が全てを話し終えたら黙ってここを通せ。例えどんな結果でもだ。これが呑めないってんなら俺も好き勝手にさせてもらうぜ…」
右腕を掲げ、正面から相手の目を見据えて言い放つ。同時に頭の中に自壊連鎖の構成を描いておく。
もし邪魔をするのならこの部屋を丸ごと消滅させてでも二人の所へ向かわせてもらうという意思表示を込めて。
「―――誓おう」
当然気付いたのだろう。こちらの構成を見て取ったダミアンが神妙な面持ちで小さく頷く。
「…………」
先ほど平然と嘘をついた男との口約束。とても信じる気にはなれない保障。だが。
(今はそれにすがるしかない、か…)
小さくため息を吐くとオーフェンは事の顛末を掻い摘んで説明し始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「もう止めておけ…。お前達では私をかわしてこの先へ進む事など到底不可能だ」
氷のような声が辺りに響く。
ダミアンとオーフェンが対峙しているすぐ前の車両、目標まで後一歩という所でスバルとティアナは突然現れた一人の少女にその道を阻まれていた。
「……ハァ………ハァ……」
地に膝を附き、息を乱しながらティアナは目の前で自分を見下ろす少女を睨みつける。
(こ、この…子供のくせに…)
声には出さずに毒づく。ティアナのその少女への第一印象は一言で言えば「何かアンバランスな子」といった物だった。
矮躯の少女だ。幼さが残る整った顔立ち、ウェーブのかかった柔らかそうな美しい銀の長髪。
ともすればどこかのご令嬢のような容姿のクセに着ているものは全身を覆うボディスーツに飾り気も何もない無骨なコート。
両の手指の間には―――投擲用なのだろう―――小振りのナイフが計八本握られている。トドメに左の目にはその瞳を覆う黒い眼帯。ハッキリ言って不似合いな事この上ない…。
しかしそんな少女にもうかれこれ五分間以上翻弄され続けている。いくら慣れていない新装備での初戦闘だからといって…。
(―――って、理由にならないわよね。最新の技術注ぎ込ませといて…)
胸中で反省する。スバルのマッハキャリバーも自分のクロスミラージュもそれぞれ自分達の特性を考え、自分達の為だけに組まれたデバイスなのだ。
得物を使いこなせないから勝てません、なんてのはただの言い訳にすぎないし口が裂けても言えない。第一にプライドが許さない…。
そこではたと気付く。
(はぁ、てことはあれ?あのおチビちゃんの方が純粋に私たちより上手って事?)
倒すどころか強引に押し通ることもままならないほどに?―――二人がかりで…?
(冗っ談じゃないわよ…!こんな変な格好した子にコケにされてたまるかっての!)
心の中で毒づきながら乱れた呼吸をようやく整え立ち上がる。視線をチラリと後ろへ向けるとスバルも腰を上げ始めている。(先ほど少女に思い切り投げ飛ばされたのだ)
『スバル、動ける?』
「え?う、うん、なんとか…』
そちらの方に視線をやらずに念話で話しかけると怪訝に思いながらも同じく念話で返してくる。
『オッケー。スバル、「アレ」やるわよ』
『アレ…って、こないだから試してるコンビネーションの事?まだガジェット相手にしか成功してないよ?』
…自分で言っておいてなんだけど「アレ」だけで意思の疎通が出来てる辺りさすがは長い付き合いなだけはある気がする。
『ティア…?』
『え?あ、ああゴメン。任せなさい、タイミングはこっちで図るから。細かい事気にしないでアンタは決めるとこきっちり決めてよね』
『ティア…。うん、分かった!』
そう言うと打った背中を押さえながらスバルがヨロヨロと立ち上がる。
「ハァ…まだやる気か?」
「ったり前よ!」
呆れたというような表情でため息を吐く銀の少女に鼻息荒く言い返す。
「先ほども言ったがこちらはすでにレリックの捕獲を諦めている。私達の…協力者の用件が済めば私もすぐにここを立ち去る。
ここで少しの間おとなしくしていればそちらは痛い目を見ずに済む。レリックも手に入る。お前たちにとって都合の良い展開のはずなのだがな…。何が不満なんだ?」
「悪い人の言いなりになる事!!」
心底分からない、そう言いたげに首を傾げる少女にスバルがキッパリと言い返す。
そのあまりにも単純明快な断言にここまでずっと表情を崩さなかった少女の顔が不意打ちを食らったようにキョトン、としたモノになる。
その予想外に可愛らしい反応にわずかに苦笑を洩らしながらティアナが続く。
「…まぁ、そうゆう事。あと、そうね…極々個人的な理由ではあるんだけど」
そう呟きながらもゆっくりと腰を落としていく。―――これから仕掛けるのは「ある人」の戦法を自分流にアレンジしたとっておきだ。
(未完成だけどね…)
「…何だ?」
こちらの動きを見て取った少女が警戒心を高めたのか若干固い声音で問うてくる。
「あえて言うならこっちの―――」
刺すようなプレッシャーに皮肉気な笑みを浮かべながらクロスミラージュを握り直すとありったけの気合を込めて言い放つ。
「プライドの問題!!」
同時にバックステップで後ろに大きく飛び退きながら標的に向けてクロスミラージュを乱射する。それぞれ頭、腹、右足、大きく右に弧を描いて側頭部を狙う計四発の弾丸。
上下に散らされた魔力弾が少女に迫る。
「ふん…」
だが少女はつまらなそうに鼻を鳴らすと両腕を鞭のようにしならせ、迫る弾丸と同じ数のナイフをそれぞれの方向に向けてまったく同時に投擲した。
ボボボボン!と、連続した破裂音を残して放たれたナイフは狙い違わず全ての魔力弾を打ち落とす。
(狙いは正確ではあるがワンパターンだな…。策があるのか、それともただ単に芸がないだけか…)
弾丸を迎撃している間に一気に距離を離したティアナを見据えながら銀の少女――― チンクが胸中で呟く。瞬間、
「一撃―――」
「何!?」
突然想像もしない方向―――自分の真上から聞こえた声に珍しく驚愕の色を見せながらチンクが上方を仰ぐ。
(タイプゼロ――!?)
そこにはいつの間に接近を許したのかもう一人の青髪の魔導師がこちらに向けて拳を構える姿があった。しかも驚く事にその姿は一人ではない。
約三人―――全く同じ姿形をした三人の少女が全く同じ闘志を込めた瞳をこちらへ向けている。
(なるほど…。さっきの弾幕は私の注意をタイプゼロから逸らす為の囮…兼、奴が私に近づくのを悟らせない為の目晦ましといった所か…。しかもその上、これは…幻術か?)
本物を見極めようと視線を巡らしながら高速で思考を展開させる。永遠に感じられる様な一瞬の中でドクターから聞いた情報を思い返す。
(奴のISではないな。性格や戦闘スタイルを鑑みてもこんな魔法を奴が習得しているとは考え辛い)
ということは―――
ハッと、今はもう離れた所に佇んでいるもう一人のオレンジの髪の少女へと視線を向ける。
(―――やってくれる)
瞬間的に背中を駆け抜ける戦慄に思わず頬に苦笑いが浮かぶ。予想通りと言うべきか、その足元には彼女の髪と同色の魔方陣が展開されていた。
「必ィッ倒オオオオオオーーーーー!!!」
間近に聞こえた雄叫びに再び視線を戻すとタイプゼロの目の前にサッカーボール程の小さなエネルギー球が生み出されている。
砲撃魔法―――そう悟り飛び退こうとして、本能的に思い留まる。自分の背後には貨物車両を覆う結界がある。あの結界は通信など情報の遮断には優れているが物理的な衝撃にはそれほど強くないのだ。
相手との位置関係を考えると避けるわけにもいかない。かといって砲手を迎撃しようにも幻術により本物と偽者の判別がつかない。
「チィ…」
舌打ちをしつつ拳を握り、指の間に挟んでスティンガーの残数を感触で確かめる。
(あと四本か。補充しているヒマはないな…)
三人に一本ずつ投擲して真偽を判別した後、姿を晒した本物にトドメの一投。自分の腕ならこのタイミングでも十分間に合う。だがそれも恐らく適わないだろう。
(私が動けば恐らく同時に奴も動く…)
もはやこの目で確かめるような暇も余裕もないが気配で分かる。自分の視界の外ではあのもう一人の狙撃魔導師が「その時」を狙っている…。
(最後まできっちり詰めてくるか…。大したモノだよ、まったく。ああ―――本当に、惜しかった!)
「ッ!?」
生み出した光球を放つため拳を突き出そうとした瞬間、ゾクリ、とスバルの背筋に悪寒が走る。
明確な理由はない、だが肌で感じた。姿のない脅威に本能がこのまま技を繰り出す事を全力で拒んでいる。
(――――でも!!)
グッと歯を食いしばり射線上にいる相手を睨みつける。
ここまで二人がかりで戦っても拳を当てることすら適わなかったあの少女を後一歩、もう一押しで倒せるという所まで来ているんだ。
どうしてここで退く事が出来る。
(構わない!ブチ抜け―――!)
悪寒を振り払うように魔力球に己が拳を叩きつけ、叫ぶ。
「ディバイン、バスターーーー!!!」
蒼の光が膨れ上がり拳の先から光の奔流が放たれる、その直前―――――
『IS・ランブルデトネイター』
―――――声が聞こえた気がした。
瞬間、視界が閃光で埋め尽くされると共に凄まじい爆圧が背後から身体を貫いた。
「――――――ぁ」
攻撃を受けた。かろうじて認識できたのはそれだけ。後は殴られたのかも、撃たれたのかも、斬られたのかも分からない。
爆音を耳元で聞いたような気もするがそれも定かではない。それに反して遠くで自分の名前を叫ぶ相棒の声だけは何故かやけにはっきりと聞こえてきた。
身体に走る痛みと衝撃の余韻とが思考する力を奪っていく。
(あ…これ、ヤバイかも……)
指先一つ動かせずにスローモーションで流れていく景色をボンヤリと眺める。見ればもう床が目の前だった。
自分がどう飛んでいるのかさっぱり分からないので床なのか壁なのかは判断が付かないが、まぁどちらでも変わらないだろう。
どのみちこのまま受身も取らずに頭から叩きつけられたら大怪我じゃ済まない。
(どうしよう…。とにかく、意識だけは、失わないように、しないと―――)
ウイングロードも今からでは間に合わない。スバルはそう悟るとすでに朧な意識で、固く目を瞑り歯を食いしばりながら覚悟を決めた。
(どうか死んじゃいませんように―――!!)
胸中で祈りながら衝撃に備える。
――――待つ一瞬。
――――――待ちわびる数瞬。
「………………………………………あれ?」
だがいつまで経っても衝突の時は来ない。怪訝に思いそ~、と目を開けてみる。と、霞む目の前には瞑る前に見たのと同じ光景が広がっていた。
床。床が自分の視界一面を覆っている。先ほどまでと違うのは激突寸前のその状態で宙に浮いているという事だが…。
(何?この状況…)
ほぼ倒立のような体勢で宙吊りにされたまま辺りを見回す。と、少し離れた位置でこちらに駆け出そうとしている姿勢のままで停止しているティアナも、同じく離れた場所でティアナに向けてナイフを放とうとしている少女も、
二人とも同じく呆気にとられた視線をこちらに寄越していた。
「え~、と…」
釣られて自分の身体を見回してみると胴体と両の足首に銀色のバインドが体を繋ぎ止めるように巻きついていた。
「これって…」
唖然としたように呟く。―――刹那。
「フゥ…。間一髪、間に合いましたね…」
涼風が吹いた。
いや、涼しく感じたのは声だった。慌てて振り返るとティアナがいる更に奥、車両の最後尾にいつの間にか小さな人影が浮いていた。
「リィン曹長!?」
銀色の妖精、そんな呼び名がぴったりと当てはまる少女はこちらに軽くウィンクをして見せるとすぐにキッと表情を引き締める。
「スバル!すぐそこから離れるです!ティアナは援護を!」
「へ!?って、うわぁ!」
声と同時にリィンが腕を振ると体を拘束していたバインドが解ける。反射的に手を衝き、そのまま前転の要領で一回転してから立ち上がる。と、同時に膝ががくりと落ちる。やはりダメージはそれなりに深いらしい。
すると真正面から両手にナイフを構えた眼帯の少女が走りこんできていた。こちらに向かって一直線に。
「くっ…!」
応戦するしかない。そう覚悟を決め、力の入らない拳を構える。
「させません!」
「ッ…チィッ!!」
が、その拳が揮われる事はなかった。リィンの声、というよりも進行方向に突如発生した魔方陣を警戒した少女が直進から一転、残像が残りそうな俊敏さで後方に飛び退く。
その一瞬後、パキィィィ…ンと、グラスを突き合わせるような音を立てて魔方陣から人一人をすっぽり収納できるほどの氷柱が形成される。
「スバル!今の内に!」
「う、うん…。マッハキャリバー!」
下がった少女に向けて更に弾幕を張りながら叫んでくるティアナに頷き、足に活を入れて立ち上がるとウィングロードでティアナのいるあたりまで一気に離脱する。
「ありがと、ティア!あ、それとゴメン…。ヘマしちゃった…」
「はぁ?」
彼女の隣に並び立ちながらクロスミラージュから速射砲のように放たれ続ける魔力弾を器用に、そして俊敏に避ける銀の少女に視線を向ける。
「いや、さっきのコンビネーションの話。上手く決められなくて…」
するとティアナは何かおかしな話でも聞いたというように眉を顰め、
「アンタが謝るような事じゃないでしょ!あれは未完成のコンビネーションを実戦で使って通用するなんて考えたアタシのミス!
…やっぱ形だけ真似しても駄目って事よね―――っていうかムカつくわね!一発くらい当たれってのよ!!」
「真似?」
イライラとがなりながらティアナが少女に向けてヤケクソ気味に叫ぶ。結局20発近く放たれた弾丸は一発足りとも少女には被弾しなかったらしい。
「二人とも、反省会は任務が終わった後ですよ?」
と、いつのまにか近寄って来ていたリィンがジト~、とした目で呟く。
「あ、リィン曹長…」
「ス、スイマセンでした!」
「まったく、もう…」
そう縮こまる二人に嘆息すると再び少女へと向き直る。
「…詰め損なったな。さっきのは氷結魔法…か?」
こちらはこちらで仕留め切れなかった事が悔しいのか苦々しい口調でチンクが呟く。
「あなたがこの襲撃の実行犯ですか?」
質問に答えずに逆に厳しい口調で問いたてるがチンクも特に動じる事もなく淡々と返す。
「その一味、と言った方が正確だな。それがどうした?」
「局で詳しい話を聞かせてもらいますです」
そう言うとリィンは足元に魔方陣を展開させ、威嚇するように右手をチンクの方へと向ける。それに習うように隣の二人もそれぞれの得物を構える。
(3対1、さすがに不利か…。それに時間も経ちすぎた。そろそろ隊長格も追いついて来る頃だろう。――――潮時だな)
コートの裏からスティンガーを補充しながらチンクは早々に撤退する事を決意した。
足止めという役割も協力者としての義理も十分に果たしたはずだ。これ以上の事をしてやるような義務も責務も自分達にはない。あとはダミアン氏に任せればいい。
目の前の敵と対峙しながらチンクは密かに念話の回線を開く。反対側の車両で自分と同じく今も戦っているはずの妹に向けて―――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「らああああああ!!」
雄叫びを上げ、複雑な蛇行を描きながらノーヴェが飛び込んでくる。
「はぁあ!」
それを真っ向から迎え撃つ形でエリオは愛槍を振るう。カウンター。左への薙ぎ払い。必当のタイミングで放ったはずの一撃はしかし少女の体を薙ぐ事はない。
「遅ぇんだよ!!」
嘲りの声と共にノーヴェが右足を振り上げ、足首のスピナーで斬撃を受け止める。更に体を捻りもう片方の足でソバット気味の回し蹴りをこちらの顔面めがけて打ち込んでくる。
突進の勢いと常人離れした体のバネに加えて鋼鉄のブーツにより凶悪な速度と威力を保った蹴り。直撃すれば人間の頭なんて簡単に砕けるだろう。
「ふっ!」
咄嗟に槍を引き、柄の部分で蹴りを受けた。金属同士がぶつかり合う音と共に凄まじい圧力と衝撃が両腕にのしかかってくる。
(お…重すぎる…!)
蹴りの威力に押され、後方―――壁際まで一気に吹き飛ばされる。
「くぅっ!」
苦悶の声を上げながらもなんとか着地し、壁へと叩きつけられる事を防ぐ。
(駄目だ…。やっぱりあの人の蹴りは僕じゃ防げない。受けちゃ駄目なんだ。なんとか受け流すか、かわさなきゃ…)
息を乱し、衝撃に痺れる両手に顔を歪めながらエリオはこの数分の間で何度目かになる言葉を胸中で繰り返す。受けるな、流せ、もしくはかわせ。
だがそれを実際に行えていない事は彼の満身創痍の体を見れば一目瞭然だ。直撃こそなんとか避けているがもう何度も何度も蹴り飛ばされ続けている。
全身の打ち身は覚悟しなければならないかもしれない。
「エリオ君…!待ってて、今―――」
離れた所からキャロがわずかに上ずった、心配そうな声を上げながらその足元に桃色の魔方陣を展開する。
「―――ッ、キャロ、駄目だ!」
「え!?」
だがエリオはそれを遮るように大声を上げると、無言でこちらを見返している赤髪の少女へと槍を構える。
「で、でも…さっきかけた魔法ももう効果が解けちゃってるし…このままじゃ…」
「大丈夫、だから。キャロはそこにいて…」
狼狽するキャロを尻目に断固とした口調で魔法による加護を拒む。理由はある。
キャロが魔方陣を展開させた時、目前の女のブーツの先がキャロの方へとわずかに向いたのだ。
(キャロの方へ注意を向けさせるわけにはいかない。彼女の障壁じゃ多分この人の攻撃は止められない…。僕がやらなきゃ―――!)
決意を込めた瞳と共に少女に向けて踏み込もうとした瞬間、遠くで何かが轟くような音が聞こえた。
(爆発?ティアナさん達の方だ…)
思わず足を止め、音源を探る。と、ノーヴェの方もその音に気づいたのかその金色に光る瞳を車両を隔てている扉の方へと向ける。
「おー、チンク姉張り切ってんなぁ」
列車の向こう側から轟いた爆音に耳を澄ませ赤髪の少女がなんとはなしに呟き、扉の方へと向けていたその視線を再びこちらへと巡らせる。
「んじゃ、こっちもそろそろ終わらせるか。てめぇも転がされてばっかでいい加減飽きただろ?」
言いながらノーヴェはその場でエリオに向けて差し出すようにその右腕を掲げる。
「ッストラーダ!」
『SONIC MOVE!』
危機を感じ、ほぼ反射的にブリッツアクションを展開、疾風を纏いながら横へと跳ぶ。その一瞬後、少女が右腕に装着している篭手から無数の光の矢が放射される。
(射撃武装…!?)
ソニックムーブの効果が切れると共に体に重力が戻ってくる。驚愕しながら少女の方へ視線を向けるとすでにノーヴェはこちらに向けて右腕を掲げていた。
(くっ、もう一度―――)
更にソニックムーブを展開させようとして、ハッと気付く。位置が悪い。
(キャロが―――!)
横に跳んだのが悪かった。このまま回避したら自分の背後にいるキャロがそのまま標的にされる。
退路が無い。攻撃しようにもあの武器がある以上まっすぐ突っ込めば間違いなく蜂の巣にされる。攻手も防手も選べない状況に全身の血が急速に冷えていくのが分かる。
どうすれば―――
「エリオ君、下がって!!」
呆然となりかけていた頭に突然、叱咤の声が響く。
『SONIC MOVE!』
その声に従い、半ば無意識に発動しかけていた魔法で後方へと一気に跳躍する。高速で流れていく景色。遠ざかっていく赤髪の少女。そして逆に急速に近づいてくる気配。
「キャロ、何で!?」
「いいから!」
ちょうどキャロのすぐ横でソニックムーブの効果が途切れる。すると彼女は有無を言わさず自分を庇うように一歩前に出ると両腕を突き出し、彼女の魔力光と同色の障壁を展開する。
そしてそれとほぼ同時に光の雨が火花を散らしながら桃色の障壁を叩いていく。
「う……うぅ……」
間断なく炸裂していくエネルギー弾。障壁越しに伝わるその衝撃にキャロが顔を顰める。
「キャロ!」
「だ、大丈夫…エリオ君にばっかり、辛い思いさせられないから…」
突破されそうになる障壁を必死に維持しながら呻くような声でキャロが呟く。
「チィッ、しゃらくせぇ!!」
突破できない事にしびれを切らしたのかノーヴェが罵声を上げながら突っ込んでくる。鋼の車輪に悲鳴を上げさせ、一直線に―――
「キャロ、危―――」
「フリード、今!ブラスト・レイ!!」
エリオの警声よりもなお早くキャロが彼女の下僕、彼女の足元にいる子ドラゴンに命令を下す。
「キュ、クルァアーーー!!」
主の指示を受け、フリードがその口腔から灼熱の火球を吐き出す。障壁の内側から放たれたその火球はノーヴェのガンシューターによって磨り減っていた障壁を容易く砕き、正面から突進してくるノーヴェを捉える。
「っ、まだまだぁ!」
予想外の反撃に一瞬表情を強張らせたノーヴェだったがその驚愕もすぐに不敵な笑みへと変わる。
彼女は足元から光の帯が、スバルのウィングロードに酷似した「道」が伸びる。金色に光るその道は火球から逃れるように、壁に沿うようにルートを形成すると、その上をノーヴェは自身のトップスピードで駆け抜ける。
火球をギリギリで回避したノーヴェはそのままエリオ達の背後に回ると光の帯―――『エアライナー』の上で勝ち誇るように胸を反らす。
「ふぅ……。へっ、詰めが甘いんだよ!」
「くっ…」
そちらに向き直りながらエリオが口の端から気を吐く。今の攻撃も普通なら確実に当たっているタイミングのはずだ。
(なんて反射神経だ。スバルさん並みかもしれない…)
ともあれ、あれが避けられてしまうのならもうどうしていいのか分からな―――
「あああああーーーーーーーー!!!」
と、マイナス方面に向かいそうになった思考を遮るように突然ノーヴェが大声を上げる。のと同時、背後―――フリードのブラスト・レイが放たれた方向―――から爆音が鳴り響く。
「え、何!?」
思わず振り返る。見れば貨物車両の扉を被っていた結界が真っ赤な炎に包まれていた。ノーヴェはそのメラメラと燃え盛る炎を指差しながら大きく口を開けたまま硬直している。
「…ひょっとして、さっきのフリードので?」
「ね、狙ったわけじゃないんだけど…」
隣で同じようにポカーンとしているキャロへと話を振ると苦笑混じりに返してくる。
炎が晴れると結界は綺麗さっぱり無くなっていた。
「……………」
「……………」
二人して硬直を続ける少女へと視線を戻す。一応こちらにとって良い方向に事は転がったのだが、どうにも気まずい…。
「え、え~と…その、」
「が、頑張って下さい?」
何故か励ましてみたりする。すると話しかけられた事で我に返ったのか彼女はスッと居住まいを正すと一つ嘆息する。
「まぁ、しょうがねえよな…」
気持ち良く開き直りました。
「い、いいんですか!?」
予想外の反応だったのかキャロが勢いよく突っ込む。
「い~んだよ。よく考えたらドクターからも『なるべく』時間稼げとしか言われなかったしな。それにあんなジジイがどうなろうがアタシの知ったこっちゃねーし」
なにやらすっかり冷めてしまったように頭をポリポリと掻きながらメンドくさそうに少女が言う。
(あ、しまった…。さっき空気に負けずに攻撃してればひょっとして勝てたんじゃあ…。って、うう…こ、こんな事考える自分が嫌だ…。誰の影響だろう…)
エリオはエリオで頭を横切った外道な思考に軽く自己嫌悪に陥っていたりする。
「と、とにかく」
仕切り直すように咳払いを一つ。弛緩しかけた空気を締めるようにエリオが口調を厳しいモノへと変えて彼女―――ノーヴェへと話しかける。
「まだ戦いますか?撤退してくれるのなら僕たちも追いません。僕たちの目的はアナタではありませんから。でも―――」
戦うというのなら相手になる。言葉ではなく手の中の得物を構える事でその意思を相手へと伝える。
急な空気の変化に戸惑っていたキャロもわずかに目を伏せた後、キッと強い視線を少女へと向ける。
「―――転がされっぱなしだったクセに偉そうに吠えるじゃねーか。…生意気なガキは嫌いなんだよ」
それを受けて少女が再び険呑な雰囲気を纏わせる。
「―――チッ、まぁどのみち時間切れか」
「え?」
が、それも一瞬の事。アッサリと殺気を霧散させ、例の光の帯を足元から伸ばしエリオ達の頭の上を通り過ぎると、結界の消えた扉の前に降り立つ。
「あ!? あー、はいはいわかってるよ。おとなしく帰るっつってんだろ? ―――ったく、最近口うるさすぎるぜ、チンク姉…」
ブツブツと虚空に向けて愚痴をこぼしながら何かを拾い上げる。
(あれは―――結界装置の破片?)
「可能なら持ち帰れってドクターに言われてるんでな」
エリオの視線を察したのか手の中で破片を弄びながらノーヴェが答える。それと共に天井の穴に向けて再び光の帯が伸びる。
「んじゃ、後は好きにしろよ」
「ま、待って下さい!」
そのまま外へ離脱しようとしたノーヴェに向けて声をかける。
「一つだけ教えてくれませんか?その、ドクターっていうのは…」
「――――――」
恐る恐るエリオが尋ねる。するとノーヴェは不敵に笑い、
「敵には言えねーよ。知りたきゃ自分で調べるんだな」
「そう…ですか…。そうですよね…」
予想していたとはいえ、にべも無い答えに肩を落とす。するとその反応に何か感じるモノがあったのかノーヴェが表情を不機嫌そうに歪める。
「おい、何か勘違いしてるみたいだから言っとくがな。ちっと馴れ合ったくらいで仲良くなったなんて思うんじゃねーぞ…。
アタシに少しでもその気が残ってたらテメェら二人ブッ殺すのくらいなんでもねぇんだぜ?」
「それは……」
「……………」
淡々とぶつけられる敵意を無言で噛み締める。
「フン…」
俯くエリオ達を一瞥してからノーヴェはローラーブーツに鞭を入れ今度こそ列車から離脱、
「我は放つ光の白刃!!」
する前に背後の扉から溢れ出した光の奔流に飲み込まれていった。
「うわぁああああああ!!」
「きゃあああああああ!!」
部屋の中央を蹂躙しながらすぐ真横を通過していく純白の熱波を身を低くしてやり過ごす。扉の向こうから声が聞こえてからすぐキャロを抱き抱えて壁際まで跳んだのが幸いした。
我は、の時点で反射的に回避行動に移れたのは間違いなく日頃の訓練の賜物だろう。もはやすり込みレベルだ。なんだか泣きたくなってきた。
(いや、まぁ泣いたってしょうがないんだけども…)
そんなワケの分からない葛藤から立ち直る頃には光の奔流は途切れ、室内は静寂を取り戻していた。
こちらに駆け寄ってくる殺人犯(未遂)にどんよりとした視線を向ける。キャロの方はまだショックが抜けきっていないのか目をパチクリさせていた。
「キャロ、エリオ!無事か!?―――って、何だ。全然平気そうじゃねえか」
「いえ、殺される所でした…」
「仕方ねえだろ。ドアが開かなかったんだよ」
こちらの皮肉に嘆息で返しながらオーフェンさんが手に持っていた「何か」をボクの方に放る。
「お、っと、何ですか?コレ」
「レリックだってよ」
「回収対象を粗末に扱わないで下さい!!」
受け取った小さなケースを抱き締めながら思わず叫ぶ。
「あーはいはい。…つーかお前ら本当になんともねぇのか?何か勝手に怪我が増えてるみたいだけど…」
「勝手にって…。増えるワケないじゃないですか。これは―――」
と、そこでようやく気を緩めすぎていた事に気付いた。後ろを、熱衝撃破が駆け抜けていった方を振り向く。
「うわぁ……」
絶句した。いや、ある意味当たり前の結果ではあるんだけど…。
「…列車、壊しちゃいましたね」
ぽっかりと、魔術の直撃によって列車後方に開いた大穴を眺めながら呟く。後方の列車は完全に分断されてしまったのか影も形も見えなかった。
「―――まあ、危機的状況打破のための必要犠牲って所だな」
惨々たる光景から目を背けながら実行犯がやけに遠回しな言葉で言い訳だかなんだか分からない事を口にする。
そんなオーフェンさんに半眼を向けながらも胸中では別の理由で嘆息する。
(ノーヴェさん…)
これではまず生きていないだろう。自分達を殺そうとしていた人の事ではあるが、陰鬱な気持ちになるのはどうしようもない。
「…エリオ」
「あ、はい」
思考の最中に唐突に名前を呼ばれ振り向く。と、オーフェンさんはその視線を上に向けていた。そのまま続けてくる。
「お前の知り合いか?あの怖い姉ちゃん」
「へ?」
質問の意味が分からずオーフェンさんの視線を辿るとそこには最初にオーフェンさんが天井に開けた大穴が、そして―――
「ノ、ノーヴェさん!?」
その淵からこちらを見下ろしている赤髪の少女がいた。
「…テメェか?さっきアタシの後ろからいきなりブッ放しやがったのは…」
こちらの呼びかけに答えもせず、ノーヴェさんは震え声でオーフェンさんへと問いかける。よく見ればノーヴェさんの着ている服にはやや焦げ後が、頬の辺りには火傷の後がうっすらと残っていた。
「なるほどな…。お前さんがダミアンの言ってた「友人からの支援」ってやつか。ヤロウの言ってた事もまるっきり嘘じゃなかったわけだ」
「ワケわかんねぇ事言ってねえで質問に答えろ…。さっきのはテメェがやったのかって聞いてんだよ」
はぐらかすようなオーフェンさんの言葉にノーヴェさんが更に噛み付く。怒りに燃えるその金色の瞳には先ほど垣間見えた理性の光は見られない。
「―――――だったら、どうする?」
「……………」
引き金を引く、もしくはスイッチが押されるような音を聴いた気がした。
「死ね―――」
その言葉を待っていたとばかりに口元に凄絶な笑みを張り付かせ、ノーヴェさんが開始の宣誓を告げる。
「待っ、ノーヴェさ―――」
「下がってろ!」
無意識に駆け寄ろうとした所をオーフェンさんに腕を捕まれ、そのまま思い切り壁まで投げられる。
「うおああああああーーーーー!!!」
それと同時にノーヴェさんが凄まじい雄叫びを上げながらすでに腰の鞘からフェンリルを抜いているオーフェンさんめがけて突進する。
鋼鉄の蹴りと鋼の刃が交錯する一瞬前、
「ったく、本当に…面倒事だけには事欠かねぇんだよな、俺の人生は」
ボソリと、そんな皮肉の混じった泣き言を聞いた気がした。
思えばこれがこちらの世界に来てからオーフェンにとってある意味初めての対人実戦、
そして―――これがノーヴェという少女との因縁の始まりであった。
魔術士オーフェンStrikers 第九話 終
最終更新:2008年08月22日 08:27