XV級次元航行艦“クラウディア”の通信室も、地上同様戦場と化していた。
高度な通信システムが、フレンジーのクラッキング攻撃で機能停止に陥り、
手作業で次元世界間の通信を繋がなくてはならないからだ。
「こちら次元航行艦クラウディア――」
身長210センチ。切り株のような角が額にある、赤くて厳つい顔のオペレーター
が空間モニターを開いた途端、鰐人間の顔のどアップと断末魔のような喚き声
がスピーカーに響きわたる。
そのあまりの迫力にオペレーターは思わず顔を仰け反らせる。
もっとも、オペレーター自身もかなり怖い風貌であるのだが…。
「陸上部局機動3課第6636師団、554航空隊所属の二等陸士だ!
昨日攻撃を受けたセギノール中央基地の南東にある村で、正体不明の敵と交戦中!」
いきなり雑音が入って音声が途切れ、画像が一瞬砂嵐になるが、映像はすぐ回復し、
陸士の切迫した声が再び流れ始めた。
「敵は極めて攻撃的! Aランク級の空戦魔導師を大至急寄越してくれ!」
「了解。少し待ってくれ」
オペレーターはそう言って、空間モニターをもう一つ開く。
「艦橋に至急繋いでくれ、セギノール中央基地の生存者と名乗る部隊から緊急
通信だ」
5分後、管理局本局ビルの廊下を東南アジア系の顔をした男性士官が駆けていた。
彼は、なのは達と入れ代わりに会議室へ入り、ゲラー長官に敬礼すると報告を始めた。
「次元航行艦クラウディアからの報告で、セギノール中央基地の生存者から、
基地の南東にある村で攻撃を受けていると通信が入ったとの事です。
彼らは、Aランクの空戦魔導師の出動を要請しております」
「生存者だと? 当地に生存者は無しという結論ではなかったのかね!?」
長官は士官に鋭い視線を向けるが、士官もそれに臆する事なく毅然とした態度で
報告を続けた。
「その結論でしたが、事実は違った模様であります」
「報告者は?」
長官の質問に、士官は空間モニターに黒色の次元航行部隊専用の黒色の制服を
着た、20代前半の白人系青年将校を映し出す。
「次元部局管理外世界次元航行部隊、第4艦隊司令官クロノ・ハラオウン提督
であります」
「回線をこちらに繋いでもらえるかな?」
士官は頷くと、空間モニターを開いてクラウディア艦橋の通信を長官へ直接
繋ぐようにと命令を伝えた。
建物の陰に隠れ、素早く移動しながら攻撃を行う人間たち。
そのしぶとさに、メガザラックは戦術を変更する必要を感じた。
グーダは盾代わりにしている塀から飛び出して、アクセルシューターを連射
しながら走った。
割合大きめの樹の陰に隠れて、近くで起こるであろう爆発に備えて体を縮ませる。
ところが2~3秒経っても、爆風も爆煙も来ない。
周囲が静かな事に不審を感じたグーダが顔を上げると、不意に陽が陰った。
何事かと樹の陰から顔を出すと、大きな機械のミノタウロスが、砂煙を上げて
こちらへと迫って来るのが見える。
躊躇している暇はない。ミノタウロスの脚が樹を押し潰す直前、グーダが樹から
跳び出した。
砂埃を上げて樹が倒され、グーダは砂地にうつ伏せに投げ出される。這いながら
立ち上がり、ジグザグに回避行動をとりながら手近の家に向けて駆け出す。
メガザラックはグーダ目掛けてプラズマ砲を放つが、回避行動が幸いして横の
砂地を穿っただけだった。
しかし、爆発の衝撃でグーダは横に吹き飛ばされ、またしても砂地に倒れこむ。
頭を振って失いそうになる意識を引き戻し、顔をメガザラックの方へ向けると、
砲口をこちらへ向けているのが見えた。
後ずさりながらバリアとシールドとフィールドを多重に展開するのと同時に、
メガザラックは対空弾を撃つ。
弾頭は間近で炸裂し、無数の破片のシャワーをグーダに浴びせる。殆どは展開
された多重障壁に防がれたが、それでも数十発ほどが彼の体に命中する。
速度は相当落ちていたものの、ヘビー級ボクサーの拳と同じ威力の弾を全身に
浴びて、三度(みたび)吹き飛ばされる。
後ろ向きに飛ばされたグーダはそのまま壁に叩きつけられ、辛うじて保って
いた意識を失った。
会議室では、モニター上に映ったクロノが、ゲラー長官に今までの状況を説明
していた。
「クロノ提督、報告はよく分かった」
報告を受けたゲラー長官は、テーブルに肘を着きながらクロノに言った。
「だが、基地を提供している現地の親管理局勢力から、これ以上トラブルが
起こるようなら、駐留合意を撤回せざるを得ないという意見も出てきている。
単純に空戦魔導師を送って砂地に攻撃魔法を撃ち込むという訳には行かないのだ。
もっと確実な証拠が要る」
長官の言葉に、クロノは頷いて言った。
「既に“シーカーバグ”を送りました。間もなく映像が届きますので、それなら
納得できると思います」
シーカーバグ。
それは、JS事件に於いてルーテシア・アルピーノが使っていた“インゼクト”
という、羽虫型の召還虫をベースに開発された無人偵察機である。
インゼクトよりさらに小型化・軽量化が図られ、隠密の偵察活動がより容易に
なっている。
それは今、砂の山脈を低空で飛びながら、目的地へ一直線に向かっていた。
斜面を真っ直ぐに昇り頂きを越えると、激しく炎を噴き上げる集落が見える。
シーカーバグは、そこで繰り広げられている戦闘に視点を固定、機体を左に傾け、
戦闘現場を中心に旋回を開始する。
クラウディア艦橋上の操縦士は、可能な限り鮮明な画像を撮れるよう、機体の
安定を心がける。
「映像が入ります。ただ、画質は保証出来ません。次元航行艦をリレー形式で中継
している為、信号強度が――」
長官は、士官の言葉を遮って言う。
「とにかくモニターに出せ」
士官がモニターを操作すると、会議室中央のテーブル上に大型の空間モニターが
現れた。
モニターはしばらく砂嵐が荒れ狂っていたが、不意に爆煙の上がる集落の映像が
現れる。
障害物を盾に砲火を避け、必死に応射する者たちは確かに管理局の陸士だ。
しかし、攻撃魔法の中を悠然と歩き、彼らに質量兵器の嵐を浴びせる敵の姿は…。
「何だ? あれは」
長官の呆然とした呟きは、半人半獣の大型機械という、自分達の常識からあまりに
かけ離れた姿に驚愕する幕僚達の心情を、これ以上なく的確に表していた。
障害物を自らの巨体で踏み潰し、強力な砲で周囲360度を火の海に変えるという、
メガザラックの戦術変更によって、魔導師部隊は更に苦しい状況へ追い込まれた。
そんな、顔を出すだけでも自殺行為な状況にも関わらず、彼等は身を晒して必死
に撃ち返し、援護が来るまでの時間を稼ごうとする。
「援護はまだか!?」
エグゼンダは、自身のデバイスを通じてクラウディアへ尋ねる。
「もう少し待ってくれ。今、上層部が援護の人選をしている」
クラウディアからの返答に、エグゼンダは罵倒の言葉を呑み込み、可能な限り
冷静を装った声で言った。
「頼む、急いでくれ! こっちはもう崩壊寸前なんだ!!」
エグゼンダがそう答えた次の瞬間、右隣の家で爆発が起こり、隠れていたデ・カタ
が崩落に巻き込まれる。
「デ・カタ!」
ロアラルダルが駆け出そうとしたその時、メガザラックがロアラルダルに向けて
プラズマ弾を数発発射した。
すかさず身を引かなかったら、ロアラルダルの体はプラズマ弾の直撃で跡形もなく
蒸発していただろう。
「くそっ!」
土埃が舞う中、ロアラルダルもエグゼンダも、這いながら後退する他になす術が
なかった。
クラウディア艦橋では、陸士たちの戦闘状況を示すシーカーバグからの映像の他、
集落の周辺200キロ圏内に居る空戦魔導師の情報と、今戦っている魔導師達の
履歴が、空間モニター上に併せて表示されていた。
「まだ見つからないのか!?」
クロノからの質問に、赤鬼のオペレーターはキーボードを叩きながら返答する。
「申し訳ございません。
しかし、AからAAランクの空戦魔導師となると、中々――」
クロノは、左右に切れた口と灰色の肌をした、オペレーターのつぶらな瞳の前
に手を出して、言葉を遮る。
「そうそう居ないのは分かってる。
だが、フェイト執務官は重傷で動けない以上、何としてもAクラス以上の魔導師
が――」
突然、左隣の同じ顔にオレンジ色の皮膚をした双子のオペレーターが、クロノの
方を振り向いて言った。
「二名居ます!」
その言葉に、クロノは左側のモニターに眼を向け、表示されたデータを読む。
「マトル・ベラファーバー、魔導師ランクAです。
もう一人はムンバ・バルカ。AAクラスで、ヴァースミュラック・ペチョラチヴと
いう竜を使役します」
「“キャロ・ル・ルシエ”と同じタイプか…二人ともどこに居る?」
クロノの質問に、オペレーターはキーボードを叩いて現在位置を表示する。
「村から東北東へ160キロを移動中の、機動五課第2263師団845強襲揚陸隊の
ドロップシップです」
「よし。早速、航空支援に寄越すよう伝えるんだ」
「はい」
オペレーターがそう言ってドロップシップを呼び出そうとした時、クロノは彼の肩
に手を置いて一言付け加えた。
「それから、ドロップシップも現場に一緒に向かうようにとも言ってくれ」
最終更新:2008年08月25日 21:24