砂漠上空をセギノール基地へと急行している、ドロップシップ“LST226”コクピット内では、
二名のパイロットが計器のチェックや機体の姿勢制御を行っていた。
前席に座っているショートカットの二十代前半と思しき女性パイロットが、新しく表示された
空間モニターの情報を読むと、後席の大柄な同年代の男性パイロットへ振り向く。
「ヴァイス曹長。クラウディアより、ここから西南西160キロの村で、セギノール中央基地
の生存者が正体不明の敵と交戦中。
当機に搭乗しているA及びAAランクの魔導師二名と共に、至急援護に向かうようにとの事です」
ヴァイス・グランセリック曹長は、眼前に表示されたクラウディアからの指示に眼を通す。
「あいよ。クロノ提督は人使いが荒いねぇ」
そう独り言を呟くと、ヴァイス曹長はモニターの表示を切り替えながら前席のパイロットに言う。
「アルト、俺は機内のお客様にこの事を伝えるから、機の針路変更を頼む」
アルト・クラエッタ三等陸曹はヴァイスに頷き、デバイスを起動させて自動操縦から手動に切り
換えた。

メガザラックは、じわじわと生き残りの局員たちを追い詰めつつあった。
ブラックアウトの子機で、必要最低限の知能しかないこのデストロンに与えられた目的は、
目撃者の完全なる消去。
その過程で、管理局員だけでなくこの砂漠の惑星に住む現住生物を多数巻き添えにする事と
なったが、メガザラックは特に気にかけなかった。
獲物を追う狩人が蟻を踏み潰したとしても、その事気付く者は果たして何人居る?

一方、踏みつぶされる蟻と狩られる獲物――デュラハと魔導師たち――は、後退に次ぐ後退
を強いれながらも、空戦魔導師が来るまでの時間稼ぎにと、時には射撃で、時には身振り
手振りで挑発しながら、必死に奮闘していた。

「北側から進入して下さい、そちらなら視界が綺麗に開けてる!!」
エグゼンダが前線に駆り出された後、その代わりに通信を受け持つのは、応急処置を受けた
とは言え重傷のローレンス。
彼は石を積み上げて作られた壁に背を預け、デバイスを通じてクラウディア及びLST226との
連絡を続けていた。
「了解、相手との距離はどうですか!?」
アルトからの質問に、ローレンスは壁から顔を少し出して様子を窺う。
それに気付いたメガザラックが、左腕をこちらへ向けるのが見えた瞬間、ローレンスは怪我を
した肩をかばいながら、這って移動した。
ついさっきまで居た場所が、立て続けに撃ち込まれたプラズマ弾で滅茶苦茶に破壊される。
暫くしてこれ以上攻撃が来ない事を確認すると、ローレンスは再びアルトに連絡を入れた。
「ほとんどゼロ距離だが四の五の言ってられない、こっちは全滅寸前なんス!」
ローレンスはそう言うと、エップスに念話で増援が来る事を伝える。
“陸曹、もうすぐ空戦魔導師が来ます!!”
エップスは、それを受けて全員に指示を出す。
“空戦魔導師が攻撃に入る前に、全員で一斉にあの敵へバインドを掛けろ。タイミングは
私が指示する”
“了解しました!!”
未だ闘っている魔導師三人の念波が、唱和となって彼らの頭の中に響き渡った。
“後二分です”
ローレンスからの報告を受けたエップスは、素早く指示を下す。
“攻撃中止、敵を戸惑わせて隙を作れ”
全員攻撃魔法の発射を止め、壊れた壁や崩落した家の陰に隠れてひっそりと移動する。

攻撃が突然止んだ事にメガザラックが気付くまで、10秒程時間を要した。
殲滅した訳でもないのに、周囲が静かになった事に、メガザラックは不審を感じて首を
傾げる。
“今だ”
合図を受けた全員が、瓦礫の中から一斉に飛び出して、バインド魔法を発射する。
メガザラックの周囲に10本近い光の輪が現れて、胴体や腕に巻き付く。
自分の体に貼り付いた光輪を、訝しげに見つめていると、またしても魔導師たちが攻撃を
再開した。
メガザラックは反撃の為に両腕を上げようとする。ところが、まるで石膏でも流し込まれた
かのように、両腕が、体が動かない。
魔術を使った一種の拘束具。
そう結論付けると、メガザラックは全身に力を少し加える。
すると、バインドは二・三度点滅した後、光の粒子となって雨散霧消した。
自由の身になったメガザラックは、再び砲撃を再開する。

「畜生! バインドでも数秒止めるのが精一杯か!」
煙と砂埃が舞い上がる中、ロアラルダルがむせながら悪態を付く。
と、突然。フェイトの念話がロアラルダルの頭の中に入って来た。
“皆さん…、目と耳を閉じて…伏せて下さい”
“し、執務官!?”
ロアラルダルは戸惑いながらも、指示通りに目をつぶり、耳を塞いで身を伏せる。

メガザラックと対峙している全員が伏せたのを確認すると、フェイトはイナーマシュが止める
のも聞かず、魔方陣を展開してメガザラックに手を向ける。
――私の考えが正しければ…――
ブラックアウトと戦った時の事を思い返し、全身を引き裂かんばかりの苦痛と戦いながら、
フェイトは攻撃魔法を放つ。
それが命中した瞬間、意外な事にメガザラックは奇怪な悲鳴を上げて引っくり返った。
モノ自体は、陸士学校で教えるレベルの単純な雷魔法、だが狙った先は頭部の、センサー類
が集中していると覚しき眼の位置だった。

トライデントスマッシャーの直撃を受けたブラックアウトは、無傷だったとは言え少しの間
ふらつき、頭を振っていた。
もしかしたら、センサー類にダメージを受けたからではないか?
その推論から、フェイトは映画でよくある、夜間暗視装置を付けた敵に対して、発煙筒の
強烈な光でめくらましをかけるシーンと同じ事を試したのである。

一時的とは言え、視覚を潰されたメガザラックはパニックに陥り、自分の武器を
滅茶苦茶に乱射する。
始めは空や遠くの砂地で炸裂だけだったが、次第に弾着がフェイトの居る場所へと
近付いて来るのが判った。

「まずい…!」
危機を感じたエップスとエグゼンダが、中央広場へと駆け出す。
井戸の袂では、フェイトに点滴を行っているイナーマシュとそれを心配する
デュラハがいた。
エップスは、有無を言わさぬ勢いでデュラハに言う。
「デュラハ、ここは危ない。今すぐ離れるんだ!」デュラハが素直に頷いて
走り出すと、エップスはイナーマシュの方を振り向く。
「執務官を至急――」
エップスが言いかけた時、のたうち回るメガザラックを注視していたエグゼンダが、
バリアとフィールドを展開しながら叫ぶ。
「駄目です、間に合いません!」
次の瞬間、プラズマ弾が彼ら四人を襲う。
走っていたデュラハが、皆がどうなったか確認しようと振り向きかけた時、突然起きた
爆発で砂地に叩き付けられ、意識を失った。

エップスたちが攻撃を受けたのと同時に、片翼三メートルの大きい翼を広げて滑空する、
二本の角が生えた頭と鳥のような嘴が特徴の、灰色の羽毛が皮膚を覆う空戦魔導師
マトル・ベラファーバーが、地上とクラウディア、LST226に報告した。
「目標を捕促、これより攻撃に移る」
手持ちの剣型デバイスにカートリッジが裝填されると、両翼にベルカ式魔方陣を展開
される。
「ガトリングフリーゲン発射(シュート)」
その声と共に、一秒間に五十発。一分間では三千発ものシュヴァルベフリーゲンが、
メガザラックのボディに撃ち込まれる。
ブラックアウトなら痛くも痒くもなかったろうが、それより小柄なメガザラックには
効果があった。
間断なく撃ち込まれる強力な魔法弾に、たまらず崩折れたメガザラックに向けて、
次にバルカのヴァースミュラックがドラゴンブレスを放つ。
立て続けに撃ち出された四発のブレスは、全弾メガザラックに命中。
爆発が巻き起こり、その姿が煙と砂埃の中に消えた。

爆風を避けて物陰に隠れていたロアラルダルとローレンスが、戦果を確認する為に
這い出て来る。
煙が晴れ、視界が開けて来ると、メガザラックが居た辺りには竜のブレスによる、
コンテナを積んだ大型トレーラーがスッポリ納まりそうな、大きなクレーターが
出来上がっていた。
完全に破壊された。
二人がそう確信した途端、クレーターの底からメガザラックが姿を現す。
ノックアウト直後のボクサーのようにフラフラとよろめき、穴から這い上がろうとして
ひっくり返ったりしているが、それでもまだ動いていた。
「あれだけ喰らってまだ動けるのか!?」
メガザラックのタフさに、ロアラルダルは呆れた口調で言う。
「LST226へ、標的は未だ健在。支援を要請する」
ローレンスからの連絡を、アルトはヴァイスへ伝える。
「曹長、地上部隊から攻撃要請です」
体勢を立て直そうとしているメガザラックを見ながら、ヴァイスも呆れた様子で呟く。
「えらくしぶとい奴だな…」
表情を切り換えると、ローレンスへ通信回路を開いて言った。
「“サンダーフォール”を使用する。近くにいる魔導師は至急離れてくれ」
通信を受けたロアラルダルとローレンスは、急いでメガザラックの居るクレーターから離れる。
彼等が安全圏に退避したのを確認すると、ヴァイスは自身のデバイス“ストームレイダー”に、
攻撃指示を出した。
すると、ドロップシップの下部にミッド式魔方陣が展開され、同時にメガザラックの頭上に
黒雲が拡がる。
黒雲から稲光が2.3度瞬いた後、メガザラック目掛けて雷光が降り掛る。
雷は幾度となくメガザラックを襲い、強烈な電流が強固なボディを徹底的に打ちのめした。
攻撃が終了し、辺りが静かになると、ロアラルダルとローレンスは再び状況を確認する為に、
クレーターへと戻る。
二人は、オゾンの匂いがする煙が立ち込める中を、慎重に歩を進める。
煙が風に吹き散らされ、視界が晴れてくると、先程よりも更に大きいクレーターが出来上がって
いるのが分かった。
その底には、もはや見慣れた機械のミノタウロスが依然として存在している。
メガザラックの姿を見た途端、ロアラルダルとローレンスは砂地に伏せるが、応射してくる気配
はない。
いつでも逃げ出せるような姿勢のまま、二人はゆっくりと顔を出してクレーターの底を覗き込む。
二人は、メガザラックは確かにそこに居るが、様子がおかしい事にすぐに気が付いた。
ボディのそこかしこに焼け焦げがあり、電流がパチッと走る度に、痙攣するかのように背を手を
バタつかせたり、のけ反ったりしている。
暫くして痙攣が治まったのか、ミノタウロスから蠍に変形して姿勢を立て直すと、両腕の
マニピュレーターをドリルのように高速回転させ、穴を掘って姿を消す。
地下から攻撃か!? ローレンスとロアラルダルは一瞬そう考えたが、彼の居る場所とは反対側の
砂地で砂煙が吹き上がると、それがどんどん遠ざかって行くのが見えた。

二人ははクレーターの淵に座り込み、呆けた表情で雲一つない空を見上げた。
ロアラルダルは煙草の箱を取り出すと、ローレンスに箱を差し出す。
ローレンスが一本取るとそれに火を付けてやり、次いで自分の分を取り出す。
煙草と、自分が生きているという実感をじっくり味わいながら、二人は呆けた
表情で空を眺める。

「…ったく、とんでもねぇ化け物だったな」
その声に二人が地上に視線を戻すと、全身ボロボロのグーダと、彼に肩を貸す
砂と煤まみれのデ・カタが居た。
二人が無言で手を挙げると、グーダとデ・カタはその前に座り込む。
ローレンスとロアラルダルが再び天を仰ぎ、グーダとデ・カタが力なく地面に
目を向けるのと同時に、今度は空から声が聞こえてきた。
「おーい! お前達大丈夫か?」
ローレンスが声のした方に顔を向けると、ベラファーバーとバルカが滞空して、
こちらを見下ろしている。
それに応えて返事をしようとした時、グーダが周囲を見回して言った。
「陸曹と執務官は!?」

意識を取り戻したデュラハが、顔に付いた砂を払いながら立ち上がる。
しばらくは後ろを流れる煙を呆然と見つめていたが、何が起きたか思い出すと、
煙の中へと慌てて走って行った。

「陸曹! 執務官!」
デュラハは煙にむせながら、フェイトとエップスを階級で呼ぶ。
やがて、風が出て煙が晴れると、少し先に人間が四人程、土まんじゅうの様に
折り重なっているのが見えた。
「陸曹?」
デュラハが声を掛けるとまんじゅうの一角が崩れ、人が砂地の上にバタバタと
倒れ伏す。

「執務官…ご無事で…?」
イナーマシュが弱々しく話しかけると、フェイトは微かな声で返事をした。
「…私は…大丈夫…それより…皆さんを…」
フェイトがそう言うのと同時に、デュラハが叫びながらエップスへ駆け寄る。
「陸曹!」
仰向けに倒れているエップスの腹部や胸部には、背中から突き抜けた破片による
と覚しき創傷が何箇所もあり、そこから流れ出る血が忽ちのうちに服を紅く染め、
砂地にまで及ぶ。
フェイトよりも重傷なのは明らかにだった。

イナーマシュが駆け寄って応急の止血処置を始め、その横でデュラハが
「デュラハ…私はいい…それより…早く…お父さんとお母さんを…探すんだ…!」
苦しい息の中で、エップスは辛うじてそれだけを口にする。
その言葉に、デュラハは一度気遣わしげな表情でエップスを見つめた後、自分の
家の方へと走っていった。
エグゼンダは、あらぬ方向へ曲がった自分の足から目を背け、湧き上がる激痛と
戦いながら、ドロップシップに連絡を取る。
「LST…226へ、敵は…撤退するも…、ハラオウン執務官の他…フューダー・エップス
陸曹も…瀕死の重傷…。
大至急…医療施設へ…の搬送を…!」
「了解、ただちに着陸して収容します」
モニター上のアルトが返答するのと同時に、ドロップシップが彼等の横に降りてきた。
最初にエップスが浮揚式のストレッチャーで機内に運ばれ、次いで足に応急の当て木
を施されたエグゼンダが続く。
全員が収容されるまで残ると言って譲らなかったフェイトは、エップスのと同じ型の
ストレッチャーに移され、比較的無傷だったイナーマシュとデ・カタに付き添われながら、
陸士たちが機内へ乗り込んでいくのを見守っている。
そこへ、アルトが駆けて来て、フェイトに敬礼した。
「お久しぶりです、ハラオウン執務官」
フェイトも、アルトに敬礼を返して答える。
「お久しぶり…機動六課以来…かな?」
「そうですね」
微かな微笑を浮かべながら話をした後、フェイトは真面目な表情に変わる。
「アルト…お願いがあるんだけど…」
「何でしょうか?」
フェイトは、空間モニターを出現させてデュラハの顔写真を表示する。
「私たちと一緒に付いてきた…原住民の子が一人いるんだけど…その子が…両親は
無事かどうか探しに行ってるの」
「はい」
「家族と一緒なら…問題はないけど…もし、何かがあった時は…」
そこで一旦言葉を切り、考え込むように空へ視線を向ける。
「…私のところへ連れて来てもらえる?」
“何か”について、アルトは特に何も質問しなかった。
「分かりました、確認してまいります。その子の名前は?」
「デュラハ」
「デュラハ…ですね。では、行って参ります」
再度敬礼すると、アルトは集落の中へと入っていった。
それほど広い集落でもなかったので、デュラハを見つけるのにさほど時間が
かからなかった。
アルトが見つけたとき、デュラハは半壊した丸いドーム型の家の門前で
「アイアンマン」や「スーパーヒーロー エッガーム」などといった
別次元世界の漫画本を胸に抱え込み、呆然とした表情で地面を見詰めていた。
その様子に、何か只ならぬものを感じたアルトが声を掛けるのを躊躇していると、
デュラハがアルトを見上げる。
何の表情も見受けられない顔と、遥か遠くを見つめている様な目が、アルトには
いつか観たホラー映画に出てきたゾンビを思い起こさせた。
「父さんと…母さんが…」
そう言って、デュラハは自分の後ろに顔を向ける。
その先には、あたり一面に飛び散った血痕と、原型の分からなくなったデュラハの
両親の遺体があった。
アルトは反射的にデュラハを抱き寄せ、その目を手で塞ぐ。
そのまま、デュラハを引き剥がすように立ち上がらせて、ドロップシップの方へ
歩き出す。
「アルト・クラエッタです。ハラオウン執務官より要請のあった原住民の少年を保護。
家族は全員死亡しています、至急魔道師をこちらに派遣してください」
デュラハも抵抗せず、空間モニターを開いてドロップシップへ連絡を取るアルトの
歩調に合わせて歩くだけであった。

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最終更新:2008年09月28日 20:12