―――迫り来る浄化の炎から逃げられるとでも思っているのか?



 マスターチーフ。

 国連宇宙軍海兵隊所属
 特殊機甲部隊SPARTAN-II-117
 Master Chief Petty Officer

 わかりやすく呼ぶならば特務曹長と言った所だろうか。

 一般に実働部隊――兵士として最前線で戦う人物に与えられる階級は、
 二等兵、一等兵、伍長、軍曹、曹長、そして准尉の六つが存在する。
 二等兵は文字通りの新人兵。訓練を終えたばかりの兵士だと思えば良い。
 その上に一等兵がおり、それらを統括する存在として伍長がいる。
 そして伍長と士官の間に入るのが、軍曹、曹長である。
 簡単に言えば、小隊における参謀役と言っても過言ではない。

 この軍曹、曹長というのは、兵士にとっては神に等しい存在だ。
 兵卒にとって『先任下士官=軍曹や曹長の意見は絶対』と言うのは事実であるし、
 士官にしてみれば、下士官の意見を聞かない人物は確実に早死にするというのが、定説だ。

 ちなみに、多くの場合に誤解されがちだが、准尉とは士官の事ではない。
 士官教育を受けていない人物が、部隊を指揮するような状況になった際、
 その権限を示す為「士官相当」という意味で与えられる階級であるのだ。
 つまり、兵卒として戦うならば、曹長が最上級階級であると言える。

 無論、これは大雑把にわけた分類であるし、組織によっても呼称は様々だ。
 管理局においては最下等の陸士であっても、それなりの地位や権限があるし、
 陸曹、陸士といった階級であっても現場の判断で指揮を執る事ができるのだから。

 ―――では、特務曹長とは何か。

 先に言っておこう。およそ尋常な人間が得られる階級ではない。
 常に最前線で戦い続けた、叩き上げの兵士にのみ与えられる階級。
 勇猛に戦い、仲間を救い、不屈の精神を備え、そして常に生還し続ける存在。
 この人物さえいれば、どんな状況でも打破できる。
 そういう敬意、信頼や憧憬の念を込めて呼ばれる階級こそが特務曹長、
 即ち「マスターチーフ」の階級なのだ。

 だが、それは勿論UNSC――国連宇宙軍においての話。

 管理局においては特務曹長などという階級は存在しない。
 故に。
 未知の世界の、未知の組織の、そして未知の階級の人物に対して、
 管理局が当初行った対応は、本来マスターチーフが与えられるそれとは、
 大きくかけ離れたものであったのは、間違いないだろう。


 ――――即ち、完全な密室における拘留である。


*********************************

 ソファーが一つ。テーブルが一つ。観葉植物が一つ。ドアが一つ。
 窓無し。出入り口は施錠済み。外に監視者二名。部屋の隅に監視カメラ複数。

 その中にあって、マスターチーフは普段と変わらない態度であった。
 ソファに腰をかけて、テーブルの上に放られた書類に眼を通す。

 機動六課、そして未確認勢力との接触後、
 六課の保有する施設内へと移送されたマスターチーフは、
 これまで全くといって良いほど、口を開いていない。

 しかしながら、それは外側の話だけだ。
 彼の纏う第六世代ミョルニルアーマーの内側では、
 その神経回路を通して、このような会話が繰り広げられていた。

『――此方は一通り眼を通した。其方はどうだ?』

《こちらも情報収集は、一応終わったわ。――それにしても魔法だなんて。ちょっと信じられないわね》

 管理局内部に存在する無線端末を通し、電脳の海へ潜ってきた相棒からの返答。
 そして続けざまに送信される、彼女の得た膨大な量の情報を、
 チーフは黙って、その脳内に受け入れた。


 管理局――時空管理局というものが設立されるきっかけとなった事件は、
 おおよそ約五世紀ほど前にまでさかのぼる。
 旧暦462年――幾つかの世界が大規模次元震なるもので消滅した。
 少なくとも当時の管理局世界人にとっては、それは大きな衝撃だったらしい。
 (だというのに原因が不明瞭だというのが気にはなったが)
 それが直接の契機となり、次元世界の統一へと人々は動き出し。
 最終的には時空管理局が成立され、本局が『海』、そしてミッドチルダに『地上本部』が置かれた。
 その後、世界を滅ぼすような質量兵器の全面廃止、
 およびロストロギアの封印という決まりが成立したのが、
 おおよそ150年ほど前の事だ。

『ロストロギア?』

《古代人、先史文明が残した危険なオーバーテクノロジーの産物、その総称》

『つまり、フォアランナーの遺産か』

《そう。それを管理局では、ロストロギアって呼んでるの。まあ、本質的には変わらないわね》

 フォアランナーとは、かつて銀河系を支配していた超古代種族である。
 ある理由で滅亡した彼らは、現在確認されているどの文明を、
 遥かに超越した技術を有しており、その産物を『フォアランナーの遺産』と呼称していた。
 そしてどうやらそれは、管理局において『ロストロギア』の名称をつけられたようだ。

 とはいえ勿論、問題は其処ではない。
 彼ら二人が危険視しているのは、管理局全体に蔓延する思想と、その行動方針である。
 質量兵器を根絶する事によって、魔導師を大量保有する管理局の優位を確保。
 そしてロストロギアの封印、次元世界の平定を名目にした、異世界への拡大政策。
 更に「世界を管理する」という名称による、局員の士気高揚。
 言葉を少し変えれば、何の事は無い。
 何処の世界でも実行されている、あり触れた政治方法だ。
 ―――少なくとも、時空管理局の設立当初は、だが。

《コヴナントは逆にフォアランナーの後継者を名乗って、他種族を支配下においた。
 もっとも手段と目的が逆転してしまったのだけれど――管理局も同じみたい》

 彼らの質量兵器、そしてロストロギアに関しての忌避感。
 そして時空を管理するという名称から齎される使命感。
 魔法、魔導師への精神的、物質的、両面からの完全な依存。
 ある種の宗教と言っても、恐らくは過言ではないレベルに達している。

 端的に言えば―――――酷く『歪』なのだ。

《それで、どうするの? 協力を『強制』されたんでしょう?》

 何処にいっても頼られるのねと笑いを含んだ声。
 それに頷きを返し、マスターチーフは卓上に置かれた、書類の束を手に取った。
 先刻、この部屋に拘留されると共に渡されたものである。
 主な内容は、この管理局の制度と、マスターチーフの今後についてだが――

 ・故郷である次元世界の捜索、および帰還への協力。
 ・帰還までの身分として、管理局機動六課部隊員を与える。
 ・質量兵器の没収。および代替となるデバイスの授与。
 ・未確認勢力(コヴナント)迎撃への参加要請。

 要約すれば、内容はこんな所だろう。
 勿論『強制』などとは一言も書かれていない。あくまでも『要請』だ。 
 しかし――実質的には似たようなものだ、とチーフもコルタナも判断した。
 となれば、悩むほどの問題ではない。

 数十分後、マスターチーフは部屋を訪れた八神はやてに対し、
 この時にコルタナへ告げたのと、同様の言葉を言い放つことになる。



**********************************

「断る」

 当然の結論であった。

 元より救難信号は発信し続けている為、遅かれ早かれ人類はミッドチルダに到達する。
 その為、元いた世界を探すなどと言った、上から目線の提案はまったく意味を為さない。
 ましてやマスターチーフは捕虜でもなく、漂流者でもないのだから、
 管理局側の一方的な物言いに頷くような必要性は、まったく無いのである。

 問題なのは、現時点において、管理局と接触している国連宇宙軍が彼のみという事だ。
 いわば国連宇宙軍の代表と言っても過言ではない。
 その彼が、管理局に頷き、管理局の要求を受け入れ、それに従って戦えばどうなるのか。

 前例ができる。
 質量兵器を手放し、戦力としては不確定な魔法を用いることを認めた、という。
 つまり管理局の傘下に入り、それに恭順する――国連宇宙軍には、その意思がある、と。
 勿論、マスターチーフ一人の動向で全てが決まる筈はあるまい。
 だが、大きな影響を残すことは確実と言えた。

 そして彼は、このような歪な組織に、人類の命運を預けることを良しとしない。

「せやろうな。でも、この世界について大体の事はわかってくれたと思う」

 半ば以上は、その答えを予想していたのだろう。
 八神はやては慌てる事もなく、苦笑交じりに頷いた。
 若干19歳の彼女にさえ見抜けるほど、管理局の体制は脆い。
 たとえ大規模な火災であったとはいえ、現地駐留職員では消火できず、
 本局――首都からの魔導師が来てやっと何とかできる、というのは異常だ。
 地上本部があるミッドチルダでさえこれなのだから、他世界に関しては推して知るべし。

「管理局の体制は正直言ってガタガタや。
 あの連中――コヴナントに対抗できるとは、とても思えへん。
 だけど、わたしは、この世界を護りたいと思ってる」

 意識的に嘘を二割程度混ぜた、虚言。
 少なくとも――管理局の権力基盤は磐石だ。
 力不足な面もあるとはいえ、皆からの信頼も厚く、
 そして次元世界を管理するに足る戦力も保持している。

 彼女個人に関して言えば、幼い頃に手にした魔法の力、家族、親友達への信頼があった。
 勿論、自分ひとりで何とかなる等とは欠片も思ってはいないが、
 みんなの力を合わせれば――絶対に大丈夫だと、確信を持って言える。
 故に八神はやては、危機感を抱いてはいても、管理局それ自体が崩壊するとは思っていない。

 それは尊い想いである。傲慢などとは、誰にも呼べない。
 19歳の少女が抱いている、とても大切な気持ちなのだから。

「だからこそ、協力して欲しいんや。
 マスターチーフ個人としてではなく――国連宇宙軍として。
 わたし達に、奴らとの戦い方を、教えて欲しいんよ」

 彼女の提案は、こうだ。 
 つまり遠回しな『強制』ではなく、明文化された『要請』。
 管理局が頭をさげて、国連宇宙軍に教えを請う、という事だ。
 勿論、正確な文書にするとなれば管理局ではなく、機動六課となるだろう。
 はやて自身、管理局の代表として発言するような権限は持っていない。

「機動六課は特殊なロストロギア――レリックを専門とする部隊や。
 あの未確認勢力はレリックを狙っていた。
 っちゅうことは、今後も敵対する可能性が高い。
 だから外部からの協力者を呼び寄せた……って事にすれば、
 割合と丸く収まるんやと、思うんやけど――」

 どうや?と伺うように首をかしげて、はやてはチーフの顔を覗き込んだ。
 SPARTAN-IIは任務時間中、そのヘルメットを解除する事を禁じられている。
 その為、金色に煌くバイザーは彼女の顔を反射するのみで、その表情を伺うことはできない。
 だが――マスターチーフは、ゆっくりと頷いて見せた。

「――――悪くない」

《だけど、多少なら譲歩できるわね》

「誰や……ッ!?」

 唐突に聞こえた女性の声に、驚いたように周囲を見回すはやて。
 それに対し、声の原因がが何者かを理解しているチーフは、
 落ち着き払った様子で、自らの首筋へと手を回す。
 其処に挿し込まれている一枚のカードを引き抜くためだ。

 掌ほどの大きさのカードには、情報集積クリスタルが備わっており、
 特殊装甲服のクリスタルと双方向で情報をやりとりできるほか、
 映像投影機も備わっているため、このように――――……。

《はじめまして、ヤガミハヤテ陸佐。
 私はUNSC所属戦艦オータムの管制AI、コルタナ。
 隠れていてごめんなさい。でも――ちょっと警戒していたものだから》

 ――高性能なAIならば、自分の姿を空中に投影することもできる。
 青い女性、という表現が最も的確だろうか。
 本当に掌に乗れそうな――はやてはリィンフォースIIを連想した――大きさの美女。
 肩のところで切られた髪の毛と相俟って、随分と活発な印象を覚える。

《まずは勿論、貴女たちのいう未確認勢力――コヴナントに関する情報。
 此方もココに来ている兵力がどの程度かはわからないし、
 全容を把握しているわけじゃないから、今判断できる所まで。
 ……携帯端末は持ってます?》

「え? あ、ああ……これでええか?」

 我に返ると、コルタナの指示に従い、はやては制服のポケットから小型の端末を取り出す。
 手帳型の其れは、はやて個人の私物だ。
 それなりに多忙な毎日を送っている彼女にとって、スケジュールなどを確認するのが容易で、
 ちょっとした情報などを即座に調べる事ができるため、随分と重宝している。

《では、ちょっと借りますね――――うん。回線が繋がった》

 その端末へと少し手を伸ばすだけで、あっさりとコルタナは接続を開始する。
 少なくともマスターチーフにとっては、特に驚くべき事ではない。
 コヴナントやフォアランナーのデータベースにも彼女は容易に接続していたし、
 その情報処理能力は、たった一人で複数の船舶を操って艦隊戦闘が行えるほど。
 つい先刻までも管理局のネットワークにアクセスしていたくらいなのだし、
 この程度の芸当は朝飯前と言ったところだ。

 即座に彼女が言った通り、コヴナントに関するデータが送信され、
 携帯端末に受信されたそれを、はやては驚きの眼で確認していく。

《それと、幾つかの質量兵器に関しての情報提供。
 これについては、其方の用意したデバイスが、此方の要求スペック以上なら――。
 そうね。マスターチーフ個人に関しては、それを使用しても構わない。
 良いでしょう、チーフ?》

「無論だ」

 特に拒否する理由は見当たらない。
 少なくとも兵器に関しては、既に調査が開始されているだろうし、
 ある程度のローカライズをされ、性能を落としたた上ではあっても、
 小型火器や車輌は市販され、免許や許可状さえあれば一般市民でも手に入る。
 コヴナントが――管理局が――それらを使わない以上、軍事機密と呼ぶほどの物ではない。
 そしてコルタナが、火砲その他、重要な物品に関しての情報を与える事はないだろう。
 となれば後はチーフ個人の問題となる。
 彼は旧式ハンドガンを愛用しているとはいえ、それは趣味趣向ではなく、
 単に新型の方が使い勝手が悪いと感じられたからで、以上でも以下でもない。
 状況に適しているとなれば、臨機応変に装備を取り捨て選択していたし、
 優秀な装備ができるというのであれば、是非もなかった。 

 恐らくそれは、国連宇宙軍にしても同様だろう。
 問題なのは性能に関係なく、魔法装備の使用を強制される事であり、
 対等な条件のもと「性能の良い装備」を採用するのであれば、
 国連宇宙軍には全く躊躇と言うものはない。
 ここ数年で幾度、装備の更新が行われたかを考えれば、実に明白といえる。
 そういった事で躊躇っていられるような状況は、とうの昔に過ぎているのだ

《これは私から貴女への――そうね、個人的なお返し。
 ただ一方的に頼み込んだだけじゃないです、って、偉い人に言ってあげなさい》

「つまり――?」

《つまり『個人的な貸し借りはゼロ』ってこと》

「お互い対等な立場でスタート……か。
 …………うん、それでええ。わかったわ」

 問題は無い。何もだ。
 勿論今後、彼は機動六課の面々とも関わっていくことになるが――

 ―――――きっと大丈夫だ。

 はやてには確信があった。
 リクレイマー。謎の予言。『陸』と『海』との確執。未確認勢力――コヴナント。
 だが、彼女は信頼している。自分の家族を。自分の友人を。初めて持った部下達を。
 そしてそれは、出会ったばかりのマスターチーフ、コルタナでさえも例外ではない。

 その信頼は、とても尊い、大切なものだ。

「それじゃ、宜しくたのむで。――――マスターチーフ」

 躊躇う事無く、彼女は二人に手を差し出した。

 大きな手が、がっしりと彼女の手を掴む。

「了解した」



     HALO
 -THE REQULIMER-

 LV2 [START]

    Fin

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最終更新:2008年07月05日 03:34