どこまでも続いているかの様に錯覚してしまう程の、抜けるような蒼天。
強烈な陽射しと砂からの照り返しで、うだるような暑さが続く砂漠のど真ん中を、
フェイト達セギノール基地の生き残りは、デュラハ少年の村へと歩いて行く。
先頭はエップスと案内役のデュラハ。
中間をフェイトの担架を担ぐメルゲルとグーダに、その警護としてデ・カタと
フェイトの救護に当たる衛生兵が担架の横に立つ。
ロアラルダルは殿軍を務め、背後からの攻撃に眼を光らせている。
上空にはエグゼンダとローレンスが居て、空や遠方で不審な動きがないかどうか、
眼を皿にして見張っていた。
「村まで、後どれ位だ?」
「もうすぐ。あの頂上から見えるよ」
エップスの問掛けに、デュラハは数百m先の峰の頂を指差して答えると、そこへ
目指して、一目散に駆け出す。
「やれやれ」
魔導師たちが苦労して登る砂と岩の斜面を、何でもないかのようにスイスイと
駆け上がって行くデュラハの姿を見て、それまでずっと険しいままだったエップス
の表情が苦笑のあまり和らいだ。
残りの距離を息も絶え絶えに歩いてエップス達は頂に辿り着く。
フェイトの担架を担ぐメルゲルとグーダ以外が行きも絶え絶えにへたばる中、
立ちながら下を向いて息を整えてから、エップスはデュラハに尋ねる。
「村はどこにあるんだ?」
それに対するデュラハからの返事はない。
不審に思ったエップスが顔を上げると、デュラハは峰の向こう側を見つめた
まま動かない。
「どうした?」
エップスが問掛けると、デュラハは呆然とした表情で呟いた。
「村が…」
その言葉に只ならぬものを感じたエップスは、途差にデバイスを起動させて、
デュラハの見ている方に視線を向ける。
峰の頂から見下ろす先にあったのは、砂と岩だけの荒れ果てた沢の中で、緑の潅木が
美しく映える小さなオアシス。
その中に、砂嵐に耐えられるようドーム型に造られた小さな家が数軒、木々に寄り添う
ように建てられている小じんまりとした集落がある。
何もなければ平穏そのものな筈の村。だが、家々の屋根はは無惨に破壊され、黒い煙が
朦朦と吹き上がっている。
よく見ると、家の周り地に攻撃を受けたと覚しきクレーターが幾つもあり、その周りで
人が倒れているのも分かった。
「何てこった…」グーダが愕然とした表情で呟く。
「父さん! 母さん!」
そう叫んで駆け出そうとするデュラハを、エップスが抱きかかえて止める。
「離して! 離してよ!! 父さんと母さんが―――」
暴れながら言うデュラハに、エップスが怒鳴り付けた。
「落ち着け! 基地を襲った奴が村の中に居るかもしれんぞ!」
その声に我に返ったデュラハは、不安な表情で炎上する村を見つめる。
不意に、そっと腕に手を置かれた時、デュラハはハッと振り向く。
いつの間にか、横に担架に載せられたフェイトが居て、デュラハに微かに微笑んでいた。
デュラハも、そうすれば親が無事であるかのように、フェイトの手を握り返す。
「おかしいっすね」
ローレンスが何気なく呟いた。
「何が?」
グーダが問い掛けると、ローレンスは首を捻りながら答える。
「だって俺たち、敵襲を警戒して1キロ先まで、広域警戒魔法陣を展開してたんだぜ?」
その言葉に、メルゲルがハッとした表情で言う。
「そう言や、何の反応も出なかったな…」
デ・カタは腰に下げた水筒を取り上げながら言う。
「村の位置が沢の谷間にあるから攻撃が判らなかった…としても、空と地上で何らかの
動きは探知出来る筈だし…」
そう言って水筒を口に含むも、中身は空っぽである事に顔をしかめた。
腕を組み、うーんと唸りながら考え込む魔導師たちに、フェイトが声をかけた。
「空と…地上でないとすれば…」
「執務官?」
その場の全員が注目する中、フェイトは指先を真下の砂地に向ける。
それが意味する事を悟った時、全員の顔から血の気が引いた。
「エグゼンタ! ローレンス! ハラオウン執務官を連れて空に上がれ!」
エップスがそう怒鳴ると、空戦魔導師二人はフェイトの担架を持ち上げ、慌てて空へ
飛ぶ。
「円陣を組め! 死角を作るな!」
デュラハを自分の傍らに引き寄せながら、エップスは命令を下す。
陸戦魔導師たちは、全方位どこからの攻撃にも対応出来るよう集まって円の形を作り、
針の落ちる音一つ聞き漏らすまいと神経を尖らす。
突然彼等の足元で砂煙が上がると、地面が蟻地獄の巣の様に陥没する。
埃が吹き上がった時、途差に飛び退かったなかったら、全員巣の底に引きずりこまれて
いただろう。
“蟻地獄”の餌食にならなかったとは言え、魔導師たちは流れ落ちる砂に足を取られて
転倒し、穴の底へと落ちそうになる。
彼等は必死で手足を動かして流砂にあらがい、次々と穴から這上がる。
彼らの中で一番底に近いところまで落ちたメルゲルが必死で、先に脱出したグーダが
差し延べる手を掴もうとした瞬間、穴の底からメガザラックが飛び出す。
巨大な機械蠍は、金属の尻尾を素早く振るい、砕岩機のドリルと見紛がう大きな針を
メルゲルの背中に突き立てる。
犠牲となった二等陸士は、叫ぶ間も無く砂の中に引きずり込まれた。
「走れ! 止まるな!」
エップスの命令を聞くまでもなく、メルゲルの最期を間のあたりにした陸戦魔導師
たちは、必死になって沢を駆け降りた。
砂に足を取られて倒れそうになりながらも、懸命に踏ん張ってバランスを取り、
砂地を駆ける。
突然、彼等の背後で砂煙が上がると、メガザラックが飛び出して来る。
メガザラックは、獲物を捕えんと鋏型の強力なマニピュレーターが付いた両腕を
伸ばすが、慣れない砂地を火事場の馬鹿力で走る魔導師たちを、タッチの差で
捉え損ねた。
魔導師たちが、未だ炎の収まらない集落へ駆け込むと、メガザラックは砂の中から
飛び出し、彼等の前に全容を見せた。
その姿は地球の砂漠地帯に棲む蠍を彷彿とさせるが、10mは優にある巨体と陽の光
を受けてギラギラと光沢を放つ金属のボディが、如何なる次元世界にも属さない
異質な存在である事を示している。
メガザラックは、二つの大きなギョロ眼をフェイトを運ぶ空戦魔導師たちに向けると、
左腕を彼等の方に向ける。
マニピュレーターが開かれ、内部機構が唸りを上げて回転を始めた次の瞬間、実体弾が
数発放たれた。
弾頭はフェイトたちの間近で炸裂し、爆風と無数の破片を巻き散らす。
事これあるを予想して、シールドとフィールドを幾重に展開していたが、破片の幾つかは
それら防護障壁を突き破り、一発がローレンスの左肩に命中する。
狼男は突然の激痛に思わず声を上げてよろめき、バランスを大きく崩して失速する。
二人の空戦魔導師が集落の中に墜落するのを確認したメガザラックは、すかさず地上
の魔導師たちに注意を向けた。
建物の裏や樹の陰など、隠れられそうな場所に飛込むと、陸戦魔導師たちはミッド式・
ベルカ式魔方陣を次々に展開する。
まず最初に、槍型デバイスを持つロアラルダルと、ブルパップ式自動小銃型デバイス
のデ・カタが機械の化け物への攻撃を試みた。
彼等が立て続けに放ったアクセルシュートは、全弾メガザラックの巨体に命中するも、
裝甲の表面で空しく弾けるだけで何らダメージを与えない。
次にメガザラックの右手のマニピュレーターが展開すると、強烈な閃光――ブラック
アウトが使ったプラズマ弾の小型版――が、デ・カタが隠れている岩めがけて撃ち
込まれた。
弾は岩の3分の1を粉々にし、石のシャワーを周囲に巻き散らす。
デ・カタは岩陰に隠れていたにも関わらず、爆発の衝撃で5m程吹き飛ばされた。
慌てて岩陰に這い戻るデ・カタにメガザラックがトドメの一撃を加えようとすると、
今度は右横からファイアボール弾が撃ち込まれる。
それはメガザラックの顔右側に命中して爆発するが、メガザラックの顔が僅かに
揺れたぐらいで、まったく効いていない。
メガザラックはお返しとばかりに、弾の来た方角に右手を向ける。
レトロフューチャーな光線銃型デバイスを持ったグーダが飛び出すのと同時に、
今まで隠れていた家の壁が木っ端微塵に吹き飛んだ。
半ば爆風に飛ばされるような形で、グーダはデ・カタの隣に滑り込む。
「アクセルシューターじゃ駄目だ!」
カートリッジを再装填しながら、デ・カタはグーダに喚く。
「こっちのファイアーボールでも利かねぇぞ!!」
グーダはデ・カタと体を押し合うようにして岩の陰に隠れながら、メガザラックに注意を
向けつつ怒鳴り返す。
グーダがデバイスを操作すると使用済みのカートリッジが排莢され、砂の上に弧を描いて
落ちた。
最終更新:2008年07月07日 16:13