魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission10『セカンドアラート』"
――新暦七十五年 五月十三日 十二時三分 聖王教会本部――
三百年以上の歴史を誇る次元世界最大の宗教『聖王教』
古代ベルカ時代に聖王によって作られたこの宗教は、ベルカ人だけではなくミッド人の信者も数多い。
風光明媚な各地の教会は観光名所としても名高く、その中でも一番有名なのは、やはりミッドチルダ北部にある総本山だろう。
ビルのような無機質な建物とは違い、教会本部の大聖堂はその建物自体が芸術といえるほどの豪華さを誇っている。
様々な装飾を施された柱や壁。天井にはめ込まれたステンドグラスは、陽光を浴びて光り輝き聖堂内に神秘的な雰囲気を作り出している。
所々に飾られた彫刻や絵画は単なる芸術品ではなく、名高い偉人達が聖王の偉業や伝説をモチーフにして作った宗教的価値の高い作品達だった。
聖王教会教会騎士兼時空管理局理事官カリム・グラシア少将は、聖堂の一画にある事務室で書類の作成に勤しんでいた。
書類の内容は『アンノウン』対策本部へ送るための報告書だった。
『アンノウン』の出現から二ヶ月以上。被害の拡大に伴い管理局の危機感も本局、地上本部ともに高まり続け、
最初は本局のみの小規模組織だった対策本部も今や本局と地上本部の合同組織となり、三千人以上のメンバーを有するほどになっている。
リンディを始めとする『クラウディア事件』の面々も加わり、ラルゴ元帥の計らいで旧式だが数隻の戦闘艦を所持できるようになった。
カリムも聖王教会代表として協力しており、被害の集計や報告書の作成など裏方の仕事を淡々とこなしている。
だが、彼女がどれだけ貢献しようとも、事は一向に良くならないのが現状だった。
この事件に対して今後どうすべきかについて、本局と地上本部の意見がまったく一致しないのだ。
地上本部が意見を述べれば本局が横槍を入れ、本局が意見を述べれば地上本部が反論を。
メンバーの多くが己の面子や利益を最優先とし、いつのまにか、考えていることは相手の足を引っ張ることばかりになっている。
対策組織がこんなていたらくでは、被害者達も草葉の陰で号泣していることだろう。
それでも『アンノウン』の跳梁だけは何としても阻止しなければならない。
それが今の彼女の勤めであると同じに、亡くなった弟や被害者への最大の供養であるとも思っていたからだ。
「騎士カリム、騎士はやてがいらっしゃいました」
傍らに映し出されたホロスクリーン。来客を告げたのは、教会騎士シャッハ・ヌエラ。
紫の髪を短く切り揃えた彼女は、カリムの友人であり、教会騎士団内でも上位に位置する実力者でもある。
「早かったわね。私の部屋に来てもらってちょうだい」
そう答えると、シャッハに茶菓子の用意をお願いすると、カリムは書類の出来を確認してペンを置いた。
ほどなくして、修道士に案内されて客人が部屋にやってきた。
やってきたのは砂漠民のようなローブを着た人物だった。フードを被っているので顔はわからない。
客人がフードをはねあげた。
その下から現われたのは、見るからに純朴な女性の姿。
薄茶色のショートカットが唯一の特徴である女性らしい柔和な容貌。
着ているものがブレザーなどの制服だったらそのまま女子校生として通用しそうな雰囲気だ。
「カリム、久しぶりや」
彼女の名は八神はやて二等陸佐。古代遺失物管理部機動六課の部隊長である。
――
「ごめんなぁ、すっかりご無沙汰してもうて」
カリムの事務室には客人をもてなすためのスペースも用意されている。
ローブを脱いだはやてはそこに案内され、シャッハが用意してくれた紅茶を飲みながらカリムに笑いかけた。
はやては二等陸佐でカリムは少将。
本当はタメ口をきくことなど許されない関係だが、カリムははやての古い友人であり気心が知れている。
なので、他人の目が無いところでは、互いにただの友人として接することが出来ていた。
「気にしないで、部隊の方は順調みたいね」
「うん、カリムのおかげや」
はやては頷いた。
機動六課を設立する際、カリムは後見人の一人として部隊運営に少なからず協力していた。
残りの後見人は本局総務統括官のリンディ・ハラオウンと人事部のレティ・ロウラン。
それに加えて本局の重鎮『三提督』も非公式であるが設立を認めていた。
彼等の助けもあって、はやては部隊を構成するための人材集めに集中することができたのだ。
と、言っても新人以外で集まったのは、はやての身内や友人ばかりだが、それでも高い能力を持った実力者であることには変わりない。
部隊設立の理由はロストロギア災害への対策と迅速な行動が可能な少数精鋭部隊の実験例。『表向き』ではそうなっていた。
「私のおかげか。そういうことにしとくと、何かとお願いしやすいかな?」
カリムは中身の無くなったカップを静かに置いた。
「なんや、今日会って話すんはお願い方面か?」
今までの柔和な雰囲気から一転、真顔に戻ったカリムはホロスクリーンを呼び出しコンソールを操作した。
カリムがはやてを呼んだのは、彼女と茶会がしたかったためではない。相談したいことがあったからだ。
ヘタをすれば、次元世界全体に関わるほどの問題についての相談が。
照明が落とされ、二人の周囲に大小様々なホロスクリーンが浮かび上がる。
そこに写っていたのは、黒い巨大蟻の姿だった。
「なんやこれ? 蟻さん? にしてはちょっと大きすぎるような……」
「新種の生物よ。『アンノウン』の出現とほぼ同時期に次元世界各地で発見されたの。
詳しい生態はまだ不明だけど、調査に行った局員が何度が被害を受けているわ。
ロッサの調査団を皆殺しにしたのも、こいつらよ」
「ロッサを! せやけど、おかしいやん。そんな生き物のことわたし今まで聞いたこともなかった」
「巣に近付かなければ襲ってこないからそれほど重要視されてなかったの。
手を出さなきゃ害のない生き物よりも船を襲う『アンノウン』の方が危険だって考える人の方が多かったしね。
次元世界によっては別種の巨大生物も目撃されてるわ。赤い蟻だったり蜘蛛だったり。
ミッドチルダでは、南の火山地帯で四十メートルクラスの生物の影が数匹観測されたり、
中央の海溝ではもっと大きな四足の人工物の存在が確認されてる。
二つとも場所が場所だからまだ回収作業もちゃんとした調査もされてないけど……それと、これを見て」
ホロスクリーンの映像が切り替わる。
今度の映像は銀色の巨大ロボットだった。
頭部のない丸っこい上半身と背骨を剥き出しにしたような形の下半身。
そこから伸びる手足は異常に細長く、少し歩いただけで倒れてしまいそうだ。
右手首は指のない突起状。左手首はアサルトライフルのような形になっており、それらの存在がこのロボットが兵器であることを示している。
それにしても、見るからにがりがりで頼りないロボットだ。
無駄な贅肉はおろか、必要な筋肉すら削ぎ落としてしまったようにも思える。
並の陸士の砲撃を食らっただけで簡単に壊れてしまいそうだ。
ロボットの映像をじっと見つめながらはやてはそう思っていた。
「これは……?」
「昨日ミッドチルダの西部で発見されたロボット。詳しい性能はまだ不明だけど、大きさはちょっとしたビルくらいはあるそうよ」
「それで、今このロボットはどうなってん?」
「今日明日中に地上本部の研究施設へ列車で輸送されることになってるわ。転送魔法を使えば危険はないんだけど……」
「陸で転送使える人はあんまりおらへんからなぁ」
はやての呟きにカリムは頷いて答えた。
事実、少ない予算と戦力をやりくりしている陸上本部には転送魔法を使える魔導師はほとんどいない。
その一握りですら本局がスカウトしていくため、陸は本局以上の人手不足に陥っているのが現状だ。
なので、陸上本部は本局なら転送魔法ですませるような輸送でも、列車や陸路などといった旧来の方法を使うしかないのだ。
「近頃は船舶の被害は出なくなったし、『アンノウン』の目撃情報も段々減っていってるわ。
巨大生物だって、このごろは巣からまったく出ようとしなくなってるし、巣によっては一匹残らず消え去ったところもある。
対策本部では状況を楽観視する人もいるけど……私は不安なの。もう船を集める必要もなくなって、偵察もしなくなったってことは……」
はやては顎に手を当て、数秒間だけ考え込んだ。
そして、とある結論に辿りついた途端、はやては顔をさっと青ざめ慄然とした。
「まさか……攻撃開始が近いってことか?」
「今はまだ断言出来ないわ。そうなるっていう決定的な証拠はまだなにもない。けど……だからこそ会って話しておきたかったの。
これから何が起ころうとしているのか、どう動くべきか。まだ対応が間に合いそうな今のうちに。
対処を失敗するわけにはいかない。もう、ロッサやクロノ提督みたいなことは、ごめんだもの」
それっきりカリムは押し黙ってしまった
何かに耐えるように俯いて、瞼を閉じて唇を噛み締めている。
おそらく、死んだ弟のことを思い出しているのだろう。
ロッサの遺体は欠片も戻ってはこなかった。
彼の体はバラバラに引き裂かれ、ただの肉片となって洞窟中に散らばっていた。
その肉片を全部かき集めても一つの体にはならなかったらしい。半分以上がロッサを食らった蟻の腹に納まってしまったのだ。
僅かに残ったロッサの遺体も、その後の襲撃で次元の海に消えてしまった。
クロノも同じようなものだ。
次元艦艇の爆発は何千度という熱と猛烈な爆風を生む。
クロノの体は骨の髄までドロドロに溶かされ、欠片も残らなかったに違いない。
葬式のときは、遺体の代わりに予備の制服が棺の中に入れられた。
葬式にはクロノを慕う部下や友人達が集まり、はやても家族と一緒に式に参列した。
エイミィは泣きじゃくる子供達を励まし、リンディは一切の感情を殺したように機械的に喪主を務めていた。
そうしていなければ、リンディは子供を失った悲しみと怒りに耐えられなかったのだろう。
クロノの義妹でありはやての親友でもあるフェイト・T・ハラオウンはなんでもない様子だったが、翌日会ったときには両目を真っ赤に腫らしていた
はやては彼女等の気持ちがほんの少しだけわかるような気がした。
なぜならはやても家族を失った経験があるからだ。しかも、自身の目の前で。
『彼女』と過ごした時間は確かに短かったし血の繋がりもない。
だけどはやてにとって『彼女』は大事な家族だった。
はやてや皆のために自身の消滅を決めた『彼女』
助けられなかった、止められなかった、幸せすると決意したのに出来なかった弱い自分。
まさに、世界はこんなはずじゃなかったことばかりだ。
(せやけど……)
はやては表情を引き締めて、コンソールを操作してホロスクリーンを消した。
「はやて……?」
怪訝な顔をするカリムにはやては「まあ、なにがあってもきっと大丈夫」と言いきった。
「カリムが力を貸してくれたおかげで、部隊はもう何時でも動かせる。
即戦力の隊長達はもちろん、新人フォワード達も実戦可能。予想外の緊急事態にもちゃんと対応できる下地ができてる。
そやから、大丈夫! ロッサの仇もクロノ君の仇も、みんなわたしが取ったるよ」
はやての脳裏に浮かんでいるのは機動六課の堂々たる面々のことだった。
エースオブエースと呼ばれる『スターズ分隊』隊長高町なのはと『ライトニング分隊』のフェイトはまさに六課の主砲。
副隊長である『ヴォルケンリッター』は、はやての家族であると同時に凄腕の騎士達でもある。
指揮官を身内で固めることに批判があるのも事実だが、それでも彼女等が優秀な戦士であることに変わりない。
フォワードの新人四人はまだ頼りないものの、鍛えていけば隊長陣に匹敵するほどの猛者になるはずだ。
前線部隊を補佐する役目が後方支援専門の部隊『ロングアーチ』
これらにSSランクの自分が加われば、どんな敵が相手でも負けることなどあるものか!
(そうや、何があっても大丈夫。わたし自身もつよなったし、力を貸してくれる皆もおる。
『闇の書』の時とは違う。あんな悲しみとか後悔なんてもううんざりや。
今度こそ、わたしは助けられる側から助ける側になるんや)
身につけた強さは自信の源となり、自信が産み出す勇気は勝利と栄光への道しるべとなる。
しかし、時として強すぎる自信は過信へと姿を変え、勇気は蛮勇へと変化する。
それらが導く先は、輝かしき勝利ではなく、泥にまみれた無残な敗北である。
八神はやてと機動六課。彼女達が進む道は栄光へのロードか、それとも……
一方その頃――
「冗談ではない! そんなことできるわけないだろう!」
スカリエッティのアジトでも似たようなやり取りが行われていた。
最終更新:2008年07月24日 00:44