蒼い光。
兄弟の右腕から放たれた白い極光を、塗りつぶすかのように拡大していく蒼い光。
その神々しいまでの光は、数瞬もしない間に兄弟へと到達し、覆い隠した。
だが、それでも光は進行を止めない。
着実に自分の方へと近付いてくる。

(……この現象も俺達の力か?)

この異常な事態にも関わらず男は寸分も動じず、澄んだ空に似た色を放つ光を観
察する。
ふと、男の顔に笑みが浮かぶ。
この光が何なのかは男でさえも分からない。
一言で言えば未知数。
だが、それでも男は顔を歪めたまま逃げようとはしない。
この光に、自らの種の新たな可能性を垣間見た気がするから。
その先には自分の望む物が存在する、そんな気がしたから。

獰猛な笑みを浮かべたまま男は動かない。

(この光の先に何があるのか……)

兄弟がそうしたように男は光へと手を延ばし――同様に極光へと呑み込まれた。


今にも雨が降り落ちてきそうな曇り空の下、三人の人間が歩いていた。
とはいっても、実際に歩いているのはその中の二人だけ。
もう一人は車椅子に腰掛け、のんびりと今晩の夕食について考えていた。

「なぁ、二人とも今日の晩御飯はどうする?」

灰色の空とは対称的に眩しいまでの笑みを浮かべ、車椅子の少女は後ろの二人に話し掛ける。

「私は何でもいいですよ」
「私も主の作ったものなら何でも」

車椅子を押す女性は肩まで掛かった金髪を揺らし、鮮やかなピンク色の髪をポニーテールに結わえた女性は買い物袋を片方の手に抱えながら、どちらも優しげな笑みを浮かべて答える。
だが女性達の微笑みとは逆に、車椅子の少女は不満げに頬を膨らました。

「なんや気ぃ使わんで、好きな物頼んでいいんよ?
もう、ほっぺた落ちる位の料理作ったるから」

少女の言葉に罰が悪そうに苦笑いを浮かべる二人の女性。
それは、端から見ていても幸福に包まれているのが分かる、和やかな光景であった。
彼女達は楽しそうに自宅へと続く道を歩いていく。


時々、車椅子の少女――八神はやては思い出す。
あの孤独な日々を。
親もいない、足は動かない、学校にもいけない。正直いって退屈以外の何物でもなかった日々を。
だけどそれはある日を境に急変した。

――家族

叶うことのない夢だと理解していても、心の底ではずっと望んできた世界。
それをはやては手に入れた。
それからの毎日は楽しい事ばかりだった。
いや、何をしても楽しく感じた。
一人きりの寂しい食卓。
それが、今ではみんなで笑い合える賑やかな食卓。

今までの色褪せていた世界からは考えられない程、楽しい日常。
はやてにとって、絶対に離さない、離したくない、そんな世界。

はやては笑う。

今までの寂しかった人生の分まで、はやては笑う。




――孤独な車椅子の少女と戦いしか知らない騎士達。
そんな五人が作る、何処までも純粋で、何処までも穏やかな『家族』という名の器。
その器は、四人の守護騎士に感情を与え、平穏を望む心すら与えた。
その器は、車椅子の少女には楽しい日常を与え、家族の温もりを与えた。
悲しい過去を持った者達に、ようやく訪れた平穏。
『家族』の誰もが願っていたこの日常が永遠に続けばいいと。






その事件――後の彼女達の運命を大きく変える事件は、我が家まであと数分といった薄暗い一本道で発生した。


はやての視界に映る物は、等間隔に植えこまれた街路樹と、その間に埋め込まれた淡い光を放つ街灯があるだけだった。
当然それだけの光で道を照らし尽くせる訳も無く、辺りは少々薄暗い。
そして信じられないくらいの静寂。
人々が消失したかのように、物音一つしない。
帰宅途中のサラリーマンや、散歩中のおばさん、買い物帰りの主婦さえもいない。
自分達の足音しか聞こえない夜道。

(う~何か薄気味悪いなぁ……)

後ろの二人にバレないよう体を震わすはやて。
別にバレたところで何という事はないのだが、普段は大人びているはやてと言えども、やっぱり子供、無意識に子供特有の見栄張りが出てしまった。

「はやてちゃん、大丈夫ですか?」

だが、顔を上げたはやての目に映ったものは、心配そうな顔で覗き込むシャマル。
自らの見栄が一瞬で看板された事に気付き、はやては思わず苦笑してしまう。

――そや、今は一人じゃない。
シャマルが、シグナムが、みんながいるんや。
怖いことなんて、何もない。

はやての胸中に宿る、暖かい何か。
それが何なのかは分からないけど、とても心地良い。

「なんでもあらへんよ」

満面の笑顔はやてが答える。
緩やかに流れ続ける和やかな時間。
何時までもそうあって欲しい、何時までも終わらないで欲しい、楽しい時間。


だが、そんな願いを打ち砕くかのように、事件は発生した。





最初にその異変に気付いたのは湖の騎士シャマルだった。
それに気付くやいなや、驚愕に足を止める。
次いで気付いたのは烈火の騎士シグナム。
いきなり歩みを止めたシャマルに訝しげな視線を送り、そのシャマルの視線の先にあるものに気付き、動きが止まる。
そして、最後に気付いたのは二人の主、八神はやて。
その表情に驚愕を張り付かせ、動きを止めた二人の視線を辿りそれを見つけた。
そして二人同様に動きを止めた。

三人の視線の先に存在する物。
三人を驚愕させ、時間が止まったかのように行動停止に陥らせている物。

それの正体は――『ヒビ』。

卵を固い物にぶつけると出来る『ヒビ』。
窓にボールをぶつけてしまい出来る『ヒビ』。
その『ヒビ』が、まさに何もない筈の空中に存在している。
前触れもなく唐突に現れ、悠然と佇む『ヒビ』に、三人は息を呑む事さえ忘れていた。

「……な、なんなんやろ……あれ……?」

その硬直から最初に抜け出す事ができたのは八神はやてであった。
驚愕に震える声ではやてが後ろの二人へと問う。

「シャマル、離れるぞ」

だが、その疑問に答えられる者など居るはずもなく、ただ烈火の騎士は避難を呼び掛けた。
将の言葉に、一つ頷き従うシャマル。
主と共に、直ぐさまその場から離れようときびすを返し――


――その瞬間亀裂が強烈な光を放ち始めた。

「キャア!」
「主ッ!」
「はやてちゃん!」

シャマルはその身を盾にするかの様にはやてを抱き締め、シグナムは二人を護る防壁の如く亀裂と二人の間に身を滑り込ませる。
だが、そんな守護騎士達を嘲笑うかの様に光は輝きを増していく。

光は全てを塗り潰す。
街路樹も街灯も自分自身の姿さえも『青』の中に溶け、見えなくなる。
まるで己の存在が消失したかの様な感覚。
目を瞑ろうと、瞼越しに『青』が瞳を占領する。
――抗うことさえ不可能。強烈な『青』が世界を支配した。




「主はやて!大丈夫ですか!」
「ううう……まだチカチカするけど何とか……」


『青』が世界を支配したのはほんの僅かな時間であった。
光はほんの数秒で消え失せ、漆黒に染まる元の世界が現れる。
だが三人の網膜には、今だ強烈な『青』が焼き付いていて、眼は薄ぼんやりとしかその機能を果たさない。
三人の視力が回復したのは光が消えた数分後の事だった。

「何やったんやろうな、さっきの……二人は分かる?」

今だ違和感を感じる瞳を擦り、はやてが声を上げた。
その元気そうな声に安堵しながら、二人の守護騎士が口を開き――

「いえ、私にも何が何だか…………ッ!?」
「私もあんな物見たことありませ…………ッ!?」

――二度目の驚愕に動きを止めた。

また何かあったのか?
そう思いながら二人の視線を辿るはやて。
その視線の先には、

「…………なぁっ!?」

一人の男。
何十年もほったらかしにしたかの様なボサボサな金髪。
それらの間から覗かせる凛々しく端正な顔。
そして下着一枚羽織っていない、ほど良く引き締まった体。
気絶しているのかピクリとも動かない。
誰、この人?
いつの間に現れた?
何で足から血を流してるの?

様々な疑問が湯水の様に湧き上がる。
だが、それらの疑問を押しのけ、一つの巨大な疑問が頭の中を占領する。
――何故、男は全裸なのか?
その一点に思考が集中して止まる。
うら若き車椅子の少女は初めて見る男性の全裸に、顔を真っ赤にし声にならない叫び声を上げた。



緑色の芝生が何処までも続く広い広い草原。
気が付いたら男はそこに立っていた。

豊かな緑、丘の上にポツンと立つ一本の木。
どこか懐かしい光景。
男が事態を把握しようと周辺を見回していると、いきなり二人の子供が現れた。
男は、腕を組み少年たちの方へと体を向ける。
トンガリ頭の少年に短髪の少年。
二人は、鮮やかな金髪を揺らし楽しそうに語り合っている。

「おい、―――――!お前もそう思うだろ?」
「ああ、人間もプラントも一緒に歩いていけるさ、必ず」

満面の笑みで、反吐が出るほど甘い事をトンガリ頭は言った。
男が僅かに顔を歪める。
だが、短髪の少年は正反対に満足気な微笑みを浮かべる。

「あぁ楽しみだなぁ。ねぇ、お兄さんもそう思うだろ?」

短髪の少年は男の方を向きそう言った。
男の目が見開かれる。
だが、それも一瞬。
直ぐに無感情な表情へと変わり、無言で佇む。

「……お兄さんは信じられないの?」

トンガリ頭が純粋な眼で男を見る。

「…………人間の何を信じろというのだ」

男はその視線を真っ向から受け、口を開く。

「全部さ!」

男の問いに、迷うことなく短髪の少年答えた。
男は眉をひそめる。

「……俺には無理だな」

そう言い男は少年達に背を向け、何処へともなく歩き始める。


――男は知っていた。

少年達の希望が絶望に変わることを。
少年達がどういう人生を歩むのかを。
今、嬉しそうに微笑んでいる少年達が何を知り何を選択するかを。
少年達との距離はどんどん離れていく。
男は一度も振り向かない。
あの頃には戻れないし、戻りたくもない。
こんな幻想に付き合っている暇など自分には存在しない。

自分には、なすべき事があるのだから。




「あ! 目ぇ覚ました!」

上から覗き込む茶色がかった髪色の少女。
それが意識を取り戻した男が見た、始めの光景だった。
男は、少女――はやての問いに答える事なく、体を起こす。
反動でベッド代わりのソファが僅かに軋んだ。

男は、気を失う前の事を思い出そうと頭を回転させる。

あの時、自分を包んだ青い光。
あれに包まれたと同時に自分は気絶し、目を覚ましたら見覚えのないここに居る。
気を失っていた所を拾われたのか?

「思ったより元気そうで良かったわ。私は八神はやて、よろしくな」

考える男に、微笑みながら話し掛けて来るはやて。
だが、男はチラと目をやるだけで何も答えない。

「なんや無愛想やな……何処か痛いんか?」

男の身体を気遣った言葉。
だが、それさえシカト。
ガン無視。
顔すら向けない。
その態度に流石のはやても頭に血が上り掛ける。

(落ち着くんや、八神はやて……怒ったらいかん。相手は怪我人なんや。深呼吸、深呼吸)

肺に大きく空気を取り込み気を落ち着かせる。

「……………お前が俺を拾ったのか?」

と、そこで男が口を開いた。

「そ、そうやで、足から血ぃ流して倒れてたんよ。治療してくれたシャマルにお礼言っとき」
「そうか」

ようやく成立した会話に僅かな喜びを感じているはやてに一つ頷くと、男は無造
作に左手を掲げた。
その行動が何を意味しているのかはやてには理解出来ない、出来るはずがない。

「どうしたん?左手が痛いんか?」

不可解な男の行動にはやてが首を捻る。
実際、男からしたらこの行動に大した意味は無い。

単にはやてを殺そうとしている――ただ、それだけだ。

理由など無い。
強いて言えば『人間』だから。
自らの為なら他を省みず、寄生虫の如く全てを搾取しつくす『人間』だから、殺す。
目の前にいる、自分を助けてくれた少女でさえ、殺す。
その行動には一辺の躊躇いも見受けられない。
端正な顔に何の感情も写す事なく、男は目の前の少女の殺害を決めた。



視認できない程に極小な『門』を発現。
『門』を媒介に『持ってくる力』と『持っていく力』が交差。
選択するは『持ってくる力』。
それを数十の斬撃へと変換して放つ。
一秒にも満たない時間で行われるであろう作業。
ただそれだけで少女の体は数十の肉片へと変貌し、そのついでに、九年間少女を見守り続けた家も、数十の木片へと成り変わるだろう。


男自らの腕で切り刻む事も出来た。
その方が断然楽だし、疲労もない。
返り血で腕が汚れるが、それは『力』を使用したとしても大差はない。
メリットが無い能力の行使。
だが、それでも男は能力の行使を選んだ。
それは男なりの感謝の念なのかもしれないが、その真相は誰にも、男にすら分からない。
ただ一つ、無力な少女に人知を越えた力が襲う、その事実は悠然と変わる事がなかった。

(消えろ)

男は、少女の命を摘み取るべく『力』を発動する。
全てを斬り刻む不可視ね刃が発現する――


「はやてちゃん、あの人の様子はどうですか?」

――寸前、踏みとどまった。
部屋に入って来たのは三人の女。
いや、別に女達が入って来たから攻撃を止めた訳では無い。
だが男は、一瞬である事実に気が付いた。
自らも人間ではないせいか、気付けた僅かな違和感。

(この女達、人間ではない――?)

『人』ではない女達が部屋へと入り、『人』であるはやてに親しげに話し掛けた。
それを見て、男は『力』を行使するのを取り止めたのだ。


「貴様等は……」

自然に声が出た。

「あ、この子らは、私の家族なんやで」

そう言うとはやては、どこか嬉しそうに女達を紹介していく。

その紹介を聞きながら、男は思案する。
こいつらは人間ではない。だが、プラントでもない存在。
自分でさえ知らない存在。
それに――良いナイフになりそうだ。
様々な異能者達を見抜いて来た観察眼が告げていた。
その女達――守護騎士達が相当な実力者である事を。
彼女達にナイフとなる可能性がある事を。

無表情を貫き通していた男の顔が歪む。
見る者が見れば戦慄をする様な笑みをその顔に浮かべた。

「――それで、そろそろお兄さんの名前を教えて欲しいんやけど……」

はやての言葉に男は一考し、口を開く。

「……ナイブズだ」

男――ナイブズは考える。
ここでこいつらを殺すのは造作も無い事だ。
だが、それは勿体無い。
人に在らざる者にして、人を慕う者。
そして最高のナイフになるだろう存在。
ナイブズは知らず知らずの内に目の前の者達に興味を持っていた。
それは気紛れとも呼べるモノかも知れない。
だが、今この時点で四人の命が助かった事は事実であった。




「それ、ほんまの話なんか……?」
「ええ、確証はありませんが……」

それから騎士達のした発言は、はやてを大いに驚かせた。
その内容は『ナイブズが異世界の人間かもしれない』といったもの。

「恐らくナイブズは、偶然に発生した次元断層に巻き込まれたんだと思います。それでこの世界に……」
「へ~良く分からんけど、ご愁傷様やな……」

そんなやり取りを聞いている間にもナイブズは終始無言であった。
驚愕の一言も発さず、何かを考え込むかのように俯いている。

「…………ナイブズ?」
「おい、こっちはおめーを気ぃ遣ってんだぞ。何か言えよ」

そんなナイブズを見て、はやてが心配そうな声を上げる。
だがそれでも何も言わないナイブズに、ヴィータが苛立ちの言葉を飛ばした。

「こら、ヴィータ。そんな言い方したらあかんよ」
「だって、さっきから何も言わないじゃん、こいつ」

そう言い頬を膨らませるヴィータにはやては苦笑する。
確かに反応が薄すぎる気はする。
闇の書の事や、シグナム達の事のような不可思議な存在を知っている自分でさえ、異世界については驚いたのに、ナイブズは大して驚いた様子がない。
そんなナイブズを見つめ少し唸ると、はやては驚くべき事を提案した。

「そや、ええ事思いついた!ナイブズもここで暮らさへんか?」
「……何だと?」

その破天荒な一言にナイブズの目が見開かれる。

「あ、主ッ!?」
「な、何言ってんだよ、はやて!!」
「いいやん。ナイブズは異世界の人なんやし、帰る方法が見付かるまでって事で」

シグナムとヴィータの驚愕の声を物ともせず、悪戯っ子の笑みを浮かべ、はやて
はナイブズに向き直る。

「どや?」

ナイブズは険しい表情のまま、はやてを見る。
――こいつは何を考えているんだ?
その疑問がナイブズを包んでいた。



――この部屋には明らかに自分の世界とは様式が違う。
それに窓から見える緑溢れる庭園。
成る程、ここが異世界というのも信じられなくもない。
だが、このガキはなんなのだ?
何故、初対面の、しかも異世界の住人という不可解な存在である俺を匿おうとする?

ナイブズの顔が苦々しく歪む。
何故か、自らの命と引き換えに人間を生き延びさせた『あの女』の姿が頭をよぎったから。

――まぁ、良い。

だが、ナイブズは直ぐさまその無意味な幻影を振り解く。
それに色々とやりやすくなる。
この女達をナイフとして利用する事も出来る。
そして、ナイブズは口を開いた。

「……仕方がない、頼む」

何処か棘のある言葉に聞こえたが、はやては満面の笑みを浮かべる。

「ほな、決まりやな。よろしく頼むで、ナイブズ」

――この瞬間、物語に必要な全ての役が出揃った。
車椅子の少女と孤独な王。
交わるはずの無かった線が交わる。




そして、運命の邂逅から一月後の海鳴市。
ビルから放たれる様々な光が、闇に包まれている筈の海鳴市を照らす。
その一つのビルの上でシグナムが立っている。
そして、その横には立つナイブズ。

「……どうやらヴィータ達は管理局の魔導師と戦闘に陥ったらしい。助けに行くぞ」
「管理局……前の奴らか」

ナイブズの問いにシグナムが頷く。

「そうだ。奴らは手強い、抜かるなよ」

その声と同時にシグナムを光が包む。
光が晴れると、そこには騎士甲冑と烈火の剣・レヴァンティンを装備したシグナムが立っていた。

「……それは俺の台詞だろう。前回助けてもらったのは何処のどいつだ」
「それもそうだったな」

辛辣な物言いに苦笑するシグナム。
だが、その表情も直ぐさま引き締まる。
相手は前回と同様の魔導師。手強い相手だ。

「まず、私が先行する。お前はまだ飛行魔法に慣れてない。後からゆっくりついて来ればいい」
「分かった……俺が到着するまで負けるなよ」
「ふっ……任せておけ」

その言葉と共にシグナムは一筋の光と化した。
見る見るうちにナイブズから遠ざかり、仲間を救う為、戦場へと向かう。

遠ざかっていくシグナムを眺めつつ、ナイブズも飛行魔法を行使する。
守護騎士達との共闘の約束から数日。
守護騎士達の教導により唯一取得できた魔法。
決して早く飛行できるとは言えないが、戦闘に役立つ位には使いこなせる様になった。

体が宙を浮き、シグナムが向かった方へと滑り出す。
下のビル街のネオンも届かない程の上空を駆けながら、ナイブズは一人考える。


――この世界は信じられない物ばかりだった。

自らが飛んだ『地球』という名の惑星。
まるで人間共に搾取され尽くす前の全盛期の姿のような『地球』。
砂の惑星の何十倍もの人間がはびこる『地球』。
悲しみの連鎖が起こる前の『地球』がここにはある。
だが、この世界でも人間は変わらない。
寄生虫の如く、この惑星から全てを吸い取っている。
醜悪にこの健全な『地球』を滅びへと押し進めている。


醜い。


――人間共をこの惑星から抹消する。
そして次元の扉を開け、自らの世界にて虐げられている同朋達を救出しよう。
その事実にナイブズは憤慨し、より深い決意を心に刻んだ。


丁度その時だった。
シグナム達の正体、そして八神はやてが如何なる存在かを知ったのは。

偶然見かけた、守護騎士と管理局との戦闘。
そして知ったシグナム達の正体、魔法、管理局について。

シグナム達の正体、それは、闇の書を護る守護騎士。
何百年もの間、様々な主から命ぜられるがままに戦い、人々を殺し続けてきた騎士達。
――自らの勘が告げた通り最高のナイフに成りうる存在。

八神はやて。
シグナム達の主。
闇の書の持ち手。
はやての存在はナイブズにとって鬱陶しいの一言であったが、ここに来て大きな意味を持った。
守護騎士達の話によると、はやては闇の書の覚醒と共に強大な力を得るらしい。
――これもまた、上手くいけばナイフに成り得るかもしれない存在。


自由に空を駆け、絶大な火力の魔法を操る守護騎士。
闇の書の完成と共に守護騎士を超える程の力を得る八神はやて。
あの異能殺人集団に勝るとも劣らない、いや純粋な戦闘力ならあいつ等よりも上
に位置するかもしれない圧倒的な存在。

知らず知らずの内にナイブズの口から笑い声が漏れる。
それは、冷徹で、それでいて心底嬉しそうな笑い声。

――極上のナイフを見つけた。
人類を粛正するにはこの上ない実力を持っている。
堪えきれないのか、笑い声はどんどん大きくなっていく。
狂気を含んだ高らかな笑い声が虚空に響き渡り、誰の耳にも届く事なく霧散する。
真っ暗な闇だけがその笑い声を聞いていた。




それから数分後、ようやく戦場が見えてきた。
ドーム状に張られた結界に、空を舞う十数の魔導師。
どうやら、結界を張る事に専念している魔導師と戦闘を行っている魔導師に別れているらしい。
戦闘を行っている魔導師は数人。
あのシグナム達と渡り合っているのだ、見た目によらず相当な実力者なのだろう。
そして――――
空も飛ばず一つのビルの上で銃を構えているその男を見て、ナイブズの口が弧を
描く。

「やはり、お前は戦いを選ぶか……」

予想通り奴は戦場に立っている。
奴とあの魔導師達がどのような関係かは知らないが、どうせまた、あの下らない信念を貫く為に戦っているのだろう。

――いいだろう、ヴァッシュ。
何度でも教えてやる。
人間の醜さを。

男は舞う。
自らの正義を貫く為に。
それは双子の弟とは正反対の狂った正義。
だが、ある意味では真実とも言える正義。

――本来ならば有り得ない邂逅。
兄と弟は、次元を越えた世界にて、再会する。

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最終更新:2008年07月27日 13:42