Devil never Strikers
Mission : 11
Fly again
地上本部および機動六課の襲撃から一日が過ぎた。
機動六課隊舎の食堂は、もはや原型すら分からず、燃え残った椅子やテーブルが残っているのみだった。
その中で一番無事な物に腰かけながらダンテは呟いた。
「ピザは……ねーよな」
頭上には澄み切った青空。
前後左右どこに顔を向けても壁は無く、オープンテラスとなった食堂に一人佇むダンテ。
関係者以外立ち入り禁止のこの場に彼がいる理由は、事情聴取のためだった。
厳密には、というよりあからさまに部外者のダンテだが、この食堂を利用した回数はかなり多い。
最初のうちは気にする者も多かったが、はやてが親しそうに(要するに普通に)話しかける姿を見てからはその数も減っていった。
今ではピザを食べるダンテの姿は食堂の一部として認識されている。
「待たせたな」
そう言って現れたのはシグナム。
では始めるぞ、と前置きしてからダンテに質問を始めた。
「何故あの日ここに来た?」
「ピザを食うために」
「何故戦闘に介入した?」
「ピザを食うのに邪魔だったからだ」
「ふざけるな!と言いたいが……事実なんだろうな、それが」
どうやらダンテががどういう人間なのかをシグナムは理解しているらしい。
深いため息からは面倒な仕事を受けてしまった悲しみが漏れ出ている。
その後はどのルートでどんな敵を相手にしたのかを簡単に話して、事情聴取は終わった。
帰っていいぞ、と言いかけたシグナムを右手を上げて制する。
「何だ?」
「あのたぬきに話がある」
「主に?今はいないが……私から伝えておこうか?」
「いや、直接話したい。どこにいる?」
少し考えた後、シグナムははやての居場所を答えた。
「今は本局にいるだろう。帰りに病院によるといっていたからそこで待ってはどうだ?」
聖王医療院。
少し前にヴィヴィオが世話になったのがこの病院で、ダンテも名前だけは知っていた。
来るのは初めてだったが大きな病院だけあって目印も多く、道に迷うことは無かった。
病院内に入ったダンテは受付を無視して歩き出す。
目的は面会ではないのだし適当に歩いていれば誰かしら知り合いに会えるだろうと思ったからだった。
「あとはそいつに伝言頼んで、俺はどっかで昼寝だな」
呟いた直後に知り合いを見つけられた。売店で品定めをしている二人組。
近づいて声をかけようと思った時、片方が振り向いた。
「ダンテさん!!」
「よう、エリオ。調子はどうだ?」
「僕は大丈夫です……けど……」
「やっぱ悪いのか?」
「ええ……そうだ!ダンテさんもお見舞いに行きますか?」
ここでダンテはおかしいなと思い始める。
その正体はダンテがネヴァンの事を聞いているのに対してエリオがスバルの事で答えているからなのだったが、ダンテは気づかない。
「良いですね!きっと元気でますよ!」
キャロの言葉が決め手となり、ダンテの頭の中の疑問符は無くなった。
だが時既に遅く、二人の中ではダンテのお見舞いは決定事項らしい。
やれやれ、と思いながらもこいつらならはやてへの伝言を頼むのには丁度良いなとも思い、ニコニコと歩き出す小さな背中を追っていった。
そしてその頃、スバルの病室にはティアナの怒声が響いていた。
「うっさい!あんたはもう……生きてるだけマシでしょ!」
「でも、普通なら死んでるんだよ?それなのに生きてるなんて……変なんだよ絶対!」
叫んでいるのはスバルも同じで、こちらには悲しみがこめられている。
最初の内はティアナもこうではなかった。
落ち込んでいるスバルを元気付けようとして色々試していたのだが、何を言ってもネガティブな反応しか返ってこない。
そこで普段と同じように接してみたのが間違いだった。いつの間にかスバル限定の口癖が出て、いつの間にか怒っていた。
「生きてまた会える!それの何がいけないのよ!」
ティアナからすればそれは何より大切な事だった。
彼女にとっては生きてまた合えるという希望があるだけでもうらやましい。それすら持つことを許されなかったのだから。
だがスバルが悲しんでいるのもまたそこなのだ。
あれだけの怪我ですらギンガはまだ死なない。
生と死は表裏一体。普通に死ねないという事は普通に生きれない事に等しい。
この機械の体が良い例だ。無くした腕すら元通り。
それでよく人間を名乗れたもんだ。とすら思ってしまう。
スバルはティアナの言いたい事を分かっていながら、受け入れられず。
ティアナもまた、スバルの悩みを分かってはいるが、理解できない。
そして互いに言いたい事が違っていることを知りながら、譲れなかった。
何を話せば良いのか、何を聞けば良いのか。
どちらも黙りこみ、室内に重苦しい空気が充満していく。
悪いのはスバルか、ティアナか。
だがティアナとこのままでいたくないと思ったスバルは、あの時の事を話し始めた。
「あいつら……あたし達が狙いだったんだ」
「え?」
「作業内容は捕獲って言ってたから、多分あたし達タイプゼロのどっちかが欲しかったんだと思う」
スバルは感情を含めない口調で話し続ける。
冷静に、客観的に、淡々と。
そこにいつものスバルはいない。必要以上にネガティブになってしまう原因を、それこそ機械のように話し続ける。
「で、何であたしは殺されなかったか分かる?」
もう抵抗することも出来ないから、わざわざ殺す必要も無い。
それがあの場でのチンクの考えで、真実だった。
だがあの場でチンクはこうも言った。
「彼女も私達と同じだ。敵のリーダーにそう言われたんだ」
それはノーヴェを説得するための建前。
だがスバルにとっては自分が戦闘機人だから助けられた。と受け取るには十分すぎる言葉だった。
殺さずにすむならそれで良いという甘い考えと、同属への同情。
この二つのうちどちらが真実に見えるだろうか。
目の端から涙をながしながらスバルは続けた。
「戦闘機人だから狙われて!
戦闘機人だから助けられて!
戦闘機人だから腕だって元通り!」
で、戦闘機人の癖に負けてる。最後にそう付け加えてスバルはベッドに倒れこむ。
自分が普通とは違う事を理解してから、スバルは考えていた。
いつかはこんな日が来るんじゃないか、と。
そして同時にそんな日が来るのなら、その時傷つくのは自分ひとりでありますように、とも。
だが現実は厳しかった。
スバルが負った傷は小さく、ギンガの傷は大きい。
確かめたわけではないが、それだけは確信を持って言える。
「ギン姉はぜったい助ける。これは約束する。……でも」
「でも、何よ?」
「その後が、怖いんだ」
その後。この事件が全て終わってから後も自分達は普通の人間として過ごせるのだろうか。
ティアナを始めとする機動六課の人々が自分への扱いを変えるとは思っていない。
だがそれより外になるとどうだろうか。
「それは、その……」
すでにこの病院内ですらスバルが普通の人間ではないという噂が広がり始めており、好奇や嫌悪の視線がいくつか存在している事をティアナは知っていた。
こればかりはティアナには何とも言えない。
もっとも誰かがスバルに何か危害を加えようとしたなら、真っ先にそいつに向かって駆け出すつもりだったが。
言葉に詰まったティアナは何かに助けを求めるように辺りを見回して、―――そしてダンテと目が合った。
「……あの、いつからいました?」
おそるおそる尋ねるティアナに、ダンテは肩をすくめて返す。
さあな、当ててみな。という意味だろうと受け取ったティアナはそのまま答えの方に顔を向ける。
「えーと、スバルさん達が狙いだった。の話からです」
素直に答えるエリオ。
なるほど。そこからか。どうしよう。
スバルが戦闘機人であることをダンテに知られてしまった。
それを知ったダンテがどうするのかが分からない。
具体的に言えば避けるのか嫌うのか気にしないのか、それが予想しにくいのだ。
ティアナが願うのはスバルを追い詰めない反応だ。
『ピザの具にはならねーな』とかでも良い、とにかくスルーして欲しかった。
「聞いてました?あたしね、戦闘機人なんですよ。あいつらと同じ」
だがスバルはそれを望まなかった。
下手に気を使われるよりいっそ素の反応が知りたかったのかもしれない。
「戦闘機人って言うのは人の体に機械を埋め込んで強くした存在なんです」
そのままスバルは戦闘機人の説明を始めた。
説明の中で『戦闘機人』を示す言葉に『人』や『人間』という言葉は使われなかった。
「大体こんな感じです。どう思います?」
スバルは何を望んで説明をしたのだろう。
侮蔑や軽蔑か?それとも同情や慰めの言葉だろうか。
そのどれもが人間としてのスバルを否定する言葉になる。
結局、普通の人間じゃない悲しみは、普通の人間には理解できない。
「Devils」
悪魔か、確かにそれも一理ある。倫理的な面から見たら確かに悪魔の技術と言えるだろう。
思った以上にキツイ言葉にうつむくスバル。
「never」
ダンテの言葉はまだ終わっていなかった。
反射的に顔を上げた瞬間、最後の言葉が紡がれる。
「cry!」
首が後向きにのけぞると同時に額に鋭い痛みが走る。
涙目になりながら顔を前に戻すと、伸ばしたままのダンテの人差し指が見えた。
どうやらデコピンを受けたらしい。
「ちゃんと意味を考えたのか?」
「え?」
Devils never cry
この言葉には聞き覚えがある。
前にティアナが問題を起こしたときにダンテが最後に言った言葉だ。
もちろん意味は調べた。
直訳すれば『悪魔は泣かない』となった。
そりゃまあ悪魔が映画を見て涙を流すとは思っていなかったが、だから何だというのだろうか。
はっきり言って全く意味が分からず、そのうちに忘れてしまった。
「悪魔は泣かない、涙を持っていないから」
額に触れたままの人差し指を、スバルの目元まで運び、そこにある輝きを掬い取る。
それをスバルに見せながら、続けた。
「これは、人間だけが持つ宝物なんだよ」
だからお前は人間だ。
言葉の中に込められた意味を、スバルは確かに理解した。
だが理解したところで今のスバルはそれを素直に聞き入れられない、どうしたって後ろ向きな考えが出てしまうのだった。
その考えるより速くに、思ったことが口から飛び出す。
「でも―――うわた!」
そこから先は出てこない。
ダンテのデコピンが再び額を襲ったからだ。
一度目より遥かに強いそれは、スバルの頭を枕の上まで弾き飛ばした。
「後は自分で考えな」
簡単に答えなんかやるものか。
自分で考えて決めやがれ。
そんな字が書かれていそうな赤い背中が病室の外に消えるのを見届け、スバルは考え始めた。
自分の事、戦闘機人の事、これからの事。
最初に考えたのは二度目のデコピンの時、ダンテの指を離れ、光を反射していた小さな輝きだった。
(綺麗だったな、あれ)
病室を出たダンテは、当初の目的を果たすべく歩き出した。
ふらふらと歩くこと数分で、前から歩いてくる目的の姿を見つけた。
限りなくフランクに話しかけてくるはやては、ダンテに対しても
「シグナムから聞きましたよ?話があるとか」
「ああ、カブトムシのとり方についてちょっとな」
「うちは木に砂糖水を塗りますね」
「だろうな」
「木に向けて声をかけても来てくれる訳じゃないでしょう?」
誰がカブトムシで何が砂糖水なのか、それが意味する物にはとっくに気付いているらしい。
ならば、とダンテは楽しむ。久しぶりの皮肉まみれの会話を。
「そのカブトムシだがな、どうやら最近燃えちまった木がお気に入りらしい」
「そら残念ですね~」
「木のほうはまた生えるだろうが……また砂糖水が塗られるかがわかんねーんだ」
「うちなら塗りますね」
「じゃそのカブトムシはお前の味方だろうさ」
伝えたいことは伝えた。
これでこの病院に用はない、ずいぶんと大きい寄り道があったが無駄足ではないだろう。
はやてに背を向け、歩き出すダンテ。
「そのカブトムシはどんなカブトムシなんです?」
この質問に深い意味は無い。100%遊び心の質問だ。
どんな風に返してくるか、どんなカブトムシに例えるかに、ただ興味があった。
クロックアップして宇宙生命体と戦う奴か、それとも色々な重火器を装備したメダルで動く奴か。
足を止めず、振り返らずにダンテは答える。
「森の王者だぜ?最強に決まってるだろ?」
そらそうや、とゲラゲラと笑い出すはやて。
笑いが治まった時、廊下にダンテの姿は無かった。
「久しぶりに思いっきり笑ったわぁ~、ダンテさん。ありがとな」
その声は誰もいない廊下で、響かずに消えていった。
自称最強の助っ人を得た木は、燃えてはしまったがまだ枯れたりはしない。
その木にいる者達が飛び立つまでは、絶対に。
Mission Clear and continues to the next mission
最終更新:2008年07月09日 00:08