「冗談ではない! そんなことできるわけないだろう!」
 ストーム1は凄まじい剣幕で大声を張り上げる。
しかし、怒声を浴びた目の前の科学者は、呆れかえったように肩を竦めただけだった。
「私は冗談を言ったつもりはないよ。私はただ、君達に出撃して欲しいと言っただけじゃないか。
 それともなんだ? 君は見た目麗しき我が作品達に心奪われ、戦地へ送るのが惜しくなったのか?」
「そうではない、彼女達は固有武装の訓練もろくにやってないんだ。実戦に出すのはまだ早過ぎる。
 仮に出せたとしても、そんな強盗まがいの任務なんて俺がさせるはずがないだろう」
 この堅物が。ストーム1の頑固な態度にスカリエッティは心底辟易した。

 輸送列車への強襲と機密物資の強奪。
それが、スカリエッティがストーム1に命じた任務の内容だ。
事の始まりは数時間前。物資を積み込み中の地上部隊を偵察行動中のガジェットが発見したことだった。
本来なら、地上本部が『レリック』以外の何を輸送しようがスカリエッティにとってはどうでもいい事だ。
しかし、詳しく調べてみれば、今回彼等が運んでいるのは『アンノウン』と関連のある巨大ロボットだった。
科学者としてこれほど興味をそそられるものはない。
それに、地上本部の戦力では大した護衛もいないだろう。
ナンバーズの初陣としては申し分ない。そう思って彼に出撃を依頼したのだが、当の本人はのり気ではないようだ。

「装備を渡したのは大分前だぞ。それなのに訓練が進んでないとはどういうことだ? いったい今まで何をやっていたんだ君は」
「どの口で文句を言っている。訓練が遅れたのはお前があんな欠陥品を作ったせいだろう!
 気に食わないが、俺はお前の能力だけは認めようと思っていた。それなのに武器も満足に作れかったとは、本当に期待外れだ」
 スカリエッティは言い返すことが出来なかった。
なぜなら、ストーム1の言葉どうりナンバーズの装備には欠陥が続出していたからだ。
AFガンナックルの頻繁なジャム(装弾不良)を始め、ライディングボードMFは砲身の異常加熱。
ZEXRーGUNは回転不良と砲身内閉塞。スタンピードXMは小型爆弾のうち五発に一発が不発弾。MG30は信管不良で爆発せず。
問題が起こるたびに訓練を中止し、装備を回収、スカリエッティに修理点検を依頼する。
そんなことが何度も繰り返されたために訓練は思ったように進んでいなかった。
ミッドチルダでは、質量兵器は禁忌とされて製造技術も運用のノウハウもほとんど残っていない。
それゆえに、スカリエッティは質量兵器を本格的に製造するのはこれが初めてだ。
これらの出来事は、まさに起こるべくして起こった必然と言ってもよいだろう。

「確かに、装備のことは私が悪かった。しかし、もう欠陥は直っているはずだ。
 それに武装の訓練はまだでも基本訓練は終わっているのだろう。だったら簡単な戦闘は出来るはずじゃないのか?」
「お前の言う通り基礎訓練は終了している。しかし武器の取扱に慣れていない者を戦場に出すわけにはいかない。
 どんな軍隊でも最低数回は実弾射撃の訓練を行うものだ。武器に不慣れ者を実戦に出すなど、ここはどこの敗戦間近の軍隊だ」
「だけどこんな言葉は聞いたことはないかな? 『実戦は最高の訓練場である』と」
「いかにも素人が言い出しそうなことだ」
 ストーム1は一息で吐き捨てた。
「そんな言葉もあることにはある。だがな、それは基礎をしっかりと身につけ、実戦にも充分慣れたベテランのみに通用する言葉だ。
 格闘技でもスポーツの世界でも、入門したての弟子をいきなり試合にだす奴なんていないだろう。それと同じだ」
「では、どうしても出撃はしたくないと言うのだね」
「したくないんじゃない、させないんだ。俺はもう、部下を無駄死にさせるのはゴメンなんでね」
 二人はそのまま押し黙った。
真正面から睨み合い、兵士と科学者は微動だにもしない。
ストーム1は刃のように鋭い怒りを宿した視線で、スカリエッティは金属のように冷たく、僅かに嘲りを含んだ視線で。
続く沈黙、重くなっていく空気。先に沈黙を破ったのは、スカリエッティだった。

「わかった。わかったよ。今回は君の言う通り、この任務はナンバーズは使用しない。代わりにガジェットを使おう」
 これ以上の説得は無理だ。そう判断した科学者は両手を上げて降参の意を示す。
「ふん、それでも強盗自体はやめる気はないようだな。だが、わかってくれたのなら俺はこれ以上は何も言わん。勝手にしろ」
「言われるまでもなく勝手にさせてもらうよ。だが、これだけは忘れないでくれないか。兵隊君」
 今までの笑いを含んだ声から一転、低く脅すような声でスカリエッティは言った。
「君の面倒を見ているのはこの私だ。君はその恩に報いる義務がある。今回は構わないが、今後は私の意に背くようなことはしないことだ。
 もし、これから先も私の命令に従えないと言うならば、不本意だが、それ相応の対応を取らせてもらうことになる」
「そっちこそ覚えておくことだ。このバ科学者が」
 ストーム1はスカリエッティの胸板に右拳を強く押しつけた。
「今のナンバーズは俺の大事な部下だ。もし、俺に黙って部下達を無駄死にさせるようなことをやってみろ。
 殺しはしない。だが、それ相応の制裁を受けてもらうことになる。覚悟しておけ」
 足を踏ん張らなければよろけてしまうほどの強い力だ。彼の声にも、脅しには絶対屈しないという強い意志が込められていた。
二人の視線が再び交差し、火花が走る。
私は、君のことが大嫌いだ。気があうな、俺も同じ気持ちだよ。
互いに同じ思いを視線にのせて送りあう。 
しばらくすると、ストーム1は押しつけていた拳を離し、スカリエッティに背を向けた。
スカリエッティも彼に背を向け、それぞれの部屋に向かって歩き出す。
振り向くことなく、声もかけず、一秒たりとも同じ空間にはいたくないと、早足で。

――

 そんな二人のやり取りを物影で見ていた者がいた。ノーヴェだ。
彼女は食堂に行く途中で二人が言い争っている声を耳にし、二人に見つからないように隠れて事を見守っていた。
ノーヴェが着ているものはナンバーズのボディスーツではなく、ストーム1と同じデザインのボディアーマーだった。
このアーマーは新武装と同時期に作られた防具である。
ただ、再現する際全ての材料を調達できなかったために、ストーム1のアーマーと比べると強度が約半分になっていた。
ストーム1のアーマーを強度一万とするなら、ナンバーズのアーマーは強度五千と言ったところか。
それでも耐久性は以前のボディスーツを遥かに上回っているため、ナンバーズの正式装備の一つとしてトーレとセッテ以外の全員に支給されていた。

「……ちっ」
 ノーヴェは憎憎しげに舌打ちすると、二人と同じように踵を返す。
向かった先は武器庫だった。
重火器を保管しているためか、武器庫の扉はやけに分厚い。
しかも、この扉は端に付いている制御装置を操作しないと開閉出来ない仕組みになっていた。
周囲の様子を伺い、じっと耳を澄まし、ノーヴェは自分以外誰もいない事を確かめる。
監視カメラもなぜかここにはついてない。今、ここにいるのはノーヴェだけだ。
制御装置のハッチを開けた。中にあったのはパスコードの入力装置だった。
ノーヴェはクアットロから訊いておいたパスコードを打ちこみ始めた。
打ちこみが終わると、扉の内側からカチッとロックが外れる音がした。
扉が重厚な形に似合わぬ滑らかな動きで、すっと音もなく開いた。
ノーヴェは薄明るい室内に入り、自分の装備を着用し始める。

 ストーム1は間違っている。
あの男はナンバーズを新兵として扱っているが、戦闘の基礎なんて、ノーヴェは産まれてすぐに姉達から教わっている。
あいつの訓練なんて、続けていても全然強くなった気がしない。
武装だって今朝の訓練では何の異常も見つからなかった。
今すぐ出撃しても何の支障も無いはずだ。
それに、ノーヴェは決めていた。
ストーム1とスカリエッティ。二人が対立したときは、スカリエッティの側につこうと。
これは産みの親が望んでいることだ、だったら子供が叶えることが当然ではないか。
しかし彼女は気付いていない。その決意は忠誠心などではなく、ストーム1への単なる意地であるということを。

(そうだよ。アタシはウェンディなんかとは違うんだ。あいつの言う事なんて絶対に訊いてやるもんか!)

 やってやる。あいつなんてナンバーズには必要ないって事を、このアタシが証明してやる。


――

――新暦七十五年 五月十三日 十二時十六分 輸送列車貨物室――

 暗くて狭く、何も無い車内で、彼は拘束されていた。
細長い手足を器用に畳まれ、鋼よりも固い体には幾重にもケーブルを捲きつけられ、身動き一つ出来ない。
しかし彼は、生物なら恐怖と苦痛を感じる状況下でも、決して怯えることはなかった。
そもそも彼は命ある存在ではなかったし、わかってもいたからだ。
これが永遠に続くことではないということを。そして、彼の仲間達が、こちらに向かっているということを。

 彼はただ、じっと時が来るのを待っていた。
時が来た時、それは、彼が作業を再開する時だ。
彼と、『母』と、幾千万の仲間の力で、脆く愚鈍な害獣共を根絶やしにするのだ。
奴等がどれだけいようとも、必ず我等に駆逐される運命にある。
今までのように。これからもそうであるように。それが我等が作り出された理由だから。
我等に敗北は無い。我等は無限に戦い続け、無限に勝利し続ける。この宇宙が静寂に包まれるその日まで。


『星舟』活動再開まで後――4日――


To be Continued. "mission11『光と嵐と異邦人(前編)』"

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最終更新:2008年08月26日 22:16