ダミアン・ルーウは考える。
背後に走り去る足音を聞きながら、天を仰いで思考にふける。
いつの間にかレリックの入ったケースも無くなっていたが―――恐らくはキリランシェロが持ち去ったのだろう―――それも今やどうでも良い事だった。
鋼の後継、奴に関しても同様だ。必要な情報を引き出した時点であの男は役割を終えている。何をしようが知った事ではない。

(――――必要な情報、か…)

その皮肉に思わず失笑する。いや、実際笑い話にもならない…。
キリランシェロが語った顛末はおよそ自分が運び進めるつもりでいた脚本とは大きく異なるものだった。

領主様との盟約に背いたディープ・ドラゴンの長。
貴族連盟の勅命を無視した王都の魔人プルートー率いる<十三使途>の聖域への独断進行。
我々を裏切り、更に聖域すら出し抜こうとしていたユイスの暗躍と、その目的。

聞いただけで頭が痛くなりそうな自体の連続ではあった。およそイレギュラーだらけだ。
…だが真に自分を落胆させたのはそんな事ではなかった。
第二世界図塔。聖域において魔王召喚機とも呼ばれる装置。
大陸に破滅をもたらす女神を殺す事が出来る唯一の存在、神殺しの魔王スウェーデン・ボリーを召喚するための装置。第二世界図塔の力で魔王を召喚し、その魔王に女神を殺させる。
それが我々最接近領の、いや正確には自分と領主様の計画であった。
―――リスクの大きい計画である事は否定しない。だがそれでもこれがもっとも現実的な手段であるとダミアンは今なお確信していた。
少なくとも聖域だけを残して大陸全土を捨て去ろうとしていた聖域のドラゴン種族らよりは…。それを―――

(何だそれは。そんな事に何の意味がある…)

苦虫を噛み潰すような心持ちで呟く。あの黒魔術士は確かに言った。
『第二世界図塔から得た魔王の力でアイルマンカー結界から大陸を解き放った』と。
と、唐突に轟音が轟いた。天を仰いでいた視線を音源の方へと向けると奥でわずかに魔術の光が見える。言わずもがな、彼が走り去った方向だ。
そちらを感情の篭らない瞳で見つめる。本来精神のみの存在である自分には眼球どころか視覚すら必要としないのだが―――。
余分な遺産。抜けきらない人間でいた頃の感覚に今度こそ苦笑を漏らしながら白魔術士は一人ごちる。


(…確かに女神が大陸を危険視していたのは自身の力でも突破出来ないアイルマンカー結界があったがゆえだ)

瞑目し、祈るような心地で静かに認める。
そうだ、結界の穴から外の世界を見てきた自分は知っている。結界が外れてしまえばキエサルヒマ大陸はただのちっぽけな小陸に過ぎない。
少なくとも結界外の世界全土と比較すれば狭小と言わざるを得ないだろう。
結界を脅威に思うからこそ女神は攻めてくる。ならばその結果そのものを消してしまえばいい。
短絡的とも言える極論だが…。理解できないわけでもない。
――――だが…。
「だが、それは滅びを受け入れるのと同義だ…。虚無主義だ!」
唐突に湧いた憤怒と共に吐き捨てる。あの黒魔術士は理解していたのだろうか…。結界の破壊とは、それすなわち大陸の未来を女神に委ねるという行為だ。
仮にこの先、万が一にも女神の気まぐれか何かで結界を失った大陸が破滅を免れ続ける。そんな奇跡が在ると…?

答えはいともあっさりと導き出せた。あの大陸に住まう者ならば誰でもこの答えに辿り着くはずだ。
「在り得ない。祈るべき神のいないこの世界でそんな奇跡は絶対に起こらない…」
絶望しかないのだから起こり得る筈もない。
誰にともなく確信する。キエサルヒマは滅びる。それこそ、女神のほんの気まぐれで…。

「――――――フッ、ハハハ…」

笑いが漏れる。肉体を捨て去り、精神のみの存在となって幾年月。大陸の存続のみを目的に生きてきた数十年はここに無為となった。
憤慨するべきなのかもしれない。号泣しても許される事なのかもしれない。だがどういうわけなのか、湧いてくる感情はどこまでも空虚だった。
暗闇の中、意味も無く止まらない哄笑とは裏腹に心が急速に乾いていくのが分かる。

ああ、そうか――――

狂ったように笑い転げながら、裏腹に冷めた胸の内で悟る。この感情の正体を…。長く、自分自身に問い続けていたモノの答えを…。

彼はこの時ついに、ようやく――――絶望するに足る理由を見つけたのだ。

魔術士オーフェンStrikers 第十話

「ウオアアアアアアアアア!!!」
ほぼ半壊した列車内、絶叫…いや、もはや咆哮と呼ぶに相応しい雄叫びを挙げながら赤髪の少女、ノーヴェが駆ける。
ある一点、自分と相対する黒服の男目掛けて。



(この野郎この野郎この野郎!!ぜってぇ許さねぇ…不意打ちなんて汚ねえ真似かましやがって!!)
紅蓮に染まった思考で毒づきながら、頭のどこか冷静な部分―――彼女の戦士としての部分が数秒前の光景をフラッシュバックさせる。
振り返った直後の、まるでタイミングを計ったかのように背後から扉越しに放たれた砲撃魔法。
自分のISが無ければ、そして直前に紡がれた呪文を聞いていなければ反応すらできずに列車の遥か後方まで吹き飛ばされていただろう。
(…チィッ)
完全には避け切れなかったのか、その頬には生々しい火傷の痕がくっきりと刻まれている。
チリチリと痛むそれはあの光熱破が物理設定での攻撃である事を克明に告げていた。
非殺傷設定じゃないのか?管理局員のクセに…?
解せない。が、彼女はその疑問を瞬時に打ち消した。今はそんな事はどうでもいい。幸いあの手の魔導師の仕留め方は心得ている。
相手は砲撃魔導師だ。接近戦にさえ持ち込んでしまえばあんな魔法怖くない。距離はあと三歩の所まで詰まっていた。
(バカが!こんな距離になるまでボケッと突っ立てんじゃねぇよ!)
半身の姿勢で短剣形のデバイスを構えたまま微動だにしない男を睨み据える。砲撃など許されない距離。完全に彼女の間合いだ。
「くたばれッ!!」
裂迫の叫びと共に鋼鉄の右足を振り上げる。瞬激の回し蹴り。常人離れした体のバネにより繰り出されたソレは凶悪な威力と速度でもって男の頭蓋を粉砕しにかかる。
当たれば文句無く必死の一蹴。だがその鋼の蹴撃が彼の頭部を抉ろうとする刹那、男が動きを見せる。

迫り来る旋風に対し微塵の躊躇いも見せず滑らせるように一歩踏み込み、あっさりと蹴りの軌道の内側へ張り付く。
ノーヴェの顔色に少なからぬ驚愕が浮かぶ。この場面で距離をとらず逆に懐に踏み込んでくる砲撃タイプの『魔導師』など彼女のノウハウには存在しなかった。
そんなこちらの様子など意に帰さず、男は距離を潰され威力の死んだ蹴りを肘を振り上げて受け止める。
「――――ッ」
更に男は腕に力を込め、こちらの右足を弾き返すとごく自然な動作で懐へと潜り込み無防備なわき腹に右拳を軽く触れさせる。
「ッの野郎!!」
容易く間合いへの侵入を許したのがプライドに触ったのか、苛立たしげな声を上げながらノーヴェが男を引き剥がそうと再び足を振り上げる、が―――。
「―――フッ!」
それよりもわずかに速く、短い息吹と共に男の足元から爆発するような鋭い踏み込み音が響き渡る。

ノーヴェは知る由もなかっただろう。そんな技術があるという事すらひょっとしたら、彼女は知らなかったかもしれない。


これこそが彼の師、チャイルドマン・パウダーフィールドの秘奥にしてオーフェン自身の切り札の一つでもある密着状態から放つカウンター、すなわち「寸打」である。
相手のミリ単位の挙動から打撃タイミングを導き出すこの打法のパターンは二種類。
拳から身を引こうと後ろに下がればその勢いを利用し、そのまま相手を後方へと吹き飛ばす。シグナムとの模擬戦で使用したのがコレだ。
そして、もし逆に相手が踏み込んで来たのなら―――

メキリ…と岩か何かを鈍器で砕くような音が響く。異音の発生源は男の拳、いや彼の拳が深々と突き刺さっているノーヴェの腹部から―――。
「……カ…ハァッ……」
肺から空気を搾り出し、振り上げかけた彼女の右足が力を失い地に落ちる。
他者から初めて受ける容赦のない打撃。それは彼女のこれまでの人生最大の衝撃となってその体を貫いた。
ついさっきまで羽のようだった手足が鉛のように重い。腹部を襲う鈍痛に声も出せない。呼吸を司る器官は与えられた衝撃にその活動を放棄させられている。
彼女にとって、それら全てが未知の感覚だった。
尋常ではない痛みに前のめりに崩れ落ちるのと同時に抗いがたい―――しかし心地良さとはほど遠い類の睡魔が襲ってくる。
(フザ、けんな……、何だ…っよ、これ…何で、アタシが―――)
意識が混濁する。ある種恍惚すら感じながら闇へと落ちてゆく最中―――
「悪いな…。武器持って襲い掛かって来る相手にゃあ誰だろうが手加減しない事にしてるんだ」
「…ッ……て、…め……」
若干の居心地悪さを匂わせるその言葉にカッと、酸素負債で堕ちかけていた意識がわずかに白熱する。
依然体は動かぬまま。だから地に伏したまま眼球だけをギリギリと動かしその男を視界に収める。
男も自分を見下ろしていた。横たわる自分に向けて油断無くその斜視に近い眼差しを向けている。
(――――――ッ――)
その顔を、その姿を、決して忘れまいと脳裏に刻み付ける。
必ず倒すと心に誓いを立てる。自分のプライドを傷つけた男、初めて完全な敗北を喫した相手へと憎悪の視線を送りながら、
―――やがて彼女は意識を宙へと手放した。

「―――――よし、ここはもう大丈夫だな?」
完全に気を失い地面に横たわる少女をエリオがバインドで編まれた手錠で拘束し終えるのを待つと、オーフェンは足を扉―――はもう無い。彼が吹き飛ばしてしまった―――の方へと向けた。
「え?」
背後でエリオが疑問の声を上げる。
「どこへ行くんですか?」
意味が分からないというようなエリオ―――キャロもか―――の方へわずかに振り返りながら、
「リィンが列車を止めに向かったはずなのに停止する気配がまるで無い。何かあったんだ。ひょっとしたらその女とは別に襲撃者がいるのかもしれない」
「じゃあボク達も」
「いや、お前らはここに残ってくれ」
こちらに走り拠ろうとするエリオを手で制しながら言う。
「でも…」
「違うんだ。万が一彼女が目を覚ました時、見張ってる奴が居ないと逃げられる可能性がある。いい加減なのは達も追いついてくる頃だろうからそう心配はいらないと思うが…」
視線をエリオとキャロから赤髪の少女へと転じる。
―――ダミアンはこの少女の事を知っているような口ぶりだった。
我知らず拳を固める。ただしエリオ達には気取られない角度で。
一刻も早くこの場に駆けつけるために一も二もなく飛び出して来てしまったため結局ダミアン自身からはろくな情報が引き出せなかった。
「…彼女には聞きたい事がある。油断して逃がすような真似は出来ればしたくない」
その言葉に―――
「えっと…聞きたい事ってひょっとしてダミアンって人の事ですか?」
その言葉に対する反応は予想外の方向から発せられた。


「キャロ…?」
エリオが驚いたようにチームメイトの方を向く。オーフェンも彼に習って首を回して彼女の方へ視線を向けた。
「…何故、奴の事を?」
思ったよりも硬い声で話しかけてしまった事に若干焦りながらフォローを入れる。
「いや、確かにその通りなんだけどな。奴とは…まぁ、色々あって――彼女がダミアンの事を知っているんなら情報が欲しいんだ」
「…………………」
するとキャロはスカートの裾をモジモジとさせながら何かを迷うような仕草を見せる。
「ん、どうした?」
「そ、その…」
だがそれでも促してやると彼女は存外素直に話し始めた。チラチラとこちらの様子を窺うように…
「つまらない、事なんですけど…結界の中から出てきてから、ていうか、あの…ダミアンさんって人に会ってから、なんとなくオーフェンさんの雰囲気が変わったような気がして…。
その、前よりちょっと、怖い感じっていうか―――ご、ゴメンなさい!怖いって言っても別にその、お、おかしな意味じゃなくって」
言葉の途中で失言を感じたのかキャロが顔を真っ赤に染めて捲くし立てる。わずかに涙目になりながら慌てているその様は同情を引くが、なんとなく愛嬌を感じるようでもあった。
わたわたと手を振り回しながら言い訳――だかなんだかよく分からないもの――をしゃべり続けるキャロを励ますようにフリードが彼女の周りを鳴きながら旋回する。
「う~ん…」
オーフェンは考え込むように腕を組むとそちらから一旦目を離し、
「俺って怖いかぁ?」
自分を指差しながらキャロの隣にいるエリオに話を振った。
「はい」
少年が考える間も見せず一切の迷い無く頷いてくるのを見てオーフェンは自分の頬が引きつるのを感じた。
「……言い切りやがったな」
「え?えっと、すいません…。あまりにも考える余地がない質問だったので――痛っ!何でぶつんですか!?」
とりあえず彼の頭をベシン!と引っぱたいてやってからオーフェンは一つガスを抜くつもりで大きく息を吐くと未だに何やらしゃべり続けているキャロの頭を帽子の上からポフポフと叩いてやる。
「あぅぅ……」
狼狽するキャロにオーフェンはわずかに苦笑しながら、
「雰囲気、てのは自分じゃ分からんが…そうだな。余裕がなくなってるのは確かかもな…。怖がらせちまったんなら謝る」
「す、すいません…」
頭に手を置かれたままシュン、とうな垂れるキャロに再び微苦笑を漏らす。
「とにかくここを乗り切ったらダミアンの事もちゃんと話す。だから今はとにかく―――」
刹那、悪寒を感じてオーフェンは腰の鞘からフェンリルを抜き放ちその場で背後に向けて横薙ぎに一閃させた。



ギィンッ!―――と、鈍い金属音と共にフェンリルを握っている手に軽い衝撃が伝わる。
(何だ!?)
弛緩しかけていた神経を瞬時に張り詰め直す。それと同時、自分を襲ったモノの正体を確かめるヒマもなく、闇の中から自分がたった今出てきて、
そして向かおうとしていた方向―――すなわち重要貨物車両の方から無数の気配が飛来してくる。
オーフェンは迎え撃つように両手を掲げ、叫んだ。
「我は紡ぐ光輪の鎧っ!」
呪文に呼応するように無数の光の輪で編まれたような防御壁が自分と、後ろの2人を守るように展開される。
それに一拍遅れて連続した金属音が防御壁を叩く。勢いを失って次々と地に落ちるそれをオーフェンの瞳が捉える。
小振りなナイフ。それは持つ部分が異常に小さい、刃の部分が尖端から小さな扇状に広がっている奇妙なナイフだった。スローイングダガーの一種なのだろうが…。
(ともかく、他にも敵がいるって読みは当たってたワケだ…)
次撃が来ないのを確認して、オーフェンは防御壁を解いた。と、その瞬間を狙っていたとでも言うように再び暗闇から何かが飛び出してくる。
が、今度はナイフの類ではなかった。
弾かれたような速度、地を這うような動きで何かが―――いや、誰かがこちらに駆け込んでくる。
手振りで後ろの二人に離れてろと告げるとオーフェン自身も構えをとる。
(魔術は…無理だな。もし狙いが外れて向こうの通路を壊しでもしたらここで立ち往生するハメになる。素手でねじ伏せるしかないか)
決して短くない距離を凄まじい速さで疾駆する相手を見据えながら胸中で一人ごちる。敵の技量は定かではないが、あの赤髪の少女と同等程度の使い手ならば不可能ではないはずだった。
と、距離が近づいたためか相手の姿が鮮明になる。矮躯の少女…いや、というよりもむしろ―――
(ガキ!?)
その姿はエリオ達とそれほど背丈も違わないであろう子供だった。
「シッ」
こちらのわずかな動揺を見て取ったのか、速度は緩めぬままにかすかな息吹と共に少女の腕が鞭のようにしなる。
その手には先ほど投げつけられたものと同じ型のナイフ。
「ッ、チィ―――!」
近距離から真っ直ぐこちらの眉間に向けて放たれたそれを滑らせるように体を沈めてかわす。
頭部をわずかに掠っていく刃物の感触に舌打ちしながら中腰の姿勢のままオーフェンは少女に向けて一歩踏み込むとそのまま拳を突き出した。
真正面から突進してくる少女に対するカウンターでの一撃。避けられるようなタイミングじゃない。
「―――――」
だが少女は顔色一つ変えず、ナイフを持っていた手とは違うもう一方の手をわずかに閃かせる。



「ッ…!」
その意味を理解するよりも早く体の方が勝手に動いた。拳は突き出さずに両腕を交差させて顔面を守る。
敵を目の前に視界を塞ぐような真似は避けたかったが他にどうしようもなかった。
遅れて左腕に焼けるような痛撃が走る。だがオーフェンはそれに構わず両腕を解いた。
予想通りというかべきか、少女の姿はオーフェンの視界の中には無かった。
(…………………)
腕に刺さったナイフを引き抜き、痛みに舌打ちしながら背後を振り返る。そこに果たして、少女はいた。
ただその距離がまたかなり離れている。車両の中央にいる自分達からもっとも遠い位置、つまりはこの車両の最端に少女は存在していた。
長くウェーブのかかった銀髪に―――今気が付いたが―――左目に眼帯をしている。
よくよく観察してみれば風変わりな格好の少女だった。
彼女はその小さな肩にあの赤髪の少女を担いでいた。担いだまま、こちらに向けて厳しい視線を送り続けている。
「――――通信が一向に通じないのでまさかとは思ったが…。駆けつけて来て正解だったな」
「お前は……」
こちらの腕の傷を心配してか駆け寄って来ようとするエリオとキャロを手で制し、魔術で傷を塞ぎながら少女に話しかける。
「お前達は仲間なのか?」
「………ならば、どうだと言うんだ?」
ジリジリと後ろに退がりなら―――どのみち行き止まりだがそうせずにはいられないものなのだろう―――憮然とした表情で少女が答える。
「ダミアンもか?」
「なに…?」
それは予想外の質問だったのか少女の眉が不思議そうに上がる。
「貴様、なぜダミアン殿の事を………」
警戒の色を濃くする少女に向けて再び口を開こうとしたその時、ふいに気配を覚えてオーフェンは天を仰いだ。
「ッ!?チィ、やはり時間をかけすぎたか!」
こちらに習ってか、同じように上を見上げた少女が焦燥の声を漏らすのが聞こえた。
その刹那、突如現れた桜色のバインドが意思のあるロープのように銀髪の少女の上半身に絡みつき、その体を拘束してしまった。
「くっ!?」
自由を奪われ苦悶の声を上げる少女の事は一旦無視する事にしてオーフェンは天井に開いた穴から降ってくる二人の女性に声をかける。
「なのは…フェイトもか」
「すいません、遅くなりました!ちょっと数が多くて手間どっちゃって…」
申し訳なさそうに頭を下げるなのはに手を振って答える。フェイトの方にはエリオとキャロが駆け寄っていた。



近寄ってきたエリオが若干の手傷を負っている事に気付いてオロオロと狼狽する彼女を見ながらオーフェンは隣に降りてきたなのはに問いかける。
「ヴィータはどうしたんだ?」
「あ、はい。ヴィータちゃんには列車の制御室の方に向かってもらいました。リィンがティアナ達のフォローに向かったってシャーリーから念話で聞いたので」
それを聞いてオーフェンは不安そうに顔を曇らせる。
「大丈夫なのか?アイツで…」
制御室なるものがどのようなものかは定かではないが、どのようなものだとしてもこれだけの重量物を自動で動かす代物が単純な造りをしているとはオーフェンには思えなかった。
そんなこちらの懸念に気付いたのか、それとも単に気付かれるほど顔に出ていたのか(恐らく後者のように思える)なのはが苦笑いしながら言ってくる。
「心配いりませんよ。操縦の手順はロングアーチの子達が指示してくれますから。それより―――」
そう前置くとなのはは表情を引き締め、背後に振り返る。彼女の視線を追うとそこには拘束されたまま佇む銀髪の少女の姿があった。
今は抵抗もせずおとなしくその場に座り込んでいる。
「彼女は、一体?」
彼女の質問に肩を竦めて答える。
「俺が聞きたいくらいだよ…。俺が少し前にライトニングスから分断させられたのは聞いてるか?」
「はい、ロングアーチから報告がありました。術式も魔力反応すら見せずに転移させられた、って話でしたけど」
ちょっと信じられませんけど…と付け加えるなのはに頷きながら、
「その辺の事は戻ってから全員の前で話すよ。ともかくダミアン――俺を転移させた奴の事だが――の話じゃあの女達は俺とダミアンに話をさせるため、
いや、他の奴に話を邪魔させないために来たみたいな口ぶりだった」
「……何でですか?」
「さぁそこまでは、な。だがダミアンと彼女らが協力関係にあるのは間違いなさそうだ―――」
「あ、えっとそっちの事じゃなくて…」
「うん?」
手を振ってこちらの言葉を遮ってくるなのは。
「その、ダミアン…さん?は何でそんな事までしてオーフェンさんとお話したかったんですか?」
「――――――」
それは、ある意味核心を突いたセリフではあった。ダミアンの目的が自分との接触であった事は間違いない。
理由もハッキリしている。ただそれをそのままなのは達に言うのはどうにも憚られた。
(世界を滅ぼす女神を殺せる魔王を召喚する事が出来たのか出来なかったのか聞きにきたんだ、なんてな。
事情を知らない奴が聞いたら気が狂ったと思われても仕方ないだろ、実際…)
「オーフェンさん?」
「ん、あ、ああ。悪い、ちょっと考え事を―――」
話の途中で急に黙り込んでしまったこちらを不審に思ったのか首を傾げるなのはに慌てて答える。
と、直後―――――。

「あああーーーーーーーーーーーーー!!!」

車内全体をビリビリと振動させるほどの甲高い大音声が轟いた。
「な、何だ!?」
あまりの声量に思わず耳を塞ぎながら振り返る。
そこには反対側の入り口―――かなり遠い―――でビシィ!とその小さな指をこちらに突きつけたまま大きく口を開いているリィンと、その後ろで息を喘がせているスバルとティアナの姿があった。


◇     ◆    ◇     ◆    ◇    ◆    ◇    ◆    ◇

「――――――――――――」
モノレールの遥か上空、精神の王たる彼はただ眼下を見下ろしていた。
物理に作用されないその体は打撃のような激しい強風の中悠然と佇んでいる。
本来何も映さない瞳―――今はどこか濁ったモノを感じさせるその瞳を、手で覆えるほどの小ささになった列車に向け―――

ただ…ただ…機を待ちながら…。


魔術士オーフェンStrikers 第十話  終





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最終更新:2009年01月01日 23:27